第九十三話・許し許され
嵩都「第九十三話だ」
グラたん「ちなみに、ヒロインを殺した主人公は大抵嫌われるって知っていましたか?」
嵩都「無論だ。だが、俺は成し遂げた。今はそれだけで良い」
グラたん「そう……ですか」
~嵩都
雨が上がり、青い空が見え隠れしていた。
俺は泣き叫びたい気持ちを抑え、上空に飛翔し、声を張り上げる。
「全ての生きとし生ける者に告げる! 邪神たる余の手によって、魔神は復活を果たした! 姿は見えずとも計画はここに終了したのである! 双方とも剣を引け! 此度の戦いは終結せよ! 死者は今より蘇生させる!」
俺の号令に合わせて邪神が一斉に引いていく。
俺は無尽蔵にある邪神の魔力を使い、探知し、この戦いで死んだ者たちを蘇生していく。
ついでにプレアが最初に殺害したオーディンも遠距離蘇生する。
「アジェンド軍、剣を引きなさい。私がこれから説明します」
階下ではサフィティーナさんが拡張音響魔法を使って叫ぶ。
魔王軍が退却し、アジェンド軍も城内に立てこもった。
俺はテラスに降り、皆を見渡した。
「嵩都、終わったのか?」
亮平が少しだけ警戒しながら聞く。
「ああ。……すまないが少し一人にさせてくれ」
「それは出来ないな。その前に責任を取るのが先だ」
俺がこの調子だからか皆武器を仕舞った。
……? 亮平が良く分からないことを言ったので聞き返す。
「責任?」
「ああ。理を捻じ曲げてアネルーテさんを生き返らせた責任だ」
「……言いたいことは概ね理解したぞ。だが、俺は――」
「いいえ、キッチリ清算していただきます」
俺が言い終わる前にサフィティーナさんが声を被せた。
……どうやってあの短時間で終わらせたのか不思議でならない。
それより、サフィティーナの隣にはルーテが居る。
「私はこの場で正式に貴方に第二王女アネルーテとの婚約を申し込みます」
――先ほどルーテの気持ちを断った手前、非常に気まずい。
気まずいが、プレアのお願いを受け入れたからにはこっちも受けねばなるまい。
……ルーテを好きか、と言われた場合まず嫌いと言える人物はいないだろう。
現に俺もプレアを抜きに考えたらルーテのことを欲しいと言える。
勿論、ただの性欲の対象としてではなく一人の異性として。
俺は一度深呼吸をして考えをまとめる。
ルーテと結ばれることによる利益も多い。それにこの関係を理由に同盟も組める。
「……分かった。だが、さっきも言ったが俺たちはルーテを一度殺した。説明を受けたとしても納得は難しいだろう。故にこの件はルーテの感情を優先してくれて構わない」
少しの間の後、ルーテは俺の目を捉えてはっきりと告げた。
「話は大まかにお母様から聞きました。――私は私を殺した邪神は嫌いです。私を騙していたハーデスも憎みます。どちらも……どちらも大嫌いです」
だよな……。そう感じなかったらそれは精神がおかしい人だ。
だが、その次の瞬間にルーテは微笑んだ。
「でも、私は計画の詰めをかなぐり捨てて自身を犠牲にしてまで私の命を救ってくれたアストが好きです。自分を犠牲にしてまで世界を救ったプレアを尊敬し、偽っていた皆さんのことも私は許し、受け入れます」
――っ。何か、俺の心が痛むような感じがした。
この気持ちは罪悪感と後悔なのだろう。
俺は自分勝手だ。傲慢で我儘だ。ルーテは俺たちを罵る権利がある。感情のままに俺を殴り殺す権利もある。計画を聞いた上で、自分が死に目に遭ったのに、ルーテは許してくれる。俺たちのやり方を正しいように言ってくれる。
申し訳なさすぎる。苦しすぎる。
「その上で言います。アスト、私は初めて出会った日から貴方の事が頭から離れられません。私が勝手に美化しているはずなのに、私の理想でいてくれています。私はアストが欲しいです。プレアとは帰って来てから話をつけます。ですから…………その、婚約――いえ、私と結婚していただけませんか?」
俺は今までプレアのことしか見えていなかったのだろう。記憶を掘り返してみれば、最初からルーテは俺に対して好意的だった。
それが今になってようやくわかった。失いかけて初めて気づいた。
都合が良過ぎたのは分かっている。物語の設定だったのも理解している。
一度気持ちの整理を付ける。
皆が俺を見ている。不思議なくらいに回りは静かだ。
「ルーテ……俺は君の気持ちに今まで気が付かなかった。君が死にかけて初めて気づいた。俺はルーテのことも好きだったんだ。贅沢だよな……本当に。……こんな俺でも良ければ、その結婚に応じます。これからルーテのことをもっと知っていきたいと思う―――」
「アスト!!」
それと同時にルーテが歓喜の表情で俺の腹(鳩尾)に頭をぶつけてきた。
僅かな衝撃と共に俺は押し倒された。
亮平たちからは温かい視線が投げかけられる。
ただでさえ重症なのに押し倒されたことにより傷口が開き、血が噴き出す。
「ぐはっ!」
HPが数ドット―――あれ?
