Goul2
グラたん「ゴウル2話です!」
校長室にやって来た。廊下は貴賓室の様に赤い絨毯や高そうな絵が掛けられているがどれもあまり値打ちは無さそうなものばかりだ。
扉を開けると校長の姿があった。校長は女性だ。それも年齢的に30に近いと思われる若い容姿をしている。スーツ姿が似合う女性とでもいうべきか座っているだけなのに気品と地味に威圧されている感じがした。
「初めまして。私は校長のジュラル・ティ・ウィマーです」
前がアレだったためかここの校長は至ってまともそうで何よりだ。第一印象からして真面目な人であるのは間違いないだろう。生徒たちにとってはラスボスに等しいだろうけど。
「私たちは貴方を歓迎します。望月焔君」
「望月です。今年度よりよろしくお願いします」
簡単な挨拶を済ませさっさと本題を片付けて教室に行っておきたい。出来ることなら学園内も見学しておきたいな。いざという時に迷うのは格好悪い。
「さて、早速だけど……」
校長がそう言いながら手に取ったのは一枚の書類。しかし途中でその手を止めてモニターのスイッチを入れた。丁度チャイムが鳴り、始業式が始まろうとしていた。
「先に始業式を見ましょうか。座ってくださいな」
頷き、適当に腰かけて目を向けるとモニターが開いて大講義堂内部の様子が映し出された。映像が綺麗なためか会場全体が良く見え、特に注目を集めているのは先程の白髪の女子だ。やはり間に合ったようだな。
『では次に東京本部主席シィブル・ティ・ウィマーさんより始業の句をお願いします』
東京本部の主席シィブル・ティ・ウィマー。世界でも数少ないランクSSSの一人でありティ・ウィマーってことは恐らく校長の娘だろう。そう思って校長を一瞥すると校長が気付いて頷いた。
視線をモニターに戻すとシィブルによる始業の句を聞いて、群馬、千葉のありがたいお言葉を経て神奈川支部の番になった。
『最後に神奈川支部、天海涼音さんから始業の句をお願いします』
白髪女子の名前は天海涼音。彼女が壇上に立つと少し騒めきがあった箇所が黙り、静寂が訪れた。当然だ、この世界で彼女の名前を知らない者はいない。最も俺は名前を知っていても姿を知らなかったため結構驚いている。
数拍挟んで紡ぎ出された言葉は凛と透き通っていて聞く者を魅了した。
『これを聞いている本部、支部の皆、私たちはゴウルと戦うためにここにいる。きっと皆も同じだと思う。今年入ったばかりの新入生はこの半年でゴウルによる被害を嫌というほど知ったと思う。友人や兄弟、姉妹が死んでしまった人がいるかもしれない。だけど私たちに戦わないという選択肢はない。それを選んだのは他ならない君たち自身だ。私だって何時死ぬか分からない。次の年にはもう会えないかもしれない。だからこそ今を精一杯生きろ。生きてゴウルと戦え。私も散って行った皆の分も戦う。皆も戦って、生きて、またここで会おう。神奈川支部代表、天海涼音』
一拍遅れて各所から拍手が贈られる。大きな声を出す者はいないが、その代わりに拍手は大講義堂全体を揺るがすほどに鳴り響いていた。天海はそそくさと一礼し、壇上を降りていった。
校長の方に向き直ると少し人を食ったかのような笑みを浮かべていた。
「見惚れましたか?」
「それはありません」
校長の軽口に反射的にそう答えた。校長の言う通り確かに声も容姿も整ってはいるが見惚れはしなかった。すると校長は少し驚いて口に手を当てた。
「あら、珍しい」
そうなのか? 貴族一般的な基準がイマイチ分からないから何とも言えないな。
校長は一拍置いて表情を戻し、本題に入った。
「まあ良いわ。次に試験を行います。結果は夜までに端末に届きます。そして試験監督は彼女がしてくれます。入りなさい」
扉が開き、純和風の黒髪の少女が入って来た。腰に帯びているのは刀に似た形状のMOSRでよく使いこまれている。持ち手や刃渡りを見るにオーダーメイド品だろう。
