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第88話

 一体全体何が起こっているのか、少年には皆目見当が付かなかった。

 ただ、判った事もある。

 雪が作り出した美しい純白の世界を汚らしく塗り潰す黒い煙が、迸る赤い焔が、そして断続的に聞こえる大声や剣戟の音が、まだ何も終わっていない事を教えてくれる。

 迷宮都市アドリウムは何者かに襲撃を受け、今真に戦争状態にあるのだ。

 

 何時もなら迷宮の入口にある兵士詰所に多くの衛兵が待機しているはずなのに、今は1人もいない。

 直ぐ目の前にある協会の本部から激しい戦火の音が聞こえてくる。

 何者かと兵士達、あるいは冒険者達が戦っているのだろう。


 どうする?

 助けに加わるか?


 エルは目の前の戦いに助成すべきか逡巡した。

 だがある事に気が付くと、顔面が真っ青になった。

 協会の立地場所にだ。

 この冒険者相互補助協会の本部は神々の迷宮の前、アドリウムの最奥に位置しているのだ。

 敵の手がここまで伸びているとなると、エルの住んでいる住居区画やお世話になっている人達はどうなっているのだろう?

 まさか、もう既に占拠されてしまっているのだろか? 酷い目にあっているのではないか?

 そんな不吉な想像をするだけで、顔が青くなり全身から嫌な汗が流れ始めた。

 マリナさんやシェーバさん、そしてリリは無事なのか?

 一刻も、一秒でも早く彼女達の基へ駆け付けねばならない。

 エルは武天闘地を発動し、空に飛び上がった。

 そして、金の雄羊亭に向かって真一文字に天を翔けた。

 高速で移動しながら空から街を見下ろすと、その悲惨な状況が嫌でも目に入ってくる。

 様々な建築様式を基に建てられた混沌とした建物の群れが、今は見る影もない。

 あちこちから火の手が上がり、逃げ出した人々が暴漢に襲られていたり、兵士や偶々街に残っていた冒険者達と戦いを繰り広げている。

 この様子から判断すると、おそらくは凶賊共が決起してから、まだそんなに時が経っていないのだ。

 その証拠に不特定多数の場所から火災が発生しているが、火はそれほど広がってはいないし、火をつけたであろう狼藉者達が近くで暴れていたり、火事場泥棒に勤しんでいたりしている。

 それに、何というかあちこちで暴れているようだが、あまり統率が取れておらず徒党を組み集団行動している者達の姿がほとんど見られない。

 散発的で、まるで目的が無いかのような無計画な暴れ方である。

 もしかしたら突発的な暴走なのではないか? 悪漢共を取り押えるだけで事態は収まるんじゃないか?

 そんな淡い期待が膨らんでくる。

 リリ達の安全を願いながら、少年は全速力で空を飛翔するのだった。


 どうか無事でいて欲しい。 

 そんな祈る様な思いはある意味叶えられ、そして無残に裏切られた。

 少年が息せき切っって金の雄羊亭に駆け入ると、1階の食堂で暴漢共に襲われている真っ最中のリリとマリナの姿が飛び込んできたのだ!!

 テーブルはいくつも破壊され、シェーバは組み伏せられているマリナの傍に血を流し倒れている。

 リリとマリナは悲鳴を上げ必死に抵抗しており、伸し掛かった男共は欲に塗れた薄汚い顔の示す通り、今まさに凌辱の限りを尽くさんとしている所だったのだ!

 服を破かれながらも必死に抗いエルの名を呼ぶ少女の姿を視界に捉えると、少年はあまりの怒りで声にならない叫びを上げた。


「っあああーー!!」


 そして荒ぶる心の赴くままに行動を開始したのである!

 まず近くにいるマリナに覆い被さっている男の頭を無造作に掴むと、リリの上にいる汚らしい男目掛けて放り投げたのだ!!

