一仕事終えたし、癒しが欲しい。
自分の変わりに物語を書いて欲しい。そんな思い付きで生まれた存在。
だから自由にやるしやらされるし、自分で創ったものの責任だって自分でとらせる。
理不尽と理不尽と理不尽を重ねてもなおまだ底知れぬ性格の悪い存在、物語の管理者。
そんな彼女の物語です。
「ぱんぱかぱーん。おめでとう君はこれで五万と六十五回目の転生をすることになりました。感想を一言」
「絶対お前をぶち殺す」
空間から現れた鎖が私へ伸ばされた手へと絡みつき、その行動を抑制する。
折角用意してあげたイケメンな顔立ちに、ムキムキマッチョに見えないけどちゃんと引き締まった身体。そして他の追随を許さない絶対的な魔法やら身体能力やら―――どれも全部、私の理想で私の好み。普通に笑って、誰かと恋して、誰かのために戦うような英雄。
今私に憎しみの矛先を向けているのは、そんな存在だ。
私が創った。いつか私を殺す存在。
この存在はそんな私の目的を知らない。教えていない。だってそんなこと知れば、こいつはきっと躊躇うから。というよりそう創ったのは私だし、何よりお互い絶対悪として戦いを繰り広げたほうが面白い。
面白い。面白い。そうだ、面白いんだ。全てを取り戻したくて、何度も何度も苦しく辛い思いをしながらも毎回毎回私に喰らいついてくるこいつを見るのが、面白い。
私好みすぎて、幸せな笑顔を見てしまうと非常に潰したくなって。だから毎回毎回潰してしまう。その度に創り直して転生させて。
ちなみに五万と飛んで六十五回目の転生と言うのは全くのウソだ。もっと転生させている、はず。
私自身記憶力が悪く、こいつとの付き合いも非常に長いためいつしか数えるのも億劫になり、こいつを苦しめるためだけの世界ばかり創っている気がする。
「んーじゃあ今回も君の要望を聞いてあげるとするか」
「知るか。さっさと消せ。てめえみてえなクソに俺の人生を―――」
「1、肉体の設定。これはいつも通り。2、能力。適当にチート。まあ他の存在じゃ君に勝てないくらいには。3、恋人はいつも通り胸が平均並だけど気が利くお世話焼きだけどどちらかというと召使いっぽい感じで。ああこれもいつも通りか」
鎖に絡みつかれていると言うのに、こいつは無駄に暴れて私の話を聞こうとしない。
つまらないなぁ。怒ってばっかじゃ女の子にモテないぞ。まあモテなくても勝手に人が集まるようにするくらいの設定、私ならば創れるけど。
「んーあとどうする? また娘でも用意してみる?」
「ふっざけんなっ! 殺す。絶対にぶち殺す。お前だけは絶対にっ!」
「あーもうやかましいなあ。私を殺したいんだったら私が楽しめるくらい強くなって世界でも壊してココに乗り込んでくればいいだろう。それすら出来ない君の怠慢に私が付き合う道理はない。今回なんか私が関わる前に死んだじゃないか」
「っ……!」
「やれやれ睨むな。どうせココのことも忘れる。忘れてしまう。お前はそんな弱くて矮小でつまらなくて大切な女一人守れないし救えないし取り戻せない役立たずの英雄だ」
次第に力が抜け、うなだれてしまう。そうそうそういう諦めた表情でいいんだよ。静かでいいしこっちも話が進めやすい。
答えてくれない設問を適当に決めて、次にこいつが生まれる世界を決めてしまう。
どうせこいつの『物語』はとある少女との出会いと別れと、それを取り戻すために私を超えるべく戦いに明け暮れる物語だ。それはどんな世界でも変わることの無い設定だ。ただただもがき、苦しみ、仲間との戦いの葛藤と少女を求める衝動との戦いの日々だ。
それがどんな結末になるかは、こいつ自身が決めることだ。こいつだけは、私では物語の結末を確定させることができない。
物語の管理者という特異で異端で異常な存在である私にとって、こいつだけが特別だ。
もっと、もっと、もっと。私を愉しませてくれ。お前の抗う姿で。お前が求める姿で。お前の笑顔が、怒りに震える顔が、憎しみに突き動かされる顔が、悲しみに染まる顔が、絶望に彩られた顔が。
立ち上がり、膝を突いた英雄の頭を踏む。素足で。ココ重要。こいつにそんな性癖はないけれど、私みたいな見た目幼女が素足で人の頭を踏んでいるという構図はなかなか面白い絵づらだろう。
「おい、春秋」
返事は無い。無くて良い。黙ってれば良い男だ。
春秋、と名付けた少年。英雄と呼ばれる男。全ての人類から羨望の眼差しを浴びて、幾度と無く人類を救済し、だがそれでも最愛の少女だけは救えなかった男。
私が創り、私が唯一終わりを語れない存在。物語を編み、紡ぎ、監視し、肯定と否定と修正を繰り返せる、全知全能絶対たる私の愉悦。
次はどんな風に苦しませてやろうか。それにどう立ち向かってくれるだろうか。楽しみで、仕方がない!!!!
