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第74話

 霞がかった意識を覚醒させようとするかのように、周囲から威勢の良い気合の声や騒がしい音達が耳に入ってくる。金属同士が激しくぶつかり合う音、強烈な踏込みが大地を噛み締める音、そして裂ぱくの掛け声や荒々しくやや野卑た大声など、挙げたら切がないぐらい様々な音が青年を心地良い眠りから呼び覚ます。

 ああそういえばここは武神流シルバの修練場だったと思い当たると、目を覚ましたレナード、長身の良く絞り込まれた見惚れる様な肉体をもつ青年は飛び起きるようにして自分の身を起こした。

 上半身を起こしたレナードは、自分が修練場の端に備え付けてあるベンチに毛布を掛けられ寝かせられている事に気が付いた。

 何故こんな所で寝ていたのかと疑問を浮かべると、すぐにその原因に思い至る。

 そうだ、たしか俺はエルとかいう新人と手合わせてをして予想外の強さに追い詰められ、奥の手の幻影闘舞を出しても勝てなくて、最後の賭けに打って出たんだ……。

 躱された蹴りを震脚に変えて至近距離から発剄、猛武掌を放ったが、あの弟弟子はこちらの攻撃を回避不能だと悟るとあろうことか逆に間合いを詰め攻撃に転じたのだ。それもこちらの攻撃が届きそうという極僅かな時間、微小な距離を最大限に活用し、発剄には発剄で対抗してみせた。即ち、肩などを用いた体の側面の体当たり、纏震靠で反撃してのけだのだ。

 レナードから見ても称賛以外の言葉が浮かばない程の素晴らしい返しであった。むしろ、よくもまああの短時間の間に発剄を繰り出せたものだと感心するくらいである。

 しかも威力も自分とは比較にならない程であった。

 こちらの猛武掌は例え一瞬といえども拮抗する事さえ許されず、猛烈な勢いで吹き飛ばされたのだ。そして、あっけなく自分は気を失ったのだ。

 勝敗は火を見るよりも明らかで、自分の負けである。

 完敗だといっていい。

 武神流格闘術に入門してたかが半年程度の少年を、仮にも6年もの間修業し上位冒険者にも届こうかという自分が軽傷しか負わせる事ができなかった。

 入門前から修業を積んでいたのならまだ理解できるが、聞けば本格的な修業は入門してからでありそれまでは中段突きの練習しかしてこなかったというのだから、この胸に去来する思いをなんと表現すればいいものか。

 やはり、天才は凡人とは違うといえばいいのか。

 あるいは才能は残酷だと、諦念し受け入れいれば少しは楽になれるだろうか。 いずれにしても、後輩に追い抜かれたという苦い事実は認めねばならないなと口が勝手に溜息を吐いた。


「どうやら目が覚めたようだな」


 声に反応し横を向くと、自分の師であるアルドにそして先ほど闘った弟弟子、エルが心配そうにこちらを見つめていた。


「どうだ、どこか痛む所はあるか?」


 アルドの問いに答えるために立ち上がり、体を解すように動かしてみたが、どこも痛む所はない。それどころか傷一つないといって差し支えなかった。あれほどの勢いで吹き飛ばされたのだから負傷して然るべきなのに、何処も異常をきたしていないという事は治療を施してくれたのにちがいない。

 レナードは己の師に深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。師範のおかげで快調そのものです」

「うむ。お前が気を失っていたので、生命の女神(セフィ)の神官に頼んで治療を施してもらったのだ」

「なるほど、それで傷が完治していたというわけですか。お手数お掛けしました」

「なに弟子の面倒を見るのは師の務めだ。当たり前の事をしたにすぎんよ」


 謙遜する師に向かってレナードは再び頭を下げた。

 この修練場だけではなく、他の神殿の修練場などでは激しい修業が行われるので生傷は絶えず、中には大怪我を負うような不慮の事故も稀ではあるが起こり得るのだ。

 回復薬を飲めば済む事であるが、今回のレナードの様に意識不明であれば回復の魔法を施す必要が出てくる。

 そんな場合を想定して、回復魔法を使える神々、例えば生命の女神(セフィ)大地母神(エーナ)等の神に仕える神官が各修練場を巡回しているというわけだ。

 もちろん治療にはお布施を頂くので無料の奉仕というわけではなく、むしろ重要な収入源となっているのだ。

 中でもこの武神流シルバ軍神アナス流、雷神ヴァル流など大神の修練場では修行者も多いという事もあって、交代で回復魔法の仕える神官に常駐してもらっている。もちろん治療費とは別に常駐用のお布施も毎月支払っているので神殿側としたら上客であり、派遣される神官も肉体の再生さえ行える熟達した者になっているのだ。