「失礼します」
「彼女は東京本部次席、和那壬よ」
先のシィブルが主席で彼女が次席か。身に纏う静かな気配からランクはシィブルと同等くらいを思わせる。間違ってもSより下は無いだろう。
「どうも、よろしく」
「よろしく」
表情は硬く真面目なままだ。緊張ではなく生来の気質なのだろう。それとも任を任されたからなのか、どちらにしても中学生で公平な視線を持てる人材は稀だ。俺としては実にありがたい。
「和那さん、早速彼を試験会場に連れて行って」
「了承しました」
彼女の後に続いて校長室を出て、すぐ隣の部屋に入った。目の前にあるのはディスプレイと椅子。試験のやり方は一般も貴族も大差ないので椅子に座り、彼女が目の前に座った。手には暇を潰すために本を持って来ていた。
「試験時間は三十分。その間にその問題を解いてください。速く解けた場合は声をかけてください」
「分かりました」
彼女とて無駄な時間は使いたくないのだろう。さっさと解いて終わらせよう。
「では、開始します」
「終わりました」
試験が始まり、時間にして二十分後には全ての問題を解き終えて和那に声をかけた。見直しも終わっているため順当な時間と言える。和那が解いた問題のディスプレイを自身の端末に仕舞い、本を腰のポケットに仕舞って立ち上がった。
「では、次に実技棟に向かいます」
「はい」
彼女の後に続いて実技棟にやってきた。実技棟は体育館やアリーナと同じ場所に建てられていて内部には移動用の昇降機が用意されている。
更に奥に入っていくとアリーナへと出た。大体は決闘用に使われるため床は大理石になっている。周りには薄い緑色の膜があり、これは現実拡張の仮想空間技術を用いたヴァーチャル訓練が出来る仕組みだ。つまりこれから俺がやるのも対仮想相手の敵ということだ。
「試験はこの仮想の敵を撃破もしくは撃退してください。敗北したとしても点数にはなります」
和那が端末を弄って俺の目の前に出したのは四足歩行のキメラ型のゴウルだ。見た感じからしてランクB相当の強さがあり、これと互角に戦えるのならA。善戦すればB。負けてもC判定だから結構温いとも思う。
剣状のMOSRを取り出し、下段に構える。
「では、始めてください」
試験開始の合図が出され、ゴウルが正面から突撃してくる。ただでさえ巨体のゴウルだ、まともに食らえば生身でトラックと衝突した以上の激痛は起こるだろう。
しかし、俺としてはこの高額の依頼を捨てるわけにはいかない。依頼をスムーズにこなすためにも順位の向上は間違いなく必須。瀬露がCでも俺がAやSであればその行動範囲や幅はある程度利かせることが出来る。だとすればランクBで甘んじずに上位を目指すべきだろう。ついでに言うと情報のアクセスキーが欲しい。このご時世で情報は強力な武器だ。特に対ゴウル戦だけでなく対人戦でも情報の有無だけでも勝率が変わってくる。――よし、やるか。
一歩踏み込んでゴウルの攻撃を躱しつつ弱点である額、首、胸の中央に剣を突く。突きはシンプル且つ致命打の威力を伴っているためゴウルはあっさりと動かなくなり、そのままうつ伏せに倒れてゴウルの姿が消えた。ヴァーチャル訓練ではこれで勝利となるがせめてファンファーレくらいは欲しいものだな。あまりにも味気ない。
「もっとランクの高い奴を出せませんか?」
それはともあれ今のだけでは上のランクにはいけないだろう。可能ならば、程度の気持ちで和那に聞いてみると、和那は先程よりも少し目を見開いた状態で端末を弄った。
次のゴウルが出現した。強さはさっきの奴とは比較にならない。姿はキメラ型と同じ四足だが見た目は豹だ。その大きさは約八m程度。普通ならば爪や牙で切り裂かれたら一撃で死んでしまうほどの凶器が形を成して俺の前に立って居る。
「……ランクS相当です」
「分かりました」
