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勇邪の物語  作者: グラたん
第四章 次世代の物語編
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EX8 魔道戦記ST

グラたん「ST8話目です!」


 ウルフラムは味方艦隊と共に戦線を離れ、前線基地に向けて航行していた。シュバイツァーから受けた被弾もあるがラゼたちの活躍によって勝利と言っても良い戦果に皆が沸き立っていた。

 ラゼたちは機体に搭乗したまま待機となっており、整備兵たちが機銃を構えつつ寝かされた敵機の上に登ってコックピットに向けて構えた。パイロットが気絶しているらしく自由とアジルカが機体のコードを解析してコックピットを開けていく。


「開くぞー!」


 アジルカの声に合わせて場の空気が引き締まり、コックピットが開いてパイロットの姿が露わになった。


「どうだ、ラゼ?」


 機体に乗ったままのラゼがメインカメラからコックピット内部を撮影し、その映像を送りつつオープン回線を開いた。


「パイロットは女性みたいだ」

「了解」 


 返答を聞いた女性整備兵の数人が機体に昇ってコックピットを覗き込み、パイロットをコックピットから出して降ろしていく。

 ビンルは敵機を起こしてハンガーにかけ、ラゼは降ろされたパイロットの様子を見る。ちょうどヘルメットが外され素顔が露わになり――


「サエラ!?」


 キーン、という音と共に驚いた声が上げられ、居ても立っても居られなくなりラゼは急いで機体を降りて駆け寄った。

 サエラは頭部から出血してはいるが脈はあり、気絶しているようだ。医師が手で制すがラゼは気が気でなく、その様子を見た自由が駆け寄って肩を叩いた。


「どうした、ラゼ? 知り合いか?」

「知り合いって言うか……幼馴染」

「あー……さもありなん」


 ラゼを拾ったのがこの付近であるため軍に知り合いが居てもおかしくはない。敵兵であっても捕虜の扱いは条約によって丁重に扱われるためサエラは担架に乗せられて医務室へと運ばれていく。


「とりあえず一緒に行ったらどうだ? こっちは俺がやっておくからさ」

「うん、ありがとう。お言葉に甘えるよ」


 後のことを自由に任せ、ラゼは駆け足で医務室へと向かった。



 サエラが目を覚ましたのはそれから三時間後のことだった。鼻に香ってきた医薬品の匂いで医務室だと判断し、ゆっくりと目を開ける。


「あっ、起きた」

「……ラゼ?」


 見慣れた友人がいることにサエラは心を落ち着かせ、起き上がろうとする。


「ッ……」


 頭に痛みがあり、体も少し痛めていることに気付いた。


「まだ起きちゃダメだよ。ほら」


 サエラの両肩を抑えて寝かしつけ、呼吸をして痛みを抑えることに集中する。痛みが引いた頃合いを見計らってもう一度目を開ける。少し記憶を思い出し、先ほどまでは交戦していたことを思い出す。

 否。


「待って。なんでラゼがいるの? ここは……市民病院、じゃないよね?」

「うん。ウルフラムの医務室だよ」

「ウルフラム?」


 一瞬民間組織かとも思ったが戦闘していた位置を思い出してもそう簡単に何処かに漂流するとは思えなかった。そしてその答えはラゼから返ってきた。


「その、凄く言いにくいんだけどさ……。サエラが戦ってたレアル軍の戦艦だよ」


 ということは――とサエラは考えて納得する。


「捕まったってわけね……」


 条約があっても余程重要な人物でなければ捕虜は無事に返還されない。自らを殺す敵兵をむざむざ返すほどノマルもレアルも馬鹿ではない。


「じゃ、ラゼは? あなたは別に捕まったって感じでもないよね?」


 その問いにラゼは一瞬視線を逸らし、戻した。


「……うん」


 そこから先は言い出し辛いのかラゼは口籠ったが一度大きく深呼吸して心を落ち着かせる。


「僕は、サエラと戦っていた」


 その言葉はショックなものだった。ラゼが敵であったことを確定付けるものでもあり、仮に釈放されたとしても今後も戦う可能性があることを示唆していたからだ。


「……そう」


 サエラは沈黙し、顔を背けた。ラゼも悲しい視線をサエラの背に向けていた。


「……私も、ラゼと戦いたくは無かったよ」

「……うん」


 重い沈黙の中、先に言葉を出したのはサエラだった。


「ねぇ、なんでラゼはレアル軍に入ったの?」

「半分成り行き、半分は自分の意思だよ。サエラが理事長先生に呼ばれた日の放課後、襲撃があったよね。僕とテーニは一緒に居たんだけど、あのオレンジ色の機体とこっちの機体、バチェリースが戦闘になった時にはぐれたんだ。それでテーニとはシェルターで落ち合うはずだったんだけどその時バチェリースに乗っていたリース少尉って人が酷い怪我をしていてね――」

