メガネから始まる関係
眼鏡職人っているんでしょうか?
私の目には何も映らない。
世界はいつもボヤけていて輪郭を映さない。
何故、世界は、いつも私に冷たいのだろう。
「それは、あんたが眼鏡を掛けないからよ。視力が壊滅的なのに、眼鏡を掛けないからボヤけてんの。いい加減、眼鏡かけなさいよ。」
「めがね?なぁに、それ?おいしいの?」
「あー、ムカつく。見えないだの、世界は冷たいのだの。眼鏡を掛ければ、全部解決するのに。眼鏡の存在を認めないし。」
時は放課後。桜が満開で、陽気もぽかぽか。更に、勉強から解放された至福なひと時。
毎日、毎日、同じことを繰り返し、最早恒例とも言えるやりとりを交わす。
世界の不条理さに嘆く私に、目の前の親友はいつも冷たい。
全く、いつもいつも、「めがねをかけなさい」何て言っているし。
......頭、大丈夫かしら?
「その言葉、そっくりそのまま返すからね。」
「あら、失礼。声に出てたみたい。それより、そろそろ、昨日見つけた喫茶店に行きましょう。」
「いつものことだけど、反省なしの無視なのね。」
はぁ。と脱力しきったため息が聞こえたかよ思うとカタンッと椅子を引く軽い音がした。
文句をいいながらも面倒見がいい親友よ。愛してるわ。
世界の輪郭すら見えない私が、障害物にぶつかったり、コケることがないのは手を引いてくれる親友のお陰よ。
親友は帰ってもすることがないでしょっと言って、学校が終わるといつも街に連れて行ってくれるし。
本当に感謝してるわ。
親友と教室の扉へ足を向けた時、教室の扉が勢いよく開く音がした。
と、同時に低い声がした。
「このクラスに、視力が壊滅的なのに眼鏡をかけない変人がいるって聞いたんだけどどいつ?」
「この子よ。」
親友よ。即答しすぎよ。
変人という言葉に素早く反応するなんて私のこと普段どう思ってるかよく分かるわ。さっきまでの感謝を返して欲しい。
「へー。あんたが噂の変人?」
「肯定したくないけれど、そう言われてるのは私ね。それで?なんのよう?」
問いかけるが返答がなく、遠くにあった肌色がいつの間にか距離を詰めていて、
がしっ
と両手を掴まれた。
瞠目して手に力を入れるが振り払えず、むしろ更に掴んでいる手に力が加わった。
「お前にあう眼鏡を作らせてくれ!俺は隣のクラスに転入してきた転入生だ。俺は将来眼鏡を作るんだ。最初にあんたみたいな変人の眼鏡がつくりたい」
「答えはノーよ。お断りします。めがねとやらはいらないから。」
告げられた言葉に条件反射で返す。あまりにも返答が早かったからか手を掴んでいる力が緩まった。
その隙をみて大きく手を振り払って、転入生の横を過ぎ去る。
冗談じゃないわ。めがね?ナニソレ?おいしいの?世界をレンズ越しに見るなんて真っ平ごめんよ。
裸眼で見ることに意義があるのよ。
親友を置いてきたから何も見えなくて壁にぶつかったことは秘密よ。
親友に笑われながら楽しい時を過ごした私は知らない。
私の言葉で、私を納得させる眼鏡を作ってやると意気こんだ転入生がいたことを。
明日から始まる攻防戦を。
眼鏡の魅力にとりつかれることを。
転入生との関係がずっと続くことを。
このときの私は、まだ知らない。