第八話:恋
最近ですね……………深夜の仕事が増えて結構時間ができてきたので、書いてたら、何気に早く更新できました。では、第八話をお楽しみくださいませ。あと、余談なのですが、私が同時進行している小説『最後のひと時を俺にください』をお暇ならご覧ください。
それからナルキッソスは数回私に会いに来てくれた。
その度にいろんな話をしてくれる。
私が喋ることができないため、一方的ではあるが、ナルキッソスは飽きずに話を続けてくれた。
それを私は毎回楽しみにしている。
今日もナルキッソスは来てくれると言っていた。
今日はどんな話をしてくれるのだろう。
期待に満ち溢れている自分がそこにいる。
私はずっと森に住んでいたため、人間がどんな生活を送り、どんな文化があるのかがとても興味があった。
それに、私に優しくしてくれたナルキッソスにも少なからず興味がある。
今まで人間を驚かし、それしか接点という接点がなかったため、私を木霊として扱いながらも、どこか優しく微笑みながらいろんな話をしてくれるナルキッソスに、いつしか私は惹かれていった。
さて、そろそろ来る頃だろうか。
ナルキッソスは律儀に毎回時間を守っている。
この真上に昇った日が、少し傾きかけた辺りだ。
そうなれば私は、まだかまだかと待ちわびる。
この時間が毎回とても長く感じるが、今日はどんな話をしてくれるのか、ナルキッソスが早く会いに来てくれないだろうか、という気持ちでとても居心地良かった。
こんな期待感は今までなかった。
いつのまにか生を受け、毎日特に何もなく生きてきた。毎日を楽しく生きることはなく、ただ作業のような毎日を過ごしていた。
そんな木霊の毎日が、突然一変した。
女神ヘーラーに自由に喉を響かせることを奪われ、声を失った。
自分の叫びは他に聞こえることはなく、ただ一人で泣き続けた。
その叫びを汲み取ってくれたのがナルキッソス。
彼は私が消えてなくなりそうになった時に、助けてくれた、言わば恩人。
声をなくした私とただの木霊だった時の私。
今の方が、確実に充実した毎回を送っていた。
さぁナルキッソスが来るまでもう少しだ。
ナルキッソスは私の過去を忘れさせてくれる。
早く会いたいと想いが募る。
………まだかなぁ。
つい、そんな愚痴もこぼしたくなった。
空が紅く染まる黄昏時。
ある木の枝にチョコンと座る木霊がいた。
それが私。
「………」
そう、とうとうナルキッソスは来ることはなかったのだ。
あんなに楽しみにしていたのに、あんなに待っていたのに、そこにあるのは空気だけ。
涙が一筋滴る。
なんでナルキッソスは来てくれなかったのだろう。
嫌われたのかな。
私が何も話さないから。
相手の言葉を真似るしか能がないから。
だから私のこと嫌いになったのかな………。
その間にも日は沈む。
もう辺りは黄昏から星空に変わっていた。
そして、私の心を写したような暗さ。
このまま世が終わればいいとさえ思った。
それほどまでに彼の――――ナルキッソスの存在は私にとって大きかった。
だから泣いた。
出ない声を震わせながら、私は涙を流した。
それによって、森が私を慰めるようにざわめく。
木霊と木々との関係は、兄弟や親とも言える存在。
言わば家族も同然なのだ。
周りの木々も、私の様子に気づいたのか、心配してくれる。
嵐の時のような木々のさえずり。葉と葉が擦れ合う様は、まさに木々の怒り。
家族を悲しめた者を許さない、と言わんばかりの猛々しさだった。
だが、それもつかの間。
さっきまで荒れに荒れていた木々は、一瞬にして何事もなかったかのように静寂に戻った。
―――――なに?
すると、一つの草影が揺れる。
カサカサ…カサカサ……
動物だろうか。
この時間だから、たいして珍しくもないし、私たち木霊は動物たちと仲がいいため、それほど恐怖は感じられない。
どんな子だろうか……。
しかし、それは私が予想を超えた存在だった。
「エコー、まだいるかい!?」
草影から飛び出して来たのは人間。
私が心から会いたがっていた人間だった。
そう、ナルキッソスは約束の時間を大幅に過ぎてなお、私に会いに来てくれたのだ。
その事実だけで涙が出そうになる。
どれだけ会いたかったか。
どれだけ心配したか。
どれだけ泣いたか――――…。
嫌われたんじゃないかって思った。
でも、そんなこともこの一瞬で忘れ去るくらいに嬉しかった。
ナルキッソスは来てくれた。
今思えば、私が彼に会った瞬間から好きだったのかもしれない。
この広い森の中から私を見つけだし、生きる気力を持たせてくれた人。
確かに容姿端麗ではあるが、外見など関係なく。
それがナルキッソスだから好きになったんだと思う。
―――――優しい貴方だから。
来ないとわかって、凄く悲しかった。
恋しくて恋しくて、それでも会えないとわかった時は絶望さえ感じた。
でも、待ち続けた。
一度私を絶望から救った人だから、また助けてくれるんじゃないかって。
やっぱり来てくれた。
そんな貴方だから、私は好きになったのかもしれない。
人に心を奪われた木霊。
許されるはずがない。
いや、世間が認めずとも、人と木霊では恋が叶うはずがない。
そう、寿命からして違うから………。
人と違い、木霊は神仏に近い存在。
寿命なんて100年―――いいえ、長ければ1000年すら超えるかもしれない。
故に人に心奪われれば、いつかは先に逝くのは人。
そんな辛い想いをするくらいなら、しない方がいい。確かに私もそう思っていた。
でも、実際してみると違う。
想いは加速し、愛おしさが募る。
素晴らしい物なんだって、今ならわかる。
だから私は誓った。
この先どんな辛い思いがあろうと、恋という存在を私の寿命まで心に持ち続けよう、と。