表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
資本家  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
3/59

第3章

 

 クーパーウッド少年が最初に仕事を始めたのは十三歳のときだった。ある日、輸入卸売業者が立ち並ぶフロント・ストリートを歩いていると、食品卸売業者の店先に競売の旗がかかっているのが目につき、店内から競売人の声が聞こえてきた。「この特別なジャワコーヒー一箱は全部で二十二袋入りだ。今、市場では一袋が七ドル三十二セントの卸売価格で売れているんだが、さあ、いくらで買いますか? さあ、おいくらだ? おいくらだい? 箱単位で願いますよ。おいくらかな?」

 

「十八ドル」とりあえず値段をつけようと、入口近くに立っていた商人が値をつけた。フランクは立ち止まった。

 

「二十二!」別の商人が声をかけた。

 

「三十!」と三人目。「三十五!」四人目があって、そんな調子で七十五ドルまで上昇したが、それでも価値の半分以下だった。

 

「七十五の値段がつきましたよ! 七十五です!」競売人は声を大きくして言った。「他にいませんか? 一回目の確認、七十五。さあ、八十の声はありますか? 二回目、七十五」――競売人は掛け声をやめて、片手を大げさにかざした。それからその手を、もう片方の手のひらにピシャリと打ち下ろして――「サイラス・グレゴリーさんに七十五ドルで売れました。こいつをメモしておいてくれよ、ジェリー」横にいた赤毛でそばかす顔の事務員に声をかけた。それから、食品主要品目の別の商品に目を向けた――今度はデンプン、七バレルだった。

 

 クーパーウッド少年は素早く計算していた。競売人が言ったとおりに、もしコーヒーが公開市場で一袋あたり七ドル三十二セントの価値があって、この買い手が七十五ドルでこのコーヒーを手に入れたとしたら、買い手はその時点で八十六ドル四セント儲けたことになる。但し、買い手が小売で売った場合に利益がそうなるという話であることは言うまでもない。記憶によれば、母親は一ポンドあたり二十八セント支払っていた。少年は本を小脇に抱えて近づき、このやり取りをじっと見ていた。すぐに知れたが、デンプンの価値は一バレルが十ドルであり、それは六ドルにしかならなかった。酢の樽が三分の一の値段で買い叩かれた。自分も値段をつけられたらいいのにと思い始めたが、お金を持っていなかった。小銭しかなかった。競売人は自分のすぐ目と鼻の先に少年が立っていることに気がついた。少年の表情が、反応しない――固まっている――のが印象的だった。

 

「さて、今度はカスチール石鹸の掘り出し物だよ――しかも七ケースもある――石鹸について詳しい方ならご存知のように、今一つ十四セントで売れてる代物だ。この石鹸は、今この瞬間どこででも一ケースあたり十一ドル七十五セントはするからね。さあ、おいくらだ? さあ、おいくらだ? いくらで買ってくれるかな?」男は競売人特有のいつもの調子で、無駄に力んだ早口でまくし立てた。しかしクーパーウッドはそれほど影響されなかった。とっくに独りでさっさと計算にとりかかっていた。十一ドル七十五セントで七ケースあるなら、しめて八十二ドル二十五セントになる。そしてその半額は――その半額は――。

 

「十二ドル」競り手が声をあげた。

 

「十五」二人目が競った。

 

「二十」三人目が声をあげた。

 

「二十五」四人目。

 

 それから一ドル刻みになった。カスチール石鹸はあまり生活必需品ではないからだ。「二十六」「二十七」「二十八」「二十九」声がやんだ。「三十」クーパーウッド少年は決めつけるように言った。

 

 短い細面の痩せ型で、もじゃもじゃ頭の鋭い目をした競売人は、怪訝そうにまさかと思いつつも何も言わずに少年を見た。どういうわけか、男は無意識のうちにその少年の異様な目にのまれた。理由はわからないが、この競り値はおそらく有効で、この少年はお金を持っているとこのときは感じた。雑貨屋の子供かもしれない。

 

