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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恋する鷹は爪を隠す

作者: あばば










 いきなりだが、俺の友人は馬鹿である。

 いきなりすぎて一体何を言ってるんだと思われるだろうが、もうその言葉以外出てこないくらい、その言葉以外しっくりこないくらいの馬鹿なのだ。

 近年ここまでの馬鹿はいないだろうというくらいの馬鹿なのだ。

 逆に馬鹿すぎて感嘆をこぼしてしまうほどの、とにかく馬鹿の中の馬鹿王様なのである。

 勘違いのないようここに追記しておくが、友人は知能的、学力面とかそういう意味での馬鹿ではない。

 俺の友人は馬鹿のくせに根はくそ真面目なので学業に手を抜くことは無かったし、馬鹿なりにそれなりの成績をおさめていた。俺が言っているのはそういうものじゃなくて、もっとこう…人間的な何かが、人間としてその思考回路はどうなのよそれっていう感じの馬鹿なのだ。

 よくそのお馬鹿加減で今まで何事もなく生きてきたなと何度思ったことか。もはやそれは称賛に値する。なにより恐ろしいのが、そんな馬鹿なことをしでかしている本人に馬鹿なことをやっている自覚がないことだろうか。いたって真面目に真剣に世界の真理と言わんばかりにやってるもんだから注意のしようがないというか、そもそもそれが普通だと思っているので注意されてもいまいち理解しないのだ。馬鹿だから。だからそこまで世話焼きでもない俺は友人がそれでいいならまぁいいかと今の今まで友人のお馬鹿ぶりを咎めたことはなかったのだが、俺は今友人のお馬鹿さんを野放しにしてしまったことに少なからずの後悔の念を抱いていた。

 ずずずーっとお行儀のわるい音を立てながら見つめる先、学園一の美形に深く深ーく抱きしめられる友人を見て柄にもなくOMGと頭を振り回したくなる衝動をなんとか押しとどめる。レモンティーの入っていた紙パックが一気にパック内の空気を吸い上げられたせいで見るも無残にひしゃげて、まるでそれがこれからの友人の未来を暗示しているようで薄ら寒いものが背筋をかけぬけた。


 (まさかここまで馬鹿だったとは…)


 未だ食堂という人の目がたくさん集まる中でなんの衒いもなく抱きしめられたままの友人を見て脱力。

 学園一の美形に抱きしめられているというのに、どこかウキウキとした表情を浮かべている友人はきっとこの状況の異常さが分かっていないんだろうな。俺は推測する。きっとあいつのことだからこれからのヒモ…いや、ペットライフにでも思いを馳せているんだろう。もしかしたら俺が教えたあのゲームがこれでクリアできるなとかそういう類のことを考えているかもしれない。そんななにを呑気なことをと思うだろうが、俺の友人はこんな状況下でもそんな事を考えられてしまう人間なのだ。果たしてそれを肝が座っていると言っていいのか。


 (いや、あいつの場合はやっぱりただの馬鹿だな。うん)


 女子達の喧騒をものともしない友人にそう判定を下して、俺は潰れたストローから口を離した。

 ひしゃげた紙パック。潰れたストロー。それらをみて悪い予感が俺の中で渦巻いていく。友人にまとわりつくあの腕が、いつの日か友人を飲み込んで囲い潰してしまうような…そんな気がしてならない。

 思えばあの美形はいつも友人をその名前とは似つかわしくない粘着的な目で見ていた気がする。犬なんて名ばかりで、その視線は爬虫類のように友人に絡みついていた。同じ漢字が名字に入っているからと距離を縮めた友人と犬飼。けれども俺はそれ以前から犬飼が友人の事を目でおっていたことを知っている。いつだって物欲しそうに友人を見つめては、隣にいる俺を恨めしそうに見てきていた。その目は何よりも如実に語っていた、「どうしてお前なんかが友人の隣にいるのか」と。検討はずれな敵意を剥き出しに、犬飼は俺を睨んできていた。


 (いやー、美形の睨みは迫力あったなぁ)


 近頃ではその敵意が無駄だと犬飼はようやく理解したらしく、睨まれる事はなくなったがその代わり不満気な顔をされるようになったけどな。俺が友人に対して特別な感情を抱いていないことには安心したが、常にそばにいる俺が羨ましいーーーそんな犬飼の思いがそのまんま表に出たような顔をされる。それに比べて今目の前で友人を抱きしめる犬飼の顔といったらない。締まりのない顔で友人を抱きしめては、心ここに在らずの友人をいいことにしれっと髪の毛の匂いをかいだり、首筋に顔をうずめたりしている。けれどもあの粘着的な眼だけは変わらない。ひたと友人のみに照準を合わせたようにブレることなく、腕の中にいる馬鹿だけを見つめていた。

