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第77話

「ふんふんふん~♪ 今日はエルと冒険だー!」

「おいおい、あんまり嬉しいからって油断するなよ」

「わかってるわよ。あたしがそんなへまするわけないでしょ! ねっ、エル?」

「わかりました。わかりましたらから、もうそろそろ離してくださいよ」

「だーめ」


 軽鎧越しとはいえアリーシャの豊満な胸に強引に抱かれ、片手で引きずられるようにして運ばれるエルは、全身真っ赤で借りてきた猫のようだ。

 俊敏さが売りのアリーシャは軽鎧でも迷宮から得られる魔鉱を用いず、黄竜イエロードラゴン、65階層の守護者から得られる竜毛と鱗を合わせた柔軟性に優れながらも、優秀な防御能力を誇る6つ星の冒険者が憧れの鎧を身に纏っている。褐色の肉食獣を連想させるしなやかな肉体に稲妻を模した黄色の鎧が良く似合っている。

 本日、エルはというとアリーシャ達一行と共に、66階層、まばらに木が生え長草の生い茂り、一部には疎林や小池などが点在する大平原の迷宮に冒険に来ていたのである。

 エルが60階層で青竜ブルードラゴンを倒してから、まだ3日しか経っていないのにだ。

 では61~65階層はどうしたのかというと、踏破したのだ。

 それも、わずか2日という短い間にである。

 というのも、修業を積み新闘法や強力な新技を身に着けたエルにとっては、その付近の階層の敵では単純に相手にならなかったのだ。今までより多量の気を短時間で運用するできるようになったエルは、大幅に強化された徹気拳、敵を内部から破壊するの荒技によって魔物を屠殺するかのように屠っていったのである。

 気や魔力によって相殺しようにも、少年の気が圧倒的過ぎるので火竜に放水である。つまり抗っても無意味だと言わんばかりに、一瞬で大量の気を撃ち込まれ、内部から身を爆ぜさせ屍と化すだけであったのだ。

 ほとんどの敵が一撃で方が付くので、この階層では修業にならないと見切りを付けさっさと下を目指したというわけなのだ。

 それが2日で5階層を踏破するという快進撃につながったのである。

 また、先に6つ星に昇格し66階層を攻略していたアリーシャ達に追い付いたので、本日は久しぶりに一緒に迷宮を探索しようと相成ったというわけだ。

 エルとの冒険を楽しみにしていたアリーシャはというと、見るからにご機嫌で胸に抱いたエルを離そうとせず、嬉しそうに頬釣りまでする始末である。気分が良いのか時折鼻歌を口ずさんでさえいる。

 じたばたもがく弟分の抵抗さえも気を良くするためのスパイスとなっているようで、猫のように目を細めエルを構っている。ここが迷宮の中でなければ、少年の心情はどうあれ微笑ましい光景であったに違いない。

 後衛の回復魔法の使い手であるイーニャも街中であったなら、アリーシャと同様にエルと構いたかったが、66階層という自分達でも油断が死を招く危険な階層では、そんな事をするわけにはいかないと苦言を呈した。


「アリーシャ、もうそのぐらいにしておきなさい。いつ敵に襲われるかわからないのよ。迷宮都市アドリウムに戻ったら、いくらでもしていいから」

「はあっ、仕方ないか。エル、宿に戻ったらまた遊んであげるからね」

「はっ、はあ」


 渋々ながら手を離したアリーシャとは反対に、ようやく甘い束縛から逃れられたエルは人心地を付いたのであった。

 そんな2人のやり取りを見ていた魔法使いディムと槍使いのカーンはお互いに顔を見合うと肩を竦めた。

 やれやれ、っといった所だろうか。

 アリーシャは非常に優秀な戦闘者であるが、自身が末妹だったせいかこの新しくできた弟分に並々ならぬ愛情と執着を見せるのだ。構いたくて仕方ないのだ。

 それに、彼女達赤虎の部族、亜人種の中でも獣人と呼ばれる部族の者達は実力至上主義である。力の心棒者だといってもいい。

 この童顔の弟分はその点に関しても優秀であるため、益々アリーシャの執着が強くなっている。今日もよっぽど嬉しいのか朝からずっと笑顔のままだ。

 まあそれも、敵が現れるまでの事であるが……。

 ほら、ちょっと強引だけど優しい姉が、獰猛な戦士に早変わりだ。


「みんな来たよ! 敵は3体」

鎧魔生物アーマードゴーレムが1体に、爆炎獣フレイムビーストが2体か。厄介なのが一度に来たな」


 槍使いのカーンが珍しい事に舌打ち気味に言葉を放った。

 だが、彼がそう言いたくなるのも無理はない。鎧魔生物は灰色晶石グレイクリスタルと呼ばれる魔鉱に偽りの命を与えられた魔法生物であり、強固でありながら非常にタフなのだ。人間の何倍もあろうかという魔鉱でできた巨体の内部にある魔核を破壊するまで止まる事がない。

