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第61話

 翌日、太陽が東の空に顔を出し始めた早朝からエルは精力的に動き出した。昨夜は深夜遅くまで視界の悪い暗闇の中戦闘を続け、慣れない暗中での闘いで何度も何度も負傷した。だがその甲斐あって、昨日は半日で20体もの守護者を討伐する事に成功したのだった。その後は魔法の道具、結界陣で火口の隅に不可視の結界を張り、夏とは思えないほどの寒さを毛布に身を包み、なんとか一夜を明かしたというわけである。

 まず戦闘の前に朝食を取る。お腹が空いていては力が入らない。これから何度も連戦するために、腹いっぱい食事を取る事にしたというわけだ。

 魔法の小袋(マジックポーチ)から保存用の固いパンと棘豹竜ソーンパンサードレイクの肉、そして数種の香辛料と水を作り出す便利な魔道具、水管を取り出す。ついで火を付けられる魔道具、火昆にオイルを引き浅鍋をのせると、香辛料を振った肉を手早く投入した。

 以前にライネル達のパーティと迷宮で野宿した際に、ダムやエミリーやクリスの料理の腕前に感心し、金の雄羊亭の店主であるシェーバに大好きな肉料理の簡単な調理の仕方を習っておいたのである。

 といっても迷宮内の簡易な道具での調理であるし、複数の食材や調味料、火力のある道具も使えないので、あくまで簡単な料理の仕方だけである。とてもシェーバの作る垂涎の料理には敵わない。とりあえず不味くなく作れる程度にまで仕込んでもらった程度であった。

 まあ、それでも肉料理に使用したのは貴重な亜竜の肉だ。竜族の肉はその身に大量の魔素を含み、どれも高価で美味というだけでなく、冒険者の成長を助ける意味合いでも非常に有用である。焼きあがる頃には自然と涎が増し、早く早くと体が肉を欲した。

 不作法であるが浅鍋を皿に見たて、フォークとナイフで分厚いステーキを切り分け口に放り込む。塩と胡椒だけの非常にシンプルな調理であったが、素材が良いので簡単な味付けでも噛む度に肉汁が弾け、旨味が口内に広がりエルを恍惚とさせる。

 肉の次はパンを噛み千切る。こちらは保存食ということで、正直固いだけで美味しさは二の次だ。腹を満たすだけである。すぐに水管から水を含み、流し込むように飲み下した。

 そして、すぐに蕩ける様な肉に手を伸ばす。

 幸いにして、ここ最近金策のため39階層で闘い続けたおかげで亜竜の肉を大量に確保できている。魔法の小袋(マジックポーチ)の中は現実と時間の流れが違うのか、腐るのが大分遅い。昨日はあせっていたので携帯用の保存食を購入してしまったが、焼き立ての美味しいパンを購入すれば良かったと独りごちた。しかし、すぐにその思い付きを否定する。

 協会内には食事処もあるが、早朝は開いていない。朝早く迷宮に出発する冒険者のために唯一道具屋が開店しているだけで、回復薬や魔法の道具以外は簡単な携帯食しか売っていない。急遽迷宮に潜ることになったので、やはり時間帯を考えても簡易な食料しか買えなかっただろうと結論付けた。また、いつもなら毎朝シェーバに特性弁当を作ってもらうのだが、そんな余裕など微塵もなかったし、あの状態のシェーバに要求するのは酷というものだ。

 まあ、保存食だけでは味気ない食事になったかもしれないが、幸い偶々確保していた迷宮の食材のおかげで食事が楽しめるので問題ない。その偶然に感謝しつつエルは幸せそうな笑みを浮かべ、大量の肉を腹いっぱいに収め充実した朝食を取るのだった。


 食事が終われば早速守護者との闘いである。神が定めた回数がわからないので、可能な限り、そして自分の力が及ぶ限り倒し続けようと決意していた。

 それに、早朝は他の冒険者達もいない絶好の稼ぎ時であるのだ。

 加えて、夜戦の経験が日中の戦闘にも活きた。まず、相手の動きが視認できるという事が、これほど戦闘を楽にさせるとは今まで考えもしなかった。魔宝獣マジェリックビーストだろうと炎の巨人(ファイアジャイアント)だろうと何ら相手にならない。昨夜から意識し始めた新たな感覚によって、相手の初動を朧げながら分かり始めてきたので、交差法のように反撃できるようになったのである。

