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資本家  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
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第50章-第56章

第五十章

 



月曜日まで保安官による行動は何もないから、クーパーウッドは月曜日に出頭すればいい、という知らせを持ってシュテーガーが来ると、事態はやわらいだ。これで考える――家庭の細かい問題をゆっくり調整する――時間ができた。慰めるようにして両親にこれを報告し、家族がもうすぐ引っ越さねばならないもっと小さな家に関する、直ちに調整すべき問題について、弟たちと父親と一緒に話し合った。この崩壊しかけている会社のさまざまなメンバーの間で、細かい事柄に関する多くの協議があった。クーパーウッドは、シュテーガーと打ち合わせをしたり、デービソン、リー、ジェイ・クック商会のアベリー・ストーン、ジョージ・ウォーターマン(昔の雇用主のヘンリーは死去)、前政権と共に退陣した前州財務官のヴァン・ノーストランドなどと直接会ったりして多忙だった。いよいよ本当に刑務所に行くことになった今、金融界の仲間に集まってもらい、知事に働きかけることで、自分を出所させることが彼らにできるかを確かめたかった。州最高裁判所の判事の間で意見が割れたことが、クーパーウッドの口実であり強みだった。シュテーガーにはこの線で話を進めてほしかった。自分の役に立ちそうなありとあらゆる人――今も三番街で営業しているティグ商会のエドワード・ティグ、ニュートン・ターグール、アーサー・リバース、衣料雑貨王で今や大富豪のジョセフ・ジマーマン、ジャッジ・キッチン、ハリスバーグ金融界の元代表テレンス・レリイハン、その他大勢――に会おうとする努力を惜しまなかった。


レイリハンには報道機関と接触して彼らの態度を自分を釈放する方向に再調整できないか確認してほしかった。ウォルター・リーには富裕層などの重要人物がこぞって名前を連ねた嘆願書を作成して、自分の釈放を知事に求める活動の陣頭指揮を取ってほしかった。レイリハン並びにリーその他大勢がこれに快く賛同した。


あとはアイリーンと再会する以外、本当に何もすることがなかった。他の難問や責務が山積する中で、時にはほぼ不可能に思えることもあったが――それでもやり遂げた――無知なくせにすべてを包み込む彼女の愛の大きさに癒やされ慰められたくてたまらなかったからだ。この頃のアイリーンの目! その中で輝くのは、クーパーウッドと彼の幸せを願う、熱く燃えている探求心だ。彼が――あたしのフランクがこんなに苦しめられるなんて! ああ――彼が何を言おうと、どんなに勇ましく明るく話そうと、あたしにはわかる。今は信じて疑わないが、あたしの彼に対する愛が、彼が刑務所に送られる主な原因なのだ。父のひどい仕打ち! 敵の小物ぶり――新聞で写真を見たあの愚かなステナーがいい例だ。現に彼女はフランクを前にするといつも、フランク――彼女の強くてハンサムな恋人――世界一強くて勇敢で賢くて優しいハンサムな男性のために、化学反応のような苦しみの中で完全に煮えくり返った。ああ、彼女が知らないなんてことはない! そしてクーパーウッドは、アイリーンの目を見て、この理屈の通じない彼にとってとても心地よい情熱を実感して、微笑み、感動した。こういう愛情! 犬が飼い主に向ける愛、母親が子供に注ぐ愛。彼はどうやってそれを呼び覚ましたのだろう? 彼にもわからなかった。しかしそれは美しかった。


そして今、この最後のつらいときにクーパーウッドはアイリーンに会いたくてたまらなかった――そして会った――有罪の評決から上告棄却までの自由でいられたその月の間に少なくとも四回会った。刑務所に入る直前――刑の宣告がある月曜日の前の土曜日――クーパーウッドはアイリーンに――アイリーンはクーパーウッドに――会う最後のチャンスを手に入れた。最高裁の判決以降、彼はアイリーンと接触していなかったが、彼女から私書箱宛ての手紙を受け取り、キャムデンの小さなホテルに土曜日の予約をいれた。そこは川向こうだからフィラデルフィアのどこよりも安全だとクーパーウッドは判断した。月曜日以降、すぐには会えなくなるかもしれないのをアイリーンがどう受け止めるか、また、好きなようにたびたび相談できなくなる場所に自分が行ったら、アイリーンは全体的にどう振る舞うか、少し不安だった。だからこそ、アイリーンと話がしたかった。しかしこの時、クーパーウッドが予期し、恐れてさえいたとおり、彼女のことが気の毒に思えるほど、アイリーンの抗議はこれまでになく強烈だった。実際、強烈を上回っていた。クーパーウッドが遠くから近づいてくるのを見るとアイリーンは、彼女だけが彼にとれるあのまっすぐな力強い態度で、クーパーウッドが楽しみ称賛してやまない、男のような性急さで、彼に会おうと進み出た。そして首に腕をまわしながら言った。「ねえ、あなた、あたしに言う必要はないわ。この前の朝、新聞で見たから。気にしないで、あなた。愛してる。あたしはあなたを待ってるわ。たとえ十二年待つことになっても、あたしはあなたと一緒よ。百年かかったってへっちゃらだわ。ただあなたはお気の毒だけどね、フランク。これが終わるまで、あたしはずっとあなたと一緒よ。全力であなたを愛し続けるわ」


アイリーンはクーパーウッドを撫で、クーパーウッドは、自分が落ち着いていることと、まだアイリーンに関心があって満足していることを同時に示す、あの物静かな態度で相手を見た。アイリーンを愛さずにはいられない、愛さずにいられる者がいるだろうか、と考えた。アイリーンはとても情熱的で、活発で、欲望に満ちていた。クーパーウッドは今、これまで以上に心から彼女を称賛せずにはいられなかった。何しろ自分の知的な強さをもってしても、文字通り、彼女を支配することが本当にできなかったからだ。アイリーンは、彼が冷静に批判的な態度で距離を置いても、まるで彼が自分の特別な所有物、おもちゃででもあるかのように、迫った。アイリーンはいつも彼に話しかけた。特に興奮しているときは、まるで彼が赤ん坊か自分のペットであるかのように話しかけた。クーパーウッドは時々、アイリーンはこの自分を精神的に圧倒し、従属させてしまうのではないか、と感じることがあった。彼女はとても個性的であり、女性としての自分の重要性を信じていた。


このときアイリーンは、彼が失意のどん底にいて彼女の精一杯の気遣いと優しさを必要としているかのようにしゃべり続けたが、クーパーウッドは全然そうではなかった。なのに、彼女はこのときクーパーウッドに、実際にそう感じさせた。


「そんなにひどくはないんだよ、アイリーン」とうとうクーパーウッドから言う始末だった。相手がアイリーンであっても彼にしては珍しいくらいに穏やかで優しい態度でだった。しかしアイリーンは彼に構わず力強く続けた。


「あら、ひどいわよ、あなた、わかってるんだから。ああ、かわいそうなフランク! でもあたしはあなたに会いに行くわ。どんなことが起こったって、どうすればいいかは知ってるから。あそこって、どのくらいの頻度で囚人に面会させてくれるの?」


「三か月に一度だけという話だ。でも入所してから、こっちで調整できると思う。ただすぐには来ようとしない方がいいんじゃないか、アイリーン? 今がどんな状況かわかってるはずだ。しばらく待った方がいいんじゃないかな? お父さんを刺激する危険があるんじゃないか? お父さんがその気なら、あそこで大騒ぎを起こすかもしれないよ」


「三か月にたった一度ですって!」クーパーウッドがこの説明を始めると、アイリーンは声を荒らげて叫んだ。「ねえ、フランク、嫌よ! まさか! 三か月に一度だなんて! ああ、そんなの耐えられないわ! 従うもんですか! 所長に直談判してやる。そうすれば会わせてもらえるわよ。所長に話せば、きっと会わせてくれるわ」


アイリーンは興奮してかなり息を切らしているのに長話をやめようとしなかった。クーパーウッドは割って入った。「きみは自分が言っていることを考えていないんだ、アイリーン。きみは考えていないよ。お父さんのことを忘れちゃいけない! 家族を忘れちゃいけない! お父さんはあそこの所長と知り合いかもしれないよ。きみだって、私に会いにあそこに通ってるって町中に広めたくはないだろ? お父さんが邪魔立てするかもしれないよ。それにきみは政党の小物の政治家ってものを私ほどわかっちゃいない。あいつらは婆さんみたいに噂話をするんだ。何をどうやるにしても、せいぜい用心しないといけないよ。私はきみを失いたくはないんだ。きみに会いたいよ。でもきみは自分がしていることに注意しなくちゃいけない。すぐに私に会おうとしては駄目だ。私だってきみに会いに来てほしいけど状況を見極めたい。きみも見極めてほしい。きみが私を失うことはないんだ。私はちゃんとあそこにいるだろうからね」


そこにあるにちがいない鉄の独房の長い列を思い浮かべて、クーパーウッドは口をつぐんだ――そのうちの一つが自分用だ――刑期はどれくらいだろう?――そして、独房の扉越しか中に入って自分に会うアイリーンのことを考えた。同時に、他のことをあれこれ考えていたにもかかわらず、今日のアイリーンは何て魅力的に見えるのだろう、と考えていた。彼女は何て若々しく、何て力強いのだろう! クーパーウッドが壮年の盛りに近づきつつある一方で、アイリーンはまだ比較的若い娘であり、相変わらず美しかった。当時の奇妙なバッスルスタイルの白黒の縞模様のシルクのドレスを着て、赤みをおびた金髪のてっぺんに、小さなアザラシ皮の帽子をおしゃれにのせて、アザラシの毛皮製品一式を身につけていた。


「わかってる。わかってるわよ」アイリーンはきっぱりと答えた。「でも三か月よ! フランク、無理だわ! あたしはいやよ! ばかげてるわ! 三か月だなんて! もしうちの父があそこの誰か、あるいは頼み事をしたい他の相手に会いたかったら、三か月も待つ必要はないって知ってるもの。だからあたしも待ったりしない。何とかするわよ」


クーパーウッドは微笑まざるをえなかった。アイリーンをそう簡単に打ち負かすことはできない。


「でも、きみはお父さんじゃないからね、アイリーン。それにお父さんには知られたくはないだろう」


「そんなことわかってる。でも、あたしが誰なのかを相手が知る必要はないでしょ。厚手のベールをかぶって行けばいいのよ。所長は父を知らないと思うわ。知ってるかもしれないけど。とにかく所長はあたしを知らないわ。もし知っていたとしても、あたしが話せば告げ口したりしないわよ」


自分の魅力、個性、世俗的な特権に対するアイリーンの自信は、何ものにも支配されない自分本位なものだった。クーパーウッドは首を振った。


「きみという女性は最高でありながら最悪でもあるね」クーパーウッドはアイリーンの頭を引き寄せてキスをしながら優しく言った。「でも、やっぱり、私の言うことを聞かなきゃ駄目だ。シュテーガーという弁護士がいるんだ――知ってるよね。彼がこの件で所長と打ち合わせをすることになっている――今日やってるんだ。調整できるかもしれないし、できないかもしれない。明日か日曜日にはわかるから手紙を書くよ。知らせが届くまでは先走って軽はずみなことはしないことだ。面会の制限は半分に減らせると思う。多分月に一回か二週間に一回程度にね。手紙は三か月に一回しか書けない」――アイリーンは再び憤慨した――「その辺は改められるはずだ――多少はね。でも連絡がいくまでは私に手紙を書いてはいけないよ、少なくとも名前や住所は書かないこと。手紙はすべて検閲されるからね。私に面会したり手紙を書いたりするなら、用心しないと。きみは世界一用心深い人じゃないからね。いい子になってくれるかい?」


二人はさらにたくさんの話をした――彼の家族のこと、月曜日に出廷すること、係争中の訴訟に出席するためにすぐに釈放されるか、恩赦が与えられるかどうか。アイリーンは今でも彼の将来を信じていた。彼を支持した反対派判事の意見にも、彼を支持しなかった三名の賛成派判事の意見にも目を通していた。フィラデルフィアでの彼の時代は終わっていない、いつか立ち直ってどこか他の地に自分を連れて行ってくれる、と信じていた。クーパーウッド夫人にはすまないと思ったが、彼女はフランクにふさわしくない――フランクに必要なのは自分のような相手だ、若さと美しさと力を備えた女性だ――自分しかいない、と確信していた。別れの時間が来るまで、アイリーンは恍惚と彼に抱きついたまま離れなかった。正確な調整をつけようのない状況で、行動計画の調整がつく範囲で、調整がつけられた。最後の瞬間、クーパーウッドと同じように、アイリーンは別れをめぐって、どうしようもなく落ち込んだ。しかしいつもの力で気を引き締めて、毅然とした眼差しで暗い将来と向き合った。




 

第五十一章

 


月曜日が来た。これでいよいよお別れだった。できることはすべてやった。クーパーウッドは両親、弟たち、妹に別れを告げた。妻とは、やや他人行儀だが実務本位の事務的な会話を交わした。息子と娘には特に別れを告げなかった。月曜日に行かねばならないと知ってからは、木曜、金曜、土曜、日曜の夜帰宅するたびに、特に愛情を込めて少し子供に話しかけようと考えた。自分の日頃の道徳的あるいは非道徳的な態度が、子供たちに一時的に不利益をもたらしているかもしれないと思ったが、それでも確信は持てなかった。ほとんどの人は、甘やかされようが、チャンスを奪われようが、そこそこうまくやっている。おそらくはこの子たちも、何が起ころうと、多くの子供たちと同じようにうまくやっていくだろう――とにかく助けられるのであれば、経済的に見捨てるつもりはなかった。子供たちから妻を、妻から子供たちを、引き離したくはなかった。子供たちの面倒は妻が見るべきだ。子供たちには妻と一緒に快適な生活を送ってほしかった。妻と一緒にどこにいようと、子供たちには時々会いたかった。彼はただ妻と子供たちから自由になりたいだけだった。出ていって、アイリーンとの新しい世界と新しい家庭を築きたかった。だからこの最後の日々、特にこの最後の日曜の夜は、子供たちとの別れが迫っていることをあまり大っぴらにし過ぎないようにして、かなり目立った思いやりを息子と娘に見せた。


「フランク」クーパーウッドはこの機会に目に見えて無気力な息子に言った。「しゃきっとして、大きくて強い健康な男になる気はないか? ちゃんと遊んでないだろ。男の子たちの仲間に入ってリーダーになったらいい。どこかに運動できる場所を作って、どれだけ強くなれるか試してみたらどうだ?」


家族はヘンリー・クーパーウッド邸のリビングにいた。この時みんなはかなり意識的にそこに集まっていた。


大きな読書テーブルを挟んで父親の真向かいにいた娘のリリアンは、興味深げに父と兄とを眺めた。子供たちは、父親の事件と現在の窮状を知らずにすむように、しっかり守られていた。父親は一か月くらい旅行に出かけるんだと考えていた。リリアンは去年のクリスマスにプレゼントされた児童雑誌(チャッターボックス)を読んでいた。


「お兄ちゃんは何もしないもん」読んでいた本から顔を上げて、彼女にしては妙に批判的に口を挟んだ。「だって、わたしがかけっこやろうって言っても一緒にやってくんないもん」


「へっ、お前なんかと誰がかけっこしたがるかよ?」フランク・ジュニアはふてくされて言い返した。「ぼくがお前とかけっこしたくたって、お前は走れないじゃないか」


「わたしが走れない?」妹は答えた。「お兄ちゃんなんか負かっしゃうもん」


「リリアン!」母親はたしなめる口調で言い聞かせた。


クーパーウッドは微笑み、愛情を込めて手を息子の頭に乗せた。「大丈夫だ、フランク」軽く耳をつまんで声をかけた。「心配するな――努力すればいいだけだ」


息子は期待したほど温かい反応を示さなかった。その晩遅く、クーパーウッド夫人は、夫が娘の華奢なウエストをつかんで抱っこしたり、カールした髪をそっと引っ張ったりするのに気づいて、一瞬、娘に嫉妬した。


「お父さんがいない間、いい子にしていられるかい?」クーパーウッドはこっそり娘に言った。


「はい、お父さん」娘は明るく答えた。


「それでいい」クーパーウッドは答えると、かがみ込んで優しく口にキスをして「ボタンのような目だ」と言った。


夫が行ってしまうとクーパーウッド夫人はため息をついた。「子供たちばかり相手にして、私には見向きもしないのね」リリアンは思ったが、子供たちにしても、これまでそれほどちやほやされてきたわけではなかった。


この最後の時間にクーパーウッドが母親にとった態度は、彼がこの世界で保てる限りの優しさと思いやりに満ちたものだった。クーパーウッドは、母親の関心が派生的に広がって及ぼす影響も、母親が自分や他の関係者のことでどれほど苦しんでいるかも、はっきり理解していた。幼い頃に母が自分に注いだ思いやりのある世話を忘れたことはなかった。母の老後に不幸な破産をさせないためにできることがあったら、それをしていただろう。済んだことを悔やんでも仕方がない。成功か失敗の瞬間に激しい感情を出さずにいることはクーパーウッドにも時にはできないことがある。しかし正しい行いは、それに耐え、表に出さず、口数を減らし、何が待ち構えていようと、あきらめよりはむじろ自分で何とかしようという態度で邁進することだった。それが今朝のクーパーウッドの態度であり、周囲の者に期待したことだった――実際のところはほとんど彼自身の態度によってそういう態度を取らざるを得なかった。


「では、お母さん」クーパーウッドは最後の瞬間に快活に言った――母も妻も妹も法廷に来させるつもりはなかった。来たところで自分に何の違いも生じないし、無益に彼女たちの心を傷つけるだけだと主張した――「じゃあ、行ってきます。心配しないで。元気でいてださい」


クーパーウッドは母親の腰に腕をまわした。母親は延々と、気持ちを抑えることなく、絶望に満ちた抱擁とキスをした。


「行っておいで、フランク」母親は送り出すときに、むせびながら言った。「神のご加護がありますように。あなたのために祈るわ」クーパーウッドはそれ以上母親に注意を払わなかった。あえて払わなかった。


「さようなら、リリアン」妻に明るく、優しく言った。「数日で戻ると思う。裁判が進む中のいくつかの場面に立ち会いに行くんだ」


妹に言った。「じゃあね、アンナ。他の人たちをあまり落ち込ませないようにしてくれよ」


「三人とは後で会いましょう」父親と弟たちに告げると、当時の最高にしゃれた服装に身を包んだクーパーウッドはシュテーガーの待つ応接間に急いで、家を出た。彼を送り出すドアが閉まる音を聞いて、家族は胸を刺すような寂しさに襲われた。母親は泣き、父親は最上の友を失ったように見えたが自制し困難に立ち向かおうと懸命に努力し、アンナはリリアンに気にしないように言い、リリアンは何を考えていいのかわからないまま無言で未来を見つめていた。確かに、輝かしい太陽は彼らの身近な風景に、とても哀れに沈んでしまった。



 

 

