『革命』世界の主人公
どれくらい眠っていただろうか。ぼんやりと覚醒を始めた私の身体が意識を呼び起こす。暖かい何かに包まれている私の身体は、とにかく幸せを訴えている。
温い。幸せだ。見上げれば天使の寝顔。幸せそうな笑顔で眠っているマクラの寝顔を見て、私の意識もたちまち覚醒する。
ふくよかな胸が心地よい。私をしっかり受け止めてくれる弾力に頬ずりする。
「ん……ふぁ……あるじ様~…」
「ほんと、可愛いなぁ」
身体を拘束していたマクラの腕を解き、四つんばいの姿勢でマクラを見下ろす。ベッドに広がった美しい銀の髪が照らされ、整った顔立ちが僅かに動く。
天使か、と思わず呟いてしまう。私好みの理想の少女。今ならこっそり獣耳をつけて尻尾もつけてケモミミメイドにしたしまいたい。
猫耳かなぁ。寂しがり屋だからウサギ耳かなぁ。違うな。犬耳だ。それも少し垂れ気味の。子犬のような感じで。
私を見つけたら全力で尻尾を振り回しそうな、もふもふな尻尾もつけて。うん、近いうちに試してみよう。でも今は、そのままの彼女がいい。
このままマクラが起きるまでのんびりしていよう。そう決めたら彼女からの抱き締められマクラを堪能することにする。
温もりと、甘い香りと、彼女の無防備な姿。零距離でくっついているからこそわかる。彼女が生きているという証―――心臓の鼓動が聞こえてくる。
癒される。心が落ち着いてくる。難しいことを全て放棄して、このままこの温もりに溺れてしまいたい。
「……でも、だーめ」
このままずっと眠り続けることも出来る。
このまま何もせず、ただただ過ごすことも出来る。
奴の介入を危惧するのならば、奴の望みを全て叶えてお互いに不可侵の協定を結べばいい。それだって不可能ではない。
でも、しない。
だって、それじゃ私の目的は達成されないから。
考えれば考えるほど、私の思考は私の目的を叶えるための手段を模索するように切り替わっていく。
次は。次は、何をすれば憎んでもらえるか。
何をすれば、奴は私を追い求めるようになるか。
次は―――。
どうすれば、私を殺してくれる?
どうすれば、私を満足させてくれる?
どうすれば?
「……あるじ様?」
「おはよう、マクラ。可愛い寝顔を堪能させてもらったよ」
「あ、あう~。マクラ、あるじ様を癒せましたか……?」
「ああ、最高だった。気力十二分。今なら全部をぶち壊して私とマクラの世界だけを創ることもできそうだ」
「それはさすがに危ないというかあるじ様怖いです!?」
「はっはっは。それだけお前が魅力的な枕だったということさ。誇っていい。私をここまで安らげさせたのはお前だけだよ」
「はう~……」
彼女の頭を撫でて、幸せそうに表情をほころばせるマクラ。
立ち上がり、本棚に向き合い、本を取り出して。
「さて、気分も一新したことだし……そろそろ身の程を思い知らせてやるか」
………
……
…
マクラが生まれたゴミ捨て場近くで、そいつらは私を待っていた。
遠めに見てもわかる。中心に立っている少年が今の革命軍のリーダーであり、この物語の主人公。
その傍らに少女が寄り添っている。あれはヒロイン。私が決めた少女。残念ながらマクラという天使を手に入れた私にとって興味の失せた美少女。それは置いておいて。
マクラはあの世界に置いてきた。帰りを待っていてくれる人がいる、そう決めただけで心は少し軽くなる。
早く終わらせて帰るとしよう。そう決めた。『本』を消して、彼らの元へ歩み寄る。
「初めまして。レン・ブリュンヒルデ。そして、シノ・ブリュンヒルデ」
同じ性を持つ少年少女。兄妹というわけではなく、遠い遠い祖先が同じだという意味で、そう決めた名前。
彼らのことは、わかっている。私が創った存在だ。だから彼らがどんな性格かも、どんな力を持っているかもわかっている。
手の内がわかっている戦いほどつまらないものは無い。早々に終わらせるとしよう。
「あんたが、仲間を傷つけた奴か?」
「そうとも。とはいえ、絡まれたのはこっちだが」
「レン……こんな人、見たこともないし聞いたことも無い。帝国の人間でもないようだし」
「ああ、わかっている」
「ほう、私と戦うつもりかい?」
「もちろん……と、言いたいところだが」
主人公は、剣を構えることもせず、その場で頭を下げた。少し呆気に取られた私は、この少年について決めた設定を思い出す。
そうだ。底抜けのお人よしなのだ。非があると思えば謝ってしまう少年だ。そこを美点として、帝国の将と和解できる―――そう決めていたではないか。
「すまない。あいつらが迷惑をかけた! 素行の悪い奴らばかりが進言してきたから問い詰めたら、あっさり自分たちの非を認めやがった!」
「……ああうん、いいから頭をあげてくれないか」
「これから帝国を打ち倒し、平和な世界を、平等な世界を作ろうと掲げた俺たちがやってはいけないことだっ。本当に、申し訳ない!」
少年のあまりのお人よしぶりに、少女が一番呆れている。わかってはいたという表情だ。
いや辞めてほしいんだけど。私はもう戦う気満々だったのだけども。
少年はなかなか頭を上げない。あああれか。私の見た目で判断しているのか。
「そういうつまらないことに大将が頭を下げるんじゃないよ」
「しかし!」
「……だったらさ」
『本』を取り出して、口元を歪ませる。邪悪な笑みに少しは見えるだろうか。
「私と戦っておくれ。レン・ブリュンヒルデ。そして私が満足できたら、全部水に流してあげるよ」
「……俺は、無駄な戦いはしたくないし、君のような女の子を傷つけたく、ない」
「私たちは帝国を打ち倒したいだけ。あなたと戦う必要が無い」
「模範的な解答だね。レンもシノも。でもね。君たちは私と戦う理由がある。その真実を教えてあげるとしよう」
本が開き、突風が発生し頁を巻き上げる。散らばった頁の一つ一つ全てが映像を映し出す。
それは、彼らのこれまでの物語。帝国軍にいた少年のレンが、シノと出会い、当時の革命軍のリーダーと出会い、帝国の正義を信じられなくなって、革命軍に入る映像。
それは、レンが革命軍に参加する切っ掛けとなった特別な、神聖な武具。『神器』と名付けたそれらの発祥と種類を網羅した映像。
そして。レンが革命軍のリーダーとなる原因となった出来事。
忘れられないはずだ。そうに決まっている。その出来事は、物語の『転』として私が決めた出来事なのだから。
「お前たちのリーダーが死に、副団長が裏切った……それすら私が決めたことだよ」
「……お前は、一体何者なんだ」
「私か? 私は―――」
名乗りを求められて、それに応える。
どう返答すれば楽しいだろうか。どう返答すれば私に重大なペナルティが来ないか。
そうだ、こうすればいい。
「私はこの世界を創り出した者。人を超え神を超え次元を超えた超越存在。この世界は私が生み出した『物語』。この世界の全ては私が定めた。お前たちの役割も、お前たちがめぐり合う運命も、お前たちが巻き込まれる厄災も。私が、物語の管理者だ。私こそが、物語の管理者……獅子王 雅だ!」
さあ愉しもう、『革命』の物語の主人公よ。私を愉しませておくれ、一欠片の英雄よ!
「私が楽しめるならばペナルティを多少受けても構わない。奴との前哨戦だ。さあレンよ、主人公よ、英雄の卵よ、私を愉しませておくれ!」
うん、こいつ最悪だ。