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勇邪の物語  作者: グラたん
第四章 次世代の物語編
444/466

Goul1

グラたん「焔たちの過去の話です!」

 この世界には三種類の生物がいる。

 一、人間。

 無駄に数が多く、地球の資源を食いつくす害悪。

 二、動物。   

 自然と調和し、人間の家畜にされている者たち。

 三、ゴウル。

 主に人間を食べる良い生物たち。

 

 と、今の学者はそう唱えている。

 ただし、人間はゴウルを捕らえ、自身等の武器に作り替えている。

 ゴウルの力は強く、その生態系は何百種類と確認されている。

 ――さて、それでは何故ゴウルは良いと言われているのでしょうか?

「来週までに課題レポートね」

 教師がそう言うと同時に授業終了のチャイムが鳴った。

 具体的に生物に表すならあと二種類は多い。

 四、半獣人。

 現代科学の粋によって人間と動物が愛し合った結果、生まれてくる子供。大抵は忌み子として殺処分される。

 五、半ゴウル。

 人間とゴウルが交わった結果出来た異物とされている。ゴウル同様に滅ぶべきだと世の中の人は言う。

 戦闘力で言うならば一番強いのがゴウル、次に半ゴウル、半獣人、動物、人間。

 そうなってしまう。

 人間は非力なくせに傲慢で高圧的な生き物だ。だから死ぬ時はもがき足掻いて無様に死んでくれる。

 ――ああ、言い忘れていたことがある。世界を統治しているのは人間だ。

 で、課題レポートだったな。答えはきっとこれで良い。

「『人間が多すぎるから丁度良い感じに間引かれるため』。如何にもあの教師が好きそうな答えですね」

 俺の解答をそう答えたのは橋場はしば葉理ようり。特に幼馴染でもなければ付き合っているわけでもない。言わば他人だ。クラスメイトだ。

 ついでに言うと容姿は中の上。クラス的に言うとまあ良い方。髪型は短め。制服は半袖とスカート。

 今は秋とは言ってもまだ残暑が残る日々が続いている。

「何の用だ」

 俺の口から出た言葉はそんなぶっきらぼうな言葉だ。

「今月末までに支社に出す報告書を出してください」

 ……ああ、あれか。

 鞄を漁り、適当に突っ込んでおいた一枚を取り出す。

「ん」

「はい。ありがとうございます」

 彼女は紙を受け取り、そう言って去って行った。

 さて、帰るか。

 

