第85話
冬慰祭は晴天の素晴らしい天気の中催された。
といっても明け方には霜が降り、氷の張る季節である。
協会に商いを申請し見事許可を勝ち取った露天商達も、朝というより昼近くになってようやく店を開けたくらいだ。
これから夕方付近くらいまでの人々がこぞって外を出歩くまでの時間が勝負である。
露天商達は1人でも多くの関心を引こうと、ひっきりなしに大声を張り上げ始めた。
「今日は晴れて良かった。絶好のお祭り日和ね」
「そうだね」
まだ吐く息が白い中、毛皮のコートに身を包んだリリがはしゃぎながらエルに声を掛けてきた。
今日のリリは丸い毛皮の帽子に、暖かそうな毛糸の手袋といった服装ですっかり冬らしい恰好である。宿屋内では魔道具による暖房があるので薄着でいられたが、外に出るためにしっかり寒さ対策をしたといった所だろう。
一方のエルはというと普段の赤竜の武道着を脱ぎ、外出用の毛皮で裏打ちされた長衣に身を包んではいたがそれだけだった。コートや帽子等の防寒用の服装は一切着ておらず、見るからに寒そうな恰好である。
もちろんこれには理由があった。冒険者として成長し超人と化してくると、次第に環境の変化に強くなってくるのだ。冒険者の肉体は戦闘で魔物の炎や氷、はたまた凶悪な魔法にさらされ傷を負っても、それに負けない様に頑健になっていくのである。
季節の寒暖の差といっても、上位冒険者ともなれば少々の変化ぐらいでは、さして問題とはならなくなるのだ。
少年は見た目こそ寒そうな薄着であったが、実際は全く痛痒を感じていなかったのである。
そんなエルの手をリリは勢い良く掴むと、はち切れんばかりの笑顔でぐいぐい引っ張りだした。
「早く行きましょう。今日はお店が開いている時間が短いから、急がないと途中で閉まっちゃうわよ」
「はははっ、それじゃあリリお姉さんにお薦めの所に案内してもらおうかな?」
「ふふっ、任せておきなさい。さあ行くわよ!!」
「お手柔らかにね」
つないだ手を引っ張りながら走り出したリリの勢いに一瞬気圧されたが、エルも直ぐに笑顔を浮かべると追走し始めた。
2人の楽しい時間は幕を開けたばかりであった。
さて冬慰祭であるが、中心にある広場から街を6つの区画に分類する大通りでのみ、露店を開く事が許されている。防犯の関係上、細かく入り組んだ小路等で商いを行わわれては警邏側の目も行き届かなくなるので、協会が認可していないのだ。
ただでさえ大勢の観光客で賑わうので、犯罪が起こる確率が上昇するのだ。祭りの日は協会の人間だけではなく、臨時で冒険者も雇って周囲に目を光らせ、犯罪の防止に取り組んでいるのである。
露店の許可についても、犯罪歴や出し物の内容など厳正な審査を潜り抜けた者だけが許されるのである。ただ倍率自体が高いので、善良な者であったももれる事は往々にしてあったが……。
リリがエルを引っ張りながらまず向かったのが、商業区画で出店されている店であった。
店の許可は審査後に抽選で決定されるが、例外としてこの都市で商いを行っている者、特に大通りに店を構える者は優先的に自分の店の前で露店を行う事を許可されるのである。
リリが向かったのも長年店を経営している者がお祭りのために臨時で出した店であり、毎年変わらぬ味を提供してくれる、この都市に住む人々に親しまれているお店であった。
「おばさん、ポウチとロムティー2つずつお願いね」
「あいよ! あら、リリちゃん、いつもありがとうね。一緒にいるのは彼氏かい?」
「おばさん!!」
「はははっ、ごめんごめん。おまけしておくから許しておくれ」
エルが口を挟む間もなく、旧知の仲である2人で会話が進んでいく。
揶揄われてリリはプリプリ憤慨して見せてはいるが、その実少女の顔はほんのり赤く染まっており、まんざらでもない事が容易に推察された。出店の女もそんな少女の変化を目敏く感じ取ったのか、あんまりからかうのも野暮であろうと、さっさと注文された品を渡してくれた。
もちろん、宣言通り大盛りのおまけ付きでである。
「はい、ポウチとロムティー2つずつね。全部で銅貨8枚だよ。熱いから火傷しないようにね」
「ありがとう。はい、お金」
「リッ、リリ、僕が払うよ」
「いいのいいの。このくらい私のお小遣いでも十分払える範囲だし、エルにはいつも助けてもらっているから、リリお姉さんからの日頃の感謝の印よ」
「いいのかい?」
