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勇邪の物語  作者: グラたん
第四章 次世代の物語編
446/466

Goul3

グラたん「ゴウル3話です!」


 陽もだいぶ落ちて来た放課後になり、放送が聞こえてくる。

『緊急招集。1-Cの望月焔君、至急校長室まで来てください。繰り返します――』

 お呼びは予想通り俺だ。反省文を提出した里咲がまた問題事か、とげんなりしながら俺たちの方へやってきた。

「何だ、何やらかしたんだ?」

「知らん。他に心当たりはない」

「ふぅん……」

 信用していない目で見られつつも荷物を纏め、瀬露に声をかける。

「瀬露、多分例の件だと思う。大講義堂の場所は分かるな?」

「大丈夫」

 だろうな。そもそも天海の奴が阿呆なだけか。

 すると里咲がゲェ!? と声を上げて俺を指差した。

「やっぱり心当たりあるんじゃねぇか!」

 まあな。それはそうと。

「里咲、少し瀬露を頼む。礼は明日する」

「げえ……分かったよ……」

 ここまでやったのならば、とすごく嫌そうな顔をしながらも頷いてくれた。担任の方を見ると、さっさと行けと手を振られる。本来ならHRホームルームがあるのだが、今日は俺の授与式が流されるだけだけだろう。

 担任に一礼して校長室へと向かう。

 校長室へとやってきた。扉を叩き、入室する。簡単な挨拶を済ませてから俺は本題を切り出した。

「それで緊急招集とは?」

 その言葉に校長だけでなく、この場にいる年下の主席と次席も俺を見た。

「それは貴方が一番分かっているでしょう。第四位おめでとう」

 そう言いつつ、校長がディスプレイの一枚を出す。そこに乗っているのは試験中の俺の姿だ。角度からして撮影したのは和那だろう。

「ランクSゴウルをでこピンで倒すなどシィブルと壬でも出来ないことです。それは対ゴウルにとってはとても有益な事。しかし……」

 もう一枚の方は恐らく筆記だ。此方は仕方ない。

「それだけの力があるのに筆記は七割。もし満点を取れていれば主席でも良かったのですがそうはなりませんでしたね。それと――」

 一拍置いて取り出したのは一枚の書状と小さなディスプレイだ。

「日本東京本部の正式な辞令で貴方を本日付けでランクSSSに昇格します。何故今までその力を出し惜しみしていたのか、理由がとても気になりますが今は良いでしょう」

「それは構いませんが……依頼とかは基本的に全てお断りします」

 主席はそれを見咎めようとするが、先に校長が手で制した。

「護衛、草月瀬露の事があるからでしょう? 分かっていますよ」

 それが分かってくれているのなら俺としても問題ない。

「とはいえ、先日のデータが本物なのか私はまだ疑問に思っています。そこで学内主席のシィブルと一戦交え、貴方の実力を見せてください」

 そうなったか。想定内ではあったが面倒くさい。

「分かりました」

 嫌々ながらも俺たちは実技棟に移動した。

 

 学内はHR中ともあって実技棟には俺たちしかいない。

「勝敗は実力を見られればそれで良いので私の裁量で行います。では始めなさい」

 相手は主席のシィブル。学園に転入した初日に重要そうな人物についてはある程度調べている。彼女、シィブルは小柄な上にすばしっこい戦い方をする。それでいて攻撃力が伴っているのだから正面から戦りあうのは完全に下策だろう。

 この剣じゃ不利だな。MOSRを使用した戦い、決闘などにおいてはMOSRが破壊された方の負けとなる。だが、どちらかが素手ならば相手を倒すまで終わらないルールに変更される。なので、俺は拳を構える。リーチこそ短くなるが、剣を破壊されて終わるよりは良いだろう。