 加えて、何十戦も同じ敵と戦い続け、敵の攻撃に対して一つずつ有効な反撃を見つけていったおかげで、相手の動きに対して自然と身体が反応して有効打を叩き込めるようになったのも大きい。もはや日中で闘う限り、負ける要素など欠片も無いと断言できる程の上達ぶりである。

 朝からエル一人しかいない山頂で、思う存分修練した技を駆使し守護者達を打ち倒し続けるのであった。


 だが困ったことに、昼辺りからちらほら他の冒険者も見え始めた。エルとしては時間が無く何体倒せばいいか分からない事もあって、守護者討伐を譲るわけにはいかなかった。特に下手な冒険者のパーティに譲れは恐ろしいほど時間が掛かり、貴重な時間が徒労に帰すからだ。それでマリナを助けられなかったら、それこそ目も当てられない。

 必然、火口に訪れる冒険者達には事情を説明しお帰り願う事に相成った。未だ口下手な所のあるエルの苦手な交渉ごとである。

 といっても、この都市アドリウムに在住するのは良識的な冒険者が大半だ。迷宮都市アドリウムは近隣諸国によって共同統治されるという、都市の成り立ちから治安を乱す行為は無用の騒乱の種になるので厳しく取り締まられ、冒険者達には厳格な法を遵守する事が求められているのだ。荒くれ者や粗暴な者は馴染まず、稼ぎが悪くとも居心地の悪いこの都市に見切りを付け他の迷宮に移るか、はたまた法の基に罰せられるか排除される。だからこの都市に残っているのは、他人に迷惑を掛けないだけの良識を持った、ないしは法を理解し犯さないだけの常識を身に着けた冒険者に限られるのである。

 エルが誠心誠意頭を下げ事情を説明すれば、また場合によっては対価を払う事で納得してくれる者達が多かった。

 ただし、中には難色を示す者達もいた。守護者との闘いは、冒険者なら誰でも挑戦する事ができる平等な権利である。それを他人が止める事は本来できない。事情があるとはいえ他人に無理やり譲歩を願うのだから、嫌がる人間がいるのは当然のことであった。

 しかし、エルとしても他の冒険者達に闘いを譲り、時間を無駄にするわけにはいかなかった。交渉下手なりに最終的な落とし所を探り、なんとか納得してもらうしかなかったのである。

 例えばこんな具合だ。

 

 昼も大分過ぎ日も傾き始めた頃、エルが41階層から転移すると1組のパーティが火口に連れ立って降りてきた。

 まだ若く20代前半くらいだろうか、若い5人組の冒険者達だ。長剣を腰に携えた剣士に大きな盾を持つ重戦士、そして弓手に、回復役と攻撃役の魔法使いといったバランスの取れた構成だ。剣峰アンガナルバの頂きまで来れる実力を有しているのだ、その実力も相応のものがあるに違いない。

 エルは頭を下げると話し掛けた。


「こんにちは。僕はエル、一応4つ星の資格を持つ冒険者です。皆さんは守護者と闘いに来たのですか?」

「ああそうだぜ。俺達も守護者を倒し、君と同じ4つ星になるために来たんだ」

「前回痛い目にあったからな。今日のために入念に準備を進めてきたんだ」

「おいおい、その話は言うなよ。まあ、そういうわけで今日は必ず守護者を倒し、皆で祝杯を上げるつもりさ」


 どうやら長身の赤髪の剣士がリーダーなのだろう。エルに質問に答えを返してくる。しかも、困った事に守護者へのリベンジに燃えているせいか、全員戦意が高い。これは翻意させるのは並大抵の事では済まなそうだ。さらに悪いことにまだ3つ星であり、仮に守護者と戦闘した場合、長期化する確立が高かった。

