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第72話

 回復効果のある寝台や家具等を整えてもらったエルはシェーバ達に感謝し、彼らの好意に報いるためにも更なる精進を誓うのだった。

 陽が東の空に顔を出し始めた早朝から起きだすと修練場に向かい、日が暮れてもなお修行に励んだ。先日アルドに見せてもらった新技は上位冒険者に相応しい高難度の技である事、それに加えて今まで身に付けてきた技とは毛色が違うという事もあって、才能豊かなエルをもってしても修めるのは容易ではなかった。

 だから朝から晩まで修練場に居座り、只管修行を繰り返したのだ。

 ただし実戦の感覚を忘れるわけにもいかないので、偶に迷宮に潜り拳を錆び付かせないように気を付けたが、それでも大分頻度が下がった。極稀にリリと気晴らしに出掛けるか、あるいはライネルやカイ、そしてアリーシャ達といった気心知れた仲間達と迷宮に赴く以外、ほとんどの時間を修練場での修行にあてると、少年は新技の修得と己の理想の闘い方の一端を実現させるため、研鑽に研鑽を重ねたのである。

 そうして修練場の主のように居座り続けていると、今までにない出会いもあった。数少ない格闘術の修行者達と交流する機会を得られたのだ。

 今までエルが修行以外にも迷宮での魔物との闘いにも時間を割いてきたので、運悪く出会えていなかったという事もあるが、他の格闘技者達はそもそも修練場にあまり訪れなかったのだ。

 おそらく少年の様に武術に狂っているっといっていい程の熱意もなく、冒険者としてのランクも低い者が大半だったので、日々の生活の糧を稼ぐために迷宮探索で忙しいという事情もあったのである。

 ただ、中には長年武神流の格闘術を修行し続け、独自の戦闘法を確立した者もいた。エルも彼との出会いを通して多いに考えさせられ、理想を、自分の道を踏み出す一助となったのである。

 それはこんな出会いであった。


「相変わらずここは何時来ても寂れているねー」


 エルとアルドが昼食を食べ終わり、午後もまた修行に励もうと修練場の隅、武神流シルバの格闘術の割り当てられた場所で体をほぐし始めた所に、侮蔑や挑発にも取られ兼ねない言葉を軽い口調で掛けてきた者がいた。

 振り返ると、そこには青髪の長髪を後ろに一纏めに括った軽薄そうな笑みを浮かべた男が立っていた。黒と灰色の入り混じった斑模様の武道着と思しきものに身を包み、一切寸鉄は帯びていない。長身でやや細身に見えなくはないが、その実肉体はよく絞り込まれ、拳は多くの実戦を潜り抜けてきたであろう事を一目でわかるほどに使い込まれていた。

 格闘術の修行者とみて間違いないだろう。


「レナードではないか。息災であったか?」

「アルド師範、ご無沙汰しております」


 レナードと呼ばれた男は笑みを引っ込めると真面目な顔になり、アルドに深々と礼をした。先ほどはどこか軽い印象を受けだが、真剣な表情をみれば頼もしき戦士に見えなくもない。歳は20を少し過ぎたぐらいであろうか、エルともそう

離れているわけではないだろう。


「お前が最後にここに来たのは確か……3ヶ月だったか。どうだ?何か進捗はあったのか?」

「ええ、ようやく50階層に挑む準備ができたので、その報告をと思いましてね。冒険者になってから6年。ようやく上位冒険者に昇格できそうですよ」

「そうか。レナードもいよいよ上位への階段を昇るというわけだな」


 アルドが顔を綻ばせると、レナードもにやりと笑いながら頷いた。ただ、その笑み自体がこの青年の癖なのだろうが、少し斜に構えた様な感を受ける。見る人によっては不快な思いを抱きかねない顔であった。

