第三百七十八話 白色
グラたん「第三百七十八話です!」
「避けろ! レーザービームだ!」
背後から銀次の注意が飛ぶが、俺が避ければウラカに直撃する。仮にウラカごと下がっても左右で手を繋いでいるフェイラとラウェルカに危険が及ぶ。
ガチャリ、とリロードする音が聞こえた。多分ラミュエルさんが確実に目を狙撃できる位置で狙いをつけた。が、熱線が飛んでくる方が早い。
――防げるか?
疑問より早く俺は右手を前に出した。それは雷神の手のような反射的な行動だったのだろう。だが相手は武器じゃないし、間合いも遠い。防御するのであれば母さんが使っていたような聖気の盾を作るしかないが……やるしかない!
聖気はイメージである程度形を変えられる。今、三人を守るために必要なのは円や五角形の盾じゃない。盾であって盾でなく、真っ向から押し返す防御。それは攻撃にも転ずる力。
イメージは鏡。そこに雷撃の力を加えて熱を誘導、反射する。
「うおおおお!!」
発射されたのは一瞬。熱と鏡がぶつかった時間は恐ろしく短い。完成された熱線対して俺の防御はあまりにも弱く、脆かった。パキッと音を立てて鏡は割れる。
ダンッ! と音が鳴る。背後から俺の頭上を通り抜けて一発の弾丸がメランニスの瞳に突き刺さる。ひるんだことによってメランニスはのけぞり、熱線は俺の手を貫通して右手から肩を焼き、右目と頭部を掠った。
「ア”ア”ア”ッッ!!」
「うぐぁっ!」
熱い、痛い! 右手と頭から焼ける痛みが襲い、血が噴き出す。熱と光で視界もやられた。
「――!? エンタール!?」
背後から聞こえたウラカの声で一瞬だけ激痛から意識が戻った。痛い、がここでウラカの集中を途切れらせるわけにはいかない!
「い、今だ! ウラカ!」
そう言うのが限界だった。痛みはすぐにぶり返し、それでも歯を食いしばって上げたい悲鳴を噛み殺す。ウラカもその気配を感じ取ったのか、姿勢を戻したのを感じた。
「再契約!」
ぼやけた意識の中で魔力の流れが何となく伝わってくる。風の力と強気な魔力。その流れはフェイラたちに受け渡され、メランニスへと流し込まれる。
「ガアアアアアアアアアア!!」
メランニスの咆哮が聞こえる。不意に左側から風切り音がした。
「させるかよ!!」
銀次の声とガァン、という金属のぶつかる音が聞こえた。
魔力の流れが収束していく。目はまだ見えないがメランニスの中へ入ったのが分かった。
「ガ、ガガ、ァァ……ぁぁぁ……」
ドサッという音が聞こえた。きっとメランニスが倒れた音だろう。
「ふぃぃ……間一髪だったぜ。大丈夫か、エンター……」
安堵からだろうか。立っている力がなくなったのか俺は膝から崩れ落ちた。
「っと、おい? おい! しっかりしろ、エンタール!」
なんだ? 銀次がヤケに焦った声を上げた。俺がどうしたんだ?