 ここは八坂学園。別名、対ゴウル兵士育成所。

 年齢不問。少しでも才能のある人募集中。

 そう言って殺到した人数、今学期2300万人。

 その内、適正者19万6769人。

 適正というのは対ゴウル武器MOSR、『モーメントストライド』。

 通称モスラと某怪物の名前が付けられている武装だ。

 で、その適正者の中でもランクがある。

 番外、一般人。この世界ではクズ扱い。

 F、最下位適合者。一般人より少し強い程度のクソ。

 E、下から二番目。ゴウル相手に時間稼ぎ出来る程度。

 D、下から三番目。集団でゴウルを倒せる程度。

 C、それなりに一人で任務に行ける。

 B、上位格。一人で任務に行ける。

 A、最上位格。ゴウルの集団に囲まれても辛うじて生きていられる。

 S、その上。ゴウルの集団を倒せる。

 SS、金持ち。ゴウルを虐殺出来る。

 SSS、お前がゴウルだという感じ。


 そもそもゴウルが出始めたのが十六年前。

 当時の人間は虐殺されまくっていた時代。 

 今も劣勢なのは変わらないが、S以上の奴等が奮戦している時代。

 とはいえ、ゴウル自体個体数が少ないから今の所戦えている感じだ。

 襲撃頻度は二、三か月に一回。

 それでその大体20万人の内、SSSはゼロ、SSもゼロ、Sが3、Aが130、Bが一気に増えて1500、Cがもっと増えて6500、Dが2万、Eが8万、残りF。

 最初に出た適正値はそいつの絶対限界値。

 例えばFがどんなに努力した所で最高Cの下。

 例えCが努力してもBに上がるには五年以上の時間がかかる。

 それこそ、何か別の特殊な才能でもない限りは無理だ。

 廊下を歩いていると放送が入った。

『2-Tの望月さん、校長室へ出頭してください』 

「帰るか」

『出頭しない場合、今月の報奨金は無いと校長先生が言っております』

 あのクソ爺。

 俺は渋々校長室に足を運んだ。

 それというのも俺は一人暮らしであり、完全出来高月給制のこの学校の報奨金を当てにしないと食っていけない。

 貧困とは程遠い。むしろ質素な生活を心がけている。

 貯金はある。この先、退学しても三年分は働かなくても良いくらいに溜まっている。

 だが、金はいくらあっても良い。

 校長室の前に着き、扉を開ける。

「何の用だ、クソ爺」

 目の前にいるのはクソ爺こと校長、畑野部清太郎。

 非常に厳つい爺だ。

 学校内の誰からも嫌われ、教員からも愛想を付かされるほどの金マニア。

 親の七光りで校長の椅子に座っている上に金にしか興味がないクソだ。

「ふん、これを見ろ」

 クソ爺が机に置いたのは一枚の紙。

「転校書? ハッ、遂に露骨に追い出しに来やがったか」

「何処を見ている馬鹿ガキ。下の奴だ」

 もう一枚捲ると仕事の依頼書が入っている。

 報奨金は五千万。

「……何か裏あんだろ、これ」

 どう考えても超危険な依頼にしか思えない。

 通常はランクにもよるが一万から二十万が相場。大型だと百万を超えることがある。

 だが二千万は破格にも程がある。

 ゴウルにもランクがあり、C、B、A、Sがある。

 小型種はC。中型種がB。大型がA。Sともなると形状不明の奴や人型、超巨大型などがある。むしろSは人間のSSが出動するような敵だ。

「そこまでは知らん。だが、依頼人直々の指名だ。断れば政府が動く」

「はぁ? 随分と御大層だな」

「うるせえクソガキ。さっさと署名しやがれ」

「ちっ」

 どちらにしてもこんな美味しい報酬を他の奴にくれてやることはない。

 危険度が分からないのは怖いが、政府が動くとなると不味い。

 政府は人間の中でも最大権力を持っている人間だ。

 一個人の社会的抹殺は容易い。

 それにしても、俺そこまで目を付けられるようなことはしていないと思うが……。

 署名し、クソ爺に見せる。

「これで良いんだろ」

 クソ爺がひったくり、頷く。

「ほらよ」

 そう言って渡されたのは一束の書類だ。

「それ持ってとっとと失せやがれ」

「ハッ」

 紙をひったくり、校長室を出た。

 

 自宅に戻り、コーラを飲みながら依頼書を確認する。

「ほう……」

 場所は関東特区、東京地区か。

 内容は現地で伝える。

 ……分からん。何故俺をこんなゴウルのいない場所に呼ぶんだ。

 関東特区東京地区は最もゴウルの居ない場所として知られている。

 だが、そこに住むには莫大な金と貴族と呼ばれる奴等が住んでいる。

 俺には一生縁の無い話だと思っていた。

 また、関東区域はSランクの人間が常時徘徊しているため、ゴウルも近寄らない。

 それで転入手続きは全てあのクソ爺がやってくれるとして、俺は荷物を纏めて明日出ていく。新幹線に乗ったとしても三時間はかかるだろう。

 荷物をさっさと纏め終える。

 自分の携帯用品以外はほぼ何もない部屋だ。空き巣が入っても昼寝して出ていく程度でしかない。

 俺が出て行った後は誰かが入って来る。

 こんな学生兼業の仕事に友人は無い。いざ戦場に出れば死ぬのは自分であり友人だ。だから付き合いは必要最低限で良い。俺もそうやって暮らしてきていた。

 クソ爺から奪った紙を読みふけて仕舞う。内容は頭に叩き込んだ。

 明日も早いし、寝るか。

 


 次の朝。

 寮を出た俺は朝食をコンビニで買い、派遣先へと向かった。派遣先は東京の相模原という場所だ。東京は世界の中でも有数の安全地帯であり、もっともゴウルという脅威から離れていられる場所だ。

