第九十九話~残酷な次期国王のテーゼ~
亮平「に、逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ」
使徒役・嵩都「チュイーン(ビーム発射)」
亮平「ぐあああああ!」
~亮平
お義父様に呼び出された俺は自宅を抜け出して城へ来ていた。
「亮平、ただいま参りました」
目の前にはサフィティーナさ―――否、お義母様が返ってきたおかげで険がだいぶ抜けてきたお義父様がいる。
傍にはお義母様や大臣、宰相などがそろい踏みしている。
「うむ、亮平を呼んだのは他でもなくこの国の次期国王として知って置いてもらいたいことがあったからだ」
そこへ謁見場の扉を叩く音が聞こえた。
「っと、ちょうど良かったようだな。入れ」
そういうと二人の仮面をつけた男女が入ってくる。
――……どこかで見たことのある格好だな。
「特務第一位ミストラル、第三位アスト、共に参りました」
アスト……ああ、嵩都か。
「って、おい!?」
「もう分かっていると思うが三位は嵩都である」
嵩都はこちらを見て頷いた。
「えっと……それで特務を知って俺をどうするのでしょうか?」
「無論、亮平は現場実習をしてもらう。詳しいことはミストラルとアストに聞くが良い」
お義父様の言葉が終わると同時に嵩都が俺の腕を捕まえた。
そしてその仮面の裏で嵩都は良い笑みを浮かべている気配がした。
連れていかれたのか地下の牢獄の看守室の奥だ。
階段を下りていくと扉がある。中は開放的かつ紅茶の香りが漂っている。
「ふぅ……やっぱり夏に仮面は熱いわね」
黒衣の彼女は部屋に着くと同時に仮面を外し、その第一声をあげた。
「えっと、始めまして血を吸わぬ聖剣使いの王子様。私は霧谷司。特務の頂点で嵩都の上司よ。コードネームはミストラル」
黒髪黒目という日本人特有を兼ね添えている女性だ。
「司も俺たちと同じ転移者だ。地球に帰郷する時は一緒に連れて行くから」
「そうなのか。分かった」
「さて、本題に入ろうか。まず、特務とは何ぞやということだな。特務とは国の裏組織の事だ。主に夜間に活動して犯罪者を取り締まるのが目的だ。昼間でも権限は有効で、この国では貴族よりも権力が上だ。それ故に権限乱用した馬鹿者は牢屋行きだ。それと特務は基本的に完全実力主義だ。実績さえ上げられればどんな奴でも上位に食い込める。ただし、俺たちみたいな数字入りは実績と仕事態度を換算して国王が決めることになっている。亮平に知っておいてほしいのは主に仕事内容だな」
「ああ……大体予想は付くぞ? 裏のお仕事なんだろ?」
「そうだ。というわけで早速現場に行ってみようか」
「あ、ちょっと待って。一応特務中はコードネームを決めておかないとね?」
「ん、そうだったな。亮平は何かつけたい名前はあるか?」
嵩都に問われて真っ先に思いついたのがある。
「じゃあ、『リン』だな。呼ばれ慣れているからちょうどいいだろ」
「了解。それじゃ、リン、行くぞ。それと自分の身は自分で守れよ」
「分かった」
といいつつも最上位権限者二人が付くのだからどうしても危なければ助けるのだろう。
俺は簡易式の黒衣と仮面を装着させられて現場に向かうことになった。
「うう……」
現場は常にスプラッタである。
夜の路地裏では常に残虐な拷問が行われている。
仕事中の嵩都は普段とは全く違った凄惨かつ冷酷非道な表情を見せる。
先ほどまでは人の好さそうな表情をしていた司も仮面越しに嗤っている。
手を下しているのは嵩都の方だ。すげぇ楽しそうに笑ってる。
「ガガボッボボボボボボボボ」
「ほらぁ、早く言わないとお友達が死んじゃうよ?」
今やっているのは水攻めという古典的な方法だ。
だが、これはまだそこらにいる死体に比べればマシな方だ。
