第三百六十一話 恋の決着
グラたん「第三百六十一話です!」
涼音を連れて部屋の方へ戻ってきた。時刻は予定通りだが、さて中ではどうなっているのか俺は知らない。
一度自分の部屋の中へと入り、シィブルたちと通信を繋ぐ。
「此方エンタール、状況は?」
『問題無いわ。今、瀬露と焔が接触してお互いに固まっている状態よ。あ、涼音が入ってきたわ』
見事にマッチしたわけだ。
「了解だ。それと涼音から上手いこと事情を聞けたんだが、どうやら涼音と瀬露の間での話し合いは終わっていて後は焔が告白すれば事態は解決しそうだ」
『あら、やるわね』
と、会話出来たのはそこまでだった。隣の部屋から廊下を貫通するような涼音の叫びが聞こえてきた。
「な、なななな何してんのホムラァァ!?」
「ち、違っ! 誤解だ!」
「押し倒されてた」
「最低ッ!」
「誤解だぶべっ!!」
ドゴッ、と鈍い音が鳴り響き俺たちは通信を終わらせて部屋を飛び出した。
「どうした!?」
「なんか凄い音が聞こえたけど大丈夫?」
まずは打ち合わせ通りお互い知らぬふりをして部屋を覗き込む。すると予定通りに瀬露がタオルを巻いた姿で風呂場から出て来ており、壁際には大きな罅と焔の遺体が横たわっていた。
「あの、何が――」
「どうしたの――」
そこへニーマとイムリスも合流し、現場を確認すると二人は知っているにも関わらず顔を赤らめた。
「義兄様は視てはいけません!」
「ダメ!」
ニーマが俺の足を払い、イムリスが腕を掴み、とても演技とは思えないような勢いで俺を一本背負いした。とっさに受け身は取ったもののイムリスたちはそんな俺を放って部屋の中に入り、焔を光の束縛で巻いて廊下に放りだした。
扉は固く閉められ、焔も少しすると目を覚ました。
「う、ううん……?」
「起きたか」
「あ、ああ。一体何があったんだ?」
「それは俺も知りたいが、概ねは察した」
作戦通りに瀬露が先に入浴して上がり、そこに焔が鉢合わせして嫌疑をかけられる。どんな偶然があったのかはわからないが現在の焔には覗き及び押し倒しの現行犯という罪状がある。そこに涼音が戻って焔をシバいたというのが事の顛末だ。
「……なあ、俺はどうなるんだ?」
恐らく修羅場モード突入になるだろう、と口を開く前に扉が開いて涼音が現れた。そして微笑もない無表情の無言のまま焔の足を無造作に掴んで冥界の入り口にも等しい部屋の中へ連れ込まれていく。
「ぐえっ」
哀れな悲鳴だ。
「エンタール、中に入って」
が、それは焔だけにとどまらないで俺にまで何故か飛び火した。イムリスに連行されて俺も中へと入る。
部屋の中はカーテンが閉められ、四方八方を女子で囲まれている。焔は部屋の中心に座らされ、俺もその横に並べられた。瀬露の方を見ると着替えは終わっているようだ。
「じゃ、弁明を聞かせて貰おうかな」
焔を一瞥すると非常に気不味そうな表情をしている。ならばここは俺から言わせて貰おう。俺はこの修羅場に一枚噛んでるけど中心にいるのはおかしいからな。
「まず俺の無罪と待遇の改善を要求する」
「エンタールは黙ってて」
酷ェ……。口にガムテープを張られ無理やり黙らされる。体は拘束されたままなので仕方なく胡坐を掻いて様子を見ることにする。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
全員の無言ほど空気が悪いものはない。焔たちだけでなく俺たちだって下手に発言しようものなら今回の責任を被ることになる、そんな空気だ。
「じゃあまずは状況の整理から始めましょうか」
そんな中で沈黙を破ったのはシィブルだ。
「私が見た限りだと廊下で焔が瀬露を押し倒していた。そこに涼音が来て焔を殴り飛ばした、で合ってるかしら?」
「……うん」
「あってるよ」
瀬露と涼音が肯定し、焔もこれを突破口にするつもりなのか少し息を吸った。
「誤解がある。押し倒してしまったのは事実だが、それは瀬露が脱衣場から出た時に足を滑らせ、助けようと手を伸ばした結果として押し倒すような形になっただけだ。そもそも俺はドアをノックしたし瀬露も返答した。が、ドアを先に開けたのは瀬露だ」
「本当、瀬露?」
「うん」
瀬露が肯定したことで状況の誤解については解けたな。
「焔と一緒に入ってみたかったから」
――場の空気が固まった。