 彼らにはすまないが何としても戦闘を諦めて貰わねばなるまい。エルは勢い良く頭を下げると、申し訳なさそうに願い出た。


「すいません。皆さんには非常に申し訳ないのですが、戦闘を譲ってもらえないでしょうか?」

「ん?それは先に闘うってことか?それなら構わないが……」

「いいえ、違います。こちらの事情で申し訳ないのですが、皆さんには戦闘せずに帰ってもらえないでしょうか?」

「どういうことだ?」


 友好的だった雰囲気も途端に緊迫し、一気に険悪なものになった。リーダーの剣士を筆頭に胡乱気な視線を向けたり、中には睨み付けてくる者さえいる。よほど今回のリベンジに期するものがあるのだろう。

 エルは再び頭を下げると、神妙な顔で説明しだした。


「実は知り合いが病に侵され、もって明日までの命だと宣告されています」

「それは……」

「僕は神に試練を願い出て、明日までに定められた回数守護者を倒せば、褒美として薬の材料を得られる事になっているんです」


 本来は褒美として、薬の材料を落とすレアモンスターと闘える機会を得られるだが、そこまで大差ないから細かい説明は省いた。

 エルの話を聞いた冒険者達は理解の色を示した。余程の事がない限り、エルの様な無茶な願いを他人をする事は有り得ないからだ。


「なるほどな、それで戦闘をせずに帰ってくれって話につながるわけか」

「こちらの都合で申し訳ないのですが、明日までしか時間が無いんです。もし間に合わなかったら、僕の大切な人は助からないんです。皆さんには無理を言って本当に申し訳ないのですが、対価も支払うのでどうか帰ってもらえないでしょうか?」

「うーん、どうする?」

「事情が事情だし、対価も貰えるなら帰ってもいいんじゃない?」

「俺は嫌だぜ。今日のために入念に準備してきたのに帰れってか。冗談じゃないっ!!」


 途端に仲間内で意見が別れ揉め出した。

 ある者は人命も掛かっている事だし、エルの願いを聞き入れようとした。またある者は、事情は分かるが今日のための努力や準備が無駄になるのに難色を示した。

 この者達からしたら何の関わりもないのに、突然守護者へのリベンジを諦めて帰れと言われたのだ。嫌がるのも当たり前だろう。

 リーダーの剣士もエルの厳しい実情を理解はしたが、あまり良い顔をしていない。おそらく雪辱を晴らしたいのだろう。

 対価を高額にしてでもなんとか納得してもらおうと、エルは揉めてるパーティに話し掛けた。


「対価についてですが、守護者のドロップか、もしくはそれらを売却した場合の金額で支払いたいと思っています。炎の巨人(ファイアジャイアント)のノーマルドロップを3つか、レアドロップを1つ。あるいは魔宝獣マジェリックビーストのノーマルドロップ2つ、ないしはそれ相当の金額ではどうでしょう?」

「今日明日守護者の討伐を我慢するだけでその報酬か。まあ、君の状況なら余裕もないし、大盤振る舞いもするか」

「ふんっ。まあまあな報酬だが俺は納得しないぜ。何で今さら山を降りなきゃならない」

「それなら……、魔宝獣マジェリックビーストのレアドロップならどうでしょう?これで納得してもらえませんか?」

「レアドロップ!!」

「それって暗黒輝石ダークフィロキシン陽光輝石サンライトフィロキシンじゃないか!?」

「それがもらえるなら、誰かの装備を強化できるじゃない!?」


 エルの提案に途端に冒険者達が色めき立った。希少な落とし物(レアドロップ)暗黒輝石ダークフィロキシン陽光輝石サンライトフィロキシンは4つ星、あるいは5つ星の冒険者達がこぞって武器や防具に用いる程の、優れた性能を有しているからだ。人気の魔鉱なだけあっていつも品薄で、たまにオークションに出品されても数倍の金額に跳ね上がるし、武器屋などに直接依頼すると目玉が飛び出そうな金額を要求される。金銭的余裕のない冒険者がそれらの魔鉱の装備を手に入れるためには、結局自分達で手に入れるしかないのだ。ただ残念なことに、40階層の守護者か46階層の希少な魔物(レアモンスター)からしか入手できないので需要と供給のバランスが取れず、品薄に拍車を掛ける原因になっているのである。