俺はいつもなら視界の端にあるHPMPバーがないことに気が付く。
「あれ? HPバーがないぞ」
大典や亮平も気づいたようだ。
「ふむ。ということはプレアさんが神を倒せたということか?」
筑笹が状況を簡潔に述べた。事実その通りなのだろう。
半場主人が恋しい子犬状態になっているルーテを宥めつつ、右手でメニューを開く。
メニューは開ける。ストレージもある。強さ、スキルは無くなっている。
金は現存。魔法の使用は可能。記憶している魔法は使用可能。
固有武装は特殊能力が無くなっている。固有スキルは互換されている。
俺の場合だと飛翔飛行、理解習得が異能に変換され、邪神と神、勇者スキルは消えている。ただ、邪神にふさわしい無限の魔力は中に残っている。蘇生・回復は出来るようだ。
ヴァルナクラムシリーズは俺の中に収納されていて特殊効果も健在というチート使用のまま残っていた。二刀流も可能。つまり、俺最強。
俺はルーテを支えつつ、起き上がる。
「HPバーの他にステータスとスキル消失しているな」
「……唯一良かったのは固有武装が残ったままってことか。スキルが使えないから事実上切れ味の良い剣……」
亮平と俺の差は単純にスキル熟練度や武器熟練度の違いによるものだろう。
「もはや料理用だな」
「はぁ……エクスカリバーが遂に料理道具になってしまうのか」
俺の言葉を真に受けた亮平が非常に落ち込んだ。
「そういう時こそSTだな。剣から銃まで幅広く取り扱ってるぜ」
大典がここぞとばかり自社製品を押してくる。
何処からか笑い声が聞こえてくる。それは少しずつ感染し、俺も口元がにやけた。
少しばかり、心が安らいだ気がする。
それと筑笹が危惧した世界崩壊は杞憂だったようだな。
夕方になり、一時は取り乱していた住民も落ち着きを取り戻した。
今回の戦いは引き分けということにし、民や貴族には改めて俺を紹介した。
公式の場を設け、サフィティーナさんの今の事を少々ごまかして説明。
それと同時にアルドメラ国王が俺とルーテの婚約を発表した。
国王は妻が戻ってきて肩の荷が下りたのか穏やかな表情になった。
婚約は事前にサフィティーナさんがお膳立てをして国王を説得したため、俺が承諾してそのまま謁見場で式を挙げることになった。
すぐさまそれは民たちに知れ渡り、何処からか盛大なブーイングが聞こえた。
ささやかな宴が開かれ、その宴もほどほどに終わった。皆、戦いで疲れているのだ。
それから俺はルーテに手を引かれ、ルーテの自室に連れ込まれた。
そして俺も着流しに着替えた。
「アスト……」
しばらくして、寝床に座っているルーテが俺の愛称を呼んだ。
「どうした?」
「改めてお母様や皆から聞いたよ。本当に全部終わったみたいだけど、アストはこの後どうするの?」
ルーテがそう聞いてくる。一応約束がまだ残っている。
「まずは皆を地球に返すことかな。その後はバルフォレスとの戦争に備える――」
俺が言い終わる前にルーテは首を振って否定した。
「ううん、私はアストがどうしたいか聞いているの」
真っ直ぐ俺を見つめる青の瞳は曇りなく綺麗だ。
「俺は……一度地球に戻ろうと思う」
「なんで?」
「妹の夕夏が居るんだ。ハイクフォックに向かう時に俺の過去話をしただろう?」
「うん」
「あの後さ、家庭崩壊を起こしたんだよ。両親はあの後から毎日喧嘩してる。家事も俺がほとんどやってたんだ。だから、時間が同じかどうか分からないけど、半年も妹を放置していたから会いに行こうかと思って。もし、夕夏さえ良ければこっちの世界に招待したい。帰還魔法も多用することは出来ないからこちら側で養いたいと思っている」
「……なるほどね。確かにこちら側ならアストの力でどうとでもなるものね」
「それを言うとこっちでも向こうでも実はあまり変わらないんだが……」
「ん? アストってその地球でも偉い人だったの?」
その問いに俺は反射的に視線を逸らしてしまった。
「……人間の部類としてはダメな方だ」
それがいけなかったのかルーテが食いついた。