このMOSRでは分が悪いな。MOSRを仕舞い、中指を親指に添えてゴウルに向かってでこピンする。勿論、ただのデコピンではなく最大近くまで握力を高めて空気の砲弾を飛ばした代物だ。その威力は重砲撃型のMOSRよりも上で、更に言えばランクSを空圧デコピンで倒すなど俺くらいにしか出来ない芸当だ。
その空気玉を食らったゴウルがパンッと弾けた。あまりにもあっさりし過ぎていて逆に手応えも現実見も無くなっていたが、間違いようもなくゴウルは死亡していた。
「あ……」
彼女が声を上げて驚いている。こんな芸当はランクSSSでもなければ不可能……のはずだ。実際SSSと当たったことがないからなんとも言えない。
「もっと強いのは……」
「ありません。これで試験を終了します」
断言されて試験が終わった。
今日の授業は昼で終わりだったはずなので瀬露を迎えに行く。クラス前には授業が終わるよりも少し早く着き、クラスの中を覗いてみるとグループワークをやっている。教室内では中で瀬露はハブられて一人だ。
実力主義のこの世界では珍しくも無い光景だ。実力が無いのも、人望が無いのも自分の性。自分の振りは自分のせい。そんな諺がある。
事実その通りだし努力しない自分が悪い。とはいえ仕事は仕事だ。そっちは別で割り切る。授業が終わり、少し落ち込んでいる瀬露を引き取る。
食堂に寄り、昼食を取った後は自室に戻ってきた。
「今日はもう部屋から出ません。護衛の任は大丈夫です」
言葉遣いは事務口調だったが、余計な詮索はせずに頷いた。
「了解」
今日はもう部屋から出ないようなので俺は寮を出て校内を見学することにした。
改めて校門の辺りまで来ると人だかりが出来ている。取材か何かのイベントだろうと思いつつ興味なさげにその横を通る。
「あっ、いたいた! おーい!」
黙って通り過ぎようとすると中心にいた一人が誰かに手を振っている。
俺の方を向いているので近隣を見て、背後を振り返るが誰もいない。
「おーい!」
その視線は間違いなく俺を捉えている。あの特徴的な白髪に容姿、名前は確か天海涼音と言ったな。
――面倒事は御免だ。俺は無視して校内に入る。
「ちょっとぉ!?」
しかし彼女は疾風とも言える素早い動きで取材陣をすり抜け、距離を詰めて来た。
「なんだ?」
「さっき道を教えてくれた人だよね? お礼がしたくてさ」
ふと天海の背後を見ると興味深そうにカメラを構えるカメラマンがいる。俺のこともついでに取ってスキャンダルにでもしようと言うのだろうか。
……俺自身が迷惑被る分には一向に構わないが、天海や瀬露たちに迷惑がかかるのは御免だし、こんな給料の良い仕事を逃すのは惜しい。
「別に。それよりもあっちを何とかしたらどうだ?」
奴等の方向を指差しつつ、カメラマンを鬱陶しい、ぶち殺すぞと言わんばかりに殺気を込めて睨むと彼はそそくさと取るのを止めた。
「あ……」
天海が取材陣を見たことにより、俺から視線が外れたので歩き出す。
「俺はしばらく校舎を見回っている。二時間くらいしたらまた寄ると思う」
「分かった! じゃ、待ってるから!」
彼女はそう言って取材陣の方へ戻って行った。
恐らくあの調子では戻って来てもいるのだろう。
俺は溜息を付いて校舎の見回りを始めた。
二時間後。
戻ってくると天海はまだそこにいて、俺はうんざりしつつも隣にいる少女を見て目を細める。
「あれ、望月君?」
橋場葉理。新幹線で別れて以来だったが、意外な再会だった。
「橋場か。こっちの付き添いか?」
「ん、まあそんなところ」
「そうか」
橋場が頷くと天海が首を傾げた。
「知り合い?」
「元クラスメイト」
天海は興味深そうに俺と橋場に視線を行き来させたが、やがて本題を出した。
「そうなんだ。あ、それでお礼なんだけど……」
「別に要らない。礼されるほど大したことじゃない」
「うーん、でもでも君が教えてくれなかったら間違いなく遅刻してたからさ」
