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勇邪の物語  作者: グラたん
第四章 次世代の物語編
437/466

EX5 魔道戦記ST

グラたん「ST5話目です!」

~ラゼたち~

 どこかの偉い人はいつも名言を残す。例えば『貴様等は今を持ってウジ虫を卒業する』とか『東は真っ赤に燃えている』とか。

 今、地獄の訓練課程を何とか終えたラゼたちが用いたのは……。


「俺……帰ったら好きな人に告るんだ」

「僕もキンキンに冷えたシャンパンで一杯やるんだ……」


 死亡フラグである。


「あらぁ? まだ元気あるみたいねー」


 ラゼたちを疲れて足腰立たないようにした元凶が傍にやってくると二人は肩を震わせ、しかし動くことは出来なかった。そしてビンルの魔手が伸び――。


『あー、艦内全員に通達』


 放送機から艦長のリモネアの声が聞こえ、その手を止めた。


『現在、ノマル軍が我々レアル軍の中間基地に進行中。基地には戦力があるから大丈夫だそうだけど一応私たちにも待機命令が下されているわ。アジルカ主任は整備兵と共に機体のメンテナンスを急ぎつつ艦の動力炉の点検をお願い。パイロット各員はいつでも出撃出来るようにスーツに着替えて待機。その他各員には部署の隊長から休息指示があると思うから休んでおくように』


 以上、と言いかけた後にリモネアは言葉を続けた。


『あ、言い忘れたけどラゼ君と自由二等は至急整備の方に行ってください』


 今度こそ以上と言って通信を終わり、艦内が急激に慌ただしくなる。


「……マジっすか」

「マジみたいねえ。さぁさぁ、早く行きなさい」

「はい……」


 自由とラゼは無理やりに立ち上がり、疲労困憊の中でメンテナンスに向かった。

 それを見送り、影からアレイスたちが顔を出した。


「無茶振り~」

「かなり酷じゃないの?」

「ンフ、この程度で根を上げているようじゃ上にはいけないわよ?」


 ビンルの言葉に三人は苦笑いする。


「いや、俺が見ていてもハードだと思うけどな」


 そこへパイロットスーツに着替えたリースが現れ、三人は敬礼を返す。リースも適当に返礼して降ろし、一枚の紙を取り出した。


「通常の二倍のトレーニングに加えてシュミレーター。終わったら機材メンテと機体の修理。夜は座学……食事はマシとしても睡眠が最低限なのは再考した方が良いんじゃないか? このままだと潰れかねないぞ」


 リースの報告を聞いて三人娘の背中から冷や汗が出る。が、ビンルは薄く笑った。


「リース少尉。自由ちゃんはともかくとしてもラゼちゃんはあのままだといずれ死ぬわ。特にこんな最前線にいるのであれば訓練は尚の事厳しく、己の命を守れるくらいに強くならなきゃいけないわ」

「正規軍人の自由はともかくとしても、だ。ラゼは一般人……一応捕虜扱いではあるが、こんなデータを監査官とか副艦長に見られたら階級取り消し処分は免れないぞ」

「じゃ、そうならないように少尉が何とか隠して頂戴な」


 あまりの暴論にリースは黙り、溜息を付いた。それを見てビンルは三人に振り返って促す。


「さあ、小鳥ちゃんたちも出撃用意よ! 着替えてらっしゃいな!」


 そうしてアレイスたちも動き、場を去っていく。

 完全に誰もいなくなった訓練場で、ビンルは真面目な顔でリースに向き直った。


「少尉、その二枚目は何かしら?」

「……中尉の御慧眼通りであります」


 リースは凄く嫌々そうに隠していた二枚目の紙を取り出してビンルに渡した。

 それに目を通し、ビンルの視線が険しさを増した。


「……なるほどね。少尉はこれを知って承諾しているの?」

「俺よりも適任でしょう」


 そう、と呟いて、読み終わると紙を握り潰してポケットの中に入れた。


「じゃ、私たちも行きましょうか、少尉」

「ハッ!」


 先行するビンルの後に続き、リースも格納庫の方へと移動し始めた。



 格納庫で行われているのは戦艦ウルフラムに乗せられている四機の正式採用ALと試験型AL-108。四機のメンテナンスは既に終わっており、ラゼたちが取り掛かっているのはAL-108だ。大破、という結論の元に技術者の半数が試験機をもう一度組み直すという地獄作業が続けられていた。