 さて、どうくるかと思いきや彼女は剣型のMOSRを構えながら言葉を発した。

「あなたのデータは見たわ。随分と面白い事が出来るのね」

「そうか。だが俺もお前の戦い方は概ね分かっている。最初から全力で行くぞ」

「それはこっちの台詞!」

 シィブルが剣形態のMOSRを構えて刺突してくる。このMOSRは間違いなくオーダーメイドの品だ。それに加えて当人の身体能力、速さともに第一線級。

 刺突に対して俺は指二本を揃え、彼女に向かって横に薙いだ。

 それを攻撃と受け取ったシィブルが跳躍し、大きく後退した。

 それは正しい選択だ。指から発せられた衝撃波が実技棟の地面に真横の線を描いて亀裂を入れた。

 それを見て、シィブルだけでなく和那も警戒心を強めて待機している。

「フッ!」

 一拍置いてシィブルが軽く息を吐いて空中を跳躍する。実に七m近い大跳躍。それを可能にしているのはあの機械的なブーツのおかげだろう。踵に魔導スラスターらしき物が装着されている。

 俺はポケットから小鉄を一つ取り出し、細かく砕き、それを思いっきり空中にばらまく。対空中用の技、散弾銃よりも威力の高い砲火で直線上に天井付近へと飛んでいく。

 その途中にいるシィブルが小鉄迎撃のために空中で動きを制御し、素早く剣を振るって小鉄を叩き落としていく。その彼女に向かって俺は渾身のデコピンを飛ばす。

 指から放たれた衝撃波がシィブルに飛んで行き、それに気付いたシィブルがMOSRを刺突させて空気弾を相殺した。二発目は収束して放ってみたのだが、やはりと言うべきか空気弾は斬り裂かれて天井に激突し抉った。

 流石はSSS。中学生とは言え伊達じゃない。

 俺を強敵と認めたのか距離を保ったままシィブルはMOSRを真横に構え、何かのスイッチを押して――。

「そこまでです」

 これからという場面で校長が戦闘を止めた。

「ちょっとお母さん!?」

 水を差されたシィブルが校長に抗議する。彼女のテンションも上がっており、とても良い所で止められたため燃焼不良なのだろう。

「今は校長です」

「あ……」

 しかし自身の失敗を悟って視線を逸らした。

「それにこれ以上はただ被害を広げるだけの戦いになってしまいます。そして望月君の実力は十分に分かりました。シィブル、お疲れ様」 

「……分かりました」

 不承不承という感じではシィブルは納得して引いた。俺も拳を降ろし、警戒を解くのを見越して校長が俺の方を見た。

「さて、望月君。貴方の実力をジュラル・ティ・ウィマーの名の元に認めます。すぐで悪いけど授与式に向かいます」

「分かりました」

 校長の後に続いてシィブル、和那も続き、大講義堂に向かった。

 

 大講義堂に到着すると既に幾人の教師やカメラマンがスタンバイしており、しかも校外中継カメラまである。転入生がいきなり学内の序列四位であり、尚且つSSSなのは前代未聞だ。メインニュースはSSSの方だろうな。

 ふと、あのクソ爺の悔し顔が頭を過ぎり、不思議とスッキリした。

 大講義堂内部にはいり、裏口からステージに上がっていく。校長が先に壇上に進み俺たちは壇上の席に案内される。

「こっち来て座って」

 先程とは違い、外向けと思われる柔和な表情になっているシィブルが手招きして壇上の右端の椅子を指差す。シィブルが一番左に座っているということは右から五位、四位と詰めていくのだろう。今日は緊急ともあってか主席、次席、そして現在五位が座っている。俺は頷いて座る。三位はいないようだな。

 座ると数十秒間の間を開けて、カメラマンが合図を出して校長の演説が始まった。

『生徒の皆さん、および関係者の方に通達します。本学の序列が本日付けで変更されます。具体的には第四位、第五位の変更についてです』

「ねぇねぇ」

 校長の説明が始まると同時位に右隣に座っている現五位が小声で話してくる。ちょうどカメラワークから外れている瞬間を狙う辺りよく見ている。

「君、転入生でしょ? いきなり四位とはやるねぇ」

 現五位は不真面目そうな少女だ。特徴は茶髪のゆるふわウェーブの髪型だな。学生服はシィブルたちと同じなのでそれ以外だと体型くらいか。少なくてもシィブルや和那よりはあるだろう。