第五十二章



クーパーウッドが刑務所にたどり着くと、ジャスパースがそこにいてうれしそうに出迎えたが、うれしいのは主に保安官としての自分の評判を損なうことが何も起きずに安堵したからだった。裁判所の問題は概して急を要するため、法廷に向けて出発するのは九時と定められた。エディー・ザンダースは再び、クーパーウッドをペイダーソン判事の前に無事送り届けて、その後刑務所に移送する役目を任された。事件に関するすべての記録が所長に引き渡すために彼の管理下に置かれた。


「ご存じでしょうが」ジャスパース保安官はシュテーガーに打ち明けた。「ステナーもここにいるんです。今や文無しですが、それでも個室を提供してやりました。ああいう人を独房に入れたくはありませんのでね」ジャスパース保安官はステナーに同情的だった。


「ごもっともです。いい話をうかがいました」シュテーガーはにんまりして答えた。


「聞いた話からすると、クーパーウッドさんはここでステナーに会いたくないでしょうから別々になるようにしておきました。ジョージは一足先に別の副保安官と出て行ったばかりです」


「それはよかった。そうあるべきです」シュテーガーは答えた。クーパーウッドのために保安官が随分気を利かせてくれたのがうれしかった。ジョージが苦難を抱えて財産を失う事態に陥っていても、どうやらジョージと保安官はとても友好的にやっているようだった。


大した距離ではないのでクーパーウッドたちは歩いた。道すがら深刻な話題は避け、むしろ単純なことばかり話した。


「事態はそれほど悪いことにはなりませんよ」エドワードは父親に言った。「知事はきっと一年以内にステナーを赦免するってシュテーガーが言ってます。もしそうなら、フランクも必ずそうなるはずです」


ヘンリー・クーパーウッドは何度この話を聞いても、決して聞き飽きることはなかった。これは赤ん坊をあやして寝付かせる素朴な子守唄のようなものだった。この時期にしては驚くほど残っている雪、晴れて明るく始まったこの日の清々しい天気、法廷は満員ではないかもしれないという期待、すべてが父親と二人の息子の注意を引いた。ヘンリー・クーパーウッドは、ただ気分をやわらげるだけのために、パンのかけらを巡って争うスズメたちに触れて、冬なのによくやってると感心した。クーパーウッドはシュテーガーとザンダースと前を歩きながら、自分の仕事に関連した一連の裁判が迫っていることとその対策について話した。


裁判所に着くと、数か月前に陪審の評決を待ったのと同じあの小さな囲いが、クーパーウッドを受け入れるために待ち構えていた。


ヘンリー・クーパーウッドと他の息子たちは、法廷側で席をさがした。エディ・ザンダースは自分が担当する相手と残った。そこにはステナーとウィルカーソンという副保安官もいた。しかしステナーとクーパーウッドは互いに相手を見ないふりをした。フランクにはかつての仲間に話しかけることに抵抗はなかったが、ステナーが気おくれして面目なさそうにしているのが見て取れた。だから目もくれず何の言葉も交わさずにこの状況をやり過ごした。約四十五分の退屈な待ち時間が過ぎたあとで、法廷に通じるドアが開き、廷吏が入ってきた。


「判決を受ける囚人は全員立て」廷吏は叫んだ。


クーパーウッドとステナーを含めて、全部で六人いた。そのうちの二人は深夜に現行犯で逮捕された共謀の住居侵入犯だった。


もう一人の囚人は二十六歳の青年で、ただの平凡な馬泥棒だった。食料雑貨商の馬を盗んで売り飛ばしたとして陪審に有罪の評決を下されていた。最後の男は黒人で、背が高く、足を引きずって歩き、無学で、はっきりとした考えを持たなかった。男は材木置き場で見つけた、明らかに捨ててあった鉛管一本を持ち去り、売るか酒とでも交換する了見だった。本当なら彼の事件はこの法廷に持ち込まれるものではなかった。財産の管理を任されていた小柄なアメリカ人の番人に捕まってしまい、自分がどう扱われるかが全く理解できないまま、最初に罪を認めるのを拒んだので、必然的に裁判を受けるためにこの法廷に送致されることになった。その後気が変わって罪を認めたので、判決か不起訴を宣告してもらうために、今度はペイダーソン判事の前に来なければならなかった。男が最初に連れてこられた下級裁判所は、審理のために男を上級裁判所に送致したことで管轄権を失っていた。クーパーウッドの案内役と助言者を自認していたエディ・ザンダースは、待っている間にこの情報のほぼすべてを教えていた。


法廷は満員だった。こういう連中と一緒にこうやって脇の通路に並ばなくてはならないのはクーパーウッドにとってとても屈辱的だった。その後ろに身なりは立派だが、病人のような、しょんぼりしたステナーが続いた。


チャールズ・アッカーマンという黒人が名簿の最初だった。


「どういうわけでこの男が私の前に来るんだ?」アッカーマンが盗んだとされる資産の価値に目がとまると、ペイダーソン判事は機嫌を損ねて尋ねた。


「裁判長」すぐに地方検事補が説明した。「この男は下級裁判所に出廷しましたが、酔っていたか何かのせいで、罪を認めませんでした。原告が告訴を取り下げようとしなかったので、下級裁判所は審理のためにこの法廷に送致せざるを得ませんでした。その後、男は考えを変えて、地方検事に罪を認めました。閣下の前に連れて来るまでもないのですが、我々にはこうする以外の選択肢がありません。日程を整理するためにも、こうしてここに連れて来なければならなかった次第です」


ペイダーソン判事は訝しげに黒人を見つめた。黒人は明らかにこの尋問にあまり動揺しておらず、普通の犯罪者ならその前で直立して怯えるはずの入口だか柵にくつろぐように寄りかかっていた。男はこれまでにもいろいろな罪で――泥酔や風紀紊乱などで――警察裁判所の治安判事の前に出たことがあった。しかし男の態度は全体的に、だらしなく、気だるげで、笑いを誘う無邪気なものだった。


「さて、アッカーマン」判事は厳しく尋ねた。「ここに起訴されたとおり、あなたはこの鉛管一本――四ドル八十セント相当を盗みましたか、盗んでいませんか?」


「はい、盗みました」アッカーマンは証言を始めた。「どうだったかっていいますとね、裁判長。ある土曜日の午後、材木置き場を通りかかったんです。俺はずっと仕事をしてなかったもんでね。すると柵越しに中に鉛管が転がってるのが見えたんで、そこで見つけた木のきれっぱしを使って、引き寄せて、とったんです。後でこの番人の男の人が」――男は証人席に向けて雄弁に手を振った。裁判長が何か質問をしたがる場合に備えて、原告はそこに立っていた――「俺の住処(すみか)までやって来て、そいつをとったと言って俺を訴えたんです」


「でもあなたはそれをとったんですよね?」


「そのとおりです、とりました」


「それをどうしましたか?」


「二十五セントと交換しました」


「あなたはそれを売ったんですね」判事は訂正した。


「そのとおりです、売りました」


「そういうことをすることが悪いことだと、あなたはわからないのですか? 柵ごしに手を伸ばして鉛管を自分の方へ引き寄せたとき、自分が盗みをしているとわかっていなかったのですか? どうなんです?」


「はい、悪いことだとわかってました」アッカーマンはきまり悪そうに答えた。「盗んでいるとは思わなかったけど、それが悪いことだとはわかってました。とってはいけないとわかってたと思います」


「もちろん、あなたはわかっていた。わかっていてとったんです。そこが問題なんです。あなたは自分が盗みをしているとわかっていた。その上で、とったんです。この黒人が鉛管を売った相手の男はもう逮捕されたんですか?」判事は地方検事に鋭く問いただした。「逮捕されるべきですね。そいつの方がこの黒人よりも罪が重い。盗品を買い取ったんですから」


「はい」補佐官は答えた。「その件はヤウガー判事が担当しております」


「ならばよろしい。そうでなくてはいかん」ペイダーソン判事は厳しく答えた。「盗品の買い取りは、私に言わせれば最も悪質な犯罪のひとつだからな」


それから判事は再びアッカーマンに注意を向けた。「いいか、アッカーマン」こんなつまらない事件に煩わされなくてはならないこと苛立ちながら、判事は叫んだ。「あなたに言っておきたいことがある。私の言うことをしっかり聞いてもらいたい。背筋を伸ばせ、ほら! 入口に寄りかかるな! あなたは今、法の前にいるんですぞ」アッカーマンは裏庭の柵から体を乗り出して誰かと世間話でもしているかのように、両肘をついて、体をだらしなく広げてくつろいでいたが、これを聞くと、相変わらず馬鹿みたいに申し訳なさそうにニヤニヤしていたものの、すぐ姿勢を正した。「あなたはそれほど鈍くはないんだから、これから私が言うことだって理解できるはずだ。あなたが犯した罪、鉛管一本を盗んだこと、は犯罪なんだ。聞こえてますか? 刑事犯罪です――私が厳しい罰を下せる犯罪なんです。私がその気になればあなたを一年間刑務所へ送ることだってできるんです――私がそうしてもいいと法律が言っているんです――鉛管一本を盗んだ罪で一年の重労働です。さあ、少しでも分別があるんなら、これから私が話すことにしっかりと注意を払いたまえ。私は今すぐあなたを刑務所に送るつもりはない。少し待ってあげよう。あなたに懲役一年を宣告します――一年です。わかりますか?」アッカーマンは少し青ざめて神経質に唇をなめた。「そしてそれからその執行を保留します――あなたの頭の上に留めて置くんです。もしこの先あなたが何か他のものをとって捕まったら、あなたはこの罪と次の罪が同時に適用されて処罰される。わかりますか? 私の言ってることがわかりますか? 答えなさい。わかりますか?」


「はい! わかります、裁判長」黒人は答えた。「これで釈放してくれる――ってこってすね」


傍聴人はくすくす笑い、判事は自分の苦笑いを見せまいと顔をしかめた。


「二度と何も盗みさえしなければ、釈放してやる」判事は怒鳴った。「また何かを盗んだ瞬間に、この法廷に逆戻りだからな。そのときは、一年に、あなたにふさわしい分だけ加えて、刑務所に行くんだ。わかりましたか? では、この法廷からまっすぐ出て行って、まともな生活を送るんだ。もう何も盗むんじゃないぞ。何かの仕事に就きなさい! 盗むんじゃないぞ、いいですね? 自分の物でないものには一切手を触れないこと! ここに戻って来ないこと! もし戻って来たら刑務所に送りますからね、絶対に」


「はい! もうしません、裁判長」アッカーマンは神経質に答えた。「自分のものじゃないもんは、もう何もとりません」


しばらくしてアッカーマンは廷吏の手に先を促されて、足を引きずるようにして立ち去り、彼の素朴さとペイダーソンの態度の過剰な厳しさに向けられた微笑みと笑いが入り混じる中を抜けて、無事に法廷の外に連れ出された。しかし次の事件は、呼ばれるとすぐに傍聴人の関心を引きつけた。


それはクーパーウッドがかなり好奇心を持って注視してきた二人組の住居侵入犯の事件で、今でも気に留めていた。これまで生きてきて、彼はいかなる種類の刑の宣告場面も見たことがなかった。警察や刑事裁判所とも一切無縁で、民事裁判にもめったに顔を出さなかった。クーパーウッドは黒人が退廷するのを見てほっとし、ペイダーソンには――意外と――良識も情けもあると評価した。


もしかしたらアイリーンがここにいるかもしれない、とふと思った。彼女が来ることに反対したが、アイリーンなら来かねなかった。現に彼女は一番後ろの、入口付近の人混みに身を潜めて、厚手のベールをかぶって、この場にいた。愛する人の運命を一刻も早く確実に知りたい――彼が本当に苦しんでいる、と彼女が思い込んでいるそのときに、近くにいたい――という欲望を抑えられなかった。クーパーウッドが普通の犯罪者の列に加えられて連行され、彼女にすれば恥ずかしいこの公衆の面前で待たされるのを見てえらく憤慨したが、こんな場所でさえ彼の存在から来る威厳と格の差に、いっそう感服せずにいられなかった。見たところ、青ざめた様子さえなく、彼女が知るいつもの彼と同じ、揺るぎない落ち着いた魂の持ち主だった。もし今、彼があたしを見てくれさえすれば、こっちを向いてくれさえすれば、ベールをあげて微笑んであげられるのに! しかしクーパーウッドはそうしなかった。見ようともしなかった。こんなところでアイリーンに会いたくはなかったからだ。でもアイリーンは今度会ったときに、同じようにこのことを全部彼に話すつもりだった。


二人組の侵入窃盗犯は判事にさっさと片づけられて、それぞれ一年の刑を宣告された。二人は不安げに、明らかに自分たちの罪や行く末をどう考えていいかもわからないまま、連れ出された。


クーパーウッドの呼ばれる番がくると、判事は気を引き締めて姿勢を正した。これは違うタイプの男で、普通のやり方では扱えないからだ。判事は自分がこれから言うことを正確にわかっていた。モレンハウワーの代理人のひとりで、バトラーの親友でもある人物が、クーパーウッドとステナーは二人とも五年が妥当だなと示唆した時点で、何をすべきか正確にわかっていた。「フランク・アルガーノン・クーパーウッド」事務官が呼び上げた。


クーパーウッドはきびきびと前に進み出た。自分がみじめで、どこかで自分の境遇を恥じていたが、それを顔にも態度にも出さなかった。ペイダーソンは他の囚人にしたのと同じように、クーパーウッドを見つめた。


「名前は?」廷吏が法廷速記官のために尋ねた。


「フランク・アルガーノン・クーパーウッドです」


「住所は?」


「ジラード・ストリートの一九三七番です」


「職業は?」


「銀行と証券の仲買です」


シュテーガーは彼のすぐそばに立ち、威厳がある力強い態度で、時が来れば法廷と聴衆に向かって最終弁論を行う準備を整えていた。アイリーンは入口近くの人混みの中で、生まれて初めて神経質に指を噛み、額に大粒の汗を浮かべていた。クーパーウッドの父親は興奮で緊張し、二人の弟たちは素早く顔をそむけて、恐怖と悲しみを隠そうと必死だった。


「これまでに有罪判決を受けたことはありますか?」


「ありません」クーパーウッドに代わってシュテーガーが静かに答えた。


「フランク・アルガーノン・クーパーウッド」事務官が前に出ながら、鼻にかかった歌うような調子で呼びかけた。「今ここで判決を下してはならない理由がありますか? あれば申し出てください」


クーパーウッドは、ないと言いかけたが、シュテーガーが手をあげた。


「裁判所がお望みとあらば申し上げますが、私の依頼人クーパーウッドさん、この法廷に立つ被告人は、本人の見解では有罪ではありませんし、ペンシルベニア州最高裁判所――この州の最終審たる裁判所――の五分の二にあたる見解も、やはり有罪ではありません」シュテーガーは大声ではっきりと、全員に聞こえるように叫んだ。


この時、関心を持って見守っていた傍聴人の一人がエドワード・マリア・バトラーだった。彼は別の法廷で判事と話をしていて、そこからちょうど立ち寄ったところだった。へつらい屋の廷吏が、クーパーウッドが刑を宣告されようとしていることを知らせてくれたのだ。本当は、この刑の宣告を聞き逃さないように朝からここに来ていたが、別の用事を装ってその動機を隠していた。彼はアイリーンがここにいることは知らず、見かけることもなかった。


「本人が自分の公判で証言したように」シュテーガーは続けた。「そして証拠が明確に示しているように、クーパーウッドさんは、後にこの法廷で罪が裁かれた人物の代理人に過ぎません。そして代理人として彼は六万ドル相当の市債証書を、市民が地方検事を通じて、彼がそうすべきだったと訴えた時期にその方法で預けなかったことは、厳密に自分の権利と特権の範囲内であった、と今なお主張しておりますし、さらに州最高裁判所の五分の二も彼と同意見であります。私の依頼人は類まれな金融手腕の持ち主です。閣下宛に提出された彼のための数々の書簡をご覧になれば、彼がその特定の世界の最も有力で著名な人々の大多数から尊敬と同情を得ていることがおわかりいただけるでしょう。立派な社会的地位と、顕著な功績ある人物です。今日彼を閣下の前に連れてきたのは、まったく予期せぬ無情な運命の一撃――最も堅実で安定した金融資産を巻き込んだ火災とその後の恐慌にほかなりません。陪審の評決や、州最高裁判所の五分の三の判断がどうあれ、私は、私の依頼人は横領犯ではなく、窃盗も犯しておらず、決して有罪にされるべきではなかったし、犯してもいない罪で今ここで処罰されるべきではないと主張いたします。


この場で、私が述べたことが事実であると申し上げても、閣下は私の真意を誤解しないものと信じております。私はこの法廷の、いや、いかなる法廷、あるいは司法手続きの健全性にも、いささかの疑念を投げかけるつもりはありません。しかし私は、一般の人々の思考では簡単に理解できない、もっともらしい状況を作り出し、私の高名な依頼人を司直の手に委ねた数々の出来事の不幸な連鎖を、強く非難し、遺憾に思います。これを今ここで最後に公に述べておくことは、公正を期すために必要と考えます。閣下には、寛大なご配慮をお願いいたします。もし良心に照らしてこの訴えを棄却できないとしても、私が示した事実が、科せられる処罰の量刑にしかるべき重みを与えてくださいますようお願い申し上げます」


シュテーガーは退いた。ペイダーソン判事はうなずいた。高名な弁護士の言い分はすべて聞き届けた、それにふさわしい考慮をしよう――それ以上のことはしないが、と言わんばかりだった。それからクーパーウッドの方を向いた。判事としての威厳を総動員して支えにしながら始めた。


「フランク・アルガーノン・クーパーウッド、あなたは自ら選んだ陪審によって窃盗罪で有罪とされました。あなたの学識豊かな弁護人があなたのために提出した再審請求は、慎重に検討されて却下されました。裁判所の過半数が、法律と証拠の両面から、有罪評決が妥当であると完全に確信しております。あなたの犯罪は通常よりも重大なものでした。あなたの得た巨額の金銭が、市の財産であっただけにいっそう重大です。そして、あなたがそれに加えて市債と市の公金数十万ドルを不法に使用し、私的に流用した事実によって、さらに悪質なものとなりました。このような犯罪に対して法律で定められた最高刑は、異常に寛大です。とはいえ、あなたのこれまでの立派な地位、破綻に至った諸事情、多数の友人と金融関係者からの嘆願については、当裁判所として相応の考慮を払うつもりです。あなたの経歴のいかなる重要事実もないがしろにされることはありません」ペイダーソンは自分がどう進めるつもりかをちゃんとわかっていたが、さも迷っているかのように言葉を切った。上にいる者が自分に何を期待しているのか彼はわかっていた。


「あなたの事件が他に道徳的教訓を示さないとしても」ペイダーソンは少し間を置き、書類をいじりながら続けた。「少なくとも現時点で切実に必要とされる教訓、つまり、市の財政は、商取引を装った見え透いた偽装によって、罰を受けることなく侵害され、略奪されることはないし、法律には依然として自らの正当性を示し、市民を守る力がある、ということを教えるでしょう」


