第百四十九話・調きょ――――撫でる
刻夜「第百四十九話だ」
刻夜「ちなみに奴は羞恥心から引き籠った」
刻夜「そう……計画通りだ」
夕方になり、帰宅すると姉さんが料理していた。
また濃い口かと思いきや今日は別の料理をしているようだ。
創作料理かなぁ……。
創作料理は当たりと外れが大きいからあんまり好きじゃない。
その上濃い口だった時は目も当てられない。
「あ、刻夜。ちょうど良い所に」
――ちぃ。面倒くさいことになりそうだ。
「ちょっと味見してみてよ」
言うより早くさえばしが動き、俺の口にから揚げもどきが挿入された。
「あふっ!!」
少し殺意を憶える出来立てっぷりに口が大火傷した。
「どうかしら? 美味しい?」
もきゅもきゅと食べていると熱過ぎる肉汁が舌を焼いていく。
「お、おいひぃよ」
「そう? よし、それなら完成!」
み、水……水をくれ……。
ちょうど流し台に水の入ったコップがあった。
それを素早く手に取って胃に流し込む。
「あっ……」
水は姉さんのだったのか何かを言いかけた。
「ごめん。姉さんのだった?」
「ううん。そんな大したものじゃないから」
「そう? なら良いんだけど……。手、洗ってくるね」
「うん……………………不味いなぁ……あれ、媚――」
何か聞こえたような気がしたが、扉の閉まる音に遮られた。
夕食も食べ終わり、一時のゲームタイムも終わった夜のことだ。
深夜遅く。桜も姉さんも寝てしまっている時間。
完全防音システム起動。
オート施錠確認。
対覗き迎撃装置起動。
遠視ジャミング起動。
通信妨害装置起動。
念写ジャミング起動。
その他あらゆる異能や魔法を迎撃反射する。
そんな俺の部屋で俺と白虎は二人きり。
「にゃ……にゃにするにゃか?」
白虎が俺が手を出さないことを読んでか、余裕泰然としている。
だが、それは間違いだ。
「こ、刻夜? にゃんかいつもと目が違うようにゃ……」
「フフフ……フハハハハハハハ!!」
愚かな……これが笑わずにはいられようか。
今から一時間後、この言うことを全く聞かない和風美人猫が大人しく俺の命令になんでも従うただの猫に落ちるんだからな!
「にゃ!? そんにゃ大きい声を出したら姉さんと桜ちゃんが目を覚ますにゃ!」
「アーハッハッハハハハハ!!!」
両手を左右に広げ、意味もなく偉そうに笑ってみる。
「刻夜! 一体全体どうしてしまったのにゃ!?」
白虎が困惑するがもう遅い! 貴様は賭けに負けた無様な敗者だ!
「利用するだけ利用したら襤褸雑巾のように捨ててやる!」
「にゃぼ、襤褸雑巾!? 私に、に、に、にゃ、にゃにするつもりにゃぁぁ!?」
――っと、少々エキサイトし過ぎたな。
まずは白虎に近寄り、その肩を掴んでベットに押し倒す。
「ひにゃ! こ、刻夜……ま、まさか……」
「さぁて、まぁずぅはぁぁぁ」
白虎がいつも来ている着流しを容赦なく剥ぐ。
白い肌に白い双丘が露わになり、僅かな明かりに照らされて体の曲線が浮かび上がる。
我ながら最高傑作だと思う。
「ふにゃぁ!? ちょっと待つにゃ! まだ心の準備が―――」
さて、まずは耳だな。厭らしく甘噛みしてみたり。
「うにゃっ! にゃにしてるにゃぁ」
ピクピクと猫耳が僅かに動いて抵抗してくる。
「ククク……抵抗は無意味だぞ」
そう言いつつ猫が気持ちよくなる箇所を徹底的に攻める。
「みにゃぁぁぁ……や、やめ……」
数分しただけで白虎が尻尾を股の間に挟んだ。
これは猫でいうところの敗北宣言だ。
だがしかぁし! 喉元過ぎれば痛みを忘れるが如く、この反抗期猫も忘れてしまうだろう。
なので、痛みの代わりに快楽を教えてやることにした。
というか、いつもやられている仕返しだ。
「ん……にゃぁ……も、もう無理……あぅ……にゃぁぁ……ぁん! ……んぁ……ふ にゃぁ…………ぁ、そ、そこ……はダメ、にゃぁ…………」
なんか超エロい。普段の八割増しでエロい。
でもやっているのは調きょ――――『撫で』なので全くエロくない。
「ひぁ! ん、や……ぁ……にゃん……ん! ん! も、もう……止め……て……」
「やニャこった」
そんな普段からは想像もつかないほど弱り切った白虎を見て思わず嗜虐心が生まれた。
これを止めるなんてとんでもない。もっと性的に甚振って貶めて辱めてやりたい。
――ただ、俺の方も理性が飛びかけているため注意が必要だ。
「や……んん……襤褸……襤褸雑巾……いにゃぁぁ……」
「もう遅い……お前のAIが快楽漬けに染まるまで凌辱し、俺に依存し、俺が存在意義に、理由になり、絶対忠誠を誓った後でスクラップにしてやろう!」
一瞬、俺は一体何をやっているんだろうと思った。
俺って……こんなに嗜虐性が強かったっけ?
