Goul7
グラたん「ゴウル7話です!」
その後、瀬露は和那に勝利して決勝戦へと向かったがシィブルは試合を放棄。
優勝は瀬露となり、一位の座に就いた。
二位はシィブル、三位に和那、再度四位に俺、そして五位は岩塚が勝ち取っていた。
不完全燃焼を残しつつも大会は終了となった。
そして――。
「私と戦え! 望月!」
彼女、シィブルもあれ以来かなりしつこく決闘を申し込んでいる。
「断る」
その度に俺は断っていた。
先の戦いで確信した。あれ以上やれば間違いなく俺はシィブルを殺す。
ゴウルの闘争本能が異常な程に刺激されてしまう。
今、俺がゴウルだとバレるわけにはいかない。
瀬露のこともある。下手を打てない。
さて、それはさておき明日からは冬休みだ。
涼音たちとも連絡が取れ、一週間後には八人で群馬のスキー場に行くことになっている。
予定は三泊四日。そのスキー場にはゴウルは居ないことで知られている。
実の所、人間の最も安全な領地の一つとして挙げられている。
GB、ゴウルバスターと呼ばれるゴウルが嫌がる特殊な電磁波を出しているようでゴウルのほとんどが近づかない。
しかしSS以上のゴウルともなれば効かないためスキー場の周りには警護が相当数ついている。
主に貴族たちの道楽場所と言える。
俺は当然効かないが、瀬露はどうなのだろうか?
……行ってみないことには分からないな。
でだ。その前に俺と瀬露は行くべき場所がある。
「お帰りなさい」
「ただいま」
「只今戻りました」
実家帰り。スキーの許可は問題ないが出発までの間は帰宅せよ、との御命令だ。
今はその実家に帰省しており、有さんと対面していた。
最初に出会ったときよりも険がとれ、優しそうな表情になっている。
「二人とも無事で何よりです」
「はい」
「はい」
「学園の方から報告は聞いています。瀬露は学園の主席、望月さんは第四位と……本当にもう、瀬露が主席を取るなんて……」
有さんが顔に手を当てて喜んでいる。
現金な反応だとは思う。
「望月さんには何と感謝したら良いやら、それに第十七回目のゴーラスト戦線で二人とも活躍したのでしょう? 私、もう感動感激で胸が……うう……」
あまりに喜び過ぎて泣き出してしまった。
「お、お母さん……」
初めて会った時とはまるで印象が違う。
手のひら返しかと思いもしたが、何か心境の変化があったのかもしれない。
瀬露が有さんを宥め、少し時間が経つ。
「さて、焔さん」
「はい」
「護衛の件についてなのですが……」
ああ、やはり来たか。
瀬露が強くなれば当然俺は要らなくなるからな。
だが、その言葉が続けられる前に瀬露が止めに入った。
「待って、お母さん」
「瀬露?」
有さんが意外そうに、俺も意外というように瀬露を見た。
「私、焔と一緒に居たい。護衛、解約しないで……お願いします」
瀬露が有さんに深々と頭を下げている。
「瀬露……」
「焔が居てくれたから私は頑張れる。強くなれる。お願い……」
その一言が決め手だったのだろう。
「良いわよ。焔さんさえ良ければそのつもりでしたから」
有さんもあっさりと承諾して俺としては意外だった。
瀬露も顔を上げて驚いている。
「はい。引き続きご依頼をお受けします」
「ええ、瀬露のことお願いしますね」
「お母さん、ありがと」
瀬露の言葉に有さんも微笑む。
やはり有さんの心境に先のゴーラスト戦線が何か影響しているのだろう。
夕刻になり、俺は瀬露の護衛役として草月家に宿泊することになった。
多分そうなるかもしれないとは思っていたが、別口で近場のホテルも予約してあったためそちらはキャンセルする。
瀬露のお父さんは対ゴウルの研究員らしく、年末やお盆以外はほとんど帰ってこないそうだ。が、しかし、有さんの言葉を聞いて年末は確実に帰って来るらしい。
その時に俺は改めて紹介されるそうだ。
それはともかく、瀬露の要望で休業中、俺は草月家に身を置くことになった。
当日。
荷物一式を背負い、俺と瀬露は集合場所の町田駅へと来ていた。