 それに加えて、爆炎獣もまた危険な存在である。

 虎と獅子が掛け合わさった容貌に加えて、その数倍もの巨大さでありながら全身が燃え盛る激しい炎に包まれている。エルは初見の魔物であり知る事もなかったが、触れれば爆炎を周囲にまき散らす豪炎の球を口から吐き出し、死に瀕すると自爆を行うという悪質な手合いでもあるのだ。

 更には火の属性を扱う陽神の信者であり、このパーティの主力であるアリーシャの火炎攻撃が通じないという点も問題であった。

 しかし、そんな事ぐらいではアリーシャが怯むはずがなかった。炎が効かないなら別の方法で倒せば良いだけなのだ。


「まず厄介な爆炎獣フレイムビーストから始末するわ! ディム、カーンわかっているわね?」

「もちろんさ」

「ああ、任せておけ」


 熟練の戦士である彼等にはそれだけの言葉で事足りた。自分達の役目を心得ているからだ。赤虎の部族の戦士である彼等は闘いに興奮こそすれ、恐れ惑う様な弱卒ではないのだ。


「それで、エルはどうする?」

「うーん、それじゃあ爆炎獣フレイムビーストを1体もらってもいいですか?」

「よろしい。じゃあ、右の方を任せるから好きにやってみなさい。エルが遅ければ取っちゃうからね?」


 そう言って茶目っ気たっぷりにウィンクするアリーシャは実に絵になっていて見惚れそうになる。新たな魔物との闘いを前にして昂ぶり始めていたエルには、ちょうどいい景気付けだ。少年は快活そうに笑った。


「それじゃあ、僕が先に倒したらアリーシャさん達のを奪っちゃいますからね?」

「ふふっ、できるものならやってみなさい。みんな、いくわよ!!」

「「「応っ!!」」」


 威勢の良い掛け声によって闘いの火蓋が切って落とされた。


 吠え猛る巨大な魔獣、爆炎獣フレイムビーストの前に1人で立ちはだかるエルは魔物の強さを値踏みするかの様に慎重に間合いを測り、いつでも対処できるように敵の一挙一動を注視していた。

 上位の魔物、加えて初見の相手である。協会が発行している情報誌を敢えて読まず、相手の情報を仕入れないエルにとってはどんな攻撃をしてくるか全く不明なのだ。甘く見ることはできない。怠慢や気の緩みは直ちに死を招くのだから。

 じりじりとした緊張感に包まれた中、先に動いたのは爆炎獣フレイムビーストであった。少年の胴回りよりも太い強靭な四肢で大地を駆け、一瞬で間合いを詰めてくる。そのままスピードを緩めず飛び掛かってくるう。

 獣の本能のままに一切の逡巡なく敵を仕留めようという果断な攻撃である。

 魔獣に属する魔物達の高速攻撃にはいつも驚かされる。まあ、いつでも動けるように様子見していたエルにとっては十分対処できるものであったが……。

 地面を滑る様にするすると側面に回り、獅子の如き獣の飛び掛かりを余裕をもって回避したのである。

 しかし、攻撃が空を切った爆炎獣フレイムビーストも隙を晒さない。直ちに回転し、獲物と見定めた少年に大きな爪を持つ前腕を叩き付けてきた。

 獣、とりわけ今相対している四足をもって大地を駆ける魔獣は速さ、特に旋回や反転能力が優れている。敵の無防備な側面や背面に移動しても、直ぐに回転して反撃してくるのだ。こちらが急所を攻撃する余裕もほとんどない。

 後退して前足を躱すと今度は火炎の球を吐き出して追撃である。

 その炎の球を少年はというと、避けもせずわざと受けてたった。しかも籠手などで防御する事もなく、全身に気を張り巡らせるだけでほとんど無防備に近い状態で受けてたったのである。