魔宝獣マジェリックビーストのレアドロップがもらえるなら、ケヴィンかホルの装備を新しくできるわ。2人も欲しがってたし、良い話じゃないかしら?」

「まあ、4つ星の冒険者の憧れの装備だからね。たしかに欲しいさ」

「そうだな」


 回復役とおぼしき片手に杖をもつ、おっとりした薄桃色のローブに身を包んだ女性が剣士と重戦士に話し掛けると、2人は肯定した。彼らの名前がケヴィンとホルというのだろう。


「悪い取引じゃないし、この子の大切な人の命が掛かっている事だし、この話を受けてもいいんじゃないかしら?」 

「そりゃあ、レアドロップがもらえるなら悪い話じゃないが」

「けっ、それでわざわざ山頂まで来たってのに、今から守護者と闘わずに帰れってか?気分が悪いぜっ」

「デック……」


 エルの提示した報酬に満足したのか、剣士と重戦士は取引に応じる姿勢を見せたが、当初から不満を表明している痩身の目つきの悪い弓使いの男、デックが吐き捨てるように言葉を吐いた。

 どうやら未だにこの取引に納得がいっていないようだ。エルとしても引けない事情があるので、何としてでも了承してもらわねばならない。不満の原因を問う事にした。


「デックさん、僕の提示した対価では不満ですか?それとも他に不満な点がありますか?」

「ちっ。対価は4つ星の冒険者なら誰でも欲しがるもんだ。それ自体にゃ文句はねえ」

「だったら……」

「だが、こちとらわざわざ準備を整え、1日近い時間を掛けてこんな山の上まで苦労して登って来たんだ。何が悲しくて俺達に関係ないガキの願いを聞いて、闘いもせずに帰らなくちゃならねえんだ。それに今から下山したら途中で夜になる。夜間の戦闘なんて危険すぎてやってられねえぜ」


 なるほど、話を聞くうちに大体わかってきた。このデックという男は、無関係な他人、しかもエルの様な幼く外見の少年の要請で、自分達の目的を断念しなくてはならないのだ気に入らないのだ。

 これについては、エルにしても自分に非がある事は重々承知している。まったく関係のない他人に、強制に近いお願いをするのだ。煩わしく思うのも当然だし、反発を覚えるのは至極当たり前のことだからである。

 また、今は夕刻に近い時刻であるから、直ちに山を下り始めたとしても必ず途中で夜になってしまう。

 エル自身夜間の戦闘を体験したからこそ、その難しさがわかる。月や星の明かりを頼りに戦闘をするのは不可能に近いし、一人が照明の魔道具を使うと手が塞がり戦力が落ちる。加えて、照明の魔法の道具を用いたとしても広範囲を照らせるわけではないので、魔物との戦闘は昼間よりずっと難しく命の危険性も格段に上昇するのだ。

 エルの願いを嫌がるのは、感情論だけというわけでなくそれなりの理由があるというわけだ。その理由を解消できなければ、この男は反対し続けるだろう。

 交渉が難航しているうちに、貴重な時間だけがただ無為に過ぎていく。

 刻一刻と時間が経過するにしたがって焦燥感が募る。もうこれ以上時間を掛けるわけにはいかない。エルはさらに妥協し、最終的な折衷案(・・・・・・・・・)を提示することにした。