 その者達からしたら、レナードの傷程度治すのは造作もないといった所だ。

 自分が施されたであろう治療を推測していると、おずおずと少年が言葉を発してきた。


「あのっ、レナードさん、すいませんでした。咄嗟の事で無我夢中だったので……」

「気にするな。俺も自分の勝利のために全力だったからな。それにしてもエルは強いな。とても入門して半年とは思えない強さだ。これも才能のなせる業ってことかな?」

「え?えっと、その……」

「レナード、それは違うぞ。確かにエルが才能豊かだという事に間違いはないが、それに加えて濃密な修業と過酷過ぎる、いや信じられない程酷烈な多くの魔物達との戦いを経てきたからこその強さなのだ」


 皮肉めいた質問にエルが窮していると、アルドが助け舟を出した。いや、助け舟というよりは、どちらかというとレナードを窘める意味合いが強い。エルの努力を見てすらいないのに、安易に才能などといった言葉に逃げるなと、そして才能だけではこれほどの成長はできはせず、果てなき努力と一歩間違えれば死を賜る程の闘いを経てきたからこその強さなのだと理解して欲しかったのだ。

 だが残念ながら、アルドの言葉はレナードには届かず懐疑的な視線は変わらない。仕舞には嘲笑めいた笑みを浮かべ質問してくる始末だ。


「へえー。それは俺が6年の月日を通して闘った魔物を上回る程なんですか?」

「そうだ」


 そんな事はありえないだろうと発した質問のはずなのに、あっさり肯定されるとレナードもあまりの予想外の事態に面食らい、驚きで大きく目を見張った。 

 アルドの目は一切嘘を言っている風には見えない。それに元々厳格で融通が効かない自分の師は冗談の類もあまり言わないのだ。

 とするならば、自分の6年よりこの少年が半年で闘った魔物の方が多いという事になる。

 馬鹿な、そんな事など不可能だと、レナードは叫び出したくて仕方なかった。

 だが、だが、師の真剣で真摯な表情からはとても虚言を弄しているとは思えなかった。

 沈黙したレナードに対し、今度はアルドが問いかけた。


「レナード、お前が40階層の守護者を相手にしたとして、3日間で何体倒せる?」

「40階層の守護者ですか?」

「そうだ。お前のパーティで考えてもいい。ただし、倒した魔物の魔素はパーティ内で等分される事も考慮するのだ」

「はあ……」


 何だか要領を得ない質問だが、師の問いには答えねばなるまい。

 青年は40階層の守護者を思い浮かべた。40階層の守護者は巨獣や巨人に巨鳥とどれもタフで、攻撃力や防御力に優れた魔物達だ。

 50階層に挑もうかという自分達でも、そう簡単に倒せる敵ではない。ましてや自分一人となると、考えたくもないくらいだ。そこから現実的に数字として導き出される回答としては……。


「自分のパーティなら1日10体前後といった所でしょう。3日なら30体、35までいけば十分な戦果じゃないでしょうかね」

「ふむ。お前1人だとすると5、6体倒せれば御の字ということだな?」

「ええ、そうですね。もっとも実際に自分一人なら、攻撃力不足ですし負ける可能性もあるのであまり闘いたくないですがね。それで、この質問には一体何の意味があるんです?」

「まず、このエルは迷宮に単独で潜るソロの冒険者だ。そして、お前も薄々気づいているだろうが、冒険者ランクもお前より上だ」

「!?そうですね。子供みたいな外見には騙されましたが、闘ってみて自分より上だと嫌でも理解させられましたよ。つまり、1人で俺達のパーティ並の討伐ができるんですね?」