 手加減などできるはずがなかった。

 気を用いていなかったとはいえ、7つ星間近のエルの全力である。

 物凄い速さで地面と平行に空を舞い少女の上にいた不埒な男を巻き込むと、ほとんど速度を減じさせる事なく吹っ飛び、盛大な音を発てて壁に衝突したのである。

 そのままリリを助けに走ったが、物事はそこまで都合良くいかなかった。

 待ち構えていたかの様な正確さで、走りよる少年目掛けて幾つもの光の槍が投擲されたのである!!

 

「うあっ!?」

「エルッ!?」


 予期していなかった奇襲、加えて大切な少女の痛ましい姿に我を失っていたので防ぐ事もままならず、真面にくらい後方に吹き飛ばされてしまう。

 半ば以上破られた服を必死に掻き抱き上半身を隠したリリが悲鳴を上げる。

 その声に反応してエルが飛び起きた時には、事態は更なる悪化を招いていた。

 武装した騎士の如き恰好をした者達、純潔同盟の者達がリリを捕らえると、刃を首元に構えていたのである。

 エルが助けに入ろうとした矢先、機先を制する様に純潔同盟の団員達が静止の声を発した。


「動くな!! そこまでだ!」

「っ!!」

「エル、エルー!!」

「ぐっ、くそ!!」


 首筋に刃を突き付けられ悲鳴を上げる少女の姿が痛ましく、今すぐに助けられない自分の弱さや無力さが堪らなく嫌だった。思わず悪態が口を付いた。

 こうなってしまっては下手に動く事はできない。

 失態、大失態だ。リリを助け出せなかった事が悔やまれて仕方ない。

 いや、そうではない。

 冷静になって考えてみると、あまりにもエルへの対応が速過ぎる。

 いつエルが来ても対処できるように、万全の態勢で待ち構えていたに違いない。

 つまり、手ぐすねを引いて罠を張っている所に、まんまと無策で飛び込んでしまったというわけだ。

 冷静であったとしても、リリを救助できた可能性はほとんどなかったのだ。

 落ち着け! いつまでも過ぎた事を悔やんでいても仕方ないじゃないか!!

 これからをどうするかが重要なんだ!

 絶対にリリを助け出すんだ!! 

 良く考えろ! 頭を働かせ知恵を捻り出せ!!

 まず、状況は最悪といっていい。リリの周りは複数の敵で固められてしまっている。純血同盟と思しき無駄に小奇麗な鎧を着た連中5名に、それとは真逆の薄汚れた装備を着込んだ男達、十中八九冬幻迷宮出身の冒険者達が4名、うち2名はエルが投げ飛ばしたおかげで今だに壁に埋まっている、合わせて総勢7名が少女の傍で油断なくこちらの動向を窺っている。

 更に悪い事に、こちらを蔑み優越感に浸る純血同盟の騎士もどき達は、あれでも上位冒険者だ。

 エルの方が遥かに実力は上だが、この状態でリリを無事助け出せるかと言われれば、非常に困難だと判断せざるを得ない。エルがどんなに全力で駆けたとしても、敵が刃を引く方が速いだろう。

 怒りと口惜しさがない交ぜになり、奥歯が砕けそうなくらいきつく噛み締めた。

 そんな少年の姿が甚く気に入ったのか顔を醜く歪めた団員、おそらくは純潔同盟の中でもかなりの地位にあるであろう金髪の優男が、リリに刃を突き付けながら愉悦を含んだ声を掛けてきた。


「どうやって迷宮からこんなに早く帰還したのか判らないが、残念だったな。今から楽しいショーの始まりだ。ショーの主役は、もちろん君だ。ああそれと、君が少しでも抵抗すれば少女がどうなるかわかっているね?」

