安っぽい挑発と、管理者としてのお仕事。
「早く帰ってマクラで寝たい」
「ですぅ!?!?!?」
マクラを背に、一歩前に出る。小柄で小さくひ弱な私を見て、男どもが一斉に吹き出す。
あからさまに人を容姿で判断している証拠である。私が手にとった『本』に警戒もせず、ただただ笑っている。
「おいおい、こんな小さなガキが張り切ってるぞ?」
「お前が相手してやれよ。俺は後ろのメンコイ嬢ちゃんがすんげー好み」
「あーわかるわかるわかるっ。たまんねえよな~っ」
「そうか? どちらかと言えばワシはこの娘のほうが」
「お前はロリコンだからなっ!」
……よくもまあ、人を無視して勝手に話が出来るものだ。さらに言えば私など眼中に無くマクラを狙うだと。馬鹿げている。ふざけている。
マクラは私の枕であってこのような下衆い群衆のものではない。
「マクラに指一本触れてみろ。消すぞ」
「おーおー怖い怖いー!」
「飴玉いるかー?」
「まあまあこのご時勢だしな。お姉ちゃん守りたいんだろうに」
「でも俺たちに見つかったのが運の尽きだよなぁ」
「そうそう。俺たち革命軍“天ノ花”のアジト近くでうろついてるのがまずかったよな~」
嗚呼いい加減黙ってくれないかな。勝手に憶測で物を語るのは品位を下げるとなぜ理解しないのか。
加えて自分たちがまるで有名で凄い人物だと風潮するような物言い。お前たちはただのモブであり創られた側の小さな虫けらだと理解していない。
それに。
「天ノ花はお前たちのような愚図を使わなければならないほど落ちぶれたか。やれやれ、団長が世代交代でもしたか?」
私が創った革命軍だ。私が決めた人選だ。私がイメージした反抗組織とは大違いだ。
だから、余計に許せない。放置して自動で適当に物語を進ませていた私にも落ち度はある。だからといってこのような展開の仕方は非常にくだらないしつまらない。
盛り上がりに欠ける。大衆をひきつけることなど出来やしない。
「どうやら修正が必要なようだな」
決めた私は、本を閉じてしゃがみこんで大地に手を当てる。大地すら文字の集合体にしか感じられない。そう、ここは私の創った物語。私が自由に出来る物語。
書き換える。上書きする。情報を。大地の情報を。立ち上がりながら手を引くと、私の手には全長がわからないほどの一本の鎖。私の意志に呼応して鎖は縦横無尽に大地を貫き空を舞い五人の男たちを一瞬の内に拘束する。鎖に簀巻きにされた男どもは、驚きの声をあげる間もなく地面に横たわった。
腕を振り上げる動作も無く、大地を踏みしめる必要も無い。何より名前も無いモブ相手にはこの程度で十分だ。
「ぽかーん……」
「ん、どうしたんだい?」
「いえ……あるじ様の力は理解ってはいるのですが、追い付くのにちょっと」
「追いつかなくていいよ。お前は私を癒してくれればいいだけだから。抱き締めてお前の匂いと柔らかさを堪能させてくれればそれだけでいいのだよ」
「わ、私の存在意義ー……」
マクラの手を掴んで、立たせる。座り込んでしまい付着していた土を払って、横たわっている男どもの頭を踏む。
踏んで、小突いて、もう一度踏む。小さな悲鳴。ちょっとだけ楽しくなってきた。ほれ、ほれ、ほれっほれっほれ。
ぐに、ぐに、ぐにと思ったより硬いけど柔らかい男たちの身体は踏み心地が良い。
「てめえ!」
「俺たちにこんなことしておいて、ただで済むと思ってんのか!?」
「思ってるが?」
「あるじ様ー!?」
「そうだ。だったらお前たちの親玉にでも告げておいてくれ。『暇つぶしの相手をしてやるから、この世界での時間軸三日後に此処に来い』とな。格の違いを見せてあげるとしよう」
男たちの強気な態度に怯えるマクラを背中に隠し、私は挑発する。負けるわけが無い。私を負かすことなど出来るわけがない。出来ることならしてもらいたいものだ。金を払ってでも見てみたいものだ。私が誰かに膝を屈するような光景を。とはいっても有り得ないことだが。
この世界は、これらの世界は私の支配下だ。全て私の思うがままだ。こういったむさくるしい男たちもまた、物語を彩るのに多少は必要な存在だ。
だからといって、こいつらが私を満足させられるかといえば、答えはノー、だ。こいつらは所謂飾り付け。しかも一番端っこに小さく存在する、無くてもいいような存在。
有れば多少は良くなるが、無くても差し支えない存在。それこそ性格も見た目も何でも良い、ただただ居ればいいだけの存在。
