時の経過
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認知症になった祖父は、皺だらけの震える手で一枚の写真を手に取り、眺めていることが増えた。
その写真に写っているのは若くして亡くなった私の祖母だ。
セピア色の……というか、日に焼けて茶色くなった写真に閉じ込められた祖母は戦時中とは思えないほどお洒落な恰好をしている。ワンピースにショールを羽織り、パラソルなんて差して、とってもハイカラ。「欲しがりません勝つまでは」なんて、どこの話かしらって顔をしている。
いいとこのお嬢様だったのと同時に、信念を曲げない悠然とした強さを持っていたことも見受けられる。
この時、カメラを構えていたのはおそらく祖父だろう。
念願のアメリカ製のカメラを手に入れたものの、敵国の製品を持っているなどと知られては周りの非難の目が避けられない。
気の小さな祖父は、カメラを隠し持ち、人に向けることなくずっと風景や小物ばかりを撮っていた。
その姿を見かけて、もったいないとでも言いながら祖父の前に立ちふさがり、自ら被写体として名乗り出る祖母が目に浮かぶようだ。
戦争から帰って来て、祖母の死を知った祖父はカメラを捨てて、幼い父を抱きかかえた。
父はずっと祖父のことを「機械音痴でカメラもろくに扱えない親父」だと思って育ってきたので、祖父の家から古いアルバムが出てきた時は相当驚いたようだ。
もう家族の顔も分からなくなってきていた祖父は、祖母の写真を見る時だけ顔を綻ばせた。
当時のことを思い返しているのか、あるいは。
「『もうじきそっちへ行くよ』とでも思ってるのかもな」
父が呟いた。その横顔はどこか寂しそうだった。
お題:茶色い祖母 必須要素:アメリカ
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