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第86話

 さて、十分な休養とリリのお陰で疲れを癒し、心身共に気力が充実しきっているエルであったが、今現在極度の緊張を強いられていた。

 新たな強敵と対峙したからか?

 それとも広大な迷宮で大群による奇襲を受けたのか?

 否、否である。

 そのどちらでもない。

 エルは協会の詰め所で、見知らぬ衛士と冒険者達に囲まれていたのだ。

 上位冒険者としての責務である、協会の者達と共に街の警邏を行う仕事のために詰所に訪れていたのである。

 未だに人付き合いが苦手で、初対面の人間と上手く会話ができないエルとしては、こうして多くの知らない人間に囲まれていると、非常に居心地が悪かった。

 ストレスを感じてるといってもよいくらいだ。

 ここにいる冒険者は皆上位冒険者であり一廉の実力者であるが、その中でエルは一際異彩を放ち周囲から目を引いていたのである。

 有体に言えば、若過ぎるのだ。

 上位冒険者になるためには神々の迷宮の50階層までを踏破せねばならず、通常なら何年もの期間を要するのだ。例外はあるが、大抵はここに居並ぶ冒険者達の様に皆成人した大人であり、エルの様な少年は非常に珍しい。

 最近は自身の活躍や武神流の神殿の活動も手伝って、エルの名前もそこそこ広まってきていたが、それでも知らない人間は多かった。

 奇異な視線に晒され、ぼそぼそと仲間内で話されていると何やら自分が見世物になったようで、緊張と心労が刻一刻と増大しエルは苦痛を味合わい続けた。

 時が経ち、個別に名前を呼ばれて巡回ルート毎に班分けされた時には、もう少しでへたり込みそうなぐらいに疲弊しきっていたほどであった。

 息せき切って担当の兵士、このアドリウムの兵士である事を示す特徴的な白い鎧に白金の槍を持った白髪交じりの壮年の男の所に歩み寄ると、既に4人の冒険者が待っていた。

 親密さからいって、おそらくは同じパーティーの者達であろう。前衛と思しき命名の武器を持った剣士の若者が3人に、回復役であろう女性1人という珍しい組み合わせである。

 エルとしてはどう接していいか分からなかったが、とりあえず礼儀正しくしておくのが無難だろうと頭を下げておいた。

 そんなエルの殊勝な態度が琴線に触れたのか、兵士の男が相好を崩すと自己紹介を始めた。


「全員揃った所で今日の任務を説明しよう。私達の担当は住居区画だ。特に犯罪発生率の高い歓楽街を重点的に警邏する事になるだろう。申し遅れたが私の名はベッグ、この仕事について30年のベテランだ」

「……、俺達は綺羅星(グリタリングスターズ)と名乗らせてもらっている5つ星のパーティだ。俺がケニー。左から順にマーク、ドノヴァン、そしてアニスだ」

「よろしくね」

「よっ、よろしくお願いします」


 相手が軽く会釈してくるので、エルも慌てて深々と頭を下げ返した。

 またパーティ名や個人への2つ名であるが、活躍すれば勝手に付けられる場合もあるが、このパーティの様に自分達で好きな名前を名乗る事もできるのだ。

 特に規定も無いので、自主的に名乗っても他人からつけられても問題ないというわけだ。まあ、箔を付けようとしたり知名度を上げようと、自分達で名前を付ける者達も比較的いるのが現状である。

 相手から名乗ってもらったのでこちらも自己紹介しなくては失礼に当たるだろうと、少年は精一杯友好的な表情を浮かべると、にこやかに話しだした。


「僕の名前はエルと言います。ソロで活動している6つ星の冒険者です」

「へえっ!?」

「おいおい、その若さで俺達よりランクが上かよ」

「しかもソロ。見掛けは可愛いのに、すごいのね」


 自分達より遙かに若い少年がランクが上という事もあって、綺羅星(グリタリングスターズ)の面々が口々に言葉を発した。態度にこそ出してはいないが、こちらを僅かであるが警戒しているようだ。

 ランクが上で性格がわからない初対面の相手である。一応用心しているといった風である。

 まあ、粗暴な人物であったとしても協会の人間がいる前で不埒な行動は取れないだろうし、若手の有望株にありがちな自惚れ屋か、あるいは自己中心的な性格なのか見定めているといった所が正解だろう。