 ただ、アルドとの会話でわかったこともある。この青年はアルドに師事し長らく武神流格闘術を学んできたエルの先達にあたる人物だ。

 それも、もうすぐ50階層を攻略し上位冒険者になろうとしている優秀な人物である。協会では1年で迷宮を10階層攻略するのを目標として広く流布しているが、それはあくまで武器術を行う一般的な冒険者に適応される話だ。

 初期的に躓き易いというデメリットを抱えた格闘術で、6年で上位冒険者に昇格できる可能性があるというなら十分優秀な部類に入る。

 それに才能が無かったり、一瞬の油断や不運によって命を落とす危険があるので、上位冒険者になれる者はそこまで多くない。

 その事から考えても、このレナードは優れた人物であるのは間違いない。

 

「それで、そこの坊は誰かな?」

「あっ、すいません。はじめまして、僕はエルといいます。今年の春に迷宮都市アドリウムに来て、それからアルド神官に格闘術を教えてもらっています」

「ふーん、新人さんだねー。しかし、よくこんな不人気な所に来たな。今ならまだ間に合うから、武器術に変えた方が坊やのためになるんじゃないかな?俺みたく手遅れになる前にね」


 忠告のつもりなのだろうがシニカルな笑みを湛え、当て付け染みた言葉の端々に棘が含まれている。エルにしたらどう返すべきかわからず、答えあぐねてしまった。

 そんな所にアルドが割って入ってきた。


「レナード、いつも言ってるだろう。格闘術は他の武器術に劣らない優れた武術なのだと。エルもレナードの言葉を真に受けるな。こいつは皮肉屋で天邪鬼な所があるからな」

「はいはい、すいませんでしたね」

「それで、今日はどうするつもりだ?ここで修行していくか?」

「いえ、とりあえず挨拶だけしにきたんですよ。5つ星になれば新技を教えてもらえるんですよね?修行はその時にでもお願いしますよ」

「そうか……。それなら帰る前に一度エルと組手をしていってくれないか?お前のあれ(・・・)を見せてやってくれ」

「この坊やとですか?入門してから半年程度のやつじゃ、俺の相手になるはずないじゃないですか?どういうつもりです?」


 話の展開についていけず目を白黒させて右往左往するエルを後目に、レナードが胡乱気な瞳でアルドをねめつけた。

 4つ星の自分とこんな新人を組手させようなんて侮辱しているのかと、言葉にこそ出していないが話さずともその表情や態度が雄弁に物語っていた。

 だが、アルドはレナードの刺すような視線を意にも介さない。


「騙されたと思ってやってみなさい。この組手はエルのためでもあるが、お前のためでもあるのだ。必ず得られるものがあるはずだ」

「この坊やが俺のためになる?とてもそうは思えませんが……。それに、奥の手を出す必要もないでしょう。やる前から勝負は見えてますよ」

「エルを侮るな。見た目こそ幼いがエルは格闘術の、いや武神流の期待の新人なのだ。レナード、お前でも侮れば足元を掬われるぞ」

「へえ、師範がそこまで言うとは珍しいですね。わかりました、稽古を付けてやりますよ。ただし、一瞬で終わっても文句は言わないでくださいよ」

「ああそれで構わん。それと、先程も言ったがお前こそ油断するなよ。後輩に無様な姿を晒す事になるからな。エルもそれでいいな?」

「はっ、格の違いを思い知らせてやりますよ」

「えっ、えっと、その、よろしくお願いします」


 アルドに乗せられすっかりやる気満々のレナードに、エルは困惑気味に頭を下げた。何だかわからないうちにアルドの思惑に沿って進み、レナードと闘うことになってしまったのだ。


「よし、それじゃあ2人とも冒険者カードを出しなさい。黒箱ブラックボックスに仕舞うから」

「はいはい、どうぞ」

「あっ、ちょっと待ってください」


 レナードは既に準備ができていたのかすぐにアルドの所にいくと自分の冒険者カードを渡した

 一方のエルはというと、アルドに言われてから動いたのでもたついていた。

 アルドの所に行ったのはレナードがすでに離れ、適当な位置に陣取った後の事であった。

 この黒箱ブラックボックスは冒険者同士で争うとカードが変色し闘った記録を残すのを停止させる魔道具である。模擬戦などでいちいち記録され、事情聴取されたらたまったものではないからだ。

