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#2

 1話目で初のブクマを頂きました。


 ありがとうございます。


 そして、それ以上に駄文ですいません。

 一般的に、死者の魂、御霊(みたま)は穢れている、とされている。

 それは、死者が抱いていた現世への未練だったり、満たされなかった欲望だったり、願望、執着心……そういった負の感情が、肉体から霊魂として離脱した時に剥き出しになるからだろう。


 この国、日本の歴史を紐解いてみても、死者の御霊(みたま)を鎮めるために神社や仏閣を建築したり、盛大に崇め奉る事で、御霊(みたま)の穢れを浄化するという儀式は古くから存在する。


 平将門しかり、菅原道真しかり、崇徳天皇しかり……


 だが、そんな魂の穢れは、歴史に名を残さないような一般人にも共通する事である……



 先週、家の近くの大通りで交通事故が起こった。数人の男女が暴走した車に巻き込まれ帰らぬ人となり、現在(いま)は事故の現場に花束や供え物が据えられている。



「……ふぅ、ごちそうさん」



 そんな現場に残っていた、死人達の無念さや未練……残されていた残留思念とでも言えば良いのか、今日はそれを喰らった。

 それは妖が持っているような極上の御馳走ではないが、数人分の悪意は魂の飢えを満たすには十分な量であった。



「……苦しまずに成仏しなよ」



 穢れは俺が喰らった。あとは御霊(みたま)が安らかに召されるのを祈るだけだ。



 科学的にはその存在を解明出来ないだろうが、いわゆる『あの世』という世界や『幽霊』という存在を否定する事は出来ない、と俺は思う。


 例えば、『あなたの目の前に幽霊がいる』とする。見えないし触れる事も出来ない。だが、そんな理由だけでは『幽霊はいない』とは言い切れないのである。霊は見えないし触れられないものだとすれば、他に否定出来る条件が無くなる、証明不足ってわけだ。


 閑話休題。



「さて……帰るか」



 我が家の夕飯は、診療所の外来が終わった午後8時から。悪意を喰らい魂の飢えは満たされても、胃袋の飢えは別物だ。食事もちゃんと取らないとならないのだ。

 特に成長期に入っているのに低身長に悩む俺としては、ちゃんとした食事も欠かせないのである。



「ただいま~」

「お帰りなさい。収穫はあった?」

「まぁ、ボチボチね」



 お袋、『真田巴(さなだともえ)』は俺やオヤジの事をしっかりと理解している。

 人に在らざる存在。

 そんな俺やオヤジがいても、ウチが普通の一般家庭として日々を暮らしていけるのは、お袋の支えがあるからだろう。



「今日はクリームコロッケよ。小さな診療所とはいえ、病院で食中毒とか笑えないから、ちゃんと手洗いはしてきなさいね?」

「はいよー」



 クリームコロッケは俺の好物だ。それが週1ペースで食卓にあがるところは、お袋の子煩悩なところだと思う。

 俺としても好きなオカズが食卓に並ぶ事に文句は無い、それどころか大歓迎だ。



「ん……良い匂いだな」



 仕事が終わり、着ていた白衣を脱ぎながら居間に入ってくるオヤジ、『真田亨(さなだとおる)』も揚げ物が全般的に好物なので、俺にとっては天ぷらやコロッケがお袋の味と言えるだろう。


 手洗いも済ませ、3人で夕食を取る。人外の鬼、闇の眷属である俺やオヤジにとっても、この一家団欒は大切な時間である。何つーか、平和って良いよね。


 ホクホクとろ~りのクリームコロッケを食べながら、今日の糧について話し合う。

 オヤジの方はいつものように病魔に取り憑かれた患者が何人かやって来たそうだ。



「六文は苦労してないか?」

「俺もいつも通り、かな?小さな悪意で飢えを満たす事も出来るけど、やっぱり強い悪意を抱いている人間は少なくなったかな」

「でも、魂が飢えていても普通の人間より身体能力は高いんだから、有事の際には力強いわよね」



 人外の存在である俺やオヤジは、常日頃から力を抑えて生活している。自分が何者かを知らなかった頃は、その秀でた身体能力を誇りに思っていたが、今では少し面倒にすら感じる。