「いいや」

「えっ!?ですが、先程エルは俺の6年で倒した魔物の数を上回るとおっしゃったじゃないですか?」


 困惑気味に問い掛けるレナードを落ち着かせるように、アルドは青年の肩に手を置いた。

 そして答えを口にする。レナードにとっては受け入れ難いであろう真実を。


「逆なのだ。お前のパーティで行えるであろう守護者の討伐数では全く足りないのだ」

「えっ!?」

「エルが3つ星の冒険者の当時、40階層の守護者を3日間で倒した数はおおよそ150体だ」

「そんなっ、馬鹿な……」


 アルドから齎された衝撃の事実に、レナードは膝をつきそうになった。

 上位冒険者という事なら、たしかに自分達のパーティ並の力があるかもしれない。それなら自分の6年分をわずか半年で稼ぎ出したというのも、疑いたい所だがまあ、頷けない話ではない。

 だが、突き付けられた事実は、青年の予想など歯牙にも掛けない圧倒的な戦果であった。

 3日で150体?そんな無茶は数字は自分達では絶対に達成できないだろう。

 だが、目の前の少年はそれを為したのだ。ああ、自分達とは何もかもが根本的に違うのだ。

 打ちのめされるレナードを余所に、アルドがエルに話し掛けた。


「勘違いしているようだが、150体というのはあくまで3つ星当時のエルの戦果だ。エル、今のお前なら3日でどの程度まで倒せる」

「そうですね。どの守護者ももう対処法がわかっているので、他の冒険者の皆さんが沢山来てよほど順番待ちしない限り、倍くらいは倒せるとは思います。」

「ははっ、はははははは!!」


 3日で300体。しかも他の冒険者にある程度譲っても、1日で100体は問題なく倒せるとこの少年は断言したのだ。簡単に言い切って見せた少年は朗らかな笑顔のままで、昂ぶった様子など一切見受けられない。つまりは、この数字にしてもまだ余裕があるというこのなのだろう。

 3日で30体倒せればいい方の自分達とは雲泥の差である。とても比べ物にならない。それだけの力があるのなら、たった半年で自分の6年間を上回るのは容易い事だっただろう。

 詰まる所、後輩に胸を貸す積りで模擬戦を行ったが、手加減され胸を貸してもらっていたのは実はこちらだったというわけだ。

 いつの間にか、レナードは大声を上げて笑っていた。

 これを笑わずに何を笑えというのだとばかりに笑い続けた。

 しばらく笑った後真顔に戻ると、自分の甘い認識を改めた。

 この子供の様な後輩はアルドの言を考慮すると、才能が自分とは桁違いであり、加えて修業熱心で迷宮での魔物の討伐数もあり得ない程多いという事になる。

 なるほど、なるほど。御伽噺にでも出てくる神に愛された闘いの申し子のような存在だ。そんな存在ならば、自分などあっという間に追い越されるのも当たり前という事なのだろう。

 おそらく、先ほどの闘いは自分の幻影闘舞から、個々の個性に即した独自の闘い方を学ばせるために行わせたに違いない。それで手加減させたのだ。先ほどの言葉通りの実力があるのならば、自分など相手にならないはずだからだ。

 レナードは自分の推測を確かめる事にした。


「師範、エルに手加減させましたね?俺の奥の手から、自分の道を見つけるきっかけにする積りだったのでしょう?」

「その通りだ。それに、手加減させなければお前が奥義を出す間もなく決着が付いただろうし、下手にエルの攻撃を受ければ致命傷を受ける可能性があったのだ」

「やはり、そうですか」

「エルは高速移動も得意だが、その他にも発剄や気の練り等を取り分け修練している。その威力は同ランクの冒険者では正直相手にならんほどだ。そんな一撃を回避主体のお前が受ければ、どうなるか想像ができるだろう?」

「そこまでですか……」


 合点がいきレナードは深々と頷いた。

 速さを身上とし、回避を前提とした動きをするのが自分の闘い方だ。

 エルは高速移動を得意で自分の速さが通じないとなると、もし全力を出されていたらアルドの言っている通り瞬殺された可能性が高いだろう。いや、間違いなくそうなったに違いない。

 稽古を付けてやる積りがとんだ道化を演じたものだと、また口から盛大な溜息を付いた。


「はあっ。つまり、俺は完全な道化だったというわけだ。師範も御人が悪い」

「いや、道化になったのはお前自身のせいだぞ」

「!?」

「そもそも私はお前に道化を演じさせる積りは毛頭なかったし、当初からエルを侮るなと何度も忠告していたはずだ。それに、気付く機会は他にもあったはずだ。レナード、お前はエルの武道着を見て何も思わなかったのか?」

