第三百六十六話 捜索
グラたん「第三百六十六話です!」
バベルさんの方へ視線を向けると彼は改まって私たちに礼をしました。
「改めてこの度の件に尽力して頂きありがとうございました。せめてものお礼ですが武器のメンテナンスと瀬露さんの診療、それと全員分の着替え一式と食料等々を手配しております」
「ご配慮感謝します」
「それで……とても聞きにくいのですがエンタール様は如何なされたのでしょうか?」
「私も詳しくは分かりませんが、焔さんとは別行動で動いているみたいです。此方の戦闘は終わりましたので皆さんの休養が取れ次第、探索に移る予定です」
バベルさんはそれを聞いて目を瞑って少し考えた後、何かを思いついたように目を見開きました。
「突然ではありますがニーマ様は『リンク』という通信装置を御存じでしょうか?」
「はい。STの通信技術によって開発された長距離通信のことですよね」
今では国家間を繋ぐ一大技術となっている通信魔法です。これは貴族間だけでなく冒険者ギルドにも使用が許可されており、一般人でも離れた相手へ手紙を送ることが出来るようになったと言われています。
しかしバベルさんが言っているのは『通信装置』です。リンクというのは元々魔法であったことも私はお父さんとお母さんから聞いています。
バベルさんは紙とペンを取り出すと羊皮紙に手早く何かを書き綴りました。
「ここだけの話ですが、元々リンクという通信魔法は極一部の者にしか伝えられない魔法だったのです。その起源は竜族であり、竜族と仲良くなった人間から我々へと伝えられたのです。その効果は自身が許可した人と魔素を経由して通信が出来るというものです。これがあればニーマ様方は離れていても個人的に通信が可能となります」
バベルさんは話してはいませんでしたがロンプロウムでは全国土共通で通信魔法と装置に制限が掛けられています。通信装置の個人使用は国王または女王以外は国家条約で禁止されていますし、元の起源である通信魔法も一般公開はされていません。貴族や王族間でも知る人はほとんどいないと言ってよいでしょう。
それは私も例外ではなく教えて貰えていません。
「そんな貴重な魔法をよろしいのですか?」
「ええ。先の件で裏口を合わせて頂いたこともありますし、何よりも命の恩人です。勿論、悪事には使用しないでください。お教えしたことも他言無用でお願いします」
教えた方は最悪の場合、処刑されてしまいますからね。受け取った方は使用しても魔力鑑定以外は証拠が残りませんから立証が難しいため知らぬ顔を通せてしまいますので、使用した結果悪事が発覚したら厳しい罰が待っています。
「分かりました」
「なになに? うぐぐ……」
バベルさんから羊皮紙を受け取り、涼音さんも私の手元を見ますが魔法の使い方を見ると頭を押さえてしまいました。
「涼音さん、大丈夫ですか?」
「あ、うん。私、勉強苦手だからそういうの見るとちょっとね……」
元々ゴウルと戦うことが最優先でしたから勉学はある程度で良かったのでしょう。苦手だったとしても涼音さんくらいの強さがあれば勉学の必要はなかったのかもしれません。
私は羊皮紙から構築式を読み取り、習得すると羊皮紙を異空間収納に仕舞います。
それを見てバベルさんは驚いた表情になりますが、すぐに微笑して敬礼しました。
「では、本時刻を持って作戦の完全終了とします。私もエンタール様のご無事をお祈りしております」
「バベルさんもお元気で」
「じゃ、行こうか!」
涼音さんに連れられて私たちは部屋を退出し、やや駆け足で瀬露さんたちの元へと向かいます。ですが――。
「んっ……」
走っていると不意に視界が揺らぎ、立ち眩みを起こしてしまいます。
「ニーマ? どうしたの?」
「だ、大丈夫です。ちょっと疲れが出てしまったみたいです」
「あ、そっか。私たちはともかく、ニーマは徹夜だもんね」
と言って涼音さんは私に背を向けてしゃがみます。
「ベッドまで運んであげる。さ、乗って乗って! 遠慮なんてしないで!」
本当なら自分の足で歩きたいところですが……立っているのも難しそうですし、ここはご厚意に甘えましょう。
「すみません、お願いします」
「えへへ」
その背に体を預けると涼音さんは立ち上がり、私を運んでくれます。
