ある朝の話
制限時間:1時間 文字数:1202字
職場へ向かう途中、おかしな集団を見つけた。
子どもたちが見たなら「宇宙人?」とか言い出しそうな連中が裏道でたむろしていた。全員銀色の覆面をしている。うちの園に営業にでも来るのかなと思ったが、ゆるキャラにしては造形がとっつきにくいというか禍々しいのでたぶん違うだろうな。違っていてください。
まあ、私も仕事に出るのでゆっくりしている暇はない。そのまま通り過ぎようとしたものの、リーダーらしき男の
「では、襲ってくるか……」
の言葉に耳を立てた。まさか、彼らは強盗を企てて?
「……幼稚園バスを」
ああ、望まない乗客かぁ……。私は遠い目をしてバスのキーを握った。
「右よし、左よし、前よし、後ろよし!」
私は大きく息を吸い込んで車内を血眼になって見渡した。
「バスジャック犯達の姿なーし!」
バスをゆっくりと発進させた。
子どもたちが母親に連れられてバスに次々と乗り込む。
いつもならバックミラーで微笑ましく見ている光景だが、今日は先ほど見た怪しい奴らが乗り込んで来ないかどうか気が気じゃない。
ひょっとして母親の誰かが一味と通じているのではないか、もしくは、さっき一番前の席に乗ってきたあの子、いつもと様子が違ったが、ひょっとしてバスジャック犯の変装なのではないか、とどんどん疑心暗鬼になる。
子どもたちの笑い声すら、邪悪なものに聞こえてくる……。
「うんてんしゅさん、だいじょーぶ?」
子どもの呼びかけにはっとした。そ、そうだ、子どもに気遣われてはいけない。
「うん、大丈夫だよ。ありがとう、えーと、ななこちゃん」
子どもの名札を読み上げる。ななこちゃんはそれでも心配そうな顔をするので、
「おじさんはちょっと……ちょっと疲れているだけだよ」
私は自分に言い聞かせるように言った。
首を振って、交通量の少ない道路や、山々に囲まれた住宅地を見渡した。
いつもの景色、無事故、無違反、深呼吸……。
突然景色がゆらめいた。窓がグワリと盛り上がってみるみるうちに銀色の頭になっていく。
「キャー!」
後ろで子どもたちの悲鳴が上がった。
恐るべきことに、窓一枚一枚からニュッと銀色の覆面男達が続々と出現してきたではないか。
「う、うわああ!」
私は思わず急ブレーキを踏みそうになるが、
「うんてんしゅさんは、いつもどおりでいてね」
と穏やかな声が聞こえてきて、不思議と安心した。
後ろの席の騒ぎなど、まるで遠い世界のようにバスを走らせていく。
「愛の使者、レインボーミラージュ参上!」
騒ぎ声の中に、凛とした声が響いて、子どもたちがおとなしくなったことが分かったが、私はいつも通りバスを走らせるだけだ。
時々、バックミラーに光線やシャボン玉が横切るが、子どもたちの誰かのおもちゃだろうか。
「ひょえー!」
素っ頓狂な声を上げながら飛んでいく銀色の流れ星がいくつも外を流れていった。
もうすぐ、幼稚園に到着だ。
お題:愛、それは悪役 必須要素:「ひょえー」