「えっ、お坊ちゃんが金に物言わせて分不相応な物を着ているとばかり……」

「馬鹿者っ。偏見がお前の目を曇らせたのだ。エルが着ているのは、お前が欲しくて欲しくて堪らないものだ。自分の欲する物が、どんな物が調べなかったのか?」

「そっ、それじゃあ、これが赤竜の武道着なのですか?」

「そうだ。その事を闘いの前に看破できていれば、相手の実力をある程度推測できたはずだ。つまりお前は実力も不明な相手を格下と侮り、私の言葉に聞く耳を持たず、あまつさえ情報収集も怠ったのだ。負けるのも当然だろう?」


 震えながら答えたレナードに嘆息すると、アルドは彼の偏見と愚行を戒めた。

 レナードは師の言葉に愕然としながらも、自分の愚挙の数々を振り返り苦虫をつぶした様な顔で噛み締めた。

 ああそうか、自分が道化を演じる羽目になったのは師のせいではない、愚かで無思慮な自分の過去の行いのせいだったのだと、漸くにして気付いたのである。

 思えば師は最初から、エルを侮るなと何回も警告してくれていた。幼い外見や入門して間もない後輩という事で常識で推し量り、師の忠告を本気で取り合わなかったのだ。

 それにエルの武道着についても、少しでも気にしていれば、少なくとも自分が見たこともない素材を使用されている事は分かった筈だ。分かっていれば、試合当初から警戒を強め、もっとマシな闘いをする事だってできたのだ。

 身から出た錆とはまさにこの事であろう。

 また逆の見方をすれば、エルは手加減をしていたとはいえ、自分からすればほぼ同等の速度を持ち堅牢な守りと強烈な単打を持つ好敵手であったのだ。

 迷宮の魔物では早々お眼に掛かれない、速度も力も防御も同等かそれ以上の相手に対し自分がどう立ち回れるか、それがアルドが秘かに課した試練だったのだろう。もし真剣に取り組んでいたなら、弟弟子との闘いを通して得られるものも今より実りあるものだったに違いない。

 そんな師から与えられた貴重な機会を、自分の驕りから無為に帰したのだ。

 なんと不様、なんと愚かな事であろうか。

 レナードは地に手を付き深々と頭を垂れた。

 アルドは深く後悔している弟子の肩にそっと手を置き諭した。


「師よ、未熟な弟子で申し訳ありませんでした」

「レナード、改心したならば顔を上げなさい。お前はまだ若く才能も豊かだ。心を入れ替えたなら、必ず更なる高みに昇っていけるはずだ。この私が保証しよう!!」


 力強い師の言葉は青年の胸を打つ。あまり修練場にも顔を出さない不義理な弟子であったが、こんなにも自分の事を目に掛けてくれていたのかと目頭が熱くなった。

 やり直そう、今からでもまだ遅くないはずだと決意を新たに顔を上げると、師の穏やかな顔が間近にあった。無言のままの筈なのに、頑張れと応援してくれているように思えて、なんだかやる気が沸いてきた。


「アルド師範、今まで申し訳ありませんでした。心を入れ替えてやり直します」

「うむ、その意気や良し!!それでは稽古を始めよう」

「えっ!?今すぐですか?」

「そうだ。エルが貴重な技を披露してもらったお礼に、お前が5つ星になる協力をしたいそうだ。そうだな、エル?」

「はい、レナードさんにはお世話になりましたし、何か恩返しができないかと思いまして」

「そっ、そうか。それはありがたいが……」


 事態の展開の速さに付いていけず、レナードは乾いた笑みを浮かべ相槌を打つのが精一杯であった。

 そして疑問が生じる。自分の師はこんなに熱血漢であったであろうかと。

 以前のアルドは来る者も去る者も拒まずといった風で、あくまで武神流の教義

に則ってたいたが、弟子の育成にはそこまで注力していなかったはずだ。

 それが今はどうだ、改心したばかりの弟子を直ぐ様鍛えようと熱意と善意に溢れた笑顔を浮かべている。

 そうだ、きっとアルドも変わったのだ。弟子のエルの影響受けて心を、やる気に取り戻したに違いない。悔い改めたレナードには、そんな師の変化は好印象に映った。


「それで、どんな修行をするんです?」

「うむ。お前が気絶している間エルと話していたのだが、このエルが50階層の守護者赤竜レッドドラゴンに扮するので、お前はそれに対処するのだ」

赤竜レッドドラゴン!?エルが?」

「はい、アルド神官に言われて試してみてんですが、これが思いの外上手くいったんです。これなら十分真竜と闘う前準備になるだろうと、太鼓判を押してもらいましたので安心してください」