 エルの態度や出方を見て、自分達の今後の対応を決めようと考えているのだ。

 彼らの思惑など人付き合いが浅い少年では到底予想できず、ただどう反応していいか困っていると、気を利かせた兵士のベッグが助け舟を出してくれた。


「エル殿は今回が初任務なので説明しておくが、何も起こらなければ指定された区間を巡回するだけで終わることになるだろう。不審人物や争いを発見した場合は、私の判断に従ってもらいたい」

「わかりました」

「私が逮捕をお願いしたら君達に働いてもらうが、基本的には捕縛で、やむを得ない場合を除いて殺しは行わないでくれ。場合によっては罪を問われる事になるから、十分注意するように」

「はい、気を付けます」


 真剣な表情で注意事項を聞き入るエルの姿に、綺羅星(グリタリングスターズ)の面々も少年を危ぶんでいた心が徐々に薄れていった。まだ完全には信頼してはいないが、真面目な態度から善良な人間なのだろうと判断したのである。

 リーダーのケニーが砕けた態度でエルに話しかけてきた。


「まっ、ようは何も置きなれければ、街を練り歩いて終わる簡単なお仕事さ。何かあったとしても、ベッグさんの指示に従って行動すればいいだけさ。なっ、簡単だろう?」

「そうですね。初めてだから緊張してましたけど、それなら僕でもできそうです」

「納得してくれたのなら、そろそろ出発しようか。私は警邏といってもそんなに厳しくするつもりはないので、歩きながら話してもらっても構わないよ」

「おっ、話せるねー」

「さっすがベテラン。冒険者の扱いが上手いのね」


 ベッグを先頭に連れだって歩き出しながら、ケニーやアニスが称賛の声を上げた。ベッグもまんざらでもなさそうに笑いながら返答した。


「なに、あんまり厳しくして兵士と同じ対応を強制されも、君達も気分が良くないだろう? しっかりやるべき所さえやってくれれば、何も問題ないさ」

「素晴らしい考えだな」

「前に組んだお固い兵士に、その考えを聞かせてやりたいぜ」

「ははははっ。あんまり言いふらさないでくれよ? 私が上に怒られることになるからね」

「わかってるって。いやー、今日は良い兵士さんに当たってうれしいぜ!」


 一同は友人と話す様な軽い口調でしゃべり合いながら、一路住居区画を目指しつつ協会からの大通りを歩きだした。エルも優しい兵士や友好的な冒険者達に当たってよかったと、ほっと胸を撫で下ろしながら後を付いて行くのだった。


「そういえばエルって言ったっけ? 何も武器持ってないようだけど、獲物は何なんだ?」

「僕は素手で闘うので、武器は持っていません」

「素手!? おいおい、大丈夫なのかよ? そんなので60階層以降の魔物を倒せんのか?」

「ええ大丈夫ですよ。60階層も65階層の守護者も1人で倒しましたから。あんまりいないようですけど、格闘術はソロで闘えるくらい汎用性が高いんですよ」


 最初は質問されてびっくりしたが、自分の得意な事に関する事なのでエルも何とか答えられた。

 そんなエルの様子を興味深そうに見ていた女性が、ある事に気付いたようだ。


「ふーん。君、武神流の格闘術の子でしょう?」

「えっ!? そうですけど、何でわかったんですか?」

「アニス、知ってるのか?」

「ほら、ちょっと前から武神流で対赤竜レッドドラゴンとの模擬戦ができるようになったって話が広まってるでしょう? 気を用いて真竜の強さを再現できるっていう。あれを考え出したのが、この子よ」

「えっ、こいつが!?」

「本当かよ!?」


 アニスの話にメンバーが仰天しながら、エルに振り向いた。

 実は武神流が始めたこの模擬戦は、画期的な方法として冒険者の間でかなり有名になってきていたのだ。

 何せ対戦できるのは赤竜レッドドラゴンだ。

 上位冒険者への壁にして、下位冒険者最大の死亡要因に君臨している危険な真竜である。

 彼の竜との実戦さながらの訓練をお金を払うだけでできるのだ。

 冒険者達の間に話題にならないはずがなかったのである。


「か~、マジかよ!? 俺達が赤竜レッドドラゴンに挑んだ頃にあったらって、この間話したばかりじゃねえか!」

「へえ~、この子がねえ」

「アニス、どういう噂を聞いたんだ?」

「気竜変化の技を編み出したのは武神流格闘術の秘蔵っ子。深紅の武道着を着た黒髪の童顔の少年なんだって」

「童顔の少年って……」


 まさにエルの特徴を端的に表していたが、噂にするならもっとましな言い方もあったのではと思えてならない。正しい情報ではあるのだが、正確であるがゆえにエルは何とも言えない顔になった。