 その目が、俺は不安だったのだ。

 その、冷静に獲物を狙う蛇のような瞳が、いつしか友人を頭から丸ごと飲み込んでしまいそうな、そんな馬鹿げた考えを抱かせるその目が。

 そしてその嫌な予感は、今日、友人の馬鹿みたいな発言で確信に変わってしまった。


 (本当にお前はどこまで馬鹿なんだよ)


 自ら大手を広げた罠の中に飛び込む奴があるか。と叱責したかったが、きっと俺が今後友人にそれを言える機会が訪れることはないだろう。漠然とした予感だが、それがもう予感ではなく起こりうるであろう未来だと俺には分かっていた。きっと、今日という日を境に俺は友人の姿を見ることはなくなる。

 なぜならあいつは己の自由と引き換えに、


 「あーあ、可哀想に。あの子、犬飼に飼い殺されちまうな」


 まるで俺の思考をよんだかのように声がした。驚いて後ろを振り返れば、眼鏡をかけたインテリ美形がそこにいた。


 「…鷹島」


 「よ。元気か友人くん」


 そう言って無表情に片手をあげるのは、学園一の美形である犬飼の友人の鷹島だ。完璧に言っているセリフと表情が噛み合っていない。犬飼とはまた違った整った容姿をしているこいつは滅多に動かない表情筋から「氷の王子」と呼ばれていた。実に失笑ものだ。ちなみに犬飼はその下半身と性格から「ゆるふわ王子」と呼ばれている。実に失笑ものだ。

 とにかく学園一美形が犬飼なら、鷹島は学園二の美形だ。洋風美形の犬飼と和風美形の鷹島のコンビはそれもう学園内では有名だった。

 どうしてそんな雲の上のような氷の王子が平凡極まりない俺の名前を親しげに呼んでくるのか、そんなの簡単だ。友人のそばに常にいるのが俺であったように、犬飼のそばに常にいたのは鷹島だった。そうなれば必然的に距離を縮めて行く友人と犬飼のように、少しずつではあるが俺と鷹島もそれなりに会話を交わして距離を縮めていくというもので。まぁ、つまりは、仕方なく知り合いになったというわけだ。そう、仕方なく。犬飼がここぞとばかりに友人に話しかけて話し相手がいなくなってしまったから、仕方なく同じように放置プレイを食らわされていた鷹島と話しただけだ。だって俺、こいつ苦手だし。


 「見てみろよ、犬飼のあの顔。だらしないったらないな」


 「そうですね」


 「絶対あいつこのままあの子持ち帰るぞ」


 「そうですね」


 「あんな奴に飼い主頼むとか、本当に馬鹿だよなあの子」


 「そうですね」


 「そして友人くんは相変わらず俺が苦手なんだな」


 「そうですね」


 この会話を聞いてもらえば、俺が鷹島を苦手としていることがお分かりいただけるだろう。え?苦手というか面倒臭がってるって?まぁ、否定はしないがな。


 「そこは嘘でも否定するところじゃないのか?」


 「あいにく嘘がつけない性格なんで」


 「なら仕方ないな」


 そう言って鷹島は笑う…事はなく相変わらずの無表情で俺の隣の席へと腰を下ろした。その接近に内心で辟易しながら、俺は再び友人の方へと視線を戻す。鷹島の登場により一層賑わい出した食堂内の様子には無視を決め込むことにした。


 「それにしてもあの子も思い切ったことするな。飼い主になってくれとか、どうやったらそんな考えにいたるんだ?」


 「あいつ馬鹿なんで」


 俺と同じように視線を向けた鷹島がどこか呆れと感心が入り交じった声で言う。鷹島の言うことには俺も同意だ。なにがどうなって友人の中でそんな結論に至ってしまったのか理解に苦しむが、俺はいつものように一蹴して答えを終わらせる。冒頭にも述べたとおり、もうこれしか友人を表す言葉を俺は知らなかった。

