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外伝2

「よっしゃー、釣れたぞー!!」


 威勢のいい声で快哉を叫ぶ勝気そうな少年、カイが竿を巧みに操り魚を陸に釣り上げた。

 ポマスと呼ばれる淡水魚で上半分に緑色の鱗を持つ白身の川魚である。型も良いようだ。本日の最初の釣果としてはまずまずといったところだろう。

 カイも嬉しそうに白い歯を見せながら、エルやミミ達に見せびらかした。


「どうだ、中々のサイズだろう?」

「うん、いいサイズだね」

「カイくん、幸先いいね。今日の夕食でみんなが食べられるように、沢山釣ろうね」

「おうっ、任せとけ!!」

「えーと、たしかこの魚は塩焼きが美味しいんだっけ?迷宮の食材は肉ばっかりで魚介類はあまり食べていないから、今から夜が楽しみだよ」

「安心しな。エルが食べきれないほど釣ってやるさ」

「僕も沢山釣るから、簡単には負けないよ?」

「へへっ」


 興奮気味に顔をやや紅潮させたカイがエルに笑顔を向けた。

 それもそのはず、今日は久方ぶりにエルと時間を共にしているからである。

 カイに対抗するように負けず嫌いな所を見せるこの童顔の少年は、冒険者の間で期待の新人として名が上がるほどの有望な冒険者でもあるのだ。

 噂に上る程少年の成長は目覚しく、カイ達がようやく1つ星、この神々の迷宮の冒険者だと堂々と名乗れる位に到達したかと思うと、エルはつい先日3つ星に昇格したのである。つい2か月ほど前はこの少年もカイと同じく星無しの冒険者であったというのに、随分差が開いたものだ。

 といってもカイ達にしても冒険者になってから大凡5ヶ月、半年も経たずに1つ星に昇格を果たしている。下位冒険者は1年で10階層昇れれば上出来だと言われている。これは冒険者相互補助協会、通称協会が積極的に広めている指針である。週の半分を迷宮に潜る一般的な冒険者があまり命の危険を冒すことなく、順調に成長して下層を目指せるようにと掲げている基準の様なものだ。まあ、中には何年経っても1つ星に成れない者もいるし、自分の実力を省みず無茶な強行軍で命を落とす冒険者も後を絶たないので、協会側も相当苦慮しているのが実情である。ただこの1年で10階層というのは、多くの冒険者の成長度合いから割り出した信憑性の高い数字である。パーティの装備を目標階層に合うように何度か新調しつつ、新たな魔物に順応し問題なく攻略していけるようになる、そんな一般的な冒険者の基準となるのがこの数字なのだ。

 それから考えればカイ達もかなり優秀な部類に入る。半年未満で10階層に到達できたのだ。端から見れば有望な新人に映るだろうし、少々天狗になっても許されるのではないかという攻略速度である。まあ、調子に乗る事など実際にはあり得ないのだが……。

 身近にエルという、更に突出した冒険者がいるからだ。彼はカイ達よりも冒険者になるのが遅かったが、それでも4ヶ月という短い期間の内に脅威の成長を遂げ、今では3つ星の冒険者にまで昇格しているのだ。それを知っているカイ達が、どうして天狗に成れようか。結局は自分達の実力を真摯に捉え、できる事を、やれる事をこなして迷宮を攻略していくしかないのである。自惚れる事無く現実を直視できたという意味では、成長速度のかけ離れたエルの存在はカイ達にとって大変有難いものであった。

 もちろん、それだけではない。

 最初は神の啓示からとはいえ、行き詰まり落ちぶれる寸前の自分達を救ってくれた恩人が、切り株に腰かけて水面に糸を垂らし、獲物が掛かるのを今か今かとワクワクしながら待ち構えている子供の様な少年、エルなのである。

 対面当初は己のプライドや他人が信頼できないという、孤児院出身の境遇からかエルに反発したものだ。今思えばかなり悪い、いやっ最悪に近い出会いであった。だが、そんな醜態を晒したカイに対しても見捨てようとせず、エルは何とか助けようと努力してくれた。そして少年の実力を目の当たりにし、自分達を事を真剣に考えあれこれと手を貸してくれる姿を見るうちにいつしか打解け、歯に衣着せぬ関係になっていったのである。