「もちろんよ。熱いから落とさないように気を付けてね」
リリはさっさとお金を払ってしまうと、茶目っ気たっぷりのウィンクと共に食べ物を渡してくる。
エルもここで受け取らないでいるのはかえって失礼だろうと判断すると、礼を言いながら木製のコップに入ったお茶らしきものと串に刺さしてある黄色い料理を受け取った。
「さっ、冷めないうちに食べて。私、毎年これを食べるのが楽しみなの」
開店直後だというのにお店にはすでに行列ができているので、離れた位置に移るとリリは湯気を立てるポウチ、外側を卵を主成分とした薄い生地で包んだ棒状の料理をほお張った。
少女が美味しそうに食べるのにつられて、好奇心を刺激されたエルは早速口をつけてみた。
どんな料理なのかとわくわくしながら齧ってみると、予想外の味でびっくりしてしまった。
甘い。甘いのだ。
薄く柔らかい生地の中には、クリームと一口大にカットされた甘い果実が入っていたのである。
ポウチとは温かなお菓子だったのだ。
面食らって目を白黒させているエルに、小さな悪戯が成功した気分のリリはコロコロと声を立てて笑った。
「びっくりしたでしょう? ポウチはこの地方の冬に食べられるお菓子なの。温かくて甘いから、寒い季節にぴったりでしょう?」
「初めは何かの料理だと思っていたから驚いたけど、これはお菓子だったんだね。うん、美味しいしお腹の中がポカポカしてくるね。確かに冬にはもってこいのお菓子だね」
「そうでしょう」
嬉しそうに微笑みながら、また一口。
子リスの様にリリが小さく口を開けてゆっくりポウチを食す様は、小動物を連想させて可愛かった。
「口の中が甘ったるくなったら、ロムティーを飲んでみてね」
言われるままにコップに入ったほかほかと湯気の立つ熱いお茶を飲み込む。
すると苦みの少ないあっさりとした味わいの茶が、口内の甘さを取り払ってくれる。
後味も実に爽やかだ。
「うん、いいね! これならポウチをいくらでも食べられそうだよ」
「だーめ。エルが本気になって食べたら、他の人の分が無くなっちゃうじゃない」
「うーん、残念」
気に入って勢い良く食べてしまったので、エルの手にはポウチを刺していた串だけが残っていた。
こんな事ならゆっくり味わって食べるんだったとがっくりうなだれる少年に、リリは笑いながら勢い良く肩を叩いた。
「なーにしょげてるの。ポウチ以外にも美味しいものが一杯売られてるんだから、お店を回りながら買えばいいじゃない」
「それもそうか。リリ、早く行こうよ」
「はいはい、わかったわよ。あっ、でも、ちゃーんと食べ物屋さん以外のお店も見るんだからね」
「わかってるさ。ほらっ、行くよ」
次の料理を食べようと急かすエルに、まったくしょうがないとばかりに弟を見る様な視線になったが、エルなりに祭りを楽しんでいるのだと直ぐに笑顔になった。
食べ終わった後のコップと串を店に返すと、今度はエルがリリの手を引っ張るようにして早足で次の店に向かうのだった。
それから2人は多くの人で賑わう中、端から順番にお店を見て回った。
もちろん、目に付いた料理で気になるものがあったら、ここぞとばかりに財布の紐を緩めて購入した。
実際の所、偶にの防具の修理と緊急用の回復薬が必要な以外エルの出費はあまりなかった。
しかもソロで十分魔物と渡り合える強さがあり、加えて戦闘が好きなせいで長時間迷宮に潜っても精神的疲れがほとんどないので、1回の迷宮探索での稼ぎは同階層の冒険者と比べても群を抜いて多いのだ。
宿もシェーバの練習用に食材を卸しているので実質無料か、逆に売り上げからお金をもらう始末である。
だからエルはお金が貯まるばかりで、既に田舎ならば豪邸を買える程の大金を手にしていたのである。
金を浪費する趣味も無く、戦闘と修行以外であえて挙げれば、美味しいものを食べる事が喜びといえる程度だ。
無駄使いする積りはないが、偶にの機会に珍しいものを食すぐらいはいいだろうと気の向くままに買い食いを始めたというわけである。
また、自分の分を買うついでにリリの分も買おうとしたが、早々に止められてしまった。
エルが少女にとっては高額な料理でもほいほい買ってしまうので遠慮したという事もあったが、エルのペースで買われては早々にお腹が一杯になってしまい、せっかく買ってもらっても残してしまうのが目に見えていたからだ。