「そっ、そうか、それなら安心だな。そっ、それじゃあ、早速お願いしようかな」

「はい!!任せてください!!」

「うおっ!?」


 エルとアルドの強烈な好意と熱意に押されたじたじとなっているレナードを後目に、エルは早速修行の準備に入った。

 そう、自分の気によって赤竜レッドドラゴンに扮するのだ。

 エルは黒と白の入り混じった混沌の気を身に纏い硬質化させると、見る間に巨大な竜を模した姿に成長していった。

 造形としては練が甘い部分が多く細かい粗を探したらきりがないほどであったが、大まかな見た目でいえば赤竜といえなくはないだろう。

 こんな張りぼての様なもので本当に守護者との闘いの練習になるのだろうかと疑問に思っていると、エルが器用に竜を操作し近付いてくる。

 どうやらエルは竜の胸の中心部、ちょうど心臓の辺りに存在し気を自分の意志で動かす事でこの偽竜を操作しているようだ。竜の手足も気によって自在に動かせるようで、器用に翼をはためかせたり尻尾を左右に振って見せたりしてくれる。

 それに動きも軽快で鈍重な印象を受けない。考えてみれば、元来気は重さを有さない。外見こそ真竜の巨体を為しているが、気で構成されているので軽いに違いない。

 ただ、これほど大量の気を操作し実際の真竜に近い動きをするとなると気力の消耗は激しいと言わざるを得ない。エルの負担はかなりのものだろう。

 レナードは心配そうな顔をアルドに向けた。


「師範、対赤竜レッドドラゴン戦に向けた稽古を付けて貰えるのは嬉しいですが、エルの負担があまりにも大きいのではないですか?あれではすぐに動けなくなってしまうのでは?」

「問題ない。まだ操作に慣れていない部分もあるが、本人はこれも修行だと喜んでやっているぐらいだ」

「本当ですか?しかし、あれは気力の損耗が激し過ぎると思うのですが?」

「大丈夫だ。エルはまあ何というか、天に愛された存在の様なものだ。私達の常識は当てはまらないのだ。むしろ自分の心配をした方がいいぞ。これからお前が闘うのは赤竜レッドドラゴンとほど同等の強さの敵なのだからな」


 レナードの懸念を一蹴すると、アルドは逆に青年を心配そうに見つめてきた。

 その顔はこれから行われるであろう修行が過酷であり、レナードの身を心底案じていた。そこにはエルの心配など一切見受けられなかった。それほど自分が手塩にかけた新弟子への信頼は厚いという事なのだろう。

 レナードは居住まいを正すと自分に渇を入れた。

 まだ弟弟子を甘く見ているのかと、そして自分は改心したのではないかと自分を叱咤し心を奮い立たせた。

 師が守護者並みというならこちらこそ望む所だと、5つ星に向けた準備ができて願ったり叶ったりだと喜んだ。

 レナードの闘志を感じ取ったのか、偽竜の内部のエルが声を掛けてきた。


「準備は良さそうですね。まだ慣れてなくてまだ甘い部分はありますが、赤竜レッドドラゴンの攻撃は一通り再現できますので、安心してください」

「ああ、望む所だ!!」

「それじゃあ、行きますよー」


 間延びした声に反して、エルの初撃は酷烈としか表現できないほど激しいものであった。

 気によって造った偽竜の周囲に無数の気弾を瞬時に作り出すと、高速で無差別に打ち出してきたのだ。

 慌てて疾歩、足に気を纏って強化した移動術にて襲い来る気弾の群れを回避したが、地面に着弾すると内包していた気を開放し周囲に大音と破壊を齎した。

 地面を抉り何十もの気弾が炸裂し地形を変えていく様を横目で見ながら、何度も何度も息を継ぐ間もなく高速で飛来する気弾に神経をすり減らしながら大袈裟に飛び跳ねて躱す事を心掛ける。

 無造作に数十発の気弾を一度に作り出し発射してくるが、その一発一発の威力が凶悪そのものであった。下手したらレナードが時間を掛けて本気で作る気弾並の破壊力があるのだ。それをよくもまあ手軽に何十発も作り出し、景気良く発射してくれるものだ。