 年が近いこともあって、今では遠慮なしに言いたいことを言い合える信頼を築くまでになった。

 それはカイだけではなく、シャーリーやミミ、シエナにもいえる。

 自分達の命の恩人というだけなく、この都市アドリウムで初めてできた大切な友人がエルなのだ。

 自分達の出自を聞いても、何一つ態度を変える事無く付き合いを続けてくれるエルは稀有な人物であり、真に得難い友人であった。

 それに、本人には照れ臭くてまだ言った事はないが尊敬していた。

 彼の自己を高めようと真摯に修行や迷宮に挑む姿は、誰が見ても称賛せずにはいられないほどの素晴らしいものだからだ。エルを見ていると、自分達も見習わなくてはという気持ちに自然となるのだ。

 ただ心配な点もある。

 エルは休む事の方が非常に稀で、1日の大半の時間を修行か迷宮探索、正確に言えば魔物との闘いに費やしている。しかも迷宮への探索はソロなのだ。エルが憧れている武神流シルバの英雄ゴウは己独り、その五体のみで悪しき魔神や邪竜をも打ち倒したそうで、彼と同じ高みを目指しているせいか単独行動が主で、誰ともパーティを組もうとしない。極偶に臨時パーティとして他の冒険者達と迷宮に赴く事もあるが、それも他の流派の技を学ぶためか、他の冒険者の動きを勉強するためなのだ。

 迷宮は恐ろしい所である。一瞬の油断が死に繋がる場所だ。時には変異種

傷物スカー、更には名持ちの魔物といった通常遭遇する個体とは遥かに強力な魔物に運悪く遭遇する事もある。それに複数の魔物に待ち伏せされたり、奇襲されたりする事だって起こり得るのだ。ちょっとした不幸が重なるだけで死を賜る、それが神々の迷宮であり、冒険者稼業は死と隣り合わせの危険な職業なのである。

 エルは独力で30階層の守護者をも打倒できる強さを有する、非常に優秀な冒険者である。ようやく1つ星になった自分達が心配するのは烏滸がましいかもしれないが、友人が傷付くのは辛い。ましてや死に別れる様な事があれば、悔やんでも悔み切れないだろう。できるだけ安全を取って行動して欲しいが、少年の夢を思うと中々難しい所であった。

 そんな風にミミが頭を悩ませていると、心配している当の本人が暢気そうな顔して話し掛けてきた。


「ミミ、どうしたの?何か悩み事でもあるのかい?」

「……いっ、いえ、なんでもないです。そっ、それよりも釣れましたか?」

「ごめん、あんまり釣れてないんだ」

「いえっ、エルさんが頭を下げる事じゃないんですよ。まだまだ時間もいっぱいありますし、帰る時までに釣れればいいんですよ」

「そうよ。今日は息抜きに来てるんだから、細かい事を気にせず楽しみましょうよ」

「骨休めが目的。リラックス、リラックス」

「シャーリー、シエナ。うん、そうだね。楽しまなくちゃ損だよね」


 自分達は釣りをせず周囲を警戒しているシャーリーやシエナに対し、一瞬気落ちしたエルはすぐに持ち直すと笑顔を見せた。

 何故彼女達が周囲を警戒しているかというと、エル達がいる場所は迷宮の中であるからだ。神々の迷宮の6階層~10階層は見渡す限り草原の迷宮であるが、9階層には草原の隅に雄大な大河が存在するのである。

 川の水は土気色して濁っており、とても中を見通す事はできないが、この巨大な川には様々な種類の生命、何百種にものぼる生物達が棲息しているのだ。魚の種類も豊富で、手に乗る程の小魚から人間の何倍もある巨大魚までそれはもうありとあらゆる種類の魚が住んでいる。

 中でも迷宮に棲息する事で、迷宮の大気や土、水等に含まれる魔素をその身に宿しており、魔物と戦った冒険者の成長を促進させる効能を有している。更には、魔素の影響かはわからないが非常に美味なる種も存在し、金貨で取引される高級魚も存在しているのだ。