「私は岩塚いわつか壮巳そうみ。シィーちゃんとジンちゃんと同じ一年生よ」

「一年生三人が五位以内にいるのか……」

「四人でしょ。あなたも含めて」

 クスクスと笑い、シィブルと和那も視線だけこっちを見た。

「年齢的には三人だ。実際俺は十八だからな」

「あれま、留年でもした?」

「任務の都合上でそうなっただけだ」

「そっかそっか。まあとりあえず、二年に上がる頃には蹴落としてあげるわさ」

 へぇ、そういう表情も出来るのか。

「そうか。なら、俺が主席になった暁にはお前専用のメイド服を用意して首輪付きで飼ってやろう」

 冗談のつもりで言ったのだが、岩塚だけでなくシィブルたちにも引かれた。

「うわ……そういう趣味あったの?」

「例えの話だ。本気で取るな」

 だが、彼女はすぐに表情を笑いに変えた。本心からそう思い込んだのは堅物そうなシィブルくらいだろう。

「あはは。だよね~。……っと、そろそろ出番だよ。それとさっきの戦いは中継で見てたから、少なくても私たちは文句ないよ? ラミラミは興味なさそうだけど」

 今までに出てきてない名前が出て来て疑問に思う。

「ラミ……?」

「現三位ラミアス・フィーゼ。その内会えます」

 答えたのは和那だ。此方も小声だが、岩塚より小さい。

「それより出番ですよ」

 和那が壇上を指差すと校長の説明が終わっていて俺の出番になっていた。

 カメラも此方を向いていて岩塚の表情も真面目なものになっていた。

「分かった」

 立ち上がり、歩いて授与台に立つ。

『東京本部リムル学園序列第四位授与。貴方は――』

 先に序列四位を授与され、その後にSSSを授与された。賞状を受け取り、踵を返して一礼する。そして愛想笑いさえない不器用な表情で校内の中継に移された。

 授与式が終わり、カメラも切れると校長が此方に来た。

「これで授与式は終わりです。権限等はこれ一枚で大抵何とかなります。後で説明書を転送しておくから読んでおくように」

「分かりました」

 そう言ってカードを渡される。カードの中央にはこの学校の紋章が刻まれており、左端はキーみたいになっている。

「察しているとは思うけど、それは望月君以外には使えないようになっています。紛失しても大丈夫ですが発行が面倒くさいので無くさないようにしてください」

「はい」

 カードを内ポケットに仕舞い、壇上から降りようとすると突然怒鳴り声と共に扉が開かれた。

「これはどういうことだぁああああ!!」

 確か元第五位の三年、食堂で幅を利かせていた奴だ。その面は怒りに染まっており、元からあまりよくない容姿を一層無様にさせている。

 さて、どうなることか――と思っていると背後で岩塚に袖を引かれた。

「うわ、面倒くさいのが来たね。ホムラン、そっちの裏口から退散しちゃいなさいな」

「ホ、ホムラン?」  

 これはまた珍妙なあだ名を付けられたな。とはいえ面倒事を引き受けてくれるなら叶ったりだ。会場を見渡し、瀬露たちも裏口から逃げているのが見えた。

「助かる」

「良いの良いの。さぁさぁ」

「早く行きなさい」

「貴方がいると余計に話が拗れます」

 岩塚、こいつは思った以上に使えそうだ。それにシィブルや和那も加わり、促す。

 彼女たちにこの場を任せ、俺は退散した。


 講義堂のに出て校門前にやってくると逃げて来た瀬露と里咲がいた。

「よっ、無事だったみたいだな」

「岩塚のおかげでな。里咲もありがとう」

