第三百八十六話 本気の一撃
グラたん「第三百八十六話です!」
「嘘だろっ」
倒した感触はあったし、復活しても対応出来る様に身構えていた。なのに、抜けられた?
「……ユピテル様、俺、あの中に突っ込んでも大丈夫ですか?」
追いかけたいが次元断裂に入ってバラバラになるのは嫌だな。聞いてみるか。
「いやぁ……流石に検証してないから分からないなぁ。カラドボルグで切ったら?」
「イクス・ターンで?」
「いや、カラドボルグ」
……ん? 何か噛み合わないな。
「どういうことですか?」
「どうも何もスパーンってやったら?」
ブン、と聖剣を振ってみるが特に変化はない。そこでようやくユピテル様は頷いた。
「あー、まだ扱えてないのね。オケ、把握」
しばらく何かを呟く合間に俺は聖剣を振り回し、爆発を起こして次元断裂を破壊していく。
次元断裂は次々に発生してキリがないが、着実に数は減っている。
「うーん、今は無理ーー否、エンタールきゅんならできるはず! ユピテル様の聖剣講義! イェーイ!」
「キシャァァァ!」
何か耳元で騒いでいるけど正直敵の数が多すぎて厳しい。そして講義は嫌いな方だ。
「嫌いな子でも大丈夫! 私の講義は実践のみ! やり方は簡単! 聖気を纏わせた剣をひたすら振るって何もかも斬るだけ!」
思考読めるのか!? いや、そんな顔してたってことかな?
「私がいるからスタミナも体力も大幅増量中! さぁて時間も敵もたっぷりいることだし習得まで頑張ろー! 転移結晶は預かっておくね!」
「おー!」
そんな時間はない気がするが、現状を打破するには習得するしかない。
俺は半端ヤケクソ気味に声を上げ、敵を斬った。
時計がないので体感時間になるが、実に五日は過ぎたと思う。その間に教えられたのは「無駄な力の抜き方」「力を大きく増す呼吸法」「剣の振り方」の三つだ。これに加えて身体強化を含める魔法の使用は禁止にされた。
「ォォォォ」
「シャー!」
いくら体力とスタミナが急回復すると言っても精神と気力は無限には続かない。
「ふぅー」
頭の中から時間経過とか日数とか向こう側がどうなってるかとかーーそんなことを考えるのはとうに止めた。考えるだけ無駄だし、イライラするだけだ。
「ふぅっ」
呼吸は吸う時間を大きく短く、吐く時間は細く長く。剣を振るうときは無駄な力を抜いて素早く的確に斬る。
「ギィーー」
「シャゴーー」
無心。一心不乱と言っても良い状態のまま斬撃を繰り返す。敵は大雑把に分ければ二種類だが細かく分類すれば何千種にもなるだろう。
その時、その瞬間の最善手を反射的に打つ。
ユピテル様も途中からダンマリを決め込んだ。余裕ができて視野が広くなったからかニヤリと笑った横顔も見える。
「ふぅっ」
息を整える。近づくときは一気に加速して幻影を残す。時には数体まとめて斬り裂くこともあった。
「よし、そろそろだね。魔法解禁。全力大振り一本いってみようか」
何日か振りに珍しくユピテル様から指示が出た。
数歩引いてイクス・ターンを両手で持つ。足を肩幅に開いて左脇に構えて呼吸を整える。
「すぅ」
呼吸を深く溜め、止める。次いで一気に聖雷を放出してイクス・ターンに乗せる。
ビリビリとした感触が聖剣から返ってくる。一瞬、反発か? と思ったが理由はすぐに分かった。
イクス・ターンに内包されていたカラドボルグの力が溢れ出しているのだ。
だけど不思議と嫌な感覚は無い。ユピテル様の雷とカラドボルグの雷、そして俺の雷は相性が良いみたいだ。
