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第69話

 瞳を輝かせ息せき切って転移の魔法陣によってエルが降り立ったのは、神々の迷宮の51階であった。初めて訪れる上位の階層である。

 作りとしては1階層とほぼ同じで、ごつごつとした茶褐色の土壁に囲まれた洞窟の様な迷宮である。初心忘れるべからずと迷宮を造った神々が訓告してくれているのかもしれないと、エルは好意的に解釈し気を引き締め直した。

 ただし1階層に似ているといっても、高さや広さは段違いだ。大型、ないしは超大型の魔物が複数体同時に暴れても問題ないだけのスペースが設けられている。加えて、部屋自体の奥行きなどもかなりのもので、1階層とは比較ににならない程広大だ。

 一度に大量の魔物に襲われでもしたら大変な事になるだろう。

 だがエルとしたら望む所である。魔物の波状攻撃をどうやって捌ききるか、考えただけでも心が躍る。魔物と遭遇するのが今から楽しみで仕方ない。

 どんな敵とでも初見で渡り合える力を身に付けるため、あえて敵の情報が掲載されている、協会の収入源でもある情報誌には目を通していない。

 エルの心に呼応するかの様に、未知なる敵と闘いたいと体が疼き訴えてくる。

 新たな敵との遭遇が待ち遠しいと、早く会いたくて仕方ないんだと、興奮気味に顔を上気させると、少年は足早に迷宮の探索を開始するのだった。


 そんなエルの願いが通じたのか、大部屋や各部屋を繋ぐ通路等を適当に歩いていると直ぐに魔物と出くわした。

 人間より2回りくらい大きな虫型の魔物、毒蟷螂ポイズンマンティスだ。体全体が赤紫に染まっており、見るからに毒々しい。

 しかも初遭遇に関わらず、3体の魔物が同じ個所にまとまっているようだ。いきなりの複数体戦である。

 エルの姿を目敏く発見すると、一斉に少年の頭より大きな目を動かし黒い瞳孔で睨み付けてくる。少年の知識にはなかったが、蟷螂は複眼であり黒い瞳の様なものは、ただの見せかけの偽瞳孔である。あくまで蟷螂特有の複眼の構造によって、人間と同様の瞳があるように見えるだけなのだ。

 この偽瞳孔が動いている様に感じるのは、見る側の者が移動する事によって蟷螂の視点も動いていると錯覚するせいだ。

 実際には、蟷螂は複眼を駆使し敵の動きを迅速かつ正確に察知すると、自慢の鎌や鋭い牙で獲物を捕らえ生きたまま貪るのだ。

 それに加えて、この魔物は毒も備えている。しかも厄介な事に、この魔物は複数で連携し冒険者に襲い掛かる習性を持っていたのだ。

 そんな情報は露とも知らなかったが、エルは早くも新たな敵との闘いに心躍らせており、闘志を剥き出しにした野獣の様な顔に変貌を遂げていた。


「さあ、僕に上位の魔物の強さを見せてくれ!!」


 言葉を理解できないだろうとは想像していたが、こちらの闘志や敵意ぐらいは伝わるだろうとあえて大声を上げ魔物達を挑発したのだ。

 そんな少年の行動に対し、魔物は機敏に反応すると3体同時に襲い掛かってきた。

 4本の後ろ足を器用に動かし、エルという小さな獲物目掛けて真っ直ぐに駆けてくる。速度もかなりのもので、しかも真ん中の1体を先頭にほぼ後ろに2体の毒蟷螂ポイズンマンティスが併走している形だ。おそらく連携してエルを倒す心算なのだろう。

 少年が敵の動きの意味を考察するのも束の間、高速で距離を詰めた魔物は自慢の鎌、鮫の歯を連想させる様な無数の毒々しいぎざぎざの刃の付いた脛節を振るった。

 この無数の刃の付いた鎌に斬り刻まれれれば止血もままならず、傷口もずたずたにされ酷く痛むに違いない。

 ただし、真面に当たればの話しだ。 

 待っていましたとばかりに待ち構えていた準備万端の少年にとっては、不意を突いたわけでもないし、鞭をしならせる様に振るわれた高速の斬撃も十分対処できる範囲であったのだ。

