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ないです。無いと言ったら無いのです。

 世界が静止する。静寂に包まれた世界。驚愕の表情のレンと、愉快で愉快で堪らない私。

 至ってくれた。私に刃を届かせるほどに、覚醒してくれた。期待に応えてくれた。

 それでも、私が完全に満足するにはまだほど遠い。


「両断する。と思ったら、それは君のただの理想であり傲慢だよ。レン」


「っ!?」


「君は今、確かに私を切り裂いた。その手の感触も語っている。痛かった。ああ痛かったっ! 見ている視界が二つに分かれることなんてまず経験することの出来ないことだ。実に良い体験をさせてもらえた。でも、君はまだ私を理解していない」


 届かなかった。そう、届かなかった。


「『レン・ブリュンヒルデの振り下ろした一撃により、獅子王雅はその身を二つに分けた』。良い文章だろ? でもね」


 一瞬で詰め寄り、彼の胸元へ漆黒の刃が沈む。流血は無い。もともとそういう武器ではない。


「【その一文は書き換えられる】」


「なっ……!?」


「それが、物語の管理者にのみ使える【物語を修正する力】。私が死ぬ物語、私が傷つく物語は必ず修正されるよう、設定されている」


 それこそが、私が全てに飽きてしまった原因。流血すること、ではない。絶対に負けることがない力。

 相手との力量がいくら足らずとも、死なぬ負けぬこの力。実につまらないものである。私の意志とは何の関係もなしに発動してしまうその力。

 私が自らの手で命を断てぬ要因。私自身が心の底から戦を楽しめない原因。呪いとも呼べる力。

 だがこういった瞬間には、やはりこの力に感謝してしまう。だって、自身の信じる絶対的な一撃が通用しなかった時というほど、相手の驚愕の表情や絶望に染まる表情が見れるのだから。

 レンの胸に沈み込んだ漆黒の刀身が、白く染まっていく。その刀身に浮かび上がっていく複雑な文字。

 竜帝ヴァイザーク・ヴォルストの情報。覚醒したとはいえ、その力はレンの生きる物語においては強大すぎる。

 チート主人公が受けるのはコメディやギャグや、それ相応の理由が必要になる。読者が納得できるものでなくてはならない。

 今の彼の物語に、これは必要ない。あってはならぬ力だ。


「いいよレン。この力はいつか私が使ってあげる。でもこれは君の物語では使ってはいけないほどの、禁忌の領域の力だ」


 ここまでの力が出せるとは思っても見なかった。人は、背負うべきもの、守るべきものがあればあるほど強大な力を発揮できるという理論は間違いではないことが証明された。それは奴のここまでの成長振りでもわかってはいたが、まさか私の目の前でここまでの覚醒が起こるとは、思ってもみなかった。

