遠征会議
「まず、今回の会議は遠征についてだ。そこで遠征に行く事を前提に改めて現状を再確認しておこう、各自順番に報告をしてくれたまえ。」
ソヴィチナの遠征発言にNPC達がいよいよかと僅かにざわついた。
しかしすぐに静まり円卓の座り順、時計回りの関係上クリクに皆の視線が集まる。
「では私から…。ドソイア国防軍は現在、レーダーと探知魔法、目視による全周索敵を展開中です。合わせて防衛戦力をローテーションを組んで常備させてあります。ギルド外へ出る事はソヴィチナ総統とメアリカ様が制限をされている為、あくまでギルド周辺に限った話ではありますが敵となりえそうな存在は確認されておりません。が、同時に味方となりえそうな存在も確認されておりません。悪い状況ではないですが良い状況でもないかと…。遠征につきましては防衛戦力に影響がない範囲という場合でも偵察部隊、または過激に苛烈に強襲部隊、どちらも編成可能です。」
敵が確認出来ない、その点はソヴィチナも安堵しているのだがそれは敵がいないという保証ではない。
今は光学迷彩で姿も隠している上にギルド外へ出る事も禁止している為、探し出そうとしない限りギルドが見つかる事はないが初日はまだ光学迷彩の展開前であり、その時に目撃されて今後何らかの出来事があるかも知れない。
今は平和でも次はどうなるか分からない、だからこその遠征なのだ。
そして遠征をどう捉えているかはあまり分かりたくはないが、クリクはやけに強襲部隊を強調している。
戦争狂の設定の影響かとソヴィチナは苦笑いだ。
確かに自分で設定したがなんとも言えない、一応クリクが率いるドソイア国防軍自体は別に戦争狂ではないし文字通り国防、ギルドを防衛する軍なので手綱をしっかりと握れば暴走はないと思うが万が一暴走すれば戦闘系スキル特化の戦争部隊であるクリクとドソイア国防軍を止めるのはなかなか難しい。
実際、クリアド時代にPVPのNPCバージョンで戦わせた時はほとんどの相手NPCを圧倒する性能を誇ったのだ、単純な戦闘性能比べならクリアドでも最高峰である。
(しっかり面倒を見ないとなぁ…。)
人知れずソヴィチナはため息をつく。
「じゃあ、次は僕からー。ドソイア武装親衛隊は、ギルドに対して何らかの干渉…つまり索敵やハッキング、遠距離攻撃の照準とかを警戒して魔法防壁と魔法妨害、あとはファイアーウォールをヴィッセンとモナヒーの共同で展開中だよ。今のところ何の干渉もないから現状の安全は保証するけど、今後もずっとかはこの世界の情報が何もないから保証しかねるかも? 遠征の方は諜報活動はお任せ、情報収集が最優先目的なら僕とドソイア武装親衛隊が一番。 だけどドソイア武装親衛隊は多目的部隊で戦闘特化じゃないから遭遇戦には注意しないとね。あとドソイア国防軍と同じく現状の活動に影響がない範囲での部隊編成も可能でーす。」
緊張感の欠ける報告をするシュフェルは、報告しながらも足をぶらぶらさせて落ち着きがない。
しかし言動は子供っぽいと言って甘く見ると痛い目をみるタイプである、クリクとドソイア国防軍が戦闘特化ならシュフェルとドソイア武装親衛隊は搦め手や裏方で暗躍する多様なスキルを有する多目的部隊であり、相手にすると場合によってはクリクとドソイア国防軍よりも苦労する厄介な部隊なのだ。
罠や妨害系のスキルはマスターし、戦闘時にはとにかく相手の邪魔をして混乱させて隙を見れば中距離から銃で撃ち、罠の爆弾で木っ端微塵という敵からすれば面倒なタイプだった。
ただし、戦時に関する幅広いスキルを有して様々な事が出来る反面、何かに特化した専門家相手には敵わない。
もっとも敵わないと言っても特化した分野で戦うならの話で他のスキルも組み合わせて良いならまた結果は変わってくるのだが。
「やっぱり最終的にはそうなるわよね、情報がないから分からない。遠征は必要だわ。」
クリクとシュフェルの防衛対策を聞いてメアリカが問題を指摘する。
もっとも、その問題は皆が知る事だ。
情報がない、だから対処方法も基本的な事でしか出来ていない。
改めて確認してみればやはり遠征による情報収集は必須であると確信する。
