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第7話

 昨日の激闘のおかげで、エルは珍しく寝坊してしまった。

 起き上がり軽く体を動かしてみるが、どこにも痛みはない。回復薬をたらふく飲んだおかげで傷一つ残っていないようだ。疲労も全く感じない。

 それどころか、強敵を倒しその肉を喰らったおかげで肉体が成長したように感じる。早く体を動かしたい気分だ。

 すぐにでも3階層への挑戦にしたい気になるが、いい機会なので防具を揃えようと思い止まる。今まで金銭的余裕がなく旅装束のまま迷宮にもぐっていたが、昨日の激戦で上着は破れてしまって使い物にならない。連日の迷宮探索で銀貨50枚以上あることだし、万全の準備を整えてから3階層に向かおうと心を決めた。


 酒場で遅めの朝食を食べると、協会の防具屋に向かう。工房区画に行くことも考えたが、行ったことがないのでどの店が良いかわからなかったのだ。それに、協会内に店を構える以上平均的な価格の筈だし、不良品は掴まされないだろうという思惑もあった。

 防具屋に到着すると、白髪の老人が出迎えてくれた。年のせいか、背が低く腰がやや曲がっている。低く嗄れた声でエルに話し掛けてきた。


「いらっしゃい。

 何かご入り用ですか?」


 防具について全く知識がなかったので、店主に選んでもらおうと事情を説明することにした。


「はい、3階層に挑もうと思うのですが何かいい防具はありませんか?

 私は格闘が主体ですので、動きやすいものがいいです。

 それと予算は銀貨50枚ほどです」

「はい、それならいいものがありますよ。

 少々お待ちください」


 老人は店の奥に行き、しばらくすると防具を持ってきた。


「雄渾の武道着にギューブの籠手、それと涅色の靴です。

 雄渾の武道着は、ブラックウィドウと呼ばれる大蜘蛛の糸に水精霊の祝福と呼ばれる濃紺の液体を染み込ませたものから作られており、伸縮性に富み衝撃に強い上に魔法に対する耐性を持ちます。

 ギューブの籠手は、その名の通りギューブという鰐の魔物の鱗から作られております。非常に硬く、生半可な剣や槍で攻撃しても武器の方が刃こぼれするほどの強度があるお奨めの逸品です。

 そして、涅色の靴は迷宮で取れるカラネ草という草の繊維から作られた、衝撃に強い靴です」 


 それぞれを手に取ってみる。今まで着ていた旅装束と比べるのはおこがましいほどの逸品だ。エルは一目で気に入ってしまった。早速購入しようと決め、店主に問いかける。


「これに決めようと思います。値段はいくらですか?」

「はい、雄渾の武道着は銀貨23枚、ギューブの籠手は銀貨15枚、涅色の靴は銀貨11枚になりますが、おまけして銀貨45枚で結構です」

「わかりました。その値段でお願いします」

「お買い上げありがとうございます。

 それでは寸法直しを致しますので、お客様の背丈を測らせて頂きます。

 明日にはお客様にお渡しできるように致します」

「わかりました。よろしくお願いします」


 料金を支払うと防具屋を去り、訓練所に向かった。

 このまま迷宮に赴くのは無謀であるし、体を動かしたくて仕方ないので訓練所で汗を流すことにしたのだ。

 明日こそは3階層に挑戦しようと誓い、エルは修行に勤しむのだった。


 翌日、早々に身支度を整え協会の防具屋に向かう。

 店主から防具を受け取り、早速身に付ける。濃紺の道着はエルの体より少し大き目に調整されており、かるく突きや蹴りを放っても全く動きを阻害しない。また、土を連想させる薄茶色の籠手は手の甲から肘までを覆う形状をしているが、大きさに反してほとんど重さを感じない。軽く強固な籠手が牙や斬撃から守ってくれることに期待を寄せる。そして、黒味がかかった褐色の靴は履き心地は良く、羽をまとった気分になる。大金を払った価値はあったとエルは会心の笑みを浮かべた。