 もし、普通の人間として生まれていたら……

 正直、そう思っていた時期もあった。まぁ、今はそんな自分も受け入れているけどね。



ピンポーン

「ん?急病人か?」



 診察の時間は8時まで。それ以降に診療所のベルが鳴るのは、何かがあった時だ。



「真田先生!助けて下さい!真田先生!」



 玄関の前で叫ぶ女性の声。間違いなく何かがあったようだ。

 診療所の明かりを付け扉を開けると、赤子を抱いた若い女性が数組入ってきた。



「これは……」



 赤ん坊を一目見ただけで、オヤジは状況を把握したようだ。

 そして、それは俺にも視えた。まだ小さな赤子に取り憑いていた、黒い悪意、が。



「急に泣き始めたと思ったら、体中に黒い斑点みたいな物が浮かんできて……」

「ウチもです!何か変な病気なんでしょうか!?」



 泣きながら状況を説明する母親達。だが、俺の経験からしてみても、妖が赤子に取り憑くような事は無い。無垢な赤子に取り憑いたところで、その悪意を周囲に撒き散らす事が出来ないからだ。

 つまり、この赤子に取り憑いている悪意は……



「……人為的、か」



 誰が、何のためにこの子達を狙ったかは分からない。だが、何かしらの悪意の矛先がこの子達に向かったのだろう。そしてその悪意によって原因不明、病名も定かではない病の発病、そして現在に至る。そんなところだろうか?



「ふぅ……」



 順に赤子に手を添え、取り憑いている病魔を吸い込み喰らっていくオヤジ。病魔が吸い込まれていくにつれ、赤子の体に浮かんでいた黒い斑点は薄れ、次第に消えていく。



「……これで一先ずは大丈夫でしょう」



 そう言ってカルテに病状と治療法を書き込む。まぁ、無難な病名をでっち上げるんだろうが、それが終わると薬の代わりに札を渡していた。



「この子の眠る部屋の四隅に、この札を貼りなさい。それでもまだ症状が現れるようなら、もう1度来て下さい」



 本来なら闇の眷属である鬼が、人間を治療する。人間社会を支える。

 端から見れば滑稽かも知れないが、これが闇の世界から出て、光の中で生きるために身に付けた生き方なのだ。



「ありがとうございます、ありがとうございます……」



 何度も頭を下げ涙を拭う母親達は、オヤジが何をしたのかを分かってはいないだろう。まぁ、知らない方が身のためにはなるかも知れないが……


 診療所から母子を見送り、とりあえずの事無きは得たが……



「……六文」

「はいよ」



 今日の俺の夜食は決定だ。あの赤子達に悪意が憑いた元凶を断つ。それが真田診療所(ウチ)に出来るアフターフォローだ。



「……それじゃあ、早めに済ませましょうか」



 事の成り行きを見守っていたお袋は、先ずは夕食を済ませるように告げる。

 その後は特に何のトラブルも無く、平穏な時間が過ぎた。



 午前2時を過ぎた頃。俺は急患でやって来た家族の家の中間地点にいた。俺の見立てではそろそろ現れると思われるんだが……


オオォォォォ……

「予想通り、か」


 赤子に憑いていた悪意。もしもあれが人為的なものだったのなら、誰かが意図して向けられたものだとしたら、1度排除しただけでは治まらないだろう。その誰かを突き止め、原因を断たなければ赤子達はずっと狙われるだけだ。まだ被害が少ないうちに解決しなくちゃね。


 どす黒い悪意を身に纏って現れたのは、1人の女性だった。まぁここまでは予想の範囲内だ。

 だが、問題はここから。俺はこの女性の悪意を喰らい、周囲への被害を防ぐ必要がある。



「……こんな時間に、何してるんすか?」

「……」

「ダンマリ、か……」



 女性の表情を伺うと、目の焦点は合っておらず、まるで夢遊病患者のようにここまでやって来たようだ。

 間違いない。彼女も憑かれているようだ。



「じゃあ……いただきます」



 女性が抱いていた悪意と、取り憑いていた妖を一気に吸い込む。黒い影を喰らい、俺の飢えを満たしたところで女性を操っていた糸のようなものは切れ、女性はその場に倒れた。

 この女性にどんな怨みがあって、何故妖に取り憑かれたのかなんて、俺には分からないし、そこを無作為に詮索しようとは思わない。俺は医者じゃないし、人が抱える心の内に土足で上がるような事はしたくない。

 だが、悪意は喰らった。それで一応の結末を迎える事が出来たのだ。



「……さて、診療所(ウチ)まで運ぶか」



 気を失っている女性を担ぐと、とりあえず安静にさせるために自宅へと戻った。



----


「……ん」

「気が付いたか?」

「……え……ここは……」

「真田診療所。ただの小さな病院だよ」

「病院……」



 気が付いた女性は、何故自分が病院にいるのか理解していないようだ。まぁ、妖に取り憑かれていた時の記憶は、残っている人の方が少ないんだけどね。



「……子宮頸癌、だね?」

「……はい」

「ステージも4……他の臓器にも転移が視られる。治療は諦めたのか?」

「……癌が見付かって、婚約は破棄されました。抗癌剤で治療をしても、治るかどうかは分からないって……それに、もし外科手術で治ったとしてももう子どもは授からない……もう私が生きる意味は……」

