第三百六十七話 帰国
グラたん「第三百六十七話です!」
行く先にあったのは海辺沿いにある中規模の村のようです。いえ、規模からいえば町に近いのかもしれませんがゴウルの出現の影響もあってか町の外には策が建てられて何人もの見張りが立っています。
「見張りがいるわね」
「あの村に義兄様が滞在しておられるのでしょうか?」
「どっちにしても行ってみるしかないわね。焔、進んで頂戴」
「分かった」
馬車で徐行しつつ近寄ると警戒した見張りの人たちが槍を担いで此方に走ってきます。
「止まれ! 何処の馬車だ!」
私が事情を説明しようとするとシィブルさんが手で制し、一足先に馬車から降りました。今は様子を見ましょう。
「私たちはアジェンドの特務機関よ。この周辺に見慣れない男性が運ばれたとの情報を受けて来たのよ。もしくはタールと名乗る少年がいるなら教えて貰えるかしら? 黒と青が入り混じった髪で顔つきはそこそこ整っているわ。身長は私と同じくらいでガタイは良い方よ。海岸で戦闘をしていて恐らく怪我をしているはずよ」
彼らはお互いに視線を躱した後、男性の一人が前に出ました。
「残念だが、そんな男は知らないな。この村には来ていない」
「あら、そう? ならこの周辺の別の村に運ばれたのかしら……。焔、地図をくれる?」
シィブルさんが焔さんにアイコンタクトと見慣れないハンドサインを送り、焔さんは頷いて馬車の中へ入ってきました。
「――シィブルが引き付けている内に瀬露たちは馬車を降りて裏手から村を調査してくれ。合流地点はエンタールの書置き前だ」
焔さんが小声で囁き、さっきのハンドサインは侵入を合図するものだったと私たちは理解します。私は二人に視線を送ると同時に隠蔽魔法と音消しの魔法を付与して素早く馬車を降ります。
「これで良いか?」
「ありがと」
焔さんたちに彼らの視線が向いている隙に私たちは馬車の影を利用して回り込み、上空に上がって村の内部を見下ろします。
村の中央には櫓に上がっていた見張りの一人が駆け寄り、村長らしき人物に報告しているみたいです。その傍には何故か畑仕事を手伝っている義兄様がいます。四肢は無事にありますが体に包帯を巻いていますね。
私たちは共通のハンドサインで降下を決定し、家の物陰に近寄ります。本当ならすぐにでも正体を明かして義兄様と合流したいところですが
「なに、アジェンドの特務だと?」
「ああ、そう名乗ってた。どうやら彼を探しているみたいだったぜ」
「ブルーを?」
義兄様をそう呼んだのは義兄様の近くで野菜の籠を持っていた女性です。外見からして恐らくは義兄様と同年代くらいでしょう。
しかし隣ではイムリスさんが爪を伸ばし、毛を逆立たせて鬼の形相で今にも飛び掛かろうとしています。それに気付いた私はすぐに手を重ねて落ち着かせます。
「やっぱ何処かのお坊ちゃんだったみたいだな! こりゃあセリアンも玉の輿を狙えるかもな!」
「そ、そうかな~」
彼女が照れるのは構いませんし義兄様が人気者なのは良く存じてます。ですがそれをイムリスさんの前でやるのは遠慮して欲しいです。
現にイムリスさんは今にも彼女を殺害しようと肉食獣のような眼をしています。限界を超えたら転移しましょう。
「そうだそうだ! あの化物共を相手に出来るくらいだし、ずっとこの村に居てくれていいんだぜ!」
「ガッハハハハ!」
「そ、そうか? ははは」
彼女に腕を取られて密着され――義兄様、何故満更でもなさそうな顔をしているのですか。自分の物を取られそうになって動物の本能が刺激されたイムリスさんが激怒します。
「グルルウウウウウ」
いよいよ獣の声を上げ出しましたのでここが引き際でしょう。隠蔽魔法と音消しの魔法の効果はまだ続いていますね。
「だけどよ、本当に返しちまってよかったのか? 隠してたってことで処罰されるのは嫌だぜ?」
「隠すも何も証拠がねぇからしょうがねぇだろ。こいつも記憶が無いって言ってるしよ」
――えっ?