「……お前達がやったのか? 迷宮も、この街の惨状も!!」

「ふはっ、はーはっはっはっは!!」


 質問に答えず、優男は狂ったように大声で哄笑し続けた。

 しばらくしてようやく笑い声を引っ込めると、勝者の笑みを浮かべ喜々として説明し出した。


「ああそうだ。この状況は我々が作り出したのだ!」

「こんな事をして許されるとでも思っているのか!!」

「許す? 誰が我々を罰するというのかね? 我々こそが正義の使者であり、偏見と頑迷に満ちたこの街を救うために立ち上がった清廉の士なのだよ」

「ふざけるな、なにが清廉だ! 私利私欲のために暴挙を行っただけだろうが!!」

「なんと愚かな。この街は君の様な、我らの崇高なる理念を解せない凡愚が多すぎる。だからこそ、我々が立ち上がらねばならなかったのだがね」 


 歌うように朗々と自分の主張を述べる男は、どこかの劇の主演男優にでもなったつもりなのだろうか。到底その主張は理解できるものでは無いし、ましてや納得がいくはずなどなかった。

 強く噛み過ぎた歯が、ぎりぎりと音を発てる。

 そんな様子がまた彼等を楽しませているようだ。

 しかし、この件を彼等が主導したにしても謎が多過ぎる。はっきり言って疑問が尽きない。

 まず、何故冬幻迷宮の冒険者と思しき連中と一緒に行動しているのかという疑問だ。

 それに、転移陣は神々の迷宮が発見された当初から存在している聖遺物アーティファクトなのだ。今現在誰一人として転移陣を模倣できた者はいないし、まして解析も進んでいないのだ。

 そんな神代の遺物を、活動停止の危機にあったクランがどうこう出来るはずがないのだ!

 そして最大の謎が、純潔同盟が本当にこんな大それた事を主導できたのかという事だ。


「……何で冬幻迷宮の冒険者と行動している? それに、どうやって迷宮の転移陣を封じたんだ? あれは聖遺物アーティファクト、お前達ごときがどうにかできるものじゃないだろ?」

「ふははははっ。どんなに粋がったとて、所詮は負け犬の遠吠えだ」

「はははっ、ロレイン。本当の事を言っては可哀想だろう。それに我らの神算鬼謀が、混じり者に傾倒した屑共に想像できるはずがないじゃないか」

「ははっ、そうですね。それじゃあフォルス副長、哀れで無能な敗者に、我らの成した策を開陳しては如何ですかな?」

「ふむ、愚者は説明されねば理解できないか……。これも高貴なる者の務めかな?」

「「ははははっ!!」」


 仲間内で気色悪く笑い声を上げ勝ち誇っている。完全にもう勝った心算になっているようだ。

 耳障りな厭らしい声をこれ以上聞きたくはなかったが、わざわざ相手が説明してくれるというのだ。ここは大人しくしておいた方が吉だろう。

 少年は黙って相手がしゃべりだすのを待った。

 いや、少しも待つ必要がなかったいうべきか。リリを押さえ付けている憎き優男、フォルス副長が喜色満面な顔で辛抱堪らないとばかりにしゃべり出したのだ。


「まず冬幻迷宮の冒険者だが、我々が雇ったのだよ。手付金を払い成功報酬を約束し、略奪許可を出したら喜んで参戦してくれたよ。彼らもこの都市に思う所があったのだろう。拍子抜けするほど簡単に誘いにのってくれたよ」

「前々からお高くとまったこの都市の奴らに吠え面かかせてやりたかったしな。旦那方のお誘いは渡りに船だったぜ」

「俺達を蔑み法で雁字搦めにする、この都市の奴らがずっと気に入らなかったんだよ!」


 一斉に汚らしい冒険者達が罵ってきた。以前からこの都市アドリウムに思う所があったのだろう。

 だがエルからしたら、不当な言い掛かりでしかなかった。

 都市には都市の事情があるのだ。特にこの都市は治安維持に力を入れている。住民が安全に暮らしていけるように諍いへの罰則を重くし、冒険者に一般的なモラルを求めているにすぎないのだ。