「三十の値がつきました! 三十! この極上のカスチール石鹸に三十の値がつきました。極上品ですよ。一個十四セントはする代物だ。三十一はありませんか? どなたか三十一でいかがですか? 三十一はいませんか?」

 

「三十一」声があがった。

 

「三十二」クーパーウッドは受けて立った。同じ過程が繰り返された。

 

「三十二の値がつきました! 三十二の値がつきましたよ! 三十二の値がつきましたよ! どなたか三十三でいかがですか? 上質の石鹸ですよ。上質のカスチール石鹸が七ケース。どなたか三十三の人はいますか?」

 

 クーパーウッド少年の頭脳は活動していた。手もとにお金はなかった。しかし自分の父親は第三ナショナル銀行の出納係である。身元保証人に父親を使えばいいのだ。石鹸は全部、家族が使っている雑貨屋に売れるだろう、きっと。もし駄目なら他の雑貨屋に売ればいい。この石鹸がこの値段なら欲しがる人は他にもいる。やらぬ手はないだろう? 

 

 競売人は様子を見た。

 

「三十二、一回目! 三十三はありますか? 三十二、二回目! 三十三の声はありますか? 三十二、三回目ですよ! 石鹸が七ケースです。この上のお値段はありますか? 一、二、三回目! この上の値段はありますか?」――男の手がまたあがった――「それではこちらの――?」男は身を乗り出して、競り落とした少年の顔をもの問いたげにのぞき込んだ。

 

「フランク・クーパーウッド、第三ナショナル銀行の出納係の息子です」少年ははっきり答えた。

 

「いいでしょう」男はじっと見据えて言った。

 

「ぼくが銀行へ行ってお金をもらってくるまで待ってもらえますか?」

 

「ああ、長くはだめだよ。一時間でもどってこなければ、再度競りにかけちゃうからね」

 

 クーパーウッド少年は返事もせず、大急ぎで駆け出した。まずは母親の行きつけの雑貨屋である。店は自分の家と同じブロックにあった。

 

 店の入口から三十フィート手前でスピードを落とし、何食わぬ顔で中に入り、カスチール石鹸を探した。あった。同じ種類のものが箱に入って陳列されていた。自分の石鹸とそっくりだった。

 

「これ一個いくらですか? ダルリンプルさん」フランクは尋ねた。

 

「十六セントだね」店主は答えた。

 

「ぼくがこれと同じもの七箱を六十二ドルで売ることができたら、引き取ってもらえますか?」

 

「同じ石鹸をかい?」

 

「そうです」

 

 ダルリンプル氏は、ちょっと計算した。

 

「ああ、引き取ってもいいな」ダルリンプルは慎重に答えた。

 

「今日の支払いでもいいですか?」

 

「その分の手形を切るよ。石鹸はどこにあるんだい?」

 

 ダルリンプルはご近所の息子のこの思いがけない提案に戸惑い、いささか驚いた。彼はクーパーウッド氏をよく知っていた――フランクのことも。

 

「今日運んでくれば、引き取ってもらえますか?」

 

「ああ、引き取るよ」ダルリンプルは答えた。「石鹸屋を始める気かい?」

 

「いいえ、でもその石鹸を安く入手できるところを知ってるんです」

 

 少年はまた急いで出て行き、父親の銀行に駆けつけた。閉店時刻は過ぎていたが、入り方を知っていた。父親ならよろこんで三十ドルを用立ててくれるとわかっていた。その金を一日借りたいだけだった。

 

「何があったんだ、フランク?」息子が息を切らせて顔を真っ赤にして現れたので、父親はデスクから顔をあげて尋ねた。

 

「三十二ドル貸してほしいんです! 貸してくれますか?」

 

「それは、かまわんが、それを何に使うんだ?」

 

「石鹸――カスチール石鹸を七箱――買いたいんです。入手先と売却先はわかってます。ダルリンプルさんが引き取ってくれるんです。すでに六十二ドルで話がついています。それを三十二ドルで入手できるんです。お金を用立ててくれますか? すぐに引き返して、競売人に払わねばならないんです」

 

