NPC全員集合!
ソヴィチナとメアリカが本題から外れた男の娘関連議論で疲労困憊になっていた時にコンコンとノックの音がする。
「あ、NPCが来たよ! はい、この議論おしまい。」
白熱したが一刻も早く自分が男の娘であるという議論を終わらせたいソヴィチナは好機と言わんばかりに反応する。
メアリカは心底恨めしそうにノックの音がした扉を睨み付けるが、深くため息をついてから席に座り直すとソヴィチナに入室の許可を出すように促して来た。
「どうぞー。」
ソヴィチナも席に座り直してから許可を出す。
「っは! 失礼いたします! クリク・ウォン・ヴァイナ、入室します!」
扉越しに返事が返って来た、そして扉が開かれNPC達が続々と入室する。
先頭はクリクだ、そのクリクの後ろにはスタンダードなデザインの修道服に身を包んだ痩身のシスターが続いている。
いや、シスターの格好ではあるがきちんと正装をするなら神父が正しい。
痩身麗人な美女に見えるが本当は男、いわゆる男の娘だ。
断じてオカマではないとメアリカは豪語する力作の男の娘である。
メアリカの副官的ポジションなだけあってメアリカの趣味が極振りされたNPCだ。
修道服は黒一色で袖口やベールのふちの部分だけが唯一白く染まっており、そのベールからのびる膝に届く程の長さのストレートな紅い髪が黒い修道服の中で一際目立っていた。
目は眠っているかのように閉じられており、見ようによっては祈りを捧げる為に閉じられているようにも感じる。
腰には修道服に似合わない無骨な革ベルトを巻いて、そのベルトには左右にそれぞれロッドとメイスがぶら下げられている。
手にはシルクのような素材で作られた純白の薄い手袋がはめられており、手に持った聖書…ではなく魔術書を優しく包み込むように抱えていた。
このニセシスターが、メアリカの副官的ポジションにしてドソイア近衛メイド隊の近衛隊長『モナヒー・ノネ・シスタ』である。
「お待たせいたしましたわ、ソヴィチナ様、メアリカメイド長。」
会議室に入ったところで立ち止まり、モナヒーが胸元の十字架を持ちながら深々とお辞儀をする。
ちなみによく見ればモナヒーの持った十字架は逆さになっている、いわゆる悪魔崇拝の意味を持つ逆さ十字だ。
「おいモナヒー、お待たせしてるのが分かってるなら早く入れよな。」
会議室の入り口からお辞儀をするモナヒーに急かすように声をかけたのは、100キロは余裕でありそうな長身で大柄な体躯の赤い国の赤軍の将校軍服をモデルにした軍服を着た牛の亜人だ。
ギルドのシンボルマークが描かれた帽子からはニュアンスロングの黒髪を払い除けながら牛の耳と角が堂々と姿を表しており、ズボンのお尻から伸びる尻尾と合わさって牛の亜人というのを強調しているが、逆に言えばそれ以外は人間と変わらない。
背中にはこれまた大きな鎌と金槌が交差する形で背負われて、それらを固定する鎖がばつ印を描くように胸の間を通すように体に巻かれ、大きく存在を主張する胸を更に目立たせていた。
首には汚れを落とした痕跡はあるものの、まだ土色に汚れたタオルをかけており、それと同じように手にはめている軍手も土色に汚れている。
この亜人がドソイア赤軍の将軍『ミルヒクル・カロヴァ・ホルスター』である。
「あら、ごめんなさい。でもそうカッカなさらずに、まるで闘牛のようですわよ?」
急かされたモナヒーが特に悪びれた様子もなくあしらうように答えた。
「うるさいな、いいじゃねぇか。それに闘牛は好きだ。闘う牛、俺にぴったりだ。」
ふふん、とどや顔をするミルヒクルにモナヒーは微笑を浮かべながら近付く。
「んー、でも闘牛というには柔らかいお肉ばかりですわ。」
そしてミルヒクルのお腹をむにむにと撫で揉む、モナヒーの手の動きに合わせて服越しにも分かる程お腹が変化する。