「判決を言い渡す」ペイダーソン判事は厳かに続けた。一方クーパーウッドは動じることなく見つめた。「あなたは郡の使用のために罰金五千ドルを州に支払うこと、起訴費用を支払うこと、イースタン州立刑務所において四年三か月間、隔離もしくは独房での労働を伴う拘禁刑に処すること、そして本判決が執行されるまで身柄は拘束されること」


クーパーウッドの父親は、これを聞いてうつむき、涙を隠した。アイリーンは下唇を噛み、両手を握りしめ、怒りと失望と涙をこらえた。四年三か月! これでは彼とあたしの人生に恐ろしい溝ができてしまう。それでも、あたしは待てる。まさかと恐れていた八年や十年よりましだもの。もしかしたら、これが本当に終わって彼が刑務所に入れば、知事が恩赦を与えてくれるかもしれない。


判事はもう、ステナーの事件に関係する書類を取る動作をしていた。クーパーウッドのための嘆願にちゃんと耳を傾けてくれなかったと言う隙を金融関係者たちに与えずに、慈悲の嘆願に耳を傾けたと見せる一方で、クーパーウッドにほぼ最高刑を与えた、と政治家たちが喜ぶのを確信した。クーパーウッドはこの策略をすぐに見抜いたが、そんなことでは動揺しなかった。むしろ弱々しい見下げ果てたやり方に思えた。廷吏が進み出て、急いで連れ出そうとした。


「その囚人はしばらくいてよろしい」判事が呼びかけた。


ジョージ・W・ステナーの名前が事務官に呼ばれた。クーパーウッドはどうして自分が引きとめられたのかさっぱりわからなかったが、すぐにわかった。共犯者に関する裁判所の判断を聞かせるためだった。ステナーの経歴が確認された。係争中ずっと弁護を務めてきた、アイルランド系の、政治色の強い弁護士ロジャー・オマーラがすぐ近くに立っていたが、ステナーのこれまでの立派な経歴を考慮してほしいと判事に求めただけで、それ以上は何も言わなかった。


「ジョージ・W・ステナー」判事が言うと、クーパーウッドを含む傍聴人は、注意深く耳を傾けた。「あなたの事件の再審請求と判決停止の申し立ては却下されました。あとは裁判所があなたの犯罪の性質に応じた判決を下すだけです。私の見解を延々と述べて、あなたの立場をさらに苦しめたくはありませんが、あなたの犯罪を強く非難せずにこの場を済ませることはできません。公金の不正使用は、この時代を象徴する重大な犯罪になりました。迅速かつ断固として阻止されなければ、最終的に社会制度を破壊してしまうでしょう。共和国が腐敗の巣と化せば、その活力は失われます。最初の圧力で崩れ落ちるのです。


私の見解では、あなたの犯罪や他の類似の犯罪が起きるのは、市民にも大きな責任があります。これまで公職の不正は、あまりにも無関心に扱われてきました。我々に必要なのは、より高く純粋な政治的道徳――公金の不正使用を厳しく非難する世論のあり方――なのです。あなたの犯罪を可能にしたのは、これが欠けていたからです。それ以外に、あなたの事件に情状酌量の余地は見当たりません」ペイダーソン判事は強調のために一呼吸おいた。演説は山場に差しかかっていて、それを印象づけたかったのだ。


「市民はあなたに自分たちのお金の管理を託しました」判事は厳かに続けた。「これは崇高で神聖な信託でした。あなたは、ケルビムがエデンの園を守ったようにして金庫の扉を守り、みだりに近づく者があれば誰であれ、非の打ちどころのない誠実さという炎の剣を向けるべきでした。偉大な共同体の代表としてのあなたの立場なら、それが当然でした。


あなたの事件のすべての事実を考慮すると、裁判所は重い刑罰を科さざるを得ません。刑事訴訟法第七十四条は、この州の裁判所が、管内いずれの刑務所においても、十一月十五日から翌年二月十五日のあいだに刑期が満了するような判決を囚人に宣告してはならないと定めており、この規定により私は、あなたに科すつもりであった最長刑――すなわち五年――から三か月を減じなければなりません。したがって裁判所の判決は、郡の使用に対し、罰金五千ドルを州に支払うこと」――ペイダーソンはステナーがその金額を払えないことを十分承知していた――「イースタン州立刑務所において四年九か月、隔離または独房での労働を伴う拘禁刑に処し、この判決が執行されるまで身柄は拘束されることとします」ペイダーソンは書類を置いて、考え込むように顎をこすった。その間にクーパーウッドとステナー両名は急いで連れ出された。バトラーは判決が下ると真っ先に立ち去った――十分満足していた。アイリーンは自分に関することはすべて終わったと悟り、すばやく抜け出した。その少し後で、クーパーウッドの父親と弟たちも出て行った。彼らは外でフランクを待って、一緒に刑務所に向かう手はずだった。残された家族は、午前中の出来事の知らせを自宅で熱心に待っていた。ジョセフ・クーパーウッドがさっそく知らせに派遣された。


この日はどんよりと曇り、今にも雪になりそうだった。事件の書類一式を渡されていたエディ・ザンダースは、郡刑務所に戻る必要はないと告げられた。だから五人――ザンダース、シュテーガー、クーパーウッド、父親、エドワード――は刑務所から数ブロックのところを走る路面鉄道に乗り込んだ。三十分もしないうちに、一行はイースタン刑務所の門に到着した。




 

 

第五十三章



クーパーウッドが四年三か月の刑期を務めることになったベンシルバニアのイースタン州立刑務所は、フィラデルフィアのフェアモント・アベニューと二十一丁目の角に建つ灰色の石造りの大きな建物で、その雰囲気は荘厳で重々しく、ミラノのスフォルツァ城に似てなくもないが、それほど洗練されてはいない。それは、四つの異なる通りに沿って数ブロックにわたって灰色の外壁を伸ばし、いかにも刑務所らしい孤独で近寄りがたい外観をしていた。十エーカー以上の広大な敷地を囲んで、そこにものものしい威厳を存分に与える壁は、高さが三十五フィート、厚さが約七フィートもあった。外からは見えない刑務所本体は、中央の空間もしくはホールを中心にタコの足のように配置された七つの監房棟で構成され、その長大な棟が、壁に囲まれた敷地の約三分の二を占めていたために、芝生や草地の魅力を楽しむ余地はほとんどなかった。監房棟は外壁から外壁までの幅が四十二フィート、全長が百八十フィートあり、そのうち四棟は二階建てで、放射状に長く伸びていた。監房棟には窓がなく、屋根に長さ三フィート半、幅八インチほどの細い天窓があるだけだった。一階の独房のいくつかには十×十六フィートほどの小さな庭がついていた――広さは独房と同じで、いずれも高いレンガ塀に囲まれていた。独房と床と屋根は石でできていて、幅がたった十フィートしかない独房と独房の間の通路と、高さが十五フィートしかない平屋部分は、石で舗装されていた。円形の中央の空間に立って、そこから四方八方に伸びる長い監房棟を見下ろすと、その長さに釣り合わない狭さと閉塞感を覚えた。鉄の扉には、囚人の視界と聴覚を完全に遮断するために時折使われる頑丈な木製の扉が外側に取り付けられていて、陰鬱で見るからに不快だった。廊下は頻繁に白く塗られ、冬はすりガラスで塞がれる狭い天窓が取り付けられていて十分明るかったが、監禁のためのこういう実用的な施設がすべてそうであるように、殺風景で、見ても退屈だった。当時ここには四百人の囚人がいて、ほぼすべての独房が塞がっていたことを考えれば、確かにそこに生活はあった。しかし、それは誰も基本的に光景としては意識していない生活だった。クーパーウッドもその中にいたが彼は違った。長く服役している囚人の中には〝模範囚〟や〝使い番〟として使われる者がいるが、数は多くなかった。パン焼き場、機械工作室、大工工房、倉庫、製粉所、一連の菜園や野菜畑があったが、これらの運営に大人数は必要なかった。


刑務所の本体は一八二二年に建設され、棟をひとつずつ増やしていって、現在のかなりの規模に到達した。収容者は、知能の程度も犯罪の重さも、殺人犯から軽微な窃盗犯まで、さまざまな者たちで構成されていた。そこには「ペンシルバニア・システム」という収容規則があり、収容者全員を独房に監禁する以外の何ものでもなかった――独房で絶対的な沈黙を守って、個別に労働する生活だった。


結局、典型的なものからは程遠い、郡刑務所での比較的最近の経験を除けば、クーパーウッドは生まれてから一度も刑務所に入ったことはなかった。子供の頃に一度、周辺の町をいくつも歩き回っていて、ある村の〝留置場〟の前を通りかかった――当時、町の刑務所はそう呼ばれた。小さな四角い灰色の建物で、長い鉄格子の窓があった。二階のかなり陰気な窓の一つに、感じいいとは言えない酔っ払いだか町のごろつきが見えた。寝ぼけた目で、髪はボサボサ、むくんだ、蝋のように青白い顔で彼を見下ろし声をかけてきた――夏だったので刑務所の窓は開いていた。


「なあ、坊や、噛みタバコくれねえか?」


見上げたクーパーウッドは、男のだらしない身なりに驚いて心を乱され、考える間もなく叫び返した。


「やだよ」


「いつか刑務所にぶちこまれんよう気をつけろよ、チビ」前日の酔いが半分しかさめていない男は、荒々しく言い返した。


この場面を何年も思い出したことがなかったのに、今、突然よみがえった。今度は自分が、この冴えない陰気な刑務所に閉じ込められようとしている。雪が降っていた。できる限り、人間社会から切り離されようとしていた。


外門の先は誰も同行が許されなかった――その日のうちに後で訪ねて来るかもしれないシュテーガーでさえこの時は駄目だった。これは破れない規則だった。ザンダースは門番と知り合いで、収監状を持参していたので、すぐに認められた。その他の者は神妙に引き下がった。みんなは、愛情は込もっているが暗い別れを告げた。クーパーウッドの方は大したことではない印象を与えようとした――確かに、これは部分的には、今この場でさえ、大したことではなかった。


「じゃあ、ひとまずお別れということで」握手しながら言った。「私なら大丈夫。すぐに出られますよ。見ててください。リリアンに心配しないよう伝えて下さい」


クーパーウッドは中に入った。門が背後で重々しい音を立てた。ザンダースは広くて天井の高い、暗く陰気な廊下を通り抜けて、その先の門へと案内した。そこで大きな鍵をいじっていた二人目の門番が、命じられるがままに鉄格子の扉の錠を開けた。刑務所の敷地内に入ると、ザンダースは左に曲がって小さな事務所に入り、胸の高さほどの小さな机の前に囚人を立たせた。そこには青い制服を着た看守が立っていた。その男、刑務所の入所管理の責任者――細い灰色の目と明るい髪をした、痩せた手際のいい管理者風の人物――は保安官代理が手渡した書類を受け取って、目を通した。これはクーパーウッドを彼が受け入れる権限の証書だった。今度は彼がザンダースに囚人を受け取ったことを示す受領証を渡した。するとザンダースは、クーパーウッドが握らせた心づけをありがたく受け取って立ち去った。


「では、さようなら、クーパーウッドさん」ザンダースは探偵めいた独特の首のひねり方をして言った。「お気の毒ですが、あなたがここでひどい目に遭わないことを願ってますよ」


ザンダースは入所管理の責任者に、自分がこの高名な囚人と親しいことを印象づけたかった。クーパーウッドは相手の見せかけの方針に合わせて、愛想よく握手に応じた。


「あなたのご親切には大変感謝しています、ザンダースさん」と言って、それから好印象を与えようと決めた人の態度で、新しい主人の方に向き直った。自分が今、自分の快適さを思いのままに変えたり増やしたりできる小役人の手中にあることをクーパーウッドは知っていた。どんな形であれ自分を卑下することなく――規則にも命令にも完全に従うつもりであること――権威への敬意――をこの男に印象づけたかった。クーパーウッドは落ち込んでいたが、法律が最後に行き着く組織、彼が逃れようと必死で闘ってきた州刑務所の手に落ちてさえ、手際がよかった。


入所管理の責任者のロジャー・ケンダルは痩せた事務員風の男だが、刑務官としてはかなり有能だった――そつがなく、特に高い教育を受けたわけでも、生まれつきずば抜けて頭がよかったわけでも、ことさら勤勉でもなかったが、自分の地位を保つだけのエネルギーはあった。囚人については――かなり――詳しかった。何しろ二十六年近く囚人を相手にしてきたからだ。囚人に対する彼の態度は、冷たく、皮肉っぽく、批判的だった。


囚人が自分に個人的に接触してくるのを許さず、自分の目の前で部下が法の要求を果すよう徹底した。


クーパーウッドがとても立派な服装――濃い灰青色の純毛の綾織のスーツ、軽くて仕立てのいい灰色のオーバーコート、最新型の黒い山高帽、新しい良質な革靴、重厚で保守的な色合いの極上のシルクのネクタイ、腕のよい理髪師の仕事だとわかる髪と口髭、手入れの行き届いた手――で入ってくると、入所管理の責任者はすぐに、自分が高い知性と実力を備えた人物、この仕事では運がよくても滅多にお目にかかれないような人物、を前にしているのだとわかった。


クーパーウッドは誰のことも何も見ていないような様子で、部屋の真ん中に立っていたが、すべてを見ていた。「囚人三六三三番」ケンダルは事務官に声をかけて、同時に黄色い紙切れを手渡した。そこにはクーパーウッドのフルネームと、刑務所が始まったときから数が続いている彼の登録番号が書いてあった。


それを下働きの囚人が受け取って帳簿に記入し、最終的にクーパーウッドを刑務所の暮らしについて教える〝指導〟室へ連れて行く〝使い番〟だか〝模範囚〟に渡すために保管した。


「服を脱いで風呂に入ってもらう」ケンダルは興味深げに見ながらクーパーウッドに言った。「あなたには必要ないと思うが、そういう規則なんだ」


「ありがとうございます」自分の人柄がこんなところでさえ何かの役に立っていると喜びながら、クーパーウッドは答えた。「規則とあらば、何にでも従います」


しかしクーパーウッドがコートを脱ぎ始めると、ケンダルが手をあげてそれを制し、ベルを鳴らした。すると隣の部屋から、刑務所の下働きが手伝いに現れた。〝模範囚〟に属する異様な外見の男だった。小柄で色が黒く体が傾いていた。片足が少し短いために片方の肩がもう片方よりも低かった。胸がへこんでいて、斜視で、足をかなり引きずって歩いていたが、十分に敏捷だった。薄手の作りが粗末な縞柄のジーン布の、だぶだぶの囚人服を着て、その下に柔らかいロールカラーのシャツが見えていた。太い縞の大きな帽子をかぶっていたが、クーパーウッドにはその大きさも形状も妙に不快に映った。まっすぐ突き出たつばの下から相手を見るこの男の斜視が、どんなに薄気味悪く見えるかを考えずにはいられなかった。模範囚は片手を上げて、愚かな媚びへつらう敬礼をした。この男は、二階から忍び込む手口の泥棒で、十年〝服役〟していたが、素行がよかったために、ふつう囚人が帽子の上にかぶる屈辱的なフードをつけずに、この部署で働く栄誉を得ていた。このことを当然ありがたく思っていた。男はこのとき神経質な犬のような目で上司をうかがってから、クーパーウッドを見て、彼の置かれた立場をずる賢く評価し、まずは疑ってかかった。


普通の囚人にすれば、囚人はみんな同じである。実際、ここに来る者はみんな自分たちと変わらない、というのが落ちぶれた彼らの唯一の慰めである。世間は彼らをひどい目に遭わせたかもしれないが、彼らも内心では仲間を見下している。〝お前よりましなんだ〟という態度は意図的であろうとなかろうと、刑務所の中でとったら最後の禁忌である。ハエ(フライ)がフライホイールの働きを理解できないのと同じで、この〝模範囚〟にクーパーウッドを理解できるはずはないのだが、世間の底辺にいる者特有のあの尊大な優越感で、男はためらいもせず自分に理解できると考えた。この男にすれば泥棒は泥棒でしかない――クーパーウッドは卑しいスリと変わらなかった。相手をおとしめたい、自分と同じレベルまで引きずり下ろしたい、という感情しかなかった。


「ポケットの中身をすべて出すんだ」ケンダルは今度はクーパーウッドに告げた。普段なら「囚人を検査しろ」と言っていただろう。


クーパーウッドは前に出て、二十五ドル入りの財布、ペンナイフ、鉛筆、小さなメモ帳、かつてアイリーンが〝お守り〟にくれた小さな象牙の象を並べた。これはアイリーンがくれたから大切にしているだけだった。ケンダルはそれを珍しそうに見て「よし、続けろ」と次の脱衣と入浴の手順に言及しながら〝模範囚〟に言った。


「こっちだ」そう言って男はクーパーウッドを隣の部屋へ先導した。そこの三つの仕切りには、本体が鉄で蓋が木の旧式の浴槽が三つあり、付属の棚には粗布のタオルや黄色い石鹸などが置かれ、衣類をかけるホックがあった。


「そこに入るんだ」トーマス・キュービーという名前の模範囚が浴槽の一つを指して言った。


クーパーウッドは、これが小役人のこまかい指導の始まりだと悟ったが、ここでも愛想よく振る舞った方が得策だと考えた。


「はい。そうします」


「それでいい」付き添い役は多少気をよくして答えた。「どんだけくらったんだ?」


クーパーウッドは怪訝そうに相手を見た。意味がわからなかった。付き添い役は、この男がこの場所の隠語を知らないことに気がついて「どんだけくらったんだ?」と繰り返した。「刑期は何年なんだ?」


「ああ!」クーパーウッドは理解したように声を上げた。「わかりました。四年三か月です」


クーパーウッドはこの男に合わせることにした。おそらく、その方がいいだろう。


「何をやらかしたんだ?」キュービーはなれなれしく聞いた。


クーパーウッドの血が少し冷たくなった。「窃盗です」と言った。


「軽いもんだな」キュービーは言った。「こちとら十年よ。田舎もんの判事にやられちまってな」


キュービーはクーパーウッドの犯罪について何も聞いていなかった。もし聞いていたとしても、彼にはその複雑な事情はわからなかっただろう。クーパーウッドはこの男と話をしたくなかった。どう相手にすればいいのかわからなかった。いなくなってほしかったが、そうなりそうもなかった。独房に入れて、放っておいてほしかった。


「それはお気の毒に」クーパーウッドは答えた。囚人は、この男は本当に自分たちの仲間ではないのだ、とはっきり悟った。仲間だったら、ことは言うまい。キュービーは浴槽につながっている二本の給水栓のところへ行ってハンドルをひねった。その間にクーパーウッドは服を脱ぎ終えて、今は裸で立っていた。しかし、この知能の低い者の前では恥ずかしさを感じなかった。


「頭洗うのを忘れんな」キュービーはそう言って立ち去った。


水が出る間、クーパーウッドは自分の運命に思いを巡らせながら、そこに立っていた。近頃、自分に対する人生の仕打ちが変だ――やけに厳しい。同じ境遇にいるほとんどの人と違い、クーパーウッドは自分が悪人という意識に苛まれていなかった。自分が悪いとは思わなかった。彼の考えでは、運が悪かっただけだ。まさか、自分がこんな大きな静まり返った刑務所で、本当に囚人になり、見たところであまり楽しくも衛生的でもない、この安っぽい鉄の浴槽の横で、この頭のいかれた犯罪者に見張られながら待っているとは! 