 右、左と小刻みに左右に飛び跳ねながら、上からの振り下ろし気味の鎌の連撃をあっさりと回避する。

 さあ次は何を見せてくれると期待していると、真ん中の魔物が引き付けている間に回り込んだ2体が、エルの両側面から攻撃を仕掛けてきたのだ。もちろん、真正面から相対している毒蟷螂ポイズンマンティスも手を止めたりはしない。

 まさに三位一体の同時攻撃であった。

 力強く振るわれた毒鎌が一斉にエルを襲った。

 素晴らしいまでの息の合った連携である。知能が低い虫型の魔物のはずなのに、実に高度な連携を取ってくれる。

 空に別々に描かれた大鎌の軌跡は3つ。エルの手は2つしかない。

 ほぼ同時に迫り来る斬撃に対処するのは困難かに思われた。

 魔物とエルとのスピードに差が無かったとしたらだが……。

 まるで別々の生き物の様に振るわれた2つの腕。黒と白の混ざり合った混沌の様相を醸し出す気に包まれた両拳は、魔物達が振るった大鎌を圧倒的な速度で追い越すと、利き腕の右拳で2つの鎌を残りの1つを左拳で撃墜した。

 加えて撃墜するだけに留まらず、エルの剛拳は蟷螂の体ごと浮かび上がらせ吹き飛ばしてしまったのだ。

 このまだ幼い童顔の少年は超人と呼ぶに相応しい程、リリやシェーバ等の一般市民とはかけ離れた超常の力を有するに至っていたのだ。それもある意味当然だろう。エルはその身1つで、伝説に名を残す様な凶悪無比な魔神や真なる竜を打ち倒そうというのだ。必然的に人間の域を脱し、人外の魔物達の領域に踏み込み、それを越えなければならないのだ。殴殺した魔物から魔素を吸収し、只管鍛え続けている肉体は上位冒険者と名乗るのに相応しい武力を備えていた。いや、餓竜スタービングドラゴン等の数々の強敵との死闘を得た成長した少年は、5つ星ではおさまり切らない程の力を有していたのだ。

 目の前の毒蟷螂ポイズンマンティスも、称賛に値する程の素晴らしい連携を見せてくれた。

 だが、足りない。

 力が、速さが、何もかもがエルを相手にするには足りていない。

 そして何より、気を用いない純粋な肉体の力だけに頼った動きでは、気を併用する事で元の力を何倍何十倍にも向上させる、武神流の武技の足元にも及ばないのは道理であった。

 懲りずに襲い掛かろうと動き出した蟷螂達に対し、魔物達では目で追う事すら叶わぬ気を用いた高速移動から連続攻撃を見舞い、瞬きする間に後方に駆け抜けた。

 拳に気を纏わせた武神流の基本技である武人拳、それもエルが最も長く修練し信頼を寄せる中段突きを夫々の魔物に1発ずつ放ち走り抜けたのだ。

 見掛けに反して柔らかい、蟷螂のお腹のちょうど中心辺りに放たれた極悪な拳を、魔物達は防ぐ手段も力も持ち合わせてなどいなかった。

 ただ真面に拳を食らった後、その身を四散させ迷宮の露と消えたのである。その死体も一瞬後には消え失せる。まるで元から何もなかったかのように……。

 駆け抜けた後直ちに振り返ると少年は油断なく魔物達を観察し続けたが、あっさり魔素になり迷宮に還っていく姿を見て拍子抜けし、構えを解くと肩を竦めた。

 この魔物には目を見張るべき所もあったのだが、どうやら根本的な部分でエルと差があり過ぎたようだ。

 いくら緻密で隙のない連携を取ろうとも、その動き自体が少年にとっては欠伸が出る程遅いなら意味を為さない。用はそういう事だ。

 まあ実際にはそこまでの差はなかったのだが、後手からでも魔物達の先手の攻撃を凌駕できる程の差はあったので、エルとの実力差は歴然であった。

 やはり諸所の事情から40階層付近に留まり鍛え続けたせいで、成長し過ぎてしまったのが原因だろう。51階層の敵では全くエルの相手が務まらないのだ。身の危険や命の危機を感じる様な魔物の現れる、エルの適正階層はもっと下層に違いない。