「っば! てめぇ、やめろ!」
一瞬反応が遅れたミルヒクルだったが状況を把握すると顔を真っ赤にして怒り、モナヒーの手を払い除けるとすぐにモナヒーから距離をとった。
「あらあら、残念。気持ちいいからもう少し触っていたかったのですが…。」
片目だけ薄く見開いて名残惜しそうな視線を向けるモナヒーと、その視線をかき消すようにミルヒクルは手で払う。
「こっちは気分が悪いわ! ったく、もういいぜ…。ソヴィチナ総統、メアリカ様、失礼致しました。」
「いや、気にしなくていいよ。ミルヒクル。」
「そうそう、適度な喧嘩は良い事だわ。」
ソヴィチナとメアリカに向き直って謝罪をした後でため息をついてミルヒクルは不機嫌そうに歩き、席にドカッと座る。
「あ、終わった? なら入っていいよね?」
返事を待っていない質問をしながら会議室に規律の国の親衛隊の将校軍服をモデルにした軍服を着た子供が入ってくる。
「全く、急かした本人が時間をくってるじゃん。 ちゃんとしなきゃ駄目だよ。ミルヒクルー?」
楽しそうに、きゃははという擬音がぴったりの満面の笑顔で笑う子供の背には楽しさを表すかのようにコウモリの翼がパタパタと動いている。
コウモリの翼、つまりは人間ではなく吸血鬼であり子供なのは見た目だけだ。
更に言えば中性的な見た目で男か女か分からないのだが、本当に性別は分からない…不明なのだ。
何故ならばこの吸血鬼には、ソヴィチナもメアリカも明確な設定として性別を与えていない。
その時々の気分やRPの都合で男の子だったり女の子だったりするのである、あえて性別を言うなら両性だろう。
体の至るところに弾倉をぶら下げており、中には弾倉に混じって様々な種類の手榴弾まで存在し、まるで歩く火薬庫のようである。
ミルヒクルは茶化すような駄目出しをする吸血鬼に一瞬だけ視線を向けるが、ふんと鼻息を鳴らすとすぐに顔を背けた。
その様子を気にする事もなく、片手に持った拳銃を回しながら自分の席へと座ると懐に拳銃をしまう。
その後はカジュアルショートの紫髪の頭のてっぺんにあるはねっ毛を手持ちぶさたに弄っている。
この吸血鬼がドソイア武装親衛隊の親衛隊長『シュフェル・ヴァル・ボーガード』である。
「騒々しいであります、マスター達の前で…。問題でありますよ。」
ガシンと重たい足音をさせながら床まで届きそうな長い銀髪をボリュームのあるツインテールにした、科学者のようなぶかぶかの白衣をまとった少女が、かけたモノクルを直しながら会議室に入り扉を閉めた。
いや、少女というのは正確ではない、だからと言って少年な訳でもない。
生き物ではなく機械、いわゆるロボットであり性別など元から存在しないのだ。
そしてロボットらしく体の所々にむき出しの機械部品が存在している。
手首や足首には歯車、頭には両耳から伸びるヘッドホンのようなアンテナ、背中には片側が接続されていないコードが背骨の辺りから数本生えており、両肩からは人間の腕に見える普通の腕以外にも先端がかぎづめのような鋼の触手とも呼ぶべき二本のアームがぶら下げられている。
それら以外は人間と変わらないように見えるがどことなくメタリックな印象を受ける無機質なモノ。
そんな機械、自動機械『オートマシン』の女性型機械人形がドソイア工廠軍の工廠長『ヴィッセン・ティスト・ウヌゥイ』である。
「本機で最後であります。マスター、サブマスター、各将校、全員揃いました。」
「よし。…ん? あと一人はどうしたの?」
ヴィッセンの言葉にうなずき、ソヴィチナは全員が席についたのを確認する。
しかしまだ姿が見えないNPCがいるのに気づく。
「おお! お待たせしましたッス!」
閉じられた会議室の扉が勢いよく開かれたと思えばティーセットを乗せたカートを押すメイドが突っ込んで来た。
