第三百七十二話 契約の内容
グラたん「第三百七十二話です!」
ただ、銀次が嫁探しを始めるとなると問題点はいくつか出てくるな。聞いてみるか。
「そういや、銀次ってどんな女性が好きなんだ?」
「うーん、とりあえず俺を杖とか拳で殴らない人」
「他には? 性格とか身長とか」
「性格か……活発な人がいいな。そんで気が合って気楽に接してくれる人だな! 身長とか見た目はそんなに気にしないし」
「種族は?」
それを言うと銀次は少し固まった。
「う、うーん……迷うな。こっちの世界には獣人とかエルフもいるし種族が多いからな……」
銀次たちの世界には人間以外の種族はいないんだったな。俺たちからするとあまり想像がつかないけど……。
「って、言っても最後はなんやかんやで人間に落ち着きそうな気もするな」
同種族の安心感は大きいし、いざ交際しても種族の違いや生活の違いで揉めることは良くあることだ。アジェンドでもそれについての裁判は年中行われるし、種族によって酌上の余地は違ってくる。その点が異文化交際の難しいところでもある。
「銀次の性癖については良いとしても、勝手に交際しだしたらマーラが怒るんじゃないか?」
ディアロスが発言は全員が危惧していた事柄だ。
「仮に交際が上手く行ったとしてもお前の契約がどうなるのか分からないしな」
焔の意見に銀次は顔を伏せる。その表情はかなり暗い。
「それな……。俺は魔法とか契約魔法は専門外だから全然わからねぇんだよなぁ」
「契約内容は? こっちの世界じゃ契約魔法は期限と報酬を設定しないと行使出来ないんだが……」
「それ、聞こう聞こうと思ってもマーラが怖くて聞けてない」
尻に敷かれてる……っ。
「ちなみにその契約に銀次は頷いたのか?」
「いや? 召喚された時に強制させられた。背中に多分契約の紋様があるんだけど俺読めなくてさ」
気にはしてなかったけど銀次の背には複雑そうな魔法陣が張られていて、色は赤いペンキを乾かしたような色合いだ。
「契約魔法ならエルフの専売特許みたいなもんだし、読んでやろうか?」
「おっ、マジで? 頼む!」
そこへウラカが提案し、銀次は勇んで上着を抜いで半裸になった。どうでもいいが基本的にエルフ族は肌の露出に関して敏感な種族だ。その点、ウラカは持ち前の性格も相まって気にしていないけどな。
銀次がウラカに背を向けると、ウラカはその背の一部に手を当てた。
だが俺は大いに疑問が浮かんだ。
「あれ? ウラカって契約魔法を使えるのか? てっきり風魔法だけしか使えないのかと思ってた」
するとウラカは解読の手を一旦止めて俺の方に顔を向けた。
「あー、言ってなかったっけ。エルフってのは生まれつき何かしらの魔法属性と知識を持ってるんだよ。それも個人差あるけどアタシの場合は風魔法と契約魔法と精霊魔法の三種類だ」
「精霊魔法も使えるのか!?」
「ん、まあな」
精霊魔法。それは異界にあると言われる精霊の住処にいる精霊と契約し、行使する魔法だ。契約した精霊によって魔法の大小はあるが、既存の魔法ではない魔法が多く希少性が高い。中には失われた古代の魔法もあるらしいけど研究のしようがないから机上の空論になっている。
「その精霊魔法っていうのは通常の魔法とは違うのか?」
魔法にはあまり詳しくない焔が問い、ウラカは照れ臭そうにして視線を銀次の背に向けてしまったので代わりに俺がわかる範囲で説明するとしよう。
「精霊魔法ってのは精霊と契約した魔法師にしか使えない魔法のことだ。通常の魔法よりも威力にムラはあるらしいけど使い手次第じゃ通常魔法よりも強いって話だ」
「そうなのか」
「と言っても精霊魔法なんて数回しか見たことないから何とも言えないな。俺も使えないし」
「他には誰が使えたんだ?」
「他だと叔父様だな。魔力量に絶対限界値があるから上限値をそれで補ってるって言ってたぞ」
「具体的な魔法の内容は憶えているか?」
「使っていたのは治癒系統の魔法だったけど、既存の魔法とは比較にならないくらいの速さで傷が回復してたんだ。ちなみにその時の怪我は俺の複雑骨折な」
「そ、そうか……」
焔もそれ以上は聞きづらそうにしていたので俺は代わりに視線をウラカの方へ向けた。
「ウラカ、そろそろ出来たか?」
「今、終わった。簡単に説明するのと詳細に説明するの、どっちがいい?」
「簡単に頼む」
詳細聞かされてもわからないだろうし。
「オッケー。簡単に言うと契約魔法自体は成立してるな。内容は強制に近いものだけど強制させるための内容は書かれてない。要するに銀次から契約を破棄しない限りは契約が維持され続ける内容になってるぜ」