 胸に火炎球が炸裂すると大音と共に炎をまき散らした。


「エルっ!?」

「エルくん!?」


 これには隣で爆炎獣フレイムビースト鎧魔生物アーマードゴーレムと激戦を繰り広げていたアリーシャ達もびっくりである。

 避けられたはずの攻撃を何故受けたのか? 少年の意味不明な行動に歴戦の戦士達が一瞬たりとはいえ動揺してしまったのである。

 爆炎がはれ無傷の少年が姿を見せた時には、ほっと胸を撫で下ろしたのだが……。

 いや、ほぼ無傷と言い直そう。最近ちらほらと有名になってきている少年の着込んでいる真紅の道着、赤竜の武道着は全く傷付いていなかったが、良く見れば顔や髪の毛など何の防具を付けていない部分は軽度の火傷を負っていたのである。

 

「エル、驚かせないでよ!」

「おいおい、あんまり無茶しないでくれよ。心臓に悪い」


 ディムやアリーシャが敵を相手取りながらも心配して声を掛けてきてくれる。

 弟分の無謀な行為を諌める意味合いもある。

 これは打ち合わせもせず、行き成りやったエルが悪いのは間違いない。

 ただ少年としたら敵の動きから火炎の強さを推測し、十分以上に勝算があったからこそ敢えて受け止め、実際の威力を確かめたのだ。

 目的があり、例え怪我しても支障があまり出ない時だから受けたのだが、それでも心配させた事には変わりない。

 突っ込んでくる爆炎獣フレイムビーストの猛攻を華麗にいなしながら、少年は大声で謝った。


「すいません! 敵の強さを確かめるためにわざと受けました」

「こらっ! 無茶しないの!!」

「すいません」


 アリーシャとエル、それぞれが魔物と戦いながらも大声で言い合っている。66階層の凶悪な魔物を相手していても、それだけ余裕があるということなのだ。

 特に、アリーシャ達はディムの魔法で鎧魔生物アーマードゴーレムを土の中に閉じ込め、爆炎獣フレイムビーストにカーンとアリーシャで着実にダメージを与えていっている。さすがは名高き赤虎の部族の戦士達であった。

 アリーシャが燃える様な真っ赤な気を纏わせた大剣で魔獣に斬り付けつつ、声を張り上げる。


「エル! 無茶した甲斐はあったの?」

「はい、この魔獣の強さが掴めました。俊敏性だけはかなりのものですが、それ以外は赤竜レッドドラゴンより下です。」

「それで?」

「さっきの火炎球も、その他の攻撃もきちんと防御すれば無傷ですみます。それと、この魔物の攻撃方法もわかったのでもう付き合う必要もありません。そろそろ倒しますね」


 66階層の猛獣を前にして無傷? 攻撃も読めたからもう倒す? 

 自分の弟分ながら実に豪気なことである。

 だが、大言壮語を吐いている様には見えない。エルは爆炎獣フレイムビーストの素早い咬み付きや前脚の攻撃を掠りもさせず、余裕をもって動き回っているのだ。隙を突き攻勢に転じるのもわけないだろう。

 強くなった。

 エルは強くなった。

 しばらく一緒に迷宮探検できなかったのは不満であったが、アリーシャは少年の急成長がうれしくて仕方なかった。

 そして少年がその成長に見合うだけの努力を、汗を流したであろう事が容易く想像でき、更に上機嫌になった。力の心棒者である赤虎の部族は、己を高めるための努力や修行は美徳である。エルのなしたであろう研鑽を思うと、今直ぐに抱き締めたい衝動に駆られる。

 そうだ、抱き締めてやろう。

 見事敵を倒し、闘いが終わった暁には。

 アリーシャは楽しそうに笑い声を上げた。

 

「それじゃあ、エルの力を私達に見せてくれる?」

「はい!!」


 威勢良く返事した少年は、一気呵成の猛反撃に打って出た。

 これまで守勢に回っていたのが嘘のように、大きな口を開け飛び掛かる魔獣を吹き飛し、一気に攻勢に転じたのである。

 近付かせまいと爆炎獣フレイムビーストが何度も何度も火炎球を吐き出してくるが、少年にとっては児戯にも等しい。避ける事もせず真っ直ぐに魔獣目指して突き進んだのだ。

 先ほど目撃しているからアリーシャ達も動揺せずに見ていられたが、爆発した火炎球から出現した少年は一切傷付いていない。それどころか、初めに負ったはずの軽傷がいつの間にか回復しているではないか!!