感電死、焼死、水死、圧死、磔死、バラバラ、首つり、切腹、もぎ取り、皮剥ぎ……。
いや、死ねるならまだマシなのかもしれない。
今、拷問を受けておらず壁に磔になっている男性が恐怖に顔を引きつらせながらもだんまりを決め込んでいる。
「親友なんだよね? 可哀想可哀想可哀想。あ、死んじゃったぁー」
ボテッと無造作な音がして死体となった。
「あっと二人ィー。ああ、言い忘れていたけど君の番になったら自白剤使うから」
「ミストラル、次はシュレーディンガーやって良い?」
「いいよー」
シュレーディンガー……ああ、シュレーディンガーの猫……え、おい、それって――。
嵩都の仮面が犯罪の片棒を担いだ女性に向かう。
「ひ、やめ――」
次の瞬間、嵩都の手から黒い中の見えない箱が現れ、彼女を包んだ。
「はい、次に犠牲になる君。彼女はこの中で生きているでしょうか? 死んでいるでしょうか? 二択で答えてね。当たったら彼女と共に逃がしてあげるよ」
ふと思う。この言い方だと生きているように聞こえる。
「嘘だ! 生きてるはずがない! 殺したんだろ!?」
犯罪者が間髪入れずに悲鳴混じりにそう言った。
嵩都は結果を知っているのか笑ったまま黒の箱を開けた。
――そこに彼女はいた。
「大正解! さ、お食事の時間だよ」
まあ大抵、こういう問いはどちらにせよ殺すのが鉄板だ。
「アー」
「や、止めろ! 来るなぁぁぁ!!」
彼女は箱から出ると死人のように――いや、死人特有の覇気のない表情でダラダラと歩き、口から涎を垂らし、死んだ目で彼に近づいていく。
彼の背後には嵩都がわざわざ配置したのか白い蜘蛛の巣が張ってある。
「嫌だ! 死にたくない!! 話す、なんでも話すから止めてくれ!!」
彼がそう言ったので死人は動きを止めた。
それから彼が吐いたのはアジトの情報と構成員人数、男女比、関係者等々。
「アスト、アジトの位置は七時二十二分五十五の一軒家」
司がそういうと嵩都は頷き、探知魔法を広範囲で使った。
「情報通りだ。何ら問題はない」
「そ、そうだろ? もう牢獄暮らしでもいいから殺さないでくれ!」
男性が嵩都に泣きつくように地べたに這い蹲った。
何だろう……異様な既視感が俺を襲った。
「な、なあ、もういいんじゃないか?」
俺が同情からそういうと二人は異様な嗤いを浮かべたまま俺を見た。
「ああ、『こいつは』良い。ほら、お望みの牢獄だ。入れ」
男性はまるで死中に活を見出したように嵩都が作ったゲートに入って行った。
「ギャァァァァァァァ………………」
なんか遠くの方で男性の断末魔が聞こえた。
「え、おい、嵩――アスト?」
「特務は実力社会だ。その過程にこだわる必要はない。牢獄は貴族が入る場所で、平民が入って良い場所じゃない」
簡潔にそう言われた。
「いや、でもな……」
「あ、リン。こっち来て」
俺がまだ言い訳をしようとすると司に呼ばれた。
嵩都を置いてそちらに行くと壁に磔になっている男性がいる。
幸いにもまだ息はある。回復魔法を掛ければ――――。
「今から、どうやったら生物は最大限苦しんで殺せるかやってみて?」
「ミストラル。リンは機体越しに人は殺したことがあるが生はまだだ。教えた方が後々いいんじゃないか?」
「そうだね。じゃ、手取り足取り教えてあげるね」
そんな言葉に俺は困惑した。
「え、いや二人とも、もう情報は揃ったんだろ? ならこいつは生かしてもいいじゃないのか?」
「何言ってるの? 生かしたら復讐されるじゃん」
冗談なしに首を傾げられてしまった。
そして嵩都には何故か吹かれてしまった。
「リン、お前今こいつを回復させようとか考えただろ。中々良い所突いていると思うぞ」
「そうなの?」
司に尋ねられて俺は頷く。
「ふぅん。殺したことないわりにはセンスあるんじゃないかな?」