「……助けちゃったわけね……」

「うっ……」


 多大な呆れを含んだ声にラゼは言葉に詰まった。


「大方、軍事機密がどうとかってことでこの艦に収容され――ってことはあの時は……」


 サエラが小さく呟いたのを聞き、ラゼは首を傾げた。


「どうしたの、サエラ?」


 一つ大きな溜息を吐き、サエラはラゼに顔を向けた。


「……答える前に。ラゼ、あなたは何でレアル軍で戦うの?」

「ううん。戦いたくはないよ。でも、そうする以外に道も方法もなかった。リモネア――ここの艦長もノマルの地に戻すわけにはいかないって言ってたし」

「それだけ?」

「うん」


 ラゼのことだから嘘は言ってないとサエラは思う。それがより残酷なことになり、告げなくてはならないと思うと心が痛んだ。


「分かったわ。じゃ、答えるけど……あなた、テーニと殺し合ったのよ」

「――えっ?」


 サエラの唐突な言葉にラゼの思考は止まった。


「ラゼが助けたように、あの時、機体に乗っていた私を助けてくれたのはテーニだった。そして今も……」


 ラゼの動悸は否応なく高まった。大事な、大事だったはずの友人と殺し合っていたという事実は心を大きく揺れ動かした。


「ラゼはこの艦内に居たの? それとも前線で機体に乗ってた?」


 一見すればサエラが情報を収集しようとしているようにしか見えないが、幸いにも医務室は監視カメラがあるだけで音声までは録画されていない。


「僕は……機体に乗ってたよ。赤くて速い機体」

「ああ、あの異常に速いの?」 

「うん」


 なんで悲しいことだろう、とサエラは思いつつもそれを口にした。


「……そっ。だったらもう戦場に出ないことね。ラゼともう一機が戦ってた黄色の機体。あれに乗っているのはテーニよ」

「――っ」


 戦いたくない、という言葉が喉元まで出かかった。だが事実はもう覆しようが無いし、ラゼが知らなかったようにテーニも戦っていたことを知らない。それが思い当たるのはすぐのことだった。


「はい、その辺にして貰えますか?」


 医務室のドアがスライドし、リモネアと医師、看護師の三人が室内に入ってくる。扉前では機銃を持った整備兵が待機している。

 リモネアは二人が何を話していたのか全く知らないが、彼女がラゼに何か良くないことを吹き込んだということだけは表情から分かった。

 ラゼの前に立ち、その小さな両手を彼の頬に当てて引っ張った。


「うにゅぅ」

「ラゼ君。何を言われたのかまでは分かりませんが戦場でそんな顔していたら死にますよ。私は貴方に死んでほしくありません」

「……はい」


 両手を離し、少し厳しめの――否、九割方私欲が混じった怒りの視線をサエラに向けた。


「貴方も、”私の”ラゼ君に余計な事言わないでください」


 視線を背けつつヤケに一部分を強調したなー、とサエラは思った。

 リモネアも背後から呆れのような視線を受け、口元に手を当ててオホンを一つ咳払いした。


「さて、目が覚めたようなのでこれから尋問を開始します。ラゼ君は退出していてください」


 その言葉にラゼは顔を上げ、視線をリモネアに向けた。


「尋問って――サエラは怪我人なんですよ! そんな暴力的なことしないでください!」


 あれ? とリモネアは首を傾げた。ラゼが憤りを感じているのは何か勘違いをしているのではないか、と考え――1つ思い当たった。


「あのね、ラゼ君。もしかして拷問と勘違いしてませんか?」

「ち、違うんですか?」


 軍務経験の薄いラゼが知らなくても無理はないか、とリモネアは思った。


「違います。拷問は身体的に暴力を振るう行為ですが、尋問は平ったくいえば事情聴取です。心配なら同席していてください」


 それなら、とラゼも頷いて席を立ってリモネアに明け渡し、背後に立った。リモネアの隣には医師が座り、近くに掛けてあったスイッチを押してベッドの上部を60度まで上げた。


「まずは初めましてって言うべきでしょうね。レアル軍試験艦ウルフラム、艦長のリモネア・レーアントです。貴方の名前と軍籍を答えてください」

「サエラ・バジスタ、階級は中尉です。軍籍はノマル軍特別試験艦シュバイツァー所属」


 サエラも無駄な抵抗をすることなく告げ、医師がカルテに書き込んでいく。


「シュバイツァー、それが黒騎馬の名称なんですね……」

「黒騎馬って……」


 敵味方問わず、判明しないアンノウンの戦艦及び機体が出現した場合は仮称が与えられ、特徴的な部分を名称にされることが多い。それがどんな名前になっているかは敵にしか分からない。