クーパーウッドは浴槽に入って、刺激の強い黄色の石鹸でゴシゴシ体を洗い、部分的に漂白しただけのごわごわのタオルで体を拭いた。下着を探したがどこにもなかった。ここでまた付き添い役が顔を出し「出てこいよ」とぞんざいに言った。


クーパーウッドは裸のまま後に続いた。入所管理の事務室を通って、体重計や計測器や記録簿などのある部屋に案内された。入口で見張っていた付き添い役がすぐにやってきて、隅に座っていた事務官が自動的に記録用紙に記入した。ケンダルはクーパーウッドの明らかに優美な体を観察した。すでにウエストが少し太くなり始めていたが、ここに来る大半の体よりは上等だと認めた。特に目についたのは、肌がひときわ白いことだった。


「体重計に乗るんだ」付き添い役はつっけんどんに言った。


クーパーウッドが従うと、男は重りを調整して、慎重に目盛りを読み取った。


「体重百七十五」と読み上げた。「今度はこっちだ」


男が側壁の一点を指すと、そこには床から約七フィート半ほどの高さまで垂直に薄い板が取り付けられていて、下に人が立つと頭上に押し下げられる、小さな可動式の木製指示器があった。板の横には、身長を示すインチ目盛りが、二分の一、四分の一、八分の一単位で刻まれ、右側に腕の長さを測る目盛りがあった。クーパーウッドは何が求められているかを理解し、指示器の下に行ってまっすぐに立った。


「足をそろえて、背中を壁につけろ」付き添い役が促した。「そうだ。身長、五フィート、九と十六分の十インチ」と読み上げた。隅にいた事務官がそれを書き留めた。付き添い役は巻き尺を取り出して、クーパーウッドの腕、足、胸囲、ウエスト、腰などを測り始めた。目と髪と口髭の色を呼び上げて、口の中をのぞき込んで「歯は全部正常」と叫んだ。


クーパーウッドはもう一度、住所、年齢、職業、技能の有無――彼にはなかった――を伝えてから、浴室へ戻ることを許されて、刑務所支給の服を着た――まずは生地が粗くてチクチクする下着、次に安物の柔らかいロールカラーの白い木綿のシャツ、それから生まれてこのかた一度もはいたことがない品質の厚ぼったい青灰色の木綿の靴下、その上に、言葉にできないほど粗末な木靴のような革靴をはいた。木か鉄でできているような感触が足に伝わった――油っぽくて重かった。それから、あの言わずと知れた縞柄の、不格好でだぶだぶのズボンをはき、両腕と胸をゆったり覆う、不格好な上着とベストを着た。自分がかなり奇妙で、惨めな姿をしていることは、感じたし、もちろんわかっていた。そして、再び入所管理の事務室に足を踏み入れたとき、奇妙な落ち込み、気力がなくなっていく感覚を経験した。今まで自分を襲ったことがないもので、今はそれを隠すのに精一杯だった。そのとき、これが犯罪者に対する社会の仕打ちなのだ、とクーパーウッドは内心で思った。社会は私をつかまえて、私の肉体と生活から私本来の衣装を剥ぎ取って、こんなものを残したのだ。悲しく、暗い気分だった。隠そうとしても、それが一瞬表に出るのを防げなかった。本心を隠すのは、いつも彼がやっていることであり、心がけていることだったが、このときばかりはこれができなかった。この服を着ていると、自分の価値が下げられ、どうにもならない気分だったし、自分がそう見えるのがわかった。それでも、気を引き締めて、平然と、自分から進んで従い、目上の者への配慮が見えるように最善を尽くした。結局、これは一種の芝居に過ぎない、見ようによっては夢でさえあり、時がたって少し運に恵まれれば、無事に抜け出せる瘴気でさえある、と自分に言い聞かせた。そうであってほしい。続くはずはない。自分はただ舞台で、よく知っている人生のこの舞台で、奇妙なやり慣れない役柄を演じているだけなのだ。


しかし、ケンダルは彼をろくに見もせず、部下に「彼に合う帽子があるか見てくれ」と言っただけだった。部下は番号のついた棚のあるクローゼットに行って帽子を取り出した――山が高くて、ひさしが真っすぐな、みすぼらしい縞柄の代物だった。クーパーウッドはそれを試着するよう求められた。サイズはぴったりで、耳まですっぽりかぶさった。これで屈辱もほぼ出そろったに違いない、とクーパーウッドは考えた。これ以上何が加えられるだろう? こういう気が滅入る付属品はもうあるまい。しかし彼は間違っていた。「では、キュービー、彼をチェイピンさんのところへ連れていけ」ケンダルは言った。


キュービーは了解して、洗面所に戻り、クーパーウッドが話には聞いていたがこれまで見たことがなかったものを取り出した――長さは普通の枕カバーの約半分、幅はその一・五倍の、青と白の縞柄の木綿の袋だった。キュービーはそれを広げて、クーパーウッドに近づく間に振り開いた。これはしきたりだった。このフードは刑務所創設の頃から使われていて、位置と方角の感覚を奪い、脱獄の試みを防ぐのが目的だった。その後、在監中はずっと、他の囚人と一緒に歩くことも、話すことも、姿を見ることも許されなかった――話しかけられない限り、上の者との会話さえ禁じられた。厳しい理念だったが、ここでは厳格に実施されていた。それでも後に彼が知ることになるように、これさえここでは修正が可能だった。


「こいつをかぶんなきゃいけないんだ」キュービーはそう言って、クーパーウッドの頭にかぶせられるように袋を広げた。


クーパーウッドは理解した。以前、どこかで聞いたことがあった。少しショックを受けた――最初はほんの少し本当に驚いてそれを見たが、すぐに両手をあげて引き下ろすのを手伝った。


「いいから」看守は注意した。「手をおろせ。俺がかぶせてやる」


クーパーウッドは腕をおろした。完全にかぶると、袋は胸のあたりまできて、ほとんど何も見えなくなった。とても奇妙な気分だった。ひどくはずかしめられ、ひどく消沈してしまった。青と白の縞柄の袋を頭にかぶるという、ただそれだけのことが、彼の冷静さをほとんど奪ってしまった。どうしてこの最後の屈辱だけでも許してくれなかったのだろう、とクーパーウッドは思った。


「こっちだ」付き添い役は言った。どこだか見当もつかないところへ彼は連れて行かれた。


「前に広げれば、歩けるぶんには見えるからな」案内人は言った。クーパーウッドは袋をひっぱって広げた。これで足元と下の床の一部が見えるようになった。こうして移動中は何も見えないまま、短い通路を進み、長い廊下を抜けて、さらに制服を来た看守たちのいる部屋を通り抜けて、最後に狭い鉄の階段を上り、二階建ての棟のうちの一棟の、二階にある看守長室に連れて行かれた。そこでキュービーの声がした。「チェイピンさん、ケンダルさんのところからまた囚人を連れてきました」


「すぐ行くよ」離れたところから、妙に感じのいい声がした。やがて、大きな重い手が腕をつかみ、クーパーウッドはさらに先に連れて行かれた。


「もうそんなにないからな」と声がした。「そしたら、袋をとってやる」クーパーウッドは、なぜか同情されている気がした――多分、胸が詰まりそうだったからだろう。それからはいくらも歩かなかった。


独房の扉にたどり着くと、大きな鉄の鍵が差し込まれて錠が外された。扉が開き、同じ大きな手がクーパーウッドを中へ導いた。すぐに袋が頭から軽く引き抜かれて、自分が狭い白塗りの独房にいるのがわかった。やや薄暗く、窓はないが、長さ三フィート半、幅四インチのすりガラスの小さな天窓があって、上から光が差し込んだ。側壁の片方の中ほどのフックからブリキのランプが、常夜灯の代わりにぶらさがっていた。片隅には粗末な鉄製のベッドがあって、わらのマットレスが一枚と、おそらく洗われていない濃い青の毛布が二枚置かれていた。別の隅には蛇口と小さな流しがあった。ベッドの向かいの壁には小さな棚があった。ベッドの足元には、平凡な丸い背もたれの普通の木の椅子があり、まずまず使える(ほうき)が隅に立てかけてあった。排泄用に鉄の便器というかおまるがあって、見てわかるとおり、内壁に沿って走る大きな排水管につながっていて、水をバケツで注いで洗い流すのだ。ネズミや害虫がこれにたかって、独房じゅうに不快な悪臭を漂わせた。床は石だった。クーパーウッドの鋭い目は、一目でそのすべてを把握した。頑丈な独房の扉は、太い鋼鉄の丸棒で格子が組まれて、分厚い磨き上げられた錠がかけられているのに気がついた。その向こうに重い木の扉も見えた。これは鉄の扉よりもさらに完全に囚人を閉じ込めることができた。ここには、澄んだ、清めるような日差しが差し込む余地はなかった。清潔さは、もっぱら漆喰と石鹸と水と箒頼みであり、それは結局のところ囚人自身にかかっていた。


クーパーウッドはチェイピンのことも観察した。初めて目にした、地味で気のいい監房係の長は、大柄で、体が重たい、動きの鈍い男で、どこか埃っぽくて不格好な風采であり、制服は体に合ってなく、立っている姿は、とても腰を下ろしたがっているように見えた。明らかに体はがっしりしているのに力強さはなく、親切そうな顔は、白髪まじりの茶色の短い頬髭でおおわれていた。髪はひどい切り方で、大きな帽子の下からふぞろいな毛がぴょんぴょんはみ出ていた。それでもクーパーウッドはまったく悪い印象を受けなかった――むしろその逆で――この男は他の誰よりも自分のことを考えてくれるかもしれない、とすぐに感じた。いずれにしても、そうであってほしいと願った。クーパーウッドは、自分が〝指導班〟の班長の前にいて、チェイピンは刑務所の規則を教えながら二週間だけ自分を担当することや、彼が担当する相手は全部で二十六名いて、自分はその一人にすぎないことを知らなかった。


この善人は、場をなごませようとベッドまで行って腰を下ろし、硬い木の椅子を指さした。クーパーウッドはそれを引き出して座った。


「さあ、着いたぞ、うん?」と言って、チェイピンは実ににこやかに自分で答えた。彼は無学な男だったが、寛大な性格で、犯罪者を相手にした経験も長かった。親切な気質なので親切に接する傾向があり、さらにひとつの宗教的信条――クエーカー教――が、彼を慈悲深くさせていた。クーパーウッドが後で知ったように、それでも公的職務は彼を、ほとんどの犯罪者は根っからの悪人だという結論に導いたようだった。ケンダルと同様にチェイピンも犯罪者のことを、邪悪な側面を持つ弱虫、ろくでなしだと考えた。大筋で彼は間違ってはいなかった。それでも、彼はありのままの自分、父親のように親切な老人、でいつづけて、精神的に弱い経験の浅い者が唱えがちなお題目――人間の正義と人間の良識――を信じずにはいられなかった。


「はい、着きましたね、チェイピンさん」クーパーウッドは付き添い役から聞いた名前を思い出し、それを使って看守の機嫌を取りながら、簡潔に答えた。


古株のチェイピンでさえ、この状況に多少戸惑いを感じていた。ここにいるのは新聞で読んだ、あの有名なフランク・A・クーパーウッド、著名な銀行家にして公金横領犯だった。この男と共犯のステナーは、新聞で読んだとおり、ここで比較的長い刑期を務める運命だった。当時の五十万ドルは大金で、四十年後の五百万ドルよりもはるかに価値が大きかった。いったい何があったのか――新聞が報じたすべてのことをクーパーウッドがどのようにやってのけたのか――を考えると恐ろしくなった。チェイピンには、いつも新しい囚人に使うちょっとした決まった質問があった――自分が犯した罪を今は後悔しているか、新しいチャンスがあれば改心するつもりがあるか、両親は健在か、などと尋ねて、この質問への答え方――素直、後悔、反抗的、あるいは別の態度をとるか――で相手が十分に罰を受けているかどうかを判断した。しかし、今、自分が見ているクーパーウッドに、普通の、二階から忍び込む泥棒や店舗荒らし、スリ、こそ泥、詐欺師を相手にするような調子で、話しかけることはできなかった。しかし、他にどう話せばいいのか、ほとんどわからなかった。


「さあ」チェイピンは続けた。「まさか自分がこんなところに来ることになるとは思わなかったでしょう、クーパーウッドさん?」


「思いもしませんでした」フランクは簡潔に答えた。「二、三か月前だったら信じなかったでしょう、チェイピンさん。今ここにいなければならないようなことをしたとは思いませんが、まあ、それをあなたに言っても仕方がありません」


チェイピン老人が少し説教めいたことを言いたがっているのがわかったので、喜んで調子を合わせた。どうせすぐにひとりになって話し相手はいなくなるのだ。今のうちにこの男と気心が知れる間柄になれるなら、それに越したことはない。嵐のときは港を選べないし、溺れる者は藁でもつかむのだ。


「まあ、確かに私たちはみんな過ちを犯すものです」チェイピンは、道徳の指導者か改革者としての自分の値打ちにおかしいくらいに自信を持って、優越感をにじませながら続けた。「自分がすばらしいと思った計画がどうなるか、いつもわかるとは限らないものですよね? あなたは今ここにいる。物事が自分の思いどおりにならなかったのを、悔やんでいるでしょうが、もしチャンスがあったとしても、私はあなたが前回と同じようにやろうとするとは思わないが、いかがですか?」


「はい、チェイピンさん、やりませんね、確かに」クーパーウッドは正直に言った。「でも私は自分がしたことはすべて正しいと信じていました。法の裁きが正しく下されたとは思いません」


「まあ、そういうものだよ」チェイピンは白髪まじりの頭をかきながら、にこやかにあたりを見まわして、考え込むように続けた。「ここに来る若い連中にいつも言ってやるんだがね、私たちは自分が思うほど物事をわかってないときがある。私たちは、自分と同じくらい賢い者が他にもいることや、いつも自分を見張っている者がいるってことを忘れてしまう。こういう裁判所や刑務所や刑事ってもんが、いつもそこらにいて、しっかりつかまえるもんなんだ。本当だぞ」――「神にかけて」と言うところをチェイピン流の道徳的な言い回しで言った――「行儀よくしてなきゃ、つかまるんだ」


「ええ」クーパーウッドは答えた。「確かにそうですね、チェイピンさん」


「さて」老人はしばらくして、知恵のあるフクロウのように、もったいつけた善意の言葉をもう少しかけてから、続けた。「これがあなたのベッドで、それが椅子、そっちが洗面台、あれが便器だ。どれもきれいに、正しく使うこと」(まるでクーパーウッドに財産を授けているかのようだった)「毎朝、ベッドを整え、床を掃き、便器を洗い、独房を清潔にしておくのは、あなたなんですからね。ここにはあなたのために、そういうことをしてくれる者は誰もいません。朝起きたら、まずこうした作業をすべてやり、それから六時半ごろ食事です。起床は五時半になっている」


「はい、チェイピンさん」クーパーウッドは丁寧に言った。「承知しました。すべてきちんとやります」


「あとは大したことはない」チェイピンは付け加えた。「週に一度、全身を洗うことになってるから、そんときはきれいなタオルを渡す。次に毎週金曜の朝は、この床を洗う」クーパーウッドはこれを聞いて顔をしかめた。「お湯を使いたければ使ってもいい。使い番に届けさせる。それと、友だちや親族縁者だが」――チェイピンは立ち上がって、大きなニューファンドランド犬のように体を震わせた。「奥さんがいるんでしたね?」 


「はい」クーパーウッドは答えた。


「うん、ここの規則では奥さんや友だちとの面会は、三か月に一回、弁護士は――弁護士がいましたね?」


「はい、います」クーパーウッドは面白がって答えた。


「弁護士は毎週でも来られる。そうしたければ――毎日でも平気だ。弁護士に関する規則はないからな。だが手紙は三か月に一度だけだ。タバコの類がほしければ、所長にお金を預けてあれば、伝票にサインして倉庫から持ち出せる。その時は私が持ってきてやる」


この老人は、お金でささやかな心付けを受け取るような男ではない。もっと厳格で誠実だった時代の名残のような人物だ。しかし、この男を親切で寛大にさせるには、後で贈り物をしたり、いつもおだてておけば、間違いない。クーパーウッドは相手を正確に読み取った。


「なるほど、チェイピンさん。よくわかりました」老人が立ったので自分も立ち上がって言った。


「それから、ここで二週間たったら」チェイピンはやや考え込むようにして付け加えた。(先にこれをクーパーウッドに伝えておくのを忘れていた)「所長が来て、身柄を引き取り、下の階での正式な独房番号を割り当てる。それまでに、自分が何をしたいのか、どんな仕事をしたいのかを決められるだろう。素行がよければ、庭つきの独房をもらえるかもしれんよ。わからんがね」


チェイピンは出て行き、重々しいカチッという音を立ててドアに鍵をかけた。この最新の情報のせいでクーパーウッドはそれまでよりも少し落ち込んで、その場に立ち尽くした。わずか二週間で、この親切な老人から離されて、自分の知らない、うまくやっていけるかどうかもわからない別の担当者に引き渡されるのだ。


「もし私に用があれば――病気や具合が悪いときは」チェイピンは二、三歩離れてから、これを言うために引き返してきた。「ここにはここのやり方があってね。この鉄格子にタオルをかけておけばいいんだ。通りがかったときに、タオルが目についたら、立ち寄って用件を聞くからね」


クーパーウッドは気持ちが沈んでいたが、いったん持ち直した。


「わかりました」と答えた。「ありがとうございます、チェイピンさん」


老人は立ち去った。足音がセメントで舗装された廊下を遠ざかっていくのが聞こえた。クーパーウッドは立ったまま耳をすませた。時々、遠くの咳、擦って歩くようなかすかな足音、機械の低い唸りや回転音、錠に鍵がこすれる金属音がした。物音はどれも大きくなかった。むしろ、どれもかすかで遠くに聞こえた。クーパーウッドはベッドのところへ行って見てみた。あまり清潔ではなく、シーツがなく、広くも柔らかくもなかった。気になって触ってみた。そうだ、これからはここで眠ることになるのだ――贅沢や洗練されたものを追い求めて、その価値がわかるこの自分が。もしアイリーンや金持ちの友人の誰かが、ここにいる自分を見ることにでもなったら。さらに悪いことに、害虫が出るかもしれないと思うと気分が悪くなった。どうすればいいだろう? どうすればやっていけるだろう? 一つしかない椅子は粗末だった。天窓から差し込む光は弱かった。状況に慣れていく自分を想像しようとしたが、隅にある汚物入れに改めて目がいくと、げんなりした。ここにネズミが出るかもしれない――いかにもそんな雰囲気だった。絵も、本も、風景も、人も、歩くスペースもない――ただ四方にむき出しの壁と静寂があるだけで、夜は厚い扉によってこの中に閉じ込められるのだ。何てひどい運命なんだ! 