その言葉に私は思わず小さく呟いてしまい、イムリスさんを留めていた握力が弱まってしまいます。その一瞬の隙にイムリスさんは聖気を纏った状態で影から出てしまいます。
イムリスさんの接近に真っ先に気付いたのは義兄様です。鋭い視線を向けて彼女と村人たちをかばうように立ちはだかります。
義兄様は無手ですが聖気を纏っています。記憶を失っていても戦い方は体が覚えているのでしょうか?
「ふっ」
飛び掛かったイムリスさんの腕を掴み、爪が振り下ろされないように素早く捻ります。対してイムリスさんは持ち前の筋力で逆方向に腕を捻って掴んだ手に向けて爪を伸ばします。義兄様はそれを察知して手を離し、イムリスさんを空中に躍らせます。
追撃は無く、イムリスさんは着地すると少し距離を取りました。
「な、なんだ!?」
「半獣人? 何時の間に村に!」
「誰か、衛兵を呼んで来い!」
村中が大騒ぎとなってしまい、私たちも物陰から出てイムリスさんの傍に立ちます。魔法も解除したため姿は公になってしまいますが代わりにローブを深くまで被り、私たち自身に認識阻害魔法を付与しておきます。これで村人たちからは謎のフード集団のように見えているはずです。声も変声魔法を使用しておきます。
「な、なんだ、あんたたちは?」
「彼女が失礼を致しました。私たちはアジェンドの特務です。念のためにと村に忍びましたが、こうなってしまった以上は直接交渉させてください」
シィブルさんはイムリスさんを抑え、私も何時でも逃げられるように転移魔法の準備だけはしておきます。最悪、義兄様を拉致することも厭いません。
「あ、ああ……」
「私たちの要求は一つ、其方の黒青髪の男性をアジェンドへお連れすることです。御同行頂けますか?」
その要求に義兄様は少し困ったような表情をしています。
「なあ、ちょっと強引じゃねぇかい? こいつが一体どんな身分なのかは知らないが、あんたたちの言葉を鵜呑みにも出来ねぇ。せめてそのフードを取って顔を見せるんだな」
村人の一人がそう言いますが、これは魔法なので出来ない相談ですね。
「それは出来ません」
「なんでだ?」
「私たち特務は性質上、顔を明かすことは出来ません。もし顔が判明してしまった場合、私たちはこの場にいる皆様を皆殺しにしなくてはなりません」
と、前に特務のトップである霧谷さんが言っていたことをそのまま伝えます。
「み、皆殺しだと……」
「やっぱ信用できねぇな! 村長、どうする?」
「うむぅ……」
村長さんはかなりご年配の方のようです。その表情からは迷いが見て取れます。
「――分かった。一緒に行こう。だがここにいる人たちには手を出さないでくれ」
村長さんの言葉に先んじて義兄様が答えを出します。すると村の人たちは揃って義兄様の前や側面に立って諫言します。
「ば、馬鹿なこというんじゃねぇ!」
「こいつらが本当に特務かどうか分からないんだぞ!」
「行ったらもう帰ってこられないかもしれないぞ!」
少し会わないだけで義兄様はもう村人たちの心身を掌握してしまったみたいですね。
「だからこそだ。それに俺に用があるなら俺が行くべきだろう」
「だからって……」
義兄様が前に歩み、駆け寄ってくる村人たちを手で制します。
「口約束にはなるが守って貰おう」
「分かりました。では行きましょう」
義兄様が転移の範囲内に入ったことを確認して転移魔法を発動させます。
合流地点に戻って来ました。日も暮れてきましたので海の水平線に夕日が沈んでいくのが分かります。辺りに残っていた残骸はどうやら一か所に集められて焔さんが火葬したみたいですね。
「おっ、戻ってきたようだな」
「拉致? それとも交渉したの?」
シィブルさんは少々怪訝そうに聞いてきますが、私も返答に困ってしまいます。
「交渉……というべきなのでしょうか……」
「……オッケー。何となく分かったわ」
シィブルさんは私たちの態度から概ねを察してくれました。
「それよりも状況の説明をしますね」
まずは私たちが見聞きしたものを皆さんに伝えて共有します。勿論、義兄様も加わっていただきご自身の認識をして頂きます。
「……俺がアジェンドの王子?」
「はい。アジェンド城に帰還すれば魔法による治療も可能でしょう」
「物理的な方もあるけどね」
「……そっか」
シィブルさんの方は冗談として苦笑い気味に受け流しましたね。