 俺も短期間の仕事で何度か足を運んだことはあるが、短期や長期間でなく依頼終了までというケースは今までになかった。考え方によっては当たりも当たりの依頼なのかもしれないな。

 東京行きの新幹線乗り場に行くとそこには彼女、橋場もいた。あいつも仕事で東京方面に行くのだろう。

「あら、もしかして望月君も一緒ですか?」

「俺は東京に派遣された」

「私もです」

 橋場は誰かと話すのが好きだ。人付き合いが良いために誰からでも好まれるそんな女性だ。返って俺は不愛想なために嫌われている。別にそれがどうした程度にしか思っていないせいかもしれない。それに加えて成績と容姿も良いから彼女を好む者も多いらしい。

 新幹線に乗ると彼女は指定席の方に向かった。俺は安い自由席だ。

 この分だと同じ東京地区でも依頼先は違うな。


 

 ……

 …………

 新幹線に乗ると少しだけざわめきがある。乗客は俺のような奴だったり裕福そうな奴等だったりしている。しかし暇だ。人間観察は早々に興味を無くしたし周りの景色も荒地から農畑以外代わり映えが無くて飽きる。

 そうすると必然的に寝る以外選択肢が無い。

 少し寝て起きるとアナウンスが聞こえて来た。

『間もなく関東特区東京。東京にございます』

 やっとか。長い。新幹線を降りたら橋場とはまた会うかと思ったが会わなかったな。

 東京駅。一歩外に出ればとにかく人の多い場所だ。本当にゴウルという脅威が排除された人間たちの楽園、そう錯覚してしまう。

 裕福な服装、髪、持ち物、飲食店。何もかもが地方とは違う。

 関東区域にも対ゴウル育成所はある。だが、そこも何かと豪華な設備で訓練しているのだろう。俺たちなんて一瞬先で死ぬかもしれないのに地道なトレーニングや実戦を積んでいるというのに……。

 いや、こいつ等に当たるのは筋違いだし、そんな事をしても俺には何の益も無い。

 邪念を振り払い、仕事先に向かう。

 東京駅から電車を乗り継いで約二時間後、相模原に到着した。

 東京同様に大きな町並みに、むせかえるような人口密度。吐き気さえ覚えるような人ごみと喧しいとさえ思わせる子供の騒めき。

 移動に使うのは小型の車だ。一人から四人乗りの車がそこらを走っている。

 一応聞かされてはいたが、車内部を除いてみるが無人機だ。まさかこれが税金サービスだというのだろうか? だとしたら地方にもっと金を入れて設備を何とかしろと政府に言いたい。

 乗ると、しかも無料で送迎だとAIが言っている。ここらではこれが普通なのだろう。だからこそ余分な贅肉が付いている奴等が多いんだな。

 小型車に乗って目的地へと向かう。しかし車内はクーラーがガンガンに効いていて寒いとすら感じる。そう思っていると自動で調節され、丁度良い温度になった。

 しばらく乗って、到着した先は高層マンションだ。ここが今回の目的地であり、ここに住んでいるのが依頼者だ。

 こんなところに住んでいるくらいだ、依頼者は間違いなくお偉いさんか金持ちだな。だとすれば内容も自然と絞れてくる。恐らくは護衛系の内容だな。

 内部に入ると窓口がある。東京はAIばかりで構成されているのかと思っていたがそうでもなく、ここは人口だ。近づくと女性が顔を覗かせて俺を見て少しだけ驚いた表情をしながらも受付に座った。

「少し良いですか」

「はい、如何なされましたか?」

 鞄から依頼書を取り出して受付に置き、見せる。

「この依頼主は何処に?」

 彼女が窓口側にそれを受け取り、次いで俺を見た。どうやら話は通っているらしく通報はされなかった。これで話が通っていないと即通報されてしまい、対人の警察にお世話になる。実際俺も数回それをやられて頭に来て依頼主を半殺しにした記憶がある。そんな事件が多発したため最近は悪戯の依頼はかなり減っている。