「それじゃあ、僕と一緒に守護者と闘うというのはどうでしょう?もちろんレアドロップはお渡ししますし、倒した守護者の報酬も皆さんのものです」

「それなら41階層の帰還用の転移陣で、アドリウムに帰れるな」

「ねえ、デック。もういいじゃない。これ以上この子困らせてないで、お願いを聞いてあげましょうよ?」

「はあっ、俺が悪者ってか。まあ、たしかに守護者を倒せば帰れるわけだし、条件は悪くない。ちっ。おい、坊主。感謝しろよ!!」

「ありがとうございます」


 なんとか了承してもらえたと、エルは深々と頭を下げながらほっと息を吐いた。これ以上交渉が上手くいかず破談になるようだったら、実力行使も辞さない腹積もりだったからである。エルは決して引けない事情があるし、これ以上譲歩する事はできない。彼等もその事は薄々分かっているはずだ。それでも断るというのなら、もはやぜひもない。

 その場合は冒険者カードに戦闘が記録され、協会で罰則を受ける事になるが、今の状況では時間を無駄に浪費する事こそが最もしてはならない行為である。例え自分が犯罪を犯す事になろうとも、大切な時間を消費しマリナを救える可能性を下げるわけにはいかないのだ。

 だから、譲歩案に承諾してもらえて一安心である。エルからしたら一緒に闘っても討伐数にはカウントされないので無駄な行為ともいえたが、彼らが帰る気がないのだからしょうがない。彼等にそのまま戦闘してもらい時間が掛かるのは論外だし、エルの拙い考えでは犯罪に手を染めてでも力尽くで帰ってもらうか、エルも協力してさっさと守護者を倒し、早々に迷宮都市アドリウムに帰還してもらうくらいしか思い付かなかったのだ。


「さて、それじゃあ一緒に闘うことになったわけだが、どうやって闘う?」

「僕は遊撃と考えてもらえればいいです。基本的に皆さんは予定通りに闘って頂いて、僕は後ろや側面に回り込んで攻撃しますから」

「それが無難かな。いきなり連携なんか取れるわけないしな。皆もそれでいいか?」

「ええ、いいわよ」

「ちっ、しょうがねえな。面倒くさえが仕方ねえ」

「よし決まったな」


 どうやらデックは舌打ちするのが癖らしい。皮肉屋らしい性格からして、舌打ちするのが当たり前になってしまったのだろう。

 エルはさっさと願いを聞いて貰った対価を渡し、戦闘を開始することにした。


「それじゃあ、先に対価を渡しますね。暗黒輝石ダークフィロキシン陽光輝石サンライトフィロキシンのどっちがいいですか?」

「両方持っているのか!?驚いたな。この場合俺かホルの装備になるわけだが……」

「それなら陽光輝石サンライトフィロキシンでいいだろう。それがあればリーダーの鎧を新しくできるからな」

「ホル、いいのか?」

「ああ。俺の装備はこの間新しくしたばかりだからな」

「ありがとう」


 ホルとケヴィンが笑顔で頷き合うと、少しも揉める事無くあっさり決まってしまった。パーティの仲は良好のようだ。エルにしたら揉めずにすぐ決めてもらえたので非常に助かる。さっそく魔法の小袋(マジックポーチ)から陽光輝石サンライトフィロキシンを取り出すとケヴィンに手渡した。


「どうぞ、陽光輝石サンライトフィロキシンです」

「ありがとう。報酬を吊り上げたようで少々気が引けるが、正直喉から手が出る程欲しいかったんだ。ありがたく受け取っておくよ」

「けっ、こっちはわざわざ小僧の願いを聞いてやったんだぜ。当然の対価じゃねえか」

「デック!!あなたにも事情があるのに、ごめんなさいね」

「いいえ、いいんですよ。無理なお願いをしたのは僕の方なんですから」


 悪態を付くデックを女性が諌めエルに謝罪してくるが、エルも笑顔を浮かべひたすら下手に出た。無理なお願いをしている負い目もあったし、何より臍を曲げられ話が振出しに戻ったら洒落では済まないからだ。