クーパーウッドは座って状況を考えた。ついに自分はここ、イースタン刑務所まで来てしまった。(その中にバトラーを含む)政治家たちの判断で四年以上ここに閉じ込められる運命なのだ。ふとステナーのことが頭に浮かんだ。おそらくはあいつも、たった今自分が遭ったのと同じ目に遭わされているかもしれない。哀れなステナー! あいつはみすみす自分を、何という愚か者にしてしまったんだ。だが、本人が愚かだったのだから、今受けているすべての仕打ちは自業自得だ。しかし、自分とステナーが違うのは、ステナーはいずれ出されることだ。自分が知らない何らかの手段で、すでに彼の処罰を軽くしているかもしれない。クーパーウッドは顎に手をあてて、仕事のこと、家のこと、友だち、家族、アイリーンのことを考えた。腕時計に手をやろうとして、取り上げられたのを思い出した。時間を知る手立てが何もなかった。気晴らししようにも、没頭しようにも、ノートもペンも鉛筆も何もなかった。おまけに朝から何も食べていなかった。だが、それは取るに足らないことだ。問題は、自分が世間から切り離され、ここに閉じ込められ、ひとりっきりで、孤独で、時間を知ることさえかなわず、自分が取り組んでいなければならないこと――仕事や将来のこと――に全然取り組めないことだ。きっと、しばらくすればシュテーガーが面会に来て、それで少しはましになるだろう。しかしそれでも――自分の境遇を考えてみろ、あの火事の日までの展望と今の自分のありさまを。クーパーウッドは座って、靴と着ているものを見ていた。くそっ! 立ち上がって行ったり来たりを繰り返した。自分の足音や体を動かす音が異様に大きく響く。独房の扉まで歩いて、太い鉄格子越しに外を見たが、見えるものは何もなかった――この部屋と同じような向かいの二つの独房の扉の一部以外は何もなかった。戻って一つしかない椅子に腰かけ、じっと考え事をした。しまいにはそれにも飽きて、汚い刑務所のベッドで体を伸ばしてみた。寝心地は必ずしも悪くなかった。しかし、しばらくすると起き上がり、座って、歩いて、また座った。歩くには何て狭い場所なんだ、と思った。ひどいものだ――生きながら葬られたようなものだ。今はここにいなければならない、来る日も来る日も、来る日も来る日も――いつまで、一体いつまでいればいいんだ? 知事が恩赦を与えるまでか、あるいは刑期が終わるまでか、あるいは財産が食いつぶされるまでか――それとも――


そうやって考えているうちに、時間は過ぎていった。シュテーガーが戻ってきたのは五時近くであり、しかもほんの少しの間しかいなかった。シュテーガーは次の木曜日、金曜日、月曜日のクーパーウッドの出廷手続きをとっていた。しかしシュテーガーが帰って、夜がふけ、小さくてみすぼらしい石油ランプを調整して、濃い茶を飲み、糠と白い小麦粉で作った粗末な貧しいパンを食べなければならなくなったときは、心底みじめな気分になった。食事は、作業が適切に行われたかを見届ける看守長に付き添われた配膳担当の模範囚に、扉の小さな差入口から押し込まれるのだ。そのあと、独房の内側の木の扉はさっさと閉められてしまい、それを乱暴に無言で閉めた模範囚に鍵をかけられた。九時を告げる大きな鐘がどこかで鳴らされたら、煙の出る石油ランプは速やかに消して、服を脱いで寝なくてはならないのは承知していた。こういう規則の違反者に罰があるのは間違いない――食事の量を減らされたり、拘束衣を着せられたり、鞭で打たれることもあるかもしれない――どんな罰があるのか、彼はほとんど知らなかった。やるせない、暗い気持ちになり、疲れてしまった。これまでなんと長く報われない闘いをつづけてきたことか。水道で重い石のコップとブリキの皿を洗った後、うんざりする囚人服と、靴と、ちくちくする下着のズボン下まで脱いで、ぐったりとベッドに体を伸ばした。部屋は少しも暖かくなく、毛布にくるまって暖を取ろうとした――しかしほとんど効果はなかった。魂まで冷え切っていたからだ。


「これじゃ駄目だ」クーパーウッドは思った。「こんなことではやっていけない。こんな生活に耐えられるかどうか自信がない」それでもクーパーウッドは壁に顔を向けて、数時間後にようやく眠りについた。




 

 

第五十四章

 


幸運という心地よい恩恵や、生まれ合わせ、遺産、両親や友人の知恵によって、裕福で快適な暮らしを送る人々が忌み嫌うあの「人生の破綻」を避けることに成功した人たちには、最初の数日、独房で鬱々と座り続けて、あれほどの才覚がありながら、自分はどうなってしまうのだろうと思い悩んでいたクーパーウッドの気持ちは到底理解できないだろう。どんなに強い者にも、落ち込む時期はある。最高の知性に恵まれた人たち――おそらくはそういう人たちにこそ――人生が薄暗い色合いを帯びるときがある。彼らは人生のわびしい機微をあまりにも多く見てしまう。人間の魂がひるむことなく人生に立ち向かうのは、魂の力の中に、自分の力に対する奇妙な自信や不思議な信念が築かれたときだけであり、これは、間違いなく、体のどこかに実際に存在している力に基づいている。クーパーウッドの頭脳を第一級と言うのは、さすがに言い過ぎだろう。確かに、どう考えても十分に鋭かった――実行力のある偉人にありがちなように、自分の成功を強く意識していた。それは強靭な頭脳であり、巨大なサーチライトのように向きを変えて、きらめく光を数多くの暗い隅々に投げかけはするが、究極の闇を探るには、私心が強過ぎた。彼は一応、偉大な天文学者、社会学者、哲学者、化学者、物理学者、生理学者が考えていることを理解はしたが、それが何であれ、自分にとって重要だとはどうしても確信できなかった。確かに人生は未知の謎をたくさん抱えている。誰かがそれらを調べることは、もしかしたら重要かもしれない。それがどういうものであれ、彼の魂の叫びは違う方を向いていた。彼の仕事はお金を稼ぐことだ――大金を生み出す何かを組織すること、いや、自分が立ち上げた組織を救うことだった。


しかし、見直してみると、これはほとんど不可能に等しかった。不幸な状況が重なって、事態はあまりにも混乱し、複雑になり過ぎていた。シュテーガーが指摘したように、破産手続きを何年も引き延ばして、債権者を次々に根負けさせることはできるかもしれないが、その間に、関連資産が深刻なダメージを被り続けるのだ。未払債務の利息負担は大幅に資産を侵食するし、訴訟費用はかさむ一方だ。さらに追い打ちをかけるように、全額返済以外は一切受け入れようとしない債権者――債権をバトラーに売り渡した者、ひいてはモレンハウワーに売り渡した者――がかなりいることをクーパーウッドはシュテーガーと一緒に突き止めていた。今の唯一の希望は、後日和解して守れるものをできるだけ守り、スティーブン・ウィンゲートを通じて何かの収益事業を立ち上げることだった。二日目に新しい囚人を見に来たマイケル・デスマス所長とシュテーガーが、ウインゲートのために仕事の調整をつけ次第、一両日中に彼が来ることになっていた。


デスマスは体の大きな男だった――生まれはアイルランド、政治の世界で鍛えられ――若い頃は警察官、南北戦争では伍長、モレンハウワー配下の地区幹部になるまでフィラデルフィアでいろんな職を渡り歩いてきた。抜け目ない男で、背が高く、骨太で、ひときわ筋肉質に見えた。五十七歳であっても、肉体勝負で目覚ましい活躍を見せそうだった。手は大きくて骨ばっていて、顔は丸顔でも面長でもなく四角くて、額が高かった。短く刈り込まれた鉄灰色の髪と、剛毛の鉄灰色の口髭にはしっかりと張りがあり、目はとても細くて鋭い知的な青灰色、血色は良かった。きれいに並んだ獰猛に見える歯は、笑うとほんのわずかに狼のような表情をのぞかせた。しかし、見た目ほど残酷な人間ではなかった。気まぐれで、ある程度厳しかったり、時には荒々しかったりすることもあるが、優しいときもあった。デスマスの最大の弱点は、囚人にも精神的、社会的な格差があることや、政治的な働きかけがあろうがなかろうが格別の配慮を払うに値する者が時としてここに現れることを自分の知能では認識できないことだった。彼が理解できるのは、ステナーのような特別な場合に、政治家から指摘される別枠だけで――クーパーウッドは該当しなかった。しかし、刑務所は、弁護士、探偵、医師、説教師、社会活動家、さらには一般市民がいつ訪れてもおかしくない公共施設であり、(たとえそれが自分の部下たちを道徳的、管理的に統制するためだけであったとしても)一定の規則や規制は施行されねばならない――そして、政治家を向こうに回してでも――ある程度の規律、制度、秩序を保つ必要があり、誰かひとりを過度に自由にさせることはできなかった。しかし例外はある――裕福で洗練された人たち、政治指導者たちに衝撃を与えるほどのそのときどきの世論の爆発の犠牲者たち――は友好的な態度で世話をしなければならなかった。


もちろん、デスマスはクーパーウッドとステナーのいきさつを十分承知していた。これまでの市への貢献に免じてステナーには特別な配慮を持って遇するよう政治家たちはすでに彼に釘を刺していた。クーパーウッドについては、境遇がかなりひどいと認めてはいたが、あまり語られなかった。おそらく、彼のために少しくらい何かをするのはいいのかもしれないが、その責任は自分が負わねばならない。


「バトラーがあいつを目の敵にしているんだ」あるときストロビクがデスマスに言った。「もとをただせば、バトラーの娘が原因だがな。バトラーの言うことを聞いていたら、あいつにはパンと水しかやらないことになっちまうが、あいつは悪い奴じゃない。実際のところ、もしジョージに分別ってもんがあったら、クーパーウッドは今日のような目に遭うことはなかったんだ。だが、上の連中はステナーを放っておかなかった。彼がクーパーウッドに一切金を渡さないようにしたんだ」


ストロビクはモレンハウワーから圧力をかけられてクーパーウッドにこれ以上資金を持たせないようステナーに助言した連中の一人だったが、ここでは犠牲者の取った行動の愚かさを指摘していた。その矛盾に気づいてもストロビクは少しも気にしなかった。


だからデスマスは、もしクーパーウッドが〝ビッグスリー〟に歓迎されない人物なら、彼に無関心でいるか、少なくとも特別な便宜を図るのを遅らせる必要があるかもしれないと判断した。ステナーには、良い椅子、清潔なリネン、特別な食器と皿、毎日の新聞、郵便の特権、友人の面会などを認めた。クーパーウッドには――まあ、まずは本人を見て、どう思うかを確かめてからだ。同時に、シュテーガーのとりなしがデスマスに影響を与えずにはいなかった。クーパーウッドが入所した翌朝に、所長はハリスバーグの有力者テレンス・レイリハンから、クーパーウッド氏に示されたいかなる厚意にも私は相応に報いる、という手紙を受け取った。この手紙を受け取ると、デスマスはクーパーウッドの房まで行って、鉄の扉越しに様子をうかがった。途中で簡単なやりとりをしたところチェイピンは、クーパーウッドはいい人だと思いますと言った。


デスマスはそれまでクーパーウッドと面識はなかったが、みすぼらしい囚人服に木靴をはき、安物のシャツをまとい、惨めな独房にいるのを見て、強い衝撃を受けた。普通の囚人のような虚弱で血の気のない体と、ずるそうな目つきの代わりに、活力と力強さがみなぎる顔と体を持ち、どんなみじめな服や環境でもおとしめることができない、毅然と立っている男の姿を見たからだ。デスマスが現れると、クーパーウッドは頭を上げた。どんな人影でも扉の前に現れたこと自体がうれしく、大きく澄んだすべてを見抜く目で相手を見すえた――かつて彼を知るすべての者に絶大な信頼と確信を与えたあの目で。デスマスは心を揺さぶられた。昔から知っていて、入所のときに会ったステナーと比べたら、この男は、まさに力そのものだ。何と言おうと、力のある男は本能的に力のある男を尊敬するものだ。そしてデスマスは屈強な体の持ち主だった。デスマスはクーパーウッドを見て、クーパーウッドはデスマスを見た。デスマスは本能的にクーパーウッドを気に入った。まるで一頭の虎が別の虎と対峙しているようだった。


クーパーウッドは本能的に相手が所長だとわかった。「デスマス所長ですね?」慇懃に感じよく尋ねた。


「ええ、私がデスマスです」デスマスは関心を示しながら答えた。「こういう部屋はそれほど居心地はよくないでしょう?」所長のきれいに並んだ歯は、親しげだがそれでも狼らしさを見せた。


「確かによくはないですね、デスマス所長」クーパーウッドは軍人のようにピンと背筋を伸ばして答えた。「ですが、ホテルに来るつもりではありませんでしたから」と言って微笑んだ。


「何か特別に私があなたの力になれることはないですか、クーパーウッドさん?」デスマスは様子をうかがうように切り出した。こういう男はいつか自分の役に立つかもしれない、という考えに動かされたのだ。「あなたの弁護士とは話をしてきましたが」クーパーウッドはさん付けされたことに随分気を良くした。そうか、風向きは読めたぞ。まあ、妥当な範囲ではあろうが、ここでの状況はあまりひどくはならないかもしれない。様子を見るとしよう。クーパーウッドはこの男に探りを入れてみるつもりだった。


「常識で考えてあなたにできないことを申し上げるつもりはありませんが、所長」さっそくクーパーウッドは丁寧に答えた。「もちろん、できるのであれば、変えたいことはいくつかあります。ベッドにシーツを敷きたいのと、着用を許していただけるのなら、もっとましな下着を自分で用意したいですね。今着ているこれは、どうしても不快でなりません」


「そいつは最高のウールじゃないですからね、無理もない」デスマスは真面目に答えた。「このペンシルベニアのどこかで作られて州に納品されたんです。あなたが望んで、自前の下着を着る分には問題ないと思います。その件は検討しましょう。シーツの件もね。自分で用意するのなら、使用を許可するかもしれません。こういうことは少し時間をかけなくてはならないんですよ。仕事のやり方を所長に教えることに、特別な関心を持つ連中が大勢いるものですから」


「その辺のことはよくわかっています、所長」クーパーウッドは生き生きと続けた。「あなたのお力添えには心から感謝いたします。私への心遣いには感謝が示され、悪いことにはならないものとお考えください。外には友人がおりますから、その者たちがいずれ私に代わってお返しいたします」クーパーウッドはデスマスの目をまっすぐ見たまま、ゆっくりと力強い口調で言った。デスマスは強い感銘を受けた。


「わかりました」打ち解けたところで、彼は言った。「多くは約束できません。刑務所といえど、規則は規則ですから。しかし、できることはいくつかあります。素行が良ければ、他の囚人にもそうするのが規則ですから。もっといい椅子がほしければ、用意しますよ。それと何か読むものもね。まだ仕事を続けているのなら、それをやめさせたりはしませんよ。十五分おきにここに人を出入りさせることはできません。それと、独房を事務所に使うこともできません――そういうのは無理です。それではここの秩序が壊れますからね。ですが、時々友人と面会してはいけない理由はありません。手紙などは――まあ、当分は普通に開封せざるをえませんね。その件も検討しなくてはなりません。あまり多くは約束できませんよ。この棟を出て一階に移るまで待たなくてはなりません。向こうには庭つきの独房があるんです、もし空いていればですが――」所長は意味ありげに目を細めた。十分に悪いのだが、クーパーウッドは自分の運命は思っていたほど悪くはならないことがわかった。所長は彼が従事できるいろいろな刑務作業の話をして、やりたそうなものを考えておくように頼んだ。「他に何を望むにしても、手持ち無沙汰を解消するには何かをやりたくなるんです。それが必要なんだといずれわかりますよ。ここではみんな、しばらくすると仕事をしたくなるんです。そういうものなんだと気づきましてね」


クーパーウッドは状況を理解すると、デスマスに繰り返し礼を述べた。体の向きを変えるのも満足にできない狭い独房で黙って何もせずいることの恐怖が、すでにクーパーウッドに忍び寄りつつあった。ウィンゲートとシュテーガーには頻繁に会えて、しばらくすれば検閲されずに郵便が届くようになると考えることが、大きな救いだった。自前の下着を使えるようになる、シルクにウールだ――ありがたい!――多分しばらくすれば、この靴も脱がせてもらえるだろう。こうした待遇改善と、仕事と、デスマスが言っていた小さな庭があれば、生活は理想的ではないにしても、少なくとも耐えられるものになるだろう。それでも刑務所が刑務所であることに変わりはない。そこは多くの人たちにとっては恐しいところに違いないが、どうやらクーパーウッドにはそれほどでもなさそうだった。


クーパーウッドはチェイピンが受け持つ、入所にあたっての〝指導班〟に二週間いる間に、刑務所生活の特徴について、これまでに学んだのと同じくらいたくさん学んだ。中庭に出ることや集団での作業、隊列を組んでの行進、共同食堂、共同作業などが、普通の刑務所を形づくっていると考えると、ここは普通の刑務所ではなかった。彼にも、そこの収容者のほとんどにも、一般的な刑務所の生活はまったくなかった。大多数の囚人は割り当てられた特定の作業を独房で黙々とこなし、周囲で続いている他の生活が一切わからないようになっていた。この刑務所の規則は独房監禁であり、数の限られた独房の外の雑役に就くことを許される者は少なかった。実際にクーパーウッドが感じて、チェイピン老人がすぐに教えてくれたように、ここに収容された四百人の囚人でそうした作業の従事者は七十五人もおらず、全員が定期的に働くわけではなかった――炊事、季節ごとの庭仕事、製粉、全般的な清掃が、孤独から逃れる唯一の手段だった。そういう作業の従事者でさえ、話すことは厳しく禁じられた。作業中はあの不快なフードを着用しなくてもよかったが、仕事への行き帰りの時は着用することになっていた。クーパーウッドは自分の独房の扉のそばを、ときどき彼らが重い足取りで歩いていくのを見かけた。その姿は奇妙で、不気味で、陰惨だった。チェイピン老人はとても温和で話し好きなので、ずっと彼のもとにいたいと心から願うことも時にはあったが、そうはならなかった。


またたく間に二週間が過ぎた――正直言って、退屈極まりないものだったが、ベッドを整え、床を掃き、着替えて、食事をし、服を脱ぎ、五時半に起きて九時に寝て、毎食後に皿を洗う。こういう数少ない平凡な日課が組み合わさって過ぎていった。ここの食事に慣れることは絶対にないだろうと思った。すでに述べたように、朝食は六時半で、糠に少量の白い小麦粉を加えた粗末な黒パンと、ブラックコーヒー。昼食は十一時半で、粗末な肉が少し入っている豆か野菜のスープと、同じパン。夕食は六時で、お茶とパンだった。とても濃いお茶でパンは同じ――バターもミルクも砂糖もなかった。クーパーウッドは煙草を吸わなかったので、支給されるわずかな煙草は彼には何の価値もなかった。シュテーガーは二、三週間の間に毎日顔を出した。二日過ぎてからは、スティーブン・ウィンゲートも新しい仕事の関係者として希望すれば一日一回面会が許可された。こんな早急に許可するのはやり過ぎているとは感じたが、デスマスは認めてくれた。どちらも一時間から一時間半以上いることはめったになかったから、面会が終わると一日が長かった。破産手続きで証言するために、裁判所の命令で数日九時から五時まで外に連れ出されたおかげで、最初うちは時間が早く経過した。