そういえば痛みがないな。あんなに痛かったのに今はどこか心地良いというか……なんか眠くなってきたな。寝てしまいたい。
「おい馬鹿! 目ェ開けろ! マーラ! 早く来てくれ!」
「義兄様!」
「エンタール!」
それらが誰の声なのかもう分からない。暗い意識の中、俺は眠りについた。
暗い闇の中。俺という意識はあまりないのかもしれない。
「――! ――!」
どこからか声がする。凶暴な声だ。竜の嘶きのような声。
ふと気が付くと目の前には巨大な蛇がいた。緑色の鱗を持ち、なんでも飲み込みそうな巨大な口と牙。黄色の目は禍々しく輝いて俺を――いや、上を見上げている。
その周囲にいるのはゴウルやグールの群れだ。あの蛇が生み出しているのか、肉体から零れ落ちるように排出されている。
「復讐の時は来たれり! アダム、我が愚かなる子よ!」
ビシリと音を立てて空間が開いていく。あれは次元断裂か? その先に見えるのは叔父様たちだ。今は会議でもしているのか親父たちの姿も見える。
「もはや我は無では消せんぞ。無限の命を得た今、我は世界を破壊する。例え我が倒されようと、共に地獄に引きずり込んでくれるわ!」
グァハハハハと高く笑う声。蛇は笑いながら巨大な次元断裂を作っていく。その先にあるのはロンプロウムだ。村や町もあり、逃げ遅れた人々もいる。
場所は変わっていく。次元断裂を通った蛇はロンプロウムに顕現し、ゴウルやグールも積極的に人々を襲い始めた。
「どこだ、どこにいるアダム! 偉大なる神であるこの父を八つ裂きにして地中に埋めた愚かなる愚息よ! 出てこぬのなら破壊して引きずりだしてくれるわ!」
巨大な蛇は呪詛を垂れ流しながら地を這ってどこまでも進む。
少しだけ視点が変わる。蛇の頭上だろうか? 蛇が目指しているのは北。アジェンドより更に北にある海を越えた先の小さな島。
邪神が封じられていたとされる呪われた小島だ。
一瞬、また暗がりへと落ちた。ゆっくりと目をあけると、そこはベッドの上だった。見慣れない天井――いや、これコテージの一室だ。
辺りには誰もいない。どれくらい寝ていたのかはわからないが時間は夜遅いようだ。枕元には桶と手ぬぐいが置いてあり、着替えもある。近くのテーブルには水差しとコップがある。
もう一度寝ようかと思うとガチャリと音を立てて扉が開いた。そこにいたのはイムリスだ。
「あっ……」
小さい呟きと共に持ってきていた桶が零れ落ち、ガタンという音が廊下に響いた。
「え、エンタール?」
「イムリス、悪い。また、心配かけたみたいだ――」
彼女は急ぎ足で駆けて来るや、ベッドに膝を載せて俺の頬を両手で押した。
「お、おい?」
暗くてよく見えないがイムリスの目じりには涙が溜まっているように見えた。
「わかる? ちゃんと私が分かる?」
言葉は発せないので俺はコクコクと数度頷く。
「目は見える? 声は聞こえる? 手の感触はわかる?」
早次な質問に俺は頷き続け、嗚咽を漏らしても問いを続けてくるイムリスに対して困惑する。
階下からいくつかの足音が聞こえてくる。さっきの桶を落とした音が気になったのだろう。
そっちに気を取られた隙に目の前にイムリスの顔が迫っていた。腕は首に回されて口のあたりに柔らかいものが数秒当たった。
呆然とする俺を置いてイムリスは少しだけ顔を赤くしながら離れていった。
「ちょっと待ってて。今、みんなを呼んでくるから――」
タタタと少し焦ったように駆けていく後ろ姿を俺はただ見送るしかなかった。
しばらくするとイムリスがウラカと一緒に戻ってきて、俺を俵のように担いで一階の居間に運んだ。
居間では叩き起こされたらしい銀次たちと何かの策を練っていたらしいシィブルたちがいた。その中には無事再契約出来たらしいメランニスがフェイラにホールドをキめられて顔を真っ青にしながら手を振っているが、なんだか今までの彼とは少し違うような気もする。
「よう、エンタール。無事に目が覚めたみたいだな」
開口一番に声をかけたのは銀次だ。