 エルの態度から支払った対価についても本当に気にしてない事がわかると、冒険者達も安堵した雰囲気になった。彼らも少年の事情に付け込んだような罪悪感があったのだ。


「さっ、それじゃあ守護者と闘いましょう。僕は後ろからついて行って敵が皆さんに集中したら回り込みますので、普段通り闘ってください」

「よしっ、やろうか。今日こそリベンジするぞ。みんないくぞ!!」

「「「おうっ!!」」」

「はい!!」


 ケヴィンの号令を勇ましく肯定すると、隊列を組み転移陣に近付いていった。エルは彼等から距離をとり、ゆっくりと歩きながら後を追った。

 転移陣までもう少しという所で目も眩む光の柱が出現し、守護者が現れた。

 どうやら炎の巨人(ファイアジャイアント)のようだ。

 ケヴィンが仲間を鼓舞するように大声を張り上げる。


「みんなっ、予定通りにいくぞ!!まずは防御からだ」

「「「おぅ!!」」」


 巨人とはまだ少し距離がある。彼らが接近する前に守護者から魔法攻撃をもらう事がわかっているのだろう。

 ほんわかした柔らかい雰囲気の女性が防護の呪文を口早に唱え、重戦士のホルが一番前に躍り出ると巨大な大盾カイトシールドに濃紺の気を籠めて立ちはだかった!!

 それに呼応すかのように炎の巨人(ファイアジャイアント)から無数の火の玉が飛んでくるが、防御の魔法を掛けられたホルは見事受けきってみせる。

 それどころか徐々に前進し、巨人との距離を狭めているではないか。

 弓使いのデックや後方の攻撃役の魔法使いも黙っていない。矢継ぎ早に弓を連射し呪文の詠唱を邪魔したり、風の魔法で巨人を浅くではあるが傷付けたりした。

 ホルの尽力によって敵との距離が後少しに迫ると、やおらリーダーのケヴィンが飛び出し、緑の気を纏った長剣で守護者に斬り付けた。軍神流アナスの十八番、気剣オーラブレードだ。

 しかし、この巨人とて伊達に40階層の守護者を務めているわけではない。ケヴィンの斬撃を長大な棍持つ右手で簡単に受け止めると、左拳を握り締め殴り付けてくる。

 ケヴィンにしても牽制程度に考えていたのか、自分の攻撃に固執せずあっさり後退する。

 その後も一進一退の攻防が続くが、対策を練ってきただけあって有利に戦闘を進め、徐々に巨人にダメージを与えていった。

 たしかにこのままなら勝てるだろう。だがそれは、すぐに決着が着くというわけではない。長時間の闘いの果てに彼らが勝利を手にするというだけだ。それの意味する所は、今は何よりも得難い時間を徒消する事に他ならない。

 やはり共闘をお願いして正解だったと、遠回りしながら炎の巨人(ファイアジャイアント)の背後に回り込んだエルは呟いた。

 そして直ちに決着を付ける事にした。彼らには悪いがこちらにも事情がある。お世話になった知人の命が掛かっているのだ。余裕なんてあるわけがない。

 全力で巨人を仕留める事にしたエルは、疾歩にて無防備な巨人の背中から強襲すると、大きく跳躍し巨人の頭上ギリギリを飛び越えた。巨人の頭部と交錯するその一瞬の内に、その大きな頭を左右から両手で挟み込んだのである。

