互いの意見
「・・・と、言う訳で異世界に来てから一週間。やっと地盤は固まった、かしらね?」
戦艦ドソイアの会議室、ソヴィチナとメアリカと主要NPC達全員分の席がある巨大な円卓に頬杖をつきながらメアリカがぼんやりと呟く。
まるで残業続きで疲れた社会人のような気だるさである。
「NPC達の僕達と他のNPCに対する認識と現状の認識、設定の反映具合、ギルドの各種システムと実用性の有無、アイテムの性能と効果の確認、僕達も含めた全員の各能力の確認、とにかく思い付くモノは全部確認した、と思うよ。」
ソヴィチナも同じように気だるさを出していたが、その表情には達成感があった。
(激動の一週間だったなぁ・・・。)
思い返す程前の出来事ではないが密度で言えば相当の月日が流れたように感じる一週間を感慨深く思い出していくソヴィチナ。
ギルド「オビスティー・オーミリタク・ネカマジック」が異世界へやって来てから一週間、ソヴィチナとメアリカは初日の疲れを熟睡して癒すとすぐに残りのあらゆる面での現状把握に全力を注いだ。
異世界初日の最後、艦内放送で周囲への警戒命令を出してみたところ、各軍の将軍又は指揮官にあたるNPC・・・つまりクリクのような主要NPCから了解という意味の返事が各NPCの設定に合った言葉で返って来た。
こちらの指示に従う味方NPC達、安心だ・・・そう思った時点で緊張の糸が切れてしまっていたソヴィチナとメアリカはそのまま艦橋で寝込んでしまい、警戒態勢が整った事を報告しに来たNPCと敵襲にあったのかと勘違いされて一騒動あったのだがそれ以外は順調に進んだ初日である。
次の日は、主要NPC達全員を集めた会議をおこなった。
クリク以外のNPCの各それぞれの設定等の反映具合の確認、加えてソヴィチナとメアリカをどう認識しているか、異世界へとやって来た現状をどう認識しているか等と情報収集する事、更に異世界での安全の確保の為にまず何をしておくべきか考える多目的会議だ。
ただちに指揮官は総員会議室に集合せよ、と艦内放送を流すと数分で全員が会議室に集合した。
初日におこなった命令に従った時点で大丈夫だと、クリクの言った通りだと確信に近い気持ちではいたが、やはり目の当たりにするまでは不安と緊張感があった。
しかし、そんな不安を抱えるソヴィチナとメアリカの気持ちとは裏腹にNPC達は、クリクと同様にソヴィチナとメアリカを自らを生み出した創造者と認識し、従者の姿勢を見せた。
クリクにしてもらった自己紹介と似たやり取りをNPC達にはしてもらい、結果として設定もほぼソヴィチナとメアリカが考えた通りの反映がされていた。
完全な味方と確定したNPC達に対して心からの安堵と歓喜が沸き上がったものである。
そして会議が終わり各々解散となったその後はクリクのモナヒーに対する嫉妬といった、過去のRPで発生した事例が他のNPCにもないか調べる為にソヴィチナとメアリカはNPC達と交流をしたのだが、過去の恥ずかしい黒歴史RPは猛威をふるって襲いかかり恥ずかしさから泣いて逃げ出したい気分になった。
しかしその甲斐はあり、過去のRPのせいで何か大きな問題等は発生していない事が分かった。
あったとしてもクリクであった程度の小さな事だ。
更にNPC全員の情報収集をしたおかげでクリクが戦術知識をソヴィチナの理解を越えて習得していた謎も法則が理解出来た。
(精通しているとか、天才であるとか、そんな感じの言葉が設定で書いてあったモノに関しては本当にその通りの状態になってたんだよね。)
クリクで言えば攻勢ドクトリンに精通している、と設定で書いてあったので戦術知識がソヴィチナの理解を越えて反映されている。
逆にそれ以外のモノはソヴィチナとメアリカの理解度に相応のモノだったり、ソヴィチナとメアリカが考える通りの設定だったりする。
「思い付くモノは全部、とは言ってもあくまでギルド内部に限った話なのよね。いまだに外の事はドソイアから見える範囲を望遠鏡で見た程度にしか調べてないし・・・。」
会議の後の数日も、ギルドの何がどうなっているのか徹底的に調べていき、その成果としてこの一週間でかなり書き込まれた手帳をペラペラと片手間にめくりながらメアリカが窓から外を見渡す。
「それは仕方がないよ、ずっと内部の情報収集に集中してたんだからさ。」
とは言っても、いつまでも外の事を調べない訳にはいかない。
ギルド内部の安全は確保し、最低限の情報収集はほぼ終わりつつある今、そろそろ外の事を調べに行くべきだとソヴィチナは考えていた。
「けど、そろそろ外の事を調べるべきだよね。とりあえずは街道に沿って進んで街があればそこで情報収集しようよ。」
「そうね、それがいいかも。私とソヴィーのどちらかが行くって事で。まだ少しギルドで調べないといけない事もあるし。今、ドソイアが展開している光学迷彩みたいなフレーバーがどれだけ反映がされているか、まだまだ未確認は多いもの。」
