第百十三話・ノアの箱舟
刻夜「前書きと後書きは貰ったぁ! 第百十三話だ!」
~嵩都
季節は秋風の吹く十月になった。
十月の最初にまずすべきことは秘密の身内会議だ。
ここはいつも使っている会議室だ。盗聴などは絶対させないために防御は一段と固い。
そこで今日は亮平たち王族と俺、筑笹たちを招集してこの場を設けた。
「まずは、皆、急な招集に応じてくれて感謝する」
「それで、一体何なんだ? この面子が集まるというのは相当な事じゃないのか?」
亮平が疑問をはさみ、皆も頷く。
「ああ。そうだ。こればかりは皆に決めて貰おうと思っている」
俺は一拍置いて皆に問いかける。
「皆、魔王軍と同盟を組まないか?」
『はあ!?』
そりゃ驚くよな。
「勿論、両者の間には俺が入って仲介する。先に言っておくが魔王軍は人間が嫌いだ。後藤と青葉を見れば分かるだろう」
「……嵩都。条約内容はどんな感じにするつもりなんだ?」
筑笹が立ち上がって言う。
「これも先に言っておくが、魔王軍側はもう地球への侵攻準備に入っている。それと同時にロンプロウムも制圧するつもりだ。はっきり言って魔王軍の戦力は二つの星を同時に攻めてもあり余る軍勢だ。軍を整える時間はかかるだろう」
「――ちなみに嵩都はどちら側なんだ?」
うん。筑笹は実に良い所を突いてくる。
「一度戦争が始まれば俺は魔王軍側に付く。そのための同盟を組んでしまっているからな。戦争になった際はこの城を全力で攻め落とさなければならない」
「うん? じゃ、なんで嵩都はここで魔王軍側の情報を垂れ流しているんだ?」
大典が疑問に思ったことを口に出す。
「はっきり言って俺はどちらとも戦いたくない。だからこそここで魔王軍とアジェンド城の同盟を締結して戦えないようにしておきたい。先の筑笹の質問にはこう答えよう。まず、相互の不可侵条約。交易の流通。両者が地球に行った時、こちら側は地球防衛に一切手を出さない。ただし、こちら側が必要とする人員には手を出さないかつ引き渡しには応じない等だな」
「詰まる所、この城と地球に居る家族と引き換えに地球を売る――そう解釈しても良いんだな?」
「構わない。ついでに言えば魔界にいる魔物や魔族には地球にある既存兵器は全て効かない。核や水爆なんかも含まれるため、実質的にもう負けは決まっている」
「それじゃ、STはどうなんだ?」
「魔力が含まれていれば通用する。そのため、STは有効だが――同盟を結べばST技術を地球側に売るのも禁止になる。最も、仲介役が俺のため違反は同盟の破棄とし、更に詭弁等は一切通用しないと思ってくれていい。国王様の意見も聞きたいです」
そこへお義父様も会議に参加する。アジェンド代表としての総決定権は実質的にお義父様が持っているからな。
「……確かに魔王軍と同盟をすることにはメリットがある。地球という星が無くなってもアジェンドが救われるなら……同盟を組んでも良い。この場にいる皆の家族も助けられるのならば、私は国家代表として同盟を結ばせて貰おう」
この間もそうだったがまるで『ノアの箱舟』だな。地球にいる人々は知らない内に助けられる人が決まってしまっている。
宗教も文化も関係がない俺たちが全てを決めてしまっている。
それを分かってか、お義父様は安易な決断をしていない。
「皆には悪いが、私は全てを助けようとは思わない。自分の周りの大切な人たちを助けることを選択する」
「邪神として言わせて貰うと、その判断は正しい。私情を交えぬ決断はないに等しい」
そういうと大典が肩をすくめた。
「急に邪神になるなよ。さてと、筑笹や猛たちはどうする? 仮にもSTの旗頭である俺の一存で決めて良いとも思えんからな。ちなみに俺は賛成だ」
大典がそう言い、源道たちも腹をくくったのか大典側に付いた。
筑笹はその間悩み、少し嫌そうにしながらも俺の方を見た。
「決める前に聞いておく。魔王軍が地球に攻め込み、地球側が敗北した場合、地球に残された人たちはどうなる?」
「奴隷になるか皆殺しにされるかだな」
間髪入れずに答えると後藤と青葉が記憶がフラッシュバックしたのか吐き気を催した。
悪いとは思うが話が進まないんじゃ意味がない。そして二人は退出した。
「嵩都、もうちょっと言い方があるだろ」
亮平が咎めるような視線を送ってくる。
「周りくどくしてもしょうがないだろう。こういうのはハッキリ言っておくべきだ」
「……そうか」
「それで、亮平はどうなんだよ」
「それは俺が決めることじゃない。それに結果はもう決まっているだろ?」
「そうだな」
俺は筑笹の方を向く。
「決まったか?」
「……ああ。地球の皆には悪いが、同盟を結ばせて貰う」
大勢が決した。他の皆も反対の手はなかった。
「了解した。では国王様、魔王軍との交渉には継承権第二位の田中亮平をお借りしたい。先ほども言いましたが魔王軍は人間が嫌いです。亮平ならばその点の心配がいりません。護衛にアネルーテをお願いできますか?」
「許可する。亮平、頼むぞ」
「はい。承りました、義父上」
亮平が国王に対して礼し、承り、この場は解散となった。
ちなみにだが継承権第一位はクロフィナだ。男よりも女の方が政治的に治めやすいとお義母様の意向だ。
そのためルーテが三位、俺が四位だ。
ルーテを亮平の護衛としたのはルーテも魔力総量だけなら俺と互角に並ぶ、十分な化け物だからだ。顔を合わせておくのも悪くはないだろう。