「……」
待て待て。今、結構聞き逃せない内容が混じってたな。
「えっ、そういう感じだったのか?」
銀次も感づいたらしく驚きながらもウラカに再度確認を取る。
「おう、そんな感じだ。契約には対価が必要なんだがそれも明記してないから空手形も良いところだ。その内容に何故かお前も同意してる」
「えー……じゃあ今から破棄しても別に罰が無い、ってことになるのか?」
「そういうことだな。ただまあ、破棄したら魔力パスが繋がっているマーラにも分かるから後が怖いけどな」
「魔力パス?」
聞きなれない言葉を聞き返すとウラカも説明が不足していたらしく視線を彷徨わせた。
「あーっと、魔力パスってのは契約した際にコイツは自分のものだ、って最初にやっておくことで具体的には契約者が召喚者を探知できるようにする繋がりのことだ」
「へ、へー……」
その声は意外にもメランニスの方から飛んできて、そこで俺たちもとあることに気付く。
「ってことは……」
「マジで?」
俺たち全員がフェイラとメランニスを見つめ、メランニスも苦笑いのまま視線をフェイラへと向けた。
「な、なぁフェイラ」
「んー? なに?」
「お前、もしかしてまだ白色と魔力パス繋がってる?」
するとフェイラは顔を上げてキョトンとした顔で頷いた。
「うん」
『……』
俺と銀次は顔を見合わせ、それからメランニスも目を丸くして俺たちと顔を見合わせた。
「……マジで?」
「うん」
再確認を取るがフェイラは確かに頷いた。念のためウラカにも聞いておこう。
「ウラカ。一応聞いておくが魔力パスが繋がってるかどうかって俺たちでもわかるか?」
「繋がってるなら体のどこかしらに紋様があるはずだぜ。多分、背中じゃねえの?」
メランニスの方を向くと最低限恥じらいはあるようだが、俺たちの無言の圧に負けて上着を脱ぎ、背中を見せた。
そこには銀次のものと似たような赤い紋様が張られていた。恐らく……いや、ほぼ確定でメランニスは白色なのだろう。
「ああ、やっぱあるな。フェイラ読んでいいか?」
「どうぞ」
ウラカも一応許可は取ってからメランニスの背中に回り込んで指で撫でた。
少し待つと解読に成功したらしく、顔を上げて渋い表情で告げた。
「あー……これ説明しないとダメか? かなり複雑なことになってるんだけど」
「説明頼む」
うげぇ、と言いつつもウラカは渋々と話し始めた。
「まず、魔力パスはフェイラと繋がってる。が、同時にラウェルカとも繋がっている……二重契約状態だ」
「契約者が二人いるって事で良いのか?」
「おう、そんな感じだ。つっても、これは異常状態だ。本来の契約魔法は契約者一人、召喚獣一匹が原則だから今メランニスの体内には二人分の魔力が蓄積されてる」
「それは危険なのか?」
「ある意味な。召喚される召喚獣は自分の力量を超える奴は召喚できない。偶に魔法陣を改造してその制限を取っ払う阿保もいるが、大抵は魔力を全部奪われた挙句、召喚獣も消えるのがオチだ」
俺たちにはよく分からんが、ウラカも要するに、と続けた。
「メランニスは規格外の召喚獣だ。こんなのを召喚しようと思ったら国家一つ消えるし、維持するだけでも莫大な魔力がかかる」
「ってことは二人が魔力切れを起こしたらメランニスは元の世界に帰っちまうのか?」
銀次が少し不安げに聞くとウラカは片手を左右に振って呆れつつ否定した。
「それが可能なら聖気の訓練中にお前は強制送還だな。残念だがそれを可能にする記述がないから召喚獣は死ぬまで現世に留まり続ける」
それを聞いて銀次とメランニスはホッと安堵の息を吐いた。
「だが銀次はともかくとしてもメランニスは後で再契約した方が良いな。このままだと何が起こるか分からないし」
「分かりました。ラウェルカにも話しておきます……あ、あの、フェイラさん?」
ラウェルカの名前を出した瞬間、フェイラのホールドしている力が増して骨が何本か折れるような音が聞こえた。
「……ダメ。白色は私のもの。渡さない」
「い、いえ、私はその白色さんでは無いのでーー」
「……ヤダ」
これはまた一悶着ありそうだな。
「あと銀次も契約し直しとけよ」
と、思っていると銀次にも注告が飛んだ。
「俺も?」
「今の空契約じゃあ全然力でないだろ? メランニスもそうだけど制約しないと召喚獣の意味ないぜ。制約ってのは契約者と召喚獣がお互いが同等と思う内容を決めることだ」
つまり、契約者は召喚獣に身を守ってもらう代わりに自身の魔力や報酬を提供する。召喚獣は契約者のために働く代わりに強力な力や対価を得るってことだな。