 もちろん、ただ挟んだわけではない。双掌徹気、両手で突きを放つと同時に相手に気を流し込み内部から破壊する極悪な技を応用し、左右から気を流し込んだのである。

 その後、エルはケヴィン達パーティのちょうど後に、跳躍から軽業師の様に見事な着地をきめた。

 そうしてまるでもう片付いたとばかりに、戦場ではあまりに場違いな笑顔を浮かべ礼を述べた。


「みなさん、ありがとうございました。おかげで簡単に背後に回れました」

「おいっ、ガキ!!今は戦闘中だぞ。無駄話をくっちゃべってるんじゃねえ」

「大丈夫です。もう終わりましたから」

「ああ!?何馬鹿な事言ってやがる。まだピンピンしてるじゃねえか」

「デック!!」

「今生意気な小僧を説教してるんだ。ちょっと待……なっ!?」


 怒り心頭といった風のデックがエルを黙らそうとした所に、ケヴィンからの喚起の声が飛んだ。

 訝しそうに振り向いたデックが見た光景は、想像を絶するものだった。

 今まであれほど猛威を振るっていた巨人が、攻撃を止め動かなくなると一瞬大きく震え、頭部が爆発したかのように四散し弾け飛んだのである。

 目を疑うかの様な、衝撃的で急展開の事態だ。

 自分の目が信じられず、思わず目を擦ってしまったデックを誰か責められよう。

 だが現実に、頭部を丸々失った巨人は前のめりに倒れ、もはやぴくりとも動かない。誰が見ても決着が着いたのは一目瞭然であった。

 この童顔のいかにも頼りなさそうな少年は、背後から攻撃したとはいえ強靭な生命力を誇る炎の巨人(ファイアジャイアント)を一撃で倒して退けたのだ。

 あり得ない、信じ難い状況に直面して初めて、卑屈な程にへりくだった態度を崩さず、高額な対価を支払ってでもお願いしてきた少年が、自分達では及びもつかない上位者であると遅まきながら悟ったのである。

 呆然と立ち尽くすケヴィン達を後目に、迷宮に還った巨人の場所に出現した落し物(ドロップ)を拾うと、にこやかに差し出した。


炎の巨人(ファイアジャイアント)のドロップです。残念ながらノーマルですけど、どうぞ受け取ってください」

「あっ、ああ、すまないな」

「うん?どうかしましたか?」

「いっ、いや何でもないさ。なあみんな?」

「えっ、ええ、そうね」

「あっ、ああ。そうだな」


 どもりながら戦々恐々と言った様子で、どこか怯えた風に答える冒険者達の姿に、エルはわけが分からず首を傾げた。何か自分に落ち度があったのだろうかと先程の行いを省みたが、答えは出なかった。

 まあ目的も果たしたし問題ないだろうと判断すると、急かす様で申し訳ないが時間が無いのも事実なので、話を再開する。


「これで皆さんの目的を達したという事でいいんですよね?問題ないなら41階層に移動しましょう」

「そっ、そうだな。行こうか」

「あっ、ああ」


 未だになんとも要領を得ない、心ここに在らずといった頼りない返事である。一応賛意を示している事だしさっさと移動しようと、エルは促した。


「じゃあいきましょうか」

「あっ、ああ、わかったよ」


 エルに言葉に従ってノロノロと動き出した。

 どうにも不安な足取りに本当に大丈夫かと心配にもなったが、ちゃんと付いて来てくれてはいるようだ。

 エルに不審そうに振り返られ、焦ったように速足でケヴィン達は転移陣に飛び込むのだった。


 その後は、さして問題もなく別れる事になった。

 41階層の時空神の像に皆登録を済ませ後は帰るだけとなったケヴィン達に、エルはもう一度深々と頭を下げ謝罪した。


「今回は無理なお願いを聞いてもらって、どうもすいませんでした」

「そこまで気にする必要はないさ。こちらも素晴しい対価ももらっているんだし、万々歳だよ」

「そうよ。あなたのおかげでリーダーの装備は新しくできるし、お互い納得済みの取引なんだから、もう気にしなくていいのよ」

「そう言ってもらえると助かります」


 この頃にはケヴィン達も固さが取れたのか、普段通りの口調に戻ったようだ。

 全員納得しているとの言葉に、無理を言ったエルとしては救われる気がして、晴れやかな気分になる。


「俺達はこれでアドリウムに帰還するよ。ここでお別れだ」

「皆さん、ありがとうございました」 

「ええ、さようなら」

「またな」

「ほらっ、デック、行くぞ」

「あっ、ああ、坊主。じゃあな」

「皆さん、さようなら。どうもありがとうございました」


 デックだけはまだ青い顏をしていたが、エルは笑顔で礼を述べ頭を下げた。

 仲間に急かされながらデックも別れの挨拶すると、ケヴィン達は魔方陣に入り地上に転移していった。

 エル以外誰もいなくなると、大きく息を吐き出した。

 時間を多少ロスしたが、なんとか交渉で終わらせる事ができたのでほっとしたのだ。

 さあこれからが本番だと、気分を一新して連戦しようと気合いを入れ直し、エルは来た道を戻るのだった。 


 一方のケヴィン達はというと、地上に転移すると緊張の糸が切れたように座り込んでいた。

 そして先程までの友好的な口調をがらりと変わり、口々にデックを非難し始めた。


「デック、よかったな。彼が友好的な態度を崩さなくて」

「いつも言ってるじゃない。その斜に構えたような態度が敵を作る場合があるって。欲を掻き過ぎるなって、耳にたこができるくらい言ったじゃない。あの子が実力行使に出てきたらどうしたの!!」