ギルドのシステム関連はゲームの時とほぼ同じだったので把握出来ているのだがギルド拠点、つまり戦艦ドソイアの設定欄のフレーバーでこういう機能がある、設定があるとしたモノはどこまで反映されているのかいないのか・・・まだ全ては把握出来ていないのだ。
ソヴィチナもメアリカもそういう裏設定のようなモノはかなり凝っていた為、調べなければいけない項目も膨大だった。
現状では恐らくNPC達の方が反映されているフレーバー設定には詳しいだろう。
実際、NPCに言われて気づき使用しているものもある、それがメアリカの言った光学迷彩だ。
光学迷彩とはいわゆるステルス機能であり、あらゆるレーダーに引っかからず視覚的にも完全に姿を消す事が出来る隠密行動において最高峰の機能・・・というフレーバー設定だったのだが、異世界へと来た現状では大変助かる機能だ。
NPC達との会議で現状をどう認識しているかというのも確認した際、NPC達はここが異世界とは認識しておらず元のクリアドの場所だと認識していた。
クリアドでも平原に居を構えていたが周囲の風景はかなり違っている。
そこで外の風景を艦橋からNPC達に見せてみると、何処だここ?と驚いていた。
何故気づかなかったか、周囲への警戒態勢を整えるよう言ったにも関わらず・・・そう聞いてみるとソヴィチナかメアリカと同伴でなければ艦内から外に出る事は許されていない為、探知魔法とレーダーによる索敵行為しか行えなかったと答えられた。
基本的にNPCはギルド拠点内でも野外に出る事は出来ず、例外としてプレイヤー一人につき一人のNPCを味方ユニットとしてギルド外に連れていく事が出来る。
クリアドでの仕様を考えればそういう事になっていてもおかしくはないし、そうであるならば艦橋のような艦内から外を広く見渡す事が出来る場所はNPCの行動範囲からは外れてしまっていた。
それに全てのNPCは必ず一度は連れ出してクリアドのショップで何か似合う武装や衣装はないか、戦いでのサポートといった行動を共にしていたのでクリアドでの拠点周囲の風景を知らないという事はない筈だが通路等にある小さな丸窓から見える風景だけでは同じ平原ではある為気づかなかったのも不思議ではないし無理もない。
そう理解し納得したソヴィチナとメアリカは申し訳なさそうにするNPC達にこちらの不手際だと謝罪し、改めてここが異世界だと教えて仮想敵がいると想定した対策を提示するよう命じると真っ先にあがったのが姿を隠す光学迷彩だったのだ。
「光学迷彩か、欲を言えば警戒命令を出した時点で使って欲しかったけど、僕達の許可なく使えないって言われちゃったら仕方ないよね。僕達が艦橋で寝ちゃってて敵襲かって騒ぎにもなってそれどころじゃなくなっちゃってたし・・・まぁ、展開されたのは僕達が来てから二日目の昼頃、今のところこの世界の誰かが調査しに来た事はないし誰にも見られてない、かな。すぐに危険がどうこうってのはない、と思いたいよ。」
困り顔で背もたれに体を預けるソヴィチナ、不安の種は尽きないと嘆く思いだ。
「そればっかりは運に任せるしかないわよ、さて・・・どちらが行くかだけど、その前に決めないといけない事や話す事があるわ。」
姿勢を正して真剣な表情のメアリカに少しピリリとした空気を感じるソヴィチナ、本気で真面目な話をする時はいつもメアリカはこの雰囲気がある。
「まぁ、初めての遠征・・・みたいなものだし。ジャンケンとかで適当に決めたら危ないよね。」
「違うわよ。それもあるけどそれ以前の話。ひとまずの安全も落ち着きも出来た今、ちゃんと話す事があるでしょうが!」
全くと言わんばかりの態度のメアリカ、ソヴィチナはてっきり出かける事に関する話し合いだろうと思っていたので話が見えない。
「って、言うと何?」
なので質問をするソヴィチナ、質問を受けたメアリカは一息入れてからソヴィチナをまっすぐ見つめる。
「元の世界へ帰りたいか否か、よ。」
「っ!」
言われてからソヴィチナは初めて気づいた、現状把握と安全の確保に集中していた為に、本来なら真っ先に思いつく事を失念していた。
「私達が異世界に来てから一週間、仮に元の世界へ帰る為の行動をしようとしても何も分からない状態じゃどうしようもないと思ってまずは現状把握と安全の確保に努めてきたわ。けどそろそろ話し合って確認しないといけないの・・・元の世界に帰りたいか、帰りたくないか、お互いの意思を。」
一週間、短いようで行方不明として扱われるには十分な時間だ。
確かに現状把握とひとまずのではあるが安全の目処がたっている今、いい加減話しておくべき事だろう。
「元の世界、か。メアリーは帰りたい?」
「待った。それに関してはお互いメモに書いて同時に見せましょ、相手の意見に合わせた意見にならないようにね。」
筆記用具をスッと円卓の上を滑らせてソヴィチナの前に差し出すメアリカ。
差し出された筆記用具を手に取ってからメアリカを見てみると、メアリカは既にソヴィチナに見えないようにしながらメモに書き込んでいた。
(僕の意見、元の世界へ帰りたいかどうか、か・・・っふふ、あんな世界に帰る?)