「何々、教えて? アストのことなら何でも知っておきたいから」
「……ダメ。絶対。理由は人道仁徳に反するから」
「邪神で、散々人殺しして、もう今更でしょ?」
それを言われるとどうにもならんな。
俺は諦めて降参というように両手を上げた。
「地球はここの法律と似ていて、その中でも俺たちが住んでいる日本という国は法に厳しい社会だということを念頭に入れてほしい」
「分かった」
「それじゃ言うぞ。―――日本では小遣い稼ぎにと株やったり殺人衝動を抑えるために殺しの依頼を受けたり重要機密のハッキング方法を覚えたりしていた。そのため国家だけでなく世界の経済循環やお偉いさんの弱みを知っているため俺に物理的にも法的にも逆らえる人は限りなくいない……ちなみにこれがただの人間だった頃の話だ」
この国にも亮平や大典、筑笹、あと意外にもヒキのおかげで株式ができた。
それを知り、更に自身が王族ということを思い出して、思いっきり寝床の端まで引かれた。
うん、そうされると予想していた。実際にされると傷つくが。
しかも顔が茹ったように真っ赤になっている。
「えっ……あ……まさか、私のことも……」
可愛い。恥じらう姿が実に可愛い。
「まあ、当然だな」
そう答えるとルーテは寝床に伏せて凄まじい速度で悶え始めた。
今、ルーテが来ているのは薄いネグリンジェだ。夏場ということもあって薄い。
まあ何が言いたいのかは分かってくれるはずだが敢えて言おう。
ルーテの僅かに膨らんだ胸が転がる度揺れる。それと同時にスカートの部分が少し捲れて下着が見えそうになる。
あ、ヤバッ。鼻血が……。
少ししてルーテは落ち着いたのか仰向けになって寝っ転がっている。
「……それで、話を戻すけど、夕夏さん――あ、結婚してるから義妹になるのかな? それはともかく、夕夏さんを迎えた後は?」
「その後は夕夏が自立できるまで一緒にいてやるつもりだ。それが終わったら、一段落だ。少しゆっくりしたいな」
「そう……」
「そうだなぁ。その頃には俺も父親になってたりするのかな?」
少しからかう。予想通りルーテは体を震わせた。
「……あ、う。それって……」
「ん? どうした?」
俺はわざと鈍感の振りをして反応を楽しむ。
「わ、わわわ、私たちの…………子供?」
「あ、いや、ルーテがやりたいことして終わってからでいいぞ。子供出来たら家事育児に専念しないといけなくなるからな」
起き上がり、ルーテは俺の方を向き、首を振った。
「ううん。やりたいことって、無いの。この国の王女様だからね」
――少し俺の配慮が足りなかったようだ。
王族であるルーテは元から将来が無い。将来なんて考える必要がなかったから。そう、王族、貴族の子供は大抵が政略結婚に使われる。
ルーテやクロフィナさんも例外じゃない。偶々(故意有)が重なって自分が好きな人と結ばれただけで、外面を見ればこれも立派な政略結婚だ。
クロフィナさんは元勇者筆頭格で勇者と人脈のある亮平を取り込んだ。
ルーテは俺こと邪神を自国に取り込み、強力な味方にした。
それに俺にはプレア――つまり魔王軍の神である魔神がいる。俺は両国に妻がいることになるので両国を仲良くさせる義務が生じる。
継承権の問題についてはルーテが望まない限り俺から干渉することはない。
つまり、このアジェンド城は邪神軍、魔王軍と友好関係にあることになる。
事実上この世界で比類なき最強国家がここだ。
おまけにネーティスはサフィティーナさん……お義母様の故郷で、ハイクフォックは絶対信頼を掴んでいるウリクレアがいる。
そして俺は竜族との交流もあり、俺の肉体を竜神コウクラーナに捧げれば快く協力してくれるだろう。
それに大典たちが率いるST。はっきり言って一大国家並の戦力はあると思っている。
魔界に住む酒飲み仲間の鬼神デムクロイ、同じく肉体を捧げれば協力してくれるだろう吸血鬼皇女グリモア。
博太の姉であり博太のためなら協力してくれるだろう黄泉王レイデメテス。
そして地球に帰りたいと悩むバルフォレス側の勇者たち。