 その後、道具屋で大量の回復薬を買い込み、目的の3階層目指して意気軒昂と迷宮に突入した。


 3階層が関門と呼ばれる所以は、出現する魔物にある。

 すなわち、犬鬼コボルト魔法使い(マジシャン)である。犬鬼コボルトは、人間と同じ2足歩行の魔物で長剣などの武器を扱う危険な魔物だ。そして魔法使い(マジシャン)は、その名の通り遠方から火の玉などの魔法で攻撃してくる。今までは近接攻撃のみだったのが、この階層から遠距離攻撃にも対処しなければならないのだ。ここを越えられねば下位冒険者を名乗れない。正念場である。

 

 慎重に迷宮を探索していると犬鬼コボルトに遭遇する。

 エルとそう変わらない位置に狗頭を有し、革鎧を着込んでいる。肩から先は毛むくじゃらの腕が露出し、手に赤銅色の長剣を持っている。長い口から時折犬歯を覗かせては、威嚇の声を上げている。

 武器を有しているので、間合いは犬鬼コボルトの方が広い。

 まずは防御に専念し、相手を観察することにした。

 犬鬼コボルトは長剣を大きく頭の上に振りかぶると真っ直ぐ振り下ろしてくる。

 エルは余裕をもって左に飛んで躱す。犬鬼コボルトは空振りした剣を水平に構え直し、エルの胸を切り裂こうと横薙ぎするように追撃を仕掛けてくる。

 今度は右腕を胸の前に掲げて籠手で防いでみる。硬いもの同士がぶつかり合う音が響く。犬鬼コボルトの力はそう強くない。こちらを突き飛ばそうと剣に力を込めてくるが、片手でも十分抑えられる。

 空いた左手で鎧のない顔面に上段突きを放ち、距離を取る。

 犬鬼コボルトは血を流し顔をゆがめると、怒り狂い滅茶苦茶に剣を振り回した。

 我を忘れた出鱈目な攻撃を避けるのは容易い。エルは左右に飛び退いて、追い縋る犬鬼コボルトをあしらった。

 この敵は強くはない。頭に血が昇り過ぎており、行動が読みやすい。様子見を止め、攻撃に転ずることにする。

 胴薙ぎにきた剣を犬鬼コボルトの頭付近まで垂直に飛び上がって躱すと、腰を捻った左の飛び回し蹴りから回転を生かした右の飛び後ろ回し蹴りを放つ。

 顔面に蹴りを受けた犬鬼コボルトは、首の骨が折れたのかそのまま崩れ落ちて動かない。やがて戦利品の魔石を残して地に消えていった。

 拍子抜けするほどあっさり倒せたが、まだ結論を出すには早いと気を張り直す。エルは、戦利品を拾うと新たな敵を求めて3階層をさすらった。


 何度か戦闘をこなすうちに魔法使い(マジシャン)に出会った。濃紫のローブを頭から纏っており容貌を窺うことはできないが、杖を持つためにローブから出た腕はミイラと見まごうほど痩せ細り、ローブの合間から不気味な赤い瞳を覗かせている。

 様子を見ていると理解できない言葉で呪文を唱え出す。やがて掲げた杖の先に拳大の火の玉ができ、エル目がけて打ち放たれる。

 速度は大分早いが、準備できていれば躱せないほどではない。エルは飛び退って火の玉を避けた。

 魔法使い(マジシャン)は再び呪文を唱えだす。今度は幾つもの小さな氷のかけらが杖の周りに浮かび上がる。多量の氷の礫がエルに襲い掛かる。

 攻撃範囲が広くて避けづらい。エルは慌てて横に大きく跳躍することで、からくも氷の魔法を回避した。

 

 そこからしばらく様子見に徹していたが、どうも火の玉と氷の礫の魔法しか攻撃手段はないらしい。しかも、一度魔法を唱えると、次に唱え終わるまで時間がかかるようだ。魔法の詠唱速度は早くない。5足程度の間合いなら呪文を唱え終わるまでに攻撃を加えられるだろう。

