第三百八十九話 語らいと再出発
グラたん「第三百八十九話です!」
ひとしきり笑い合った後で俺は顔を上げて銀二たちに告げた。
「俺は、まだ王位は継承しない。ウラカとの約束もあるし、しばらくは旅に出るつもりだ」
「おいおい、一国の王子がそれで良いのかよ」
「良いんだよ。国には親父が居れば充分さ。ーーとりあえずはロンプロウム中を回ってみるつもりだが、多分修行相手になる敵はいないと思う。異世界の方が見たことない奴がいっぱいいるはずだ」
そこへ空中から放物線を描いて飛んでくる物体があり、俺たちの元へと落ちてきた。彼女は空中で三回転して態勢を立て直すと猫のように着地した。
「そういうことなら異世界転移術式「ゲート」の魔法を教えてあげよう☆」
ほいさっ、と奇妙な掛け声と共に神と思われる彼女は俺に両手の人差し指を向けて何かの光を飛ばしてきた。受け止めると絶妙に生温い温度だった。
「君に幸あれ、私に福あれ。ってね!」
「えっと……ありがとうございます?」
「HAHAHA、気にすることはないよ。君の父上に頼まれたことだからね♪」
見たことのない異国風の衣装に身を包んだ彼女は笑いながら何処かへと去っていった。急に現れて急に去っていく神様。
加護はユピテル様の加護に弾かれたみたいだけど、名前くらいは聞いておいても良かったかな。
「な、なんだったんだ?」
「さあ? でも、エンタールは何か貰っていたよな?」
二人の視線が俺へと突き刺さる。
と、とりあえず魔法とは言っていたし雷撃を使うみたいに右手を前に出して頭の中に浮かんできた詠唱を詠んでみる。
「ここに現れし異界の門。異界を繋ぐ無数の扉。いざ、彼の地へと赴かん。開けゴマ!」
到底意味があるとは思えない詠唱だ。魔力消費量は多いものの捻出できないほどじゃない。
魔法が完成すると俺たちの目の前に荘厳な扉が出現した。転移系統の魔法術式ではない、見たことのない魔法だ。
「お、おお。これがゲートって奴なのか?」
「エンタール、開けてみろよ」
「お、おう」
扉の取手に手をかけて捻り、少しだけ開けてみる。
するとまず鼻に硫黄のような臭いとむせ返るような血肉の臭いが漂ってきた。ついで腐った生肉の臭いが重なって吐き気を催した。
それでも気を確かに持って中を覗き込む。
「ガルルルル」
やぁ、とても腹が減ってそうな魔獣の巣の中に出た。目の前には立派な立髪と牙を持ったライオンと獅子の顔を持ったキメラがいた。
俺は苦笑いしてそっと扉を閉めた。向こう側からドスンという重々しい衝撃が伝わってきたが扉は壊れなかったので何を見てないことにした。
扉を閉じると魔法も消滅するみたいだな。よく見ると扉には文字が書かれており、こちらの世界の言葉で『キュマイラの巣』と書かれていた。
魔法の術式を頭で思い描いてみると、どうやら練習すれば行先の指定ができるようになるみたいだ。それまではランダムの転移移動になってしまうらしい。
「ふぅ。さて、そろそろ戻るか」
「そうだな! ハハハ!」
初回は思いっきり失敗したが、次に使用するときはよく練習して準備万端で臨むとしよう。
城に戻ってくると宴は相変わらず続いていた。酒と飯の匂いが何処からともなく漂ってくる。
「おっ、やっと戻ってきたか」
声のする方を向くと顔を真っ赤にして酔っ払っている親父の情けない姿があった。普段は国王という立場もあって公的な場では一杯くらいしか口に出来ないからハメを外しているのだろう。
そのまま俺のほうに寄ってきて肩を掴んで元の位置へと戻っていく。ちなみに銀次たちはご愁傷様と言わんばかりにマーラたちの方に逃げた。
そういや、さっきの人について聞いておくか。……まともな回答が返ってくるかどうかはさて置き。
「親父、そういえばさっき女神っぽい人にゲートって魔法を貰ったんだけど、何を契約したんだ?」
「んー? ああ、別に大したことじゃないさ。それに武者修行するんだったらロンプロウムに残るよりは異世界を旅した方が余程強くなれると思ったまでだ」
やはり契約内容は言ってくれなかったが、せっかくの親父の好意だし素直に受け取っておくか。
「行っても良いのか?」
「分かってるくせに。行ってこい」
