熱血!
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玉砕だった。
いつもニコニコしているあの娘が好きだったのに、まさかニコニコしながら「生理的に無理です」とあっさり断られるとは思わなかった。
俺は屋上の柵に手を置き、うなだれた。珍しく落ち込んでいる。
「少年よ、早まるな!」
「?」
後ろを振り向くと、炎を象った仮面――というかすっぽり被っているから覆面か――をつけた怪しい男がいた。
「え、誰」
何のギャグだ。
「私は熱血仮面だ!」
文化祭はまだ先だぞ。それに……決して若くない声を考えると生徒じゃないなこいつ。
「いいか、少年。君の人生はまだまだ長いのだ」
そう諭す声に結構重みがあるからこいついい歳だな。
「そうですね。そんな変な格好出来て平然と開き直れるような歳じゃあないですね、先生」
「なあっ! なぜ私が教師だとばれた!」
「教師じゃなかったら、不審者として警察に突き出すところです」
「そ、そうか。私は不審者じゃないから消去法で教師だ! ああ」
熱血仮面は納得してこくこく頷いた。
こんなアホな教師いたっけ? とも思うが、普段は猫を被っているのだろう。
ともあれ、変な教師の出現で俺の失恋による痛みは多少紛れた。
「もう自殺なんて考えるんじゃないぞ!」
熱血仮面にぽん、と肩を叩かれた。何、この解決してやったぞ、なノリは。
「初めから考えてないです」
「えっ、どう見ても『自分は不幸のどん底にいます生まれてきてすいません死にます』な顔してたぞ!」
「勝手に人の顔を言葉にしないで下さい」
幸薄そうな顔は生まれつきなんだよ! あだ名が死神だったり周りでついてないことが起きたら俺のせいにされたりするけどな!
……ああだからこそ、いつも笑っているあの娘が気になったのかもしれない。そんなことを考えると気がまた滅入ってきた。
「よし、少年。いい手があるぞ」
熱血仮面が励まそうとしているのか余計な口を挟む。
「走ろう。あの夕日に向かって」
と、言いながらビシッと伸ばした人差し指が、宙を泳ぐ。
「曇ってますね」
「くぅ~」
熱血仮面は地団太を踏んだ。
「じゃ、じゃあ夕日の代わりになるものに向かって走るんだ!」
「何でもいいんですか?」
「ああ。夕日を感じられるものがいいが」
「じゃあ、これにします」
「おう?」
俺は熱血仮面の顔を……、炎の仮面を指差した。
「その仮面、外してどこかへ放り投げて下さい。走って取りに行きますから」
「ま、待って、それは!」
熱血仮面は慌てて後ずさった。
「いいじゃないですか、減るもんじゃないし」
「わしは素顔を見せてはならんのだ!」
熱血仮面は逃げ出した。俺はすかさず追いかけた。
若くない教師は、それでも腰を落として素早く階段を駆け下りる。帰宅部の俺にはぎり追い付けないペースだ。
すれ違う生徒たちが何事かとざわめくのが風に乗って聞こえる。
風が、ひらりと熱血仮面の後頭部を捲り上げ……。
「!!」
そこには無かった。何が無かったかって、髪がだ。
太陽のように光る後頭部があった。この学校でハゲの教師は一人だけ……。
「校長先生!」
俺は熱血仮面を呼びとめた。
「ふっ、バレたか……」
校長は深く溜息をついた。溜息というか息が結構上がってやばい感じになっているが。
俺は校長が落ち着くのを待って、こう言った。
「内緒にしますよ」
「本当か、少年」
「では指切りをしましょう」
「ああ」
節くれだった奴の小指が差し出される。
お題:穢された夕日 必須要素:奴の小指