そのシナリオは俺は考えていない。シィブルにも視線を向けるとアイコンタクトで否定された。ニーマ、イムリスも違うということはアドリブか。
「な、なぁっ!?」
驚愕したのは涼音だ。普段はあまり喋らず大人しい瀬露の大胆な行動と好意を惜しげもなく晒されればそうもなろう。
焔を見てみると流石に呆れている様子だ。
「あ、あのな、瀬露。いくら俺と言ってもそういうのは良くないと思うぞ」
「焔なら、何されても良い」
それを聞いた涼音はガタンと音を立てて立ち上がり、一つ呼吸をして座りなおした。焔も動揺して挙動が怪しくなっている。
「ちょっとホムラ、まさか瀬露に気があるの? 私じゃ不満だったってこと?」
「い、いやそんなことは――」
「ある。焔は私の方が良い、よね?」
瀬露が焔の傍に寄って焔の腕を奪い密着する。しかし今まではそんなことしたことなかったのか顔が真っ赤になっている。
「ヤダ?」
それでも攻撃の手を緩めないのは流石というべきか。慣れない上目使いまでして焔に迫る。
「ホ~ム~ラ~?」
が、正面からは遂に仁王立ちとなった涼音が拳を鳴らして立ちはだかった。
「はっきりして」
「ね、どっちが良いの?」
逃げ場は無い。逃げようとしても絶妙な位置にシィブルたちがいるため何処に動いても確実に一拍は遅れる。その隙に二人が捕まえに動くだろう。
「そ、それは……」
焔はもう答えが出ているはずだし、一言で済む問題だということも俺は知っている。
「――分かった、白状しよう。涼音、俺は瀬露の気持ちにも応えてやりたい」
全員が待ち望んでいる答えを、焔は言った。
「……へー」
が、さっき聞いたはずの内容とは真逆に涼音はゾクリとするような冷たい声色で呟いた。確かに状況的にはそれが正当性のあるものだが、拳が飛んでくれば位置的に俺も巻き添え食らう嵌めになる。
「無論これが俺の身勝手な我儘であることは承知している。だがこれ以上この関係を続けていることも出来ない。もし、涼音が嫌であればその時は後腐れの無いようにしようと思う」
「一応聞くけど、どういう風に?」
焔は一切の感情を押し殺し、体から炎を噴出させて光の束縛を壊して立ち上がった。
「瀬露を殺す」
その予想外の一言に俺も束縛を破壊して身構え、全員が臨戦態勢へと移行した。涼音も警戒し、冷たい視線を向けた。
「ホムラ、今自分が何言ったか分かってる?」
「勿論だ。そして俺はそれ以外方法を知らない」
焔が断言し、一歩踏み出す。同時に両者の間にシィブルが割って入った。
「二人ともその辺にしておきなさい。焔もやり方がセコイわね」
「さてな。どうするかは涼音次第だ」
態度から察するに焔は本当にそれ以外の方法に思い当たらないようだ。
涼音の方に視線を向けるとここでは引けないのか心を鬼して焔を睨んでいるが言葉が見つからないような雰囲気でもあるな。ここは助け船を出すべきだろう。
「なあ、涼音は瀬露の事をどう思ってるんだ? 瀬露も涼音と一緒で良いのか?」
今まで敢えて触れていなかった質問じらいを俺は踏み抜く。全員の半眼にも等しい視線が俺を突き刺すが引き下がらない。
「どうなんだ?」
繰り返すと先に瀬露が口を開いた。
「私は涼音と一緒が良い」
一緒で、ではなく、一緒が良い、と瀬露は言った。
次は涼音がどう思っているのか聞き出す番だ。
「私は……瀬露の事は嫌いじゃないけど……」
「なら、何に怒ってるんだ? 焔が浮気したことか? 押し倒したことか? それとも本心は瀬露のことが嫌いで憎いんじゃないのか?」
「そんなことはない!」
知ってる。そもそも嫌いなら今まで一緒にいるわけないし、瀬露に取られないように魔界に逃げてしまえば済む話だからな。
「じゃあ――本音を聞かせてほしい」
これで涼音の退路は無くなった。白状しなければ焔も瀬露も、そしてここにいる全員が納得しないし関係性に亀裂が入る。涼音は絶対にそんなことは望まないだろう。
「う……うん」
戸惑いはしたが腹も同時に括ったらしく深呼吸した。顔を上げると無表情から一転して破顔していた。
「そもそも私が怒ってるのはホムラが何時まで経っても瀬露のことを受け入れなかったこと! そしてそれを私に言ってくれなかったこと! ゴールインのくせにヘタレ! チキン!」
キレた。それはもう男として不甲斐ない焔に対して激怒していた。
「いや、それは言い出しにくいだろ……」