何故遅刻しそうだったのかは敢えて聞かないことにする。
「……そうか」
「それにそれに、君と出会えるのも数少ないチャンスだからね」
「それは一重に自分が重要人物で主席であり、現在序列不明の俺とでは果てしなく釣り合わないが助けて貰った礼はしてやる。何でも奢ってやるから言ってみろと言っているような気がするんだが?」
「私そんな人じゃないよ!?」
少し意地の悪いことを言ってみたが思ったよりも反応が面白い。
「でもあんまり時間がないのは確かかな」
「実際あと三十分くらいですね」
「うわ、思ったよりも少ない。とりあえず、何かして貰いたいことある?」
「特にない。それじゃ」
俺はその場を去った。
「ちょっと待てぇ!」
周り込まれた。ついでに腕を掴まれて逃げられないように手首を抑えられた。
「本当に何もないの?」
少々上目使いに見られるが、本当に何もない。というより興味が無い。何処に行っても面倒なことになるのは先程を見ても分かる。
「思いつかない。とりあえず貸し一……そうだな、死んでも返し切れないほど莫大な貸し一つで良いぞ」
「酷っ!? 遅刻一回ってそんな重い貸しになるの!?」
「冗談だ。どうせまたすぐ会うだろうし、その時にジュースでも奢ってくれれば良い」
そう言うと天海はホッと息を吐いて頷いた。
「分かったよ。でも、すぐは会えないんじゃないの?」
「第十七ゴーラスト討伐戦線」
そう言うと天海だけでなく橋場の方も表情が変わった。まるでゴウルが町中に現れたように俺に向ける視線を強めた。
ゴーラスト。ゴウルの最上位個体。
一年に一回世界の何処かに現れると言われている個体だ。
ゴウルランクに直すとランクSの数千体分の力を持ち、討伐に失敗すれば都市一つが簡単に滅ぶ。そのため出現した場合は各国が即時に討伐隊を派遣する。
参加できる条件は人間ランクS以上であること、日本の学生ならば序列五位以上。危険故に討伐報酬は破格であり、参加者は可能な限りの支援と望みが叶えられるが同時に死亡率が著しく高い。
「望月君。君のランクだと参加すら無理だと思うよ」
橋場の言葉は俺を下に見ているものだ。無理もない、成績上は彼女の方が優秀だったからな。
「さて、どうかな」
笑いつつ答えると天海も不遜な態度で言い放った。
「序列不明の割には自信過剰だね」
それに対して俺はでこピンの構えを取る。
「食らってみるか?」
天海は口元を釣り上げて歪ませる。場の雰囲気は開戦一歩手前なほど張り詰め、周りにいたはずの学生たちは全員が距離を取っていた。
「面白い。私を一歩でも動かしたら認めてあげるよ」
「そうか」
指をとても軽く弾く。
「――――ッ!」
通常のデコピンと何も変わらない微かな音と共に空気が弾ける。
天海は流石というべきか、反射的に拳を引いてただの空気弾に拳をぶつけると辺りに重い振動が鳴り響き、衝撃地点の土が舞い上がった。
橋場はMOSRを構えたまま動かない。否、動けなかった。不用意に飛び込めば自身が吹き飛ばされかねないと直感で判断したのだろう。
そこらの学生共は何が起きたのか分からないように呆けていた。
やがて土煙が晴れるとそこには拳を前に突き出したままの彼女がいた。
「一歩踏み出してるじゃないか」
俺は不遜に笑いながら問い、彼女は笑ったまま足と拳を引いた。
「君、ランクは?」
「一応B」
そう、一応。だがそれも近い内に終わるだろう。
「一応B、ね。名前は望月……何?」
「焔」
「焔、ね……」
彼女は少し早足に近づいて来て、拳を俺の胸に突き立てた。
「私の名前はもう知ってると思うけど、天海涼音って言うの。君の事はもう憶えた。次のゴーラスト戦線を楽しみにしておくよ」
「ああ、そうしておいてくれ」
彼女の額に拳を置き、全く同じタイミングで下ろす。
「橋場さん、行こっか」
天海は踵を返し、橋場の元に駆けてゆく。