思考は一瞬だった。そんなことよりも欲望が完全に勝った。
「……こ、こきゅやぁぁ…………す、てにゃ……いで……ぁ……ぁ!」
「フハハハハハハハ!!!」
圧倒的強者であるはずの白虎を下した征服感が快感に変わって俺を刺激する。
言葉で攻め、体に教え込み、撫でていく。
いつしか白虎は気絶していた。
……その後、俺自身もどこまでが現実だか憶えていない。
忘れよう。少なくても十八禁展開には至ってない……はずだ。
――チュンチュン
完全に起床した俺はさっさと寝間着から制服着替え、それから白虎を起こす。
「朝だぞ、白虎」
「う……ん」
白虎は少々眠そうにしながらも上半身を起こした。
「おはようにゃぁぁ……」
大きく伸び、気持ちよさそうにしている。
そして何故かこちらをじっと見て、しばらくボーとしている。
「白虎? どうした?」
流石に心配になる。ラグったか?
「ほにゃ? んん……にゃんか昨晩にゃにか凄いことがあったようにゃ気が―――」
「気のせいだな。夢でも見ていたんじゃないか?」
言い終わる前に言葉を被せて夢落ちにしておく。
俺も昨晩は何かおかしかった。異常事態だったので忘れたい。
「……にゃぁ。刻夜がそう言うにゃらそうにゃんだにゃ、きっと」
すまんな、白虎よ。
そうして昨日のことは何もなかったことになった。
平凡だ。小説やアニメのように特に事件も起こらない。
そりゃそうだ。起こったらそれは非日常だから。
だが、起きる時には起きる。それが鉄則だ。
では、それを起こすのは誰だ? 答えは他人だ。
今回は特にそうだ。迷惑極まりない。
『全校生徒諸君にお知らせします。しかも最新情報です』
授業を受けていたら、いきなりの校内放送だ。
声の主は嵩都さん。いや、朝宮先生の方が正しいのか?
『魔物出現から三か月が経過した今、近海に魔物が出現しました。なので、高等部一年諸君は現時刻を持って実習に行きます』
うん、唐突且つ超面倒くさい。
『それと、各ご家族様方に話は通してあります。実習と言っても見学程度なので気軽にして下さい。さて、学校の外を見てくれれば分かるがグラウンドには既にバスが到着しています。十分以内に支度を整えて乗り込んでください。後で点呼を取るので不参加者はすぐに分かりますが自由参加です』
説明がある間にも俺は支度を終えた。
嵩都さんについてはブーイングが来ようとも、どうせ強制連行なのは目に見えているから大人しく従っておこう。
「聖奈、準備できたか?」
「出来ているよ~」
尚、こうなるのは裏経由で分かっていたので白虎は風邪で寝込ませている。
方法? 身体機能をちょっと弄れば風になる。
しかも時限式なので本人が気付くこともない。フハハハハハハハ。
「夕夏と伸平は?」
「いつでもいいよ」
「オーケー」
伸平はもう心底嫌そうにしているから棒読みの返答になっている。
あの後、夕夏も伸平もやはり両方を選ぶことで妥協した。
そのため着実に強くはなっているが、その分で負担も多い。
そこらへんは嵩都さんが調整してくれているので相当減っているとは思うのだが。
それと、せっかくなので俺と聖奈もパワーアップ中だ。
……パワーアップというよりは適度な運動に近いけど。
「それじゃ、行くか」
校内が暴動になっているのにも構わず、俺たちは三階窓から飛び降りた。
こういう芸当が出来るのは俺たちだけだ。
クラスメイトの諸君の大半は『リ』程度まで使えるように成長した。
それでも大半だ。残りの半分は努力せずに力を得ようとした者たちだ。
効果がないとそいつらは怒り心頭だ。
高等部も今や半分に分かれている。魔法が使える者と使えない者。
こっそり調査した結果、使えない者はやはり努力を怠った者たちだ。