 それを他所から出稼ぎに来てお高くとまってるだの気に入らないなどと、難癖以外の何物でもない。


「それと転移陣についてだが、たしかに我々でさえ未だにその全貌を解明できてはいない。まさに神々が創り出した聖遺物アーティファクトといった所か」

「それなら……」

「愚か者。だからお前達は阿保なのだ。現に仕組みを理解できていなくとも利用しているではないか。それに、聖遺物アーティファクトが残っているのは何も此処だけではない。我々の祖国、栄光と繁栄を約束された偉大なる王国にもあるのだよ!!」

「っ!?」


 明かされた驚愕の事実に言葉も出ない。ただ目を大きく見開き、慄く事しかできなかった。

 それと同時に脳裏に描かれた最悪の予想から、冷たい汗が後から後から湧き出して止まらない。 

 聖王国に聖遺物アーティファクト が残されているのは真実だろう。同じ聖遺物アーティファクトの力をもってすれば、転移陣の機能を停止させる事も可能かもしれない。少なくとも信憑性はある。

 だが、たかだが他国にある小さなクランごときが、聖王国の至宝ともいえる宝をおいそれと持ち出せるとは思えない。そこから導き出される答えは……、


「聖王国、シュリアネスが動いているのか……?」

「ふはっ、ふははははは!!」

「何が可笑しい!」

「いやっ、どうしてどうして、凡人なりに頭を働かせているではないか! そうではない、そうではないのだよ」

「我らが聖なる王国は、慈悲深き方々が多いのでね。下賤な者共にもその寛容な御心をもって接するので、我々としても困っているのだよ。我らが管理してこそ世界は平和になると、何度も訴えたのだがね」