「ほら! そこ、手を止めるな!」

「こっちに資材くれ! 2番ケーブル!」

「電子端末足りてないぞ!」


 そこらかしこから怒声が飛び交い、物資が入り乱れる。


「ぜぇー! ぜぇー!」

「ひぃー! ひぃー!」


 その中でラゼたちは運搬――運搬用の強化スーツが無いため生身で運んでいた。


「急げー! 運べー!」

「お前等、まだ運んでないのか!」

「じゃあパワードスーツ貸してください!」


 罵倒が飛び交い、自由は苛立ちを込めて叫ぶ。ラゼに至っては叫ぶ気力もなく膝が盛大に笑っている。

 何とか物資を運び終わり、アジルカから運搬終了を言い渡され、二人はその場にぶっ倒れる。


「……死ぬ」

「……うん」

「まだ死んでないみたいだけど?」


 ラゼとは別にもう一人、三人分の珈琲をお盆に載せたリモネアがいた。


「艦長がこんな所で油売っていて良いんですか?」

「私の仕事は開戦まで無いわ。副艦長に丸投げしてきたわ」


 それで良いのか、と二人は半眼になる。


「あら、珈琲要らない?」


 しかし目の前のそれを取り上げられそうになり、へりくだる。


『ください』


 実に十三時間振りの飲料を口にし、一気に飲んで落ち着く。


「ところでラゼ君」

「何でしょうか?」

「そろそろ心は決まった?」


 その問いにラゼは一瞬何のことだろうと思うが、自由に耳打ちされた思いだし、空になったカップに視線を落とす。


「軍属のこと、ですね」

「ええ。あれからそろそろ一か月になるし、一応君の待遇は捕虜だけど……近々監査官が来るから明確にしておかないと、ね」


 ラゼは少し迷い、顔を上げようとすると自由がその頭を手で押さえた。


「とは言っても、実際はもう決まっているんですよね」


 自由がそういうとリモネアは頷いた。


「まあね」


 ラゼに選択の余地は無く、視線とカップの合間に紙が差し込まれる。その紙を手に取り、自由も覗き込んだ。


「……試験機候補生?」

「ええ」


 試験機候補生。それはどの星においても共通の認識事項で、軍属ではあるが兵士では無い階級――言わば軍人の特待生だ。


「勿論、レアルの候補生ってことになるし私の直轄ってことで管理することになっているわ。これなら監査官が来てもラゼ君の素性を隠すことが出来るわ」

「ありがとうございます、艦長」


 ラゼの感謝にリモネアは満足そうに頷くが自由は違う。だが、リモネアから人差し指を立てられて黙る。


「それじゃ、私はブリッジに戻るわね。自由二等、ラゼ特待生と共に休息を命じます」

「はっ!」


 リモネアが去り、自由はラゼと共に自室へと戻る。

 ラゼが寝床に倒れて寝息を立て始めた後で、自由は小さく呟いた。


「試験機候補生ねぇ……」


 自由は溜息を大きく吐いてブリッジか艦長室にいるだろうリモネアの苦心を思う。

 このウルフラムにおいて試験機は一つしかない。そしてそれに乗っていたのは誰か。きっと苦肉の策であったことは間違いないし、それしか方法が無かったのだろうと考える。

 自由も軍人であるため一応軍律は知っているし、捕虜の扱いも分かっている。

 そもレアル軍の軍律において一か月間も捕虜を有しておくことはあり得ない。最低でも一週間で返還か処分の二択を迫られる。

 きっと副艦長との対立もあっただろうし、上層部との言い争いもあっただろう。どうやって口撃を躱したのかは分からないが、ラゼがレアル軍の一員となった今、責め立てる者はそう多くはない。