「分かった。ありがと」
「へへへ。分かったら飲め飲め。こんな機会でもないと酒は満足に呑めないぞー!」
照れ隠しなのか本気なのか分からないけど、ジョッギに麦のエールを並々注がれる。……どうでも良いけど親父って国王の癖に安酒の方が好きなんだよな。
「ふむ、エンタールはこっちの方が良いのでは?」
と、そこへまだ大丈夫そうな叔父様がやってきて高級そうなグラスに赤ワインをテーブルに置いた。
顔を向けるとーーそこには女装した叔父様がいた。いや、もはや原型留めてないくらいの美人さんになってしまっているため声で判断している。
「ぐぶっ」
『ぶふっ』
親父が吹いた。ついでに近くで飲んでいた神々も吹いた。俺も何かを含んでいたら確実に吹いていただろう。
「お、叔父様……その姿は……」
黒ローブでも白ローブでもなく、普段着の着流しでもない、普通なら見ることすら出来ないだろう叔父様の醜態。
アジェンドの城下町の一角には花街と呼ばれる如何わしい場所があることは知っているし、そこには身なりを派手に着飾って客の相手をする花魁と呼ばれる人がいることも知っている。
だが、それは文献上の話。王族たる俺が足を運ぶことはないし見ることも無いだろうとは思っていたが……。叔父様がその花魁姿で佇んでいたのだ。
な、何というか……黙っていたり声色を変えられたら絶対わからないと思う。髪も艶があるし、化粧もしてる。あとは所作とかも女性みたいだからか?
「お前、何したんだ?」
親父も相応に気になったらしく口にしたが、叔父様は微笑をしたままだ。
その微笑み方も色々と問題が起こりそうな感じでありーー。
「別世界にいる嫁候補のことを吐かさせて殺されて、この有様だ」
ああ、俺たちが関わっちゃいけない問題だな。
「だからあれほど浮気は止めろと……」
「浮気じゃない。十六年前にちゃんと言ったし、プレアも頷いていた」
「じゃあ一体何でさ?」
「向こうの世界に入り浸り過ぎだし女性率が高い、と癇癪起こされた。特に最近は先の戦いの準備もしていたから構ってあげられなかった」
「……そうか」
親父がしみじみと呟いた。何か思うところはあるのだろう。そう思うと俺の方に向いた。
「エンタール、嫁は二人か三人くらいにしとけ。過労死するから」
「安心しとけ、親父。若いうちに死ぬ気はないから」
すると再び「そうか」と呟いてエールを呷った。俺もエールを飲み、赤ワインにも口をつける。
「待ちなさい、ディアロスー!」
「ぎゃー! 父さん助けてー!」
テラスの方からディアロスの悲鳴が聞こえた。追いかけてるのはバウゼンローネ様か。その手にはデュランダルが構えられていることから奴も奴で何かしたらしい。
「全く……仕方あるまい。助けてくるとしよう」
叔父様がニヤリと笑いながらかけていく。きっと助けられたディアロスの反応を見て面白がるつもりだろう。
「あいつも相変わらず意地が悪いなぁ」
ふと親父が横目で叔父様の背を追っていた。先の衝撃で酔いも少し冷めたらしく舌が回っている。
「そういや俺たちが何やかんやしている間、親父たちは何してたんだ?」
「うん? あー、そういえば話して無かったな。と言っても毎日会議と打ち合わせだぞ。ここじゃ王様でないから楽といえば楽だったが。と言ってもあんま面白い話じゃないぞ?」
そんな話は聞かせる方も聞く方もつまらないだろう。そうだな……。
「じゃあ、どうやって次元技習得したのか聞いても良い? 母さんも習得出来たのか?」
「おう、聞いてくれるか。じゃあまずはーー」
親父は久しぶりにゆっくりと俺と語れるのが嬉しいのか、上機嫌に話し始めた。
簡単にまとめると、ひたすら次元断裂に向けて剣を振っていたらしい。あとはどういう技にするか、イメージを固めながら振っていれば自然と習得出来るそうだ。
その前後で何回か死にかかったり模擬戦で身体半分が消し炭になったりと中々笑い難いことを親父は笑いながら話した。
「そういや、お前の方の話も聞きたいな。アジェンドから旅に出てあんまり時間も取れなかったからな」
「ああ。じゃあまずはーー」