「次こそ私を超えてみろ。超えてお前の最愛の少女を取り戻して見せろ。出なければ、面白くない」
「……言われ、なくても」
私の足を振り払い、怒りに満ちつつも、決意を固めた瞳が私を射抜く。
嗚呼、それだ。その目だ。その目が見たかった。その目が絶望に染まるのが見たい。
「お前を、超えて。お前を、殺して、俺は、あいつを取り戻す……! あいつだけじゃない。お前に奪われた全部を、何も、かもっ!!!!」
「イイ、返事だ……」
「待っていろ。獅子王雅。物語の管理者よ。お前の全てを奪う、力も、命も、だっ!」
そう高らかに宣言して、彼は己の次なる物語の世界へ転生していった。
捨て台詞までイケメンなのだから非常に困る。あれで設定を私を殺す存在ではなく私を愛する存在にしたらどれだけ楽しく嬉しく気持ち良く愛してくれるだろうか。
だがそれでは楽しいだけだ。愉しくない。心が躍らない。ふむ。つまりあれだ。
「癒しが欲しいな。どれ適当になんか私の世話でもしてくれる美少女でも創るとするか」
そうと決めたら一直線。確か適当に創って放置していた物語があったはず。何も無かったかのような白と黒しかなかった世界に突然彩りを創る。
本棚が、ベッドが、テレビが、冷蔵庫が、キッチンが、部屋が出来てトイレも風呂もできて、炬燵があらわれて、おおよそ人としての生活に困ることの無い生活用品を、六畳一間の部屋を創り出す。
白と黒のあの世界は、私が誰かを転生させる面接部屋みたいなもので、普段はこういった人間らしい生活がしたい。
「どーこーにしまったーかっなー」
本棚に手を伸ばす。そこで届かないことに気付き、本棚を倒す。押し倒す形で。ぐへへ。幼女に押し倒されて情けない奴め。
……無機物相手に何やっているんだろうと少し悔いた。というよりちょっと恥ずかしくなった。見た目幼女で中身オッサンの私でも無いなと思ってしまうほどに。
膝を曲げてぺたりと女の子すわり。ポイントが高い。手が届く本を片っ端から手に取り投げ捨てて、目的の本を探す。普段は上書きできるようにずっと持ち歩いている本に欲しい情報や世界全てが複写できるのだが、あの世界は確か上書きできないようにツメを折って置いた。誰かがセロハンテープでも詰めない限り上書きは出来ない。ビデオテープじゃないです。
「あったあった」
目当ての本は、私の座っていた場所から一番外側、正面から見れば一番下の段にあった。倒す必要なんてなかった。
さてと。
広げたページに手を潜り込ませる。ずる、と少し嫌な感触。それと同時に頭の中に流れ込んでくる情報情報アンド情報。この物語の情報。どんな世界か、どんな種族がいるか、どんな力があるか、どんな設定か、どんな時代背景があるか、どこに可愛い女の子がいるか。むしろ一番最後の情報だけ細かく覚える。
手が沈み、そしてゆっくりと身体も沈んでいく。訪れる眠気。目覚めた先は物語世界の中。
「さて、私好みの枕を求めよう」
始めちゃいました。コメディ苦手な自分がどこまでギャグやら日常っぽいのかけるだろうか。いいや書くんだ。だって書きたいって思ったんだから。