第三百六十五話 ゴーラスト戦線・終結
グラたん「第三百六十五話です!」
「うっ……」
あまりの酷い光景にイムリスさんは直視を避け、私もちょっと視線を逸らします。それでも骨を断つ音や繊維を引き千切る音は嫌でも聞こえてしまいます。
「当たり、みたいだな」
焔さんの小さな呟きが耳に入り、嫌々ながらも視線を向けるとやはり凄惨な光景になっていましたが、同時に焔さんが瀬露さんを抱えていました。
イムリスさんも其方を向き、吐き気を堪えつつ私たちは焔さんたちの元へ駆けつけます――が、侵蝕の影響なのか瀬露さんは衣服を何も身に纏っていません。
「と、とりあえず私の上着を!」
「外套を腰に当てるだけでも多少は良いでしょうし……」
体を軽く水洗いして風魔法で乾かし、イムリスさんは腰に巻いていた薄い上着を着せて私からは羽織っていた少し大きめのローブを着せてあげます。ちなみにですが私はローブの下はちゃんと半袖とショートスカートを履いています。空中戦も考えてホットパンツも着用しているので問題ありません。
その間に焔さんは瀬露さんの首筋と手首に手を当てて脈を図っていました。
「意識は無いが脈はあるな」
そこから目、口、呼吸を確認し、最後に胸に耳を当てて心音を確認しています。
「大丈夫だな」
念のため私とイムリスさんも脈を確認して安堵します。
「向こうは――」
もう一つの戦場に視線を向けると涼音さんもチャージを止めて最前線でゴーラストを食い止めているみたいです。
「瀬露さんは私が運んでおきますから焔さんとニーマはゴーラストをお願いします」
イムリスさんが率先して瀬露さんの護衛を申し出てくれましたので私は肯定します。
「分かりました。お願いします」
焔さんはすぐに返答せずに迷っていますが、数度戦場と瀬露さんを交互に見ると最後にイムリスさんに視線を向けました。
「……頼む」
「はい!」
私たちは立ち上がり、最前線へと急ぎます。
「ニーマ、遠慮はしなくていい。最大火力で消滅させるぞ」
「分かりました。遠慮しません!」
私が頷くのを見ると焔さんは両腕と両足に炎を纏わせて加速し、涼音さんたちの元へ駆けつけます。
「涼音たちは一旦下がって砲撃用意! シィブル、奴の再生を止めるためにも体積を削る! 最大威力の攻撃で行くぞ!」
『了解!』
二人も焔さんが来たのを確認し、兵士さんたちも涼音さんと一緒に戦線を後退します。それと同時に最後方の魔道兵器が再びチャージを開始して涼音さんの到着を待っています。
焔さんの腕が高く掲げられて異形の物に変化し、巨大な爪を作ります。そこに蒼い炎を纏わせて一際巨大化した蒼炎の爪がゴーラストに向かって振り下ろされました。
「獄炎蒼十字!」
巨大な爪が胴体に直撃するとそこからゴーラストを十字に貫くような蒼炎が上がりました。
「業火滅却!」
更に体内から外に向かって熱を放射しているらしく、離れている私たちにも分かるほどの熱風が吹き荒れます。その熱量は摂氏1万度にも匹敵すると思われます。断崖を見ると炎で融解して溶岩のように赤く輝いています。
恐らく常人なら近づいただけで蒸発してしまうでしょう。
「はぁああああああ!!」
ですが聖気を纏っていればその熱量にもある程度は対抗できます。シィブルさんは助走を付けて断崖から跳躍し、MOSRを最上段に構えて今持っている全ての聖気を注ぎ込んでいます。
「せやぁっ!!」
裂帛の気合と共に刀が振り下ろされ、聖気を乗せた一撃がゴーラストの頭上を容易く切り裂いていきます。そのまま真一文字に振り落とされ、コアがあった位置を通過して胴体の半分ほどにまで届くとシィブルさんの聖気が急激に失われました。
「転移!」
私は事前に用意していた転移魔法をシィブルさんに向けて発動し、私の背後へと戻します。
「な、ナイス、ニーマ」
よく見ると焔さんの熱量を凌ぐために僅かばかりに聖気を残していたようです。しかしまだ私たちの攻撃が続くことを考えれば転移させたのは正解でしたね。
「シィブルさんもナイスです。凄まじい一撃でしたよ」
「あとは任せるわよ」
「はい!」
焔さんも最大火力の熱量をぶつけ終わって大きく後方に跳躍します。次は私ですね。
ですが恐らく聖気を込めた天罰ネメシスでは私の最高の一撃とは言えないでしょう。そんな魔法を発動してはシィブルさんや焔さんに顔が立ちません。
――前に聖気習得と邪神対策会議を行った際にエヌさんが邪神つまりお父さんが使用していた魔法について教えてくれました。天罰、神王の紫電槍、聖十字の輝き(グランドクロス)など、それを模倣した攻撃を私たちは習いました。しかしその魔法の中でも再現不可能だった魔法があります。