 俺がお礼を言うのがそんなに意外だったのか驚いている。

「気にすんなって。第四位様」

「やめてくれ」

 俺たちは苦笑いして、瀬露を引き継いだ。元五位が何時出てくるかも分からないので俺たちは早々に帰宅することにした。


 寮に付いて部屋まで送った別れ際の事だ。

「焔、昇進おめでと」

「ありがとう」

 それで終わるかと思いきや、瀬露は少し顔を上げて俺を見た。

「……焔」

「なんだ?」

「強くなるにはどうしたら良いかな?」

 俺は少し意外感を憶えた。瀬露の虐めは小等部からあったと言っていた。もはや虐めを受け入れていたのかと思ったが俺が四位に上がったことにより、瀬露にも若干効果があったようだ。

「肉体強化と地道な修練が必要だ」

「……私、焔を見て私もそこに立ちたいって思った。協力してほしい」

 驚く。協力の欠片もなさそうな瀬露が手助けを求めるとは。

 しかし、ここは実力主義の場所。基本的には単独での訓練が当たり前であるが、協力して強くなってはいけないというルールはない。俺としても瀬露が強くなってくれれば俺の行動範囲も広がるから助かる。

「良いぞ。ただ、途中で断念すれば見放す」

「分かった」

 少々冷たく、念の為に釘を刺したが今の瀬露を見るに必要なさそうだな。

 外を見るとまだ陽はあり、夕食と風呂までにはまだ時間がある。

 俺と瀬露は寮には戻らず体育館付属のトレーニングルームにやってきた。瀬露を見る限り、不足しているのは体力と筋力――いや、要するに基礎全般だ。

 特にゴウルを相手どるならスタミナは必須だし、剣型のMOSRを使う以上、基礎は出来ていた方が良い。俺自身はやる必要もないが……ま、付き合おう。

 トレーニングは基本的にはランニングと素振りをする。ランニングルームという機器もあるし、体を鍛える器具には事欠かない。……だが、ここにいるのが学生内でも一部の奴等だけなため、かなり金の無駄使いだと思う。

 それと、やると言ったからには模擬戦も必須だろう。対人戦の技術は何かと使えるしゴウルにも有効打になりやすい。

 最初は二時間で切り上げる。無理にやっても逆に体を壊すだけだ。

 その後は流れに身を任せ、部屋に戻ると瀬露は寝床に倒れた。

 俺も自室に戻り、先程届いた権限の説明書を開く。

 

 説明書

 1、職権乱用は可能な限り止めましょう

 2、乱用し過ぎると処罰することも有り得ます

 3、序列落ちしたらすぐに権限を返却すること

 4、権限内容を他者に口外、書外した場合、即時没収します


 権限

 1、授業免除

 2、学費免除

 3、施設優先

 4、校外優待利用  

 5、機密情報アクセスLv3

 6、他学校立ち入り可能

 7、備品支給ランクA

 8、ゴウル対策本部立ち入り可能

 9、個人情報アクセスLv2

 10、校内備品取り扱いLv3


 こんなもんか。色々良い特典ではあるが、学生が使いそうなのは授業関係だろう。

 もう一度眺めた後、ディスプレイを閉じて就寝した。



 次の日。

 早朝から瀬露と共にトレーニングをした後、朝食を食べて学校へと向かう。

 昨日序列第四位に昇格したこともあり、俺に対するテロ活動や瀬露に対する虐めが消えた。序列内の権限内容自体が不明なこともあり、むやみな交戦は控えているのだろう。関わって万が一にも俺が退学権限を持って居たら厄介なことになるからな。