「身分証明書の提出をお願いします」

 身分証を取り出して渡す。彼女はそれをスキャンに通し、指紋認証らしき物が現れた。これは言われなくとも置けばよいので指を置き、スキャンされたのを確認して離す。

「はい、ありがとうございます。次に隣の部屋に入ってください」

 何をされるのか良くは分からないが身体検査の一種なのだろう。お高い依頼だとこういうことはままある。

 隣の部屋に入り、それから服装チェック、声帯反応などなどを調べられた。全てが終わったのはそれから三十分後だった。

「お疲れ様でした。間違いなく望月様と認証致しました」

「それで依頼主は?」

「草月様ですね。少々お待ちください」

 彼女が手元のキーボードを打ち込み、手を置いた。少しするとピーという音の後に隣の機械が開き、カードキーを渡された。

「草月様は108号応接室でお待ちしております」 

 カードキーを渡され、俺はそれを持って案内の元108号応接室にやってきた。どうやらこれ一枚あればロビー内は自由に出入りが出来るようだ。

「失礼致します。望月様がご到着なされました」

 案内人が扉を開けて俺を中へと入れ、後は良いのか彼女は扉を閉めて行った。

 目の前にいるのは無駄に着飾った女性だ。それに隣にいるのは中学生くらいの少女だ。親子――にしては似ていない。父親の血を濃く受け継いでいるのかあるいは……。いや、余計な詮索は止めておこう。

「初めまして望月焔さん。私は草月有と申します。そして此方が瀬露せろです」

 望月もちつきほむら、それが俺の名前だ。最初は誰が付けたのか分からない名前に変更届を出しに行こうと思ったのだが、途中で名前考えるのが面倒くさくなって今に至る。

 依頼は第一印象で決まると何処かのクソ爺は言うが俺たちにしてみればそんなのは二どころか五の次だ。挨拶は最低限に済ませてさっさと本題に入る。

「よろしく。早速、依頼内容を確認したいのですが――」

「ええ、依頼というのは瀬露の登下校の護衛、および校内でも護衛をお願いしたいと思います」

 やはり護衛系か。まあ良い。どうせ俺に選択肢は無い。

「期間は三年。瀬露が中学校を卒業するまでとします。最も、瀬露が依頼続行を望むのであれば期間延長も視野に入れます」   

 そこで彼女、有さんが瀬露さんの方を見た。その眼は実の娘に向けるにしては厳し過ぎる視線だった。

「瀬露」

「は、はい」

 彼女は有さんに怯えるように返事をして立ち上がり、ゆっくりと一礼した。

「……お願いします」

「……」

 会話が続かない。余程の人見知りか、それともコミュニケーション障害でもあるのか、どちらにしてもこういう依頼者はやりにくい。と言って逆に騒がしいのはもっと困るため喋らないならそれに越したことはない。

「座りなさい」

 瀬露さんは黙って座った。一挙一動を体に叩き込まれているのか如何にもお嬢様というような動作で着席してそのまま視線を机に向けた。

 代わりに有さんの方が話し出すが……この親も親で何かロクでもないような感じがしてきた。人は見た目ではないと言うし。

「焔さん、こんな子ですがよろしくお願いします」

「いえ、此方こそ。……今回の依頼について二点ほど聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 さて、俺としても色々と納得しかねていることを納得させないといけない。『言えない』とか『依頼だけこなせ』と言われればそれまでだが有さんは応じた。