「ああ、心配かけたみたいだな。……なんで寝てたのかさっぱりわからないんだけどな」
「それについては私が説明してあげるわ」
シィブルが紅茶を淹れつつ俺たちに席に座るように促し、着席する。
「まずは貴方が重症を負ったところから話しましょうか」
やっぱりか、と思いつつもシィブルの解説を聞いていく。
要約してしまうと俺は体の右半分が大火傷を負い、腕とか頭が半分消える致命傷を食らったらしい。……熱線に向けて聖気の盾を作ったところまでは覚えているんだが、どうやら失敗したようだな。
その後、マーラ、ニーマ、フェイラ、プリュームたちに回復魔法をかけてもらって止血をしたは良いが、ダメージが大きすぎる上に頭半分が消えているため、まともに指示を出せるシィブルとダナンがパニックになってもう死を待つだけの状態だったらしい。
ウラカも自分のせいだと酷く落ち込んでいたようだし、イムリスも大泣きしていたとのことだ。
「それでも貴方が死ななかったのは彼らのおかげよ」
シィブルが手で促した先にいるのはメランニスと焔だ。フェイラも流石に空気を読んでホールドを解除し、彼は俺の前へとやってきて右手を差し出した。
「初めまして、というべきかな? 俺は詩波白色。正直、俺も色々戸惑ってるんだけど、君を助けられてよかった」
「お、おう。俺はエンタールだ。……ん? お前、記憶が戻ったのか?」
俺の握手と言葉に彼、白色は照れ臭そうに手を離した。
「メランニスの時と白色の時の記憶があってどっちなのかわからないけど、昔の記憶は取り戻せたよ」
「そっか!」
俺が笑むと白色も微笑んだ。――さて、話を戻すか。
「さてと……一応聞いておくけど、どうやって助けてくれたんだ?」
「それは……その、俺の血肉を焔の細胞とブレンドして食わせた……」
……。
俺たちが黙ると沈黙していた焔が言葉を発した。
「つまり、超細胞による治癒を施した。普通の人間なら俺たちが持つゴウルの力、G細胞に負けてゴウルになるがメランニスの強力な人外細胞を取り込んだことによって細胞同士が融合し、未知の細胞に変化した。これを食わせることによってエンタールの体は驚異的な自己治癒能力を獲得し、失った部分も複合できたというわけだ」
「な、なるほど? ま、まあとにかく助かった。ありがとう」
よくはわからないが焔たちなりに俺を助けようとしてくれたのだろう。焔と白色も深く頷いた。
「ところで、俺はどのくらい寝ていたんだ?」
次に気になるのは時間だ。せっかくの一週間をどのくらい寝てしまったのか、気になるところだ。
「今日は全日程の六日目よ。貴方は四日ほど寝ていたわ」
「そうか……ぬぐぐ……」
正直に言ってかなり勿体無い。調査の方はシィブルたちがやってくれているだろうから、今は落ち込んでおこう。
そんな俺を気遣ってか、ダナンが言葉を発した。
「義兄様。実を言うと調査はもう調べるところが無いくらいのため、明日は全員で休みにしようかと話していたところなのだが、どうにも纏まらなくて困っている。義兄様は何か良い案はあるだろうか?」
やはり調査は終わっていたようだ。俺、あんまり戦力になれなかったな……。まあ、それはそれとして。
部屋の隅にあるホワイトボードには明日の予定候補らしきことが書いてあり、修行から日向ぼっこまで様々だ。
「そうだな……」
そこでふと夢の内容を思い出した。
「邪神の祠……」
「うん? 邪神がなんだって?」
どうやら無意識に呟いていたらしく、銀次が聞き返してくる。全員の視線も集まってしまっているから誤魔化せないな。
「いや、夢の中で巨大な蛇が邪神の祠っていう場所に向かっていたんだ。それがどうにも気になってな」
所詮は夢だし、と俺は半笑いをしてみせたのだが……シィブルとダナンがあからさまに顔色を変え、ラミュエルさんは無言で地図を広げ、ニーマが駒を配置していく。
その様子に俺は何か藪を突いたのか、と不安になる。
「貴方、本当は起きて何もかも聞いてたんじゃないの?」
「いや、流石にそれはない」