 ヘンテコな顔のエルを置いてきぼりにして、赤髪の妙齢な女性、アニスは得意そうに次々に情報を開示していった。


「それでね、なんで秘蔵っ子かっていうと、もちろん気竜変化を作った事もあるんだけど、その子はまだこの都市アドリウムに来て1年経ってないんだって。しかも、武神流の門を叩くまでは、一度も魔物と闘った事も、気を使った訓練もした事なかったそうよ」

「……うそだろ?」

「武神流の神殿に言って聞けば包み隠さず教えてくれるそうよ。それに、協会の方でも今年は異例の速度で冒険者ランクを上げる超有望株が現れたって話があったでしょう? あなた達も聞いてたじゃない」

「いやっ、確かに聞いたが……、本当にこの子なのか?」

「本人が目の前にいるんだから、聞けばいいだけじゃない。ねえ、私が言った事間違ってる?」

「……いえ、間違っていません。全て本当です」


 冒険者達は声にならない声を上げ点を仰いだ。少年もまた天を仰ぎたい気分で一杯だった。

 情報が駄々漏れだからである。

 一体誰がそんな詳しい情報を広めたんだという疑問が尽きない。

 多くの感情がない交ぜになっているエルに、アニスは種明かしをしてくれた。


赤竜レッドドラゴン役を務めてくれる武神流の教官達が、模擬戦を始める前に誰がこの技を考え出したか教えてくれるんだって。特に格闘術の教官なんてこっちが聞いてもいないのに、誇らしそうに色んな情報を話してくれるみたいよ」

「あはっ、はははは……」


 アッ、アルド神官かー……。

 何てことしてくれたんだと、声を大にして叫びたくて仕方がない。

 苦虫を潰した顔になった少年に対し、話を聞いていたケニーは感心したようにつぶやいた。


「なるほど、武神流格闘術の宣伝も兼ねているのか。言っちゃあ悪いが、彼の様な少年が大成功したんだ。自分もと思う人間も必ず出てくるだろう」

「へえー、上手い事考えるな」

「冒険者は腐る程いるが、素手の格闘家は少ねえからな。良い宣伝材料だな」


 自分の情報が知れ渡っている理由が知れて、少年も一応は納得した。

 納得はしたが、せめて一言事前に言って欲しかった。そうすれば、心構えくらいはできたろうに。

 後でアルドに文句を言っておこうと、エルは固く心に誓うのだった。

 もっとも真相としては、アルドも最初からエルを広告塔にするつもりはなかったのだ。ただ、新技を編み出した愛弟子の事を紹介する際に、つい熱が入り余計な事までしゃべってしまった。それだけなのだ。

 自分が手塩に掛けた弟子を盛大に自慢した結果、意図せずにエルを宣伝材料にしてしまったというわけなのだ。


「そう言われると、格闘術に興味が沸いてきたな。もしよかったら、今度一緒に迷宮に潜らないか?」

「えっ? ええ、いいですよ。今度、都合が良い日にでも一緒に行きましょうか」

「本当か? 約束だぜ」

「武神流の格闘術か。楽しみだぜ」


 突然臨時パティを組んで迷宮探索する話が決まってしまったが、エルとしてもそう悪い話ではない。

 他の武器や流派の技を知るのは勉強になるし、自分の技にどうやって取り入れるかを考えるのもまた楽しいからだ。

 冒険者達も今話題の武神流格闘術がどんなものなのか興味津々である。

 まあ、後日約束通り潜った際に、噂以上の少年の腕前と強烈な戦闘狂の一面を知って忘れられない体験をする羽目になるのだが……。

 

 そうこう話をしている内に住居区画の大通りに到着した。

 大通りには等間隔で魔道具の街灯が立ち並び、煌々と辺りを照らしている。

 ベッグが皆の緩んだ気を引き締め直すために声を上げた。


「さーてここからはお仕事だ。大通りで問題を起こす馬鹿はいないだろうから、途中何度か小路に入りつつ歓楽街を目指そうか」

「はい、わかりました」

「おう。わかったぜ! さあみんな、気合い入れていこうぜ!」

「「おう!!」」

「はい!!」


 ケニー達も気合いの声と共に緩んだ雰囲気が一変し、真剣な表情に戻った。

 怠けている様に見えてもさすがは上位冒険者、やる時はやるのだ。

 エルも彼等を見習って真面目な顔つきになると、周囲を見渡しつつベッグの後をついて行った。


 大通りから適当な小路を選び入っていく。

 大通り以外はそこまで整理されているわけではなく、適当な分岐や交差路があったりして、正直エル1人できたなら迷子になっていた可能性が高い。

 加えて時間帯が夜という事もあって、あちこちに街灯が立っているとはいっても全体的に暗く、昼程はっきり見えない。リリと一緒に偶にの休みに散策に出かけているといっても、この都市アドリウムは広大で複雑だ。