 火炎球を抜け切り接近した後は、もはや一方的な展開であった。

 エルが特徴的な黒と白の気を纏うと、爆炎獣フレイムビーストの身を包んでいる炎など無意味だとばかりに殴り付けたのである。当初は魔獣も反撃を試みたようであるが少年な強烈な拳撃の前には抵抗も虚しく、今ではただの的と化している。

 あっ、蹴り上げられた。

 そこからがまた圧巻であった。

 空に飛ばされた魔獣を追う様に少年が気をまき散らし飛翔すると、極悪な追撃を仕掛けたのだ。一瞬で魔獣に迫ると蹴る蹴る蹴る、蹴りの嵐である。

 天に向かって昇る龍の如く、エルが蹴りの連打によって魔獣の全身をずたぼろにしながらどんどん空を駆け上がっていく。

 そしてフィナーレは、大きく敵を飛ばした後、足に纏っていた気を気弾として打ち出したのだ!!

 実際はすでに事切れていおり攻撃過多であったが、気弾が魔獣に接触すると大爆発を起こし空を彩った。黒と白の気弾が空で一瞬広がる様は美しかったが、魔獣の体を爆発四散させ血肉を降らせているので、その雨は見て取れた近距離では醜悪極まりなかったが……。

 ただし、闘いを尊ぶ戦士達には負の感情を抱く事は一切無かった。それ所か、アリーシャなどは喜色満面だ。天高くに浮かぶ弟分の姿を、興奮し切った様子で見つめ叫んでいる。


「何あれっ!? 何あれっ!? エルの新技?」

「はははっ。エルはやる事が派手だねー」

「しかも飛んだままだしな。あれどうやっているんだ?」

「はいはい、そこまで。まだ戦闘中よ。エルがあそこまでやったんだから、私達が格好悪いとこ見せられないでしょ?」


 冷静沈着なイーニャの言葉にパーティの意思が1つになる。獰猛な笑みを浮かべたアリーシャとカーンが頷き合った。


「そうね、ここは1つ派手にいきましょうか。ディム?」

「何も問題ないよ。鎧魔生物アーマードゴーレムは魔法を掛け直したから。しばらくは拘束を抜け出せない」

「オッケー。それじゃあカーン、任せたわよ。エルに私達の闘いを見せてやりなさい」

「あいよ、気突撃オーラスラスト!!」


 青い海を思わせる深青ディープブルーの気で覆われた魔鉱製の槍が、魔獣の側面から腹を急襲する。

 今まで重点的に前脚を狙われ負傷していた爆炎獣フレイムビーストは、もはや元の俊敏性は失われておりカーンの素早い連突きを躱す事など不可能であった。哀れな悲鳴と共に横腹を貫かれ内臓を破壊されていった。

 これだけでも重傷であるが、まだ彼らの攻撃は終わっていない。真打ちの登場である。

 そう、大剣に真っ赤な気を溜め自分の出番を待っていたアリーシャだ。


「さーて、次は私ね! 気剣オーラブレード!!」


 あろうことか、彼女は大剣で胸元で真っ直ぐに抱えると突進し、爆炎獣フレイムビーストの大口に突き込んだのである。気剣オーラブレード軍神流アナスの十八番の技であるが、気を武器に纏わせダメージを与える定番の技であるから、どの流派でも必ず教える重要な技なのである。アリーシャが心棒している陽神流ポロンでも教えており、火炎が効かない爆炎獣フレイムビーストに用いたというわけだ。

 勢いのまま口内から喉を破壊したが、彼女の攻撃は終わらない。もっと極悪なものが待っていたのだ。


「派手にいくわよ! 爆裂バースト!!」


 なんと、大剣に纏わせた大量の気を魔獣の体内で炸裂させたのである!!

 真っ赤な気を内部で解放された爆炎獣フレイムビーストはというと、悲鳴を上げる暇さえなく体を爆発四散させたというわけである。

 こちらも腸や血肉があちこちに飛び散り、派手というよりは凄惨な光景を創り出していた。一般市民が見たら悲鳴を上げて卒倒する事受け合いである。

 爆裂バースト陽神流ポロンの技であり、本来は大剣に纏わせた爆炎を解放する技であるが、今回は気で行ったというわけだ。アリーシャの類稀なセンスのなせる技であった。


「派手ですねー」

「ふふっ、エルほどじゃないわよ」


 いつの間にかエルは地面に降り立ち彼女達の傍に来ており、彼女達を褒めていた。それだけではなく、アリーシャ達の闘い、慎重に敵を追い詰め足を奪い一気に喉を噛み千切る、獣が集団で狩りをする様な闘い方をしっかり見ていた。

 ディムやイーニャによる敵の足止めや補助、前衛のカーンやアリーシャが敵の攻撃を見極めつつ反撃する所など参考になる部分が多い。彼女達がパーティとして役割を分散している所を、自分1人で行うとしたらどうすべきか、あるいは1人でできるように改良するとしたらどうすべきかと思いを馳せるだけで、昂ぶりを覚えずにはいられなかった。