「何でしょうか?」

「まず、報奨金が非常に高い件についてです」

「それは単純に瀬露がかける迷惑金を含めた額です」

 ……だとしても高すぎる。彼女はそんなに素行の悪い子には見えない。そうなると余程なにかの問題があるのだろう。それもとびきり大きい何かが。

 そんな疑問を振り払い、二つ目の質問をする。  

「次に何故、対ゴウル専門の俺に声が掛かったのですか? 護衛だけであれば、この東京区であれば俺は必要ないはずです」

「最近はゴウルだけでなく半ゴウルの活動もあります。ただの護衛では半ゴウルにすら勝てませんので、貴方を指名したのです」

 ゴウルは人食いだ。半ゴウルも人食いの半ゴウルと人間に溶け込む奴がいる。人間型のゴウルは特に見分けが付き辛く、被害も無視出来ない。

「しかし俺のランクはB。ゴウル一匹にすら苦戦します」

 有さんが微笑する。良く見慣れた、年配の老害共がするとても嫌な笑いだ。

「こう見えても草月家は色々とコネがありましてね……貴方がただのBランクでないのは既に知っているのですよ」

 そう言って一枚の紙を渡され、しっかりと内容に目を通してから小さく息を吐いて紙を下げ、机の下で紙を握り潰した。

「任務の件、了承致しました」

「物分かりの良い人は好きですよ」

 こいつ……敵に回したら面倒くさいタイプの人間だ。その上、俺の事情も知っているとなれば下手に逆らうことは出来なさそうだな。

「学園への編入手続きは済ませておきます。貴方はこの後、瀬露と共に学園の寮に向かってください」

「了解です」

 有さんとの話も終わり、俺は瀬露さんの後に続いて入り口へと向かった。

 親子の別れというものはこの二人の間には存在しないらしく瀬露さんは入り口を抜けても一切振り返ることは無かった。普通なら最低限の挨拶くらいはありそうなものだが余程仲が悪いのか何方か一方が異常な程毛嫌いしているのか……この理屈だと瀬露さんの方が当てはまりそうだ。

       

 道路を走っている小型車を捕まえて乗り、少しして相模原駅に到着し、俺たちは東京二十三区の一つ、新宿へと向かう。電車内も、時間が昼過ぎということもあって乗客は少ないため快適だ。

 しかし気まずい。終始無言とはきっとこのことだ。

 話題が無い、話す気が無い、大人しいと、この三つが原因だろう。おまけに向かい合わせなのもまた拍車をかけている。

 一つ溜息を吐いて、鞄からパンフレットを取り出して、これから向かう予定の場所を確認する。国立リムル学園。対ゴウル『エリート』部隊を育成する場所だ。

 そしてそのリムル学園の真下は対ゴウル対策日本本部となっている。

 『エリート』。別名を後方作戦指揮官。前線に出ないで手柄は指揮官の物。責任は部下もとい戦場で戦っている奴等に与えられる。

 ……阿保らしい。何のために高級施設のある学園に通っているのか分からないな。戦場に出れば指揮官も戦闘に交わり、命を落とすことだって珍しくない。きっとこの学園から排出された奴等の死亡率は非常に高いだろう。もっとも、この東京から出るのかも怪しい。

「あの……」

 隣から声がする。発したのは彼女、瀬露だ。

 敬称? そんなもの依頼主が居る場所だけで十分だ。

「どうした?」

 彼女は俺をじっと見つめている。

 無言。

 何も話さない。何が言いたいんだ。

 そうしている間にアナウンスが流れて来た。

『新宿、新宿に到着致します。リムル学園にお越しのお客様は駅前の学内軽車をご利用ください』

「着いたな。降りよう」

 結局、何だったのか分からないまま新宿に到着してしまった。 彼女は小さく頷いて立ち上がり、俺が立ち上がってから言葉を発した。

「瀬露、で良いです」

 言葉というよりも呟きだ。ちゃんと聞いていなければ聞き流しかねないほどの声だったが、俺は頷いて返答する。

「焔と呼んでくれ」

 瀬戸は再び小さく頷いた。よく見れば目尻に涙を溜めて頬は少し赤くなっていて今にも泣きだしそうな表情をしている。

 思わず周りを見渡し、誰も俺たちに興味を向けていないのを確認して少し安心する。こんな何でもない電車の中で少女を泣かしたとあっては今後の護衛任務に間違いなく支障をきたす。それは俺の精神的な意味とレッテルの二重の意味で厳しい。

 とりあえずは荷物を纏め、瀬露の後に続いて学園へと向かった。


 

