第三十三話・魔王シャン
グラたん「第三十三話です」
嵩都「ゲートを抜けた先、そこにあったのは理想郷だった」
グラたん「魔界です」
しばらくすると魔王城が見えて来た。全く禍々しくない普通の城だ。
普通と言ってもアジェンド城の二回り小さい城だ。代わりに城壁が高い。
中に案内される。城内には亜人や魔物、魔族が闊歩していた。やがてここも勇者たちが攻めて来て戦場になるのだろう。
それはそうと此方側の文明水準はロンプロウムとそう変わらなそうだ。
武具屋や宿屋、学校に農地がある。悪くはないな。
そして魔王のいる本城に入った。
城の外見はふつうの城塞のようにも見えるが所々に剥製があったり何かの骨や武器が飾られていたりと悪意無しに良い趣味をしている。
そして足を止めたのは他よりも大きな扉の前だ。
「ついたよ。ここが玉座。魔王様が居られる場所よ」
「ふむ」
城の中、玉座の前の扉は実にラスボスがいるような雰囲気を醸し出すような禍々しさがある。
重々しい音と共に扉が開かれる。
中には幹部と思われる五人と中央席に魔王と思われる少女がいる。
他がいないのは自身の表れなのか?
正面の少女は緑髪朱眼で可愛いと元気そうなのが似会いそうな少女だ。
服は水色のドレスみたいのを着ている。
「あ、来たね。ローちゃんから報告聞いているよ。スルト」
ペシッ――隣にいた女性が魔王と思われる少女の肩を叩いた。
「痛っ! 姉ちゃん何するの!」
「何ではありません。まず名乗りなさい」
「あ、そうだったね。えっと、僕が魔王軍を統括している魔王だよ!」
バシン―――良い音が鳴ったな。それに僕ッ娘か。
「馬鹿ですか」
「馬鹿じゃないもん!」
「では阿呆ですね」
「ちがーう!」
……イメージしていた魔王と全然違う。魔王、そのままの子供みたいだ。
そう、子供特有の無邪気さと天真爛漫さが加わって良い味を醸し出している。こういう子も悪くない。
だが王としてはどうなんだろうか……。
「はぁ……オホン。この馬鹿に代わりご挨拶をさせて頂きます。この馬鹿もといこの方は魔王シャン・アーバント・カティラス様です。私は軍師をしておりますポノル・アーバント・カティラスと申します。お分かりの通りこの子の姉でもあります」
「は、はぁ」
軍師と名乗ったポノルは大変聡明そうだ。
姉妹ともあって同じく緑髪朱眼。体型はローブを着ているが、着ていてもよくわかるほどグラマーだ。
他の幹部も威厳ある衣装を着こなしている。
……俺も、もうちょっとまともな格好で来ればよかったかな?
ただの黒い外套と黒い服の黒づくめだからなぁ……。
せめて悠木みたいに鎧を着こむとかすれば良かったな。
「俺は邪神軍を統括している邪神スルトと言う者だ。今回は同盟相手として挨拶に伺った」
「ご苦労様です。バウゼンローネより説明を受けていると聞いていますので目的の方は問題ないですね」
「そうだな」
「それでは此方側の戦力についても紹介しておきましょうか」
ポノルが赤い髪をした長身の男性に目を向ける。
俺もつられてそちらを見る。
体格は良く、腰には相応と思われる剣を帯刀している。
雰囲気的には武官な感じがするが、多分頭も切れるタイプだ。
「彼は魔王軍第一位ジェルズ・ヴェカリス。軍の中で魔王様とほぼ互角の力を持っています」
魔王と互角か。だが、総合的には彼の方が上な気がする。
ポノルが次に悠木を見た。
「彼女はご存知の通りバウゼンローネ・アクイロット。第二位です」
見ると、先程とは変わって堂々としている。
変わりにしっぽが左右にパタパタと振られている。可愛い。
「その隣にいるのが第三位ベラケット・フォーブリンガル。軍の知恵袋です」
白髪の老人だ。知恵袋というからには見た目よりも年齢があるのだろう。
手に持っているのは杖だな。何となくだが参謀というよりは前線指揮をしていそうな感じだ。
「反対側をご覧ください」
ポノルに促されて反対を見る。
「第四位クリエテイスです」
黒衣を全身に纏っている。男性か女性の区別もつきにくい。
ふと視線が此方を捉えている気がしたが、俺から見ると逸らされた。
何だったのだろうか?