 父親は微笑んだ。これは息子が自分に見せてくれた最も商売人らしい態度だった。十三歳の少年にしては、とても鋭い上に抜かりがなかった。

 

「フランク」父親は紙幣のある引出しに手を伸ばしながら言った。「お前はすでに資本家になりつつあるな? これで損をしない自信があるんだな? 自分のしていることがわかっているんだな?」

 

「お父さん、そのお金を僕に持たせてくれませんか?」フランクはお願いした。「すぐに結果をお見せします。ただ僕にそのお金を持たせるだけです。ぼくなら大丈夫です」

 

 獲物を嗅ぎつけた若い猟犬のようだった。父親は息子の訴えに抵抗できなかった。

 

「では、フランク」父親は答えた。「お前を信じるよ」そして第三ナショナル銀行発行の五ドル札六枚と一ドル札二枚を数えた。「さあどうぞ」

 

 フランクは手短に礼を言って建物を出ると全速力で競売場に駆け戻った。中に入ったときは、砂糖が競売にかけられていた。彼は競売の事務員のところへ行った。

 

「あの石鹸の代金を払いたいのですが」フランクは申し出た。

 

「今?」

 

「はい、領収書をもらえますか?」

 

「ああ」

 

「配達してくれるんですか?」

 

「いや、配達はしない。二十四時間以内に引き取らないといけないよ」

 

 その問題は大したことではなかった。

 

「わかりました」と言って購入証の紙をポケットにしまった。

 

 競売人は、フランクが出ていくのを見守った。三十分後、運び屋――仕事目当てで堤防や波止場を根城にしている手の空いた人――と一緒に戻ってきた。

 

 フランクは男と契約して石鹸の配達を六十セントで請け負わせていた。さらに三十分後には、積荷をおろす前に外に出てきて問題の箱を見て驚くダルリンプル氏の店の前にいた。もし何らかの理由で段取りどおりにいかなかったら、箱は自宅に運んでもらう予定になっていた。初めての大仕事だったのに、ガラスのように冷ややかだった。

 

「そうだね」ダルリンプル氏は反射的に白髪頭をかいて言った。「確かに同じ石鹸だ。引き取るよ。約束だからね。どこで手に入れたんだい、フランク?」

 

「ビクソムの競売です」フランクは正直に堂々と答えた。

 

 ダルリンプル氏は運び屋に石鹸を運ばせた。 そして――今回は仲介人が子供だったから――一応所定の手続きを済ませてから、三十日期日の手形を振り出して渡した。

 

 フランクはお礼を言って手形をポケットにしまった。他の人がやっているのを見たとおりに、父親の銀行に戻って割り引いてもらい、それで父親に返済して自分の利益を現金で得ることにした。普通ならいついかなる日でも営業時間外に取り扱いされるはずはなかった。しかし、お父さんならぼくの件を例外にしてくれるだろう。

 

 フランクは口笛を吹きながら急いで戻った。息子がやって来ると父親は顔を上げてにっこりした。

 

「フランク、首尾はどうだ?」父親は尋ねた。

 

「三十日期日の手形をもらってきました」フランクはダルリンプル氏がくれた手形を出した。「ぼくのためにそれを割り引いてもらってもいいですか? お父さんはそこから三十二ドルを受け取ってください」

 

 父親はそれをじっくりと調べた。「六十二ドルだね!」と言った。「ダルリンプルさんか! これなら大丈夫だ! よろしい、お引き受けしましょう。十パーセントの負担がかかりますよ」と冗談めかして言った。「しかし持ってた方がよくないか? 三十二ドルは月末までお前に貸しておくよ」

 

「ああ、駄目です」息子は言った。「割り引いてお父さんのお金は受け取ってください。ぼくはぼくの分が欲しいんです」

 

 父親はその事務的な割り切り方を微笑ましく思った。「よかろう、明日処理しよう。どんなふうにやったのか話してくれよ」そして息子は父親に語った。

 

 その夜七時にフランクの母親がその話を聞き、やがてセネカ伯父さんの耳にも入った。

 