 ただし、忘れてはならないのは、ここがあくまで迷宮の中だということだ。危険な魔物達が徘徊し、冒険者を見つけたら襲い掛かってくるのである。特に大鰐ギューブと呼ばわれる大型の鰐の魔物は難敵で、川辺にいる冒険者に音も無く近づき水に引きずり込むのだ。この大鰐ギューブは陸上で相手した場合で、ようやく星無しの冒険者が討伐できる強さにある。水中でなら2つ星、下手したら3つ星でも不覚を取る可能性だってあり得る。

 だから、シャーリーとシエナは釣りをせず周囲を警戒していたのである。迷宮では採取や漁をするにしても、危険が付きまとうというわけだ。


「2人共先に釣りをやらせてもらってごめんね。言ってくれれば、すぐ変わるからね?」

「エル、いいのよ。順番に釣りをしていけばいいだけなんだから」

「夕方までまだ沢山時間がある。気にせず楽しんで」

「ありがとう。それじゃあ、先にやらせてもらうよ。でも言ってくれればすぐに変わるから、無理しないでね」

「ははっ、そんな殊勝な態度取ってるけど、実は釣りが苦手なんだろ?さっきから全然釣れてないぞ?」

「なっ!?そっ、そんな事はないさ……」


 カイのからかいからの言葉であったが、エルは焦ったようにそっぽを向き釣りに集中したかのような態度を取った。ただ、竿が小刻みに震えているので、カイの指摘が大当たりだという事がばればれであった。嘘をつくのが本当に下手な少年である。

 そんなエルのワザとらしい態度を見てカイ達は顔を見合わせると、くすくすと笑い出した。カイにいたっては大笑いである。あまりに盛大に笑うので、エルはふくれっ面になった。


「そんなに笑わなくてもいいじゃないか。確かに嘘付いたのはあれだけど、釣りなんてほとんどやった事がないんだからっ」

「ぶはははっ。初めっから正直にそう言えばいいんだよ。俺達の前で変に取り繕ったりするからだ。無理に格好つけなくてもいいんだぜ?」

「カイ。そうだね、逆に見っとも無かったね」

「そうよ、見栄なんて張る必要なんてなかったのよ。どうせエルの事だから、故郷に居た時も修行ばっかりだったんでしょ?」

「ははっ、正解。シャーリー、よくわかっているね。故郷でも修行か旅費稼ぎぐらいしかしてなかったなー」


 苦笑いしつつエルは頭を掻いた。そんなエルに慈しみを内包した微笑みを浮かべたミミが、一途で不器用な少年の生き方を肯定する。


「どうせエルさんの事だから、故郷に居た時も修行三昧だと思ってましたよ。でも、そんなエルさんこそ私達の良く知るエルさんですものね」

「そうなんだ、結局僕はこれしか取り柄がないんだよ」

 

 エルは空いた手を顔近く持っていくと拳を作った。

 その手は傷こそ回復薬のおかげでほとんど無かったが、何度も擦り切れ血を流し再生してきた痕が残っていた。骨が折れたことだって、腕を失った事だって何度もある。それほど迷宮の魔物達は凶悪で、命を懸けなければならない場面も幾度もあったのだ。

 だがそんな強敵にも拳1つで立ち向かい、その悉くに打ち勝ってきたのだ。

 決して綺麗な手ではないが、激しい戦いを乗り越えてきた戦士の手そのものであり、畏敬の念を抱かざるを得ない、そんな無形の威を纏っていた。


「エルはそれでいい……」

「そうだ、修行バカで集中すると周りの事なんてなーんも見えない。それにどうしもうない戦闘好きだけど、それでもエルは俺達の友人だし目標なのさ」

「いっ、行き成りどうしたんだ!?照れるじゃないかっ」

「いや、偶には口に出しとかねえといけねえかなーって気になってな。やっぱり、言葉にしないと伝わらねえ事もあるだろ?」


 臆面もなく言い切るカイを眩しそうに見つめると、エルはこくこくと頭を縦に振った。エルだったら恥ずかしくて面と向かって言えない台詞だが、それをきちんと言葉に出せるカイの心の強さが羨ましかった。