 時期は秋。まだ残暑があるため外は少し暑いが吹いて来る風は乾いており涼しさを伴っている。学園に向かう道中には紅葉が咲き乱れ、紅葉や銀杏の葉が色を付け始めていた。

 学園の校門はエリート育成校ということもあってか巨大であり、豪華な装飾までされている始末だ。勿論、そこに通う金持ちのボンボンの姿があり身の丈に合わないMOSRを帯刀して恰好を付けている。

 彼女、瀬露は夏季休業を終了して、これから後期に入る。カリキュラム上は前期と後期の二部制で、俺は新たに秋からの編入生という形になっていた。

 ここに来るまでの間に少しだけ心を開いた瀬露から俺が来るまでの経緯と前の護衛の話を聞くと、前の護衛役は夏季休業中の任務で殉職したらしい。そいつもそこそこ強かったらしいが俺同様に学園生活を仕事としか思っていなかったらしく瀬露の評価は低かった。今までに雇った護衛は人数にして八人。俺は九人目だ。

 メインストリートを通り、寮へとやってきた。

 流石『エリート』を育成するだけあって寮の一つにも金のかけ方が違う。寮は高級高層マンションだ。寮のエリアにはそれが二十と並び、辺りには防護フィールドが立ち並ぶ。更に検問、門兵までいる。

 寮は男子寮、女子寮に分かれていて基本的に一人一部屋。隣は従者部屋となっている。内装はかなり豪華で椅子や机は当然のこと、足りないものがあれば学園が出す金を使って購買で購入できる。何から何まで豪華だな。

 秋季始業式は明日。瀬露は部屋から出ないと言っていたのでそれを信じ、俺は俺のすべきこと、主に書類提出から制服受け取りをしていた。普通一日前にやるような事じゃないが有さんがそれだけ護衛をえり好みしていた――否、俺のことを調べていたのだろう。

 学内の本校舎一階にある事務課へと足を運びMOSRの登録をする。俺のは支給品を使い回しているから登録は簡単だ。これをしないと学園内はおろか戦場ですら使用することが出来なくなる。それに、これがオーダーメイドだと申請に余計な手間がかかるらしい。俺には関係の無いことだがな。

 部屋に戻る頃には既に夕方になっていた。護衛役を引き受けた以上、俺は瀬露の生活サイクルに合わせて護衛する必要がある。夕食を食べ、風呂を経て、瀬露を私室に戻せば護衛は終了。ようやく解放される。

 部屋に戻った後は学園の規則事項を覚える。概ねは前居た場所と変わらないので記憶するのは簡単だ。違いは人間のランクの他に学園内の序列があるくらいか。しかもその序列によって待遇と責任が変わってくる。

 瀬露の序列は4945位。俺は編入性扱いなので明日の試験で順位付けされる。

 この学園の人数は約五千人。同列を計算に入れると瀬露は最下位に相当するな。空中機動稼働光学システム、要するに空中ディスプレイを起動し、過去の護衛人データを閲覧する。

 前にこの学園に通っていた護衛の順位は瀬露と近い4500位程度。その前、更に前も上下する程度だ。ランクにしてC~B。やはりそれなり。順位1000位より上はB~A。300位ともなればほとんどがA。貴重なS~SSは10位内。そして最上位の一位と二位をがSSSでそれ以下はSSもしくはSに該当する。

 ランクSSSは本部でも五人しかいない貴重な戦力のため待遇も相当なことになっているのだろう。

 ――言い忘れていたが、ここはC以下は近寄ることも許されない。この中で言うならば瀬露は下位に属する。それでも俺にしてみれば十分過ぎる程の設備が整っている。いつか最上位者たちの部屋が見てみたいものだ。

 そう考えながらその日は早めに就寝した。


 次の日、瀬露よりも先に目覚め全ての身支度を終えて廊下に出た俺は瀬露の部屋の扉を叩いた。流石にもう起きていて良い時間だしこれ以上寝ていると遅刻する。

「瀬露、起きてるか?」

「うん」

 小さな返事が返ってきた。声のトーンからしても焦っていたり寝ぼけてはいないみたいだ。

「もう少し待って」

「分かった」

 女性の身支度は時間が掛かると良く言うが実際にその通りで待ち時間は三十分程度だ。男の俺としては一体何をしているのかと時折疑問に思う。俺に親兄弟は居ない上に身近な女性はいなかったから尚更不明だ。