 教室内に到着すると俺に集中する視線が半分と瀬露を妬む視線が半分。

「よう、四位様」

 そんな中でも里咲はブレずに俺たちに話しかけて来た。だが、その呼び方は少々違和感があって気持ち悪い。

「それはやめろ」

「ハハハ、羨ましい限りだな」

 揶揄いもこの辺にして、鞄から事前に買っておいた缶ジュースを取り出して里咲に向かって投げる。

「おっと」

「昨日の礼だ」

 里咲が受け取ると同時にチャイムが鳴り、俺と瀬露は席に着いた。

「おお、マジか! そんじゃ遠慮なく」

 里咲も自然と席に着いて、カシュッと良い音が鳴って強炭酸を一気に煽った。

「くはぁ、美味ぇ! ん、どした?」

 ――馬鹿だコイツ。

 俺は視線をそっと逸らして授業の準備を始める。里咲の背後には担任の影があり、俺は素知らぬ顔で前だけを見ていた。

「里咲、俺の授業中に缶ジュースを飲むとは良い度胸だな」

「ゲッ! 最近頭の頂点が剥げてきた鬼教師!」

 里咲の言っていることは事実だが今は言わない方が良い類の例えだ。

「良しお前あとで生徒指導室行きな」

 背後でヒィという情けない悲鳴が聞こえた。

「ご、拷問部屋……あ、いや待ってください! ジュース渡して来たのはコイツで――」

 おい――と振り向くと担任が結構良い笑顔で出席簿を手に持っていた。

「だが、飲んだのはお前だ。それに渡したのはチャイムがなる前だ」

 なんだ、最初から見ていたのか。

「なっ! 裏切ったな!」

 里咲が叫ぶが全く謂れのない冤罪だ。

「何をだ」

「ともかく座れ」

 出席簿が里咲の頭部に落ち、バシンと良い音が聞こえた。

「ってぇ……」

 里咲も頭を押さえつつ、俺を恨みがましい視線で見ながら授業の準備に入った。

 自業自得だ。


 授業は恙なく消化され、昼休みになると担任が俺と瀬露を素通りしてチャイムが鳴ると同時に逃げようとしていた里咲の首根っこを掴んだ。

「行くぞ、里咲」

「うぎゃぁ!」

 担任の力は強く、抵抗する里咲を肩に担ぎ、俺たちも立ち上がった。

「瀬露、俺たちも行こう」

「うん」

「待って! 俺もそっちが良い!」

「クハハハハハ」

 担任が何処かの大魔王みたいな声を上げて教室を出ていく。

 俺たちは食堂へと向かった。

「嫌だぁ! 掘られるぅぅ!!」

 最後にそんな声が校内に響き渡った。


 昼食も食べ終わり、俺たちは教室に戻った。 

 昨日の今日ということもあり、あの元第五位が襲撃してくるかと思ったが、それもなかった。再び教室に戻り、真面目に授業を受けていく。

 放課後になるとトレーニングルームへと足を運ぶ。

「おやっ、ホムラン」

 体育館前へ来ると岩塚と和那が立って居た。

「岩塚と和那だったな。二人も自主トレか?」

「まあね。シィーちゃんが校長先生に呼ばれてたから来るのを待ってるんだよ。ホムランは……女の子引っかけて来たみたいだね」

 岩塚が少々厭らしい目で瀬露と俺を見比べて揶揄うように笑った。

 それを見て俺は溜息をついた。

「俺は瀬露の護衛だ。それに瀬露が強くなることを望んだから手伝っているだけだ」

「ほっほーう。瀬露ちゃんか~」

 俺の言葉はほぼほぼ無視されて岩塚が瀬露の手を握った。

「私は岩塚壮巳、よろ~。こっちは壬ちゃんだよ」

「よろしく」

 和那の方は相変わらず不愛想だ。

「よ、よろしくお願いします」

 それでも瀬露が自分から一歩前に進んだことを意外に思う。どんな心境の変化があったのかは分からないが、良い兆候だ。

 挨拶もそこそこに先にトレーニングルームに行き、着替えてから今日のメニューに励んだ。


 