 そんな俺の言葉に何かを感じとったのか、「友人くんも馬鹿な相方持って大変だな」と同情気味にこぼした鷹島は俺が愛飲しているレモンティーのパックを差し出してきた。もしかして俺慰められてる?と鷹島とレモンティーを交互に見つめる俺の手を取って、鷹島は餞別だとレモンティーを握らせた。

 一体何の餞別で俺は鷹島からレモンティーを貰ったのだろうか。いまいちピンとこなかったが、貰えるものは貰っとけ精神の俺は素直に礼を言ってすぐさまストローをぶっさしてやった。


 「あぁ、でも、あの子の場合は見てて和むお馬鹿だから犬飼よりはましかもな」


 やはり鷹島は友人と犬飼を馬鹿な相方認定していたようだ。先ほどの友人くんもという「も」の部分に引っかかっていたが、どうやら鷹島も連れの馬鹿具合に多少の苦労を感じているみたいだった。そして言わずもがな、その鷹島の連れとは犬飼のことである。

 それにしても、和むお馬鹿ってなんだ鷹島よ。馬鹿にはそんな和むとか和まないとか種類があったのか。


 「てか友人くん、止めなくてもいいのか?」


 「…何をだよ」


 数分前からかわらず抱きしめあったままの互いの友人達を見つめて言葉を交わす俺と鷹島。ついに犬飼は、しれっと友人の服の裾から手を忍び込ませていた。


 「何をって分かってるくせに。このままだとさっきも言ったように、犬飼に飼い殺されちまうぞあの子。それこそ死ぬまで、な」


 隣に座ったその距離から位置は変わっていないはずなのに、耳元のすぐそこで鷹島が喋っているかのように不穏な言葉が鳴り響いて、俺は人知れず息を詰めた。


 「友人の俺が言うのもアレだが、犬飼は馬鹿だぞ。いや、馬鹿だと少し語弊があるな…。馬鹿は馬鹿でも思考がぶっ飛んだ馬鹿というか、常識や道徳が欠如してるというか…」


 淡々と鷹島は語っているが、その内容は実に淡々としたものではなかった。それは俺が今まで気付いていたが、さすがにそこまでしないだろうと無理に自分を納得させて放置してきた事だった。いくら友人に垣間見せる犬飼の執着が異常であっても、常識的に考えて、理性のある人間ならばそれ以上の行動には出ないだろうと、そんな確証もない根拠を俺は信じていた。


 「つまりはアレだ。イカれてんだよ犬飼は」


 けれども根拠もない確証はただの思い込みでしかない。人間のみる、都合のいい幻想でしかないのだ。

 ぼんやりと友人を見つめるだけしかできない俺に鷹島は何でもないことのように幻想を潰しにかかってくる。


 「可哀想にな、あの子」


 ーーーこれであの子の自由はなくなった。


 続いた言葉に、俺の視界は一気に弾けて、そこでようやく目の前で起こった事を本当の意味で理解した。

 俺のお馬鹿な友人は、犬の名を借りた蛇に緩やかに締め付けられてとらわれてしまったのだと。そして友人は俺の知らない常識の中でこれから生きていくことになることを。第三者の鷹島に改めて言われてはじめて、俺は実感したのだ。


 「きっと犬飼は一生あの子を離さないぞ。あいつはそういう奴だからな。普段物欲がない分、一回ハマると絶対に手離さない。懐に入ったが最後、壊れるまで解放されることはないぞ」


 「…そうみたいですね」


 「そうみたいですねって、いいのかそれで」


 隣で鷹島が訝しむ気配がする。

 それはもっともだ。友人の危機(?)だというのに気のない返事をしたのだから。俺だって逆の立場だったら鷹島と同じような反応を返しただろう。

 でも俺は知っている。犬飼が常識ハズレの執着王子なら、


 「いいもなにも、あいつ人を疑うこと知らねーんだもん。その上何事も深く考えない馬鹿だから順応性高いし、逆に相性いいんじゃねぇの犬飼と」


 あの友人は疑い知らずの何事も受け入れちゃうよ系バキューム王子だということを。

 なにも常識ハズレなのは犬飼だけではない。あの友人だって充分に常識ハズレな思考回路をしていたのを俺は思い出した。なら俺がもう心配する必要はないじゃないかと思い至る。人は時としてそれを、諦めと呼ぶ。