「そして最後に第五位のペルペロネ・オーベンクワイアット。この中では彼女が最年少です」
彼女は頭にバンダナをつけていてそれを少しずらして目にかぶせている。
身長は悠木よりも高いが他には勝てない程度、具体的には百四十cmくらいだな。
武器は見えないな。魔法使いなのか、それとも隠しているのか。
「以上が我ら魔王軍幹部面々です」
「なるほど。どなたも相応の強さをお持ちの様だ」
「ククク、分かる者には分かってしまうのが私の実力だな」
言った後に続いたのはペルペロネだ。厨二臭い。
いや、実年齢的に考えるとちょうどそのくらいになるのかもしれない。
「ペルペロネ、誰が発言を許可しましたか?」
ポノルの言葉にペルペロネが体を震わせた。
武者震いというよりは何かトラウマを持っているような震え方だった。
「構わない」
ペルペロネの顔が瞬時に笑顔になった。ただ、ポノルは呆れたように溜息をついた。
「……左様ですか」
「ええ。それに貴女方も普段通りにして頂きたい。俺もその方が気楽に話せる」
「じゃ、そうしよう!」
そして魔王も賛同した。ポノルがもう一度溜息をつく。
「分かりました。では皆さん、楽になさい」
瞬間、張りつめていた空気が解けるのを感じた。
やはり実質的な権力を握っているのは彼女なのだろう。
「ねえねえ、スルト」
「なんだ? 魔王」
そういうと魔王は頬を膨らました。
何故そうなったのか理解不能だ。
そこへ知恵袋のベラケットが小声で話しかけてくる。
「シャンは魔王と呼ばれるのがあまり好きではなくてな。スルト殿もシャンと呼んでやってください」
「そうですか。では、シャン」
頬の膨らみが無くなった。本当に子供だな。
「うん。ねえ、スルトってかなり強いよね?」
「ん? まあ、そりゃあな」
「僕と戦ってみない?」
シャンは相当好戦的なようだ。しかし彼女と戦える機会は早々ないだろうからそれもいいかもしれな―――バシン。
またしてもシャンの頭から良い音が鳴った。
「痛ッ!?」
「シャン……」
うわ、目が座って全身から殺気が漏れ出しているぞ。
確かに今の振る舞いは威厳もへったくれもなかったからな。
だが、ここは助け船を出した方が良さそうだ。
「ま、まあ、良いですよ? 同盟相手の強さ位知って置いても損はありませんし……」
「わーい」
「……すみませんね」
ポノルがこの軍で一番苦労しているな。うん。
きっと全体的に年齢が低いのも苦労の一端になっているな、間違いなく。
訓練場に来た。最もこの魔界ではフィールド結界なんていうものは無いから死ぬ可能性もある戦いなのだが……その辺は俺が見極めればいいだろう。
それに邪神の力を大っぴらに使える良い機会だ。
さて、シャンの武装は二刀だな。長さは俺のヴァルナクラムと同じ位の剣が二本。
だが、シャンの持つ剣ともなれば特殊効果や特殊スキルは付いていて当然と考えるべきだ。
「それではこれよりシャン対スルトさんとの非公式試合を開始します。勝敗は私がどちらかが手詰まりになったと判断しましたら終了です。よろしいですね?」
ポノルがルールを設けた。それを合図にお互いに剣を構えた。
俺は居合の構え。これはこの間亮平に向けたものと同じだ。ただし速さは比較にならない。
これは小手調べくらいにしか考えていない。距離を詰めるためのスキルだ。
シャンの構えは剣をクロスさせた防御型の構えだ。裏を欠いて攻撃型の構えかもしれないな。
誰かが教えたのか……それとも自力なのかはわからないが普通に見たら隙の少ない構えだ。
「異存ない」
「うん、分かった!」
「それでは――始め!」
開始と共に跳躍。
「うわっ!?」
容赦なく放たれた居合は一瞬にして距離を詰め、シャンが構えていた二刀に当たった。
一閃。そして剣と剣のぶつかる鈍い音が響いた。
やはり防御されたか。反応速度も速いな。
だが、シャンはそのまま吹き飛ばされた。居合には吹き飛ばしの効果があるからな。
……最も、これで終わるとも思えない。反撃されるのも面倒だ。
左手を広げて空に掲げる。
爆裂魔法、ラスサアル・フレアを空中に展開。その数、およそ三百。
「食らえ――」
手を降ろすと魔方陣が動き出す。魔法陣から発射されたのは赤色の光だ。
次々と射出され、その全てがシャンに向かって流星群の様に降り注ぐ。
ドドドドドドドド――――――――。
降り注いだ三百発のフレアが大爆発し地鳴りを引き起こした。