 土曜と日曜は休日だ。しかし瀬露は文学少女というべきか、部屋から出ようとしない上に俺には暇だろうからと休暇をくれた。

 とは言っても俺とて仕事がないと暇だ。やることも筋トレしたり勉強をしたりするくらいしかない。

 ランニングするため外に出た。空は快晴だが少し肌寒い。

 学内では私服姿の学生が幾人か歩いているが俺みたいにトレーニングする奴は見かけない。走るコースは学外だ。近くには小川道が続く場所があり、健康の為に走る人も少なからずいる。

 学生は公園や寮で過ごすことの方が多いのだろう。

 ――ゴウルとの戦いを舐めているとしか思えない。

 小川道を走っていると対岸方向から三人の少女が走っているのが見えた。

「それでね――」

「いやそれは――」

「ナハハ~」

 一人は俺の試験官役をしてくれた和那壬だったな。他の二人はシィブルと岩塚だ。

 和那は俺に気付いたが邪魔するのも悪いと思って軽く手を上げて挨拶し、先を急いだ。

 

 町中に出ると途端に人が多くなり、走ることは困難だ。休憩がてら歩き、町並みを眺める。

 東京は国内で最も安全な地帯のためか、このご時世に置いて異色の雰囲気を放っている。貴族が多いためか恰好も相応に良い物を着ている。

 半ゴウルや孤児もほぼ存在しない、正に隔離された空間だ。

 それらを横目に見つつ、俺は書店に立ち寄った。本は時間を潰すのに最適であり、娯楽にもなる。いつもの俺なら決まってゴウルの特集を手に取るのだが、今日は違う。

「……」

 目の前にあるのは若者向けの、それも女子中学生が好きそうな恋愛物の漫画やドラマ、文学小説だ。それに加えてバトルものの漫画やベストセラーと書いてあるコーナーを回っていくと、そこに知り合いを見つけた。

「あれ、望月」

「里咲か」

 何かと絡んでくる男子の一人でありクラスメイト。比較的付き合いやすい少年であり、友人関係も広い。

 里咲が俺が持っている本に目を落とし、表情が輝いた。

「もしかして望月もこういうのに興味あるのか!?」

「いや、然程じゃない」

「えー……」

 何故そんな残念そうな表情になる?

「じゃあ何でそんなに持ってるんだ? というかよく見たらジャンルが適当だな」

「瀬露との会話で何か話題が欲しいんだが……俺はこういうのに疎い」

 そこまで言ってから気付く。そもそもこいつに聞けば良いんじゃないかと。

「里咲、見積もってくれないか?」

 すると里咲は急に笑みを浮かべ、親指を立てた。

「おう! 任せろ!」

 そこまで自信があるのなら問題はないだろう。俺は里咲の選んでいく本や漫画、雑誌を手に取っていく。絵、キャラクターが上手い作品が多いな。

 それらを購入し、私室へと戻って読み込んでいく。


 次の日の朝食の席で俺は瀬露に聞いてみた。

「こういうのが流行らしいのだが、瀬露は知っているか?」

「なに、それ?」

 それで会話が終わった。


「おい里咲、話が違うぞ」

「いやいやいや……だったらシィブルとかに聞いてみたらどうだ?」

 そうか、そもそも同性ではないのだから趣味嗜好が違っても当然か。

 シィブルに聞きに行く。

「シィブル、少し良いか?」

「望月だったわね、どうしたの?」

「瀬露……よく隣にいる女子との話題が欲しいんだが、何が良いと思う?」

「直球ね……。それならこれはどう?」

 彼女から一冊の本を渡された。

「読み終わったら返してくれれば良いわ」

「助かる」

 その本は恋愛物のようで……かなり際どい箇所がいくつもあったが最近の女子はこういうのが流行しているのだと思い込んでおく。


 次の日の朝食。

「瀬露、この本なのだが――」

「……」

 瀬露は本を見た瞬間、何故か不機嫌になってその日一日、口を聞いてくれなかった。


 それから一か月が経った。

 今までと比較しても本当に平和その物で一日の決まったワークをこなすだけの日々が続いた。瀬露も地道な努力の成果が出て少し強くなってきていた。未だ対人戦はしていないが最近はやらなくても良いのかもしれないと思い始めていた。