「……分かりました」
橋場は到底納得しかねているように少し厳しめの視線を俺に向け、しかし仕事を優先して去って行った。あの分だと後で荒れそうだ。天海はとばっちりを食らうだろう。
彼女たちを見送り終わり、俺も文房具を補充しに購買へと向かう。
周りの訝しむ視線がかなり多い中を俺は歩いて行った。ゴシップが好きな奴ほど今の事を噂程度にばら撒くだろう。
……良くも悪くも目はつけられてしまっただろう。
その夜、端末に試験の結果が届いた。
『序列四位を授与する。明日の放課後に大講義堂に来ること』
概ね想定通りだ。第四位なのはやはり筆記の方だろうな。年齢的には年上と言っても俺は勉学の方はさっぱりだからな。
瀬露には情報共有も兼ねて朝食時に話しておくべきだろう。
次の日。朝は素早く起床して準備を整えた俺は瀬露の部屋の戸を叩いた。
瀬露も起きているが、予想通り準備に時間がかかっているようだ。数分して部屋のドアが開き、鍵を閉めて、俺は瀬露と共に食堂へと向かう。
朝食を手にして座ったところで俺は話を切り出した。
「瀬露、少し良いか?」
「……なに?」
「放課後、序列授与式があるらしいから大講義堂に寄りたい」
瀬露が半眼で此方を見てくる。疑わし気に、何言ってんのというように。
「……もう一回言って?」
「放課後に序列四位を授与されるから大講義堂に来いと言われている」
「ふぅん……」
半信半疑と言うように俺を見ている。
「勿論、護衛任務はそのまま続行する。何も心配しなくて良い」
「……分かった」
その後はひたすら無言で食事を続けた。多少なりと気まずいのは俺に話題が無かったからだろう。……明日からは少し気をつかって話題を増やすか。
次の日。登校途中の事だ。
校門前まで来ると黒いローブ姿の連中が俺たちを取り囲み、MOSRを展開して宣言した。
「我ら天海様信仰団体! 昨日の貴様の行いをこの場で――」
「登校の邪魔だ。失せろ」
奴等の正面にデコピンを向け、弾いて退ける。そうやってファンクラブ気取りは勝手だが、それを俺たちに押し付けるな。
校舎内に入り、一年生用の教室である二階へと昇って瀬露と共に俺も教室に入る。
本来であれば俺が中学一年生をやり直すことなどあり得ないのだが、護衛上の理由から中学一年をすることになっていた。ただし試験内容は東京の高校入試レベルの内容だったと言っておく。
それでだ。問題は天海ファンが俺たちを取り囲んで襲撃すること三回。教室に到着するだけでこれだ。チッ、やはり天海に関わってはいけなかったか。
「よう、随分熱心なファンが付いたな」
席に座ると前の席の奴が話しかけてきた。東京では珍しくもない黒髪と黒い目の日本人。中学生にしては体格がいい男子だ。
「知るか。面倒くさい」
「少なくても暇になることはないだろ? あ、俺は里咲沢入。よろしくな」
彼、里咲が握手を求めて来たので握り返し、お返しを放つ。
「俺に関わるともれなく奴等の興味がお前にも向くけど良いんだな?」
「面倒事は嫌だ。そっちは任せる」
チッ、だが俺に関わった時点で手遅れだろう。
「……だと思った。まあいいや、よろしく」
「おう! っと、教師が来たぜ」
視線を向けると男性の担任がそこにいた。此方も東京人らしい風情で黒スーツを着込んでいる。腰に帯刀しているのは軍用MOSRでそれなりに価値のありそうな業物の刀剣だ。表情は真面目そうで生徒受けはあまり良くなさそうに思える。
「全員座れ。今日は転入生を紹介する」
全員の視線が俺の方に向く。担任に手招きされて俺は正面に立つことになった。
「名前と趣味だけで良い」
担任の求めは単純なもので対ゴウル育成校なら当たり前のことだった。
「名前は望月焔。趣味は仕事。今日からこのクラスに在籍することになった。よろしく」
「質問は後で個人的に行え。それでは出席を取るぞ」