「私が何と言ったか覚えてるか、クーパーウッド?」セネカ伯父さんは尋ねた。「しっかりした子だよ、あの子は。見守ってやることだな」

 

 クーパーウッド夫人は夕食の席で不思議なものでも見るように我が子を見た。これがついこの間までこの胸で育てた我が子なのかしら? 確かに、この子は急速に成長しているんだわ。

 

「ねえ、フランク、ちょいちょいそうやってうまくいくといいわね」母親は言った。

 

「ぼくもそう思います、お母さん」あたりさわりのない返事をした。

 

 しかし、競売は毎日見つかるものではなかったし、行きつけの雑貨屋にしても、こういう取引はある程度の期間内で一回しか応じてくれなかった。しかしクーパーウッド少年は最初からお金の稼ぎ方を心得ていた。少年新聞の購読者を集めたり、新型アイススケートの販売を仲介したりした。問屋で夏の麦わら帽子を買うために一度近所の子供たちを集めて組合を結成したこともあった。貯金をすればお金持ちになれるという考え方はしなかった。お金はケチケチしないで使った方がいい、何だかんだでうまくいくものだ、という考え方を彼は最初から持っていた。

 

 女の子に興味を持ち始めたのは、この年齢か、もう少し早い時期だった。彼は最初から、女性の中の美しい人を見つける鋭い目を持っていた。見た目がよくて魅力的だったので、気になる女性をその気にさせるのは難しいことではなかった。フランクの気を引いたか、フランクに惹きつけれたかした最初の少女は、通りのもっと先に住む十二歳のペイシェンス・バロウだった。黒髪とぱっちりした黒い目は彼女の持ち味で、背中にかわいいおさげ髪を垂らし、きゃしゃな体にぴったりの、きゃしゃな足と足首をしていた。クエーカー教徒の両親を持つクエーカー教徒の娘で、しとやかな小さい縁なし帽をかぶっていた。しかし、性格は活発だったので、この自立していて、自分のことは自分でできてしまう、率直な物言いの少年のことが好きだった。ある日、何度か視線を交わしてから、笑顔を浮かべて、生まれつきあった勇気を振り絞ってフランクは言った。「きみ、うちの先に住んでるんだよね?」

 

「そうよ」少女は少し動揺して答えた――これは通学鞄が小刻みに揺れたことで明らかになった――「一の四十一番に住んでるわ」

 

「家は知ってるよ」フランクは言った。「入っていくのを見かけたことがあるからね。うちの妹と同じ学校だよね? きみはペイシェンス・バロウじゃないかい?」フランクは男の子たちが少女の名前を呼ぶのを聞いたことがあった。「そうよ。どうして知ってるの?」

 

「ああ、聞いたことがあるんだ」フランクは微笑んだ。「見かけたこともね。きみ、リコリス菓子好き?」

 

 フランクはコートの中を探って、当時売られていた新しいスティック菓子を数本を取り出した。

 

「ありがとう」少女は笑顔で言って一本取った。

 

「あまり美味しくないかな。ずっと持ち歩いてたんだ。別の日ならタフィーもあったんだけどね」

 

「あら、いけるわよ」少女は先端を噛みながら言った。

 

「ぼくの妹のアンナ・クーパーウッドって知らないかな?」自己紹介がてら話を戻した。「きみよりも学年が一つ下なんだけど、もしかしたら見たことがあるかもしれないと思ってね」

 

「知ってると思うわ。学校から帰るとこを見たことがあるから」

 

「ぼくはあそこに住んでるんだ」まるで相手が知らないかのように、そっちに寄りながら指をさして打ち明けた。「今度からこの辺で会えるよね」

 

「あなた、ルース・メリアムを知ってるかしら?」フランクが自宅のドアに続く石畳の道路に差しかかったところで、少女は尋ねた。

 

「いや、何で?」

 

「今度の火曜日にパーティーを開くのよ」少女が言い出した言葉は何気なく聞こえるが、そう聞こえるだけだった。

 

「その()のうちはどこ?」

 

「二十八番地よ」

 

「行きたいな」別れ際にフランクは熱い気持ちをぶちまけた。

 