 だが、少年は思いっきり頭を振り余計な考えを慌てて掻き消した。まだ、闘いは終わってないからだ。

 

「さーてエル~? 聞きたい事はいっぱいあるけど、まずは目の前の敵に集中しましょうか」

「そうですね。どうします?」

「私達がフォローしてあげるから、エルの好きなようにやってみなさい」

「えっ、いいんですか?」

「もちろんよ。ねえ、みんな?」

「ああ、任せておけ」

「私は大地母神の高位の回復魔法が使えるから、たとえ腕や足が千切れても大丈夫よ。死ななければ元通りに戻してあげるわ」


 イーニャが物騒な事を言ってくるが、エルにとっては非常に頼もしい。大怪我しても死にさえしなければ大丈夫だという事なのだ。

 彼女達がいるならば普段できない事に挑戦するのもありかもしれない。

 そんな考えが浮かべばもう止まれない。


「それじゃあ、あいつと真っ向勝負していいですか?」

「真っ向勝負?」

「ええ、足を止めて拳を打ち合い、力と力の勝負がしたいです」

「これはまた……」


 ディムが呆れた様に声を出し、カーンが口笛を吹いた。

 誰と誰が真っ向勝負をする?

 人の十倍もあるであろう巨体を誇る魔生物ゴーレムと力で勝負?

 体重で換算すれば何十倍あるのかさえ検討もつかない。そんな相手に対して足を止めて闘うなど暴挙以外の何ものでもなかった。赤虎の部族の戦士達といえど、そんな闘いはしないし、発想すら出てこないだろう。

 だがこの少年は違う。四肢が食い千切られたり砕かれる経験を何度もしているし、激痛を味わおうとも強くなれるのならば、あるいはそこに勝機があるのならば躊躇わなく突き進めるのだ。

 今回はエルの高速移動をもってすれば回避できるに違いなかったが、あえて逃げずに強力な攻撃を有する敵に真っ向から立ち向かう事で得るものもあるだろうと考えたのだ。

 まさに狂気の為業である。冒険者の中でも回復してもらえるからと、自分の体を厭わずに少年と同じ挑戦をできるものがどれほどいるだろうか?

 巨人のごとき魔鉱でできた魔生物ゴーレム相手にである。

 拳と拳で打ち合ったなら、よくて腕をもぎ取られるぐらいであろう。即死する事だってあり得る。

 だが、そんな無茶無謀極まりない行為を少年はやると言い切ったのだ。

 アリーシャが真剣極まりない顔でエルを見詰めたが、少年の眼には一点の曇りなく澄み渡っていた。他人には到底不可能な所業であっても、できる人にはできる。不可能を可能にするのが英雄という人種なのである。

 エルを見ていると何故だか勇猛な戦士であり、今なお列国に”戦虎”の2つ名を轟かす、最上位冒険者であった父の姿が重なった。あの偉大な父にだ。

 まだ頼りないと思っていた弟分は、驚くべき速さで強くなっていた。

 心も体もだ。

 自分でさえ自殺行為に近い挑戦に思えてならない。

 だが、だが、エルの瞳は澄み切っている。

 信じているのだ。自分ならできる、死にはしないと。その可能性を仮にも姉貴分を自称する自分が潰すわけにはいかなかった。


「……よし!! やってみな」

「「アリーシャ!?」」

「無茶だ!! エルが死んじまうぞ!?」

「大丈夫、この子は死なない。たとえ拳が失い腕が千切れても、踏み止まって闘い続けるわ。ねっ、エル?」

「はい!!」

「はいって、おいおい……いや、本気なんだな?」

「もちろんです。今ならみなさん、なによりイーニャさんがいますから、無茶ができますし……、あっ、さすがに死にそうになったら逃げますよ?」

「はははっ」


 もはや乾いた笑いしか出てこない。

 求道ここに極まれり? 一般人、いや大多数の冒険者からみても狂気の産物に違いないだろう。

 だが極僅か、遥かな上を目指す者、頂に座す者達なら肯定するかもしれない。

 そんな危険極まりない挑戦をこの少年は笑顔でやると言い切ったのだ。

 意志は固い。説得しても翻意することはないだろう。

 まあ、死にそうになったら逃げると言ったのが救いであろうか……。

 リーダーであるアリーシャも肯定しているので、もはや決定事項である。

 エルが危険な状態に陥ったらすぐに助けに入れるようにしておこうと、イーニャ達は目線で会話すると、渋々ながら少年の試みを容認することにした。


「今から鎧魔生物アーマードゴーレムの戒めを解く。エル、引き際を誤るなよ」

「ありがとうございます!」


 頬を紅潮させたエルはディムに頭を下げると、ゆっくりと敵に向かって歩を進めた。ディムが魔法を解除すると魔生物ゴーレムを覆っていた多量の土砂が崩れ、鈍い灰色の魔鉱でできた巨大な体が露になる。