……興醒めだ。これ以上こんな男たちに関わる必要も無い。目的であるマクラを手に入れたことだし、帰るとしよう。
「マクラ、帰るよ」
「……ですっ!」
嬉しそうに微笑んでくれたマクラを見て、心が温かくなる。可愛いなぁ。好みの体型に性格で設定したけれど、ここまで理想どおりだと本当に。本当に。
嘗め回したい。
「あ、あるじ様。目つきが怖いです……?」
「っは。いかんいかん。欲望はちゃんと二人っきりの時に発散させないと」
「ですー……?」
ぱん、と手を叩く。瞬時に世界が安定し、足場が消えて私たちは宙に浮く。それに気付いたマクラが慌てふためき、もがこうと必死に手足を振りまわす。
私は慣れているから落下の挙動に身を任せて、マクラの叫び声が聞こえてきそうなタイミングで、私の世界に切り替わる。ぼすん、と私たちをベッドの弾力が受け止めてくれる。何が起きたかわからないマクラは驚いた表情のまま周囲を見渡し、何度も何度も頭を振り回してそして私を見てくる。
「……ですー!?」
「はっはっは。いいリアクションだ」
ベッドから降りた私は、倒れた本棚を立て直す。というよりかは私が触れて、そして指を走らせるだけで本棚は私の操るままに宙に浮き元の位置にまで戻る。
情報のリセット。本棚の場所の情報を書き換える。見つけ出した物語はもう一度だけ潜るから目に付く場所に置いておく。
本を仕舞う。同時に頭の中に響いてくる情報。感情の篭らない、単純な信号。誰かもわからない、私にもわからない、私だけに、物語の管理者だけに理解できる、通信のようなもの。
『転生処理案件:八十五件』
「……わずか二時間くらいで随分貯まったものだ。普段は全部自動で適当に処理してるはずなんだがな」
『とある人物の覚醒により、予定が早まりまだ死ぬ予定ではなかった人物が多数死亡しました』
「あーあいつもうそんなペースで目覚めたの? だったらあと一週間もかからない内に此処に来そうだなあ」
「あるじ様、どうかしましたです?」
「ああうん、気にしなくていいよマクラ。ちょっとベッドで待ってておくれ。仕事を片付けてくる」
一週間はかかる、と思ったが、よくよく考えればこの空間に時間の概念は存在しない。正確には、この空間で如何にどれだけの時を過ごそうとも、別の世界に行くときは好きな時間を指定して潜れるし、前回の情報を保存しておけばその指定した時間に戻れる。そして、この空間にいる限り肉体は朽ちることはない。
所謂時間の止まった世界。此処は、永遠に物語を執筆し続けるための場所だ。
部屋に存在する三つの扉。一つはトイレ。一つは浴室。そしてもう一つは。
扉を開ける。其処は真っ白な空間。私の世界を創り上げて切り離したため、こうして扉を介して辿り着けるようにした、私の本来の空間。
虚無の世界は光に満ちて闇に満ちて、上下左右の感覚のない世界だ。重力というベクトルは存在せず、ここにはありとあらゆる情報が存在する。
点在する、光。私を中心に広がる光。これは命だ。人の意思だ。人の記憶だ。
これらは、私が予め定めておいた運命と言う名の物語から外れた、不幸な命だ。だから、この命たちの『次』の物語を用意しなければならない。
「……さて」
仕事を、始めよう。意識を切り替える。人としての意識より、世界を司る物語の管理者としての意識へ。
「君たちは不慮の事故で死んでしまった哀れな魂だ。だから君たちはもう一度人生を謳歌して幸せになる権利がある。義務がある。さあ、君たちは次の世界で何を望む? 世界か、女か、金か、名誉か。私は君たちが望むことを可能な限り叶えてあげよう。人でなくて人外でもいい。別に虫でも無機物でも鳥でも魚でもいい。王でも神でも凡人でもいい。聞きたまえ。叶えてあげよう。自らの力で英雄になりたいか、欲望に従うまま暴れ狂う罪人がいいか、無気力に過ごす世界がいいか、幼子のように誰かに甘え養われたい世界がいいか。いいとも、私が奏でるのは次の物語だ。君たちが主人公となれる物語だ」
命に、問う。
己は何がしたいかを、問う。
自由を、問う。
それは、私には出来ない青空の下を歩ける権利。
命は、理不尽に屈してはいけない。だから理不尽に負けてしまった命には、もう一度チャンスを。
「私が定めた人生という名の物語だ。それが違えたのであれば、望む限りの次の物語を与える。私に出来るのはそこまでは。私が許されているのは、そこまでだ」