地面が割れ、草木を吹き飛ばし、城壁を抉った。
爆音が鳴り止むと土煙が立ち上がっていた。
「……ふむ、少しやり過ぎたか?」
ポノルの方を見るとまだ制止が掛かる様子はない。
このまま数の暴力で死亡寸前まで追い込んでもいいけどそれじゃつまらないな。
煙が晴れて何か動きがあるまで少し待つか。
たったこれだけで終わってしまっては興醒めだ。さあ、来い。
~シャン視点
僕ことシャンは瓦礫内にて多重の魔法を受けていた。
うう……強いなぁ……。
正直最初は威圧も殺気も無いしたいしたことの無い人だなぁと思っていた。
どちらかというと魔界ではあまり見かけない優しそうな人だった。
でも戦闘になると全然違った。豹変と言ってもいいように顔付きが変わった。
殺意剝き出し。威圧しまくり。心臓に悪い物ばかり向けられた。
この僕でさえも少し圧倒されたからね。で、その僅かな隙を突かれてこの状態なわけだ。
それにしてもすごい数の魔法だなぁ……。いくらなんでも防ぎきれないなぁ。
この内の七割位は僕の持っている右手の剣、神夢剣ジークリンデによって切っていた。
ジークリンデは魔法を切れるという効果を持っている。普通、剣で魔法を切ろうなんて思わないからね……。出来なくはないけど避けるか防御した方が良いに決まっているから。
でも僕は魔法があまり使えない。その代わり剣の腕は魔界一だと思っているけどね。
そうそう、左手の剣は神幻剣バンムンク。こっちは一撃で武器を破壊する効果がある。
これで切れなかった物はないんだから!
あ、魔法が終わったね。それじゃあ、そろそろ反撃するよ!
スルトはまだそこにいた。様子を見ているようだ。
僕は煙に紛れて飛び出した。
「ええい!」
バンムンクをスルトに叩き付ける。スルトは予想通りその剣で受けた。
大抵、剣を振られると避けるか受けるかの二択になる。
ここで避けられたら避けられなくなるまで追い込むだけだけどね。
僕の脳裏にはスルトの剣が砕け散り、スルトが驚く表情が浮かんでいた。
信頼していた剣がたった一撃で砕かれた時、皆そういう表情をしていた。
でも、今日はそれが僕の番だった。
「なんで!?」
砕けていなかった。
予想外だ。一度距離を取る。スルトはまだ様子を見ているのか動かない。
「その驚き方――その左手の剣は武器破壊の効果でも付与されていたか?」
うっ……ばれた。声と表情に出し過ぎたね。
「ははっ、残念だったな。それじゃ、行くぞ」
スルトがまた一気に距離を詰めて来た。
速い、けど対応できない程じゃない。
防ぐ。大丈夫、武器破壊が無くても戦うことは出来る。
「――えいっ!」
両手の剣から火花が飛び出す。次いで高速の斬撃がスルトを襲う。
上下左右からのほぼ同時の斬撃。二刀スキル、ホウセンカ。
だけどスルトは予想していたかのように余裕ぶっていた。
「光の盾」
スルトがそういうとスルトの目の前に文字通り光の盾が現れた。
そして斬撃が盾に当たり、僕のスキルは弾かれた。
軌道をずらしてみたりもするけどその全てを弾かれてしまった。
「どうした、この程度か?」
な、舐められている……。魔王の僕が。
「むー、なら、これでどうだ!」
二刀スキル、コロナブレイカー。二刀スキルの最上スキルで攻撃する。
最大三十七回の連続攻撃。このスキルは僕が出したい方向から出せるというお気に入りのスキルの一つ。普通は決められた方向からしか出せないからね。
「……ふーん」
だけどスルトはこの程度なのか、というような格下を見るような目で僕を見ていた。
明らかに落胆してような、そんな表情だ。
「なあ、本当にこの程度が本気なのか? だとしたら魔界もたかが知れているな。俺の知っている人間の方がはるかに強くて厄介だ」
―――――は?
僕が……僕たちがあの下劣な奴等より下?
その思考を読んだようにスルトが答えた。
「ああそうだ。魔界で最も強いのがこの程度なら同盟も考え直した方が良さそうだ。いっそ人間にこの情報を売って侵略させるのも面白そうだ。ククッ、大量の奴隷に孤児が出来そうだな」
「ふざけるなぁああああ!!!」
その瞬間、僕の中で何かが弾け飛んだ。
シャン「僕は魔王! さあ、ひれ伏すが良い!」
グラたん「さて、次回予告です。やってください」
シャン「うん! 次回、邪神スルト!」
嵩都「呼んだか、シャン。それと完全に舐められてるぞ」
シャン「あ……(今気づいた)」