 至近距離まで近づいた少年と大きさを比較すると、竜と鼠ほどの違いがある。

 それでも少年の笑みはいささかの翳りも見せなかった。ただ粛々と自慢の拳に気を集め、ゆっくりと攻撃態勢に移った魔物の動き、その一挙一動を逃すまいと集中したのである。

 少年よりも遥かに大きな灰色晶石グレイクリスタルでできた拳を魔生物ゴーレムが天高く振り被り、打ち下ろしてくる。

 来た!!


「はっ!!」


 エルが吠えた!

 ありったけの気を右拳に纏わせた武人拳で迎え撃ったのである!!

 迫りくる巨拳。

 人より大きく、堅固な魔鉱でできた超重量の拳が重力の力も合わさってすさまじい速度で降ってくる。

 少年の小さな拳との力と力の勝負の行方は、はたして……

 強烈な衝突音と共に鮮烈な血が空に舞った。


「エルッ!?」

「エルくん!?」


 鎧魔生物アーマードゴーレムに真っ向からの力勝負を挑んだ結果はというと、一見すると拳が拳が突き出した状態で拮抗し合っている引き分けに終わったように見えた。

 だがその実、堅牢極まりない灰色晶石グレイクリスタルの超重量の拳を受け止めた少年の体は、あちこち損傷し悲鳴を上げていたのである。受け止めた右拳や腕の至る所から出血し骨も砕け無数のひびが入っていた。道着を着ているから分かり難いが、下半身からも出血し脹脛付近まで土中に埋没してしまっていたのだ。

 引き分けの対価に支払った代償はあまりにも大きかった。

 だが、そんな少年の状態などお構いなしとばかりに、鎧魔生物アーマードゴーレムが追撃を加えようと再び拳を振り上げ始めている。

 絶体絶命の窮地である。

 全力を出し大小様々な負傷をおって、ようやく相打ちに持ち込めたのだから次の攻撃は防げるはずがなかった。

 普通なら諦めて逃走するのが当たり前だろう。戦況や実力差を見極められない冒険者は戦場の華と散るしかないからだ。

 だが、その選択肢を取るつもりなどエルには皆無であった。

 万全の状態ですら相打ちが相殺するのがやっとだったのに?

 血気に逸り判断を見誤ったのか?

 それとも子供染みた負けん気からの自殺行為であろうか?

 違う、違うのだ。どの予想も的外れだ。

 勢い良く飛び上がり素早く迎撃態勢を整えた少年には、微かな勝利の道筋が見えていたのだ。他の冒険者なら不可能だと断言する苦境にあってもなお、いや命を脅かされた極限状態に陥る事で普段は眠っていた力が、エルの真価が発揮されようとしていたのだ。

 外気修練法によって急速に傷を癒しつつ周囲から気を取り込んだ少年は、腰だめに左拳を構え敵を見据えながら、嬉しそうに嗤っていた。

 