 それと同時に自由が言おうとしてリモネアが黙らせた隠し事が一つある。

 前提として試験機候補生には軍人の中でも突出した才覚を持ち、機体を操る資格がある者が選ばれる。後者はクリアしているとしても前者は不明だ。上手く誤魔化したのか、それともラゼに何かがあったのか……いずれにしてもラゼは上層部から認められたことに変わりはない。

 して、ラゼに隠した事実。それは『リモネアの直轄である』ということ。その言葉には続きがあり、『ただし功績が上がらない場合はリモネアの責任となる』ということだ。


「リモネア艦長……」


 自由は重い体を起こし、机の下に隠してある木製の箱を取り出し、中に入っている図案を取り出して机に広げた。


「……やってみるか」


 多分、と自由は思う。ラゼだけでは上層部を認めるだけの功績を上げるのは難しい。試験機AL-108を動かせた実績があるとしてもあのままでは今後の戦場に対応し得ないこともあるだろう。そして候補生の条件として突出した才覚が必要とのことだ。

 自由は図案をファイルに仕舞い、艦長室へと向かう。


 

 艦長室にやってくると就寝体制に入っていたリモネアが紅茶を飲んでいた。


「自由二等、先程休息するように命令したはずですよ」

「ハッ! 申し訳ありません! しかしながらどうしても艦長に提案したいことがあります!」

「聞きましょう」


 元より、自由もリモネアが追い返すとは思っていなかったが、予想通りの展開に表情を引き締めて図案を提出した。

 リモネアは提出された図案を見て、机に置いた。


「これは?」


 分かり切っていることのため、形式上敢えて聞くのだがその口元は年相応の少女のように笑っていた。自由も笑みを見て確信し、頷いた。


「ラゼ候補生に試験して頂きたい機体の草案であります!」

「オッケーよ!」


 間髪入れずにリモネアは了承し、自由は拳を握り固める。  

 特待生の条件の前者は自由が、後者はラゼが満たしている。それを公の場で口にすることは出来ないためリモネアは自由に期待していた。 

 そも、自由がこの試験戦艦に搭乗しているのはその才覚によるものだ。AL-108も開発者はアジルカということになっているが草案を提出したのは自由だ。いつも二等と呼ばれているがそれも軍の二等兵ということではなく技術者としての二等だ。そしてその階級が意味するのは――。

 リモネアはすぐに内線を開いてアジルカに電話を繋いだ。


「アジルカ! アジルカ!」

「はいよ、どうした?」

「自由から草案が出たわ」


 無邪気にはしゃぐその様子は年相応の少女。そして電話の先にいる少女も僅かに笑った。


「また無茶振りか? しょうがないねぇ」

「すぐにそっちに行くから案を詰めましょう。自由も良いわね?」

「はい!」


 頷き、通信を終えてリモネアたちは部屋を出て早足で工房へと向かう。


 

 レアル軍だけでなくどの軍にも軍人技術者には軍階級とは別に技術者としての階級が与えられる。レアル軍の場合は本国にある『大工房』より階級が送られ、時に優秀な成績を上げた者には賞与が送られることもある。

 最上位に位置するのが『親方』。これは問答無用でただ一人のみ。

 次に『主任』。これは大工房からの独立を許された技術者であり、戦場で一人いれば戦況が安定すると言われている。

 その下には『副主任』。主任と共に配属される支えであり、有事の際は主任の代わりをすることになる。

 その下には『一位』『二位』『三位』と並び、『見習い』まで用意されている。

 では自由の『二等』とは何か。

 これは正式には『主任兼特別図案技術者』と呼称されるものでレアル軍にも指折りもいない特別な技術者だ。一度図案及び草案を作れば一生遊んで暮らせるとまで言われている。ただ、あまりにも長い上、『技術者』の所でリモネアはほぼ百%噛むため二つを略称して『二等』と呼んでいる。