 部屋の扉が開くと制服姿に着替えた瀬露が出て来た。この学園の制服は何時戦闘になっても良いように実用性のある繊維を使っていて制服内部にはナイフを入れる場所もある。腰にはホルスターが付いていてMOSRを携帯出来るようになっている。

 男子の制服はワイシャツに黒の長ズボンで上には赤い長丈のジャケットを羽織る。十月とはいえ、ゴウルの影響で寒冷化しているためかジャケットを羽織っていても暑くならない。一昔前なら残暑が厳しかったらしいが俺は首を傾げるばかりだ。

 女子の制服は同じくワイシャツとブレザー着用で下は膝丈のスカートだ。寒ければタイツやスパッツ、ロングソックスを着用出来る。瀬露のMOSRは俺と同様にスタンダートな直剣の型だからホルスターを付ける場所も同じだ。

 それと過度なメイクやピアス等は禁止されているが染色は特に禁止されていない。前の学校ならば金髪銀髪はクラスに一人は居たものだが流石は貴族の学園なだけあって染色している奴は見た感じ一人もいない。

「お待たせ」

「行こう」

 寮がビルみたいに大きいためかエレベーターは何処にも常備されてあり、最先端の魔導式エレベーターで一階へ降りて食堂へと向かう。朝食を食べ終われば学園へと向かう。学園内部に入ると門前では自動で熱センサー、声帯反応、骨格判定、バイタル指数、その他諸々が図られている。御大層な警備だな。

 始業式があるのは講義堂。それも大が付くほど大きなホールだ。しかし全生徒が中に入れるわけじゃない。上位千人が中に入り、他は体育館、小講義堂、教室などでその風景を憧憬している。この様子は外部にも見られているため変な行動は出来ない。更には関東区域、東京本部を筆頭に神奈川、千葉、群馬の支部の一位から三位が集まって来ている。昔はその他にも埼玉、茨城、栃木があったがゴウル出現の影響によって埼玉は東京に吸収され、茨城は千葉に、栃木は群馬と合併した。

 瀬露を教室に案内した後、俺は次の日に提出予定の書類を事務課に届け校長室に向かうため再度門前に来ていた。校長室は門前のすぐ右側にある本館に大抵居るらしい。本館は事務室や職員室が立ち並んでいるため生徒たちは気後れしやすい。余程の用事が無ければ自ら進んで入ることも無いだろう。

 門の方を見ると、門はまだ空いているが生徒の姿はなく守衛が立って居るだけだ。今から来る奴は寝坊でもした奴だろう。

「うわわ! 遅刻したぁ!」

 そう思っていたら門の方から駆けて来る白髪茶目の女子がいた。きっと誰もが振り向くだろう可愛い容姿、腰までかかる長いストレートの髪。首から胸に垂れているのは銀色のペンダント。その胸も豊かで、走る度に弾んでいる。制服は神奈川支部の制服だから神奈川のトップの一人なのだろう。

 スルーして本館に向かおうとするとその白髪女子が引き留めて場所を聞いて来た。傍に寄られると女子特有の良い香りとシャンプーの匂いが混じり合って一瞬気後れする。白髪は染色しているわけではないみたいだ。染色していれば相応の匂いがするためどんなに隠しても分かってしまう。そうなると白い地毛は珍しい。若白髪ではない。

「ねえ君! 大講義堂ってどっち!?」

 事前に調べておけと心の中で思っておく。わざわざ波風を立てれば無駄に仕事が増える。で、目的は大講義堂だったな。

「そこの体育館を左に曲がって直進、三つの校舎を右に曲がると階段がある。そこを降りて行けば良い。近くには教師がいるからすぐに分かる」

「ありがと! このお礼は何時か!」

 そう言って彼女は誰もが見惚れる笑顔でそう言い、去って行った。幸いにもまだチャイムが鳴っていないためあの足ならギリギリ到着できるだろう。

「……行くか」

 これがおっちょこちょいな彼女と初めて会った瞬間だった。



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