「もう無理よ、次は受け止めきれないわ!」

「ああ、初撃を体の欠損無く相殺できたのが奇跡みたいなもんだ」

「次は腕か足が壊れちまうぜ!」


 しかし、イーニャ達はというとエルの変化に気付かなかず慌てふためいていた。そして、当然の如く助けに入ろうとしたのである。


「止めな」

「「アリーシャ!?」」


 エルから片時も目を離さず、アリーシャは右手を水平に上げ仲間達に静止の声を掛けたのである。


「何を考えてるの!! このままだと大変な事になるわよ!」

「そうだ、エルを殺す気かよ!」

「余計なことをするな」

「アリーシャ!!」

「どういうつもりなの? エルくんが死んでもいいの?」


 仲間達から非難の声がいくつも上がるが彼女は意志を曲げず、ただ少年をひた向きに見つめ続けた。そして絶対の確信を込めて断言した。


「もうエルの勝ちは決まっている。邪魔せずに見ていろ」

「一撃目でエルくんは大怪我したのよ。次の攻撃を受け止められるはずないじゃない!」

「そうだぜ。下手するとエルが死んじまうぞ! 今助けないでどうするんだ!!」

「だから必要ないと言っているんだ。黙って見ていろ」

「アリーシャ! ふざけている場合じゃ……ああっ!?」


 イーニャの悲鳴が辺りに木霊した。

 エルに鎧魔生物アーマードゴーレムの巨拳が襲い掛かったのだ。

 最悪の可能性が頭を過ぎり、イーニャもカーン達も顔をしかめた。

 だが、現実はそうでもない。

 少年は山の様な魔生物ゴーレムの剛撃を、左拳の突きでもって相殺してのけたのである。

 いや、むしろ押し返したと言った方が正しいだろう。受け止めたせいでまた腕や足からも出血したようだが、初撃よりも被害が少なく下半身も埋まっていない。イーニャ達は困惑を隠せなかった。


「どうなっているの?」

「まさかエルの奴、初撃は本気じゃなかったのか?」

「違うわ」


 轟音が鳴り響き少年と巨人の如き魔物との闘いが続く中、アリーシャは唯一人目を細めエルを頼もしそうに見つめていた。


「アリーシャ、説明して」

「要因はいくつかあるわ。エルが初撃の結果から対策を立てたこと。エルは窮地に立たされると更に力を発揮できる稀有な人物であること……」


 イーニャ達は訝し気にアリーシャの話に耳を傾けていたが、次第にエルが押し始めていた現実を目の当たりにすれば、彼女の言葉が真だと受け入れざるを得なかった。イーニャ達には分からなかったが、エルの足元には透壁による足場が形成されており、鎧魔生物アーマードゴーレムの攻撃を支え切れず埋まってしまうのを防いでいたのだ。

 そして負傷しても直ちに神の御業で傷を癒し、更には痛みを覚えてもリミッターが外れたエルは動きを鈍らせる所か恐れも知らぬ修羅の如く更に速めていったのだ。


「そして一番大事なことは、エルはこうして闘ってる今も強くなっているのよ」

「……、普通なら信じられない話ね」

「ああ。ふざけるなって言うべき所なんだけどね」

「目の前でみせられちゃ信じるしかねえよな」


 カーンの驚愕の混じった声を肯定するかのように、今では完全にエルの拳が勝り、鎧魔生物アーマードゴーレムの拳が弾かれ徐々にその巨体を後退させられるという理解し難い現象が眼前で繰り広げられていた。

 一撃毎に攻撃力を増しているエルはというと、師の言葉を反芻し実践していたのである。

 剛体醒覚で肉体の内部からも強化し眠っている力を呼び覚まし、外気修練法で取り込んだ気をひたすら拳につぎ込み強化し続けたのだ。

 気は万能の力で不可能はないと。

 強く願い思い描けば、必ず応えてくれると。

 アルドの教え一心に信じ、エルは時が過ぎる毎に一歩ずつ限界を越えていったのである。

 もっと力を。僕は強くなるんだと!!


「おおおっ!!」


 鎧魔生物アーマードゴーレムの巨体が吹き飛んだ。

 もはや呆れてものが言えないとはこのことである。先ほどまで心配して助けに入ろうとしたのが馬鹿らしくなるほどだ。

 イーニャはしんみりと実感を込めて言葉を発した。


「エルくん、強くなったね」

「信じられないくらいにな」

「弟みたいに思ってみたんだけどな」

「でも強くなった。今この瞬間にあたし達を越えていった」


 感慨深そうに呟いたアリーシャの言葉に誰一人反論しない。

 力だけとっても、あの鎧魔生物アーマードゴーレムを凌駕するほどだ。ましてエルは気を用いた高速戦闘を得手とするのだ。その強さは推して知るべしだろう。

 可愛い弟分だった存在が、自分達と肩を並べるまでに成長したと思ったら、追い越していったのだ。嬉しいやら悲しいやら、複雑な思いがいくつも去来し戸惑っていた。

 唯一人、アリーシャを除いて……。

 彼女は今まで仲間達でさえ見せたこともない艶然たる顔で、顔を紅潮させ陶酔した様に少年の勲業を見つめ続けていたのである。


「アリーシャ、あなた……」

「なんて顔してんだよ」


 イーニャ達の指摘を受けても動ずる事もない。それ所か、自分の今の状態を自然に受け止めると爆弾発言を発したのである。


「エルがあたしの弟なのは変わりない。可愛い可愛い弟だ。だけど、弟があたしの婿になるのも構わないよね」


 ディムやカーンは無言で天を仰いだ。 


「レオン様が何とおっしゃるか……」

「俺達はお前に変な虫が付かないようにする役目もおってたんだがな」


 赤虎の一族の長であるレオンは、末子であるアリーシャをことのほか可愛がっていた。それこそ目に入れても痛くないほどにだ。

 だから、里を出る時にアリーシャの周囲を固めておく事をきつく言い渡されていたのだ。

 完全に恋する表情になった娘を見たら、怒り狂って相手を撲殺しかねない。

 ディム達もただではすむまい。

 不安そうな彼らをよそにアリーシャはあっけらかんとしていた。


「何も今すぐの話じゃないわ。婿にするならば、父さんと同じ最上位冒険者じゃなければ納得しないだろうし、それにあたし自身も最上位冒険者にならなくちゃ、胸を張って里に帰れないわ」