「さぁ、エンタールきゅん。今こそカラドボルグに込められた絶技を解放してあげるのです! 大丈夫、今まで散々修行しては死にかけるを繰り返して強くなったんだから!」
……地味に思い出したく無いことを思い出したが、心は落ち着いていた。雑念を脳裏から落とし、カラドボルグから雷を通して意思が伝わってきた。
無限を切るが強すぎるが故に己を滅ぼすと言わしめた技。それは前所有者が編み出し、一撃と引き換えに我が身を滅ぼした奥義。
分かる。肉体が強化されて剣技が整った今なら俺は使える。
溜めを終え、吐息と共に俺は聖剣を振り抜いた。
「ーー最初の一振り」
ただの一閃。しかし無限の果てまでも斬り裂く。そう、例えば奴の本体ががある次元も空間も屈折した誰もいない場所とかも斬れる。
ザンッと音を立てて俺の目の前には両断された奴の小さなコアが横たわっていた。
やがてその姿は黒炭へと変わり、その周囲にあった死骸も残さず同じように消えていった。
完全に仕留めたことを確認し、ユピテル様も頷いて雷の姿のまま俺の背中に寄り掛かった。
「おーめーでーとーう! 流石は私のマイダーリン! 君は全てを斬る力を得たのであーる!」
何もかも終わった空間でユピテル様は口調は明るく、満面の笑みを浮かべてはしゃいだ。
「さて、戻ろうか。皆が待ってるよ」
彼女は俺の身体から離れてその手に転移結晶を持つ。振り返ると彼女は笑みのままターンしていた。
「ありがとうございます。ユピテル様」
「良いってことよ! ーー君なら正しく使ってくれると信じてるから」
俺にしか聞こえないくらい小さく呟いた後、彼女は転移と呟いて結晶を使った。
天界へと戻ってくると、それはもう凄惨なことになっていた。
花畑は見る影もなくなり、透き通っていた小川は紫色の血が流れていた。辺り一面にミゴが落ちており、森には破壊されたダーインスレイブと思われる部品が突き刺さっていた。
「なっ、何が……あったんだ?」
「さあ?」
ともかく城へ戻る。城からは生体反応が多数確認出来るし、状況も分かるだろう。
疲れもあるためのんびりと散歩するように城へと向かうと、その道中で城から数人出てくるのが見えた。馬車を引いているらしき音が聞こえてくる。
これはダナンかシィブルの気遣いか? 何にしても歩くのも辛かったから助かるーー。
そこからしばし俺の記憶は飛んでいる。
〜スルト〜
転移して俺たちは城へと戻ってきた。案外簡単に奴も倒せたことだし、後は油断せずに消滅させるだけだ。ーーと思っていたのだが。
「おーい、エンタール?」
「あの馬鹿ァァ! また!? またなの!?」
エンタールが戻らなかった。今、城からは緊急派遣隊としてルーテたちが奴の体内に戦艦で探索しており、銀次は呆れたような顔で座り込み、シィブルたちは激怒していた。
「あの馬鹿たれ……」
さしもの亮平も顔に手を当てて天を仰いでいる。
恐らく転移の瞬間に抜け出したか転移を妨害されたか、だろう。エンタールのことだから前者だとは思うが……。
そこへ探索に向かわせたルーテたちから連絡が来た。
『こちらクロフィナです。探索の途中ですが、大蛇の動きがありこれ以上の探索は困難であると判断します』
「見つからなかったか……。良い、戻ってきてくれ」
了解、と返答を残して艦隊が天界に転移して戻ってくる。最悪の場合、蘇生させれば良いし。
「ミカエル、奴への攻撃を続行せよ。アマデウスは次の段階の準備をしてくれ」
「……そのことなのですが」
ミカエルが珍しく歯切れの悪い返事をする。もしやダーインスレイブが何機か壊れたか?