 「…さすがはあの子の友人くんって感じの考え方だな」


 「どういう意味だよそれ」


 「友人くんもあの子のお馬鹿さに感化されてるってことだ」


 「冗談はよせよな。俺はあいつみたいに誰かのペットになりたいとは思わないし、飼い殺されるのも願い下げだ」


 それは俺の本心だった。

 俺は楽な生活との引き換えに、自分の自由を失う気はない。

 俺はいつだって、己の足で立って生きていきたいのだ。

 他人に依存するだけの人生なんて真っ平御免だ。


 「でも、自分の助けなしでは生きていけないペットって可愛いと思わないか?」


 いきなり鷹島がそんな事を言ってきて、俺は思わず隣に座る奴へと顔をむける。俺の視線を受けてもなお、鷹島はピシッとちちくり合う友人達を見据えて動かない。


 「…はぁ?なに、鷹島もペット飼いたいのか?」


 「ペットっていうか、俺なしじゃ生きていけない存在が欲しいな」


 「なんだそれ。頭おかしいなお前」


 「かもな」


 そう言って鷹島は笑う…事なく相変わらずの無表情を貫いていた。はたしてこいつの表情筋が動く時はあるのか、そんな事を思った。けれども、一瞬だけ。瞬いて消える残像のように、いつも冷静をたたえる瞳に似つかわしくない色が灯ったような気がした。犬飼の瞳の中で輝く、あの色とよく似た…。


 (…いやいや。そんな訳ねぇよな)


 きっと光の屈折がみせた錯覚に違いない。そんな身近に常識ハズレがゴロゴロいたら堪らない。

 それでも、一度持ってしまった違和感は俺の中でむくむくと大きく育っていく。『類は友を呼ぶ』そんな諺が存在するように、もし、鷹島の本性が犬飼同様常識も理性も厭わないものだとしたら。もし、既に捕食する獲物を見つけていたら。もし、その獲物が犬飼同様身近な人間だったら…。とそこまで考えて俺は自分の思考に首を振った。


 (それこそ笑止千万だな。だって俺らあいつらみたいに仲良しな訳じゃないし。もし鷹島も犬飼みたいに常識ハズレだったらすでに行動に移してるだろうし)


 でも俺は今までと変わらず無事ここにいるし、これといったアプローチを受けたわけでも、ましてや友人のように粘着的な目で鷹島に見られた覚えもない。そんな目を鷹島が他の人間に向けているのも見たこともない。鷹島はいつだって、一定の距離をもって俺とも周りとも接していた。近くもなく、遠くもなく、下手をすればそこに居ることを忘れてしまいそうな、そんな距離感。

 だから、これは俺の考えすぎだ。あまりにも身近にハチャメチャなことが起こったせいで、少しだけ疑心暗鬼に陥ってしまっているんだろう。


 (そもそも鷹島が俺をとか自意識過剰も甚だしいっての)


 どうやら俺は俺が思っていた以上に友人の突飛な行動に動揺していたらしい。なんだか思考をうまくまとめることができなくて、ありえない考えが浮かんでは消えていく。


 「どうした友人くん。俺の顔に何か用か?」


 「…あ?あー、いや。鷹島の顔に用は、ないな」


 「なら何か疑問でも?」


 「うーん。疑問も、ないな」


 あるとしたらどうしてそんなに無表情なの?ていうことくらいだろうか。

 自分でも気づかないうちに鷹島をガン見してしまっていたようで、問いかけてくる無表情に苦笑まじりに返す。依然として鷹島と視線は合うことはなかったが、まぁいいかと俺は机に突っ伏した。

 ちちくり合う友人と犬飼も、ざわめき立つ食堂内の喧騒も、石像のように表情筋が動かない鷹島もなんだか見ていたくなかった。


 (…あぁ、そう言えばこれから俺一人じゃん)


 なんて友人のいなくなるこれからを想像する俺は気づかなかった。

 机に突っ伏す俺にはじめて視線を動かした鷹島が粘着的ではなく猛禽類みたいな鋭い目で俺を見つめて、滅多に動かない口元に歪な笑みを浮かべていたことを。


 (…ん?てかもしかしてこれから鷹島と二人行動とかいわねぇよな?え?そういや俺鷹島と選択ほぼ一緒じゃん)


 と友人ばりの呑気さで俺はすぐそばにいる猛禽類の存在に気づくことなく、これから鷹島と二人で行動しなければいけないかもしれない未来を思って眉間にシワを寄せるのであった。








 「これからじっくり堕としてやるからな、友人くん」


 だから鷹島がそんな不穏な言葉をこぼして笑ったことを、俺は知る由もないのであった。




 END

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