「多分、誘ってくれるわよ」二人の距離が広がるにつれて勇気が出てきたのか、少女はそれに応えた。「私が頼んでおくから」

 

「ありがとう」フランクは微笑んだ。

 

 そして少女はうれしそうに走り出した。

 

 フランクは笑顔で相手を見送った。とても可愛らしかった。無性に彼女にキスをしたくなった。そしてルース・メリアムのパーティーで起こるかもしれないことが、目の前に鮮明に浮かび上がった。

 

 これは初恋というか幼恋のひとつでしかなかったが、その後数々の出来事がごちゃごちゃする中でも時々心をつかんで離さなかった。ペイシェンス・バロウは、フランクが他の少女を見つけるまで何度となくこっそりキスされた。彼女をはじめとするその通りの子供たちは、冬の夜は雪の中に遊びに出かけるし、日が短くなるころは日が暮れてから自宅のドアの前でだらだらと過ごした。そんなときに彼女を捕まえてキスするのも、パーティーで馬鹿話をするのも、とても簡単だった。そして、ドーラ・フィトラーとは、彼が十六歳で相手が十四歳のとき、マージョリー・スタッフォードとは、彼が十七歳で相手が十五歳のときに出会った。ドラ・フィトラーはブルネット。マージョリー・スタッフォードは夜明けのように美しく、真っ赤な頬、青みがかった灰色の目、亜麻色の髪で、ウズラのようにふっくらしていた。

 

 学校をやめようと決めたのは、十七歳の時だった。卒業はしなかった。ハイスクールを三年で終えただけだが十分に得るものは得ていた。十三歳の時から頭の中はずっと金融のことで一杯だった。それは、彼が三番街で見たそのままの形だった。時々、ちょっとした小遣い稼ぎをするためにできる臨時の仕事があった。セネカ伯父さんがサザークの製糖桟橋で計量士の助手をやらせてくれた。ここで三百ポンドの袋がアメリカ政府の検査官監視のもとで計量されて政府の保税倉庫に入れられた。緊急時に父親の手伝いをするように言われ、対価が支払われた。ダルリンプル氏と取り決めをして土曜日に店の手伝いをした。しかしフランクが十五歳になって間もなく、父親が銀行の出納係になって年間四千ドルの収入を受け取るようになる頃には、フランクがもうこんな平凡な仕事をやっていられないのは自ずとわかることだった。

 

 ちょうどその頃、再びフィラデルフィアに戻ったセネカ伯父さんが前よりも太った横柄な態度である日フランクに言った。

 

「さて、フランク、もし準備ができているんなら、お前にいい仕事口があるだがな。最初の一年間は給料が入らないが、お前がきちんと自分のやることを注意してれば、やめるときに、そこはおそらくいい土産(みやげ)をお前にくれるだろうよ。二番街のヘンリー・ウォーターマン商会を知ってるか?」

 

「場所は知ってます」

 

「実は、お前に簿記係の仕事をくれると言うんだ。あそこは一種のブローカーだ――穀物と仲介を扱う仕事だよ。そっち方面の仕事につきたいんだろ。学校をやめたら、ウォーターマンさんに会いに行くんだ――私の紹介だと言え。そうすればお前に合う仕事を世話してくれると思う。お前の成長ぶりを見せてくれ」

 

 セネカ伯父さんは裕福なおかげで貧しい野心的なフィラデルフィアの社交界の未亡人の関心を引き、今は結婚していた。思えば、このおかげでクーパーウッド家の人脈は大きく広がった。ヘンリー・クーパーウッドは家族と一緒に、かなり遠くのノースフロント・ストリートに引っ越す計画を立てていた。当時そこは川の美しい景色を一望し、魅力的な住居が建設されつつあった。南北戦争前のこの時代、年収四千ドルは相当なものだった。ヘンリーは慎重で手堅い投資を心がけていた。用心深い保守的な規則正しい行動から、いつの日かこの銀行の副頭取、ことによったら頭取になれるかもしれないと順当に期待された。

 