俺の方からもアジェンドを出発したあの日の後に始まり、獣人領に行ったこと、エルフの国、邪神教のこと、クレリウスでは聖剣を作ったこと。
それからクレリウス領での戦い、浮遊大陸、神々の黄昏中に何をしていたかなどを話し合える。
気がつけば夜も遅くになっており、叔父様、アネルーテ様、ニーマ、ダナンも加わり、銀次たちも集まって茶々を入れたりして場は大きく盛り上がっていた。
ようやくというべきなのか、一人、二人と寝静まって行くと解散の流れとなった。
俺も語り疲れと酒が入ったからなのか部屋に(イムリスたちの部屋に連行された)戻ると気を失った。
連日話しは続き、神々も裏で賭けていたことをネタにし始めるとキリが無かった。ちゃっかり俺やダナンたちにも加護を与えようとしていた神も居たみたいだが大半は失敗に終わっていたらしい。
結局、復興に取り組み始めたのは一週間くらいしてからだった。勿論、世界を作り直すなど俺たちに出来るはずもないのでーー俺たちは身支度を整えていた。
準備を整えて天界の城前に皆で集まり、親父たちは見送りに来ていた。
しかしーー。
「すまないが私たちはここに残る」
「俺たちも一旦戻ってこいって言われてな……」
任、葉理、波崎さん、ラミュエルさんはアマデウスさんと共にクレリウスに残るらしく、ディアロス、プリューム、ラトース、それとパルも一度魔界に戻るようだ。
ラゼたちは復興を手伝った後、エンテンスを拠点に世界を回るらしい。俺もロンプロウム全てを見たわけではないのでその時は一緒に回りたいものだ。
「次は絶対一緒にいくからさ!」
「オマケにもっと強くなってな!」
「次に会う時が楽しみですね」
「おう。ディアロス、ラトース、プリュームも待ってるぜ」
今回来るのは俺、ダナン、ニーマ、ウラカ、イムリスと銀次、マーラ、フェイラ、白色、ラウェルカ、焔、涼音、シィブルだ。ストッパー役がダナンとシィブルだけなのが少し不安だが俺とウラカが暴走しなければ大丈夫だ。
これでも大人数ではあるが、寂しくなるな。
ディアロスたちとも別れを済ませ、親父たちの方に向かう。
「ほれ、最初の目的だ」
選別がわりにと親父がくれたのは依頼票だ。
「これは……」
内容にはとある世界を救え、というものだった。難易度はそう高くないと書いてあるが……親父たち基準だった場合、相当厳しいことになる。
「早ければ半年くらいで終わるだろうし、お前たちの実力ならそこまで苦戦もしないだろう」
「マジで?」
「マジだ」
一応、内容も確認してみるが難易度はBと書いてある。これが高いのか低いのかは分からないが親父の言葉を信じることにしよう。
親父の目が本気なのを見て俺はその依頼票を道具袋に仕舞った。
「分かった。なんとかやってみるさ」
「おう。こっちのことは気にせずやってくると良い」
「気をつけていってらっしゃい」
親父も母さんも俺の頭をクシャっと撫でて離す。
「ダナンも、エンタールを頼むぞ。絶対またやらかすからな」
「キチンと管理しておきます。父上」
俺はナマモノか、と思ったが親父なりのジョークなのは顔を見ていれば分かった。
笑みを見せて俺たちは踵を返し、仲間たちの元は駆け出して、見渡す。
「もう良いのか?」
「準備はちゃんと出来てる?」
ウラカとイムリスが微笑しながら言い、俺は肯定する。トメイロンもイクス・ターンも持ったし、神様から貰った装備品は道具袋の中だ。
「おう。バッチリだ。皆はどうだ?」
皆に問いかけるが、各々獲物を鳴らし、不敵な笑みを浮かべて返してくる。
「早く行こうぜ!」
「次はどんな冒険が待ってるのかな!」
「どこ行ってもエンタールに振り回される未来が見えるけどね……」
「確かにな」
銀次、涼音が楽しげに笑い、シィブルの言葉に焔が肯定した。特にシィブルとダナンには苦労をかけてるから気を付けよう。
ニーマたちも頷き、あるいは肯定し、拳を打ち合う。全員の準備と意気が整ったところで俺は正面にゲートを開いた。
「じゃあ、行くか!」
『おうっ!』
全員で拳を掲げ合わせ、ゲートを開いて俺たちは勇み足で異世界へと旅立つ。
次はどんな旅になるのか。どんな人、どんな風景に出会えるのか、と心弾ませて。
俺たちは歩き出した。