「そりゃあ、そうだが……」

「ずっと先のことよ、どうなるかわからないわ。そういう未来があっても良いんじゃない、って話なだけよ」

「でも、あなた」

「わかってる。自分で思っていた以上にエルの事が好きみたい。弟としてしか見てこなかったはずだけど、今ははっきりと男として見ている。強い雄に惹かれるのが、あたし達の一族の性だしね」


 アリーシャの顔を見れば、エルをどう思っているかなど一目瞭然である。

 こうしている間も敵を追い詰め強くなっている少年の放つ燦然たる輝きは、強さを至上とするアリーシャ達にとっては非常に魅力的だったのだ。

 口に出してはいないが、イーニャをしても気を緩めると見惚れそうになってしまう程だ。日頃から並々ならぬ執着を見せ可愛がってきた弟が、自分達を越えるほどの強さを見せたのだ。

 エルの躍動する姿が、猛々しくしくも荒々しく闘い続ける雄姿が、不可能を可能にするその強さがアリーシャを魅了して止まなかった。

 闘いに生きる獣人の部族に生まれ落ち、才能豊かであったがため同い年の中では抜きん出た存在で、彼女に相手になる者はいなかった。期待を膨らませ迷宮都市に訪れても同様で、2年という僅かな年月で60階層を攻略した彼女達に対して迫れる者達はいなかったのだ。

 退屈と失望で辟易していたが、そんな彼女の琴線に触れる存在が現れた。

 まだ幼いながらその胸に飽くなき闘争心抱き、貪欲に強さを求め続ける少年、エルと出会ったのだ。出会った当初は実力差は歴然としていたが、赤虎族以上の戦闘狂さながらの闘いぶりと、照れ屋で口下手な所が気に入り弟として可愛がったきた。

 エルの勤勉さと才能から将来性も買っており、いつかは自分達と同等の存在に成長するのではと期待をかけていたのだ。

 そのエルがアリーシャの目の前で成長を見せ付け、追い越していったのだ。

 この胸に溢れんばかりの喜びをどう表せばいいだろう。色褪せた世界に突然光差した様に少年が輝いて見えた。エルの英姿が、その雄々しく勇ましい闘いぶりが彼女を捕らえて離さない。

 エルが拳を振るい巨大な魔物を吹き飛ばす度に喝采を叫びたくて仕方なくなった。勝手に顔が紅潮し、動機が早くなる。知らぬ内にエルの一挙一動から目を離せなくなっていたのだ。

 そう、アリーシャは生まれて初めて恋に落ちたのである。


「アリーシャ、分かっているとは思うけど無茶しないでね」

「もちろんよ。自分の親に顔向けできない様な馬鹿な真似はしないわ」

「ただの親じゃなく、俺達一族の長だからな」

「長の顔に泥を塗る様な真似だけはしないでくれよ」


 偉大なる戦士レオン。かつて最上位冒険者として名を馳せ、今でも近隣にその名を轟かす赤虎の部族の顔である。自分が愚かな行動にでれば父の武名を汚し、引いては一族の名を貶める事につながるのだ。どうしてそんな愚挙を行えるだろうか。一見すると自由奔放で怖いもの無しに見えるアリーシャであるが、厳しく躾られたのできちんと弁えるべき所は弁えられるのである。

 初めて胸に去来した温かな思いに戸惑いつつも、彼女は聡明なままであり己を律する術を心得ていた。


「はいはい、言われなくても節度は守るわよ。まあ、でも今まで通り弟として構う分には問題ないわよね?」

「まあ、それくらいならな」

「ふふふっ。エル、強くなったね。でも、もっと強くなってね。あたし達も強くなるから」


 己の願望を乗せ少年に声援を送った。

 ついには鎧魔生物アーマードゴーレムを拳一つで粉砕し凱歌を上げる少年を、アリーシャは艶めいた女としての顔で見詰め続けるのだった。








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