会議室蹂躙
栄二の衝撃発言から翌日、俺は社内の主要メンバーとミーティング、いや緊急会議を開いていた。
栄二は早朝よりスポンサー回りに出掛けている。
あの野郎…最初の衝撃を俺から言わせといて、ある程度皆が落ち着いた時に顔を出して主要メンバーを言いくるめる算段か…
よし!次は泡を吹くまで絞めてやろうという決意を新たに俺は会議に臨んだ。
只今、会議は絶賛紛糾中…あらゆる意見、暴言が飛び交う。
大まかに分けて4つのグループができている。
まずは古参の栄二絶賛派。
「遂にボンが先代越えに踏み切った!」
「いつかは作る日が来るのを待っていた!栄二君英断だ!!」etc.
その踏み切った英断はスーパーハイリスクでございます。その栄二を絶賛する口に合わせ味噌をぶちこんでやりたい…
次は古参、中堅の栄二否定派
「まだ栄二君に先代越えは無理では…」
「経営は上手いが制作を全く分かってない」etc.
あなた方がそれをいい募るから栄二は意固地になっていき、今に至るのですよ。
その否定しかしない侮蔑を浮かべた目に赤味噌を塗りこんでやりたい…
その次中堅が主の現実理解派
「怪獣映画はこのご時世に…」
「もしコケたら会社は一体どうなる?」etc.
よく分かりますよ、その気持ち…だが栄二というミサイルは既に発射した後なんですよ。
最早作るしかないという決定事項を耳に入れたがらない君達の耳にもろ味噌を押し込んでやりたい。
そして最後に頭角を表してきた新人以上中堅未満の宇宙電波派
「遂に、遂に俺眠れし獅子が目覚める!」
「人を喰らう…その描写は…ブツブツブツブツ…」etc.
何…あの子達…人事部は何考えてあの子達入れたの?
足りないお味噌の変わりに頭に注射器で白味噌入れてあげたい。
怪獣が暴れている間の国会の様に、カオス満ち溢れた会議は製作畑の俺には収拾させようもなく、俺は最近嫁が凝っている味噌料理の味噌をコイツ等にどう使うかという不毛な空想に浸っていると…
遂に待ち焦がれたアイツが帰って来たとの一報が!!
「やっぱりまとまらないよね~。ありがとね♪後は僕が進行進めるから」
社長室に呼ぶなり栄二は会議の状況を聞き、上機嫌な顔を浮かべている。
「あれをまとめる手管は俺にはないね。と言うかあれをまとめきれるのか?栄二?」
いくら栄二が経営手腕に優れているからと言っても今回の事は暴挙と独断が過ぎる。
だが栄二は別段困った風もなく、普段の柔らかい口調で言った。
「グループ別に3・3・2・2ってトコでしょ?心配しなくても大丈夫!さぁ会議に行こうよ」
と部屋を出て会議室に向かった。
栄二が会議室に入ると嵐の様な喧騒は止んだ。だがその静けさはある一点に力を向ける為の溜めである。
怪獣が火を吹く前の溜めの様なものだ。
そして溜め込んだ力は放たれた。
絶賛、否定、不安、歓喜の口撃は一斉に栄二に向かう。
だが栄二はいつもの笑顔を浮かべたまま一言も発す事なく、どこ吹く風と微動だにしない。
俺はどんだけ頑丈なハートしてるんだコイツ?と半ば呆れながらその光景を眺めていた。
どれだけの時間が過ぎたのか…すぐだった気もするし、とてつもなく長かった気もする。
会議室にいる全員の口撃が次第に止み、完全なる静寂が会議室を支配した。そして遂に栄二が口を開いた。
「いやぁ~今回の件は僕の独断専攻が過ぎる。申し訳ない。取り敢えず皆一人一人への謝罪と今度の企画へと至る経緯という、後ろ向きの話題を話すよりも先に、今の決定事項と経過について発表しようと思う。ああ、それから一つお願いなんだけど…僕の発表が終わるまで発言を控えて欲しい。終えた後ならどの様な質疑応答にも答えるけど、途中の発言は答えないから。」
栄二の機先を制すジャイアニズム発言に会議室の全員は息を飲む…そして栄二は何でもない様に語り始めた。
「まず怪獣映画を作る事についてこれは決定事項だ。ストーリーは今世に出ている作品を使う事はない、当社で作り上げるオリジナルストーリーでやる…」
「そして、怪獣は新たにオリジナルの怪獣を出す。いいかい?昔作った怪獣の続編なんかじゃない。今から僕らが産声をあげさせ、世界を席巻させる怪獣を造り上げる。」
栄二の発言に全員がどよめきを挙げる。絶賛派の連中さえ…それはそうだろう、彼らとて続編と思っていたのだ。
実は東洋商事は、過去に一度だけ怪獣映画を作っている。先代東洋栄一郎が作り上げた、最高の傑作。
当時、社会現象にまでなりその後の特撮映画に影響を色濃く与え、今尚、カルト的な人気を保ち続けている…その映画の名は