 青年は知らなかったがエルは神の御業の中でも特別で、武神流の歴史の中でも授かった者が少ない大気に溢れる力を取り込み心身を回復できる外気修練法を持っており、かつ動きながらでも行われる様に独自の改良を行っていたので、偽竜を気で作り出し竜魔法の物真似をしつつも、本物宛らの無尽蔵の如き赤竜レッドドラゴンの闘い方を模倣できたのである。

 この気弾の群れ一つだけでもエルと自分との実力の違いをまざまざと見せ付けられ、先程の試合でエルがかなり手加減していた事が嫌でも理解させられた。

 といっても余り余計な事を考えている余裕はない。間断無くレナード目掛けて迫る無数の気弾が休ませてくれないのだ。

 一発でも被弾したら動きを止められ、その後に連続して続く気弾を避けられなくなり致命傷となる恐れがある。

 しかも困った事に当初は直線的な動きしかなかったのが、今では大きく弧を描き曲がりながら飛ぶ気弾も追加されたようだ。

 避けるので手一杯で、エル扮する偽竜に近付く事すら叶わない。

 レナードにとって死の危険すら有る、地獄の特訓が幕を開けたのであった。


 エルにとっては肩慣らしの積り、逆にレナードにとっては大嵐の如き多大な破壊を引き起こした無数の気弾の連撃をやり過ごした後は、疲労困憊で息も絶え絶えといった風であった。

 荒い呼吸を繰り返しつつ、おそらくは50階層の守護者である真竜の強さを目の当たりした青年は顔を蒼褪めさせていた。彼我の実力差がこれほどあるとは予想だにしなかったのだ。これでは勝負にすらならない。

 仮に自分達のパーティが闘ったとしても、運が悪ければ先程の気弾の嵐によって後衛が行動不能にされた公算が高い。そうなればパーティは半壊し、そう間をおかず全滅しただろう。

 甘く見ていた積りはなかったが、上位冒険者への壁となる真竜の強さを見余っていたとしか言いようがない。この竜との闘いに敗れ道半ばにして散っていく冒険者達の話を伝聞としては聞いていたが、何故それほど敗れる冒険者が多いのかレナードはその身で体験する事で骨の髄まで理解させられたのであった。

 だがレナードの心情などお構いなしとばかりに、エルが演じる偽竜の攻撃は続く。本物の動作を真似ているのか雄叫びらしき大声を上げると、レナードを中心に広範囲の地面が輝き出したのである。

 ぞくりとする恐ろしいまでの悪寒に従い全力で逃走する事で間一髪免れたが、青年が走る抜けた刹那まるで火山が爆発したかの様に、地面から天に向かって気が高速で立ち昇ったのである。

 大方これまでの攻撃は赤竜レッドドラゴンの竜魔法を真似て、無数の火球や火柱を気によって再現したのであろうが、行き成りやられた方は堪ったものではない。あの気の爆発に巻き込まれたと思うとぞっとする。

 心胆寒からしめ恐怖からか思わず音を出して唾を飲み込んだ青年に対し、巨体の偽竜が突進を開始した。

 まだ慣れていないのか足運びはどこか作り物めいて不自然であるが、動きそのものは非常に速い。いや速過ぎると言っても過言ではない。

 もしかしたら自分よりも速いのではないかと冷や汗を掻きつつ、大跳躍を敢行し地に飛ぶ伏せる事で窮地を脱したと思ったら、意外なほど器用に偽竜は方向転換し執拗にレナードを攻めたてる。

 偽竜の大口が開き青年を噛み砕かんと唸りを上げて迫る。

 慌てて身を起こし本当にギリギリの所で難を逃れられたとほっとしたら、竜の顎門が地面に衝突した瞬間に破壊をまき散らし、強烈な振動によって棒立ちにさせられてしまったのだ。

 しまったと思考だけが空回りしもどかしい程体が動かないと焦る頃には時すでに遅し、斜め下から回転し高速で跳ね上げる様に振るわれた尾撃によって高々と打ち上げられたのである。