それは破滅の星屑という地上に落ちると同時に大爆発を引き起こす流星群です。これの下位互換として流星群という爆発はしない代わりに魔力効率が良い魔法があります。この流星群を更に細分化した魔法、私の魔力であれば何とか発動可能な魔法を使います。
「すぅ……」
外部から体内に溜め込んだ魔力を聖気と共に両手を前に出して正面へ押し出し、前々から創作していた魔法陣を展開します。お父さんが使っていなければ思いつくことは無かった魔法です。
「ふー……」
発動に必要な工程は五つあり、まずは射程と速度の拡張をします。これをしないと着弾地点が私に設定されてしまいます。速度は視認できない程度です。次に異空間を経由するための転移魔法です。これによって隕石を持ってきます。三つ目は筒です。イメージは魔道砲で隕石を球と仮定します。四つ目は動作の安定をします。これによって真っ直ぐ飛ぶように調節を施します。最後に発射の工程です。発動の設定を魔法の名称にします。
魔法陣が完全に展開され、この間は約2秒ほどです。私は少しだけ息を吸って視線をゴーラストへ向け、叫びます。
「隕石招来!!」
私の視界は巨大な隕石で塞がれてしまいますが構いません。発射から直撃まで約ナノ1秒くらいでしょう。正面にあったはずのゴーラストの巨体は――上半身が吹き飛んで無くなっており、隕石は何処かへと飛んで行ってしまいました。次いでバチン、という火花が起こったような大きい音が鳴りましたが心当たりがありません。
「や、やったか?」
誰かが呟きますがこれでゴーラストが倒されるようであれば涼音さんたちは苦労なんてしなかったでしょう。
「いえ、まだです」
ゴーラストの上半身から白い触手のようなものが上方に向かって伸び、上半身の再生を試みています。
「遅い、が……」
近くまで戻ってきた焔さんがゴーラストの再生を見て呟きますが私たちは渾身の一撃を見舞ってしまったのでこれ以上は攻撃出来ません。
ですがゴーラストも限界に近いらしく腕を伸ばして断崖に組み付いて私たちと同じ土俵に立ちました。姿は先程と同じですがその大きさは推定8mほどです。
「ォォォォォ……」
そこから動いて此方に向かおうとしますが一歩踏み出すとベチャッという泥沼を踏んだかのような音が聞こえました。
「水竜の束縛!」
「ォォォ!?」
この声はイムリスさんですね。声がする方向は涼音さんたちが待機している場所みたいです。これを機に焔さんはシィブルさんを担ぎ、私は最低限回復した魔力を使って飛翔し、背後の射線上から退きます。
そのゴーラストの体には水の鎖が巻き付いて動きを大きく制限しています。
「今です!」
「ありがと、イムリス! いっけぇええええええええ!!」
避けて、側面から発射された高威力の魔道砲の光がゴーラストに直撃を確かに視認します。次いでゴーラストは光の中へと姿を消し、残ったのは放射による分散した魔力だけです。
少しの静寂の後、焔さんが何かを発見したようにゴーラストが居た付近に飛び掛かって炎を纏った拳を叩きつけました。その音は静寂の中に響き渡り、やがて焔さんは立ち上がって高々と拳を掲げました。
その姿が何よりも雄弁に私たちの勝利を物語っていました。
『お、お、うおおおおおおおおおおお!!』
一人、二人と兵士さんたちや冒険者さんたちが声を上げ、断崖に高らかな勝鬨が上がります。私もシィブルさんも一息を付きます。
「はぁ……疲れたわね……」
「お疲れ様です、シィブルさん」
「ニーマもお疲れ様。――んっ」
チカリと私たちの目に眩しい光が入ります。其方の方向を見ると夜が明けて朝の陽が昇ってきていました。
「まずは一段落かしらね……」
朝日を見つつシィブルさんが呟き、その視線がまだ自体が終わっていないことを示しています。そう、まだ一段落しか付いていないのです。
「だけど、ちょっと休憩しましょう。瀬露のことも気になるし」
「はい」
こうしてゴーラスト戦線は終わりを告げたのでした。
それから3時間ほど経った後のことです。
焔さんとシィブルさんは仮眠を取り、余力のあるイムリスさんは瀬露さんに付き添い、私は戻った聖気で体を活性化させて涼音さんと一緒に指揮官であるバベルさんと対面していました。
「まずは今回の件について深く感謝致します。ニーマ様たちの活躍が無ければあの怪物の手によってここは壊滅していたでしょう」
「うん! 焔たちにも伝えておくね!」
「お願いします」
涼音さんの言葉に私も微笑していましたが、ここからは本題です。バベルさんも表情を引き締めて喉を鳴らしました。
「さて、ここからについてですがエンタール様のお言葉通りに私たちは早急に撤退します。しかし懸念もありまして、私たちがネーティスに戻ったとしてエンタール様が不在となってしまった以上、城内に入れない可能性があります」