「深棲獣」
スポンサーが今回溢れる様についたのも、「深棲獣」の威光と実績があるからだ。
それ程の大ヒット作でありながら、続編はおろか新たな怪獣映画を出す事なく東洋商事は、時代劇とホラーをメインに据え東洋栄一郎は引退した。
それがまた憶測を呼び様々な推論、風聞を作り、伝説に拍車をかけている。
つまり、東洋商事が新たな怪獣を造るという事は日本屈指の特撮映画「深棲獣」に戦いを挑む…今尚燦然と輝く伝説に立ち向かうという事なのだ。
だからこそ栄二は怪獣映画を選んだ。父親を越える為に、父が産んだ伝説に終止符を打つ為に…全てを賭ける…
「スポンサーはいつもの皆様に加え新たに参入してくれるのは、四行出版、(株)サンズ、毎分放送、他には………」
栄二は今度はスポンサー名を挙げていく。皆そのスポンサー名を聞き、驚き、顔色を青くしていく。
そこに挙がる名は、日本各分野トップ企業の名前。恐るべし「深棲獣」の威光、恐るべし栄二の手腕。
そして栄二は〆に最後の爆弾を放り込む。
「担保は「深棲獣」及び過去の作品全部だ。今回の参入企業の皆様へは、ウチの映画の版権全てを従来の規定の半分以下の値段に引き下げる事にしました。」
この発言に会議室の全員は騒然となった。
つまり過去の作品の権利、放映権での収益を半分以下に引き下げたという事は、会社の収益を半分以下に引き下げたと同義だ。
映画というものはその作品の興業だけで収益を上げる訳ではない。その後のDVDやグッズ、TVでの放映権、キャラクターの使用料等、多岐に渡る。その根幹である版権を餌に栄二は東洋商事初の大量スポンサー獲得を成し遂げたのだ。
だがこれは、もしこのスポンサーがついた映画がコケたら…即会社は吹っ飛ぶ。栄二はかつてない映画の製作資金と引き換えに会社を賭けたのだ。
更に栄二がやった事は、日本映画界暗黙の了解であった版権の値下げ…それも大幅に、である。思い切り他製作会社にケンカを売ったのだ。
もはや引き返せない。怪獣映画限定で、それも会社オリジナル、他映画会社にケンカ売ってるから、共同製作も無理だ。
そしてこの映画がヒットしなければ、会社は倒産である。
皆、そこまで分かっているのであろう。だれ一人声を発する者はいない。
「さて、皆」
沈黙が支配した会議室の第一声は栄二だ。全員が栄二を見た事を確認すると、突然栄二は普段の穏やかな笑顔から真顔になり語り始めた。
「今の日本映画界をどう思う?日本映画の未来はどうなると思う?僕は正に衰退の一途を辿っていくと思うよ。ドラマの延長線上やアニメの実写版ばかりが溢れている。見栄えのいいタレントやアイドルを主役に据え、改変した脚本で売り出す。日本は低予算で作るからそれでそこそこの収益を出せば良い、その体質にまみれている。これが現状だ。」
「そんな映画を作りたくて、皆はここにいるのかい?違うだろう?幼い頃に見た映画はオリジナリティに溢れ、役者は僕らの心を打つ…だから映画というものに魅せられここにいるはずだ!」
栄二は体を前に乗り出し更に続ける。
「この前のアジア映画祭、日本映画のランクインは全て昔の作品だ。アジア最高峰と言われていた日本映画は地に堕ちた。これが今の日本映画の実力なんだよ!悔しいと思わないかい?もし何とも思わない者がいたら、今すぐに会議室を出て人事に辞表を出してくれ。僕は追わないよ。例えどんな逸材でも。」
「だから僕は賭けた。全てを賭けて作る。僕には金集めの才能はあっても映画の才能はない…だが、ウチには健太が…山沢健太がいる!親父の秘蔵っ子と呼ばれてる彼の手腕は皆知ってるはずだ!「深棲獣」が何だ!!ハリウッドが何だ!!そんなものぶち壊す怪獣を彼が作りあげる!!」
何だか視線が痛い…お腹も痛いです…
「たが僕と彼だけでは作れない。今の映画界に新風を吹かす為に!閉塞した業界を破壊しつくす怪獣を作る為の力を僕らに貸してくれ!!」
そう言って栄二は頭を下げた。
するとまばらに拍手が、それはどんどん広がり最後に会議室は熱狂に包まれた。
そこかしこで「やるぞ!」「俺はこれを待っていた!!」などの叫びが聞こえる。
そして俺は囲まれ、「手伝わせて下さい!」「一緒にブッ壊してやりましょう!!」と言う声に包囲された。
その時俺の頭の中には某RPGのレベルアップの音がこんなテロップと共に流れていた…
テケテケテッテッテ~♪
ケンタはすとれすが10あがった
テケテケテッテッテ~♪
ケンタはじょうきょうのわるさが20あがった
テケテケテッテッテ~♪
ケンタはえいじへのさついが50あがった