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悪を成せ。悪を語れ。悪であれ。




 満足した。充実した。自然をテンションがあがり、口元が歪むのがわかる。

 いいものだ。マクラは。いいものだ。最高だ。


「うぅ、あるじ様に色々舐められましたです……お嫁にいけないです……」


「いいんだよ。お前の一生は全て私のものなんだから」


「あぅ……あるじ様~」


「よしよし。そのうち、また、ね」


「~~~~っ!」


 からかうと、顔を真っ赤にする。可愛いなぁ。マクラを相手にするとこればかり口にしている気がする。でもしかたない。可愛いんだから。

 マクラのおかげで体調はよくなった。気力も満ちた。今なら何でも出来そうだ。


「あの……あるじ様。マクラ、あるじ様のお役に立てたんです?」


「ああ。枕としてだけではなく、私を心身ともに癒せるのはもうマクラしかいない。お前は永久に私のものだ」


「え、えへへっ」


 可愛い笑顔だ。そっと手を伸ばし、彼女の頭を撫でようとした時。

 びくんと、身体が震える。感じた。来る。ついに。ついに!

 少しだけ撫でて、すぐに手を離す。不思議そうな表情でマクラは私を見てくるが、私の興味はもうマクラから離れている。

 ぽん、と小さく彼女を叩き、ベッドに倒れさせる。あるじ様、と心配そうに声をあげたマクラを無視して、私は居住空間の外へである。


「いいかいマクラ。お前は決してここから外へ出るな」


「え? え? え?」


「理由はその空間に本に記して置いておいた。暇な時に読むといい。だから絶対に外へ出るな。いいね?」


「あの、あの、でも―――」


「……マクラ。もし私が帰ってこなかったら」


 扉越しに、告げる。

 きっとマクラは泣いてしまう。でもね、ごめんね。マクラ。

 これは私の夢だから。目的だから。奴が私の期待以上になっていれば、私は此処へは戻ってこれないから。

 奴は、もしマクラを見たらどう思うだろうか。殺めるだろうか。生かすだろうか。そればかりは少し見当がつかない。

 それくらい、今の奴は私への復讐に取り憑かれているはずだから。


「獅子王雅が、告げる。マクラの少女よ。君は自由になれ。好きな物語でも、何処へでも、一人の人間として生きるがいい」


「―――あるじ様っ!?」


 扉を叩き続ける音がする。駄目だよ、奴が気付く。

 守るべきものが出来たというのは喜ばしいことだが、弱点にもなる。

 今奴にマクラが見つかり、彼女を失うようなことがあれば、私はきっと私の目的すら見失って全てを破壊する存在になるだろう。

 それくらいマクラという存在が私にとって大事となっている。大切で、大好きな存在だ。

 だから、生き延びてくれ。


 ………

 ……

 …


 居住空間を、私しか知覚できないように性質を変えて、白の世界で私は一人待ち続ける。

 この瞬間を何度待ち望んできただろうか。片手で数えられるくらいにしか待ち望んでいない。

 それほどまでに、奴は弱くて、脆くて、すぐに壊れてしまっていた。

 何度か、私が傷つくくらいの戦いになったこともある。でも、それでも奴は私を仕留める事が出来なかった。

 楽しみではあるが、また肩透かしをくらったらどうしようか、とも考えている。

 そうだ。そしたら奴を破棄し、レンに代わってもらえばいい。あの力はそれだけの価値がある。

 ピシ、とどこかに罅が入る音がする。来たか、と心躍らせて音が来た方向に視線を向ける。

 世界に、空間に、亀裂が走る。それはたちどころに広がり、やがて大きな音を立ててガラス片のように砕け散った。


「―――管理者ァァァァァァァァァッ!!!」


「待っていたよ、春秋ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


 英雄が、来た。

 肩口まで伸びた茶色の髪、整った、人目で大抵の女性が振り向くほどの美形。金色の炎を操る、歴代最強の英雄。

 恋人を、家族を奪われ続けた嘆きの英雄。世界に復讐を誓った反逆者にして、絶望と決意に塗れた英雄。

 剣を、取り出す。特に極めて稀な能力があるわけでもない、平凡な剣。だが今の私の背丈にはぴったりだし、なにより刀身に物語の管理者としての力を刻めば平凡な剣も英雄の剣と化す。

 炎を拳に纏わせて繰り出される掌打を全て剣の切っ先を合わせて受け止める。掌打の力を受け流し、そしてすぐさま切り返す。

 だが奴もそれを呼んでいないわけじゃない。背に出現した炎の翼が春秋を浮かせ、一瞬で距離を取られる。


「その金の炎だけで、私に勝てると思ってきたのかい。春秋」


「別に、ただお前を殺せるならなんだって使う覚悟はある」


「そうだろうね。そうでなくてはっ。前回はそれでも届かなかったのだからっ!」


 冷たい言葉。そう。こいつにとって私は全てを奪った怨敵。私を倒さぬ限り、未来永劫奴に幸福は訪れない存在。

 剣を振るう。力を帯びた斬撃が飛翔し、奴から放たれた炎弾全てを相打つ。

 瞬間、目の前に奴がいて。振りぬかれた蹴りが、私の腹部を捉える。


「がっ……!」


「『炎連』」


 大地に叩きつけられた私が復帰する間もなく、炎弾の連続追撃。

 それら全てを投げ捨てた頁から発生させた光球で相打ちする。腹部に激痛を感じながら、私は笑う。

 ……ああ、痛い。痛みを感じる。展開を書き換えることが出来ていない。この世界で起きているから。そして、奴の管理者としての高すぎる適正に、私の適正が怪しまれている証拠。ああ、これだ。これだよ。


「ははっ。はははっ。はははははっ!」


 あの炎を使っている間だけでも、私に傷を与えることが出来た。

 良い。素晴らしい。予想以上だ。私を超える力だ。


「さあ春秋、私を愉しませておくれっ! 私を超えてみろっ! でなければもう一度貴様の全てを奪い壊しつくしてくれる!!!!」


「させるか。もう二度と奪わせない、今度こそ全てを取り戻す。貴様を殺して、貴様を超えて、貴様の力を全て奪ってッ!!!!」


 誰が貴様に懇願するか。貴様は私を恨み続けろ。私を憎み続けろ。そして、その先で、私を殺してくれ。

 そのためならば、私はいくらでも貴様の全てを奪ってやる。さあ、殺し合おうではないかッ!

 ただただ、願いを叶えるために。

 獅子王雅は、英雄を利用して悪を為す。悪と成る。

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