ここからリムジンバスに乗って出発する。
バスの座席は近場を纏めて取ってあるため変な邪魔もあまり入らないだろう。
そも、群馬に行くこと自体珍しいため乗客もあまりいないだろう。
「おーい! ホムラ、瀬露~」
最も、外はその限りじゃない。
涼音たちが手を振りながら此方にやってくる。
いつもの制服ではなく皆が私服だからか何か新鮮だ。
シィブルたちとも合流していたらしく一目を多く惹きつけている。
その中にいる里咲には嫉妬や憎悪の視線が絶えない。
当の本人は幸せそうな表情をしている。
「皆、来たみたいだな」
「レッツゴー」
俺と瀬露の声に合わせて涼音も拳を上げて跳ねる。
バスに乗り込み、適当に席に座っていく。
少ししてバスが出発した。
今日の東京は晴れだから交通も滞っていない。
三、四時間もすれば到着するだろう。
「は、初めまして! 俺、里咲沢入と言います!」
「私は天海涼音、って言わなくても知ってるよね」
「そりゃもう、知らない人はいないくらいですからね」
「だよねー。あ、ポックー食べる?」
「おう、いただきます」
里咲は里咲で幸せそうな表情をしながら涼音と話している。
「焔と瀬露もいる?」
「ありがとう」
「ああ、貰おう」
涼音から一本ずつ貰い、口に放る。
里咲を見て見ると「あああ……勿体ない」と言った表情をしている。
チョコポックー一本で何を大袈裟な。
「そういえば今回の旅行を企画したのって焔なんだってね」
「ん、ああ。涼音は旅行とかは行ったこと無いのか?」
「こんなご時世だからね~。私を遊ばせておく余裕はない、ってスポンサーとか自由がうるさくって堪らないよ」
「ま、確かにそれも分からなくはないな。……自由さんって誰だ?」
「ああ、私の武器整備してくれている人だよ。MOSRを考案した一人で開発部の主任さん。すっごい天才なんだよ」
「うーん、それだけ凄いなら噂の一つくらいは聞くと思うんだがな……」
「妹はあまり人前に出ないから仕方ないね」
「そうなのか」
と、そこで橋場、里咲、シィブル、和那に肩、頭を掴まれた。
「……痛い」
「望月、死ぬ覚悟は出来たか?」
「勿論出来ているわよね?」
「暗黙の了解は鉄の掟……破った者には死を」
……こいつらも天海教の信者か。
「ねぇねぇ、何の話?」
当人は疑問そうに首を傾げている。
「いえ、天海さんには――」
「涼音のことを「涼音」と呼んでみたいが出来ない亡者たちが俺に嫉妬しているだけだ」
そう言うと全員から超睨まれた。
「ふぅん、私は別に構わないんだけど……」
「俺も涼音ならそう言うと思ったんだが、どうにも当人の許可がないと駄目という暗黙の了解があるらしくてな」
「変なの」
涼音の無自覚な一言が皆の心を穿った。
そして崩れ落ちて行った。
――ふと、名案を思い付いた。
「ならば王様ゲームをしよう」
発案すると涼音は首を傾げ、死体になった四人がピクリと動く。
「バス旅はまだまだ続くし、遊ぶには持って来いだろう」
「……な、なるほど。それなら合法的に……」
橋場がボソリと呟くと他三人も頷いた。
「リンリン、ちょーっとこれは面白くなってきたよ」
岩塚が涼音に耳打ちする。
「リンリン?」
「あ、それ愛称ね。涼音って風鈴みたいに涼しそうだから」
「おー、なるほど。そうやってあだ名付けて貰ったの初めて」
「それはそれは光栄だねぇ」
「それで、どう面白くなってきたの?」
「ふふふ、それはやってからのお楽しみよ」
岩塚が不気味な笑い声と共に自分の席に座った。
そして手前のスイッチを押し、椅子が回転し、中央に机が現れる。
ちょうど半円を作る形になっているな。
「それでホムラン、くじはどれを使うの?」
「こんなこともあろうかと割箸で作っておいた」
鞄から出したのは八本の木材と一つの筒。
八本にはそれぞれ1~7までの番号が振ってあり、一つは底が赤く塗ってある。
「やり方は……知っているな?」
全員が頷く。
「では、始めようか」
――名前を呼ぶ権利を手にするか否かの生死をかけた戦いが幕を上げた。
「いっせいのーせ!」