「一体何の話だ?」
俺はついそう聞いてしまった。
「単純に、回復魔法は最も拷問に適している魔法だということだ」
嵩都はそう言って男性にファリス・ヒールをかけた。
「まずはこうして――」
そして聖剣ヴァルナクラムで突き刺した。
「こうする」
「ぐぎゃぁぁぁぁ!!」
男性は悲鳴を上げる。
「これを繰り返して繰り返して繰り返して行く」
回復する。刺す。回復する。刺す。回復する。刺す。回復する。刺す。
何度も同じことが繰り返される。嵩都は最初こそ俺に見せるためかゆっくりとやっていたが乗ってきたのか工程化された動きを速めていく。
何度も何度も繰り返されて、男性は遂に動かなくなった。
「もう、アストはすぐそうやって壊すんだから。リンにやらせないと意味無いじゃん」
嵩都は興奮の彼方から戻ってきたのか我に返ったように頬を掻いた。
「すまん。アジトでやらせる」
――俺の意志決定は全く無視されている。
敢えて俺の心が正常かつ清らかな内に言っておく。
こいつらは殺人鬼も裸足で逃げ出すほどの加虐趣味者だ。人間をより残酷に苦しく殺すのが楽しい狂人共だ。精神がぶっ壊れてやがる。
人間を人間と思ってない。いや、こいつらこそが真なる殺人鬼なのかもしれないな。
「さ、そろそろ行きましょうか」
司がこの残虐な現場に火をつけて遺体を燃やし終わり土に返した。
嵩都は飛翔飛行で浮かび上がる。司は嵩都の背中に飛び乗った。
流石に特務一位でも自由に空中を飛ぶことは出来ないらしい。
「リン、置いてくよ? 飛べないなら屋根を伝って来て」
屋根を伝って走るのもカッコいいと思うが、俺は背中を限定的にハーヴェストホープ化して巨大な蜂の羽を出す。
少しだけ耳障りな音を出しつつも飛翔を開始する。
「わお。どっちも化け物とかこの国の将来真っ黒だね」
司がさらっと俺たちに対して毒を吐く。
「王位に就くのは人間のクロフィナだろ? それか亮平の子か……そこんとこどうなんだよ、リン」
俺はこいつらの話題切り替えに少々げんなりしながらも答える。
「次期国王とは言われているがアストの言う通りフィーが先に王位に就く」
「で、夜の方はどうなんだよ」
嵩都が背中に女性を乗せている癖に下ネタを振ってくる。
つうか恥ずかしくて答えたくないが、黙ると別のネタが来るだろう。
「ボチボチだな」
無難な答えだと思うが嵩都が仮面の奥から高笑いする。
「ハハハ、毎晩あれだけヤッているのにシラを切るか!」
うぐ―――そう来たか。確かにヤることはヤッている。
だが、そんな早々に出来るわけないだろうが。
「へぇぇ……ちなみにアストとリンだとどっちが凄いの?」
そこへ司が会話に参戦してきた!
……いや、司さん? それを言われても困るんですが。
「回数で言うなら断然リンだな」
「いや待てこの野郎。お前の部屋からだって毎晩の如く粘着性のある音が聞こえてくるぞ。博太たちだって毎晩ビーストが荒れ狂ってるじゃないか」
「確かにそうだが、俺のはほぼ全てがキスだぞ? しかも俺が熟睡しているのをいいことにプレアとルーテの二人が俺を蹂躙するんだ」
「すげぇな。二人同時相手で持つのかよ……このハーレム野郎め」
「……最近はプレアがいないからルーテが我慢できなくなって時折、夜這いキスしてくるくらいだ」
「マジかよ……ハッ! てめぇまさか……そう見せかけといてミストラルを蹂躙してゲフゥゥゥゥゥ!?」
冗談で言ったのに蹴り飛ばされた。
背中の司を見ると真偽のつかないくねくねを繰り返している。
「もう、アストは私まで毒牙にかける気だったの?」
「しない。というか、して欲しいのかよ」
「どちらかというと私は襲いたい方ね。でもあの二人がいるから……ねぇ」
――好色的視線が司から嵩都へ流れている。
嵩都……実はハーレムの才能あるんじゃないか?