人肌の温かさと柔らかさに包まれ、私は安心感を覚えて目を閉じます。そのまま意識は暗転してしまいました。
何処からか声が聞こえ、目を覚ましました。随分と寝てしまったみたいですね。
目を開けるとそこは貸し出されていたコテージのようです。室内には料理の香ばしい匂いが立ちこめており、ちょっとお腹が鳴ってしまいます。
「あっ、起きたみたいだね」
近くには涼音さんがいるみたいで、体を起こして確認します。どうやら話し声は涼音さんたちがお喋りしていたみたいです。
「はい。御迷惑をおかけしました」
「あのくらいどうってことないよ。それより瀬露もさっき起きたんだよ」
「うん。皆のおかげ。ニーマ、ありがと」
瀬露さんも無事に意識が戻ったみたいですね。
「いえ、無事で何よりです」
この場にいるのは二人だけみたいですね。そう思っていると焔さんたちがコテージに戻って来ました。
「起きたか」
シィブルさんは私を見ると少し思案するような素振りを見せました。
「これで全員復活ね。……瀬露、悪いけど焔を外に出しといてくれる?」
「了解」
「え? は?」
瀬露さんは何かを察したらしく焔さんの腕を引いてコテージを無理やり退出させられました。
「えっと……?」
その行動に私は首を傾げてしまいます。
「とりあえずシャワー浴びて着替えていらっしゃい。その間に昼食を用意しておくわ」
言われてみると昨晩の戦闘で疲れてそのまま眠ってしまったので少し臭うかもしれません。
「分かりました」
タオルと着替えを受け取って私は備え付けの浴場に入っていきます。
シャワーを浴び終わり、水滴をタオルでふき取って髪を乾かします。髪の毛は戦闘中に邪魔になりますのでセミロングが好ましいです。最後に散髪したのは三か月ほど前なので整えてしまいましょう。
風魔法と水魔法を併用して余分な髪を落とし、シィブルさんにも手伝ってもらい調整して貰います。
室内に戻ると昼食の用意が出来ており、焔さんの顔には何故か斬撃跡が刻まれていました。
「お待たせしまし……た? 焔さん、その傷は……?」
「気にしないでくれ」
「これは焔が悪いから気にしないで」
二人にそう言われては私から追及するのは野暮でしょう。視線をイムリスさんたちの方へ向けると涼音さんがそれに気付いて笑みを見せてくれます。
「今日の昼食はイムリスが作ってくれたんだよ!」
「はい。エヌさん直伝の美味しいランチです!」
イムリスさんは元々料亭の娘さんですので料理はお手の物ですね。
「それは楽しみです!」
席に座り、昼食を頂きつつ談笑します。今日の事、瀬露さんが目覚めた時の様子と経過観察、焔さんの顔の傷など他愛のない話題が飛び交います。
その内容から皆さんがわざと義兄様についての言及を外しているように思えます。
昼食を食べ終わって片付けを終えると誰ともなく席に戻り、先程とは変わって真面目な表情で待機します。
「――じゃ、そろそろ今後の方針を決めましょうか」
開口を切ったのはシィブルさんです。
「皆分かってると思うけど、現在進行形でエンタールが行方不明よ。その原因は焔との別行動らしいけどそれ以上のことは分かっていないわ」
「あいつはそう簡単にやられない。探索するなら最後に向かったフェリアル海岸を探すのが良いだろうな。もしかすれば移動の道中で会うかもしれない」
シィブルさんと焔さんの提案に私たちは肯定します。義兄様が私たちの中では頭一つ抜けて強くなっているのは知っていますし仮にゴウルの群れに襲われても単独であれば包囲を脱出することは可能でしょう。
「決まりね。移動は乗ってきた馬車があるからそれを使うわ。御者は瀬露、私、焔、イムリスのローテーションで行うわ。ニーマと涼音は周囲の警戒と発見をお願い」
「分かりました」
「おっけー!」
すべきことが決まれば私たちの行動は早く、折り畳み式魔導コテージを畳んでい空間収納に入れ、断崖の出口に用意してある馬車に乗り込みます。
移動魔法を併用してもここからフェリアル海岸までは約半日はかかります。
その道中にはゴーラストの進行によって滅ぼされた(その原因は焔さんですが)町があります。西門にも回ってみますが焔さんが抜けたことによって部隊は全滅し、ゴウルに食い荒らされた冒険者さんたちの死体があります。街壁に残っていた隊長のケイラさんも死亡が確認され、死人アンデットや骸骨スケルトンなどの魔物にならないように一か所にまとめて火葬します。