一方の少年としたら自分1人で食べるのも気が引けたし、初めにおごってもらったのだからお返しをするのは当然だという気持ちであったが、少女がごく普通の量ぐらいしか食べれない事もわかっていたので、無理矢理買って渡すわけにはいかなかったのだ。
そこで折衷案として、エルが気になって買った食べ物をリリにも少し別ける、2人で仲良く1個のものを分け合って食べる事にしたのである。
これならリリが少しだけ食べる事もできるし、色んなものを味わえる。加えてエルも気兼ねなく食欲の赴くままに買い食いできるというわけだ。
そうして各地のお菓子や色々な料理を分け合いながら、仲良く露店を見て回ったのである。
リリはやっぱり女の子という事もあって、アクセサリーや衣類に興味を持った。
自分が着ないにしても異国の珍しい服や、綺麗なネックレスや指輪等に興味津々で、度々立ち止まってはうっとりと眺めていた。
エルはそこまで興味があるというわけではなかったが、リリが喜んでくれるのならばと気分良く一緒に見て回ったのだった。
蝶や蜻蛉、可愛い動物をあしらった髪飾りやペンダント等も少女の顔を和ませた。
毎年この日のために、商人達が各国からかき集めてくる様々な珍しい商品を眺めて回るのが少女の秘かな楽しみなのであった。
終始笑顔で飛び回る蝶の様に出店を移り行く少女に付き添う様に、少年も今まで見た事もない品を興味深く見て回るのであった。
2人で和気藹々と歩いていると、何やら一際込み合って人混みができている場所があった。
「何だろう?」
「わからないわ。とりあえず行ってみましょう」
2人が歩いていくと人混みから歓声や悔しがる声が聞こえてきた。
賭け事か何かだろうかと考えながら近づいていくと、店主らしき男が大声を張り上げている。
「さあさあ次の挑戦者はいないかい? この珠を見事割れた人には、棚に陳列してある豪華賞品を進呈するよ!! さあ誰かいないかい? 剛堅珠に挑む強者はいないかい?」
店主の前には複数の手のひら大の珠が置かれていた。どれも綺麗でそれ自体が宝物としての価値がありそうだ。よく分からないが、あれが剛堅珠なのだろう。
賞品の置かれた棚は段毎に1等~4等まで別けられており、宝石から衣類、置物や魔道具らしき小物まで様々な商品が陳列されている。
しかも、それぞれに値札まで張られているようだ。
おそらく挑戦して失敗した場合でも、気に入った物があったなら購入する事ができるという仕組みなのだろう。
エルが何気なく賞品を眺めると、2等の段の所に温かかそうな薄く黄がかった茶色のマフラーが目に入った。リリの亜麻色の髪に近い色で首に巻けば似合いそうだ。
値札には金貨3枚と書かれており、少女の小遣いでは到底購入できる金額ではない。
エルなら問題なく買える額であるが、高額なので慎ましやかで無駄使いを嫌う少女ならば、反対して受け取らないだろう。
だが、この出し物に挑戦してクリアすれば、少額で手に入れられるはずだ。
それならば受け取ってくれるに違いない。一般常識や気配り等、まだまだ足りない所の多い少年ではあるが、どうしたらリリが喜んでプレゼントを貰ってくれるか考えられるだけの成長はしていたのである。
少女の喜んでくれるであろう姿を想像し、俄然やる気が出てきたエルは徐に口を開いた。
「面白そうだからやってみようかな」
「うん、いいんじゃない。お祭りなんだし、色んな事に挑戦して楽しむべきよ」
エルの思惑までは分からなかったが、珍しくやる気を出し自分から率先して挑戦しようとするのは良いことだと、リリは直ぐ様頷いた。
それから挑戦者の列に並ぶ事しばし、成功者はかなり少なく、少年の番になってもまだお目当ての商品は残っていた。
前に進み出たエルに店主が威勢の良い声で話し掛けてきた。
「いらっしゃい!! 並んでいたなら分かると思うけど、砂時計が落ち終わるまでに剛堅珠を片手で握り潰し、中に入っている等級の書かれた紙を取り出せれば、その等級の棚にある好きな賞品を進呈するよ! 一番下から挑戦料は銅貨5枚~銀貨50枚のものまであるけど、どれに挑戦するかい?」
「あの2等の所にあるマフラーが欲しいんですが、どれをやればいいですか?」
「おっ、お兄さん、お目が高いねえ。あれは貴重な幸福兎の毛を編んだマフラーさ。身に着けた人に幸運が舞い降りるって縁起ものだよ。隣の彼女へのプレゼントかな?」
「はい」
「えっ、エル!?」