 あたふたと冒険者カードを渡したエルにアルドがそっと耳打ちをした。


「エル、私がいいと言うまで本気を出すな。自力では既にお前の方が勝っているのだから」

「はっ、はい」

「ただし、レナードはエルの先を行く者でもある。しっかり観察して彼の技を学びなさい。自分に即した独自の戦闘法を知る良い機会になるだろう」

「はい!!」


 師の言葉を聞いて、ようやくエルの心に闘志が宿り始めた。

 当初は面食らったが、考えてみればレナードは6年もの期間を武神流格闘術に費やしてきた人物なのだ。エルの知らない技術や実戦で培った知恵や技があるにちがいない。それに、先ほどアルドとの会話で奥の手とも言っていたので、彼自身が編み出した何がしかの固有の技を持っているに違いない。

 それを闘いの中で見せてもらえると思うと、途端に心がうきうきし出し昂ぶってきた。

 振り返るとレナードはすでに離れた場所に立っていて、やる気も十分のようだ。エルもアルドに頷いてみせると青年と数歩の距離の所に急いで駆け寄ると一度頭を下げ、何時もの左半身の構えになった。

 しかし、一方のレナードはというと構えを取らず直立しているままだ。エルに等負けるはずもないという驕りや自尊心の表れなのか、はたまたこれが彼の普段の闘い方なのかはわからなかった。

 ただし、見下す様な視線や皮肉気に吊り上った口角からは、驕慢の可能性の方が高いように思われたが……。

 エルの準備が整ったのを見て取ると、青年は高らかに開始の合図を告げた。


「それじゃあ坊や、稽古をつけてやる!!実力差があり過ぎても泣くなよ?」

「はい、よろしくおねがいします!!」

 

 エルが言葉を返すや否や、レナードは全身のばねを活かし狼が疾駆するが如く一気に駆け二人の間にあった距離を一瞬で無にした。

 速い!!

 青年は気を纏った風でもないというのに実に俊敏な身の熟しである。細見と見紛う程に良く絞り込まれた肉体から想像できた通り、素早さに特化した闘いをするようだ。

 エルが感心するのも束の間、レナードは駆け寄った速度を攻撃に転化し握り込んだ左拳の突きを放ってきた。

 速度の十分に乗った疾風の拳を顔を横にずらして躱すと、続け様に返しの右拳が飛んでくる。こちらも横に体を動かして回避したと思ったら、右拳が止まらず突きから裏拳に変化してエルを追撃する。

 なんとか上体を反らして拳を回避すると、今度は胴体に左足の中段回し蹴りだ。先程アルドに宣言した通り、一瞬で終わらせる積りなのだろう。まだ気は籠めてはいないが、容赦のない連撃で少年を攻め立てる。

 だが、エルは伊達に上位冒険者になっているではない。

 幾多の死闘を潜り抜けて鍛え練り上げた、肉体と技は飾りではないのだ。

 上半身を大きく後ろに反らしたままだというのに、強靭な足腰の力によって高速で後ろに飛び退くことでレナードの蹴りを余裕で回避してみせたのである。

 そんな少年の姿にある程度認識を改めたのか、皮肉めいた笑みを濃くすると青年は深い海を連想する深蒼の気で全身を包んだ。

 ここからが本番ということだろう。

 エルも相手に合わせ黒と白の混在する気を出現させる。

 珍しい気の色にレナードも驚きで目を見張ったが、それも僅かな間の事ですぐに気を取り直すと突っ込んできた。

 気の力によって速度も威力も向上した連突きからの上段回し蹴り、そして飛び込み様の後ろ回し蹴りである。

 レナードは速度を身上としているようで、エルでも時折ひやりとする程の攻撃もあったが、それでも見に徹すればまだまだ余裕があった。どれも掠りもせずに躱しきったのである。