「次にあのオレンジ色の機体と戦場に出てきた新型の黄色の角突き機体について答えてください。具体的には名称とスペック、量産化されているのか、ですね。あとビーム兵器についても詳しく聞ければと思います」


 勿論、拒否すれば愛機に恐ろしい仮称が付けられることになるが、サエラは視線を逸らして黙秘した。リモネアもそれは想定通りであり質問を変えた。


「では別のことを聞きます。貴方とラゼ君について、です。ラゼ君は知っているような素振りでしたし、友人とかでしょうか?」

「ええ、友人です」


 恐らくはラゼの精神を疲弊させるための言葉だとリモネアは思考する。背後にいるラゼに視線を向けると悲しそうな表情で肯定した。


「ということは戦場で戦っていた、ということですね」


 わざと抉るようなリモネアの事実確認にサエラは肯定する。


「ふぅん。……他にも知り合いがいるとか、実は殺しちゃってたとかあったりしますか? あと好きな人がノマルにいるとかは?」


 サエラは急にリモネアの真意が読めなくなった。ラゼを前にして逆効果にもほどがある問いかけだ。


「勿論、友人と戦ってましたよ。それとラゼに恋人はいません」

「そうですか」


 一瞬だけではあったが膝の上で拳を握ったのをサエラは見逃さなかった。


「こほん。さて、聞きたいことは多いのですが、先に伝えなければいけないことがあります。まずは貴方の今後の処遇についてです」


 捕虜の扱いは解放か処分の二択。機体乗りであれば十中八九は処分される。ラゼもそのことに感づいたがリモネアが左手で制したことで留まった。


「一先ずは貴方が敵艦シュバイツァーに対して有効打を得られる人物であることは分かりました。向こうがある程度要求を呑んでくれるのであれば貴方を返還しようと思います」


 ホッとラゼは息を吐いた。


「しかし交渉の結果どうなるかまでは保証出来ません。……例えラゼ君の友人であったとしても処分する時は処分します。ラゼ君もそのつもりでいてください」


 ラゼはそれに答えることは出来ず顔を顰めた。

 リモネアは席から立ち上がってサエラの額に手を当て、熱を測る振りをする。


「まだ顔色が悪いみたいですね。尋問はここまでとします。ドクター、カルテは報告書とまとめて上げて置いてください。皆さんも下がってください」

「了解しました」


 医師が敬礼して踵を返し、ドアを出ると整備兵二人もその後に続いて何処かへと去って行った。


「はー、軍務終わり~。やっぱ堅苦しい尋問は嫌いなのよね~」


 先ほどとは全く違う子供らしい声に合わせてリモネアは大きく背伸びをし、サエラに向き直った。


「ほら、ラゼ君も座って」

「えっ、えっと……はい」


 艦長が良いなら良いのだろうと思い、ラゼは椅子に座り、リモネアはベッドに座った。


「サエラさんだっけ? どうせ交渉は失敗に終わるし釈放するつもりだから気楽にしてていいわよ」

「へ?」


 じゃあさっきの言葉はなんだったのか、とサエラは戸惑う。


「ウチの副艦長はイリアムっていうんだけどね、これがまた堅物で才能も乏しくて戦況も見えてなくて交渉も9割失敗するダメ人間なのよ。それでいて人一倍威張り散らすから質が悪いったら、もう」


 いきなり始まった愚痴に困惑しつつ、こっちが素顔なのだろうとも思った。リモネアはそんなサエラに興味津々という様子で微笑んだ。


「ねぇねぇ、ラゼ君の友人ってことは私の知らないラゼ君こととかいっぱい知ってるのよね? 色々聞かせてくれない?」


 そこまで言われれば同じ乙女であるサエラも色々納得し、小指を立て、次に親指を立てた。


「あの、もしかしてこれですか?」

「勿論!」


 それはノマル、レアル問わず女子の間で交わされる文言無用のボディーランゲージ。当然ラゼは分かるわけがなく首を傾げた。サエラもどうせ解放されるまで暇なら恋バナに付き合うのも悪くないと考え、肯定した。


「オッケー。幼馴染歴15年のサエラさんに任せなさい!」


 サエラ、テーニ、ラゼの三人が最初に出会ったのは公園で遊んだ時だった。家が近所であったことも幸いして親同士も仲良くなり自然と幼馴染という形に収まった。それから小学、中学と同じ学校に通い、ウォーゼが経営する学園に通うことになった。

 リモネアは羨ましそうにしつつも語られてくる昔話に相槌を入れ、時に納得してラゼに対して呆れる。

 その当人であるラゼは非常に居たたまれない空間に居座ることになり、逃げることは出来なかった。


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