文句をいう権利も主張性もない。
だが、実際に努力しても上手く行かない奴もいる。
嵩都さんは生徒一人一人を良く見ているため、そういう子たちにはちょっと手助けをしていた。
努力が実を結ばないなんていう話はよくあるが、それはこの世界でも同じだ。
しかしながら、本当に結ばれないなんてことはない。
ちょっと改善してやれば簡単に結んでしまうのだ。
その逆もしかり。努力なんてしなくても使える奴もいる。俺のように。
あ、それと教師陣や少しでも使えるようになりたい二、三年生も時々、嫌々ながらも職員室の扉を叩いている。
十分が経ってバスが移動を開始した。
「で、結局乗ったのは四人だけか……」
そう、嵩都さんの言う通り五台あったバスの内乗り込まれたのは三台。
このバスに乗ったのは俺たち四人のみだ。
「合計して十七人。まあ良い方か……」
少々落胆しながらも嵩都さんは数を数えた。
「お兄ちゃん、いくらなんでも無茶ぶりだと思うよ?」
「そうかなぁ……どうも皆危機感が足りてない気がするんだよな……」
「危機感って……」
「そりゃそうだろ。魔物が、人類の敵がそこにいるのに何故皆動かないんだ? 誰かが 助けてくれるとでも思っている――からなんだろうな、結局は」
実質その通りだから俺は何もいうことはない。
「でも、今はお兄ちゃんたちがいるし……」
「今は、な。俺たちが居なくなったらどう抵抗するんだ?」
「それは……」
誰も考えてすらいないだろう。あわよくば、何とか引き留めておこうと考えるだろう。
「多少なりと強引かもしれないけど夕夏たちには死なれたら嫌なんだ。あと半年もすれば俺たちはロンプロウムに戻らなくちゃならない。その時までに何とか自立して貰わないとな」
「え、帰っちゃうの?」
夕夏が意外そうな、少し寂しそうな声で言った。
「言ってなかったか? ロンプロウムじゃ戦争中なんだよ。こっちに帰ってこれたのは 敵と冷戦状態になったからだ。半年も経てば向こうさんも体勢を立て直すだろ?」
「ん……実感沸かないけどそうなんだろうね、きっと」
そもそもその問いを夕夏に言っても分かる訳がない。
「そうだ。こっちに来たければ来ても良いが……」
「もしかして……勝てないの?」
「いや、絶対に勝てる。根拠を教えることは出来ないけどな」
「えー。勝負に絶対は――」
「あるんだな、これが」
勝手に会話していた嵩都さんが俺の方を一瞬だけ見た。
見ないで欲しい。それはそうと。
「それより嵩都さん、今回の敵について教えて貰えませんか?」
いい加減本題に入らないと到着してしまう。
「ん、ああ、そうだな。基本的に大量発生した苔の駆除だ」
「こ、苔?」
「ああ。江の島付近で大量発生したらしく、今の所はインムプルスシステムが食い止めているが周りの水産物の被害が深刻だ。幸いにも火に弱いため炎系統の魔法や異能で燃やせる。繁殖能力もないので駆除だけすればそれで終わりだ。近隣の方々にもマッチやライターで対抗して貰っている」
「変な魔物ね。でもその程度なら私たちが行く意味ないんじゃない?」
「言っただろう、大量発生したと。人手が足りないんだよ」
「……それを事前に説明すれば皆付いてきてくれたよね?」
「説明なんぞ後からでもできる。いい機会だと思ったのになぁ……」
嵩都さんが嘆くと同時に聖奈が手を上げた。
「あ、もしかして魔法が誰でも使えるというパフォーマンスをしたかったのですか?」
「良く分かったな。別に相手は苔だし命の危険性はないからな」
「なるほどね」
それからは雑談みたいになってしまった。
刻夜「次回、独裁者」
刻夜「さあ、終わり無きゲームを始めようか」