そんな話をしながら次の現場であるアジトへと到着した。
「はーい、地上げ団体でーす」
いや、違うからな。
司が扉を蹴破りつつ大声でそう宣言した。
「なんだてめ――」
最初に獲物を構えた奴は嵩都がヴァルナクラムを振り下ろして三枚おろしになった。
続いて司がエル・タル・ライで敵を感電させて再起不能にする。
蹂躙はあっという間に終わった。ものの数秒だ。
人数は全員で八人。内、死亡一人だ。
「さて、リン。今度こそ実習と行きましょうか」
司が先ほどと全く同じ笑顔で敵のリーダーを壁に磔にした。
磔使っているのはそこらへんにあったフォークやナイフだ。
「じゃ、まずはそこの男からいきましょうか。最初は心臓を刺してね」
拝啓、父さん、母さん、伸平。俺は、今から人殺しをするようです。
「リン?」
嵩都がこちらを見て首を傾げた。
ちなみにこの命令に従わないとフィーの命を取る。そう脅されている。
王子なのに! 王子なのに!
俺はそいつの元まで歩いていき、嵩都から渡された短剣を逆手に構える。
「……逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ」
「おい」
「ネタはいいから」
二人ともこのネタが分かるようだ。
ともかく俺に出来ることはなるべく痛くしないように、苦しませないように仕留めてやることだ。
――ふぅ……。せぇ―――の!!
ドチュ――
「ぐあああぁぁぁ!!」
「リン、心臓はもう少し右だ。そこは肺だぞ」
嵩都から注意を受ける。くそっ――。
ドチュ――
「カハ―――」
「お前、実は拷問の才能あるんじゃないか? そこは胃だ」
「うるせぇやい。手が滑っただけだ」
一度落ち着こう。深呼吸して手汗を拭く。
「ねえ、肺に穴が開いた状態って苦しいんだよ?」
男性は呼吸困難なように変な声を出している。
分かってるから。苦しませるつもりはない。次で終わらせる。
俺は思い切り短剣を振りかぶり、勢い余って飛び上がり、男性の心臓めがけて刺す。
ツルッ、ドチュ――
着地したら足を滑らせた。手も滑った。
短剣は腰の辺りに突き刺さり、滑った衝撃で俺は空中一回転をすることになり、要するにその短剣を中心に空中回転をしたわけだから内蔵がぐちゃぐちゃに飛び出た。
『うわっ……』
このくらい普通にやってそうな嵩都たちも何故かドン引きした。
……この後も頑張って心臓を突き刺して早く楽にしてあげようと本当に心の底から思って刺しているのに、何故か不運に見舞われて手足を切り落としたり、終いには魔法で殺そうと思って無詠唱発動すれば中途半端な焼け具合で生きているし……人間ってしぶといよな。最後は見かねた嵩都が彼の首を跳ねて終わった。
そして今日の仕事が全部終わって謁見場に戻ってきた。
その報告で嵩都は一言。
「リンはこの仕事に向いていません。表の仕事をやらせた方が断然よろしいかと思われます」
「……アストにそこまで言わせるとは一体どんなことをしたのだ?」
「リンは殺すのがドヘタです。拷問の素質が飛びぬけていますが最終的な甘さが相手を苦しめているので恐らくSTの機体越し以外だと殺人は出来ないと思われます」
その報告を聞いてお義父様もお義母様も絶句した。
「……分かった。リンには追って別の仕事を言い渡す」
「はい……」
こうして俺の夜は終わった。
後に特務内で『次期国王は拷問好き』という不名誉な噂が流れたらしい。
グラたん「次回、とある人の外伝です」




