第三百八十三話 出撃
グラたん「第三百八十三話です!」
……身体が重い。何かとてつもない夢でも観ていたのだろうか? うっ、思い出したくないと頭が拒否してやがる。
周囲を見渡すと、ここはコテージのようだ。またぶっ倒れてしまったみたいだが、不思議とこれが最後のような気もしている。
「あー……また皆に迷惑かけたかな……」
太陽も月も無いから日時感覚が分からないな。時計も24時間時計じゃないと意味ないから置いてない。
体を起こして体調を確認する。問題はなさそうだな。ベッドから立ち上がって扉を開け、居間へと向かう。
「……誰もいないのか」
哨戒中か、あるいは戦闘をしているのか居間には誰もいなかった。シンク台の上に置いてあったコップに水を注いで飲み、冷蔵庫を開けて腹の足しになりそうなものはないか探す。
「イムリスか。ありがたい」
中にはサンドイッチとサラダが『エンタールの分』という書き置きと一緒に置いてあった。
席に戻って戦況画面を開きつつサンドイッチを頬張り、時刻を確認する。
今は午後六時前。ってことは七時間くらい寝ていたみたいだ。皆も帰ってくる頃だな。
画面を落として食べ終わった食器を片付けていると扉が開いた。食器を籠に立てかけて居間に顔を覗かせる。
「戻ってきたかーーって、ウラカ?」
「よう、起きてたか」
本来なら此処にはいないはずのウラカがいた。
「どうしたんだ? 向こうだって大変だろうに」
「アホ。お前が倒れてなきゃ来る暇もねぇよ」
ああ、見舞いで来てくれたのか。
「そっか、ありがとう」
「まー、要件はそれだけじゃないんだけどな」
ガタンと音と片足を立てて行儀悪く席に座ると真面目な表情で浮遊ディスプレイを立ち上げた。
「何かあったのか?」
「どうも敵の様子がおかしいってミカエルが言っててな。攻撃の手は相変わらずだが咆哮が無くなったって言ってた」
全体の戦況画面から拡大して大蛇ロンプロウムが映し出されるーーはずが、奴はそこにいなかった。代わりに地中へと続く巨大な穴がある。
「逃げた?」
「さあな。だが、面倒なことになったのは違いない。アスト王も攻撃対象を惑星全体にして表面の大陸を破壊してるみたいだ」
「……まさかなぁ」
ボヤッと憶えている気味の悪いあの球体が脳裏を過った。まさかだとは思うけど、アレを孵化させるための時間を稼いでいるんじゃないだろうか。
「なんか心当たりがありそうだな。そういや、前もぶっ倒れた時に変な夢見てたよな。今回もそれか?」
感の鋭いウラカに俺は肯定を返す。
「多分な」
「内容は?」
俺が憶えている限りの内容を話すとウラカはどうにも渋い表情になった。
「夢にしちゃ鼻で笑えねぇ内容だな。一応ミカエルに伝えておくぞ?」
「あくまでも夢だから期待するなよ」
「お前の場合、正夢の方が多いんだよ」
軽口を叩いてウラカは席を立ち上がった。ディスプレイの電源も落とし、ふと思い出したように手招きされる。
「なんだ?」
近寄るとウラカは悪い笑みを浮かべて俺に急接近して両腕を首に回して、一瞬だけと言わずにしっかり十数秒ほど抱きついてきた。ついでとばかりにキスも交え、少ししたら離れた。
「きゅ、急だな?」
「お前といられなくてストレス溜まってんだよ。どうせイムリスとイチャコラしてんだろ?」
「してないから」
「ヘタレ」
流れるように猛毒が付与された言葉の刃が突き刺さる。そんな時間無いっての。
「ま、それは後の楽しみに取っておくか! じゃあな!」
ウラカはそう言って颯爽と去って行った。
うーむ、戦いが終わったらそっち方面も考えておかないとな。
扉を閉めようとすると遠くに銀次たちの姿が見え、向こうからも俺が見えたらしく手を振っている。
扉を開けて待機していると……奥の方になんかデカい猪みたいな鹿みたいな魔物を引きずっていた。
「見ろ、エンタール! 今日はディアボアで焼肉だぞ!」
「お、おう。食えるのか、それ?」
およそ5mほどの巨体、頭部には捻れた角と立派な牙が生えている。