「ふむ……」



 ……そうか。彼女が妖に取り憑かれた理由は『生への絶望』だったか。生きる意味を無くし、希望を無くし、平凡な日常を送る事すら叶わなくなり……

 そんな心の闇に惹き寄せられた妖に取り憑かれ、他の幸せな家庭を闇で覆い尽くそうとしていた、ってところか?



「もう、私には、何も残っていないんです……」



 深夜の診療所に、女性の啜り泣く声だけが響く。それは痛いほどに心に染みる泣き声だ。



「……まだ生きたいか?」

「……え?」

「生きたいと思う気持ちすら捨ててしまったのか?」



 女性の気持ちを十全に理解してやる事など出来ないだろう。病に侵され、ただ死ぬ時を待つだけの余生なんて、当人にならないと理解は出来ないものだ。



「……たいです……生きたいです……でも、もうどうしようも……」

「……生きたいなら、生かしてやろう」



 病魔を喰らうというオヤジの力。それは医療の現場でこそ活きるものだ。



「少し失礼するよ」



 瞳で威圧し、強制的に女性の意識を失わせると、オヤジは食事(・・)を始めた。


 東洋医学でも、西洋医学でも説明出来ない、『病魔を喰らう』というオヤジの治療。この治療は絶対的な効果がある。だからただの町医者でありながら、どこぞの有名な大学病院と強いパイプを持っているのだ。


 俺やオヤジは、闇に生きる鬼である。

 それは変わらない事実だ。

 だが、闇に生きる存在としては異端であるだろう。

 人と共存する事で、今日(こんにち)まで生きてきた存在。それは同じように闇に生きる者達、もしくは闇から出て生活する眷属達にはどう映るのだろうか……



「……っぷはぁ~」



 まるで風呂上りにビールをイッキしたように、充足感を味わっているオヤジ。治療は完了したようだな。



「……さて、朝まで安静に寝かせてやろうか」

「起きた時に笑顔が戻る事を願って、か?」

「そうだな」



 食事を終えたオヤジは、白衣を脱いで診察室の椅子に深く腰掛けた。この女性が目覚めるのを待つのだろう。

 ならば、俺もいつものように朝まで眠りにつくだけだ。悪意を喰らった魂の充足感で睡眠を取る必要は無いが、まだ平日で明日も授業はあるのだ。睡眠というより休息は必要だろう。



「んじゃ、おやすみ」

「あぁ。ご苦労だったな」



 あと数時間後には朝が始まるが、自室に戻ると、とりあえずベッドで横になって浅い眠りについた。



----


 朝日が昇り出す時間帯。いつもと変わらない時間に起床する。リビングに向かうと、昨夜の女性がお袋の手伝いをしていた。



「六文さん、おはようございます」

「おはよ」



 洗面所で顔を洗い眠気を飛ばすと朝食の始まりだ。



「それで、病気については納得出来たの?」



 タクアンをポリポリと囓りながら尋ねると、彼女はまだ疑うような表情を浮かべていた。まぁ、末期の患者が一晩で病が完治した、なんて簡単には信用出来ないだろう。



「……今日、担当医の診察を受けてきます」

「ん。まぁウチは小さな診療所だけど、大概の病気は治せるから。なぁ、オヤジ?」

「そうだな」



 病魔を喰らった本人がそう証言するんだ。まぁ問題は無いだろう。



「ん、ごちそうさま」

「お粗末さま。じゃあ理絵さんの通院には私が付き添うから、六文は学校に行きなさいね?」

「はいはい」



 いつの間にか名前で呼び合うようになっていたお袋と理絵さんは、仲良く朝食の後片付けを始めた。



 そしてその日の午前中。数学の授業を受けていた俺のスマホに、お袋からメッセージが届いた。



『検査結果、癌は完治してたわよ』



 何度も言うが、俺には人間を、人間社会を守りたいだなんて気持ちはこれっぽっちも無い。


 人間ではない、闇の眷族。そんな俺やオヤジが、己の飢えを満たしただけなのだが、メッセージに添付されていた、涙を浮かべながらも嬉しそうに微笑んでいる理絵さんの画像には、自然と笑みがこぼれていた。

第2話、お付き合いいただきありがとうございます。

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