 そんな少年が気に入らないのか、レナードも段々と舐め切った様子が鳴りを潜め真剣な表情になっていき、攻撃も苛烈さを増していった。

 上中下に拳や蹴りを散らし回避を難しくしてエルに受けさせる。

 そこから半歩間合いを詰め、首を刈り取る様に横から肘を打ち付ける。

 瞬時に頭を下げる事で辛うじて避けたと思ったら、今度は下から膝が跳ね上がってきた。しかも気の強化のおまけ付きである。

 顔面を下方から打ち抜こうという高速の膝に対し、少年は顔の前に手を差し込みなんとか直撃をさけた。

 ただし気の力も加わっていたので衝撃もかなりのもので、飛ばされこそしなかったが上体を起こされてしまう。

 そこに追撃の右拳の上段突きが唸りを上げて迫る。

 レナードとしてこれで止めの心算だったのだろうが、それは少年をまだどこか甘く見ている事に他ならなかった。

 避け辛い中段ないし下段だったなら防御せずにはいられなかったが、不用意な顔狙いの攻撃をエルは首を傾ける事で器用に回避した。

 しかもそれだけでは終わらない。

 回避様エルは腰を強烈に捻り、右の中段回し蹴りを放ったのである。

 受け側のレナードはというと左肘で撃ち落とす積りのようで、上からエルの脛目掛けて肘を落としてくる。

 肘は人体でも最も強固な部分であり、そんな部分で迎撃されればただでは済まない。下手すれば骨を折られる事だって有り得る。実に有効な反撃ともいえた。

 ただ、それはあくまで同等か自分以下の実力を持つ者に対してならばだ。

 冒険者は魔素を得、心身を成長させる事で容易く人類の限界を突破する。

 更には気の運用次第、使用者次第で何倍にも強化されるのだ。

 レナードの予想では左肘によって撃ち落とされ、少年の苦しむ姿が見られるはずだった。格下と思しき少年の攻撃など歯牙にも掛けていなかったのだから、当然といえば当然の予想であった。

 しかし現実は真逆である。

 少年の回し蹴りを撃墜する所か逆に押し切られ、胴体を側面から蹴られ吹っ飛ばされたのである。

 それはもう凄い勢いで宙を舞った。

 エルは外見では予想すらできない剛力をもって、竜や山ほどある巨人や巨獣でさえその身一つで屠るのだ。手加減していたとはいえその威力は凄まじく、何十歩の距離をいとも容易く跳ね飛ばしたのである。

 レナードはなんとか着地を決められたようだが、苦しそうに咳き込んでいる。

 そしてどこか人外の化物にでも遭遇したかの様な驚愕に顔色を変えた。


「ごほっ、ごほっ。お前、何だその威力は?ただの回し蹴りなのにおかしいだろう!?」

「えーと、そう言われても……」

 

 苦しそうに喘ぐ様に叫ぶ青年に対し、エルは答えあぐね困った様な顔になった。まだ全力を出していないが、スピードに重きを置いていると目されるレナード相手では、単純に力も気の練りもエルの方が大分上だったという話なのだ。