「血抜きは済ませてあるから解体するだけよ。エンタールと銀次は倉庫から炭と網持ってきてくれる?」
どうやらイムリスが解体するらしく、手が武者震いしている。
「分かった」
裏手にある倉庫までダッシュして中から炭と網、トングなどバーベキューセットを持ってくる。
「あと出汁取るから鍋もお願い。大きいやつ!」
イムリスとラミュエルでディアボアなる魔物を三脚に吊し上げ、アロンダイトを抜刀していた。
有無を言わずに鍋を持ってきて、その合間に白色と銀次が煉瓦で即席の窯を作ってマーラが炭に火魔法を撃ち込んだ。
「鍋お待ち!」
「置いて!」
「えい」
鍋を置き、蓋を開け、フェイラが水魔法で水を出して鍋に投下する。しばらく煮立たせて蓋をする。
イムリスの方を見るとまだ捌くのに時間がかかっているようだ。
「うん? なんだ、飯か?」
「丁度良い。今日はこっちで食うか!」
「肉なら他のもあるぜ。食ってくれ!」
何処からともなく戦闘に参加できない神々が集まってきた。主にサポートだったり食料系の神様なので当然ではあるが、宴会の時にはありがたい神に変わる。
わっ、と一瞬にして場は宴の会場となり、その輪はドンドン広がっていく。明日の朝には雑魚寝する神もいるくらいだ。
宴が終わったのは夕食を済ませてから深夜に差し掛かった頃合いだ。ミカエルさんに見つかって全員正座させられていた。
神々も解散して俺たちもようやく一息付けるーー
「野郎共、二次会だ!」
『オオオオオ!!』
わけもなく、神々は反省することなく次の会場へと走っていく。
「待ちなさい!」
聞きつけたミカエルさんが手にハルバードを持ち、鬼の形相で追いかけてくる。
何故か俺も逃げることとなり、現在。
「……アホ過ぎる」
ダーインスレイブの物見台まで逃げてきてしまい、眼下では馬鹿騒ぎが続いている。同時に戦闘も継続されており、光の砲撃が地上に降り注いだ。
頃合いを見て帰ろう。そう思いつつ眺めていると背後から誰かが近づいて来た。足跡や気配からしてダナンか。
「義兄様、今少しよろしいでしょうか?」
「ああ。大丈夫だ」
振り返るとダナンが書類の束を抱え、そのうちの一枚を俺に差し出した。
「叔父様より、邪神ロンプロウムの行方が判明したとのことです。奴は地下を掘り進み、惑星の核を塒にして体内の魔物を育てているのではないか、と推測を立てられました」
……俺の言葉を元に、とはダナンも思うまい。
「対抗策として予定を少し変更し、惑星の破壊を最優先で進めるそうです。その間、選抜隊が地下へと侵攻してロンプロウムを発見し、体内にある不確定要素を排除するとの指示です。差し当たっては勇者及び準ずる戦闘力を持つ者全員を召集しております」
「俺たちも、ってことは相当だな」
「はい。波崎さんたちにも参戦をお伝えください」
「分かった」
ファイルにまとめられた書類束を受け取り、ダナンは早足で別の場所に駆け出していく。
「……戻るか」
俺も小さく呟いて帰路を急いだ。
コテージに戻ると宴の片付けも終わっており、居間から明かりが漏れていた。
「戻った……ぞ?」
「お待ちしておりました」
扉を開けるとそこには準備万端の皆とミカエルさんが待っていた。机の上には転移結晶があることから状況はもう伝わってると見て良さそうだ。
「皆様は準備出来ておりますが、エンタール様は如何なされますか?」
と言われても特に準備する物も無い。
「いや、大丈夫だ。皆は状況分かってるか?」
全員から肯定が返ってきた。俺も肯定し、ミカエルさんは転移結晶を手に取った。
「まずは作戦本部にて作戦の確認を行います。その後、ST艦隊で地上に降下し、突撃致します」
概要を告げ、転移結晶が天高く掲げられる。
結晶が割れると周囲の景色は白に染まり、瞬きすると一際巨大なコテージの内部が見えた。
「エンタールたちが到着っと。後は……こっちも同時だったか」
親父が紙に記されてるだろう俺たちの名前と同時刻に転移してきたディアロスたちを見た。
「これで全員だな。来てくれ」
親父に促されて奥の部屋へと案内される。……あれ? これ完全に雑務だよな?