「では直ちに遠征に必要な準備を致しましょうか?」
「いや、まずは他の者の現状報告も聞いてからだ。クリク将軍、少し待て。」
クリクが挙手をしながら提案をするがソヴィチナは制止して次の報告を促す。
「それでは次に、ドソイア近衛メイド隊の現状をお伝えしますわ。ギルド内の日常生活において問題は確認されておりませんし、日用品等の消耗品も十分な備蓄が存在し、それらの生産製作の為の加工場も問題ありませんわね。食料も豊富ですから美味なお食事は確約致します。遠征へ行くのであれば、遠征に応じた必要なメイドと備品はすぐにご用意いたしますわ。」
「ご要望とあればうちが行くっス。遠征はお任せっスよ。」
モナヒーの報告に続くようにディストメートがドンと胸を叩きながら自信満々に告げる。
モナヒーとディストメートのドソイア近衛メイド隊はギルドの生活面の全てを担う部隊だ。
モナヒーが言ったように日常生活を支えて潤沢なものにし、家事全般は無論、それらに必要な備品や消耗品も自作出来る職人集団にして屋敷と家主を守る戦うメイドさんという生活方面寄りの物品作製・後方支援特化の部隊でもある。
リアルと化した現状では日常生活を助けるこの部隊と厨房や裁縫等の加工場といった日常に用いる設備の存在は何気に大きい。
「うむ、それは何より。モナヒー達の作る食事は毎度楽しみにしているぞ。」
「私もその確約は嬉しいわね。」
食事はギルドに籠っている関係で一番の娯楽とも言える状態であり、ソヴィチナにとってはリアルでは決して味わえなかった食事という事もあって本当に楽しみにしているので無意識の内にまるで子供のようにわくわくとした様子で笑顔になる。
勿論メアリカにとっても美味しい食事の確約は喜ばしい事だ。
なお、メイド長であるメアリカだが基本的にはサブギルドマスター扱いでメアリカが家事をしようとすると近衛メイド隊が自分にお任せあれとやって来る。
一応生活系スキルはメイド長設定に合わせて全てマスターしてどのNPCよりもメイドとしての性能が高いメアリカだが現状では出番なしである。
「それとこれが一番重要なのですが、ソヴィチナ様とメアリカメイド長の身辺警護について…。遠征の為に戦力が分散する場合、必ず護衛のメイド魔法騎士を常時お連れいただくよう強く進言いたしますわ。」
「護衛は大事ッスよ?」
そして、美味しい食事という喜ばしい事に水をさすようにモナヒーが笑顔を深めて護衛の進言をしてくる。
実は一番最初の会議で安全を考慮してソヴィチナとメアリカに常時護衛をつける提案が既にあったのである、しかし四六時中NPCが一緒だと気疲れして休めないし自分達の事を含めた情報収集も出来ないという理由で却下していたのだ。
ドソイア近衛メイド隊にはダンジョンやギルド等の狭いフィールドといった屋内での護衛役のメイド魔法騎士がおり、防御系スキルと支援魔法と弓矢系スキルを持った騎士団が存在する。
なお、モナヒーは魔法特化で自衛として鈍器系スキルを持ち、ディストメートは弓矢系遠距離攻撃特化で魔法も補助として持つ、ついでに言うとディストメートはメイド魔法騎士の団長という役割もあるが全体としてはモナヒーが統括している。
そして護衛の任務がない今は普通のメイドとしてしか働けていない為、モナヒーとしてはメイド魔法騎士は騎士として働かせてあげたいらしく、ディストメートも同じなようで腕を組んでうなづき同意している。
だから遠征という事態にここぞとばかりに強く進めてくるモナヒーの笑顔が非常に怖い。
「あ、あぁー…。備蓄で言うなら軍需品を担う兵站担当の俺のドソイア赤軍から言わせてもらう。モナヒーが言ったように日用品の備蓄は余裕があるし軍需品も備蓄は十分な量がある。ただし各種消耗品の素材及び食料の生産量は牧場、採掘場、農場、全て平時の基準で自給自足が出来る程度だから戦争みてぇな膨大な消費となると外部からの補給手段がない現状だと生産が追いつかねぇ。最悪、ソヴィチナ総統の『豊穣の大奇跡』に頼る必要があるな。ただ、遠征が情報収集が目的ならすぐに物資は用意出来るし総力戦規模の遠征でも、短期決戦なら持ちこたえれる事を保証するぜ。」