それで良かったらしく、俺は席に戻って座った。
好意的、嫌悪的、興味関心の視線が俺を突き刺すが正直どうでも良い。護衛に差し障らない程度に付き合うくらいで良いだろう。
出席が終わり、最初の授業の社会の座学が始まる。座学と言っても歴史の背景や基礎的な知識以外はやらない。俺たちは戦うのが本職だからな。
今やっているのは対ゴーラスト戦闘時の事だ。中でも最も強力かつ多大な被害を出したのは第十のゴーラスト。その対第十ゴーラスト大戦で決め手となったのは天海涼音。日本の切り札とも呼ばれるほど強力な人材であり、数少ないSSSの一人。
いや、SSS内でも頭数個分を飛びぬけている強さを持っている。
言わば、日本最強。当時使用した武装は大剣型のMOSR、グレイドブレイバーと呼ばれる砲撃兵器。それを持って第十ゴーラストに特攻し、頭から下方に向かって撃ち抜いたと言われている。
彼女がいなれば現地だったフランスは壊滅していただろう。
世界は当時七歳だった少女に驚愕と称賛の嵐を浴びせた。最も俺は、俺たちはそんな物を見ている余裕はなかった。全く別の防衛任務に就いていたため知る由もなかった。
それはさておき。
現在、ゴーラストは第十七匹目を迎えている。あと三年後の第二十体目は十体目以上の被害が出るだろうと予測されている。同時に本部はその第二十体目を討伐すれば世界は救われると言っている。正式な報道で、とある人物から確定事項だと言っていた。
その情報はこの星に希望をもたらした。だが、全員が薄々感づいている。
その第二十体目で終わるのか、と。また、その第二十体目を倒せなければ人類は滅びるのではないか、と。
だからこそ『天海涼音』は人類の希望だ。『天海涼音』ならば第二十体目を倒せる。誰もが希望的観測でそう思っている。
『我々は第二十体目を終番個体ゴールインと名付ける』
そう報道したのは二年前。第十五体目が倒された後の事だ。『ゴールイン』。ゴウル、スポーツのゴールと掛けたのだろう。あいつはゴールインを倒さなくてはならない。もしくは人類のために相打ちを望まれている。あいつが死ぬ死なないに関わらず、人類から望まれている。
恐らくそのケアスタッフとして、もしくは補助として橋場が選ばれたのだろう。少なからず前の学校は日本内の育成所でも上位だった。あのクソ爺はともかくとして。
授業の終わる鐘が鳴ると同時に転入生特有の質問攻めが始まる。
鬱陶しいことこの上無いが、ここで険悪に対応すれば護衛任務から外されるかもしれないと考え、適宜対応した。
本日の授業の大半を消化し、昼休みになった。
「望月、飯行こうぜ」
生徒たちが我先にと立ち上がる中、里咲が食事を誘ってくる。周りを見ると他の奴等も同じ考えだったのか俺たちの方を見ていた。
「そうだな、と言いたい所だが遠慮しておく」
通常なら学食で飯を取るのだが、稀に自前の弁当を教室で食べる奴もいる。里咲は俺がその手の人だと思ったらしい。
「なんだ、弁当か?」
「いや、任務だ」
里咲は意外そうに驚き、聞き返した。
「任務?」
「ああ」
俺は立ち上がって瀬露の元に行く。最初からこういう関係ということを強調しておけばある程度飯を一緒に食う人数は減らせるだろう。しかしこれが同じ教室でなかったら色々な事を模索されたり、関係性を疑われて実に面倒くさいことになっていたと思う。
中学生とは得てしてそんなものだ。
「瀬露、行こう」
「うん」
「ほほう……」
里咲だけでなく、他の奴等も様々な反応をしている。想定内だ。
「誤解のない内に言っておくが、俺は瀬露の護衛役として来ている。……最も、席に決まりはないから好きなようにしてくれ」
最後にフォローを入れつつ、瀬露を見る。瀬露はあまり気乗りしなさそうだが、俺を仲介してでも良いから知り合いを作っておくのは重要な事だ。いざと言う時だけでなく知り合いというだけでも色々工面してくれることだってある。