「彼は知人の命が掛かっていたから、絶対に引かなかっただろう。実力行使も視野に入れていたはずだ。後少しでも提案に承諾するのが遅れてたら、攻撃されたかもしれない。もしそうなってら、俺達は何もできずに排除されただろうな。異論はあるかい?」

「ない。良くて無力化、悪ければ誰かが死んでたかもな……」


 未だに青い顔のまま、デックはどこか他人事のように呟いた。またその態度が仲間達の反感を買う。


「だったら、いい加減その態度を改めたらどうだ?今回は偶々上手くいったからよかったけど、次はないかもしれないぞ」

「ああそうだな。みんな、すまなかった。俺が悪かった」


 デックはゆっくりと頭を下げた。今迄だったら何度注意しても改めなかったが、さすがに堪えたのか素直に謝罪を口にした。虫も殺さない様な気弱そうな少年が実は人食い竜だったようなものだ。よほど心胆寒からしめたのか、デックは小刻みに体を震わしている。どうやったかは分からないが、自分達が苦戦していた相手を刹那の内に屠殺したのだ。身の内が恐れをなし、体が凍り付くかのような恐怖を味わったていた。あの光景を生涯忘れないだろう、いやっ忘れられないとだろうと思えてならなかった。


「情けは人のためならずって言うでしょ。困った時はお互い様なんだから、助け合うのは大事なことなのよ」

「ああ、そうだな。今さらだがようやく分かった気がするぜ」

「頼むぞっ。もうごめんだからな?」

「わかっている。迷惑を掛けてすまなかった。金輪際交渉事には口を出さないさ」

「よしっ、反省は終わりだ。ほとんど彼のお蔭だが、俺達も念願の4つ星の資格を得たわけだ。予定通り祝杯を上げようか」

「ええ、そうしましょう」


 ようやくケヴィン達に笑顔が戻り始めた。

 デックの欠点は多い。攻撃的な性格で他人に敵対的な態度を取る場合もあり、欲望に忠実過ぎるきらいがあったのだ。

 だがそれでも、なんだかんだいって今まで助け合ったきた大切な仲間だ。何年も苦楽を共にしてきたので、取り柄や良点も分かっている。実は意外に仲間思いな一面もあるし、やろうと思えばきちんと気遣いもできる事も知っていたのだ。

 それに、戦闘では実に頼れる歴戦の戦士であった。もし彼が居なければ、このパーティが壊滅していたであろう場面も何度かあったほどだ。

 きちんと反省しているようだし、ここで別れるつもりは更々無かった。

 今日を良い機会をして、欠点を減らしてくれればと願った。


「しかし、見掛けはガキそのものなのに、世の中にはあんな化物もいるもんだな」

「世界は広いってことさ。今回はそれが知れただけでも収穫はあったさ」

「私達は私達なりに頑張ればいいってことよ。これで4つ星、上位冒険者も視野に入ってきたわ」

「俺達が出会ってもう6年だもんな。長かったけど、後もう少しだ」

「ああ、ようやくだな。必ず全員で上位冒険者になろうぜ」


 彼等はお互いのを見合うと頷き笑い合った。

 ゆっくり立ち上がると、協会の受け付け(カウンター)を目指す。

 反省すべき点のある一日だったが、結果的に目的は達成したし全員が無事帰還できたのだからとめっけものだ。昇格のことを思うと足取りも軽くなった。

 その後、宿で宴会を開くと夜半過ぎまで大騒ぎし、喜びを分かち合うのであった。


 




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