 それにこうしてはっきりと言ってもらえると嬉しいものだ。故郷では友と呼べる存在などいなかったエルにとっては、リリを除けば友と呼べる存在はカイ達ぐらいのものである。自然と頬が赤らんだ。


「ありがとう、そういってもらえるとうれしいよ。ぼっ、僕もみんなの事は大切な友達だと思っているよ」

「ふふっ、照れちゃって。普段のエルは少し間の抜けた所があるけど、でも親しみ易いって意味ではいいかもしれないわね」

「戦闘の時のキリっとしたエルさんは格好良いですけど、街中であんな状態のエルさんに会ったら怖いですからね」

「えっ!?そんなに怖い?」

「本気になったエルは怖い。鬼みたい」

「鬼って……」

「はははっ。そんだけ戦闘中のエルは迫力があるって事さ。まあ、それとあんまり無茶すんなよ。こないだのの暴走は本当に焦ったぜ」


 言葉こそ軽いが、カイの真剣な声音からは本気で心配している事が窺える。

 暴走とはつい最近、あの悍ましき魔神デネビアとの敗北から無茶な探索を行い、正気を失いもう少しで魔人に堕ちる所までいってしまった事を指しているに違いない。

 あの時は義兄のライネル達の決死の試みでなんとか正気に戻れたが、一歩間違えばエルのその手で彼らを殺めていた可能性だってあったのだ。

 義兄の体を貫いた生温い感触は今でもはっきりと覚えているし、あれほどの恐怖と慙愧の念を抱いた事はない。魔神相手に何もできなかった無力感から焦っていたとはいえ、本当に愚かな事をしたものだ。

 自分の情けなさを再確認すると、きつく唇を噛んだ。

 そんなエルを様子を敏感に感じ取ると、カイはおどけた態度で軽い口調になった。


「おいおい、そんな顔するなよ。色んな人から怒られて、いっぱい反省したんだろ?」

「うっ、うん」

「次に同じ失敗をしなけりゃいいんだよ。俺が言いたかったのは、そのっ、なんだ、俺達もエルの事心配してるんだから、あんまり無茶すんなって事さ。なんせエルが迷宮で暴走したら、俺達の力じゃ助けにも行けねえんだから」

「カイ……」


 しんみりした顔になったエルを刺激しないように心掛けているようだが、言葉の端々から前回のエルの暴走を助けられなかったのを悔やんでいる事が容易に見て取れた。

 当時カイ達では、エルが潜っていた29階層に行く事は文字通り不可能であり、例え行けたとしてもエルを正気にも戻すなんて夢のまた夢だったのだ。

 命の恩人であり、かつ掛替えのない友の危機を救えない自分達の無力を、あの時程感じて事はなかった。同じ星無しの冒険者のオルドに窘められて何とか踏み止まったが、もし激情に任せて迷宮に突撃したら足を引っ張る所か、ただ無為に命を散らすだけの結果になっていたに違いない。

 だが、それでも悔しいものは悔しいのだ。それに、折角できた友人が不幸になるのは見たくない。


「カイくんだけじゃなく、私達もエルさんの事心配してますからね。あまり無謀な事はしないでくださいね?」

「私も心配してる」

「ミミ、シエナも。ありがとう、あの時のような失敗はもう2度としないさ!!」

「はい!!それじゃあしんみりするのはお終い。今日は日頃の疲れを癒すために遊びにきてるんだから、楽しい事に集中しましょうよ」

「貴重な時間なんだから遊ばなくちゃ勿体ないぜ。それに、今ん所釣り勝負は俺の圧勝だからなっ」

「よーし、今から巻き返して見せるさ」


 カイ達の気遣いに感謝しつつ気を取り直したエルは、釣りに集中する事にした。

 その後は何度か魔物に襲われるハプニングに見舞われたが、実力的に全くエル達の相手にならず一瞬で片付いた。

 エルはカイ達との仲を深めながら、和気藹々と迷宮での休日を楽しむのだった。


  

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