橋場の気合いが入った掛け声と共に全員が一斉にくじを引いた。
「私」
当てたのは瀬露だ。
「ぐっ……」
「落ち着いて里咲さん、まだ一回目です」
里咲が悔しそうに俯き、橋場が窘める。
「おう」
里咲が顔を上げ、瀬露が口を開いた。
「5番の人は4番の人にデコピン」
そう言うと里咲が驚いて後退る。
「げっ! 俺4番だ。……5番、誰?」
俺はそっと視線を逸らしつつ番号を見せる。
「里咲……お前のことは一生忘れない」
「待って! ウェイト! 死ぬ! 死んじゃう!」
俺はその額にそっとデコピンを構える。
「瀬露ちゃん! お願い! 俺まだ死にたくない!」
「……ごめんね、でも」
『王様の命令は絶対』
全員が瀬露の後に続いて唱和する。
パチンと里咲の額にデコピンが当たる。
「うぎゃああああぁぁぁぁぁぁ…………」
里咲がオーバーアクションで倒れていく。
「…………死んでない」
「ああ。手加減は出来る」
「先に言えよ!? マジで死ぬかと思った!」
微笑が浮かび、俺たちはくじを戻していく。
そしてくじをシャッフルして第二回目。
全員が真剣に抽選し、同時に引いた。
「よっしゃ!」
王様はシィブルだ。
「あ、でも……」
そう。王様ゲームは相手を指名することが出来ないルールだ。
つまり直感で当てるしかない。
「頑張って、シィブル」
和那もシィブルを応援している。
「うん、大丈夫。私なら出来る……」
深呼吸をして、吐いて、シィブルが真剣な表情で正面を向いた。
「7番の人、今から下の名前で呼びます!」
そうして俺は頷いた。
「構わない」
「何でよぉぉ!?」
何故と言われても俺が七番だったからとしか言えない。
「なるほど、そういうことか」
涼音がようやく納得いったように頷いた。
今回の趣旨を理解してくれたらしい。
それはともあれ……。
「望月ぃぃ、あんたさえいなければ――」
「シィブルさん。命令忘れてますよ」
橋場が微笑しながらシィブルに訂正を求める。
「くっ!? ほ、ほ、焔……めぇ……」
俺も少し笑う。
各自がくじを戻し、三回目を引く。
「来たァ!」
一気にテンションになったのは里咲だ。
その里咲は何か秘策を思いついたように笑みを浮かべた。
「里咲、何か秘策でもあるのか?」
「くくく、あるさ。必中必殺確実に天海さんを当てられる秘策。いや、それだけじゃない。この戦いに終止符を打つ命令だ」
やけに自信たっぷりな返答だ。
「見せて貰おうか、その秘策とやらを」
「では……この場に居る全員、今から死ぬまでお互いを苗字では無く名前で呼び合うが良い!」
全員が沈黙した。
……その手があったか、と誰もが頷いた。
「よくやったわ、沢入」
シィブルが仇を討ってくれた沢入の手を固く握った。
沢入はヘヘヘと照れている。
「おぉ、やるねぇソーリー」
「なんか謝られた!?」
確かにそのあだ名はそうなるな。
「で、では……」
「お、オホン……」
誰もが緊張しながら涼音を見る。
「え、っと?」
涼音は少々困惑して俺の方を見た。
「どうした、涼音?」
どこからか血管が切れる音がした。
ふと視界が暗くなり、首が紐で縛られている。
「沢入、足持って」
「オーケー」
「壬、壮巳、葉理さんもよろしくて?」
「何時でも」
「了解でーす」
「こくり」
「じゃ、せぇぇぇぇぇのっ!!」
フワリとした浮遊感。
ガラリと開けられる窓の音。
ゴウゴウと揺れるバスの音。
そしてジャリジャリジャリジャリと地面に転がる俺。
――どうやら俺は麻袋を被せられて外に打ち捨てられたらしい。
しかも山道の急な下り坂に投げられたらしく俺は崖を一直線に転がって行った。
何故だ。
「焔ぁぁ――――」
遙か遠くから涼音の声が響いた。
群馬に到着すると少し肌寒く、上着をもう一枚着込んだ。
あれから俺はバスを先回りして現地へと到着していた。
チェックインはもう済ませ、ホテル前で待っていると雪も降り始めた。
辺りにゴウルの気配はない。
小一時間ほどすると皆が乗っているバスが到着した。
