第一話:人生の黄昏時
はてさて、君冬に続く恋愛小説二作目であります。今回も更新は不定期になりますので、申し訳ありませんがご了承くださいませ。それでは『水仙の花』第一話をよろしくお願いいたします。ご感想、ご意見は常にお待ちしておりますので、お気軽にお願いいたします。
貴方はギリシアに散った1つの恋を知っていますか?
恋した人を信じ続け、いつまでもそばにいたいと願った。
それでも、恋した人は振り向いてくれず、やがて想い人は離れてゆく。
そんな、話を知っていますか?
次に水仙の花が咲く頃、その想いは再び動き出す。
時を超え、国を違え、二人は再び歯車を重ねる。
その時こそ、二人の仲に幸多からんことを。
ジリリリリリリリリッ!!
「はわっ!?」
朝。小鳥が電線にとまり、優しく起こしてくれるはずの予定だった私は、イヤな機械音で目を覚ます。
まったく、人類は目覚まし時計なんぞなんで発明したんだか。
むしろ、本能に合わせた生活習慣を要求するっ!
なんて思う人は私だけではないはず。
といっても、気の弱い私がそんなことを主張できるはずもなく、ただ思ってるだけ。
そんな私の名前は『富坂 絵子』。
内気で、恋する高校二年生です。
なんて誰に自己紹介してるんだろ。
私は眠りきっていた体を無理やり起こし、部屋をあとにした。
「さむっ!」
冬の肌を刺すような寒さは今日も健在。
吐いた息が白く、淡く立ち上る。
私は必死に暖をとろうと、マフラーに口元まで隠した。
私はどちらかと言えば寒いのは苦手。
否、断固寒いのは拒否をさせてもらいたい。
とは言うものの、それも叶うはずもなく、私は学校への道のりをトボトボと歩き出した。
そんなとき
「絵子ぉ!」
後ろから元気な声が私を呼ぶ。
振り替えると、何者かの腕が私に迫っていた。
私は避けることも叶わず、そのままラリアットをくらう。
「ふがっ!?」
思わず膝をついた。
あぁ、こんなことをするのは私の数少ない友達では1人しかいない。
「な、なにするのよ、瑞穂……」
私にラリアットをかました犯人を睨むように見上げる。
しかし、その犯人は悪びれることもなく、笑ながら手を差しのべる。
彼女は私の数少ない親友の『皆川 瑞穂』。
まったく、相も変わらない元気の塊で、朝に弱い私をいつも起こしてくれる―――悪い意味で。
私は差しのべられた手を掴んで立ち上がる。
「もぅ、まったく毎朝毎朝……」
なんて愚痴を一言。
それでも瑞穂はケロッと態度で、ウインクをしながら舌をペロッとだす。
あぁ、怒る気力すら失うその屈託のない笑顔はやめてほしいものだ。
「まぁまぁ、私のおかげで何もない朝が、楽しく迎えられるんだから、いいじゃない」
何もないは余計だ。
そんなバカみたいなやりとりを、私は毎朝繰り返している。
正直、暇にはならないから楽しくはあるが、毎朝ラリアットはやめてほしい。
身がもたない。
「あっそう、いいわよ。ほら遅刻するよ」
怒る気力がない私は、学校に行くことを促す。
これも毎朝のこと。
ゆっくり歩き出した私と瑞穂は、学校へと足を向けた。
私の得意な数学の時間。
得意だからこそだろうか、私は授業より上の空だった。
蒼い空を眺め、ただシャーペンをノックしては引っ込め、ノックしては引っ込めるのを繰り返していた。
何も変わることのない天気は、まるで私の人生を表しているようだった。
もはや滑稽。
バカにされているような感じがする。
しかし、その蒼天は悪い気はせず、よもや見とれてしまうほど。
私はそこに、刹那の時を垣間見ている気分でもあった。
そしてその刹那、ほんの一瞬だが、羽の生えた人。天使ではなく、もっと小さい。
そう、妖精のようなものが、私の目の前を―――。
「――――――子。富坂絵子!」
はっ!と我にかえる。
私を呼んだのは数学の先生。
「78ページの問3をやってみろ」
どうやら問題を解かせるために呼んだらしい。
もう一度蒼天を見ても妖精はいない。
夢だったのだろうか。
私は問題に目を通して、その問題を解いてゆく。
そんな時でも、なんでだろう。一瞬見えたあの妖精は、とても悲しそうに微笑んでいたようなで気にかかった。
まるで、他人事ではないように。
放課後。
私は妖精のことなど頭の片隅にも入れず、瑞穂と共に帰路についた。
冬だからだろう。学校が終わった時間で黄昏時になっている。
外はまだ肌を刺すような寒さが続く。空は何も変わらない私の人生を紅く染めてゆく。
思わずため息とともに自分の人生を改める。
紅い空は、先程の蒼天と混じり、境目が紫になっている。
それすらもまるで私の人生。
ため息をつきたくなるのも頷けるだろう。
どっちつかずで、常に迷っている。
そう言えば、若いうちは悩めって誰かに言われた気もする。
でも、そんなのは方便。
大人だって迷うときは迷うのだから。
それでも迷うんだから、人間は不憫な生き物だよ。
そんな、う〜ん…と悩んでいる私に横からトントンと肩を叩かれる。
瑞穂と一緒に帰ってるんだから、瑞穂に決まっている。
「何よ瑞穂。私は今思春期を謳歌してるん――――」
「それはあれを見てからにしなさいよ!」
そう言って瑞穂は前を指差す。
そこには――――。
「……きゃわっ!?」
私はたじろく。
多分顔は真っ赤に染まっているはず。
それは決して黄昏のせいではない。
それがわかるほど、血は一気に頭へと昇った。
「ね。あれ三神くんじゃない?」
瑞穂が指を指したのは他でもない、私の初恋の人の『三神 成斗』くんだった。
この際、瑞穂が人を指差したのはどうでもいい。
それくらい私は舞い上がっていた。
「………ぁ…ぅあ」
ただそれだけを繰り返してあるだけ。
「ふふっ、なーに真っ赤になってんのよ、絵子。そんなんじゃ、成斗くんに気持ち伝えられないよ」
冗談がましく瑞穂は微笑む。
それに対して私は。
「……伝えられないよ」
と、瑞穂の言葉を繰り返すだけ。
そう、これが私の悪い癖。
なんでかわからないが、緊張すると、ただおうむ返しにしか言葉が出てこない。
昔から、これだけは変わっていない。
だから、気持ちを伝えられない。
ずっと片想いのまま。
一度、瑞穂が機会を作ってくれたものの、その結果も言うまでもない。
私はダメな子だ。
私は自分の不甲斐なさにうなだれる。
今も、そしてこれからもこれだけは変わらないような気がする。
そんな、気がした。
「あ〜あ、何やってんの、絵子。グズグズしてるから成斗くん行っちゃったじゃん」
視界から成斗くんが消えると、はっと我に返った。
頭に昇った血は、徐々に下がり、安堵さえ覚えてくる。
全身の力が抜け、興奮した心臓はまだ勢いよく働いていた。
「……はぁ」
またやってしまった。
自分で自分を呪う。
どうして、私はこうなんたろう、と。
こんなんじゃ、告白する前から嫌われちゃう。
私は、どんどんと底へと陥れる。
「まあまあ、まだ時間はあるんだし、これからだよ」
そう言って瑞穂は私の背中を撫でる。
「…だと、いいんだけど」
それだけ言って、私たちはまた帰路へと戻った。
成斗くんは人気者だから、私なんて………。
そもそも夢なんて叶わないから夢なんだと、再確認させられたような気もした。