暇なのかと思いつつ奥の部屋へと入ると叔父様やニーマ、母さんたち、博太さんたち、焔たちと主だったメンバーが揃っていた。
中央には大テーブルと母さんがおり、扉が閉まると一枚のディスプレイを立ち上げた。
「早速ですが、今回の作戦の確認を致します」
作戦内容は単純言うと、突撃・転移門の設置。出撃する艦隊は先発隊、本隊、後詰めの三部隊に分かれるそうだ。
ロンプロウムは見つけ次第、胴体を破壊するなり口内摂取されるなりして体内に入れとのことだ。
「念のため、各自に対魔法無効空間結晶を渡しておきます。一つでもあれば転移で戻って来られるので失くしたり壊したりしないように」
母さんの近くにあった箱には山のように結晶が入っており、浮遊魔法を使ったのか俺たちの方に飛んでくる。
「敵個体を発見後、通信機器もしくはリンクにて各自に報告。転移門を設置後、ダーインスレイブの砲撃を撃ち込みます」
各自、必ず離脱するように、とも付け加えた。
そこで一旦言葉を区切り、視線を叔父様に向けた。
「ST艦隊とシュバイツァーは総勢20隻、主力機である月下部隊を各5機ずつ配備してある」
ディスプレイには部隊全体の配置と人員が表示され、先発隊5隻、本隊10隻、後詰め5隻となっていた。
「さて、今回の編成だが基本的にはエンタールたちに頑張って貰おうと思う。無論、次元断裂も予想されるため各隊に最低二人は使用者を搭乗させる」
「おっしゃあ!」
「やっと出番か!」
銀次とウラカは嬉しそうにはしゃぎ、ニーマたちも表情を引き締めるが……俺の言葉が発端で、俺が一番見つけられる可能性が高いから編成したのだと思う。
「先発隊の指揮はリン。艦隊長はウォーゼ殿。メンバーはシュバイツァー艦隊以下とエンタール、ダナン、焔、涼音、クリエテイス、バウゼンローネ、ディアロス、ラトース、銀次、マーラ、フェイラ、白色、想奈、そして余が付いていく」
……何というか、物凄いメンバーだな。物理で叩く前提のパーティーだ。
「本隊の指揮はポノル。艦隊長はシュー。メンバーは機体がメインの為、クロフィナ、アネルーテ、ニーマ、海広、ウラカ、博太たち、ラミュエルとする」
女性比率が高いな……博太さんたち大丈夫だろうか?
「後詰めはミカエルとガブリエルを筆頭に天使たちが来る。万が一の時は後詰めに全て任せて即撤退するように。呼ばれなかった者はダーインスレイブ八号機の充填を協力して欲しい」
『了解!』
「うむ」
各自に役割が振られ、解散となる。艦隊のエンジンが温まるまでは時間があるのでその間は自由時間となった。軽食と飲み物も振る舞われ、予備の武器や道具類などもミカエルさんから渡される。
「エンタール、準備は出来てるか?」
身支度を終えると親父が飲み物を片手にやってきた。
「勿論だ。親父こそエクスカリバー忘れてないよな?」
「素手で戦えってか。そこまで耄碌してたら国王引退しているな」
ハハハと軽口を叩いて緊張を解す。
「今回の作戦、発端はお前らしいな」
一転して真面目な表情で告げる。俺は肯定し、掌底と拳を合わせる。
「予感があったからな。ここで活躍して、ついでに敵の大将も討ち取って英雄になってやる!」
「可能性はあるかもな。作戦内容は転移門の設置だったが、早々上手くは行かないだろう」
ダーインスレイブの砲撃で終わるくらいなら苦労はしない、と俺も思うしそこまで甘い相手でも無い。
親父が肩を叩き、顔を俺の耳の側に寄せた。
「各艦隊に一方通行の転移門が設置されている。砲撃終了後、連合全員による総力攻撃が行われる予定だ。急げよ」
そう告げると親父は頭をクシャっと撫でて去って行った。なんだかんだで期待してくれているようだ。
「うっし」
やってやる、と思いつつ硬く拳を握った。
先発隊の先頭艦であるシュバイツァーに乗り込み、地上までは転移で移動する。到着までは各自ブリッジや客室、食堂などで時間を潰している。
かく言う俺は……。
「うぐっ」
「こ、これが噂の……」
食堂にてラトース主催のミゴフライパーティーに出席させられていた。
そこにはディアロスに騙されて連れて来られたラゼとテーニ、自由もおり、勝手に乗り込んでいた神々も渋面になってミゴフライを見ている。
「ラトース……流石にこれは……」
クリエテイスさんも苦笑いし、冷や汗を流している。
「ありとあらゆる珍味を食べた神々ですらこの反応だとすれば、コレはきっと相当なゲテモノの部類に入るね。うん」
ウォーゼさんと艦長業務を放置して参加したが、今は後悔しているようだ。
「……ディアロス、これ食べたの? ううん、食べられるの?」
「美味いよ?」
バウゼンローネさんが引く中、ディアロスは揚げたてのミゴフライの尻尾を持ってソースとマヨを付けて食べた。
「フム……」
叔父様も何時になく無表情でミゴフライを手に取り、ソースとワサビを付けて口に放り込んだ。
「どう?」
ラトースが少々期待した様子で叔父様を見上げ、しばらく咀嚼した後、飲み込んで目を開いた。
「ほう、悪くない味だ。味は海老に近く、食感も良い。筋は無いが筋肉質なためか噛み応えも充分だ。見た目さえ気にしなければ……」
それが一番の原因だとは思うが、食糧にはなる。
「ローストミゴも作ってみた」
にんまりと笑い、上機嫌なラトースが出してきたのはローストビーフならぬ物。
頭付きで無い分、こちらの方が幾分かマシではあるが、ピンク色の肉質と緑色の液体が相まって凄まじいことになっている。