「じゃ、隣に座るからな」
立ち上がった瀬露と俺の横に里咲も付いてきて、オマケも数人付いて来る。
食堂に行き、瀬露に席を確保して貰い、俺は瀬露の分も貰って席に座った。
普段の俺であれば昼食時間は最低限且つ迅速に食べ、寝る。体力は温存しておきたいし、無駄な体力を使うのは避ける。
しかしこの学校ではだいぶ変わって、里咲を中心にアニメや漫画の話題が飛び交う。そこらへんは良く分からないし、瀬露も付いて行けていない。里咲は気の利く方で俺たちがあまり参加できていないのを見越してゴウルやMOSRの話題を振ってくれた。
正直、ゴシップ系は興味の欠片も無かったからな……今度調べてみるか。
「オラ、そこ退けや!」
「第五位黒佐後様のお通りだぞ!」
昼食を食べていると何処からか喧騒が聞こえて来た。見ると席周りで横暴を働いている輩がいるようだ。確かこの学園では最上位序列五名に色々な特権が付いて回るんだったな。最もそれを行使出来るのは今日限りだろう。
中学生だから出来ることなのか、それとも周りとの協調性が無いのか。どちらでも良いが……少し滑稽だな。
「ん? どした?」
里咲が俺の僅かな変化を察してそう言った。それか思ったよりも顔に出たのか。
「いや、何処にでもあの手の輩はいるんだと思ってな」
「ははっ、確かに」
「ちなみに上位五名から落ちたらどうなるんだ?」
「うん? 確か現存する全権利権限の剥奪だったはずだぞ……って、何か物騒なこと考えてないか?」
面倒事に関わりたくないのは誰でも一緒らしく、里咲たちが嫌そうな表情をしている。俺は手を左右に振って答えた。
「それはない。面倒くさい」
「ならいいけどよ」
昼食の会話も程々に飯にありつく。瀬露はやはり会話にあまり参加しなかったが、時折口元がにやけていた。会話や対人関係に興味が無いわけではなく、ただ人見知りなだけなのかもしれない。
昼食を取り終わり、教室に戻ると明らかに空気が変わっていた。
「オイオイ、誰だこんなことした奴」
瀬露の机には罵詈雑言が油性マジックが書かれている。いや、机だけじゃない。椅子、近隣の個所にも書かれているな。更に机の中にはゴキブリやムカデの死骸が詰められている。横に掛けてあったスクール鞄はズタズタに斬り裂かれている上に教科書やノートも水で濡らされて駄目にされている。
陰湿な嫌がらせとは違い、これはあまりにも醜い。流石の里咲も苛立ちの表情を見せている。辺りを見渡すと生徒の数名が此方を見てニヤニヤしている。
教室内に居る奴等は確信犯と関わりたくないという表情をしている奴だ。それが教室の空気を悪くしている原因だろう。
こんなことをするのは俺が思いつく限りは二通りだ。
「……里咲」
「何?」
「これは朝の襲撃犯共の仕業か?」
「いんや、あいつらは悪ふざけはするがこんな事はしない。それは保証する」
「そうか」
違った。そうなると瀬露を嫌う奴等の嫌がらせか。人間とはこんなことをして何故平然としていられるのだろう。それを助けないのもどうかと思うが……。
とにかく今は護衛任務を優先しよう。
「瀬露」
「……」
「何時からこんな事になっていた?」
「……」
「小等部の時からだ」
黙ったままの瀬露の代わりに答えたのは里咲だ。それを知っているってことは里咲も日和見していた方の人間なのだろう。
「おっと、先に言っておくが俺は面倒事はお断り主義だ。望月も分かってると思うがここは実力主義世界。やられたくなければ自分で何とかするしかない」
「言われなくても分かっている。だが――」
俺はでこピンで瀬露の机を外に吹き飛ばす。ついでに壁と他の机も吹き飛び、壁は瓦礫と化し、やがて机やら椅子が叩きつけられる音がした。
「俺は瀬露の護衛役だ。瀬露の障害になる者は全て排除する」