はぁ、とシィブルが溜息を吐いて、次に顔を上げると戦闘時のような真面目な表情になった。
「落ち着いて聞いて欲しいんだけど、貴方が寝ている合間にロンプロウムが復活したわ。昨日、アスト王が知らせに来てくれたの。その進路は北へと向かっていて目的は不明……だったんだけど……」
視線を地図に落とし、大蛇の駒を掴んで北へと移動させる。
「ニーマ、ダナン。邪神の祠ってどの辺りにあるのかしら?」
「……私も直接行ったことはありませんが、概ねこの島の辺りと聞いています」
「小島と言っても小さな森の奥に祭壇みたいな場所があるだけ、と調査報告書にはあったな」
二人の裏付けも取れ、俺たちは大蛇の進路の先に祠があることを確認する。
シィブルは少し思案した後、顔を俺に向けた。
「このタイミングで、とても偶然とは思えないわね。もしかしたら予知夢ってやつなのかも知れないわ」
「おいおい、それ外れる確率の方が高いじゃねぇかよ」
銀次の常識的なツッコミが入るが、シィブルはそれも真面目に受け止めた。
「そうね。常識的に考えるなら馬鹿馬鹿しいと思うけど、これから戦うに当たって不安要素は可能な限り無くしたいわ。もしかしたら、その場所には何か見落としがあるのかもしれないし」
それも一理ある。
「……行くなら今から移動だな。ロンプロウムの移動速度と対象の距離を考えると、およそ10時間で奴が祠に到着する。最寄りに転移したとしても、なるべく早い方が良いだろう」
ラミュエルさんが計算を出して視線をニーマとマーラたちに向ける。どうやらマーラたちも転移魔法を使えるようになったようだ。
「最短の転移場所はエンテンス城があった場所ですね」
「そこからだと……最速でも3時間といったところだろう。……ふむ」
ラミュエルさんは俺、ニーマ、ティクルス、レリミアを一瞥し、数秒ほど地図に身を落としてから再び俺に視線を向けた。
「ここを撤収するにしても片付ける必要があるから、先遣隊として発端であるエンタール、転移のできるニーマ、地の利に詳しいだろうティクルスとレリミアは先に向かってくれ。馬車も一台使って良い」
確かに全員で動くよりは無難な判断だな。
「分かった。好意に甘えるよ」
「なら、俺も行こう。ここに残っても役に立たないからな」
「あたしも、だ」
手を挙げたのは焔とウラカだ。対してラミュエルさんは手で二人を制した。
「待て。最後まで話を聞け。まず、ここに残って片付けをするのは私とラウェルカ、白色、フェイラの四人だ。他はシィブル、ダナンを筆頭にマーラの転移でロンプロウムを足止めしてもらう」
「へえ、ラミュエルにしては気が効いてるぜ」
パシッと音を立てて銀次が拳と掌底を合わせた。
「彼我の戦力差が解らない以上、先行して叩いておいても無意味にはならないだろうからな」
「なに、別に倒してしまっても良いんだろう?」
「焔、それフラグ」
何のだろうとは思うが地球ならではのフラグがあるのだろう。
「他に意見が無ければこれでいくぞ?」
ラミュエルさんが一応確認を取ると、パルとイムリスが手を挙げた。
「あの、エンタールの怪我もあるので私は祠の方に行っても良いでしょうか?」
「ボクも祠の方に興味ある!」
イムリスは真っ当な理由だけどパルは何か琴線に引っかかっているようだ。
「分かった。構わない」
パルがいないと戦力的にも大きくダウンするから却下されると思ったが、意外にもあっさりと許可が出た。
「意外……だが、ラミュエルは何か思うところがあるなのか?」
白色が問うとラミュエルさんは肯定した。
「不思議と嫌な予感がしている。邪神の祠には何か見落としがあるような……感だけど」
確証は無いらしく言葉も後に付け足すほどだ。その肩をシィブルが優しく叩いた。
「優れた人の感はよく当たるものよ。さて、行動指針も決まったことだし、皆さっさと動く!」
ラミュエルに変わってシィブルが声を張り上げる。
「おう!」
と、不安をぬぐい払うように声が上がる。
俺も声と拳を挙げ、大きく頷いた。