 ベッグ達とは逸れない様に気を付けて歩きながら、辺りに目を配るのだった。


 日ごろの兵士や冒険者達の尽力のおかげで治安も良いので、単純な警邏だけで歓楽街に到達できた。

 何事も起きなくて、エルとしてはほっとした所である。

 さて歓楽街であるが、住居区画の隅の隅、迷宮都市アドリウムと外界を隔てる巨大な外壁近くの一画に設けられている。

 一歩足を踏み入れれば街灯の明かりなど霞んでしまう程、目に痛い配色の強い光がこれでもかと存在を主張している。冒険者や商人、町人など職業を問わず多くの人が通りを行き交いし、呼び込みの声や話し声など雑多な声が一緒くたになって、非常に喧しい。

 顔を赤らめた男達が何か喚きながら千鳥足で歩いていたり、一方では淫靡な服を着た女性達が客引きをしている姿が勝手に目に入ってくる。正直目の毒だ。

 少年が初めて見る歓楽街は、不夜城の如くきらきらと輝き、今まで見た事のない欲望が渦巻く恐ろしい世界だった。

 ただ、まだ酒に溺れる情けない姿は許せる範疇だ。

 だが赤裸々に己の欲望を遂げようとするぎらついた目や下卑た顔、あるいはニヤツキだらしなく垂れ下がったいやしい顔等は頂けない。

 エルにもそういった事に対する知識は多少なりともあり、やはり男の子であるので興味もあったが、日々の生活が充実し満たされていたので、ここに来る必要を全く感じていなかった。

 何となしに人間の嫌な所を見せられたようで、気持ちの良いものではない。

 許されるのなら今すぐこの場から去りたかったが、仕事中なのでそういうわけにもいかなかい。

 自分は今街の平和を守る大事な仕事をしているんだと必死に言い聞かせながら、何とか警邏を続けるのであった。

 

 少年が自分の心と闘いつつ巡回を続けていると、前方から大きな声を発てながら見覚えのある一団が歩いてきた。

 そう、派手な装飾をこれでもかとちりばめた白銀の鎧を誇示するかのように肩を切って歩く、最初の出会いが最悪で、できればもう会いたくなかったあの一団だ。

 純血同盟。

 純粋な人間こそが最も素晴らしく、亜人などは人間に仕える事こそが幸せなどと公言して憚らない人間至上主義者の一団である。

 先頭を歩くのはもちろんこの男。

 一際華美た飾りを付けた鎧を纏う恰幅の良い髭面の大男、純血同盟団長のガヴィーである。あの他人を見下し切っている優越感を浮かべた顔は、忘れようとも忘れられはしない。

 向こうもこちらに気付いたようだ。

 思わずエルは身構えそうになった。

 以前に無茶な勧誘からいざこざを起こしているからだ。

 しかも、最終的には握手という名の力比べでエルが勝利している。ガヴィーの立場なら屈辱的な出来事であったろうし、また難癖を付けてくる可能性が高いと思えたのだ。

 距離が近付くにつれ少年の緊張は高まっていったが、それに反して何も起こらなかった。

 ガヴィー達一行はエルの存在を無視するかのように、ただ横を通り過ぎて行ったのである。

 いや、そうではない。

 嘲笑(わら)った、確かに嘲笑(わら)っていたのだ。

 ガヴィーだけではなく、他の団員達全てがはっきりとエルの存在を認識していたのにも関わらず、誰も彼もがこちらを見下した様な脂下がった笑みを浮かべ、自らを恃む唯我独尊な態度で通り過ぎていったのだ。