ソヴィチナとメアリカが返事につまっていると、助け船とばかりにミルヒクルが報告をしてくれた。
「う、うん。そうだね。補給線は最重要だし助かるよミルヒクル」
「え、えぇ。消耗品の素材ならソヴィーのスキルがけっこう有効なのよね。」
すかさず飛び付くソヴィチナとメアリカ、おかげで総統RPを忘れているソヴィチナ。
そしてミルヒクルとメアリカの言ったスキル『豊穣の大奇跡』は、ソヴィチナのオリジナルスキルだ。
クリアドでは運営が主催する特定の大会で優勝を果たすと特典として自分だけのオリジナルのスキルを申請する事が出来る、一応見た目だけで効果がないフレーバースキルであれば自由に作成可能だし運営が用意した既存の効果を組み合わせてオリジナルのスキルを作成する事も可能、ある程度までは既存ではない自分だけのオリジナルスキル効果も作成可能だが、自由度が高い事で知られるクリアドであっても流石にスキル効果の作成を全て自由に作成出来たらゲームバランスがめちゃくちゃ(仮に絶対命中、即死攻撃、妨害効果打ち消しなんて組み合わせが出来たら全ての敵は雑魚となってしまう)になる為、運営が用意した有効で効果の大きいオリジナルスキルの作成手段が運営主催の大会だ。
まぁ、それでも全ての申請がそのまま通る訳ではなく、運営が課した制限が付加したり場合によっては却下される事もある。
ソヴィチナの『豊穣の大奇跡』の場合は、元となるアイテムを所持していればそのアイテムをいくつでも複製する事が可能なスキルだ。
ただし運営が課した制限があり、複製する事が可能なアイテムは敵モンスターからのドロップアイテムと採集可能アイテムに限る事、複製には魔力消費と体力消費がそれぞれのアイテムに応じて必要な事、アイテムによっては先の条件をクリアしても複製出来ない、あるいは出来ても一つだけな事の三つの制限があるのだ。
なお、魔力消費と体力消費についてはそこら辺で手に入るアイテムならば自然回復で補える少量の魔力と体力で足りるのだが、レアモンスターの極低確率のドロップアイテムになると魔力を回復させるマナポーションを何十個も、しかも大型容量タイプを大量消費した上に体力を回復させる食料系アイテムも大食い選手のように大量消費してやっと一つ複製出来るレベルになっている。
複製出来ないアイテムは割りと多いがソヴィチナが一番複製したかった三人以上のパーティーを組む事で参加出来る、つまりソヴィチナとメアリカだけでは参加すら出来ない門前払いのせいでスキルが受理されるまで開催される度に舌打ちしていたレイドイベントのボスモンスタードロップアイテムは複製出来るので満足のいくスキルである。
そして牧場、採掘場、農場は時間経過で資源が回復し採集出来るクリアドの生産施設だ。
採集出来る量はそれほど多くはないがダンジョンや街に行かずに素材アイテムが収集出来るので生産施設を作るギルドは多かった。
ミルヒクルのドソイア赤軍はそれらの生産施設の運用を主任務にし、またギルドの入手したアイテムの保存管理も担当する後方部隊だ。
ミルヒクルもそれらに対応したスキルを持ち、加えて近接格闘系スキルをマスターした前衛特化でもあるNPCだが設定の関係上後方勤務が続いている。
「ソヴィチナ総統のスキルに関してでありましたら、我からも最悪の場合はお願いしたいであります。武器弾薬、兵器を引き受ける直接的戦闘面の兵站を支える我がドソイア工廠軍の銃砲、戦車や航空機は現状では損傷機もなく万全な状態の機体が完備、弾薬も豊富でありますが、もし遠征で敵に破壊された場合の新規生産、修理の為の材料の備蓄はいくらあっても良いでありますよ。なお、遠征には我がドソイア工廠軍の兵器群は陸海空、全ての兵科を編成可能であります!」
ヴィッセンが指折り数えながらソヴィチナにお願いし、最後に報告を済ませる。
ヴィッセンのドソイア工廠軍は他の軍と比べて一番フレーバー要素の多い軍だ。
ヴィッセンは鍛冶、冶金といった生産と製造スキルと銃砲等の近代遠距離攻撃スキルをマスターした鍛冶職よりの狙撃兵にして遠隔操作スキルを使ってゴーレムを扱う人形使いである。