彼が刑務所に入って、これから何年も世間から完全に隔離されるのが明らかになったとたん、大の仲良しだった人たちの心から、彼を助けようという考えがすべて驚くほどあっさり消えてしまったのが不思議である。彼は終わった、とほとんどの人は考えた。今彼らにできる唯一のことは、自分たちの影響力を駆使して、いつか彼を出所させることだろうが、いつになるかは予測できなかった。それ以外には何もなかった。彼はもう誰にとっても決して重要ではなくなるだろう、と彼らは考えた。とても残念であり、悲劇だったが、彼は終わったのだ――彼の居場所も彼を忘れてしまった。


「聡明な青年だったのに」ジラード・ナショナル銀行のデービソン頭取は、クーパーウッドの判決と収監の記事を読みながら言った。「気の毒だな! まったく! 大きな過ちを犯したものだ」


クーパーウッドがいなくなったのを本当に寂しがったのは、両親とアイリーンと妻だけだった――妻は怒りと悲しみの入り混じった複雑な感情を抱いた。アイリーンはクーパーウッドを深く愛していたから、その中で最も苦しんでいた。四年三か月という歳月を考えた。もしそれまで出所しなかったら、あたしはかろうじて二十九歳、彼は四十歳目前だ。そのとき、彼はあたしを求めるかしら? あたしは魅力的でいるかしら? そして五年に近い歳月は彼の考え方を変えてしまうのではないかしら? 彼はその間ずっと囚人服を着なければならないだろうし、その後も一生、前科者として見られるのだ。考えると辛かったが、それはただ、何があっても彼のそばを離れず、できる限り彼を助けようというアイリーンの決意をこれまで以上に強くしただけだった。


実は彼が収監された翌日、アイリーンは馬車を走らせ、刑務所の重苦しい灰色の壁を見に行った。法律や刑罰の膨大で複雑な仕組みをまったく知らなかったので、アイリーンにはそれがひときわ恐ろしく見えた。いったいあたしのフランクはどういう目に遭ってるのかしら? ひどく苦しんでないかしら? あたしがフランクのことを考えているように、フランクもあたしのことを考えているかしら? ああ、何て哀れなの! 哀れったらないわ! この身が哀れだわ――こんなにも彼を愛してるのに! アイリーンは彼に会おうと心に決めて帰宅した。しかし、面会日は三か月にたったの一度しかなく、次の面会日はいつか、自分はいつ行けるのか、あるいは彼がいつ外で自分に会えるのか、などは彼が手紙で知らせるしかないと最初に言っていたとおりだったので、アイリーンはどうしたらいいかわからなかった。事は秘密を要するからだ。


それでも翌日、アイリーンは手紙を書いて、前日の嵐の午後に駆けつけたこと――彼があの重苦しい灰色の壁の向こうにいるのかと思って恐ろしくなったこと――を打ち明けて、すぐに会う決意を表明した。そして、新しい取り決めのおかげで、この手紙はすぐ彼のもとに届いた。クーパーウッドは返事を書いて、その手紙をウィンゲートに渡して投函してもらった。その内容は、 

 


愛しい人へ

私があなたにすぐに会えないものだから少し落ち込んでいるようですね。でも、落ち込まないでください。判決のことはすべて新聞で読んだことと思います。私はあの日の午前中にここに来ました――ほぼ正午です。時間があれば、あなたの気が楽になるよう、状況を詳しく記した長い手紙を書くつもりでしたが、しませんでした。規則に反するからです。実は、これは内緒で書いています。私はここで一応つつがなくやっています。もちろん、出たいのは確かです。愛しい人、まず、私に会うには会い方に気をつけなくてはなりません。私を励ます以外に、あなたにできることはあまりないのに、あなた自身に大きな累が及ぶかもしれないからです。それに、私は取り返しのつかないほど大きな迷惑をあなたにかけたと思います。あなたはそう思わないだろうし、そうなったら、私は悲しいことになりますが、私と別れることがあなたにとって一番いいと思います。金曜日の二時に、六番街とチェスナット・ストリートの角にある裁判所の特別控訴審に出席する予定ですが、そこでは会えません。弁護士付き添いでの外出ですから。くれぐれも気をつけて。よく考えて、ここには来ないようにしてください。 

 


この最後の言葉はただの憂鬱な気分の表れにすぎなかった。クーパーウッドが二人の関係にこんなものを持ち込んだのは初めてだったが、状況が彼を変えてしまったのだ。これまでクーパーウッドはずっと優位に立ち、求められる側だった――アイリーンには今も昔も追い求めるに値する存在だったが――彼は自分が無傷で逃げ切り、威厳と力を増してゆき、やがてアイリーンが自分にふさわしくなくなるかもしれない、とまで考えていた。そんな考えを持っていたこともあった。ところが、ここで縞の囚人服を着るにいたって、状況は一変した。アイリーンの地位は、自分との長い熱烈な関係によって価値が下がったとはいえ、それでも今の自分よりは上だった――明らかに上だった。結局のところ、彼女はエドワード・バトラーの娘ではないか。自分から離れてしばらく経っても、囚人の花嫁になることを望むだろうか。そんなことは望むべきではないし、わかりきったことだが、彼女は望まないかもしれない。アイリーンだって心変わりするかもしれない。彼女は私を待つべきではない。アイリーンの人生は、まだ破滅してはいないのだ。世間はアイリーンが私の愛人だったことを知らない――少なくとも広く知られてはいない、とクーパーウッドは思っていた。結婚だってするかもしれない。どうしてしないと言えるだろう。そして永遠に私の人生からいなくなるのだ。これは私にとって悲しいことではないだろうか? しかし、私にはアイリーンに対する義務があるのではないか、自分の良心に照らして、私をあきらめろと、少なくともそうすることが賢明なのだと考えるように、アイリーンに促す義務があるのではないだろうか? 


クーパーウッドはアイリーンを正しく評価して、彼女は自分を見捨てたりはしない、と信じた。彼の立場からすれば、彼女が自分を愛し続けることは、アイリーンに百害あっても一利は自分の方にあり、自分の過去の人生の最高の時期につながっている絆でもあった。しかし、ウィンゲートがいる独房でこの手紙を走り書きして、投函を託す直前になって、不安のにじんだこの小さなひと言を付け加えずにはいられなかった。(看守長のチェイピンは立ち会うことになっていたのに、親切に気を利かせて離れていてくれた。)これは、手紙を読んだときに、アイリーンの胸を打った。アイリーンはこれを読んで、クーパーウッドが憂鬱になっている――ひどく落ち込んでいる――ととらえた。もしかして、やはり、刑務所はこんなにも早く、彼の精神を打ち砕いているのかしら。彼はあれほど勇敢に耐えてきたのに。このせいで、アイリーンは今、たとえこれが困難で危険であろうと、どうしてもクーパーウッドのもとへ行き、慰めたくてたまらなくなった。あたしが行かなくちゃ、とアイリーンは言った。


クーパーウッドは破産審問に出席するために外に出たある日のこと、家族――父親、母親、弟、妻、妹――との面会は、たとえ手配ができたとしても、自分が手紙で知らせるかシュテーガーからの連絡がない限り、三か月に一回以上は来ないで、とはっきり告げた。本当は、このとき彼は家族の誰にもあまり会いたくなかった。社会全体の仕組みにうんざりしていた。何の役にも立たなかったのが判明したので、今はもう、自分が巻き込まれたこの騒動から解放されたかった。自分の弁護に、これまでに一万五千ドル近く使っていた――裁判費用、家族の生活費、シュテーガーへの報酬など。しかしそれは気にしなかった。ウィンゲートを通して働いて、多少の金を稼ぐつもりだったからだ。家族は、全く財産がなくなったわけではなく、ささやかに暮らしていく程度はあった。クーパーウッドは、縮んだ身の丈に合う家に移るよう家族に勧めていて、家族はそれに従った――両親と弟たちと妹は、昔のボタンウッド・ストリートと同程度の三階建てのレンガ造りの家に移り、妻は刑務所近くの北二十一丁目の、もっと小さくて安い二階建ての家に引っ越した。ステナーから不正に引き出した三万五千ドルから取っておいた金の一部がその維持費に充てられた。もちろん、クーパーウッドの両親にすれば、これはジラード・ストリートの豪邸からの凄まじい転落だった。ここには、以前のあのやや豪華な邸宅の特徴だった家具は一切なく、ただ店で買っただけの既製品の家具と、こぎれいではあるが安物の掛け物や備品ばかりだった。クーパーウッドの全個人資産が帰属し、ヘンリー・クーパーウッドが全財産を明け渡した管財人たちは、重要なものの持ち出しを一切許さなかった。すべては債権者のために売却されねばならないものだった。少し前に全資産の目録が作成されたので、数少ない小物がほんの少し手もとに残されただけだった。ヘンリー・クーパーウッドが欲しかったものの一つは、フランクが自分のために設計してくれた机だったが、その評価額が五百ドルだったので、その金額を支払うか、競売で落札されない限り、保安官に引き渡してもらうことはできなかった。ヘンリー・クーパーウッドにそんな余裕はなかったので、机をあきらめなければならなかった。家族はみんな欲しいものがたくさんあった。 アンナ・アデレードはその事実をずっと後まで両親に打ち明けなかったが、文字通り少し盗み出していた。


ジラード・ストリートの二軒の家が公売の会場になる日が来た。その期間中、一般市民は誰に気兼ねすることもなく各部屋を歩き回って、絵や彫像、美術品全般を品定めすることが許され、最高額をつけた入札者によって競り落とされた。この分野でのクーパーウッドの活動は、かなりの名声を得ていた。第一に、彼が買い集めた品々には本物の価値があった。第二に、ウィルトン・エルスワース、フレッチャー・ノートン、ゴードン・ストレイク――フィラデルフィアでその評価と審美眼が重視されていた建築家や美術商たち――が熱心に称賛していたからだ。クーパーウッドが大切にしていた愛蔵品のすべてが――イタリア・ルネッサンスの最盛期を代表する小さなブロンズ像、丹念に集めたベネチアングラスの品々――骨董品収納ケース丸々一つ分、パワーズ、ホズマー、トルバルセンの彫像――三十年後には笑われそうだが当時は高い価値があったもの、ギルバートからイーストマン・ジョンソンまでのアメリカを代表する画家の絵のすべてが、当時の流行の見本といえるフランスやイギリス派の作品数点と一緒に――二束三文で売られていった。この当時のフィラデルフィアの審美眼はそれほど高くはなく、絵の中には、本当の価値が理解されないまま低過ぎる金額で処分されたものもあった。ストレイク、ノートン、エルスワースは三人とも来場して盛んに買い込んだ。シンプソン上院議員とモレンハウワーとストロビクは、どんなものが見られるか見にやって来た。下っ端の政治家も大勢来ていた。優れた芸術を冷静に鑑定するシンプソンは、出品されたすべての中から実質的に最高のものを入手した。ベネチアングラスの骨董品収納ケース、縦長で青と白のイスラム風の筒形花瓶一対、書画家の水盂(すいう)数点を含む中国の翡翠十四点、ほんのりと淡い緑がかった透かし彫りの窓飾りなどがシンプソンの手に渡った。ヘンリー・クーパーウッド邸の玄関ホールと応接室の家具と装飾品はモレンハウアーの手に渡り、クーパーウッド邸の鳥眼杢(ちょうがんもく)のカエデ材の寝室家具セット二組は、驚くほどの安値でエドワード・ストロビクの手に渡った。アダム・デイビスは来場して、ヘンリー・クーパーウッドがとても大切にしていたブール細工の机を手に入れた。フレッチャー・ノートンはギリシャの壷を四つ手に入れた――キュリックスの杯一つ、水瓶一つ、古代のアンフォラ壺二つ――いずれも当人がクーパーウッドに売却し、高く評価していたものだった。セーブルのディナーセット、ゴブラン織のタペストリー、バリイのブロンズ像、デダイユ、フォルトゥーニ、ジョージ・イネスの絵画を含むいろいろな美術品が、ウォルター・リー、アーサー・リバース、ジョセフ・ジマーマン、ジャッジ・キッチン、ハーパー・シュテーガー、テレンス・レイリハン、トレノア・ドレーク、シメオン・ジョーンズ夫妻、W・ C・デーヴィソン、フレウェン・キャソン、フレッチャー・ノートン、ラファルスキー判事に渡った。


公売が始まって四日も経たないうちに、二軒の家は空っぽになった。北十丁目九三一番地の家の品々も、そこの閉鎖が望ましいと判断された時点で、保管されていた倉庫から引っぱり出されて、二軒の他の品々と一緒に競売にかけられた。クーパーウッドの両親が、息子夫婦の間にあった謎を匂わすものに初めて気がついたのは、この時期だった。この憂鬱な公売期間中、クーパーウッド家の人間は誰も立ち会わなかった。アイリーンは、すべてが処分されたことを新聞で読み、それが自分にとって魅力的だったことは言うまでもなく、クーパーウッドにとって価値ある物なのを知っていただけに、ひどく落ち込んだ。しかし、クーパーウッドがいつの日か自由を取り戻し、金融界で以前に増して重要な地位を築くことを確信していたから、そう長くは落ち込まなかった。根拠は言えなくても、アイリーンはそう信じていた。



 

 

第五十五章



一方、クーパーウッドの身柄は新しい看守長に引き渡されて、一階の第三区画にある新しい独房に移された。大きさは他の部屋と同じ十×十六フィートで、前に述べた小さな庭がついていた。移送の二日前に、デスマス所長がやって来て、独房の扉越しにまた短い会話を交わした。


「あなたの身柄は月曜日に移されます」デスマスは抑えた、ゆっくりした口調で言った。「庭つきですが、大してあなたの役には立たないでしょう――庭には一日に三十分しかいられませんから。仕事の件は看守長に伝えておいたんで、きちんと対応してくれるでしょう。ただ、そっちに時間をかけ過ぎないように気をつけてください。そうすればうまくいきます。あなたには籐椅子編みを覚えてもらうことにしました。あなたのためにはそれが一番いいことですよ。簡単ですし、集中できますから」


所長とその仲間の政治家たちはこの刑務作業からたっぷり利益を得ていた。作業は決して重労働ではなく、与えられる仕事は単純で過酷ではなかったが、製品はすぐに完売し、利益が懐に入った。だから、囚人全員が働いている姿を見るのはいいことであり、囚人にとってもいいことだった。クーパーウッドはあまり読書に関心がなかったので、何かをする機会ができてうれしかった。ウィンゲートに関係することや過去の出来事を考えても、満足いく形で頭を使えなかった。同時に、もし今の自分が奇妙に見えるのなら、この狭い鉄格子の向こうで、藤椅子編みという平凡な作業をしているときの自分は、どれほど奇妙に見えるだろうか、と考えずにいられなかった。それでも、今運び込まれたばかりのシーツや洗面用具に礼を言ったように、この件にもさっそくデスマスに礼を言った。


「どういたしまして」デスマスは感じよく穏やかに答えた。今ではすっかりクーパーウッドに興味をそそられていた。「どこも一緒ですが、ここにもいろんな人がいる。こういうものの使い方を心得ていて、清潔でいたいのなら、私はそれを邪魔するつもりはありません」


クーパーウッドが相手にしなければならなくなった新しい看守長は、エリアス・チェイピンとは全然違う人物だった。名前はウォルター・ボンハ、年齢は三十七歳にも満たず――大柄で、しまりのない体に、ずる賢い頭を持つ男で、彼の人生の一番の目的は、自ら気づいたように、この刑務所の状況を利用して、通常の給料以上の収入を得ることだった。ボンハをじっくり観察すると、デスマスの密告屋にも見えたが、実際のところは必ずしもそうではなかった。というのも、ボンハは抜け目のない、ごますりで、自分や他人の利益になる点を見つけるのがすばやくて、デスマスは本能的に彼のことを、命じるかそれとなく言っておけば、手心の加え方を任せられる男だと見ていた。もしデスマスがある囚人に少しでも関心を持ったら、ボンハに多くを言う必要はなかった。この男はこれまで違う生活をしてきたんだとか、過去の経験を考えると乱暴に扱うのは彼には酷かもしれんな、と示唆するだけでよかった。するとボンハは精一杯感じのいい態度をとろうとした。問題は、洗練された抜け目ない者に対するボンハの気配りは、明らかに下心があって行われていたから不快であり、貧しい者や無学な者に対しては、粗暴で侮蔑的だったことだ。ボンハは、刑務所内に密かに持ち込んだ特別な支給品を囚人に売って、所内に独自の特別な収入源を築いていた。倉庫で扱っていないもの――タバコ、便箋、ペン、インク、ウイスキー、葉巻、あらゆる贅沢な食料品――を持ち込むことは、少なくとも建前上は厳しく禁じられていた。一方で、ボンハにとって極めて都合がよかったのは、粗末なペン、インク、紙や、粗悪なタバコが支給されたといっても、どうにかできるのであれば、自尊心のある者には耐えられないような代物であることだった。ウイスキーは一切禁止であり、贅沢な食料品は明らかな特別待遇として忌み嫌われたが、それでも持ち込まれた。もし囚人がお金を持っていて、苦労に見合う代償をボンハが確保できるよう取り計らうのを厭わなければ、ほぼ何でも手に入った。また、〝模範囚〟として大きな庭に連れ出される特権や、一部の独房にある小さな専用の庭に、通常許可される三十分よりも長くいられる特権も売ってもらえた。


この時、クーパーウッドに有利に働いた奇妙なことの一つは、ボンハがステナーを担当した看守長と仲がいいという事実だった。ステナーは政治家の友だちの計らいで厚遇されていて、ボンハはこれを知っていた。ボンハは注意して新聞を読む人間ではなく、重大な出来事を知的に把握できなかった。しかし、今ではステナーとクーパーウッドの両名が地域社会の大物、もしくはかつてそうであったことや、二人のうちではクーパーウッドの方が大物であることも知っていた。もっといいのは、ボンハがこの頃聞きつけたように、クーパーウッドはまだお金を持っていた。新聞を読むことを許されていたある囚人が、ボンハにそれを教えた。するとボンハは、かなり控えめで曖昧な言い方で伝えられたデスマス所長の勧めとはまったく関係なく、対価を得るために、自分がクーパーウッドにできることを確かめたくなった。


クーパーウッドが新しい独房に移された日、ボンハは開いている扉の前まで気だるげにやって来て、やや横柄な態度で「もう荷物は全部運んだか?」と言った。クーパーウッドが中に入ったら、扉を施錠するのが彼の役目だった。


「はい終わりました」クーパーウッドは答えた。抜かりなくチェイピンから新しい看守長の名前を聞き出してあった。「ボンハさんですね?」


「そうだ」ボンハは自分が知られていたことに少なからず気を良くして答えた。しかし、あくまでこの出会いの実用的な面に関心があってのことだった。クーパーウッドを研究して、どういうタイプの男なのかを見極めたかった。