店主の問いに頷くエルに対し、ようやく少年の真意を悟ったリリは途端にどぎまぎしだした。
最初から自分にプレゼントするために挑戦してくれるのはうれしいし、店主の問いに一切逡巡せずに肯定してくれたのもまたうれしかったのだ。
「素晴らしい心掛けだね。ただしあのマフラーは2等の賞品だから、1回の挑戦料は銀貨5枚と高額だよ? 見た所、お兄さんは冒険者だろうけど、生半可な力じゃ壊れないよ。それでもいいかな?」
「ええ、かまいません。それに、気も使っていいんですよね?」
並びながら観察していたが、何人か気を使って珠を割ろうとしている者もいたからだ。
店主も咎めなかったので問題無いのだろうとは思っていたが、一応確認したというけである。
「もちろん。銀貨以上の挑戦料の剛堅珠には、気でも魔力でも何でも使ってくれていいよ。この剛堅珠はね、僕の国では戦士の力量を図るために使われるんだ。どのランクの剛堅珠を割れるかで、戦士の強さが分かるって寸法なのさ」
「へえー、そうなんですね」
「今からお兄さんが挑戦する剛堅珠は上位のランクで、これが割れたなら立派な戦士と皆から尊敬されるレベルのものだよ。頑張ってね」
立派な戦士。
異国での制度でここでは通用しないが、自分が一廉の戦士だと認められるのなら悪い気はしない。
自分のためにも、そしてリリのためにもメラメラと闘志が沸き上がってきた。
やる気満々のエルに店主が黒く重い珠を手渡すと、リリが精一杯大声を上げて声援を送った。
「エル! 頑張って!!」
少女の声に応える様にエルは気合の入った顔で頷き返した。
そんな少年の様子に満足すると、今度は店主が大声を張り上げた。
「さあさあお立会い! 可憐な少女にプレゼントをあげようと、冒険者の少年が難関に挑むよ! 見事剛堅珠が割れたなら、彼の健闘を称えて盛大な拍手をお願いいたします。もし割れなくても大丈夫。その時は私の友人のやっているお店の割引券を進呈するよ!!」
店主の軽快な口上で今まで以上に客が集まってきた。
エルに向けて周りからいくつも声援が送られる。
「坊主、がんばれよ~」
「彼女に格好悪い所を見せるなよ!」
「がんばってねー」
どうやら強かな店主の思惑によって勝手に呼び込みの役にされてしまったようだ。
まあそのかわり、失敗した場合も割引券をくれるというのだから、こちらがにも一応は配慮してくれているのだろう。
それよりも、多くの人に注目されるのは落ち着かない。なんとも恥ずかしい気分である。
といっても勝負が始まってしまえば、周りの事まで考えてはいられない。
店主が威勢良く砂時計を反転させると、誰からも見えるように高いテーブルの上に置いたのである。
「さあ勝負開始だ! この砂時計が落ち終わるまでに珠を割れば、少年の勝ちだよ!!」
店主の宣言と共に、周りからの声援も強くなる。
エルは声に押されるようにして右手に力を込め、剛堅珠を砕こうとしたが、予想以上に堅固でびくともしない。
「ぐっ、固い」
思わず感想を口に出してしまうほどの堅牢さであった。
6つ星の上位冒険者であり、速さや力に自信を持つエルでも圧し切れないでいる。
この珠が割れたなら、立派な戦士と称されるのも納得できるというものである。
悪戦苦闘しただ時間を浪費するエルに向かって、店主が声を掛ける。
「さあさあ、時間が無くなってきた。あと半分しかないよ!」
「エルー! 頑張って!!」
事ここに至っては出し惜しみしている場合ではない。
素の握力だけでも割れるかという甘い考えは捨てねばならない。
先ほど店主が言った通り、気でも何でも使っていいのだから。
ならば全力だ!
かっと目を見開くと同時に、エルの全身から黒と白に混在した気が猛烈な勢いで溢れ出した。
しかも外見上からは判別できないが、神の御業剛体醒覚による内側からの強化も同時に発動したのである。
内外からの気による強化によって、エルの力が何倍にも膨れ上がったのだ!
「みっ、見ろ! ひびが入りだしたぞ!!」
「がんばって! あとちょっとよ!」
砂が落ち残りわずかとなった所で、エルの奮戦に周囲もヒートアップして更に声援も送った。
漆黒の剛堅珠も少年の剛力の前に徐々にひびが広まってきたのだ。
もう少しで砕けるといった所か。
ただし、残された時間も極僅かだ。
時間切れとなるか、それとも見事エルが珠を砕き切るかぎりぎりの戦いである。
「エル、頑張って!!」
「おおーー!!」
少年は吠えた!