 そのまま答えたら彼のプライドを傷付ける事にもなり兼ねないのでどうしたものかと苦慮していると、そんな二人に横から観戦していたアルドが発破を掛けてきた。


「レナード、だからエルを甘く見るなと言っただろう。このままだとお前の負けになるが、いいのか?」

「冗談じゃない!!はあっ、しょうがねえ。おい坊主!!いや、エル。光栄に思え、お前を認めてやる」

「あっ、ありがとうございます」


 怒りを顕に怒鳴りつける様に発した青年の言葉に、エルは頭を下げ感謝の言葉を返した。

 レナードは大きく呼吸を繰り返し息を整えると一度目を閉じる。

 そして目を開けると表情は一変した。斜に構えた様な笑みが消え、口をきつく結び眼光も鋭い。エルを自分が倒すべき相手と見定めた真剣そのものの姿だ。

 そこには、幾多の魔物と闘い渡り歩いた歴戦の戦士の姿があったのだ。

 もはや少年を甘く見る気持ちなど欠片も無い。

 猛禽の如き視線に更なる闘いを予期し、エルは興奮して笑みを深めた。

 そんな少年の姿を見てもレナードは動揺した様子もなく、全力で相手を仕留めるべく気を練っていた。

 そして宣言する。


「ここからは全力だ!!俺の奥の手を見せてやる!!」

「お願いします!!」


 深蒼の気が全身から大量に現れると、レナードの全身で昂ぶった。

 気の量が今までの比ではない。これが彼の全力ということなのだろう。

 一体どんな闘いを見せてくれるのかと、少年は期待に胸を高鳴らせ心が躍る。

 早く早くと心が沸き立って仕方ない。

 そんなエルに向かってレナードは残像すら残して疾風の猛攻を仕掛けてきた。

 速射の如き恐るべき速さの顔面狙いの連突きである。

 本気になったレナードは本当に速い。冒険者ランクでは上のエルをもってしても瞠目する程のレベルで、気を抜くと見失いそうである。

 ただ直線的な突きなら慣れたもので、体捌きだけでなく上半身や首の振りだけでも高速戦闘を得手とするエルならば躱しきるのには問題ない。

 問題ないはずだった。

 幾つもの突きを回避したと思った瞬間、唐突に顔の側面に衝撃を受けたのだ。

 気を纏ったエルにしたらそこまでの威力ではなかったので血を流す事もなかったが、真面に攻撃を貰ったという驚きの方が強かった。

 戸惑いエルを一顧だにせずレナードの猛攻は続き、またも顔面を狙って突きを繰り出してきた。

 今度こそは完全に避け切って見せると意気込むと、紙一重ではなく体を素早く半歩ずらした。

 だが、信じられない事にまた側面に衝撃を受けた。

 エルが目測を誤るという失態を犯すはずがない。どのような技を使ったのか皆目見当もつかないが、躱し切ったはずの拳がエルを追尾したのだ。

 しかしレナードは確かに真直ぐ突きを放っており、拳を突き出した後の腕もきちんと一直線上に伸びていた。

 それならば、横に移動したエルに当たる道理はないはずだ。

 だが現実には、微傷とはいえ顔に攻撃をもらっている。

 真直ぐ放った突きが曲がり追尾する、そんな不条理な現象が起きているのだ。

 これがレナードの独自の技ということだろうか。

 自分の知らない技を持っているのは、まず間違いないだろう。

 ああ、たまらない。

 エルの中の戦闘狂の血が疼き、顔の笑みが攻撃的なものに変わる。

 餓狼の如き笑みだ。

 そんな闘争心剥き出しの少年に対しても、鷹の如き尖鋭な眼光を光らせたレナードは追撃を仕掛け、畳み掛ける様に打ち続ける。

 見せの前蹴りで距離を詰め先程の同じ顔狙いの連突きを仕掛けてくる。

 今度は躱すではなく手で横に反らし捌いてみる。

 ただの直突きと変わりない。問題なく横に払う事ができた。

 今度は試みに捌きいなす内の一発を敢えて避けてみた。

 きた!!

 顔の横通り過ぎるはずの突きが、直前になって軌道が変化したのだ。

 一度二度は訳も分からずもらったが、くると分かっていればどうということはない。

 更にもう一歩横に移動することで今度は完全に回避しきったのだ。

 しかし、突きを放ったレナードの腕はやはり真直ぐに伸びている。

 ただし青年の立ち位置を見ると、元の突きを放った位置から何故かエルを追う様に移動していたのだ。

 ではこの不可思議な現象の謎は何か?