「上と下とでは、少し違うでしょう」ボンハは言った。「あまり息苦しくないんだ。庭に出るドアがあると違うもんでね」


「確かに、そうですね」クーパーウッドは注意しながら、抜け目なく言った。「あれがデスマス所長の言っていた庭ですね」


もしボンハが馬だったら、この魔法の名前が告げられたときに、耳がぴくっと立つさまが見られただろう。当然のことだが、これから収容される独房のタイプを事前に伝えられるほど、クーパーウッドがデスマスと親しいのであれば、ボンハは特に注意しなければならないからだ。


「ああ、そうだ、でも大したことはない」ボンハは言った。「庭には一日に三十分しかいられないから。でも、もっと長く外にいられたらいいんだろうけどね」


これはボンハが初めてほのめかした賄賂と特別待遇の誘いだ。クーパーウッドは相手の声にその響きをはっきり聞き取った。


「それは残念ですね」と言った。「良い行いをすれば、もっと長くいられるというものでもないでしょうしね」クーパーウッドは返事を聞こうと待ったが、ボンハは答えず続けた。「さっそく新しい仕事を教えた方がいいかな。あなたは籐椅子編みを覚えなくちゃいけない、と所長が言うんでね。よければ、すぐに始められる」しかし、クーパーウッドの同意を待たずに、ボンハは行ってしまった。しばらくして、ニスの塗っていない椅子の骨組み三つと、籐だか柳の紐の束を持って戻り、床の上に置いた。それが済むと――これ見よがしに――さっそく続けた。「さあ、見るなら、実演しますよ」ボンハは、紐がどんなふうに両側の穴に通されて、切断され、小さなヒッコリー材の留め具で留められるのかをクーパーウッドに実演して見せ始めた。これが終わると、押し錐と小さな金づち、留め具の入った箱、はさみを持ってきた。別の紐を使って、幾何学的な模様がどのように作られるかを何度か簡単に実演してから、ボンハはクーパーウッドにもそれをいじらせて、肩越しに様子を見守った。手作業でも頭脳労働でも何でも飲み込みが早いこの資本家は、いつものように精力的に作業に取り組み、場数を踏まねば身につけられない技術とスピード以外は、人並みにできることをものの五分でボンハに証明してみせた。「あなたなら大丈夫だ」ボンハは言った。「一日に十個やることになっている。でも、慣れるまでは、日数は計算しないよ。そのくらいしたら、様子を見に来ます。扉にタオルをかける件はわかってますね?」ボンハは尋ねた。


「はい、チェイピンさんが説明してくれました」クーパーウッドは答えた。「もう、規則はほとんど覚えたと思います。どれも破らないようにします」


その後の日々は、刑務所の生活に多少の改善をもたらしはしたが、決してクーパーウッドが満足できるほどのものではなかった。ボンハはクーパーウッドに藤椅子の編み方を教え始めた最初の数日の間に、自分にはあなたのためにやれることがたくさんある、という姿勢を完全に鮮明にした。ボンハをこうさせた要因の一つは、ステナーの友だちが、クーパーウッドの友だちよりも大勢面会に来て、時々果物入りのかごを差し入れ、ステナーがそれを看守長たちに渡していることや、彼の妻子がすでに通常の面会日以外の面会を許されていることに、驚いたからだ。これがボンハの嫉妬を招いた。同僚の看守長たちはそのことで彼に向かって偉そうな態度をとっていた――第四区画の盛り上がりぶりをありありと話すのだ。ボンハとしては、クーパーウッドにいいところを見せてもらいたい、社交力でも何でもいいから、実力を発揮してほしかった。


さっそくボンハは切り出した。「毎日、弁護士と仕事の仲間がここに来るのを見かけるけど、面会に来てほしい人は他にいないんですか? もちろん、奥さんや妹さん、そういう人を面会日以外に迎えるのは規則違反なんだが――」ここでボンハは口を閉ざして、何かいいたげな、大きな目をぎょろりとクーパーウッドに向けた。――いかにも後ろめたい秘密を伝えようとする目だった。「でも、ここだって、すべての規則が必ずしも守られるわけじゃない」


クーパーウッドはこういうチャンスを逃す人間ではなかった。少し微笑んだ――それだけで自分の緊張をほぐし、ボンハには知らせてくれたことへの感謝を示すに十分だったが、言葉にして述べた。「実を言いますとね、ボンハさん。あなたは他の誰よりも私の立場を理解し、相談できる方だと信じています。ここに来たいという者はいるんですが、来させるのをためらっていたんです。そんなことができるとは知りませんでした。もしできるのであれば、大変ありがたいことです。あなたも私も現実のわかる人間です――私は、何か世話になれば、それをかなえるのを助けてくれた人たちに相応の礼を尽くさねばならないことを承知しています。ここの暮らしがもう少し快適になるようお力添えいただけるなら、私はそのことへの感謝をあなたにお示しします。手元に現金はありませんが、いつでも用意できるし、あなたがちゃんと報われるよう手配します」


ボンハの短くて分厚い耳はむずむずした。これこそ彼が聞きたかった話だ。「そういうことなら何だってできるんですよ、クーパーウッドさん」ボンハはへつらうように答えた。「私に任せてください。会いたい人がいたら、いつでも言ってください。もちろん、とても慎重にやらねばなりません。あなたもですよ。でもうまくいきますって。これからは、午前中もう少し庭に出ていたいとか、午後や夕方でも出たくなったら、どうぞご自由に。構いませんから。扉は開けておきます。所長か誰か他の者が来たら、私が鍵で扉を引っ掻くから、あなたは中に入って扉を閉めてください。外から持ち込みたいものがあれば何でも調達します――ゼリーや卵、バター、そういうちょっとした物でもね。そうやって少しは食事をよくしたいんじゃありませんか」


「本当にありがとうございます、ボンハさん」クーパーウッドはいたって堂々とした態度で応じた。微笑みたいところだが、真剣な表情を崩さなかった。


「もうひとつの件は」ボンハは特別な面会者の件に触れながら続けた。「会いたくなったら、いつでも手配できます。門にいる連中とは懇意でしてね。ここに来てほしい人がいたら、メモにその人のことを書いて私にください。そして、来たときに私を呼ぶようその人に伝えてください。そうすればちゃんと中へ入れます。相手がここまで来れば、あとは独房で話ができる。いいですか! ただし、私が扉を叩いたら、その人は出なくてはいけませんよ。それだけは覚えておいてください。ただ知らせるだけでいいんです」


クーパーウッドは感謝の気持ちでいっぱいだった。率直で、上品な言葉で礼を述べた。これでアイリーンに会える、さっそく来るように知らせることができる、という考えがすぐに浮かんだ。ちゃんとベールで隠せば、おそらくは安全だ。クーパーウッドはアイリーンに手紙を書くことにして、ウィンゲートが来たときに渡して投函させた。


二日後の午後三時――クーパーウッドが指定した時間――に、アイリーンは面会に来た。アイリーンは、白いビロードの飾りと、銀のように光るカットスチールのボタンのついた、グレーのブロードクロスの服をまとい、飾りと防寒を兼ねて、雪のように白いアーミンの帽子とストールとマフをしていた。このかなり目を引く装いの上に、暗い色の円形の長い外套を羽織っていたが、これは着いたらすぐに脱ぐつもりだった。靴、手袋、髪、つけている金の装飾品に至るまで、とても念入りに身支度を整えていた。クーパーウッドの助言どおりに、顔は厚手のグリーンのベールで隠されていた。アイリーンは、彼が事前に手配できる範囲で、できるだけひとりでいそうな時間に到着した。ウィンゲートはいつも仕事が終わってから四時に来たし、ジュテーガーは来るとすれば午前中だった。アイリーンはこの未知の冒険にひどく緊張していた。行くのに選んだ路面鉄道を少し離れたところで降りて脇道を歩いてやってきた。寒い天気と、灰色の空の下にそびえる灰色の壁は、彼女に敗北感を与えたが、恋人を元気づけるために、美しく見せようと精一杯努力をしていた。適切に装えば、彼が自分の美しさにどんなにすばやく反応するか、彼女はよく知っていた。


クーパーウッドはアイリーンが来るのに備えて、独房をできるだけ見苦しくないようにした。自分で床を掃き、ベッドを整えたので、部屋は清潔だった。そのうえで、髭を剃り、髪をとかし、他にやれることをきちんとした。作業中の藤椅子はベッドの片隅に追いやられ、数少ない食器は洗って吊るされ、木靴はそれ用に取っておいたブラシで磨かれていた。アイリーンはこれまでこんな私を見たことがないんだ、と美観の悪化にわだかまりを感じながら我が身を振り返った。いつも服の趣味の良さや着こなし方を褒めてくれたあの彼女が、どれほど威厳のある体も、見るに耐えなくしてしまう服に身を包んだこの自分を、これから見ることになるのだ。自分の魂の尊厳に自制的に向き合うことしか、ここでは支えにならなかった。結局のところ、自分はフランク・A・クーパーウッドであり、何を着ていようが中身は変わらない。そして、アイリーンもそれを知っている。いつかまた自由になって裕福になるかもしれない。そして、アイリーンがそれを信じていることも彼は知っていた。何にせよ、状況がどんなことになっても、自分の見た目がアイリーンに影響することはない。アイリーンはそんな自分をますます愛すだけだろう。クーパーウッドが恐れたのは、アイリーンの情熱的な同情だった。鉄格子の扉越しに話をしたら、みじめなことになりそうだから、アイリーンは独房に入っていい、とボンハが言ってくれたことをクーパーウッドはとても喜んだ。


到着するとアイリーンはボンハを呼び出し、中央の円形ホールへ行くことを許された。そこにボンハが差し向けられた。ボンハが現れると、アイリーンは小声で言った。「よろしければ、クーパーウッドさんに面会したいのですが」するとボンハが大きな声で言った。「それじゃ、私と一緒に来てください」廊下から円形ホールを横切る間、顔こそ見えなかったが、ボンハはアイリーンのはっきりとした若さに衝撃を受けた。これはまさに、彼がクーパーウッドに期待したものと一致していた。五十万ドルを盗み、街中を騒然とさせられるほどの男は、あらゆる種類のすばらしい冒険をしているに違いない。アイリーンはまさにそんな冒険のひとつだ。ボンハはアイリーンを、自分の机があり、面会者を待機させておく小さな部屋に案内した。それからクーパーウッドの独房へ駆けつけた。クーパーウッドは椅子作りに取り組んでいた。ボンハは鍵で扉をひっかき、声をかけた。「若い女性が面会に来てます。中に入れますか?」


「ありがとうございます」クーパーウッドは答えた。粗野で無作法なボンハは、独房の扉の鍵を開けるのをうっかり忘れて、さっさと行ってしまい、そのためアイリーンの前で扉を開ける羽目になった。分厚い扉、数学的にきちんと配置された鉄格子、灰色の石張りの長い廊下は、アイリーンを心細くさせた。刑務所、鉄の独房! そして、その中のひとつに彼がいる。そのことが、普段なら勇敢なアイリーンの心をくじいた。あたしのフランクが、こんなひどいところにいるなんて! こんなところに入れるなんて、何て恐ろしいことかしら! 裁判官、陪審員、裁判所、法律、刑務所が、口から泡を吹いていきりたつ怪物に見えた。それが世界中にたくさんいて、彼女と彼女の恋路を目の敵にしているように思えた。錠前の中で鍵がカチャッと鳴り、扉が重そうに外側に開かれると、彼女の不吉な予感は決定的になった。すると、クーパーウッドの姿が目に入った。


報酬を受取ることになっていたので、ボンハはアイリーンを入れると、気を利かせてその場を離れた。アイリーンはベール越しにクーパーウッドを見た。ボンハがいなくなったのを確信するまで話すのが怖かった。クーパーウッドは必死に平静を保っていたが、少ししてから、やっとの思いで合図を送った。「もう大丈夫だよ」彼は言った。「看守は行っちゃったからね」アイリーンはベールを上げて、外套を脱いだ。そして、それとなく、むっとするほど狭苦しくて圧迫感のある部屋、みすぼらしい靴、安っぽい不格好な囚人服、独房の小さな庭に通じている彼の背後の鉄の扉を見てとった。ベッドの隅に見える作りかけの藤椅子を背景にしたクーパーウッドは、不自然であり、異様にさえ見えた。あたしのフランクが! しかも、こんな状態で。アイリーンは震えてしまい、話そうとしても話せなかった。抱きしめて、頭をなで、ささやくことしかできなかった。「かわいそうに――あなた。こんな目に遭っていたのね? ああ、かわいそうに」アイリーンは彼の頭を抱きかかえた。その間、クーパーウッドは平静を保とうしながらも、体をすくめて震えた。アイリーンの愛はあふれんばかりで――嘘偽りのないものだった。それは慰めていながら同時に、彼から力を奪っていて、今実感しているように、彼を再び子供に戻していた。すると、生まれて初めて、説明のつかない何かの化学反応――肉体の不思議な反応、時としていとも簡単に理性を押しのける盲目的な力――が作用してクーパーウッドは自制心を失った。アイリーンの深い感情、あやすような声の響き、ビロードのような手の柔らかい感触、彼をずっと引きつけてきたあの美しさが――おそらく、この堅固な壁の中で、自分自身の惨めさに向き合ううちに、これまで以上に輝きを増して――彼から完全に力を抜き取った。どうしてこうなるのかわからなかった。その気持ちにあらがおうとしたが、あらがいきれなかった。アイリーンが彼の頭を抱き寄せて撫でたときには、どうすることもできないまま、突然、胸が詰まって息が苦しくなり、喉が痛んだ。彼にとっては驚くほど奇妙な感覚だった。泣きたくなったのだ。それを必死にこらえたが、あまりにも衝撃的だった。そのとき、つい最近失ったばかりの偉大な世界といつか取り戻したい美しい壮大な世界の奇妙で豊かな光景が、いっせいに押し寄せ、彼を打ちのめした。この瞬間、木靴、木綿のシャツ、縞柄の囚人服、永久にぬぐえない囚人の汚名を、これまで以上に痛感した。彼はアイリーンから素早く身を引いて、背を向け、拳を握りしめ、筋肉を引き締めたが、遅すぎた。声を上げて泣いてしまい、とめることができなかった。


「ああ、くそっ!」激しい憤りと羞恥の入り混じった状態にあった彼は、半分は怒りにまかせ、半分は自分を情けなく感じながら、叫んだ。「なんだって、泣かなきゃいけないんだ? 一体全体どうしちまったんだ?」


アイリーンはそれを見て、勢いよく前に飛び出し、片手で頭、もう片方の手でみすぼらしい囚人服越しに腰をつかみ、簡単に振りほどけないほどの力でしっかり抱きしめた。


「ああ、あなた、あなた、あなた!」アイリーンは哀れみに浸っているうちに熱く興奮して叫んだ。「愛してる。大好きよ。あなたのためなら、この体をバラバラにされたって構わない。あなたのことを泣かせるなんて! ああ、あなた、あなた、あたしの愛しい人!」


アイリーンはまだ震えている彼の体をいっそう強く引き寄せて、空いている方の手で頭を撫で、目に、髪に、頬にキスをした。クーパーウッドはしばらくして「私は一体どうなっちまったんだ!」と叫びながら、再び体を引き離したが、アイリーンは引き戻した。


「いいのよ、あなた、泣いたって恥じることはないわ。あたしの肩で泣きなさい。あたしと一緒にここで泣きましょう。あたしの赤ちゃん――あたしの大切なあなた!」


しばらくするとクーパーウッドは落ち着いた。ボンハに気をつけるようアイリーンに注意を促し、取り乱したことを恥ずかしがりながら、さっきまでの冷静さを取り戻した。


「きみは、すばらしい子だよ」優しく、申し訳なさそうに微笑んで言った。「きみがいてくれる――それだけでいい――とても心強いよ。だけど、もう私のことは心配しないでくれ。私なら大丈夫だ。きみが思うほどひどくはないよ。きみの方はどうなんだい?」


アイリーンはそう簡単におさまるはずがなかった。ここでの惨めな境遇を含めたクーパーウッドの数多くの苦悩は、彼女の正義感と尊厳を踏みにじったのだ。あたしの立派な、すてきなフランクが、こんな――泣くような――目に遭わされるなんて。アイリーンは彼の頭を優しく撫でた。その間に、人生や運命や厄介な対立軸に対する、無謀で破滅的な道理をわきまえない反発が、頭の中で渦巻いた。お父さん――あのくそったれめ! 家族――ふん! それが何だっていうの? あたしにはフランク――フランクがいる。フランクの前では、他のことなんてみんな取るに足らないものだわ。絶対、絶対、絶対に、あたしはフランクを見捨てない――絶対に――何があっても。そして今、アイリーンは黙って彼にしがみついた。その間も、頭の中では人生と法律と運命と状況を相手に、熾烈な闘いを繰り広げた。法律――くだらない! どいつもこいつも、けだもの、悪魔、敵、犬っころよ! 自己犠牲でさえ、喜んで、熱狂して、迎えるわ。こうなった以上、フランクのためなら、フランクと一緒なら、どこにでも行くわ。フランクのためなら何だってする。家族なんかいらない――人生だっていらない、いらない、いらないわ。彼の望むことは何だってする、それ以上でもそれ以下でもない。彼を救うためなら、彼の人生をもっと幸せにするためなら、自分にできることを何だってするわ。他の人のためには何もしないけど。



 

 

第五十六章

 



月日が経過した。ボンハとの合意が成立すると、クーパーウッドの妻、母、妹も時折面会に来ることが許された。妻子は今、彼が家賃を払っている小さな家に落ち着き、金銭的な負担はウインゲートが果たし、彼に代わって月々百二十五ドルを渡していた。妻にはもっと支払うべきだと自覚してはいたが、彼はこのところ資金繰りでかなり切羽詰まっていた。既存の事業が三月に最終的に破綻すると、彼は法的に破産を宣告され、債務の弁済のために全財産が没収された。一ドルに対して三十セントの按分弁済が宣告されていなかったら、その時点で、五十万ドルという市の請求分が、現金化できる金額以上を食いつぶしていただろう。このときでさえ、市は正当な取り分を受け取ることはなかった。何かの誤魔化しがあって権利を失ったことにされた。市の請求は、適切な時期に、適切な方法で申し立てられていなかった。このおかげで他の債権者に、より多くの現金が残ったのである。


幸い、この頃までにクーパーウッドは、少しやってみて、ウィンゲートとの業務提携が利益をもたらしそうだとわかり始めていた。ウィンゲートは誠心誠意努める意向をクーパーウッドに表明していた。彼はクーパーウッドの二人の弟をかなり安い給料で雇い入れた――一人に帳簿の管理と事務所を任せ、もう一人には、会員権が売却されず済んだので、取引所で自分と一緒に行動させた。それと、かなりの努力の末に、ヘンリー・クーパーウッドを銀行の事務職に就けることにも成功した。ヘンリーは、第三ナショナル銀行を辞めてから、この先どうやって人生と向き合えばいいかという深い悲しみの困惑の中にいた。息子の不名誉! 裁判と投獄の恐怖。フランクが起訴された日から、そしてそれ以上に、有罪判決を受けてイースタン刑務所に収監されてからというもの、ヘンリーは夢遊病者のようだった。あの裁判! フランクに対するあの告訴! 自分の息子が縞柄の囚人服を着る受刑者になるとは――しかも、自分とフランクは、地元で成功して尊敬されている人たちの先頭を誇らしげに歩いていたというのに。苦境にいる他の多くの人たちと同じように、ヘンリーは聖書を読んで、心の慰めになるようなものを求めてページをのぞき込んだ。晩年はかなりおざなりになっていたが、若い頃はいつも、そこで何かが見つかるはずだと思っていた。詩篇、イザヤ書、ヨブ記、伝道の書。今の苦難が神経をすり減らしていたため、いくら探してもほとんど見つからなかった。