 ――そんな昼間の事だ。

「明日から対ゴウルの演習を始める」

 全員の表情が引き締まる。俺にしてみれば今更か、と思ってしまう。

 流石『エリート』の学校。安全過ぎる。地方の学校であれば入学と同時に野戦地に放り込まれることなどザラで死亡率80%を超える場所なんてまだ良い方とさえ言われている。現に俺や橋場もその生き残りと言って良い。

 ――それで対ゴウル演習というのは文字通り校外に生息するゴウルを相手にすることだ。勿論、死者は毎年必ず出るが然程厳しい場所ではないだろうな。

「内容は前期同様だ」

 そう言って担任から説明のディスプレイとチーム用のディスプレイ、それに遺書が入った紙と封筒が送られてくる。

 演習の目的はゴウルとの対峙経験と実際の戦闘による経験値の獲得だ。勿論、ゴウルと対峙して逃げることだって立派な経験だ。……最も色々なショックを引き摺って立ち直れないだろうけどな。

「明日に備えるため本日はここまでだ。俺はしばらくここに居るからチームが出来た者から提出するように。以上」

 担任が打ち切り、今日の授業はこれで終わりとなった。この後は班分けになるのだが――俺の机を小突く阿保がいる。里咲だ。

「な、なぁ望月。俺たちって友達だよな?」

 その里咲が少し顔を青くしながら此方を振り返った。

「悪いが任務優先だ」

「い、いや、でもチーム枠四人だし……」

 そう。演習は四人のチームで行われ、討伐数、協調性、各自の能力が図られる。そしてこれは序列四位だろうが主席だろうが実施される。

 それに死亡率を下げるためと試験官役を務める上級生が一人入るため残りは一人。当然、実力の高い奴と組んだ方が生存確率も上がる。序列入りしている一年はより顕著だ。

「そうだな。だが、それはクラス全員が思っていることでもある。だからこそ俺はお前を特別扱いするわけにはいかない。すまん」

「ご無体な!?」

 里咲だけでなく、同じことを考えていた者たちが一斉に落ち込む。里咲を贔屓してやれば他と軋轢を生む。それは確実に後々悪い事に繋がるため、里咲には悪いが寂しく土に返還って貰おう。

「瀬露、良いな?」

「うん」

 瀬露が立ち上がり、担任にチーム結成の提出を行った。担任は俺と瀬露を見て頷いた。

「了承する」

 一縷の望みに掛けていた奴等も撃沈した。

 席に戻って来ると里咲が右手を固く握りしめて叫んだ。

「くっ、いつも瀬露ちゃんとイチャイチャしやがってぇぇ! 旅館でも護衛とか言い訳つけて風呂とか寝室とか一緒なんだろぶべばっ!?」

 里咲の酷い言いがかりに珍しく瀬露が顔を真っ赤にして怒った。

「ほ、焔と、い、一緒に何て――無理!」

「ぐっ!?」

 正論……正論なはずだが意外と俺にもダメージが来た。

 それを聞いた野郎共が一斉に俺を憐れんでいた。

 その後、俺と瀬露は気まずい空気のクラスを抜け出し、トレーニングルームへと向かった。

 

 夕食を食べ終わった俺たちは部屋に戻った。いつもなら騒がしいはずの寮も今日ばかりは通夜のように静まり返っている。その原因は目の前にあるのは遺書。

 瀬露も恐らく同じことをしているだろう。

 提出は明日。普通なら何を書くか迷う所だが、俺はもう決めてある。

 『望月焔一個人の全権利権限財産を草月瀬露に譲渡する』

 現在ある全権限、つまり序列四位の権限も瀬露に譲渡される。例え俺が死んだとしても次の護衛が配属される時間は稼げる。

 ――まあ、対ゴウルにおいて俺が死ぬことはあり得ない。

 遺書を仕舞い、ベットに横になった。


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