仮に戦争になった際、バルフォレスは無条件降伏を余儀なくされる。
まさかアジェンド、ハイクフォック、ネーティス、邪神軍、魔王軍、竜族、ST、鬼軍、吸血鬼軍、黄泉冥府軍、勇者の十一戦力を相手にして勝とうと思うだろうか? それに先ほどルーテにはああ言ったがいざとなったらサラマンダーやウンディーネ、エルフ等の種族とも手を取り合うつもりだ。
あ、その内天界にも行ってご挨拶しておかないとな。
意識を戻そう。いつの間にかルーテが椅子に座っていた俺の目の前に来ていた。
「アストが望むなら、私はいつでもいいよ?」
「――いや、俺は……」
「そう? 我慢とかしなくて良いからね?」
「……ああ」
――ああそうですとも。奥手ですもの。
「今日はもう遅いし寝ようか?」
ルーテが寝床に俺を引き込み、そのまましっかり抱きしめられて眠った。
――――チン
眠っていると夢の中で電子レンジが何かを温め終わったような音がした。
――解読完了。
何処からか声がするが……なんだっけ?
――内容を提示、簡略化した答えを提示します。
――内容『特異点について』、『異能について』、『地球への帰還方法』。
特異点? ……思い当たるのはこの間から解読していたあの白い紙だ。
最後のはもう知っているが相違点があると困るから読んでおこう。
――『特異点について』。特異点とは地球にはない物質『オルストラス鉱石』を所持する者。世界の理から外れた者のことを指し、全ての世界線に置いて無二の存在になり、『異能』の力を手に入れる。
――『オルストラス鉱石』。地球にはない未知の物質。『異能』の力を秘めており、鉱石の本体の所在は不明。地球には五つしかない希少物質。錬金可能。
――『異能』。『オルストラス鉱石』に含まれる人外の力。手にした者に力を与え、不変の物とするが、鉱石自体が持ち手を選ぶため常人にはただの石ころになる。
――『地球への帰還方法』。ロンプロウムと地球の波長が合えば帰還可能。波長数値、2:28:12:0。
……この他にも細かな詳細が書かれているが、必要なのはこの情報だ。
波長数の解読出来たとは言え、時期はまだだな。
――だとしたら何故魔界は可能なのだろうか? 明日あたり行ってみて確認しよう。
――そして特異点については心当たりがある。こちらは探すのに手間取ることはないだろう。それに他の三つもおまけ程度に見つけておこう。
――『原初の世界』。どの世界線にも存在しない唯一無二の異世界。
――『世界獣』。世界を破壊する者。
――『女神』。原初の世界に住まう統治の神。
~天界
天界の玉座の間にて、その中央に光り輝く魔法陣が展開された。
魔法陣は人の形を作った。
「ホッホッホ。わし、生き返ったのぉ」
そしてオーディンは生き返った。
天界の、誰もが絶句し、次いで驚愕の声を上げた。
『お、オーディン様が化けて出たぁぁぁああああ!!!』
「失敬な! ちゃんと生きておるわい!」
この日、いきなり生き返ったオーディンを見て天界は騒然となり、夕暮れには無礼講の大宴会が開かれた。
天使たち「飲めや、歌えや~」
ミカエル「天界万歳! オーディン様は不滅じゃ~!(特級酒をラッパ飲み)」
ガブリエル「おお、珍しくミカが昂ってやがる」
ウリエル「うん、分かる。嬉しい」
オーディン「ホッホッホ、心配かけたのぅ」
ルシファー「全くですよ。本当にもう……(涙目)」
ウリエル「それでオーディン様、復讐は何時やるの?」
オーディン「やれやれ。ウリエルよ、例え殺されても復讐は憎しみの連鎖を増やすだけじゃ。それに、悪いと思っているのなら向こうさんから出向いて来るじゃろうて」
ウリエル「むぅ……でも、許せない」
オーディン「許してやれい。今は無理でも、時間をかけての」
ウリエル「……分かった。……オー爺がそこまで言うなら、やってみる」
ルシファー「ふふふ、そういう所は変わりませんねぇ」
オーディン「ホッホッホ」
その後も天界の騒ぎが収まることはなかった。
グラたん「次で一区切りです」