「どうした?」
「その、次元断裂から現れた者共によって大多数が破壊されてしまい、敵に乗っ取られています」
「……ほ、ほう?」
嘘だろと思いながら全体戦況と詳細を見る。
『ギィ』
ザマァ、と言わんばかりに奴は生きており、約20機近くのダーインスレイブを取り込んでいた。
「……」
「あの、スルト様?」
ミカエルの声がヤケに遠い。
「ククク……そうか。生きていたか。あの場で死んでいれば苦しまずに済んだものを」
俺は目を見開いて転移魔法陣を起動させる。
「各自、準備を整えてから奴と交戦。ルーテたちにも伝えてくれ」
「りょ、了解!」
転移すると同時に魔力を解放する。奴を目視すると、奴も俺に気付いた。
「ピイ!?」
が、キレてるのが分かるのか奴は情けない悲鳴を上げて多数の次元断裂を開いた。
そこから敵が出るわ出るわ。一瞬のうちに周囲が敵で埋め尽くされる。
「フハハ! 愚か! この余が最も得意とするのは物量戦である!」
俺も周囲から異空間を開いて邪神軍を展開する。その数は五聖十罪によって無限に生成される。
そして俺自身も八魔の剣を持って奴の背後に転移する。間髪入れずに上下左右から魔剣を振り下ろして斬り刻み、再生妨害魔法を付与する。
『ギィィ!?』
奴は背後に次元断裂を生成してその一撃を防いだ。しかし何度も見せられていれば対策もできる。
「概念武装・次元断裂」
二撃目は次元断裂をあっさりと切り裂いた。
『ギャァ!?』
この概念武装は次元断裂以外は切れないが、次元断裂なら切り裂けるという概念だ。
「覇斬!」
そこに真正面から俺ごと叩き切るつもりでパルが覇斬を振り下ろした。
「っと」
『ギィーーァァ!』
奴がまた次元断裂を展開すると同時に俺が破壊する。逃げようとすればそれも破壊し、退路を断つ。
ダーインスレイブの威力増幅機構で破斬を飲み込もうとすれば、超遠距離から飛んできた「凍原雪羅」によって凍結される。
『ギャー!』
覇斬が直撃し、俺も食らえばタダでは済まないためギリギリまで粘って転移する。念のためマーキングもして奴の存在を確かめる。
消滅はした。確かに確認はしたし観測もした。
『ギィ』
奴は何事も無かったかのように次元断裂の中から現れた。
「むぅ、強くなさそうなのにボクの技を避けたの?」
パルの隣に転移し、今にも突撃しそうなのを手で制止する。
「いや、これは奴の分身体みたいなものだろう。先の個体は消滅したのを確認した」
「じゃあ、本体は次元断裂の先にいるってこと?」
「恐らくな。このままでは埒が開かない。一分待ってくれ」
「了解!」
俺は理解習得を開始し、周囲の敵は邪神軍とパルに任せる。こと殲滅にかけてはパルに勝てるものはそう多くないだろう。
「どりゃぁぁ!」
新調した鮪包丁を振り回し、無限に等しい数を飛翔させて敵を貫いていく。その残弾に制限はなく、敵が死ぬか自分が倒れるまで続く。
なんともまあ極悪な能力だ、と思う。
さて、理解習得も終わったし戦線に戻るか。
「パル、奴を直接叩きに行くぞ」
「えっ、良いの? 敵の数が全然減ってないよ?」
「案ずるな」
背後を指差すと準備を整えたプレアたちが急行していた。残っているダーインスレイブもチャージしつつ敵に向けられている。
『プレア、そっちは任せるぞ』
『うん、任せて!』
連絡も済ませ、俺はグラムを縦に振るって次元断裂を作り出した。
「ギィ、ギィィ」
不気味に笑う声が聞こえる。辺りは荒野で他には何もない。これは滅びを辿った異世界の末路だろう。
突入と同時に奴の姿が確認できたため、パルと視線で打ち合わせて飛びかかった。
「壊滅する白と黒の花束!」
「破壊斬!!」
最大火力を持って奴を滅ぼす。大抵の敵ならこれで仕留められるが……。
「ギィ……ギィ……」
ボロボロになりながらもギリギリ生きているようだ。再生も始まっているが、さて追いつけるかな?