 答えは気による移動である。レナードは滑歩と疾歩を組み合わせた高等移動術で攻撃時に移動し、真直ぐな突きがあたかも曲がった様に動かしたのである。

 突きの最中に避けた敵を追うように瞬時に移動するのは、並大抵の修練では不可能だろう。

 ただ種が割れてしまえば、避け難くとも意識していれば受けるのは問題ないだろう。

 今度はこちらの番だとばかりに、エルが攻勢に回る。

 しかし、今度もまた不可解な事態に頭を悩まされる羽目になった。

 届かない。どんな攻撃をしてもレナードに届かないのだ。

 エルお得意の中段突きも、前蹴りや避けがたい中段の回し蹴りでさえも届かないのだ。

 密着する程の間合いから突きを放っても、いつの間にか移動しており攻撃が空しく虚空を切り裂くだけの結果になったのである。

 エルが困惑したのには訳があった。

 実際にはレナードは攻撃する素振りを見せ地を蹴りエルに向かってきた筈なのに、何故かエルが突きを放った時には後ろに下がっていたりしたのだ。

 またある時は左横に飛び退いたのに何故か右に移動していたり、斜め右に移動したと思ったら元の位置に戻っていたりと、とにかく体の動きと移動場所が一致しないのだ。

 いや、体の動きそのものがまやかしといっていい。

 おそらくは気の移動こそが本命で、体の動きが虚なのだろうが慣れ親しんだ動きに騙され翻弄され、予測もつかない場所に移動するレナードを捉えきれないのだ。

 極め付けは攻撃への応用である。

 右の上段回し蹴りを放ち様に気の移動でエルの右側面に移動しつつ高速で逆回転を掛け、エルの後頭部を狙う後ろ回し蹴りに早変わりしていたのだ!!

 これにはさしものエルといえでも初見では躱し切れなかった。

 後頭部への直撃は辛うじて免れたものの、側面に気の籠った踵を貰い吹き飛ばされてしまったのである。

 飛ばされても意識ははっきりしており華麗に着地したものの、皮膚が裂け血が流れ出しずきずきと痛みを訴え出した。


「見たか!!これが俺の奥の手、幻影闘舞だ!!」


 勝ち誇った様にレナードが吼える。

 なるほど、面白い技だ。体の動きそのものが自体が幻であり、予測して追ってもまるで影を追うが如しで捉えられないのだ。

 そして攻防一体の優秀な技でもある。突き等の攻撃の軌道を変化させたり回転させる事ができるのだ。予測もつかない攻撃に受けもままならなくなり、最後にはもらってしまうというわけだ。

 加えて派手に見える動きがまるで舞っている用に見える様から闘舞と名付けたのだろう。この奥義そのものの意味を的確に表した名だといえる。

 レナードのこの奥義を破るためにはどうすべきか?

 全力が出せるなら、相手の動きを圧倒的に上回る超高速移動で捕捉するという手はある。

 だが力を抑えている現時点では、上位冒険者の技である風迅を出すのはまずい。アルドが力を抑えろと言ったのは、この幻影闘舞をしっかり観察するという意味もあるが、全力なら力付くで勝負があっさり付いてしまうという意味もある。それに加えて、他にもまだ何か意味があるはずだ。エルの成長を助長するような何かがだ。

 例えば自分より速い、あるいは攻撃を容易には当てられない敵と遭遇した場合を想定した試練とも考えられる。

 能力が制限された状況下で、知恵を巡らしどう闘うべきか試されているのだ。

 今後エルの実力より上の凶悪な敵と遭遇しないとは言い切れない。

 おそらくアルドはそういった事態を見越して、レナードとの闘いをそんな未来への糧とすべく制限を課してくれたのだ。

 ならば師の思いに応えなくてはならない。

 いや、必ず応えなくてはならないのだ!!

 今はまだ対処法は分からないがきっと答えがあるはずだと結論付けると、エルは益々闘志を燃え上がらせた。

 そんな諦めるどころかやる気を漲らせる少年の姿に、警戒を強め猛禽の如き眼差しで睥睨すると、レナードは深蒼の気を纏い強襲するのだった。




 




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