 その余りにも不快な態度に、ケニーやアニスが立ち止まると気分を害し憤慨し始めた。


「何だあいつら? 気分わりいな」

「あの特徴的な派手な鎧。あれが悪い意味で超有名なクラン、純血同盟よ」

「あいつらが!? 強引な勧誘を仕掛けてくるっていうクランかよ!」

「話し掛けられなくてよかったな」

「全くだぜ」


 ガヴィー達が通り過ぎた方向を見ながら安堵の息を吐いた。

 エルとの諍いがあった事を考えれば、拍子抜けするぐらいあっさりと終わった邂逅であった。

 彼らの浮かべた表情が気にならないといえば嘘になるが、無事何事もなかった事への喜びが勝り直ぐに気にならなくなった。


「あいつら確か聖王国出身の奴らだよな。そういや最近聖王国の奴らが徒党を組み、人海戦術で迷宮攻略してるって話を聞くな」

「えっ、そうなんですか?」

「そうよー。国毎に割り当てられた団体枠なんかも使って、頻繁に迷宮に潜ってるだって。純血同盟のメンバーも他の聖王国出身と人達と組んで精力的に迷宮に潜っているそうよ」


 初耳である。

 もっともエルは情報収取をした事もないので当然と言えば、当然の事であったが……。

 ただ何故最近になってそんな事をし出したのか気になった。


「ちっ、まーた養殖の奴らが幅を利かせんのかよ」

「聖王国の出身の奴はプライドだけは一人前だからな」

「面倒な事にならなきゃいいが……」


 一般的にに5人前後でパーティを組んで迷宮に潜る冒険者に対し、大人数で迷宮を攻略するクランや各国の騎士団や団体枠の者達を揶揄して、養殖と呼ぶ場合がある。

 自分の技量が足りなくても人数を頼みにして迷宮と攻略していくので、本人の成長度合いに反して力量が伴っていないからだ。

 まるで生簀の中でぬくぬくと餌を与えられ早期成長した、見掛けだけは立派な養殖魚のように……。

 実際同じ階層を潜る冒険者と比較すると実力は数段落ちるので、養殖という別称もあながち間違ってはいない。いやっ、それ所か十分的を得た表現であろう。

 では何故そんな言葉が生まれたかというと、時折大人数の攻略組と冒険者達との間に問題が起きる事があるからだ。集団組が獲物を横取りしたり、長時間旨味の多い場所を独占する事があるのである。

 協会としては冒険者ともめ事を起こされるのは困るので、報告を受けては是正勧告をしたり、余程ひどい場合は都市外退去を命ずる事もあったが、騎士団などの本国である程度の地位に就いている者はエリート意識が高く、ちょっとした衝突などがどうしても無くならないのだ。

 協会としても頭の痛い話である。


「ほらっ、今は仕事中だぞ。横道にそれるのは、それぐらいにしておいてくれ」

「すっ、すいません!」

「ベッグさん、悪かったよ。つい嫌な連中に出会ったもんだから……」

「ごめんなさい。余計な時間をとらせてしまって」


 ベッグの言葉にはっと我に返り、今は巡回の途中だという事を思い出した。

 全員が謝罪の言葉を口にし反省の色を示したのでベッグも納得し、これ以上説教するつもりはないようだ。


「よし、それじゃあ警邏を続けよう。歓楽街は人も多いし、酔っ払いも多い。もめ事が起きるケースが多いから気を引き締め直してくれ!」

「はい!!」

「おうっ、わかったざ!」


 立ち止まった彼等もベッグを先頭に巡回を再開したのだった。

 

 しばらくは順調であったが、悪い意味でベッグの言葉が的中してしまった。

 飲み屋の前で冒険者達がもめ事を起こしていたのだ。

 しかも武器を抜いてこそいなかったが何人かは掴み合っている。

 殴り合いや、最悪刃傷沙汰にまで発展する可能性まであり得る。


「何している!! 止めろ! 止めるんだ!!」


 ベッグが大声を上げて静止に入った。ケニー達やエルもその後を追う!