「……おかしいわね。どうして死んで……いえ、何故私たちよりも先に駅に到着しているのかしら?」
最初に降りてきたのはシィブルだ。
ちなみにその答えは当然近くにいたゴウルに乗せてもらったからだ。
やはり飛行型は直線で飛べて速い。
そして辺りにいないのは俺がゴウルたちを遠ざけてあるからだ。
「あれ、焔? ううん、焔はさっき……きっとこれは幻影だよね」
涼音がそっと視線を逸らした。
「酷いな。俺はちゃんと生きているぞ」
「焔なら大丈夫だと思った」
最後に降りてきた瀬露はちゃんと分かってくれていた。
「ま、とりあえずホテルに行こー!」
「おー」
涼音の声に合わせて俺たちも拳を上げた。
ホテルは三十階と大きく、俺たちが取っている部屋は眺めの良い最上階。
涼音もいるため最上階は貸し切り、露天風呂も六時から七時の間は貸し切らせて貰っている。
ホテルに泊まる客は主に貴族なため余程のことがなければ問題にはならないだろう。
最も、問題になっても困るのは貴族側だ。
それだけ涼音という存在は大きい。
最上階に到着すると目の前はスキー場全体が見られる眺めになっている。
涼音はエレベーターを飛び出すと窓に駆け寄って行った。
「うわぁ、あれがスキー場!? 大きいね!」
振り返ると目や動作が早く行きたいと切に伝えていた。
俺たちが今いるのは中央。左右には部屋がいくつかある。
部屋は何処にするか悩むかと思ったが涼音がどうせなら大きい部屋で皆で寝たいと言い、女子は一番大きいスイートルームに泊まることになった。
「……ああ、分かっていたさ。だが夢見たって良いじゃないか」
「何を言っているんだ」
無論、俺と沢入は同室だ。
スキーウェアに着替え、沢入を待つ。
……沢入が言いたいのは涼音たちと同室になるかもしれないという懸念か? だとしたらそれは無い。当たり前の話だが。
沢入も着替え終わったところで俺たちは部屋を出た。
女子たちはどうせ時間がかかるだろうと思って事前に葉理に先に行くと言ってある。
スキー場へやってきた。
フロントで靴と剃りとスティックを借りる。
それらを装備し、俺たちは冬空の下へと出てきた。
流石にこのご時世、昔とは違ってそんなに客もいない。
居たとしても趣味や娯楽でやる貴族がいる程度。
リフトに乗り、山の頂上付近まで来る。
現代科学の力なのか、山に積もっている雪は人工が八割、自然が二割だ。
これで雪でも振ればよりスキーらしいのだが、今日は晴れだ。
リフトを降りて沢入を待つ。
「た、高ぇ……」
標高300m程度だが確かに高いと感じる。
その分景色も良い。
「先に行くぞ」
そんな沢入の横を通り過ぎて俺は下っていく。
「うひっ! お、おい、待ってくれよ!」
そう言って沢入も少しずつ降りてくる。
「……あれ?」
やがて速度は増して俺を追い越していった。
ふむ、斜面はなだらかとは言え、直線上に降りるとは勇気あるな。
俺も見習うとしよう。
斜体のS字を描くように俺も降りていく。
「っ――!? ぎゃぁぁああ!!」
先に滑って行った沢入は途中で孤を書いてネットに激突した。
その拍子にネットの向こう側にあった木が揺れ、溜まっていた雪が沢入目掛けて落下した。
一体何処の漫画かと思うようなコンボだった。
「大丈夫か?」
「……痛ぇ」
「沢入、まさかだとは思うがスキーは初めてなのか?」
「むしろ焔がそこまで滑れることに俺は疑問を憶えるよ」
「それは、俺は依頼で偶に来ていたからな」
「……おぅ」
少しの気まずい沈黙が流れる。
「なあ、焔」
「なんだ?」
「滑り方教えて欲しんだけど」
「構わないぞ」
確かに滑れる前提で連れて来ていたため不注意だったかもしれない。
スキーの基礎はS字を書くように滑ることだ。
直線上はスリルがあって面白いがその分死亡率が高まる。
止まる時は剃りをハの字にする。
S字を描いていればやがて止まる。
それを沢入に教えるとコツを掴んだのかすぐに出来るようになった。
――……まあ、それは良いのだが、もしかして涼音や瀬露たちも同じことになっているのだろうか?