 良い、実に、良い。きっと彼を必要なまでに苦しませ追い込み無限転生させれば、私の予想以上の力を手にするだろう。

 でもその役目は、すでにいる。だから彼は、必要ない。

 刀身に浮かびあがった文字が発光する。全ての情報の複製を終えた証だ。

 刀を引き抜き、大地にうつぶせに倒れ込むレンの首を掴み、顔だけを持ち上げる。


「安心するといい。レンよ。君は私の予想以上の輝きを見せてくれた」


 あの一撃は思った以上にレンの体力を奪ったのだろう。精も根も尽き果てたのか、その体躯からは力が抜け、こんな小さな身体の私にあしらわれている。

 レンの額に指を当てる。管理者としての力ではない、極々簡単な記憶操作の魔法。レンの記憶を、この戦いの記憶を消去する。私という存在を消去する。竜帝の力を消去する。

 竜帝の力は、これで私だけのものとなる。とはいえレンが再び覚醒する可能性もあるが、この物語世界に用意した敵程度では覚醒には至らぬだろう。

 それほどまでに強力で、理不尽で、絶大なる破壊をもたらす力だ。

 何しろ私を一撃で両断できるほどの力だ。とはいえそのままでは私にとっては扱いづらいので、少し調整が必要だろう。

 大地に放り投げたレンの身体に、自動で元の世界に戻る設定を組み込む。時間と共にレンの身体は光の粒子に包まれ消えていく。


「さよならだ。英雄の卵よ。君は私のことを忘れるが、私は君の物語を編み続けよう。安心するといい。君の革命は成功する。結末を決める私が確約しよう」


「く、そ……」


「敗北の記憶は残るかもしれない。ならばそれすら糧にして前へ進め。それでこそ英雄だ。それでこそレン・ブリュンヒルデだ」


 そして、いつか。もし奴が失敗し私が奴に飽きてしまうような時が来てしまったら。


「君が私を殺しに来い。幼き英雄よ」


 ………

 ……

 …


「ただい」


「お帰りなさいですあるじ様っ!!!!!」


「うわっぷ!?」


「あるじ様あるじ様あるじ様~~~~~!!!!」


 居住空間へ戻った私は着替えるのも一休みするのもつかの間、マクラに力強く抱き締められる。ややふくよかな胸に顔を押し付けられ、何度も堪能した柔らかい感触に身を委ねながら瞳に涙を潤わせた少女を宥める。寂しかったのだろう。


「あるじ様ぁ。あるじ様~。マクラ寂しかったですぅ……」


「よしよし、ごめんよ」


 抱擁を解き、膝を突いたマクラの頭を撫でる。手触りの良い髪質は撫でていて飽きることの無い。

 目を細めて嬉しそうに受け入れて表情をほころばせるマクラ。こうして彼女の頭を撫でているだけでも充実するくらい、今の私はマクラにゾッコンなようだ。

 撫でる。頭を。そこからゆっくり手をずらし、耳を触り、耳たぶを優しく揉む。


「ひゃっ、ある、じさまぁ……」


 むにむに。むにむに。恥ずかしそうに、でも、嬉しそうに微笑むマクラ。私のする行動全てを受け止めてくれる少女。

 頬を赤く染めて、恍惚な表情を見せる彼女に、たまらない衝動が押し寄せる。


「……マクラ、君は私専用だよ。私のものだよ」


「っ、っ、はぃ。マクラ、あるじ様のものですぅ……」


 囁くように、耳元へ口を寄せ、少し揉みすぎた所為でほんのりと赤くなった耳たぶを、甘く噛む。

 電流が走ったように身体を震わせるマクラ。そのまま何度も何度も彼女の名前を呼びながら、空いている左の手でもう片方の耳たぶを攻める。

 今度は優しくせず、激しく揉み続ける。ぐにゃぐにゃにされてもなお元に戻ろうと反発する彼女の身体は実に魅力的だ。

 ぼすん、と彼女を立たせてベッドに押し倒して、行為を再開する。それと同時、に―――。


「……あるじ様ぁ?」


 マクラが私を求める声が聞こえる。だが私の身体は私の意志に応えてくれず、力が抜け彼女の身体の上に投げ出される。

 参った。どうやらペナルティが今更来てしまったようだ。あの程度で済んでくれれば良かったというのに。

 眠るだけで済めばいいのだが。そうだ。少しいい案を思いついた。


「……すま、ないマクラ……少し、眠る……」


「は、はい。おやすみなさいです。あるじ様……」


 残念そうな顔をしているのが、手に取るようにわかる。寂しがらせて申し訳ない気持ちになりつつも、私の意識はゆっくりと薄れていく。

 意識を手放す前に、やるべきことがある。指先に力を込めて、イメージを込めて、手を伸ばしてマクラの額を小さく小突く。

 これで、出来たはず、だ。だから、あとは、目覚めたら、ためす、だけ。*

寂しがりやのマクラと、彼女に夢中の獅子王雅。

きっとマクラがいれば、少しの間は満たされる。

でも、それは結局少しの間。



(R-18展開じゃ)ないです。無いと言ったら無いのです。

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