第六話:代償の会話
すいません、この春から社会人となり、なかなか時間がとれずに更新が遅れました。深くお詫び申し上げます(汗
それはとある昔。
まだ、人間と妖精が、神々が共に助け合い、調和していた時代。
場所はギリシアの大きなポリス。
水や緑は生い茂り、自然と人間が手に手をとっていた。
すべてが事良く進んでいたからだろう。
ポリスは、豊か過ぎる人類初の文化を持ち始めていた。
その中に、わときわ大きな森があった。
どこまで続いているのかわからない。
そんな森に、ニンフと呼ばれる妖精がたくさん暮らしていた。
水の妖精、木の精霊、風の精霊。
もちろん、どの種にも属さない精霊など山ほどいる。
だた、名を神からもらっている妖精と、そうでいない妖精がいるだけの違い。
それでも、妖精達にはたった些細なことでしかなかった。
だって、体は小さくとも、妖精達は人や神に愛されていたから。
そして、それを愛したのは全知全霊神であるゼウスとて同じだった。
しかしゼウスには、妻であるへーラーがいた。
それでもゼウスは妖精を愛してしまったのだ。
だが、それはゼウスにとってはいいことだとしても、妖精からしてみれば、神への反逆とも言える。
なぜなら、へーラーも結婚と母性、貞節を司る女神でもあったから。
精霊達はそれを恐れていた。
だからといって、ゼウスの誘いに背けばこれもまた反逆。
精霊達には持つ術がなかった。
ただただ、反逆と見つかることを恐れているだけだった。
そんな中、一人の妖精がそれをよくは思っていなかった。
いや、詳しく言えば、よく思っていない妖精は数多くいる。
それでも、『神』という肩書きを恐れ、ずっと身を潜めていた。
それを思い、一人の妖精の彼女が立ち上がったのだ。
彼女には名前はない。
強いて言ってしまえば、木の妖精の部類に入るのかもしれない。
だから、ただの木霊。
でも、彼女は他の妖精とは少し違う。
感情が、心があるのだ。
それが強みだった。
だから彼女はすべてを懸けてでも、へーラーと向き合うことにした。
「で、何かしら?」
王座のすぐ隣。
そこに優雅に座っているのが、女神へーラーである。
女神を目の前にして、その威圧に気後れしてる妖精が一人。
伝えたいことが、事実が伝えられない。
所詮、妖精が持ち合わせる心など、こんなものかと思わせるほどに。
「何も話さないのなら、私は仕事にもどりますよ?」
「あ、い、いえ………その」
何から話していいのか、どう話せばいいのか、考えてきたはずなのに、頭が真っ白になっていた。
「ふぅ……」
これで女神のため息は5回目。
確実に女神が退屈にしていた。
「その、神を―――ゼウス様の行いを、改めて……いただけないでしょうか」
その瞬間。
その場の空気はガラリと変わった。
ゼウスの名を口にした瞬間、へーラーの顔つきが、目つきが睨むように変わった。
まるで見下すように、女神は妖精を鼻で笑う。
「改め…させろ?あぁ、ニンフのことね」
―――――え?
ニンフのこと?
「ま、まさか、ヘーラー様知っておいででしたか?それならば、今すぐにでも――…」
「お黙りなさい。確かに私はゼウスがニンフと何をしているかなど知っています」
な……ぜ―――?
妖精はそう思ったはずだ。
ヘーラーはニンフとの事を知っていると言った。
知っているならば重罪と称され、妖精を一掃することも可能なはずだから。
にもかかわらず、ヘーラーは妖精を見逃していた。
なんで?
意味がわからないと、妖精は首をかしげる。
「神は皆に平等に愛でる義務があります。ならば、ニンフを愛するのも義務なのですよ」
そんな義務が通るのだろうか。
確かに、神は平等でなくてはならない。
しかし、神にはヘーラーという妻がいる。
「し、しかし――…」
妖精にはわけがわからなくなっていた。
愛でるのはいいかもしれない。
しかし、妻がいる以上、それにも限度があるはず。
神だからといってそんなことが許されるのだろうか。
いくら神だからといって……。
「しかし、それでは神にも示しがつきません。だから、このことは他言は無用にしなさい」
「な、ならヘーラー様から――…」
「それも、神としての仕事ではあります。仕方がないことなのですよ」
妖精は目眩がした。
いくらなんでも、横暴だった。
「それも、許されることなんですか。それで、ヘーラー様はいいのですか?」
その刹那。
ヘーラーの顔が曇る。
多分、ヘーラー自身もよくは思っていない現れなのだろう。
それでも、ヘーラーは仕方がない、と繰り返すだけだった。
「お言葉ですが、私なら嫌です。愛してるいるのに、その人が自分以外を見て、自分を見てくれないなんて……」
「…お黙りなさい」
ヘーラーの声が震える。
それは怒りからなのか、悔しさからなのか、妖精にわかるすべもなかった。
「ヘーラー様は、どうお思いですか。神である、ゼウス様のことを……」
「お黙りなさい!」
急にヘーラーは声を荒立てる。
爆発するように、多分ヘーラーは我慢していたのだろう。
それは口調から汲み取るなど、たやすかった。
妖精もそれに臆したのか、それ以上の言葉はなかった。
「いい?ゼウスは神としての義務を果たしているだけ――…私なんかが介入できる話ではないのです」
「そ、それでも――…」
震えた声が出たのはそれだけ。
その後の言葉が続かない。
「私はそれほどに無力なのですよ……」
それは妖精とて同じだった。
何もかける言葉もなく、ただ神の義務とやらに付き合わされるだけ。
そこで妖精は気付いた。
嫌なことをされるのが義務なのだろうか。
いや、そんなはずはない。
それをヘーラーに伝えれば解決するのではないか。
そう思った。思ってしまった。
それが間違いとも知らずに。
「正直に申し上げます。妖精は神と戯れることなど良くは思っていません。それなら、義務は発生せず、ヘーラー様は神に正直に言えるのではありませんか?」
それが命取り。
これは神への冒涜。
必死に抑えていた、ヘーラーの気持ちを逆撫でしただけ。
「貴女、それは本気で言っているのかしら?」
「……え?」
妖精は失言をわかってはいない。
まだ先に許しをこえば、まだ結果は違ったかもしれない。
しかし、物言いがハッキリとしている妖精には、それは考えには出なかった。
「貴女とは少々話が過ぎましたね。それは神への冒涜…許されることではありません」
「そ、そんな……」
訳が分からず。
そんな様子。
「しかし、私を想っての事なのも事実。命までは取りはしません。でも、二度と冒涜ができぬよう――――そうですね、貴女の会話を頂くとしましょうか」
なんのことともわからず、妖精の喉が熱くなる。
まるで焼けるように、赤く灯る。
「ぇあっ……あぁ―――――…っ!?あぁぁぁぁぁああぁぁぁぁっ!」
叫び、抗うなか、妖精の声は枯れ果ててゆく。
最後には、声にならない悲鳴が、宮殿に木霊した。
すべてが終わった頃には特に変わった感じはなかった。
ただ、ヘーラーの前に膝まづく妖精が一人。
「気分はどうですか?」
その言葉に妖精は反応する。
しかし、答えようにも、考えている言葉とは裏腹に、考えてもいない言葉が口から吐き出される。
『……気分はどうですか?』
信じられなかった。
妖精はただヘーラーの言葉を繰り返すだけ。
それ以外の会話は口からは出てこない。
「どうやら、木霊と成り果てたようですね。ならば命じます。貴女はこれから、エコーと名乗ること……」
『……エコー』
それが、妖精についた初めての名前だった。