「問答無用! こっちはもうとっくに話終わって焔待ちだったのに! どれだけ待たせれば気が済むのさ! ホムラのバカぁぁあああああ!!」
そして号泣して脱兎のごとく部屋から出て行ってしまった。
「お、おい――」
焔も後を追おうとするがやはりヘタレ属性はあったのか二の足を踏んだ。
「えいっ」
その尻を瀬露が勢いよく蹴り飛ばした。ドガッ、と良い音が鳴っていた。
「がっ――」
「追いかける。説得できなかったら許さない」
瀬露に押されるまま焔は部屋を出され、再度蹴りの音が聞こえてようやく駆け足の音が聞こえてきた。
「――私たちも追いましょうか」
「だな」
念のためという名目はあるが今の焔の姿を見たら不安にもなる。まさかだとは思うが途中で引き返したり何処かに行方を眩ませたりということもありそうだ。
俺たちも急いで夜の町へと駆け出した。
正直な所、焔たちの意外な一面も見れて俺自身も少し驚いている。
焔のヘタレな部分、涼音のキレた時の不安定さ、瀬露の意外とも言える大胆な行動。どれも予定にはなかったことだが、知ったことでより理解し合えたとは思う。三人の気持ち自体は誰が見ても分かる通りになったし、思っていることも明るみに出た。
涼音たちを追ってやってきたのは東門の街壁の上だ。警戒していた兵士たちもそのただならぬ様子に距離を取り、俺たちが手を回して二人きりの状況を作り上げる。
焔も現着し、辺りは静まり返る。
「ここにいたのか」
「ぐすっ……ぷいっ」
ぷいっ、て口に出すのかよ。しかも向いた方向が俺たちが隠れている方だから気付かれる前に俺たちは壁際に身を潜めた。
「涼音、もう一度聞くが瀬露のことは良いんだな?」
「……うん」
「そうか。なら先に戻ってるぞ」
――あ、阿保っ!?
「……ぷいっ」
流石に淡泊過ぎるだろ。涼音も機嫌が下回ったみたいだ。
「よしっ」
が、焔は何かやり遂げたような顔で踵を返してしまい、涼音はその背に半眼を向けているようだ。
「……ちょっと行ってくる」
「うん」
アレはダメだ。俺が見てもダメだ。
焔が向かおうとしているのは俺たちとは反対側の出入り口だ。ここから俺が全速力で走れば出入口付近ギリギリで間に合うはずだ。
それは実に功を奏して焔が曲がり角に差し掛かった時に到着出来た。
「ん? なんだ、見てたのかエンタール」
「ああ、見てたさ。だがアレじゃダメだ、涼音と一緒に戻ってこい」
「……どういうことだ?」
どうもこうもあるか。
「涼音に対して淡泊過ぎるってことだ。アレじゃ本当は瀬露の方が良いみたいに感じるから、こういう場合は先に涼音と一緒にいてやるのが正解だ」
「そうなのか?」
「そうだ。今までは涼音一人を見ていれば良かったけどこれからは二人同時に相手することになる。どちらに偏愛するともう一方から刺されるぞ」
国の権力目当ての令嬢ならそっちのけでも良いが両思いが成立しているのなら原因を作った焔がしっかりしなければいけないと思う。
「それは困るな……。分かった、今日は涼音と一緒に居る」
「それが良いと思うぞ。あと、俺が助言したことは内密にしてほしい」
何故かというとそこから芋づる式に犯行がバレる可能性があるからな。
「分かった」
そう言って焔は踵を返し、俺もその背後からこっそり覗き見ると対面にいる涼音が意外そうな顔で待っていた。
「あれ? 戻ってきたの?」
「ああ、伝え忘れていたことがあってな」
明らかに連絡事項でないことは間違いないし、涼音もちょっと期待しているような表情だ。間違えるなよ、焔。
「その、色々ありがとう」
「むー、それだけ?」
その一言だけでも満足気だがもう少し甘えるような声色で涼音が告げた。
「何か欲しいのか?」
うわっ、ないわー、と何処からか小声が聞こえたような気がした。とは言っても焔は明言しないと首を傾げるので涼音が言うしかないのだろう。
「えっ、えっと……それは……んっ」
やはり言うのは抵抗があったのか涼音は赤面したまま目を閉じて顎を上げた。その意味は流石に焔も分かったらしく黙ってキスした。
10秒、20秒……多分一分くらい経った頃にようやく離れた。
この分なら後は大丈夫だろうと思い、俺は階段を静かに降りていく。出入口から出るとシィブルたちも同じ考えだったらしく途中で合流し、俺たちは各々の部屋へと戻った。