「だがこの度、ついに立ち上がられた尊き御方がいらっしゃるのだ。我らの尊敬を一身に集める、いと高きところに近しい聖なる御方がな!!」

「あの御方の号令に従い騎士団も動いている。我らは栄えある先陣を務めたのだ!」

「そして我らの偉大なる団長、ガヴィー様こそがあの御方より聖遺物アーティファクトを直接賃与され、転移陣を封じる栄誉を果たされたのだ!!」


 ……なるほど、なるほど、大分話が読めてきた。

 気分良く包み欠かさず語ってくれるおかげで、考えるのが苦手な少年でも事情を把握できてきた。

 つまる所、これは聖王国の一部、過激派の暴走なのだ。 

 ただし、かなり位の高い人物が発起人なのだ。そのせいで騎士団も動くは、資金も潤沢だは、聖遺物アーティファクトも使えるはで、大変な事態にまで発展してしまったのだ。

 戦争だ。

 聖王国の過激派との手によって、迷宮都市アドリウムが一方的に戦争を仕掛けられてしまったのだ。そして、純潔同盟は結局はただの先兵、ようは使い走りにすぎなかったのだ。 


「あの御方が動かれたのも道理だろう。今の協会長は、我らが反対したのにもかかわらずあの悍ましき血に連なる者なのだからな!」

「この世界は、貴き血を引く我らが導いてこそ繁栄を遂げるのだ!!」

「旦那ぁ? 種明かしも済んだ事ですし、そろそろいいでしょう? 俺たちゃあ、こいつに復讐したくてしょうがないんですよ」


 汚らしい男達はぎらついた目を血走らせている。

 餌をお預けされた犬のごとく辛抱できないといった様子で、今にもエルに飛び掛かりそうだ。

 よくよく見れば見知った顔である。過日リリに襲い掛かりエルに伸された男共だ。

 おそらく純潔同盟の手引きで都市に舞い戻り、少年に復讐する機会を探っていた、そんな所だろう。


「おおっ、待たせて済まなかったな。その少年は我らが団長に恥を欠かせるという大罪を犯している。その罪深さを、直接五体に教えてこんでやるがいい」

「へっへっへ、そうこなくっちゃな。それじゃあ、存分にやらせてもらいますぜ!」

「っ!? 止めて!! エル、エルー!!」

「リリ、大丈夫。心配いらないよ」


 少女が捕らえられながらも悲壮な声を上げると、少年は安心させるように穏やかな笑みを介した。

 それが癇に障ったのだろう。

 男達は少年を取り囲むと、一斉に殴りだした。


「何が大丈夫だあ!? ガキがふざけんじゃねえぞ!!」

「こちとら、手前に痛めつけられた所が疼くんだよ! この借りを返してやれってなあ!!」

「きゃあーー!!」

「はっはっは、愚か者の当然の末路だな」 


 少女は泣き叫び、純血同盟の男共は愉快そうに笑い声を上げた。

 殴られたエルはというとできるだけ力を抜き、気を発せずに男達の好きなようにさせた。

 この危機的状況でリリを何とかして助け出さなければならないが、エルが動けば少女の命が危ない。下手にこちらから動くこともままならなかった。

 そんな中で打開策を見出そうと、普段使わない脳みそを総動員して必死に答えを探したのである。

 エルが出した答えは、ありきたりのものだった。

 少女を捕らえている男に油断してもらうのだ。リリの喉元にある剣が後少しでも遠ざかれば、あるいはその剣の存在を僅かでも忘れてくれればいいのだ。

 そうすれば助けられる。助けられるはずなのだ!!

 少年は無抵抗を装っているが、その実剛体醒覚を発動し秘かに肉体強化を行っていたのである。

 男達にいい様にやられているかに見えたが、実際の所ほとんどダメージをもらっていないかったのだ。

 そして、後ろで傍観している卑怯者共が一瞬でも油断したら、直ちに気を纏い内外強化によって飛躍的に身体能力を向上させ、一気に距離を詰めてリリを助け出すのだ。

 実力差から考えればそこまで分の悪い賭けではない。

 その策を実行するためには……、もっと気持ち良くなってもらおう。

 真相を明かし打ちひしがらせ、こちらの絶望に染まった顔を見て、すでに大分気を良くしている。

 痛め付けられ苦しみもがけば、更に悦に入ってくれる事請け合いである。

 そうすれば、どこかでチャンスが来るはずだ! リリを救出できるチャンスが!!

 ならば演じよう、甚振られ哀れに泣き叫ぶ滑稽な道化ピエロの役を!

 ほんの少しでも気を緩ませる一瞬が、僕の拳を突き立てる瞬間が訪れるその時まで!!


 少年は耐え続けた。

 殴られ、蹴られ、斬り刻まれ、情けなく地面に転がされあちこちから血を流した。

 もちろんわざと表面を浅く斬らせただけで、傍目には悲惨に見えるだけである。

 冬幻迷宮の冒険者程度では、剛体醒覚で強化されたエルの肉体を傷つける事などできはしなかったのだ。

 相手をもっと油断させるために痛そうに悲鳴を上げ、殴打されればできるだけ自然な様に倒された。

 顔を顰めうめき声を上げる度に男達は留飲を下げ、蔑んだ笑いを上げては更に気を良くしていった。

 その他にもエルは巧妙に立ち回った。

 倒れ伏したシェーバの傍に蹲るマリナの所に上手い具合に殴り飛ばされると、男達から見えない角度で魔法の小袋(マジックポーチ)から緊急用の回復薬を渡しておいたのだ。

 これでシェーバは大丈夫だろう。

 後はリリを助けるだけであったが、予想以上にリリを拘束している優男は隙を見せなかった。

 エルが無様な姿を晒す度に喜んでいる節はあるのだが、巧みに泣き叫ぶ少女を押さえつけ、喉元に突き付けた刃を動かさなかったのだ。

 こうなれば持久戦といった所だろうか。

 エルには外気修練法もあるので、長期戦でも何ら問題はない。

 大切な少女さえ助けられるのなら、どんなに傷付き恥をかこうが気にもならなかったのだ。

 そうこうするうちに、好き勝手に少年を嬲っていた男共が疲れだして声を上げ始めた。

 