「ま、メランニスの方はアタシも立ち会って多少弄らせて貰うけどな。どうせ二人で契約することになりそうだしさ」
面倒だなぁ、と呟いてウラカは俺の肩に頭を預けた。
「なるほどな……」
銀次も何か納得したらしく数度頷いていた。
しばらく雑談に耽っていると馬車の足が止まった。先を進んでいるシィブルたちの馬車が止まったのだろう。
「どうした?」
「分からん。ちょっと見てくる」
「アタシも行くぜ」
馬車を降りて前方を見渡してみると剣戟の音が聞こえてきた。更に前に行くと魔物の集団と誰かが戦っているみたいだ。
「敵襲か?」
「そう見たいね」
隣にいるのはマーラとシィブルだ。二人とも杖と剣を抜いてはいるが助太刀するかどうか迷っているみたいだ。
戦っているのは誰だろうか。かなりの手練れみたいだが魔物の数が多くてよく見えない。
「見殺しにするのも気がひけるし、行くか」
「おう! そう来なくちゃ!」
後で何か文句を言われたら気絶して貰おう、と考えつつ俺たちは抜剣して魔物の群れに飛び込んだ。
「あ、ちょっと! マーラ、二人の援護よろしく! 私は皆に状況説明をしてくるわ!」
「分かったわ!」
マーラが援護してくれるみたいだ。背後で大きな魔力が動く気配がして、魔物共もそれに気付いて振り返るがもう遅い。
「ハッ!」
「おりゃあ!」
剣を振るうと雷撃と烈風が魔物共を切り裂き、一瞬にして消し炭になるか無惨な死体になる。
「っ! 誰か援護してくれているみたいだ! おし返そう!」
「了解!」
そう遠くない場所から若い二人の男女の声が聞こえる。他に気配はない。
と、そこで俺たちの前方から聖気が放出された。それを感じ取ってかウラカも警戒して俺の方に身を寄せて警戒する。
「おい、エンタール」
「分かってる。恐らく敵の数が分からないから温存していたんだろう。こっちも聖気を使って応戦するぞ」
「おう!」
そうするのは近い力を持っていることを見せつけて後で交渉する時に足元を見られないようにするためだ。だが、向こうの聖気はそう多くない。練度も高くないようだ。
「そっち行ったぞ!」
ウラカの声が飛ぶと魔物の数体が俺めがけて突進してきた。せっかくだし母さんが見せたくれた聖気の盾をやってみるか。
イメージは騎士の盾。大楯は使わないから丸小盾バックラーが合ってるな。
まずは生成。左手を正面に伸ばして円を作りーーその聖気の盾は魔物に向かって飛んで行った。ガンッという音が鳴り、盾は魔物の顔面に直撃して|軽度麻痺≪スタン≫を起こしていた。
その隙は逃さずに魔物共は切り捨てたけど、これじゃただの砲弾と変わらないんだよな……。
「オオオオオ!」
幸いなことに魔物は多くいるし、練習台になって貰おう。
約三十分後。魔物共を殲滅し終えて俺たちは聖気を使用して戦っていた二人に視線を向けた。二人は俺を見るなり驚いた表情から一転、笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
「よう、エンタール!」
「お久しぶりですね」
彼らはティクルスと妹のレリミア。前にエンテンスの事件を解決する際に仲良くなったエンテンスの王子と王女だ。
「おう! 久しぶり!」
「誰だ?」
そっか、ウラカは初対面だったな。
「紹介するよ。こっちはティクルス、レリミアと言ってエンテンスの王子と王女だ」
「王族か。そうは見えないけどな!」
ハハハ、と高笑いするが……ティクルスたちは気を悪くした様子は無い。
「おっと、自己紹介が遅れたな。アタシはウラカ、見ての通りエルフだ。よろしくな!」
「おお、よろしく!」
「よろしくお願いします」
性格からしても気が合うんだろう。俺を含めて、王族としてはダメなんだろうけど。
「とりあえず移動しようか。ティクルスたちは移動手段はあるのか?」
「さっきまで馬があったんだけど魔物にやられちまってな」
「なら乗って行くか? と、言っても俺たちが行くのは次元断裂だけとな」
するとティクルスはニヤリと笑った。
「やっぱりな。俺たちの目的地も次元断裂だ」
「そうだったのか。調査か?」
「おう! それくらいだったら俺にも出来そうだからな!」
思うことは同じのようだ。俺は深く一回頷いてレリミアにも確認を取るが意思は同じようだ。
「分かった。なら、一緒に行こう。仲間への説明は俺からしておく」
「頼む。しばらく厄介になるぜ!」
「兄がいつもすみません」
「いや、お前も賛同してたからな!?」
「フフッ」
そんな楽しいやり取りをしつつ、俺たちは馬車の方へと戻って行く。