元の世界へ帰りたい、そう思うのが普通だ。
しかしソヴィチナは元の世界へ帰りたいという気持ちはほとんど皆無といって良かった。
ソヴィチナは、クリアドという空想世界では自由に動きまわれる元気な体だが現実世界に戻れば自由に動きまわれる体とはお世辞にも言えない不自由な病弱な体だった。
先天性のほとんど治る見込みがない難病によりずっと病院生活を余儀なくされ、ソヴィチナの・・・少年の世界は病院内だけ。
狭い世界で娯楽と呼べるモノはほとんどなく、読書と専属の看護師との交流くらいが娯楽と何とか言える程度で、楽しい筈の食事でさえも点滴からしかした事がなく、ただの作業でしかなかった・・・点滴を食事と言うのならだが。
そして両親は物心つく頃には死別していた、両親以外に親族はいなく誰も見舞いには来ない。
唯一幸いと言って良いのは両親は莫大な財産を遺しており、金銭面の心配はない事だろう。
加えて生前に病院に対して多額の寄付や契約を持ちかけていて、病院での永続的な治療と病院内でのある程度の生活の自由を確約させていた為、両親の死後も天涯孤独の子供で何をどうするべきかよく分からない状態でも病院生活を問題なく続ける事が出来た。
しかし逆に言えば人間一人位の人生なら生涯ニートで豪遊しても困らない程の財産を残せる程の両親だったが、それだけ仕事一筋であり、病院への手回しも全て子供の面倒を病院へ放任する目的だった、のかも知れない。
ただそのおかげで病院で専用の個室で生活する事が出来たし、クリアドのようなRVMMORPG(リアル・ヴァーチャル・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム)のゲーム環境も整えさせる事が出来た。
元々RVMMORPGは体が不自由な人も仮想世界ではあるが自由に体を動かせるようにして精神衛生の面でサポートしようと言った医療目的としての役割も持っていた為、導入させる事は容易だった。
何故、RVMMORPGを導入させたか。
そんなものは簡単だ、読書と専属の看護師との交流で外の様々な知識は得ていた為、せめて空想でもいいから外の世界を経験したかったのだ。
そうしてクリアドという仮想世界で少年は電子の自由の体を手に入れ、空想の外の世界を楽しんでいた。
(帰ったとしても、誰が待つでもなく、また仮想世界に入り浸る日々が始まるだけ・・・そんな世界に帰りたい? 帰りたくなんてないよ。)
帰りたいか自問自答し、すぐに考えは出る。
『元の世界へ帰りたくない』
それがソヴィチナの気持ちだった。
全く未練がないかと言われれば違う、専属の看護師とは仕事上だけかも知れないがほとんど親代わり同然の付き合いで現実では唯一と言って良い心を開いた相手だ、その看護師に別れも告げられずに会えなくなるのは心苦しいが言ってしまえばそれだけである。
むしろいなくなったままの方が良い筈だ、主治医からは面倒な患者だと煙たがられていたので喜ばれてるかも知れない。
(あの看護師さんも、僕みたいな面倒な患者の専属から解放されるんだ、このままこの世界で生きていけば皆幸せかもね。)
自分の境遇に改めて自嘲する気分だ、やっぱりこの異世界で生涯を過ごす方がいいとソヴィチナははっきり認識する。
筆記用具でメモに帰りたくないと書き込むと伏せて円卓の上に置く。
「・・・書き終わったって事は答えが決まったのね。」
同じく円卓にメモを伏せていたメアリカが確認をする。
ソヴィチナが頷くとメアリカも頷き、メモに手を置く。
「じゃあ、せーので見せるわよ。重要な事だから意見が割れても合ってもとことん議論するでいいかしら?」
「うん、いいよ。納得するまで議論しよう。」
ソヴィチナもメモに手を置き、お互いに即開示出来る状態になる。
「いくわよ?」
「うん。」
「「せーのっ!!」」