少女の声援に応えるように。そして歯を食いしばり、もてる力を振り絞ったのである!!
その結末は果たして……、大歓声の中一際澄んだ音が答えを教えてくれた。
剛堅珠が砕け散り、澄み切った甲高い音を発しエルの勝利を報せてくれたのだ!!
「よし!」
「やったー! エル、やったね!!」
「お見事!! さあ皆様、剛堅珠を砕き切った、この立派な戦士に盛大な拍手をお送りください」
巻き起こる拍手喝采。
エルが照れて頭を掻いていると、店主が目的の賞品を持ってきてくれた。
「さて、素晴らしい活躍をしてくれた少年には、大赤字だけどこの幸福兎のマフラーを差し上げるよ! ええい、もってけドロボー!!」
分かり易く悔し涙を流す振りをしながら店主がマフラーをエルに手渡した。
そのわざとらしい演技が笑いを誘い、どっと声が巻き上がった。
「さあ、この少年に続く挑戦者はいないかい? 見事珠を割った者には、豪華賞品を進呈するよ!」
まだ子供の小柄な少年が、高額の商品を手に入れたのだ。
自分達にもできるのではないかと夢想した者達が殺到し出した。
さらに混雑ぶりが増し、恐ろしい込み具合となってきた。エルに高額商品を掻っ攫われても宣伝材料にはなったので、転んでもただでは起きないという商魂逞しい店主の戦略であった。
エルはというと少女の手を引き逸早く脱すると、落ち着けるであろう女神の泉の広場に急いだ。
比較的人通りの少ない女神の泉の前で立ち止まると、リリに振り返り満面の笑みでマフラーを贈ったのである。
「リリ、いつもありがとう。プレゼントだよ」
「……ありがとう。本当にうれしいわ」
「さっそく付けてみてよ」
エルに促され、リリは喜びで頬を紅潮させたまま首にマフラーを巻いた。
思った通りリリの髪色にも近い明るい茶色のマフラーは、濃紺の毛皮のコートや帽子に良く合っていた。服装のセンスについては自信の欠片も無いエルであったが、自分の直感を信じてプレゼントを選んで良かったとほった一安心した所だ。
「良く似合ってるよ」
「ありがとう。私、大切にするね」
瞳が潤みやや上気したリリは、少年が今まで見てきたどんな少女の姿より美しかった。
大人びた表情を見せる親友の姿に少年は目が離せなくなったのだ。
リリはこんなに可愛かったのかと、何故だか高まる鼓動と共にごくりと唾を飲み込んだ。
そんな2人の元に、白い小さなものが降ってきた。
「雪!?」
「ううん、違うわ」
寒くなってきたとは思っていたけど、雪が降るくらいに冷え込んだのか驚いていると、少女が静かに区首を振った。そして静かに夕闇迫る空を指差した。
リリに促されるように空を見上げると、いつの間にか大分昏くなった空に白い雪の様なものが、いくつもいくつも舞い降りてきている。
いや、それだけじゃない。白以外にも淡い青い光を発するものもあるではないか!
夜が迫りつつある中、空には白と青の美しい幻想的な光景が醸し出されていた。
正体は分かないがただその美しさに魅了されていると、リリがそっと傍に寄り添うように立つと、答えを教えてくれた。
「雪蛍よ」
「雪蛍?」
「そう、雪みたいな柔らかい白い綿を付けた小さな蛍の仲間よ。あの淡い青い光は雄が光っているの」
「きれいだねー」
リリも空を見上げると、エルと一緒に雪蛍が作り出す夢幻的光景に酔いしれた。
「この虫は寒い冬が来る事を教えてくれるの。山から雪蛍が降りてくると、直ぐに雪が降るの。だから雪の使いなんて呼ばれたりもするのよ」
「へえー、不思議だね。僕にはただきれいな事しかわからないよ」
「毎年この時期に降りてくるんだけど、お祭りの日に見られるなんてラッキーだね」
「うん」
エルは傍にいるリリの手をそっと握りしめた。
少女の温かな体温が伝わってくる。
深々と降りしきる雪の様に、舞い降りる虫達の織り成す美しき飛行を見ながら、エルは口を開いた。
「リリ、今日はありがとう」
「こちらこそありがとう。エルのおかげで最高の一日だったわ。ねっ、エル?」
「うん? 何だい?」
「また来年も、こうして一緒にお祭りに行けるかしら?」
「もちろん!! きっといけるさ」
「楽しみだね」
「うん、楽しみだ」
2人は手を繋ぎ、幻想的な光景をいつまでも眺め続けた。
いつまでも、いつまでも。