 フランクをウォーターマン商会で働かせようというセネカ伯父さんの申し出は、フランクが正しいスタートを切るにはちょうどいい話に思えた。六月のある日、南二番街七十四番地にある会社に出向くと、フランクはヘンリー・ウォーターマン・シニア氏に心から歓迎された。じきに判明したが、ヘンリー・ウォーターマン・ジュニアという二十五歳の青年と、ジョージ・ウォーターマンという五十歳の信頼できる内勤の弟がいた。ヘンリー・ウォーターマン・シニアは五十五歳の男性で、内から外まで会社全体の責任者だった。必要とあらば近隣の地域を回って顧客に会い、弟が調整できない場合には詰めの協議に入り、彼の同僚や雇い人が執り行う新しい事業の提案や助言を行った。見た目には粘液質――背が低く、太っていて、目の周りに皺があり、かなりお腹が出ていて、首から顔にかけて赤く、ほんの少し出目だが、抜け目がなく、親切で、人当たりのいい、機転が利く男だった。持ち前の常識的な発想と人当たりの良い性格を拠り所にして、ここで健全で順調な事業を築いていた。年を重ねて力が増していたので、もし息子がこの事業に完全に適していれば、息子の心からの協力を喜んで歓迎していただろう。

 

 しかしそうではなかった。息子は父親のように庶民的でもなく、頭の回転が速いわけでもなく、やっている仕事に満足しているわけでもなく、実はこの仕事を嫌っていた。もしこの仕事が息子に任されていたら、とっくに消滅していただろう。父親は先行きを案じて悲観した。この事業に興味を持ってくれて、これまでされてきたのと同じ精神で仕事をして、息子を追い出そうとしない若者が土壇場になって現れることを期待していた。

 

 そんな時にセネカ・デイビスの口利きでクーパーウッド青年が現れた。彼は青年を品定めするように見た。確かに、この青年ならいけるかもしれないと思った。どこか気楽で彼には余裕が感じられる。ちっとも取り乱したり動揺してはいないようだ。彼の話によると、穀物や仲介業について詳しくはありませんが、帳簿のつけ方なら知っています。こういうことに関心があるので、やってみたいんです。

 

「あいつを気に入ったよ」翌朝出頭する指示をもらってフランクが出ていくと、さっそくヘンリー・ウォーターマンは弟に打ち明けた。「見どころがある。ここには一日に大勢の人がやってくるが、あいつが一番清潔で、活発で、生き生きしてる」

 

「そうですね」ジョージは言った。相手よりもかなり痩せこけ、ちょっぴり背が高い男は、黒いぼやけた黙想しているような目をしていて、禿げた頭の卵形の白い部分と妙に対照的な茶色っぽい黒髪は、薄くなり、成長力が大幅になくなっていた。「ええ、いい青年です。父親が自分の銀行で雇わないのが不思議だ」

 

「まあ、父親にもできないのかもしれない。所詮、一介の出納係にすぎんからな」兄は言った。

 

「そうですね」

 

「まあ、うちで試してみるさ。私は彼がものになる方に賭けるがね。そんな感じがする若者だ」

 

 ヘンリーは立ち上がり、正面口から歩いて出て二番街の様子を見に行った。東側のビル群の壁――彼のビルもその一部――のせいで東からの日差しを遮られた冷たい石畳や、やかましい荷車や荷馬車や、忙しく行き交う人混みを眺めていると気晴らしになった。その向こう側のビルも見た――三階建て、四階建てで、ほとんどが灰色の石造りで、人が大勢いる――自分が最初からこういう恵まれた地域に店を構えたことを運命に感謝した。ここを買ったときに、もっと大きな土地にしておくんだったな。 

 

「あのクーパーウッド少年が私の望むような一人前の男になってくれればいいんだが」ヘンリーは物思いにふけるように言った。「あいつがいれば私は毎日あまり走り回らなくて済むようになるかもしれない」

 

 不思議なことに、ほんの三、四分少年と話しただけなのに、こんなに目覚ましい効率の向上を感じたのである。うまくいくと何かが彼に語りかけた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