いや、あちらには葉理がいる。葉理は何度かスキーをしていたはずだ。
……やはり心配は尽きない。
仕方ない、行くか。
沢入は放置し、俺は斜面を下った。
要らない心配だった。
各自、各々のスピードで斜面を下っていた。
「ひゃっほーい!」
「わっわっ! 待ってくださいー!」
「む、難しいわね……」
「慣れですね」
「うん」
「何故同じ初心者の私よりも先に行けるのよ!?」
涼音も葉理も楽しそうだな。
瀬露たちの方も心配はなさそうだ。
さて、沢入は……。
「うぎゃああああぁぁぁぁぁぁ……」
……コースアウトして何処かに下山したな。
「あっ、ホムラ~」
他所を見ていると涼音が此方に来ていた。
「涼音か」
「こんな所でどうしたの?」
「いや、眺めが良いから見ていただけだ」
眼前にはホテルや下町、奥には自然の雪が積もっている山脈が続いている。
「そうだねぇ」
二人でたた茫然と景色を見つめる。
「……焔は渡さない」
ふと、背後から声がする。
振り返れば瀬露の姿があった。
「ん?」
「うん?」
俺たちとしては瀬露が何に対抗心を燃やしているのか分からない。
「行こう、焔」
一緒に滑りたいということだろうか?
「ああ。それじゃ、また後で」
「うん!」
涼音と別れ、瀬露の後に続いて斜面を下った。
何故か頬を膨らましたままだったが……。
夕刻になりホテルへと戻ってきた。
着替えを終えた俺たちは露天風呂へと向かった。
「我が生涯、今この時のために在れり」
露天風呂に浸かっていると沢入が天を見てそう呟いた。
そして向かう先は女子湯。
そちらからは女子たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
「さあ行くぞ、我が同士よ!」
「勝手に行け」
俺はゆっくりと温泉に浸かりたい。
そう、偶には広い風呂で手足を伸ばすのも良いだろう。
「ば、馬鹿な……そのために貸し切ったんじゃないのか!」
「違う。断じて」
そもそも何故覗きたいのか俺には理解不能だ。
「お前……それは男としてどうなんだ?」
何故疑問に思われたのだろう。
――いや、貴族や人間はそっちが通例なのか?
人間社会に解けと混んで早十数年が経つが、まだ学べることがあるということか。
「時に沢入」
「何だ?」
「何がお前をそこまで駆り立てる」
沢入は何処か遠い目で空を見上げた。
「そこに……女性がいるからさ」
馬鹿だった。
「そうか」
「さあ行くぞ同士よ!」
「仕方ないな」
これが人間というのならそれに従うのが良いだろう。
郷に入れば業を食らえ、という諺がある。
その土地によってルールが違い、そこに合わせるという意味だ。
これが貴族社会というのなら俺はそこに合わせよう。
「それで、どうすればいい?」
沢入が不気味な笑いと共に女湯の垣根を指差す。
「アレを超える」
なるほど。強行突破か。
策としては下策だが、時に奇襲には有効策だな。
「具体的には跳躍してばれないように覗く――」
「任務了解。投げ飛ばす」
沢入の腕を掴み、右足を軸に回転を始める。
「え? いや、あのちょっと、それはいくらなんでも不味――!」
沢入が何か言ったがその時既に遅く、腰布一張羅の沢入が宙を舞った。
「うわあああああああああああああ!!」
狙いは予想通り女湯の湯の辺り。恐らく左右対称に作られていることからあと数秒で落ちるはずだ。
それにしても沢入め、泣くほど嬉しいか。
ザボーンという音と共に葉理やシィブルたちの悲鳴が聞こえた。
「焔ァァァ!!」
「任務完了! 健闘を祈る!」
背後から沢入の喜色の声が聞こえた。
さて、出るか。
温泉から出て部屋で沢入を待っていると瀬露と葉理が部屋に来た。
無言の圧力と共に正座させられていた。
「反省して」