あくまでも冷静に、それでいて全員に警告する。実力主義世界というのならば、俺も相応に対応していくだけだ。俺のやり方に虐めの主犯と思われる生徒たちは酷く怯え、日和見していた奴等は面白そうに此方を見ている。
そして里咲は……渋い面をして呆れていた。
「仕事熱心なのは良いけどよ……でこピンで机と壁粉砕するのは止めてくんね? それと俺の机もあったんだけど」
「嫌なら里咲もイジメ撲滅に貢献するんだな」
「うへぇ……」
里咲が貧乏くじ引いたと言わんばかりに嫌そうな顔をした。
「最も、夕方で全て決着が付くけどな」
「それはどういう――」
「おい望月、里咲、草月、お前等は授業聞きながら机と壁を直せ」
そこへいつの間にか教室に来ていた担任の声がする。その面は呆れと苦渋、一割は面白がっているような感じがしていた。
「俺もですか!?」
間違いなく無関係のはずの里咲も巻き添え食らい、驚いている。
「あと、実行犯の望月は放課後までに反省文書いて提出だ」
それだけで許容してくれる辺り、担任も瀬露の現状を知っていたが無用な手出しはしていなかったようだ。
「分かりました」
「他は授業始めるぞ、座れ」
俺たちを残して各自が席に座っていく。里咲はぶつくさ言いながら補強素材を取りに行った。どうせ教室に居ても半分寝ているのだから体を動かしていた方がまだマシだろう。そして瀬露も机を取って来ようと教室を出ようとした。
「瀬露」
それを俺は引き留め、自分の無事な机を指差す。
「筆記用具、教科書、ノートは全て机の中に入っている。ノートは余分に買ってあるから鞄から出して使ってくれ」
だが、瀬露は首を横に振った。
「私も手伝う。元と言えば私の性だから」
「やらかしたのは俺だ。瀬露は授業を受けてくれ、良いな?」
少し言葉を強調して瀬露に言う。今回の非は俺にあり、瀬露は悪くない。ならばせめて瀬露は授業を受けてくれた方が良い。
瀬露は少し躊躇った後、頷いて俺の机に座り、教科書とノートを出して授業を聞く姿勢を取った。
俺は破損した箇所に立って階下に落ちている机を見る。
ここは本校舎の四階。高さはざっと五mくらいだ。
飛び降り、着地する。地上に降りると破損した瀬露と里咲の机があった。瀬露のは見て分かる通りもう駄目だな。全て破棄して新品を倉庫から取り出そう。事務申請出すの面倒くさいな……。
里咲のは破損しているが治せないレベルじゃない。破損しているのは机の角と椅子の足。ポケットから高火力ライターと小鉄を取り出す。それを里咲の破損部位に付け、修理する。接着に使ったのは鉄にも使える接着剤だ。
まずは里咲の机を持って二階まで飛び上がる。
そして定位置に置き、瀬露の周囲、机、顔色を確認し異常なしを確認してから再度飛び降りた。次に瀬露の机を持ち、焼却炉に持っていき、投げ込む。鞄やノート等も全て処分する。
続いて事務課に向かい、申請を出して受諾して貰う。申請が通った後、教科書、ノート、鞄等を買い揃える。請求書は有さんに宛てて送る。
倉庫から机を引っ張り出して校舎に上がり、教室に入って定位置に置く。教室に戻り、壁担当の里咲を見ると慣れた手つきで修理を始めていた。俺もそれに加わり、無言で直していく。
修理し終わる頃には授業が終わりを告げていた。一時間弱で終えられたのは里咲の手際の良さもある。日曜大工というレベルではあるが俺よりはマシだ。
「里咲、お疲れ様」
「そっちもな……つーか二度とやらんでくれ」
「起こるかどうかは彼女たち次第だ」
虐めの元凶に視線を向けると里咲が恨みがましい視線を彼女たちにむけ、彼女たちは視線を虚空に彷徨わせていた。
休み時間の間に瀬露と席を交代し、買い揃えておいた物を渡す。
「焔、ありがと」
「おう」
俺は頷き、席で反省文書の作成を始めた。
授業が始まり、慣れた手つきで反省文を書き終わる。里咲はあまり経験がないようで苦戦しているな。ノートは取りつつ、あとは放課後を待つだけとなった。