「ほう、まだ息があったか。天罰、光の束縛、神王の紫電槍、流星群、絶対斬」
「極星割断!」
光の雨が、紫電の槍が、流星が、星を割る剣が降り注ぐ。その上で世界を叩き切る技が直撃した。
残っているとしても塵芥くらいだろう。
「仕上げだ」
大元はエンタールに任せるとして、俺は残りを消滅させておくとしよう。
何故分かるかと言うと、理解習得と未来予知を組み合わせた結果だ。
残念ながら俺たちがどんなに頑張ろうとも奴を完全消滅させることは出来ない。奴の心臓はそもそもなく、塵からでも奴は蘇る。
その理屈として、奴の本体は現在エンタールがいる場所から一歩たりとも動いていないのだ。
俺はパルを連れて一度転移して星全体が見える位置に来た。長杖を取り出して眼下に向ける。
「圧縮圧縮圧縮……」
星ごとサイズを小さくして跡形もなく消し去る。魔力の消耗は激しいが一番確実な方法を取らせて貰う。
しかしそれでも僅かに塵が残る。
「分子分解」
それも原子レベルまで分解して消滅させる。
超広範囲の探知しても奴の欠片は見当たらない。
「どう? スルトさん?」
「此方は消滅を確認した。あとはエンタールに任せるとして、余たちは残党を殲滅するぞ」
「オッケー!」
パルは全力で技を放ったにも関わらず元気に親指を立てた。
「転移」
転移魔法を使用して皆がいる天界に戻ってくるなりパルは鮪包丁を片手に飛び出していった。
「聖雷衝斬!」
「水竜天斬!」
亮平と博太も近くで戦っているようだ。親玉が倒れたので敵の数も限度はある。
「凍原雪羅!」
「煉獄滅却!」
プレアの大陸殲滅用絶対零度の固有魔法とルーテの2kmは消し飛ばす広範囲の超火力火炎魔法が敵をなぎ払っていく。
「隕石招来!」
ニーマの大技である隕石が魔法陣の中から召喚され、一部の神々を巻き込んで次元断裂ごと吹き飛ばした。
このペースなら俺が出る幕は無さそうだ。博太たちも子供たちに実戦経験を積ませる腹なのか手出しを控え始めた。
「嵩都~、そっちは終わったの?」
プレアとルーテも満足したのか武装はしたまま俺の方に飛翔してくる。
「ああ。問題なく終了したぞ」
「そっか。あ、でもルー姉がエンタールを連れて帰れなかったこと気にしてるみたいだよ」
ルーテの方を見ると少し気まずそうだ。腕の中に引き寄せて頭を撫でる。
「ルーテ、よくやってくれた」
「……私よりお姉さまの方が精神的に参ってるみたい。生体反応はあるから生きてはいるみたいだけど……」
確信は持てないか。ルーテも広範囲探知は出来るから生存確認は出来ているが、それが囚われているのか無事なのかまでは分からないようだ。
「案ずるな。エンタールは無事だ。今は戦闘中だが五日もすれば戻ってくるだろう」
「そうなの?」
「うむ」
実力と悪運は子供たちの中では随一だからな、とも付け加えておく。
「じゃあボクたちが助けに行く必要はなさそうだね」
プレアも安堵してルーテに抱きついた。
「それじゃ、私たちはお姉さまとリンに報告してきますね」
「嵩都も一緒に来る?」
ふむ……辺りを見渡しても特にやることはなさそうだな。殲滅準備も滞りないようだ。
「うむ、そうしよう」
「わーい!」
ルーテを右腕に残し、左腕にプレアがくっつく。相変わらず子供っぽいところがあるが、それは俺も人のこと言えない節があるので黙っておく。
子供たちの奮戦を横目に見つつ、俺たちは飛翔した。