「何故だ。俺は沢入の望む通りにしただけだ」
「焔さん、教唆犯と実行犯は同罪ということをご存知ですか?」
「むぅ? 罪に問われることをした覚えはないぞ」
間違ってはいない。俺は沢入が言った通りにしただけだ。
正座の足に重りが乗せられる。
「言い逃れはさせない」
「何を言っている?」
追加された。
「とぼけないでください」
「いや、とぼけてなどいない。俺は真実しか言っていない」
「それなら、自分がやったことを口に出してみて」
「沢入が女湯に行きたいと言い、垣根を超えるから手伝えと言われたので指示通り着地点まで考慮して投げた。以上だ」
「それに問題があると思いませんか?」
「ない」
即答すると葉理が更に石を追加した。
よく見ると額に青筋が立っている。
「待って、葉理」
「いえいえ瀬露さん。即答する辺り腹立たしくてもう一段追加したいと思います」
「待って。……もしかして焔って、天然?」
「うん? どういうことだ?」
「焔は女湯を覗こうとした?」
「質問の意図が良く分からないが、俺は女体に興味は無い。沢入はヤケに興味があったらしいが……それが貴族というものなのだろう?」
その答えに瀬露が溜息を付いた。
葉理も何処か呆れたような……哀れんだ目で俺を見ている。
「……枯れてる」
「何がだ」
良く分からないが誤解は解けたようで俺は自由の身になった。
そうして涼音たちの部屋に連れて行かれ、事情を説明された。
何故か全員、沢入までも視線を逸らされた。
……謎だ。
その後、沢入は腰布一枚で簀巻きにされて外に放りだされ、一夜を明かしたらしい。
次の日もやるのかと思われたが昨日ので満足したのか沢入は大人しかった。
そうしてスキー旅行はあっという間に過ぎていく。
冬が過ぎ、温かい春がやってきた。
俺と瀬露も二年次へと進級していた。
今日は入学式で序列トップ10は参列させられていた。
今年の新入生は約900名。卒業までに残るのは100名前後だろう。
入学式が終わり、次の日には始業式が始まる。
とは言え、俺たちがやることはそう多くない。
挨拶をしたり教師や役員たちに会釈する程度だ。
授業は次の日から始まり、二年次に上がったことで軍事演習も顔を覗かせる。
訓練内容も一新されて少しハードになるらしい。
四月の下旬。
桜も散って若葉が伸び始めた時のことだ。
「演習ですか」
五月の始めにやる毎年恒例の行事、新入生と二年生による合同の演習らしい。
その説明が前年度と同じ担任の元に説明が行われていた。
「そうだ。学園上位下位関係なく二年生の指示の元に動くことになっている」
予定では全部で十の隊に別れ、上級生と下級生の交流をはかるのが目的だ。
「規模は大隊が十、内訳小隊が十前後となっている。全部合わせて1500人くらいだから一つの小隊に付き隊長含めて十五人くらいだ」
更に言うと関東支部、神奈川、千葉の隊も含まれるため規模は五千前後となるだろう。
「そんでもって二年に上がったお前さんたちは各自隊長の任に就くということだ」
担任が渡した配属用紙には五百名のリストが書かれていた。
第八特別班隊長、草月瀬露。副隊長、望月焔。
「校長からの根回しでお前さんたちは仲良くセットだ」
「ありがとうございます」
「で、そのツケが俺に回ってきたんっすね」
第十班隊長、里咲沢入。副隊長なし。
「前科一般の罰符込みだとさ」
ああ、例の温泉事件か。
「くそぉ……」
「そういうわけだ。日程は二日後。それまでに各自メンバーに挨拶しておけよ」
「了解」
「わかりました」
「はい」
職員室から解放され、俺たちは指示された場所、体育館のアリーナへと向かう。
沢入とは途中で別れ、別ブロックへと向かった。
「あ、来たわね」
女子生徒の一人が俺たちを見て声を上げる。