「はあっ、はあっ。このガキの体どうなってるんだ?」 

「気さえ使っていやしねえのに、鋼鉄よりも固いなんて冗談だろ!? 上位冒険者ってのは、こんなに化け物なのかよ!?」

「ちっ、使えん奴らめ。ロレイン、シュミット!!」

「「はっ、仰せのままに!!」」


 苛立ったフォルスが命令すると、後ろに控えていた純潔同盟5名のうち2人が、エルの前に長剣を抜き進み出てきた。

 そして無造作に刃を振るい、少年に斬りつけた!


「止めて! 止めてー!!」


 声を涸らして少女が叫ぶが、事態は好転しない。

 吹き飛ばされのろのろと起き上がる少年の前に、今度は剣に気まで込めている。

 本気でやる気だ。


「なるほど、すさまじい肉体だな」

「その年で良くぞここまで鍛えた上げたものだ。だが、我らに刃向かったのは不運だったな」

「次は手加減せぬぞ!」

「「聖光剣ホーリーブレード!!」」


 聖光剣ホーリーブレードといっても何のことはない、聖神流での気剣オーラブレードのただの別称であるが、気の力も相まって何倍にも高まった剣撃の威力は凄まじくエルの肉体を大きく抉った。

 鋼鉄より固いエルの肉体が裂かれ、空に鮮血が舞ったのである!

  

「エルー!!」


 倒れた少年の体から夥しい血が流れ出し、床を真っ赤に染め上げた。

 さすがに上位冒険者といった所で肉まで絶たれてしまったが、そんな攻撃を受けてもなおエルの心は折れていなかった。回復手段があるからだ。今も外気修練法によって、秘かに肉体を修復している最中だ。

 むしろこの程度のピンチなど、今までの死闘に比べれば窮地の内にも入らないと、内心ではまだまだ余裕だったのだ。

 たとえ何時間、何日嬲られようと必ず少女を助けてみせると、虎視眈々と牙を研いでいたのである。

 

 だが悲しい事に少女の方に限界が訪れてしまった。

 ただの街娘に過ぎないリリには、大好きな少年がただひたすら傷付けられている、この残酷な状況に耐えられなくなったのだ。

 また不運な事に、エルに余裕があるなど解らなかったのである。

 荒事など無縁な生活を送ってきた少女である。大量の血を流し顔を顰め苦痛の声を上げる少年が、実は演技しているのだとと見抜けとういう方が無茶なのだ。

 時折こちらに笑い掛けてくれるのは、こんな危機に陥ってさえ少女を励まそうと精一杯強がっているのだと、心得違いしていたのだ。

 それに、リリは恥じていた。

 自分さえ人質にならねば、エルがこんなに苦しむ事は無かったと悔いていたのだ。

 エルは強い。

 自分という足枷さえなければ、こんな悪者達に負けるはずがないのだ。

 そう、自分さえいなければ……。

 このままでは両親もエルも助からないに違いない。

 でも今ならばまだ間に合うはずだ。エルの行動を妨げるものが無くなれば、必ず何とかしてくれる!

 そしてなにより、大好きな人がこれ以上自分のせいで傷付くのは見ていられなかった。

 エルとリリ。

 互いが互いを思いやるがゆえに、その思いの強さゆえに相手が傷つくのをよしとせず、行動を起こさせてしまったのである。

 リリは決意し泣き止むと、少年に笑顔を送った。

 それはどこまでも透明で、透き通った美しい笑顔だった。

 エルは猛烈な嫌な予感を覚え、大声を発した!!


「まっ、待って!!」

「エル、大好きだよ」

「リリーー!!」


 一瞬、そう一瞬だった。

 少年の静止の声を振り切り、誰も止める間もなくリリは笑顔のまま体を前に動かした。

 少女のか細い首筋に刃が刺さり、宙に深紅の花が咲いたのだった。




  

 


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