設定としてはドソイア軍の兵器製造、開発、修理を任されている博士となっている。
そして軍となっているがヴィッセンのドソイア工廠軍の構成員は実質ヴィッセンだけであり、他は戦車、航空機、艦船といった軍用機を模したプログラムの内部処理上ゴーレムに分類される意思なき魔法人形なのだ。
そしてそのゴーレムは性能や実用性を度外視し、あくまで見た目や元にした兵器のデザインの再現を最重要として作った為、実際に運用など出来はしない…筈だったのだが現状では十分使える強力な兵器になっていた。
なまじソヴィチナとメアリカの大好きなミリタリーだった為、ギルドである戦艦ドソイアと同じかそれ以上にあれこれ設定を詰め込んであり、フレーバーが実際に使えるモノとなった今は、クリアド時代とは違い強力で重要な軍と化しているのである。
「分かった、最悪の場合は…。いや、最悪でなくても必要なら遠慮なく言ってくれ。さて、では備蓄に関して今は大きな問題はない、遠征を行うとしても防衛態勢に影響が出る事はないと見てよいか?」
ソヴィチナの問いにそれぞれの仕草で肯定するNPC達、改めて確認した結果は概ね理解出来た。
遠征は必要であり、実行可能ならばやらない手はない。
ソヴィチナが視線をメアリカに向けると親指を立ててきた、メアリカも同じ結論らしい。
「諸君、遠征は決定だ。遠征の目的はこの世界の情報収集、交渉可能な知的生命体がいれば友好関係も築きたいが今回は悪印象を与えなければ良い、遭遇した場合は下手に出る必要はないが高圧的態度は厳禁だ、親しき仲にも礼儀ありの気持ちで友人に接するような対応を心がけるように。」
「それと、もし戦闘になってしまった場合でもこちらから先制する事は絶対に駄目、徹底して専守防衛につとめるようにね。相手に正当防衛の理由を与えないで。」
遠征の確定とその目的、その為の指示がソヴィチナとメアリカによって命じられていく。
「了解しました、では遠征部隊は威圧感を出さないように規模の小さい小隊を編成致しましょうか?」
「小さく三人、大きくても五人が妥当だよね。そして、情報収集が主任務なら僕とドソイア武装親衛隊が行くべき!栄えある異世界初遠征は僕とドソイア武装親衛隊にお任せしちゃって下さい、ソヴィチナ総統ー♪」
クリクの発言に続いてシュフェルが席をたってピンと挙手をしながらせがむように何度も跳躍する。
「な、おま、それなら私の方が!もし荒事になった時、シュフェル達では不安が残る!」
途中までシュフェルに相打ちをうっていたクリクは血相を変えてシュフェルを睨む。
シュフェルは、それをあっさり受け流すとニヤリと笑う。
「ふーん?でもクリクとドソイア国防軍だって正面きって戦う戦争は上手でも情報収集、つまりは諜報みたいな裏で行う策謀は僕達の方が上手だし、何より可能なら友好関係を築こうって言うのに戦う気満々の軍人が行ったらねぇ?」
「っぐ、確かにそうだがそれを言うなら貴様らだって戦闘は私達に劣るし同じ軍人だろう!」
お互いに席をたって正面から睨みあうクリクとシュフェル、そのまま論争が勃発し、それをしばらくやれやれと苦笑して見ていたモナヒーが静かに挙手をする。
「お二人共、お静かに! どちらも一長一短ですわ。優劣をつけれるものではないでしょうに。」
諭すように逆さ十字架を掲げながらモナヒーが優しく言うと、クリクはばつが悪そうに席に座り、シュフェルは変わらず口笛混じりに席に座る。
その様子を見て笑顔になるとモナヒーは提案をするように指をピンと立てた。
「こうしたらいかがでしょう、戦闘はいったん置いておいて…。友好関係を築く、そして悪印象を与えないという点で考えるのであれば、軍人には見えないメイドとシスターである私達のドソイア近衛メイド隊にお任せしてみてはいかが?」
「その通りっス!」
モナヒーに続いて、ディストメートがえっへんと胸を張る。
「「待った!」」
妥協案かと思えば思い切り漁夫の利を得るような案を出したモナヒーに対してクリクとシュフェルは揃って止めるのだった。