 しかし、自由はその若さもあって公に公表されていないため軍属としての二等と誤解されている。


 

 工房で、アジルカは自由の作った図案を拝見し、微笑する。


「本当に正気とは思えないね」

「それでもやってくれるのが工房の皆だってのは分かってます」


 自由も不敵に笑い、更にもう一枚の図案を机に置いた。 


「試験機一機と従来機を無茶苦茶にした物体が一つか……面白い」


 アジルカは大きく笑う。


「出来る?」


 リモネアに問われ、アジルカたちは拳を鳴らした。


「次の戦までには何とかするさね。どちらも一からの製造ってわけじゃない。ま、そこらへんは見てからのお楽しみってね。やるよ、自由!」

「はい!」


 二人が立ち上がり、リモネアは嬉しそうにその場を退出した。

 自由の発案により、戦場まで仕事は概ね無いと思っていた技術者たちの耳に届いたのはアジルカの生き生きした声と眠気覚ましに与えられた熱々のカフェインだ。

 寒さむしくなっていた工房は一気に活気を帯び、その中でもアジルカの命令ということで試験機の監修を任された自由はいつも以上に全身を震わせながら指示出しと自分の仕事を行っている。何せこの機体に乗るのはラゼだ。

 ラゼは知らないが、シュミレーター訓練ですら一般兵を上回るエース数値を叩き出しているのだ。中途半端な機体ではラゼの本体性能についていけない可能性がある。

 そこで自由が提案したのはラゼの中にある魔力をふんだんに使える機体への回収とALの心臓部である魔導炉を二機搭載するという蛮行。

 通常、魔導炉は一機に付き一つとなっている。二機以上搭載すれば理論上は従来の三倍近い性能を発揮できるというのが発覚し、レアルもノマルもそれを行っているのだが結果は暴発。魔力炉同士が相互干渉を行った結果としてパイロットの心身ともに負荷をかけ過ぎ、魔力爆発という現象を引き起こす。当然魔力爆発をひきおこしたパイロットは当面の間魔力を使えなくなり、戦場はおろか日常生活にも支障を来す。


 では、自由はどうやって二機の魔導炉を装着させるのか。それは暴論ではあるが二機分の魔導炉を一つに合成してしまおうという考えだ。ともなれば全体的な改修と見直しは必須であるし魔力を通すための管も強化する必要がある。――従来のALであれば。

 この試験機は自由が提案し、リース用に調整した機体だ。リースが充分に力を引き出してようやく動かせる程度にまで質を落としている。なれば、本来作るはずだった機構は何処へ行ったのか? それを全て搭載した場合どうなるのか。


 ――それら全てを搭載した上で自由の改修した魔導炉を搭載した場合、一体どのような事が起こるのか、主任アジルカは楽しみでならない。

 そのアジルカが担当するのは前線で破壊された量産型のヴェガスだ。これの使えるパーツ全てを抜き出して自由が考案したように手直ししていく。

 実に十基に相当する数の量産機から生み出されていくのが今回の機体。加えてノマル軍の新型機が持っていたビームナイフを解析して作った武装、ビームライフル。機体を粒子熱によって分解して破壊する現在における必殺兵器を搭載する。

 此方も魔導炉を二機分搭載している試験機に近い構造をしているが、機体に多大な負担を強いているため出撃出来るのは一度切りだろう。


 自由がこんな無茶を発案したのも、今回の戦いが終わればウルムラムは試験機のデータの報告と搭乗機の完全分解オーバーホールをするために一度本国へ帰還することになっているためある程度無茶をしても大丈夫だという考えだ。ウルフラム自体も帰還後はメンテナンスをする予定だ。

 やりたいことを全て詰め込んだ爆弾のような機体が二機並び、技術者たちは興味深そうに眺め、整備兵たちは揃って壁に寄りかかって眠り始めた。

 自由とアジルカもヘトヘトになり、完成を見届けた後で室内にてぶっ倒れた。

 その間にウルフラムは進軍し、中間基地へと向かっていく。


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