「かはっ!!」


 辛うじて両腕を交差させて防御したが、両方とも骨を砕かれた。胸骨もひびが入ったかもしれまない。

 思はず肺から呼気が漏れた様な声が出たが、長い時間宙を飛ばされている間にも各所から訪れる猛烈な痛みのおかげで、不幸中の幸いか意識を失わずにすんだ。

 痛む体を無理やり動かし不格好ながらもなんとか着地に成功すると、その時の衝撃で折れた部位から苦痛が伝わり、勝手に呻き声を上げた。

 そんな窮地に陥ってもまだ闘いは終わっていないと必死に目を開け、敵を探すと見当たらない。

 あの巨体が隠れる場所などありはしないのに。左右に首を振り修練場の隅々まで探しても偽竜が見当たらないのだ。

 生存本能が煩い程に警鐘を鳴らし生命の危機をひっきりなしに伝えてくるが、何処を探しても見つからないのだ。

 焦燥に包まれながらあちこち矢継ぎ早に目を向け敵を探している内に、青年は自分が大きな影(・・・・・・・・)に包まれている事に漸く気が付いた。

 そう影だ。

 今日は晴天で雲一つなかったはずなのに、太陽を覆い隠し自分の上で影を作っている存在がいるのだ。

 恐る恐る空に仰ぎ見ると大空に舞う巨竜の姿が目に飛び込んできた。


「はっ、ははは……」


 もはや乾いた笑いしか出てこない。

 偽竜が空を飛ぶ?どうやって?

 翼で?不可能だ!!

 レナードには理解も想像も及ばなかったが、強烈な気の噴射によって空を飛ぶ武神流の上位の技、飛天によってエルは偽竜の巨体もろとも大空に浮かび上がっていたのである。

 それだけではない。

 青年が気付かない内に、器用に偽竜の口腔部分に大量の気を溜めていたのだ。

 ここから行われる技は、真竜の、いや竜の代名詞でもある息吹ブレス、本来なら魔鉱製の鎧でさえ溶かし尽くす煉獄の炎である。

 今回は気による代替技であるが、エルが外気修練法によって周囲から無尽蔵に掻き集めた多量の気は、真竜の息吹ブレスにも劣らない。

 偽竜の口から気の息吹ブレスが放射状に放たれると、傷付いたレナードには回避する間もなく気に包まれ、激しい痛みに苛まれあっという間に気絶するのだった。

 こうしてレナードの仮想50階層の守護者の闘いの初戦は、完敗で幕を閉じるのであった。


 また余談であるが、妨害に上手く行き調子に乗って攻撃し続けたエルは後でアルドから叱責を受けた。最後溜めからの気の息吹ブレスはアルドが助けに入らなければ、レナードが重傷を負った可能性もあったからだ。

 まあ最上級の回復薬を飲めば、あるいは常駐している生命の女神(セフィ)の神官に回復魔法を施してもらえれば立ち所に完治するのだが、心に傷を負った可能性も否めない。

 そんな事になればレナードにとってもエルにとっても悪夢としか言いようがない。エルが対人選はあまりせず、手加減など考えずに魔物を倒す日々を送ってきたのが仇になった形であった。

 加減の加え方や他者との試合について、まだまだ学ばせる事は多いとアルドは盛大な溜息を付くのだった。

 また罰として、エルの苛烈な攻撃によって荒れ果てた修行場の整地も自分でやる事になった。

 少年は土木作業のやり方をしらなかったので、最初は業者を呼んで一緒にやったが、それ以降に修練場を荒らしたら自分で直すのが義務付けられたのである。

 エルとしたら土砂を運ぶ地均しするのは力仕事だし体を鍛える事にもなるので、修行の一環として受け入れるのであった。


 その後は心を入れ替えたレナードが度々修練場に顔を出し、共に切磋琢磨する機会も増えた。

 また50階層の守護者対策として、レナードのパーティとエルの偽竜が模擬戦をする事もあった。

 実戦さながらの偽竜との対戦のおかげもあって、十分に真竜の実力を理解し対策を講じたレナード達一向は、数カ月後の事であるか晴れて上位冒険者に昇格を果たしたのである。

 それに加えて、修練場でエル達の闘いを傍観していた他の冒険者や教官からも真竜対策ということで、模擬戦をお願いされる事があった。

 5つ星付近の冒険者ともなれば、長年の修行や魔物との闘いを通じて自分の得意不得意を熟知し、己に合った闘いをする者が多かった。

 様々な個性を持つ他の冒険者との模擬戦を通じて、エルは自分の個性を知り自分だけの、自分が思い描いた独自の闘い方を確立していくのだった。





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