 もし手を出してきたら割って入れるように、注意深い彼らの動向を見定めた。


「うるせえ!! 手前ら何様だ! こちとら難癖付けてきたこの阿呆共に。世の中の道理を分からせてやっている所なんだよ!」

「なにおうっ!! そっちが因縁付けてきたんだろうが! その汚ねえ形、ご同輩の方々ですかってな!!」


 彼らの身なりや髪はお世辞にも綺麗とは言い難いものがあった。

 何か月も洗っておらずふけが溜まってぼさぼさの頭に、整備もあまりしていないのか汚れたまんまの鎧を身に付けている。近くに寄れば異臭も感じられるかもしれない。

 何が気に入らないのか仲裁に入ったこちらを一顧だにせず、お互いに罵り合っている。

 何となく既視感を覚える光景だ。

 身なりも悪く、喧嘩っ早い冒険者……。

 そう、冬幻迷宮の冒険者達だ。

 リリに手を出した時のように狼藉を働くのではと思うと、またあの時の怒りが込み上げてくる。

 エルの瞳に剣呑な光が宿った。このまま言う事を聞く気がないのなら、抑え付ける心算になったのだ。

 もう乱闘の開始まで一刻の猶予も無いかと思われたが、ベッグの発した言葉によって意外な展開に転がった。


「止めろと言うのが聞けないのか!! 貴様ら冬幻迷宮の冒険者だな。お前達が法に従わず、街の治安をよく乱す事は知っているぞ! これ以上言っても聞かないなら、逮捕して都市外退去させるからな!!」


 なんとその言葉を聞いた途端、あれほど一触即発は雰囲気で掴み合っていた冒険者達がどちらともなく手を放し、静かに距離を取っていくではないか!!

 例年ならいうことを聞かず実力行使に出る場面のはずなのに、予想外の光景を目の当たりにして、ベッグの方が面食らってしまったほどだ。

 しかも、あろうことか向こうから頭を下げてくる始末である。


「兵隊さん、すまなかったな。この通り謝るから、退去だけは勘弁だ」

「ああっ、今飯の種(・・・・・・)を無くすわけにはいかねえからな」

「下手すると違約金・・・・・・だしな。あんた達も悪かったな。ちょっと虫の居所が良くなかったんだ」


 何だこれは……。

 どいつもこいつも凶悪そうな面構えの奴らが、殊勝な態度で頭を下げてきたではないか。

 こう下手に出られ反省を示されれば、喧嘩を起こしてもいないので逮捕するわけにはいかない。

 困惑しながらもベッグはどうにか言葉を紡ぎだした。


「わっ、わかればよろしい。だが、お前等の先人達の素行の悪さは、非常に有名だ。何か仕出かせば即逮捕される事を忘れるなよ」

「ああ気を付けるぜ」

「じゃあな、兵隊さん。ありがとうよ」


 そう言うと冒険者達は二手に分かれて去っていった。

 ベッグ達の間で何とも言えない空気が流れた。全員が混乱している状態だ。


「何が起こったんだ? 冬幻迷宮の奴らだろ!? 何であそこでいう事を聞くんだ? おかしいだろ!」

「私も驚いているよ。まあ、あの国出身の冒険者にも、中には話の解る者もいるのだろう」

「そうなの? 私、あそこの出身者が言う事をきいたの初めて見たんだけど……」


 顔を見合わせた一同の間で、何とも言えない沈黙が広がった。

 そして、どこからともなく乾いた笑いが起き、お互いに頷き合った。

 いくら悪名高き迷宮の冒険者達であっても、全てが犯罪者ではないのだ。中には善人がいるだろうとそれぞれが自分の中で折り合いをつけ、納得し合ったのである。


「まっ、まあ実力行使に出ずに済んでよかったとしておこう。それじゃあ、巡回を続けるぞ!」

「おっ、おう。そうだな」


 エル達は気を取り直して歓楽街の巡り歩くのだった。

 

 それから後は、数件ほど似たような案件に出くわしたが、奇妙なことにどれもこれも、ベッグの勧告だけで争いには至らなかった。

 30年の経験を誇るベテランの兵士をして頭を捻らざるを得ない事案が続いたが、荒事をせずに済んだのだからと誰も問題視せず、次第に気にしなくなっていった。

 今年はいつも以上に冬幻迷宮からの冒険者達が増えているので、素行の悪いものばかりではなく、ある程度常識を弁えた者達も来ているのだろう、という結論に落ち着いたのである。

 その後無事責務を終え解散となり、エルはケニー達綺羅星(グリタリングスターズ)と迷宮に戻る日を決めると、金の雄羊亭に引き上げたのであった。


 もしこの時、これからの未来を知っていたならば、無理やりにでもガヴィー達を捕縛しておけばよかったのだ。

 そうすれば、あんな悲惨なできごとなど起きはしなかったのだ。

 だが悲しいかな、エルは全知全能でもないし、小さいながらも武人の端くれである。

 未来を知る事は不可能であったし、罪を犯してもいない人物を捕らえる事などできはしなかったのだ。

 ならば、これからの起こる事はある意味必然である。

 彼らの思想と欲望が引き起こした逃れられぬ大過の大渦に、少年は否応なしに巻き込まれていくのだった。






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