さてと、ここにいてもゴウルと戦闘になる可能性が非常に高いので場所を移動し、落ち着ける場所で話し合いましょう。
「では、転移しますね」
周囲に魔法陣を展開し、視界が白くなります。再び目を開けるとそこはアジェンド城の城門前です。
「うおっ!?」
「へっ!? お、王女様方!?」
あっ……私が転移出来ることは知らないのでしたね。それに急に転移して出現してしまったため城に入ろうとしていた皆さんも驚かせてしまいました。
「馬車を頼みます。ネーティスから借りているものですので丁重にお願いします」
「は、はい」
兵士さんたちに馬車を任せ、私たちはお城の中へ入っていきます。義兄様はイムリスさんに任せて――……腕をしっかりと組んで逃がさないようにしていますね。あちらはお任せしておきましょう。
私たちは皆さんが居るであろう場所、謁見場へとやってきました。
中には義姉様とアマデウスさんがいますね。その隣にはお父さんが立っていて何かの会議をしているみたいです。
真っ先に私たちに気付いたのはお父さんですね。
「おや、ニーマたちが戻ってきたみたいだ」
「はい。ネーティスに出現した超巨大生物ゴーラストを討伐してきました」
そう報告するとお父さんは少々意外そうな表情をしました。
「ふむ……アレを倒したか。ゴーラストは超再生をする生物のため苦戦すると思ったが、よくやってくれた」
しかし、とお父さんは続けます。
「その近くに次元断裂があったと思うが――そこに隕石をぶつけたのはニーマか?」
「それは私だと思います」
隕石招来のことですね。やはりお父さんには分かってしまうみたいです。
「ふむ。……うむむ」
ですが、何故かお父さんは悔し気に呻いています。
「お父さん、どうしましたか?」
聞くとお父さんは少し視線を逸らし、何かを悩んだ後に視線を私たちへと向けました。その表情は困惑と悔しさみたいなものがあります。
「……才能というべきか、末恐ろしいな。……余たちは今、次元断裂を封じるために次元技という技術を習得中だ。これを今使えるのは神々を引いても数少ない。リンたちも存外苦戦している」
「は、はい?」
あまり要領を得ない前置きに私は首を傾げてしまいますが、義姉様とアマデウスさんは何故か驚いていますね。
「つまり、だ。ニーマの魔法には次元断裂を封じる力があるのではないか、というのか余の推測だ。実際に見ていないため確証はないが――後で一緒に来てもらうぞ。もしそれが実証されれば今後ニーマには余と共に最前線に出て貰う。良いな?」
その口調は確定事項を繰り返すようであり、同時にお父さんたちの力を持ってしても次元断裂を封じられていないという事実が伝わってきてしまいます。
「はいっ」
返答は強張ってしまいましたが、それを見てお父さんは微笑みました。
「そう緊張しなくても無理をさせるつもりはない。それに、リンたちもニーマの姿を見れば奮起を促せるであろう」
そう言われて少し緊張がほぐれたような気がします。
「さて、問題はエンタールの方か」
お父さんの視線が義兄様に向き、空間から右手に長杖を取り出しました。そのまま近寄って義兄様の頭部に杖を押し当てました。
「な、何を?」
「案ずるな。悪い箇所を治すだけだ」
杖を起点にして魔法陣が展開し、お父さんの体からは聖気が発せられます。魔法陣は頭部、身体、足元の三か所に移動して周囲には小さな光の玉のようなものが集まってきます。
しばらくすると魔法陣が消え、光の玉も消えてしまいます。同時に義兄様の体から力が抜けるのを感じ、義兄様の体が前のめりに倒れます。それを見てお父さんは片腕で支え、イムリスさんも駆け寄って義兄様を支えます。
「ふむ……一時的な記憶領域の制限か」
お父さんは納得したようですが私たちには何のことなのか分かりません。
「どういうこと?」
涼音さんが問うとお父さんは私たちを一瞥し、その視線は呆れのようなものを含んでいます。
「前提としてエンタールには神の力、加護が備わっている。それも複数だ。神の加護を受けた者は人類の枠組みを外れた超人と化す。しかし元が人間であるが故に長時間の使用は肉体と脳に大きな負担をかける。要するに戦い過ぎというのが今回の結論だ」
「そうか、あの時の……」
義姉様の呟きに私は先日の義兄様たちが敵陣に突撃したことを思い出します。その時に義兄様は神々から加護を授かったらしいのですが、今回はそれが原因のようですね。