元の発端者が義兄様であるため、その義兄様がいなければネーティス女王様は善意に付け込んで見殺しにしたのではないかと追及することでしょう。その場合、城内に入れないどころか追放か何らかの処分もあり得ます。
「分かりました。その件に関しては私からお話を通しておきます。女王様と連絡できる手段の用意をお願いします」
そういうとバベルさんは少し気まずそうに頬を掻いています。
「お恥ずかしい限りですが、既にご用意があります。女王様にも緊急の要件と称して謁見を申し出ております」
……確かに、『私ならそう言ってくれるだろう』ということを先読みして用意していれば気まずくもなると思います。ですがそれだけ必死なのだということは分かりました。
「少々お待ちください」
バベルさんは立ち上がって隣の部屋へ移動し、STの通信機器を私たちの前へ持ってきます。ディスプレイ画面は既に立ち上がっており、ちょうどネーティスの謁見場へと入ったところみたいですね。
『女王陛下、フェリアルの指揮官バベル・ランチェースから緊急の通信です』
『ええ、良いわよ』
画面の背面からにはなりますが彼女はネーティスの第八王女だったアイリス様ですね。元々腹黒いと噂はありましたが……。
バベルさんは女王様を前にすると立ったまま姿勢を正し、胸に右手を当てた騎士の礼を行いました。
「お久しぶりです、女王陛下。バベル・ランチェースにございます」
『様式的な挨拶は良いって言ってるでしょ? 時間の無駄よ。で、用件は?』
そしてこの王族貴族とは思えないような効率を重視した話し方も良くも悪くも評判です。その点、義兄様とは気が合うのでは? と私は密かに思っていたりします。
「はっ! 此方の戦線についてですがエンタール様たちの御活躍によって超巨大生物を討伐致しました」
おおっ、と画面の向こう側から騒めく声が聞こえてきます。しかし女王様の視線は少し細められます。
『それだけ、ではありませんよね?』
「はい。つきましては戦線からの撤退と城内への帰国を御許可頂きたく存じます」
女王様は眉を僅かに吊り上げましたがそれ以上のことは表情に出しません。画面から聞こえてくる声は『問題ないのでは?』『これは勲章物ですな』という貴族たちの声があります。
『良いでしょう。許可します』
バベルさんの方を見ると心なしか安堵した表情になっていました。
『ただし王子エンタールから直接報告を聞きます。貴方のことですからそこに同席しているのでしょう?』
まだ予断は許してくれないみたいですがバベルさんもそれは想定していたためか女王様に悟らせない表情のまま言葉を出します。
「それについでですがエンタール様は先の激戦で負傷し、現在は休養中です。代理としてニーマ様にお越しいただいておりますがよろしいでしょうか?」
『……良いでしょう』
一拍の間が非常に気になりますが私も役目を果たすとしましょう。バベルさんは画面を私の方に向け、私は座ったまま姿勢を正して軽く会釈します。
「略式にて失礼します。アイリス様、初めまして。ニーマ・スファリアス・クレリウスです」
『……へぇ、貴方があのニーマ・スファリアス・クレリウスなのね。世界最高峰の魔法使いと邪神に見初められた最強の勇者の子供。容姿端麗で性格も良く、魔力も最高峰で剣術も扱える……――何そのチート、羨ましくなんて無いんだからね!』
「え、えっと……」
そういうことは面と向かって言われることは今まで無かったこともあって私は返答に困ってしまいます。女王様もハッと我に返って口元に手を当てて咳払いしました。
『オホン、失礼。気にしないで頂戴』
「はい……」
恐らくさっきの言葉は本心からの言葉だったのでしょう。
『で、そうそう。さっきのバベルの話だけど本当なの? まあ、貴方が居るから事実なのでしょうけど、念のためにね。本当はまだ戦闘中で、撤退した後で難癖つけられても嫌なのよ。それが原因で国交問題になるなんてもっと嫌だからここでキッチリと話しを付けておきたいわけ。オッケー?』
「出現した生物、ゴーラストの消滅は私も確認しましたので間違いありません」
そう言って微笑んでおきます。
『……うわー、超好みのタイプだわー……』
何か聞こえたような気がしますが聞かなかったことにしておきましょう。それと女王様の頬が少し赤いのも気にしないことにします。
『じゃ、確認取れたからこの件は完了ってことで戻ってきて良いよ。城門も開けておくから急いでね』
「はっ! ありがたき幸せ! 失礼いたします!」
バベルさんとアイコンタクトで頷きあい、通信を切って貰います。……最後に『ユリコソセイギ』と何か不穏な呪文が呟かれたような気がしました。