 後は魔法の攻撃力だが、集団戦でいきなり当てられて混乱しなくて済むように、避けずに防御を試みる。ちょうど敵も1体だけであり回復薬も潤沢にあるので、余裕のある状況のうちに体験することにしたのだ。

 火の玉が顔目掛けて飛んでくるので、両腕を上げ顔を隠すようにして籠手で受ける。火の玉が籠手に当たると破裂して炎が爆発的に広がった。強烈な熱気がエルを包み髪が焼け焦げる。思わず目を閉じてしまったが、直ぐに熱気は治まったのでゆっくり目を開ける。防御した両腕はまだ熱く、小さな水疱ができ軽い火傷を負ったようである。だが、籠手や道着は燃えておらず表面が煤汚れた程度のようだ。魔法の耐性があると店主は言っていた通り、非常に丈夫なようだ。

 次は氷の魔法を受けてみる。幾多の礫が腰から頭までの広範囲に渡って飛んでくるので、先ほどと同様に顔だけ籠手で防御する。氷の礫が胸や腹に突き刺さるも、道着を貫通することはできず床に落ちる。小さなあざが複数できるが、動きに支障をきたすほどでもない。魔法使い(マジシャン)の魔法は、顔や頭などの防具に覆われていない部分だけは避ける必要があると断ずる。

 エルはじぐざぐに動いて火の玉を回避すると、一気に間合いを詰め飛び蹴りを放った。枯れ木のような腕から想像できるように魔法使い(マジシャン)の体力は低いようで、一撃の元に絶命して崩れ去った。

 その後も魔物と遭遇し戦闘を続けるが、軽い負傷程度で勝利を得られた。

 死闘を経験し防具を整えることで、エルは3階層でも十分通用するまでに成長したのだ。

 歩き回っていると階段を見つけたので、エルは一気に4階層に降りることにした。

 4階層の魔物は犬鬼コボルト魔法使い(マジシャン)に加えて、大蜘蛛スパイダーが増えるだけだからだ。

 3階層が下位冒険者になれるかどうかの関門と言われる理由はここにもある。4階層と5階層は、3階層の魔物に新たな魔物が加わるだけだからだ。犬鬼コボルト魔法使い(マジシャン)という低階層の強敵に対処できなければ、4階層以降は攻略できないというわけである。

 

 4階層を進んでいると、大蜘蛛スパイダーに遭遇した。大蜘蛛スパイダーはエルの半身ほどの大きさで、口に毒腺を持ち胴体に黒く禍々しい歩脚を有する魔物だ。口に生えた鋏角の突き刺しによる毒攻撃とお尻からの糸攻撃は危険だが、攻撃の間合いはこちらの方が広い上、表面は体毛で覆われているだけなので柔らかい。

 攻撃手段を確認し終えてから前蹴りを頭に叩き込むだけで事切れた。

 厄介な攻撃だけは気を付けようと胸に刻み、4階層の探索を続けるのだった。


 何度か複数の魔物との集団戦も経験した。

 初めは苦戦したが、魔物の中で最も耐久力の高い犬鬼コボルトを後回しにして、魔法使い(マジシャン)大蜘蛛スパイダーを先に倒すことで勝利を得た。

 また、逆に犬鬼コボルトが立ち塞がった場合は、魔物が一直線上に並ぶように立ち回り、できるだけ遠距離攻撃を受けないように工夫するようにした。そのおかげで負傷はするが、命の危険を感ずることなく魔物を倒すことができた。

 その日は戦利品でバッグが満杯になるまで闘い、確実な手ごたえを感じながら帰還するのだった。


 それから数日は4階層での戦闘を繰り返し、自身の強化に邁進した。

 5階層を攻略するための実力を付けるためである。

 そして、迷宮都市アドリウムに訪れてからちょうど20日目の朝、エルは5階層に挑戦する意思を固めるのだった。 

  

 

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