メアリカと同系統のメイド服だが僅かに宝石などが散りばめられてゴージャスな、しかし上品な品格を損わない程度に押さえられた華やかなメイド服を着込んでいる。
背中に大きな弓を背負い、腰にはクロスボウとそれらの矢を入れる矢筒をぶら下げて、ティーセットと同じく勢いよく走る状態のせいでやかましい音をたてている。
その勢いのまま円卓にぶつかる寸前でカートごと急停車し、ティーセットがガチャガチャと音をたてつつも割れる事なく静止した。
息を整えながら少し乱れた左側に纏めた短めの茶髪のサイドテールを直すとようやくメイドは落ち着く。
「忙しない、騒々しい、もう少し落ち着いて行動しなさいディストメート、ソヴィチナ様とメアリカメイド長の前ですわよ?」
そんな様子を見ていたモナヒーは満面の笑顔で威圧感を出しながら叱る。
「は、はいぃ! も、申し訳ございませんッスよ!」
モナヒーに叱責されて飛び起きる勢いで背筋を伸ばし、そして深々と頭を下げるメイド。
「あぁ、失念していたであります。将校ではないでありますが貴女も主要NPC勢の末席にいたでありますね。」
ヴィッセンが思い出したように呟く。
この慌ただしく入ってきたメイドが最後の名前付きの主要NPC、ドソイア近衛メイド隊所属のレディーズ・メイド『ディストメート・メイ・スルシャンカ』である。
更に言えば、彼女が異世界に来るその日に完成したNPCだった。
設定としては完成するずっと前から存在するNPCだが実際にNPCとして完成したのはつい最近だ。
その為、他のNPCが知っていたソヴィチナとメアリカの黒歴史RPやギルド外の事は全く知らない状態だった。
しかしそれ以外は他のNPCと同様であり、ギルド内に限ればソヴィチナとメアリカよりも情報に精通しているところもあればNPC同士の交友関係や相手に対する感情だってある。
まぁ、交友関係と感情は今は設定で作り上げたモノしかないが、今後はクリクのモナヒーに対する可愛い嫉妬のようなディストメートだけの交友関係と感情も手に入る事だろう。
ただ、現状はNPC達の中でディストメートは末っ子扱いなようで、見た目年齢は一番高い(とは言っても年をとっていると見積もっても20代半ばだが)のに末っ子という妙な事態になっている。
そして末っ子だから、ではなくメイドなので全員に紅茶か珈琲を淹れて、給仕してまわるディストメート。
ちなみにそれこそがディストメートのギルド内における重要な役割でもある。
設定上、ギルドの家事全般はドソイア近衛メイド隊のメイドが行うのだが、ディストメートを除くと誰も個人名がつくメイドがいない。
いや、正確には個人を指す呼び名はあるのだが、それらは全て番号や役職、階級であり、主要NPC達のような考えられた名前ではないのでソヴィチナとメアリカは個人名とは考えず、便宜上の呼び名と考えている。
そしてギルドの家事全般全てを担うメイドが全員名無しでは格好がつかないとメアリカが考えて考案したNPCがディストメートだった。
…わざわざ作成するくらいならドソイア近衛メイド隊の近衛隊長をシスターではなくメイドにすればいい?
そこまで重要じゃない?
ソヴィチナとメアリカには重要である。
そしてシスターをメアリカが好きで、メイド服の大元がシスター服にエプロンをつけたのが始まりという諸説がある、この二つの理由から近衛メイド隊の隊長はシスターなのだ。
なのでこれは仕方がないし、個人名メイドも欲しかったからいいのである。
なお、諸説が真実か否かはどうでもいい、大事なのはソヴィチナとメアリカが、そうだと思うか否かだ。
「…これで本当に全員だよね? では、諸君。会議を始めよう。」
総統っぽく威厳を込めて言ったソヴィチナの一言でNPC達がピリリと真面目な態度へと変わる。
異世界へ向けての大きな一歩、遠征会議の始まりだ。