それが終わると私たちは再び移動します。その道中に義兄様らしき人物は見当たらず、居るとしても野生の動物や鳥くらいです。
ガラガラという音を立てて馬車はフェリアル海岸へとやってきました。ここもゴーラストの進行によって犠牲となった人たちの骸があり、遺骨が海岸に散乱しています。
「探知します」
私は探知魔法を使用して周囲を探しますが義兄様の魔力反応はありません。
「――こっちです!」
報告すると突如イムリスさんが鼻を鳴らして何かに気付いたように路上を走って行きます。その様子を見て私たちも馬車から飛び出します。
「涼音と瀬露と焔は馬車をお願い!」
シィブルさんの制止に焔さんたちは頷いて飛び出そうとする動作にブレーキをかけます。返り、私たちは先を急ぐイムリスさんの後を追いかけます。
馬車から約400m離れた場所にイムリスさんは蹲っていました。
その周囲には義兄様が倒したと思われるゴウルの残骸と雷撃跡、爆発跡があります。現場を覗き込むとイムリスさんの目の前には義兄様の聖剣イクス・ターンが転がっており……恐らく義兄様のものと思われる衣服の切れ端や血肉が飛び散っていました。
「ううう……ぁぁぁぁ!!」
一体ここで何があったのか私たちに知るすべはありません。私は嗚咽を漏らすイムリスさんの背に手を当て、私も小さく呻いてしまいます。
「……エンタールは……そう……」
シィブルさんも状況から察してしまい、踵を返します。
しばらくするとイムリスさんは泣くのを止めてイクス・ターンの柄を持ち上げました。持ち手ではないことから聖剣は引き摺るようにしか動かせませんが何とか異空間に収納します。
「ちょっと良いかしら?」
馬車へ戻ろうとすると周囲の偵察に向かっていたシィブルさんが私たちを呼び止めました。
「どうしましたか、シィブルさん?」
「周囲を見てきたけど色々分かったことがあるわ。まず、一つ確かなのはエンタールが死んでいないということよ」
その言葉に私とイムリスさんは思わず目を丸くしてしまいます。
「どういうことでしょうか?」
「向こうの壁に血文字で『俺のことは心配するな。這ってでもアジェンドに帰る』って書いてあったわ」
「その場所に案内して貰えますか?」
「ええ」
シィブルさんには失礼になってしまいますが、確かな手がかりであれば私たちも視認しておきたいです。
案内された先には確かにシィブルさんが言ったように書いてあります。状況とイクス・ターンからして間違いなく義兄様でしょう。その傍には大量の血痕がありますが点々と続いているのが分かります。
「そしてこの足跡ね」
シィブルさんが指差す方向には義兄様と思われる足跡と他に二人の足跡が続いています。道なりに続いているということはこの先にある町か村に義兄様がいる可能性は高いでしょう。
私とイムリスさんは顔を見合わせ、同じタイミングで頷きあいました。
「戻って焔さんたちにも伝えましょう。捜索は続行します」
「ええ。そうね」
私たちは駆け足で元来た道を戻りますが、その道中の浜辺に巨大な蛙みたいな生物も倒されているのが見えました。他のゴウルとは違って一際強い印象を受けます。
「シィブルさん、あれもゴウルなのでしょうか?」
「ええ。私もあれを見た時はちょっと正気を失いかけたわ。あの辺に重なってるのって全部ゴーラストなのよね……」
……私が全力を出し切って倒したゴーラストを義兄様は一人で倒していたようです。
「それに加えて三千体以上のゴウルを屠るなんて……確か涼音も前に単独で五千だか七千体のゴウルを倒していたっけ……?」
「流石エンタールね」
イムリスさんも義兄様が生きているかもしれないことを知って先程より顔が明るくなっています。
馬車まで戻ってくると特に襲撃はなかったらしく焔さんたちは雑談をしていました。
「戻ってきたね。どうだったの?」
「実は――」
説明は私とシィブルさんで行い、義兄様が生きているかもしれないということとこの先にある町や村を捜索してみたいということを話しました。
「分かった。なら、すぐに向かってみよう」
焔さんたちの同意を得て私たちは馬車に乗ってこの先にある場所へと向かっていきます。