各小隊長は招集通りに集まり、班を統率、並べ終えているようだ。
新入生の表情は尊敬、羨望、嫉妬などの感情が見え隠れするが恐怖は無い。
それはゴウルと戦ったことがないという証でもある。
瀬露が前に出て、簡単な挨拶が始まった。
「新入生の皆さん、初めまして学園主席、草月瀬露です。今回は第八班の担当となりました。至らない点もあると思いますがよろしくお願いします」
軽く会釈したことに一年生は少し驚きを見せた。
そして俺を前に押し出した。挨拶しろと。
「学園第四位、副長の望月焔だ。瀬露の護衛も兼任しているため同じ班になっている。小隊長が一人多いのもそれが理由だ。そのため新入生との交流は少なくなると思うが、以後よろしく」
一年生は訝しみながらも俺を挨拶を見終えた。
小隊長各自にも挨拶が周り、全員が終わった後に瀬露が前に出た。
「さて、今回の演習はもう知っていると思いますが名古屋へ行き、ゴウルを倒して帰ってきます。演習と言っても実戦です。死者は当然でますし、私たちも死ぬかもしれません。しかし隣の友人が死亡しても私たちは戦わねばなりません。私たちは引率しますが基本的に自分優先です。フォローはしても過剰な援護は期待しないでください。以上です。集合場所、移動経路、行軍予定は事前に見ておいてください」
瀬露がお辞儀し、各小隊のメンバーが動く。
一年生はそれに合わせて動き、いくつかのグループに分かれる。
瀬露も担当する一年生三人を連れて食堂へと移動した。
適当に飲み物を注文し、席に座る。
「まずは自己紹介から始めましょうか」
瀬露が促し、地毛と思われる茶髪男子が立ち上がる。
「加藤哉です。武装は剣。ランクはBです」
次は黒髪の女子。第一印象は何処にでもいる普通の女子。
「新海佐奈です。武装は銃。ランクはCです」
最後は同じく黒髪の女子だが、憂鬱そうな表情をしている。
「有田カトラ。武装は剣。ランクはCです」
座り、俺たちも自己紹介を始める。
「先程も紹介したけれど、名前は草月瀬露。武器は剣」
瀬露は少し緊張しているのか表情が硬い。
「望月焔、武装は一応剣だ」
「一応、ですか?」
聞いて来るのは新海だ。
「ああ、剣はあまり使わない。殴った方が早いからな」
少しの絶句。そもそもゴウルを殴り殺す方が有り得ないからな。
「す、凄いですね……」
「それで第四位なら……草月先輩は指先、とかですか?」
瀬露はそれこそ無理というように首を横に振った。
「い、いえ、焔が凄いだけ……普通は無理」
何かホッとした声が聞こえる。
瀬露が表情を引き締め、資料を取り出す。
「では、今回の名古屋遠征についての説明と立ち回りについて決めます」
それを口にすると三人にも緊張が奔った。
しかし瀬露が話しを始めないので俺が代わりに引き継ぐ。
「日程は二泊三日で移動はバスを使用、途中でゴウルに襲われることもあるので警戒は厳に。と、言ってもゴウルも馬鹿ばかりじゃないので襲撃は滅多にあり得ない。名古屋到着後は宿舎に荷物を運び、近隣の町を探索。二、三日も同様に探索し、発見次第交戦。最も、二、三班が合同で戦うことが多く、敵が強くて持久戦になっても耐えていれば近隣の部隊が援軍に来る」
そう言いつつ無線機を取り出す。
「通信を送れば本陣に待機している探知部隊が近場の部隊に連絡してくれるから生存率は高い。また、神奈川、千葉との合同演習のため協調性を求められる。運が良ければすず――天海涼音にも会えるかもしれないな」
そうか! と一年生たちが喜ぶ。
危うく涼音と言いかけて俺としては内心で戒める。
そして瀬露も復帰したので説明を任せる。
説明が終わり、昼食を共に食べて解散となった。
ちなみに昼食は気前の良い先輩アピールをした瀬露が受け持った。
それなりの金額が飛んだと言っておく。