さて、会議室を出た俺は自室に戻り、書類を書きつつポノルにリンクを飛ばす。
『はい。お久しぶりですね、スルトさん』
「久しぶりだな。今、時間空いているか?」
『はい。問題ありませんよ』
「そうか。いきなりだが本題に入ろう。先日の同盟の件が少し動いた」
『はい。こちらとアジェンドの同盟ですね』
「ああ。つい先程、こちらが総意で魔王軍側と同盟を結ぶ結論に達した。同盟内容は後程送ろう」
『分かりました。念のため内容を拝見してから折り返しリンクしますね』
「了承した。では、良い返事を待っている」
「はい。それでは」
リンクが切れた。同時に書面の同盟内容も書き終わった。
転移してムスペルヘイムで書類業務をしているカルラッハに現在の仕事を中断して貰い、同盟内容の確認と書類を送る使者となって貰った。
次に向かったのは地球だ。
地球の裏側お掃除は既に終わっているようだな。
さて、そろそろカーリュ・レミテスなる人物を発見しようか。
VR技術が先立って完成し、この冬には初のMMOがβテスターを募集するらしい。
だが、俺は思う。VRMMOの代名詞と言えばデスゲーム。
デスゲームで活躍すると言えば主人公体質や特異な奴ら。
つまり、夕夏がデスゲームに囚われる可能性は非常に高い。
と、言うわけで国家データベースをちょっと拝借してカーリュ・レミテスを探した。
はい。発見しました。すぐ近くに住んでました。
個人情報などこの俺にかかればこんなもんだ。
そんなわけで菓子折りや飲み物を買ってお宅を訪ねた。
ピーンポーン
『お待ちしてました。どうぞ』
インターホン越しに声がする。ものすごくよく知った声だ。
ん? 待ってた? 俺が来ることを知っていたみたいだな。
家の外見は普通の一軒家。内面は高度な技術が詰め込まれた化学兵器。
こんな家、絶対住みたくない。怖いわ!
中に通される。ちなみに俺は黒服に仮面をつけているぞ。
怪しさ満載のこの姿でよく先に通報されなかったと思う。
『刻夜の部屋』と書かれたその扉を叩くと扉は自動で開いた。
そう、カーリュ・レミテスは藤林刻夜君だった。
交戦の意志は無いというように足を組んでゆったりと椅子に座っていた。
「お久しぶりです。ロンプロウムは楽しかったですか?」
――は?
ちょっと待ておい。なんでロンプロウムのこと知ってんだよ。
「良いですよね……童貞卒業おめでとうございます」
オイィ!! なんで知ってんだよ!!
「ちょっと待て! いくらなんでもおかしいぞ!? 知り過ぎだろ!!」
「アハハ、そう言えば今月からハーレムでしたっけ? いいなぁ」
――やべえ。俺が理解出来ない。こいつがあの刻夜君だとは思えない。
「あ、そうそう。ここに来た理由も分かってますよ。概ねデスゲームをしないで欲しいとかそんな所でしょう?」
あかん。完全に会話のペースを持っていかれた。
「……そうだ」
「脅しは聞きませんよ。だから各国家の中心点である貴方に俺は交渉します。こんな地球はくれてやりますので俺と姉さんと妹をノアの箱舟に乗せてください。ちなみにデスゲームなんていう馬鹿げたことはしませんよ。そんなことをする必要もないです」
プスプスプスプス――――思考回路がショートしだした。
この俺が珍しくペースに呑まれた。手際の良過ぎに理解が遅れる。
少し時間を置いて思考を元に戻す。
「えっと、つまり俺を仲介して魔王軍に手を貸す――そういう事か?」
「そういう事です」
「いくつか質問してもいいか?」
「構いませんよ。時間はたっぷりと取ってありますから」
「……なんでロンプロウムの事を知っているんだ?」
「そりゃ、俺が作った世界だからですよ」
――――どうしよう。分かった。こいつが全ての黒幕だ。
しかも嘘をついてない。凄い予想外なことになってきた。
「先に言っておくと俺は転生者です。ロンプロウムを知っているのは生前に俺が作った小説の通りの時間軸にいるからです。転生は偶然ですけどね」
ここにきて転生者か―――しかもこの世界を作った作者、いわば神か。
で、その作者様が自分の作った世界に来てしまったと。
「勿論、俺が知っているのはロンプロウムでの出来事のみ。こちらの地球側の事は何一つ触れておらず、更に俺が知っているのは七月二十二日の物語が終わった所までです」
要するに知識チート期間はもう終わったということか。
いや、何の干渉もなかったからチートもしていないのか。
「その後の展開も少しは考えていたんですよ? そのための布石がこの現状です」
「なるほど。刻夜君は物語が終わった後の人生を考えて行動したわけか」
「そうです。俺たちを助けてくれるのなら、俺が用意した下地を全て教えます。特異点の居場所もです」
――話が早いわけだ。全部知っていたのならそれは尚更だ。
「分かった。君と手を組むのには十分過ぎる程のメリットがある。その願いを聞き届けよう。魔王軍側にはこちらから伝えておこう」
「ありがとうございます。では、約束通りに全て教えます」
多分、今の俺は刻夜君の手の上で見事に転がされているのだろう。
自分の考える良き未来を掴むために俺を利用するのだろう。
全く。ここまでくると流石としか言いようがないな。
この日を境に俺は刻夜君――カーリュ・レミテスの犯罪の片棒を担ぐことになった。
刻夜「次回、遂に俺の能力が明らかになる!」