 さっさと下層に降りるしかないかと魔物の手応えの無さに溜め息を零すと、落とし物(ドロップ)を回収し転移陣を目指すのだった。


 それから下層への転移陣を目指し探索を続けていると、幾度も魔物達と遭遇し闘う羽目になった。

 先ほどあっさり倒してのけた毒蟷螂ポイズンマンティスはもちろんの事、群れを為し強力な酸の消化液を一斉に浴びせてくる酸性蛞蝓アシッドスラッグ、天井に糸を張り頭上から奇襲を仕掛けてくる巨大な魔物、鎧毒蜘蛛アーマードベノムスパイダーなど多くの敵が少年の前に立ちはだかったのだ。

 どの魔物も何かしら見習うべき点のある、さすがは上位の階層に出現する一癖も二癖もある敵であった。

 エルが自分の目に頼らず五感や六感によって敵を察知する訓練を行っていなければ、大蜘蛛の強襲を避けられず無防備な頭部や首等に深手を負っていた可能性もあり得た。

 しかし、現実はそうならなかった。 

 エルは頭上から巨体の体重を生かして急速に落下してくる鎧毒蜘蛛アーマードベノムスパイダーの気配を逸早く察知し、危な気なく余裕をもって躱し切ったのだ。

 奇襲を避けられれば後は純粋な技量を競うしかないが、実力差がはっきりしていたのでエルにとっては消化試合にしかならなかった。人間など簡単に串刺しでできる禍々しい鋏角も、鋼の刃の如き鋭く尖った歩脚の連撃さえもこの少年には掠りもしない。

 ただ手を剣化させた斬撃、断魔剣によって大蜘蛛は一刀両断されて地に還ったのであった。

 大量に群れを為す酸性蛞蝓アシッドスラッグとて末路は変わらなかった。

 体を砲台の様にし一斉に消化液を吐き出しきたが、動きが鈍く発射するには溜めを要しある程度時間が掛かったため、高速移動を得手とする武道家の少年には攻撃する前から避けてくださいと言っているようなものであったのだ。

 当然そんな強酸の体液など当たるはずもない。逆にエルの凶悪な反撃、衝突すれば破裂し内奥する気を撒き散らす気弾や、剣士の斬撃の如き飛ぶ刃、気刃によってあっという間に殲滅されたというわけだ。

 一番驚いたのは、毒蟷螂ポイズンマンティス数体と酸性蛞蝓アシッドスラッグの群れとの遭遇戦であった。

 なんと毒蟷螂ポイズンマンティスが近接戦を行っている最中でも、お構いなしに消化液をエルに放って来たのだ!!

 蟷螂の斧を回避している最中で避けられなかったが、強固な気の鎧に守られたエルを傷つける程ではなかったので、幸いにして負傷する事はなかった。

 味方を巻き込んででも敵を倒す、そんな行為を躊躇なく行う事もあるのがこの迷宮の魔物なのだと、また一つ迷宮の恐ろしさを心に刻んだのであった。

 まあ注意すべき点はあるにせよ、実力ではエルが出現する魔物達より圧倒的に抜きん出ていたのもまた事実である。

 エルの鍛え抜かれた拳や肘、膝や足が当たれば、いとも簡単に消滅したのだ。あまりにも力量に違いがあるので防御の修練はできなかったが、技の練習台として思う存分活用させてもらった。

 突きや蹴り、掌底に発剄。時には気の武器化によって己の肉体を、剣や槍、はては斧や鎚と化させ見敵次第、魔物達に打ち込んでいったのだ。

 慣れ親しんだ技を更に昇華するために。

 そして、不慣れな技でも今後の未だ見ぬ強敵での使用を想定し、この機会にと練り上げていったのだった。


 興が乗りついつい時間を忘れ夜中まで没頭していたら、いつのまにか53階層を攻略しており、宿で心配して待つリリや仲間達にお小言を頂戴する羽目になったが、それでもいくつも収穫のあった良き日だと好意的に受け入れた。

 加えてほぼ1日中迷宮に潜り続けたが怪我も無く、気力等の消耗はしても神から授かった御業で回復できるエルにとっては、心地良い疲れを感じた程度であった。それに魔物と闘う事が好きなので、迷宮に長時間潜って戦闘し続けても疲労が少なくて済むのだ。

 何十戦も闘って来たというのに、力が有り余っている状態であった。呆れたタフさというか、まさに冒険者になるために生まれてきた様な少年である。

 今日も夜遅くまでライネル達と元気に騒ぎ大飯を食らうと、心地良い眠気に身を任せ深い眠りに落ちるのだった。


 

 


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