しかし、来る日も来る日も、身を隠すように自分の部屋にこもり続けた――新しい家の廊下のはずれの小さな寝室で、妻に向けに自分にはまだ関わっている商売の用事があるように装った――そして、いったん中に入るとドアに鍵をかけて座り込み、自分に降りかかったすべてのこと――自分が失ったもの、名声――について思い悩んだ。これを何か月かつづけて、ウィンゲートが用意してくれた新しい職――郊外の銀行での簿記の仕事のおかげで――朝早くこっそり出て行き、夜遅く帰宅するようになった。彼の心は、これまでに起きたことと、これから起こるかもしれないすべてのことの陰鬱な縮図と化していた。


割りと遠くて路面鉄道では行けない小さな銀行にたどり着くために、新しくても大幅に手狭になった自宅を朝七時半にせかせかと出て行く姿は、商売の運不運がしばしばもたらす哀れな光景の一つだった。昼休みに帰宅する余裕がなく、新しい給料では昼食に金を出す贅沢ができなかったので、ヘンリーは小さな弁当箱に昼食を入れて持ち歩いた。今の唯一の願いは、死ぬまで世間体を保ちはするが人目につかないようにして生きていくことだった。そして、それがそう長く続かないことを願った。細い足と体に、白い髪、雪のように白い頬髯という哀れな姿だった。痩せ細り、骨が目立ち、難題に直面すると、自分の考えに少し自信がなくなったり、態度が煮えきらなくなった。驚く理由は実際にないのに、口に手を当て目を見開いて驚いてみせる、全盛期に身についた古い癖がここに来てひどくなった。本人は気づいていなかったが、本当にただの自動人形に成り果てていた。人生は岸辺にこういう興味深い哀れな残骸を打ち上げるのである。


この時期に少なからずクーパーウッドを悩ませていたのは、特にこのとき彼が妻に対して極端に無関心であったことを考えると、妻に関心が持てないことと、二人の関係を終わらせたいというこの問題をどう切り出すか、だった。しかし、ありのままの事実を残酷に突きつける以外に、何も方法は見い出せなかった。彼にはっきりと見てとれたように、リリアンは今、起きたことを疑う素振りを、見た目には見せずに、献身的な態度を取り続けていた。しかし、裁判と有罪判決のあとも、夫がまだアイリーンと親密にしていることを、あちこちから耳にしていた。夫が同時にかかえている数々の苦悩と、夫が救われて順調な金融業の生活を送れるようになるかもしれない事実だけを考えて、今は話すのを思いとどまっていた。夫は独房に閉じ込められている、と自分に言い聞かせて、本当に気の毒だと思いはしたが、かつてのようには愛していなかった。夫のいろいろな不行状は確かに非難されるべきものだった。これが、この世界を支配している力によって、意図され、強いられたことは疑いの余地がなかった。


ひとたびその真意を見抜いてしまえば、こういう態度がクーパーウッドにどう映るかは想像がつくものだ。妻がごちそうを差し入れ、夫の運命を憐れんでみせても、十数もの小さな兆候から、妻がただ悲しんでいるだけでなく、責めていることが彼にはわかった。もしクーパーウッドが常に嫌うものがあるとすれば、それは道徳のおしつけや葬式のように暗い雰囲気だった。アイリーンの明るくて闘争心旺盛な希望や熱意に比べると、クーパーウッド夫人の疲れ切った自信のなさは、控えめに言っても興ざめだった。アイリーンは、涙一つ見せずに、クーパーウッドの運命に最初は激しい怒りを爆発させたが、彼が出所して再び大成功することを明らかに信じていた。信じていたから、いつも成功と彼の将来の話をした。本能的に彼女は、刑務所の壁くらいでは彼を閉じ込められないことを理解しているようだった。実は、アイリーンは初日の帰り際にボンハに十ドルを手渡し、魅力的な声で――顔は見せなかったが――自分に親切にしてくれたことへの礼を述べたあとで、クーパーウッド――彼女の言葉では「とても偉大な人」――をこれからもよろしくお願いしますと言った。これがこの野心的な物欲家の運命を完全に決定づけた。暗い外套をまとったこの若い女性のために、この看守長がやろうとしないことはなくなった。刑務所の面会時間が禁じなかったら、アイリーンはクーパーウッドの独房に一週間でも滞在できたかもしれない。


現在の結婚生活の倦怠と、それから解放されて自由になりたいことをクーパーウッドが妻と話し合おうと決めたのは、入所して約四か月後のことだった。その頃には囚人生活にも慣れてきた。独房の静寂と、無意味に繰り返して実行を強いられた雑役は、最初はとても悩ましくありきたりで気が狂いそうだったが、今はもうただの日常になっていた――退屈だが苦痛ではなかった。さらに、孤独な囚人のささやかな生活の知恵をたくさん身につけた。前回の食事や、妻やアイリーンが差し入れたかごから取っておいたごちそうなどを温めるためにランプを使うというやり方だ。ボンハを説得して石灰の小袋を持ってきてもらい、それを惜しみなく使って、独房の不快な臭いをある程度は取り除いた。また、罠を仕掛けて大胆なネズミを退治することにも成功した。ボンハの許可を得て、夜は独房の扉をしっかり施錠し、外側の木の扉を閉めて、あまり寒くなければ独房の小さな庭に椅子を持ち出して、晴れているときは星が見える夜空を眺めた。クーパーウッドは科学的な学問としての天文学に興味を持ったことはなかったが、プレアデス星団、オリオン座の三ツ星、北斗七星、そしてその延長線の一つが指し示す北極星は、彼の注意を引き、彼の想像力を膨らませるほどだった。どうしてオリオン座のベルトの三ツ星は、距離と配置において、独特の幾何学的な相関関係を持つようになったのだろう、そしてそれには何か知的な意味があるのだろうか、と考えた。プレアデス星団の恒星からなる星雲状の集合体は、音のない宇宙の深淵を感じさせた。彼はエーテルの果てしない広がりの中で、小さなボールのように浮かんでいる地球のことを考えた。こういうものに比べると、自分の人生が取るに足らないものに見えてしまい、そんなものに本当に意味や重要性があるのだろうか、と自問していることに気がついた。しかし、彼はこうした気分を簡単に振り払った。この男は、とりわけ自分や自分の仕事に、壮大さを感じていたからだ。彼の気質は本質的に物質主義的であり、活力がともなっていた。何かが彼に語りかけていた。現状がどうあれ、自分は大物にならなければならない。その名声が世界中に知れ渡る者に――努力に努力を重ねる者に、ならなければならない。遠くを見通したり、輝かしい業績をあげる力は万人に与えられるわけではない。しかし自分にはそれが与えられた。だから自分は、自分がなるべきものにならなければならない。他の多くの者が自分の小ささから逃れられないのと同じで、彼は自分に内在する偉大さから逃れられなかった。


その日の午後、クーパーウッド夫人が、リネンの着替えを数枚、シーツを一組、瓶詰めの肉、パイを持ち、重々しい雰囲気で現れた。必ずしも悲しみに沈んではいなかったが、クーパーウッドは、妻は自分とアイリーンの関係のことで思い悩んでいるのだから、その方向に進んでいると考えた。彼は妻が気づいていることを知っていた。妻の態度の何かが、帰る前に話そうとクーパーウッドを踏ん切らせた。そして、彼は子供たちの様子を尋ねて、必要なものを妻が質問するのを聞いてから、妻がベッドに座っている間に、一つしかない椅子に座って話しかけた。


「リリアン、いつかきみに話したいと思っていたことがあるんだ。もっと早く話すべきだった。でも話さないよりは遅れてでも話した方がいい。きみがアイリーン・バトラーと私との関係に気づいていることは知っている。だから私たちはそれを包み隠さずはっきりさせた方がいい。私が彼女を大好きなのは事実だ。彼女は私にとても献身的でね。ここを出たら、彼女と結婚できるように準備しておきたいんだ。つまり、きみは私と離婚しなければならない。もし応じてくれるならね。それについて今、きみと話をしたい。これはきみにとってそれほど驚くことではないはずだ。私たちの関係が本来あるべき姿でなくなっていたのをずっと見てきたに違いないんだからね。それに、こういう状況である以上、これはきみにとってそれほど辛いことではないはずだ――私はそう思っている」クーパーウッドは話をやめて待った。リリアンは最初何も言わなかった。


夫が最初にこの話を切り出したとき、リリアンは驚きか怒りを表に出して見せるべきだと考えたが、どういう態度をとって見せても、思い違いもせず興味も示さない、夫の落ち着いた調べるような目を見ているうちに、そんなことをしても無駄だと悟った。リリアンには極めて私的で秘密を要するように思える問題に、夫は完全に事務的だった――あまり恥じている様子はなかった。夫がどうして人生の繊細な事柄をそんなふうに扱えるのか、リリアンにはまったく理解できなかった。自分がいつも口をつぐんでおくべきだと考えるような事でも、夫は平気で口にした。社交上の問題を片付けるときの夫の率直さには、時々耳が熱くなることがあったが、これが大物の特徴に違いないと思ったので、それについては何も言わなかった。ある種の男性は自分たちの好きなように振る舞っているのに、社会は彼らをどうすることもできないようだ。おそらく、神さまが後でどうにかするのだろう――リリアンにはわからなかった。いずれにせよ、彼は不品行で、遠慮がなく、強引ではあったが、礼儀正しい話し方や謙虚な考え方を社会的な美徳としているように見える保守的なタイプの人たちの大部分よりは、はるかに興味深かった。


「知ってるわ」声には怒りと憤りをにじませていたが、リリアンはむしろ穏やかに言った。「そんなことはすべて、ずっと前から知ってたわ。いつかあなたがこういうことを言ってくると思ってました。あなたには散々尽くしてきたのに、すてきなご褒美ね。でも、いかにもあなたらしいわ、フランク。あなたが何かを決めたら、止められるものは何もないものね。ずっと順調にやってきて、愛する子供が二人もいるのに、それだけでは飽き足らず、バトラーの小娘なんかに入れあげて、自分たちの名前を街中の笑いぐさにするなんてね。あの女がこの刑務所に通っていることだって知ってるわ。いつだったか、私と入れ違いに出て来るのを見かけたから。もう他のみんなも知ってると思うわ。あの女には良識ってものがないから、気にもしないのね――みじめなうぬぼれ屋だわ――でもね、フランク、あなたにはまだ私や子供たち、実の両親がいて、しかも立ち直るために過酷な戦いをしなければならないのが確実なときに、こんなことを続けていたら、あなただって恥ずかしいと思うんですけど。あの女に少しでも良識ってものがあったら、あなたとは何もなかったはずよ――あんな恥知らずなことはね」


クーパーウッドはひるまず妻を見すえた。妻の言葉の中に、観察して以前から確信していたことを読み取った――心を通わせようにも妻は自分とは合わなくなっていた。もう肉体的な魅力はなかったし、知的にもアイリーンには及ばない。また、最盛期に、わざわざ自宅に足を運んでくれた上流の女性たちとの交流が、妻にはある種の社交的な洗練さが欠けていることを彼にはっきりと証明してくれた。決してアイリーンが大幅に優れているわけではないが、それでも彼女は若くて、従順で、適応力があり、まだ成長の余地はある。今、考えてみたように、機会があれば、アイリーンを変えることはできるかもしれないが、リリアンに関しては――少なくとも、今、見る限りでは――どうすることもできない。


「実を言うとね、リリアン」クーパーウッドは言った。「私が言いたいことを、きみが正確に受けとめてくれるかわからないが、きみと私はもうお互いに全然合わなくなってるんだ」


「三、四年前はそう思っていないようでしたけど」妻は辛辣に口を挟んだ。


「私は二十一歳の時にきみと結婚した」クーパーウッドは、妻の口出しには何の注意も払わずに情け容赦なく続けた。「自分が何をしているのかわからないほど本当に若かったんだ。ただの子供だったんだ。でも、それは大して重要ではない。それを言い訳にするつもりはないからね。私が言いたいのはこういうことだ――正しかろうが間違っていようが、重要だろうが重要でなかろうが、私はその後で考えを変えたんだ。私はもうきみのことを愛していないし、それが世間にどう見えようと、自分が満足していない関係を続けたいとは思わない。きみにはきみの人生観があり、私には私の人生観がある。きみは自分が正しいと考え、きみに賛同する人は何千人もいるだろう。でも私はそうは思わない。私たちはこういうことで口論をしたことがなかった。なぜなら私はこれは口論するほど重要だとは思わなかったからだ。こういう状況で、別れてほしいと頼んだところで、きみに対してひどく不当な仕打ちをしているとは思わない。きみや子供たちを見捨てるつもりはないからね――きみに渡すお金が私にある限り、きみは私から十分な生活費を得られるんだ――でも、この先ここを出るなら、そのときは自由でいたいんだ。それをかなえてほしい。きみが持っていたお金も、それ以上の大金も、私がここを出て再起すれば取り戻せるんだ。でも、もし反対するつもりなら駄目だ――協力する場合だけだ。私はいつだってきみを助けたいし、助けるつもりだ――でも、あくまで私のやり方でだ」


クーパーウッドは思案げに囚人服のズボンをなで、上着の袖を引っ張った。ここに座っている今の彼は、本来の彼である重要人物というよりは、むしろとても頭のいい職人に見えた。クーパーウッド夫人はひどく憤慨していた。


「よくも、私にそんな口が利けたものね。こんな扱いをするなんて!」立ち上がって壁とベッドの間の狭い空間――およそ二歩分――を歩きながら芝居のように叫んだ。「あなたが私と結婚したとき、この人は若すぎて自分の気持ちがわかってないんだ、と気づくべきだったわ。何かと言えば、お金。あなたはお金と自分の欲望を満たすことしか考えてないのよ。正義感ってものがないんだわ。これまでだってあった試しがない。あなたって自分のことしか考えてないのよ、フランク。あなたみたいな人は見たことないわ。この一件のあいだずっと、あなたは私を犬のように扱ってきたわ。そしてその裏でずっと、あのアイルランドの小娘とうまいことやって、自分のことを全部話していたんでしょ。最後の瞬間まで私を大事に思ってると信じさせておいて、今になって突然、離婚してほしいだなんて。私はしませんからね。離婚なんてするもんですか、だから、そんなこと考える必要ないわ」


クーパーウッドは黙って聞いていた。この夫婦間のもつれに関しては、見たところ、自分はかなり有利な立場にいる。私は囚人だ。今後長期にわたって妻と私的な接触ができなくなる境遇を強いられる。妻は自然に私なしでやっていくことに慣れるはずだ。私が出所する頃には、妻は囚人との離婚をかなりやりやすくなっているだろう。特に、他の女性との不貞を申し立てることができ、それを私は否定しないのだから。同時に、アイリーンの名前が出ないようにしたいと思った。こちらが争わず、クーパーウッド夫人がそうしたければ、架空の名前を使えばいいのだ。それに、妻は、知的な面では、あまり強い人間ではない。自分なら妻を意のままに従わせることができる。もうこれ以上話す必要はない。沈黙は破られ、問題は妻の前に置かれた。あとは時間が解決するはずだ。


「芝居がかったまねはやめろ、リリアン」クーパーウッドは平然と言った。「生活していけるだけの金があれば、私がいなくなってもきみにとっては大きな損ではないだろ。ここを出ることになっても、私はフィラデルフィアで暮らしたくないんだ。今考えているのは西に行くことだ。私はひとりで行きたいと考えている。仮に離婚しても、すぐに再婚する気はない。誰のことも連れていきたくないんだ。きみはここにとどまって、私と離婚した方が、子供たちのためになる。子供たちときみへの世間の見方はよくなるだろうからね」


「私は離婚しません」クーパーウッド夫人はきっぱりと言い切った。「絶対にしません、絶対に! あなたが言いたいことを言うのは勝手です。私は散々あなたに尽くしてきたんだから、あなたは私と子供たちのそばにいる義務があるわ。だから私は離婚なんてしません。もうこれ以上は何を言っても無駄よ。私は離婚しませんからね」


「よくわかったよ」クーパーウッドは立ち上がりながら静かに答えた。「もうこれ以上この話をする必要はない。どうせ、そろそろ時間だ」(ふつう面会時間は二十分となっていた。)「もしかしたら、きみだって気が変わるかもしれない」


リリアンは、マフと、差し入れを運んできた肩掛けの革紐をまとめると、帰ろうと振り返った。これまでは見せかけだけでも夫にキスをするのが習慣だったが、今は腹立たしくて取り繕うどころではなかった。それでも、残念だとは感じていた――自分に対してと、夫に対しても感じていると思った。


「フランク」リリアンは最後の瞬間に芝居じみた態度で言い放った。「あなたみたいな人、見たことがないわ。あなたには心ってものがないのよ。あなたにいい奥さんはもったいないわ。今あなたが手に入れようとしているああいう女が、お似合いよ。呆れるわ!」急に涙が出てきた。リリアンは軽蔑しながらも悲しみに暮れて部屋を飛び出した。


クーパーウッドはそこに立ち、少なくとも、これでもう無駄なキスを交わすことはなくなるな、と内心ほくそ笑んだ。ある意味ではつらかったが、あくまで感情的な意味でのことだった。自分は妻に対して本質的に不当なことはしていないと判断した――経済的な負担を与えていない――これが重要なことだった。リリアンは今日は怒りはしたが、いずれ乗り越えて、時が経てば私の考え方もわかるようになるかもしれない。そんなことが誰にわかるだろう? とにかく、彼は自分が何をしようとしているのかを妻にはっきり伝えた。そして、彼が見たところ、多少の成果はあった。そこに立つ彼は、古い世界という殻からゆっくり出ようとしているひよこそのものだった。刑務所の独房にいて、あと四年近い刑期を残してはいるが、心の中では、まだ全世界が自分の前にあると明らかに感じていた。フィラデルフィアで再起できなければ西へ行けばいい。しかし、かつての知り合いの信任を得るまでは――他の地域に持っていける信用状を得るまでは――ここにいなければならない。


「ひどいことを言ったって骨が折れるわけじゃない」妻が出て行くと独り言を言った。「やられるまでは終わらないんだ。いずれここの連中に思い知らせてやる」独房の扉を閉めに来たボンハに、雨が降りますかねと尋ねた。廊下がとても暗く見えた。


「夜までにはきっと降るでしょう」ボンハは答えた。ボンハはクーパーウッドの複雑な事情をあちこちで聞くたびにいつも驚いていた。



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